艦物語 ― 君も知らない物語 ―   作:きさらぎむつみ

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第十話 てんりゅうブレード(壱)

      001

 

 軽巡洋艦天龍型一番艦の天龍と二番艦の龍田、つまりは僕の司令部で最初に姉妹揃って着任した軽巡洋艦娘二人に関する物語を知りたいと欲するような層はそもそも少ないと思われるが、しかし現状における彼女たちの人目を引く注目度を考慮したとしても、僕はあの二艦(ふたり)のことについて決して積極的に話したいとは思わない。

 その理由を話せば誰しもが納得、とまではいかなくても賛同は得られると思うのだが、大体にして往々、人には自分の家庭内のあれこれをおおっぴらに開示したいとは望まない傾向があり、ご多分に漏れず僕もそのような例の一部であるからだ。

 しかしそういう一般性を差し引いたところであの二人――天龍と龍田は特別である。もしも彼女たちが僕の艦隊指揮下に入ることもなければきっと一生関わることがなかったであろう、仮に関わることがあったとしても百二十パーセント無視したであろう人種だ。

 ここ数か月ほどの特殊で特異な経験で、僕は一風変わった人脈を少なからず持つことになったが――たとえば陽炎型駆逐艦不知火、たとえば綾波型駆逐艦漣、たとえば大淀型軽巡洋艦大淀、たとえば島風型駆逐艦島風――曲がりなりにもそんな面々と丁々発止でやりあえるだけの提督資質が僕にあるとすれば、その資質の由来はあの現軽巡洋艦娘達と同じ屋根の下で育ったことに他ならない。

 だが、あえて声を大にして言わせてもらえるなら。彼女達は落ちこぼれではないが問題児であり、人格者であると同時に人格破綻者である。

 兄としてはいつもの癖で、ついついワンセットにして語ってしまうが、当然彼女達にも個性というものがあるので、ここはひとつ、一人ずつについて、順を追って説明しよう。

 上の妹。

 現、天龍型軽巡洋艦の一番艦、天龍。

 造形は、ありていに言って可愛くない。むしろ格好いい。

 子供の頃から運動が得意な活発な奴ではあったが、その才能はどうやら戦闘行為にこそ向いていたらしく、あっという間に艦娘育成機関であるところの通称“女学校”でトップに上り詰めた。

 あんまりオンナノコという感じではなく、男勝りとまでは言わないが、攻撃的な吊り目も手伝って、どこかボーイッシュなのだ。

 下の妹。

 現、天龍型軽巡洋艦の二番艦、龍田。

 天龍は何というか、外見通りの中身なのだが、龍田は外見が中身を裏切っている――中身が外見を裏切っているわけじゃないところがミソだ。姉とは対照的な大人しげなたれ目、それにゆっくりとした特徴的な口調はいかにも女子女子しているが、しかしその内面は天龍以上に攻撃的で、しかも怒りっぽい。その怒りっぽさは最早ヒステリーと言ってもいいレベルである。

 龍田の場合、問題の多くはそういった外面には表れていない内面的なところに、そのほとんどが内包されているのだ。

 穏やかな外見とのその落差に、周囲の者は必ず戸惑うことになる――まあ、唯一救いがあるとするなら、彼女は一貫して他人のため、特に天龍のためにしか怒らないという点だろうか。

 こんなふうに、一人いるだけでも十分に手に負えない妹が、こともあろうに二人いたのだ。そしてその二人ともが艦娘になったのである。

 厄介なのは、この二人の軽巡洋艦娘は、それぞれがそれぞれに相性がいいということだろうか。

 暴れたがりの天龍に、何にでも暴れる理由を見出してしまう龍田――彼女達が“赤レンガ”史上最強最悪のドラゴンシスターズと呼ばれる所以である。

 天龍が実戦担当で龍田が参謀担当。そんな感じで、二人は、この深海棲艦に抑えられた海を開放するためというか、なんかそんな武勲艦ごっこというか英雄願望達成を、どこの鎮守府や泊地でも日常的に繰り返しているそうだ。

 もちろん、そんなことを彼女たちに言えば、この国を救う武勲艦気取りかと問われればまず天龍が、

 

「気取りじゃねーよ、提督(にいちゃん)

 

 と言うだろう。

 そして続けて龍田が、

 

「武勲艦気取りじゃなくて武勲艦そのものですよ~、提督(おにいちゃん)~」

 

 と続けるに決まっている。

 あいつらの言いそうなことは大体わかるのだ。

 しかし僕は身内として断言しよう、連中のやっていることはそんないいものではなく、ただありあまるエネルギーを発散させたいだけなのだと。

 そんなことばかりしているといつか痛い目に遭うぞ――と、僕は彼女たちに言いたいのだが、しかし、そんな僕のほうが先に、ここ数ヶ月で立て続けに痛い目に遭ってしまったのだから、これはどうにも説得力がない。

