インフィニット・ストラトス ~とある青年の夢~   作:filidh

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第百話 蜘蛛の巣

風音 奏(オレ)は内心焦りながら全速力でIS学園へと飛ぶ。

学園に被害が及ばない様にと距離をとったのが逆に仇になってしまった。

篠ノ之束は爆発音がした後まったく別の方向に少女(アンちゃん)を無人機に抱えさせ飛んでいった。

しかし…結局IS学園への襲撃に篠ノ之束がかかわっていなかったとは…

少し予想していたとはいえちょっと当てが外れた気分だ。

 

『…ね……ろ……奏!!応答しろ!!』

「っ!!千冬さん!!」

『ようやく繋がったか。今どこにいる?』

「現在IS学園に向けて全力で向かってます!!いったい何がありましたか!?」

 

俺と通話が繋がると、千冬さんの声が落ち着いたように感じた。

こちらであった事を教えようかと思ったが、今は謎の爆発音の方が問題だ。

それに……コッチの話しはいろんな意味で刺激が強すぎる。

千冬さんもこちらの事について詳しく聞いてこないという事は、俺が信用されているか……それとも、俺の方など問題にならないほどの何かがおきているのだろうか。

そんな俺の考えなど吹き飛ぶ程の言葉が千冬さんから飛び出した。

 

『爆弾だ』

「爆弾!?」

 

予想外の発言に俺は鸚鵡(オウム)返しをしてしまう。

いくら何でもそれはあまりに無理があるので無いだろうか?

 

『ああ、突然校門付近で爆発が起こり、同時に学園に脅迫の電話が入った』

 

校門付近という事は、おそらく敷地外での事だろう。

よけいな質問はせずに事の経緯を聞く。

脅迫については

『この学園に多数の爆弾を仕