 ないのだろうが――まあ、だからこそ、どうせ聞き流されるだろうと気楽な気持ちで――声を大にして言うことができる。

 天龍型軽巡洋艦の天龍と龍田。

 彼女達、ドラゴンシスターズの行為は、やはり武勲艦ごっこでしかないのだと。

 僕の自慢の妹たち。

 お前達は、どうしようもなく旧式艦なのだと。

 

      002

 

 その日、僕の身に起こったことを、可能な限り整理して挙げていこう。

 軽巡洋艦娘の建造とそれに伴う妹たちの着任、そんなごたごたのあった我が司令部の賑やかさも日常になり始めようとしていたある日のことだ。

 朝も早くから鎮守府内の、自分の執務室に向かっていた僕は、見覚えのある背中を見かけることになった。

 背中というか、背負った缶と煙突なのだが。

 

「漣じゃん」

 

 小さな身体に、大きな缶と煙突。

 ツインテイルに、見るからに生意気そうな横顔は、確かに我が艦隊の初期艦である漣だった。

 駆逐艦娘の女の子。

 んー、んー、んー……。

 漣にはいつも世話になっているしなあ。

 まあ、そうだな、年上として、艦隊の司令として、指揮下の艦娘とはコミュニケーションがしっかり取れてこそ、一人前の提督だろう? あくまでも年下の、駆逐艦の艦娘に接する際の当然の態度として、ちょっとだけ相手をしてやるか。

 ふっ、僕も紳士だな。

 僕は漣のところまでかつてないほどのスタートダッシュで駆け寄り、その身体を力の限り抱き締めた。

 

「さざなみいい! おっはよおおおう! 朝から御苦労さんだな、この野郎!」

 

「きゃーっ!?」

 

 突然背後から抱き締められ、悲鳴をあげる艦娘漣。僕は構わず彼女の柔らかなほっぺたに人差し指クリックの雨を降らせた。

 

「きゃーっ! きゃーっ! ぎゃーっ!」

 

「こらっ! 暴れるな! クリック場所がずれるだろうが!」

 

「ぎゃああああああああああっ!」

 

 漣は大声で悲鳴を上げ続け、

 

「がうっ!」

 

 と、僕に噛み付いてきた。

 

「がうっ! がうっ! がうっ!」

 

「痛え! 何すんだこいつ!」

 

 痛いのも。

 何すんだこいつも、どちらも僕だった。

 一生消えないんじゃないかというくらいの歯形を僕の手に残したところで、漣は僕の魔手(?)を逃れ、距離を取って、

 

「ふしゃーっ!」

 

 と、うなり声をあげた。

 暴走モードだ。いや、ビーストモードか? 艦娘的には“ソロモンの悪夢”モードかもしれない。

 

「ま、待て! 漣、よく見ろ! 僕だ!」

 

 この場合、たとえよく見て僕だったからといってどうということはないのだが、言うだけ言ってみるものだった。

 

「……あ、……」

 

 漣は立てていた爪を仕舞いつつ、僕の顔を確認して、言った。

 

「司令……患者じゃありませんか」

 

「概ねその通りであって非常に惜しい感じなんだが、しかし漣、人を新手の治療方法が必要な病人のように呼ぶな。僕は司令官だ」

 

 つーかお前、うっかり噛まずに出だしをそのまま言っちゃったもんだから、無理矢理考えたな。

 

「というか、何故私は秘書艦でもないうちから死ねえのスキンシップに付き合わされなきゃならないのでしょうか。いずれ私、取り返しのつかない貞操の危機に陥りそうな気がしてなりません!」

 

 漣は本気で懸念しているようだった。

 

「何言ってんだ、あれくらいのハグで。海外では普通だよ」

 

「後ろから衝突するのはハグって言いません! というか、次こんなことがあったら、大淀さんにチクりますからね」

 

「うっ……それは困る」

 

 本気でやめて欲しい。

 

「しかし、それはそれとして、提督さん。今日の出撃や演習の編成発表はまだですか?」

 

 ころっと切り替えて、漣は訊いてきた。

 このあたり、さっぱりした奴である。

 さっぱりし過ぎで心配になるくらいだ。

 

「あー、それはヒトマルマルマルまでには決めておく」

 

「ハーレム艦隊の編成思案中ですか?」

 

「そんなネーミングに艦隊名を設定した覚えはねえよ!」

 

「あんまり登場キャラを増やし過ぎると物語が展開しづらいですから、気を付けてくださいね」

 

 漣は何気にメタな台詞を吐いた。

 と同時に現実的な台詞でもある。

 ハーレム云々は戯言としても、提督も人間、全ての艦娘に対して常に平等であることはできないのだ。どれだけ努力をしても、第一艦隊に配備できるのは6(にん)までだし、練度のばらつきは絶対に生じる。

 誰かを出撃させるということは誰かを待機させるということで、誰かを旗艦にするということはその誰かの練度が上がりやすくなるということである。

 

「そうだな、聞いとくよ。その言葉」

 

「ええ、聞いておいてください。まあ、私の出番を食うようなことがなければ、別に新艦娘が何人着任しようと構いませんけどね」

 

「何でお前古株面よ!?」

 

 確かにお前は最古参だけれども!

 

「お前なんか所詮、今となっては『遠征艦隊の旗艦』扱いだ」

 

「はあ、そうですか。だったら提督さん、もっと上手に練度上げと備蓄計画を立ててくださいよ」

 

 第二艦隊旗艦の艦娘に艦隊編成を心配される提督!

 これは立ち直れない!

 僕は膝をつき項垂れる。

 

「そこまで艦隊の心配をしてくれている秘書艦経験も豊富な艦娘に、いくら朝からはしゃいでいたとはいえ、僕は少々おいたが過ぎたようだよ……済まない、漣」

 

 僕はそのまま足を揃え正座し頭を下げる。

 ザ・土下座。

 

「うわー……、随分軽い土下座ですね。ここまでされているのに心底からの謝罪という風に思えませんし、かなり引きますねえ。……もうやめてもいいですよ」

 

「許してくれるのか、漣」

 

 僕はそのままの姿勢で、頭だけを上げる。

 計画通りだった。

 

「もうやめていいですって」

 

「本当か?」

 

「ていうかやめてください、提督さん。むしろ、されている私の方が恥ずかしいです。何をいきなり、突然に土下座を始めたのですか」

 

「いや、なんて言うか」

 

 僕は言う。

 土下座の姿勢から漣を見上げたまま。

 

「この距離で土下座してからこうして頭を上げると、やっぱりスカートの中って見えるものなんだなと思ってさ」

 

 完全犯罪、達成。

 

「はうっ!?」

 

 羞恥に赤くなった艦娘漣がとった行動は、『スカートを押さえる』ではなく、『僕の頭部を蹴る』だった。躊躇なく放たれたいい感じのローキックが、最高の角度で僕の頭部に決まった。

 

「最低徳さん! あなたは変態です!」

 

「今の第一艦隊は僕単艦の編隊だからな!」

 

「うわ、潔い! 演習相手のことを考えた艦隊放置に、パンツくらいいくらでも見せてあげようという気になるくらい潔いです!」

 

「けれど、まさか漣が黒のスケスケパンツを穿いていようとは思わなかった! 子供パンツだとばかり思っていたのに!」

 

「はい!? 何を言ってるんですか、よく見てください! やめてください、イメージが悪くなります! 私はちゃんと需要に応えて、子供パンツを穿いていますっ! イチゴがプリントされているでしょう!」

 

「イチゴもニンジンも見えんな。見て欲しいならもっと見やすい姿勢を取れ。もしくは、今すぐ中破するんだ」

 

「ど、どうやってですかっ!?」

 

 まあ。

 誰かに見られて大淀の耳にまで届いたりしたら困るので、僕はやおら立ち上がる。

 あーあ。

 手が汚れちゃった。

 ぱんぱん、と僕は手を払う。

 本当に汚れたのは心かも知れなかったが、心の汚れは払いようがないのだった。

 

「で、漣、何の話してたっけ?」

 

「最低さんはパンツが好きだという話です」

 

「いや、別に好きってほどじゃねえよ。大淀に訊いてもらえばわかる」

 

「…………」

 

 珍しく相槌を打たない漣。

 ひょっとして大淀から何か聞いているのだろうか。

 だとしたら僕の処分は確定だが。

 

「そうそう……艦隊編成についてもっと考えるようにという意見具申だっけか」

 

「はい、そうでした。提督さんとしては不知火さんの練度上昇を優先したいのではないかとも思いまして。あのような場面に出くわしますと」

 

 そうだった。

 先日の、不知火からされた告白の様子、漣には見られていたんだっけ。

 

「けれどそれは罰ゲーム的な何かなのでしょう?」

 

「まさかお前らはまた裏側で僕を謗るようなガールズトークを繰り広げているのか!」

 

「ということは、あれが不知火さんの偽らざる本音ということなのでしょうか」

 

 ふうむ、と。

 漣は分かりやすく考えるようなポーズをとって。

 

「まあ、変に意識しないことも重要ですけれど――」

 

 考えがまとまったのか、漣は、普段は見せないような、というか初めて見せる真摯な眼差しを向けて、言った。

 

「ちゃんとしたお返事は、近いうちにしたほうがよろしいかと思いますよ」

 

 


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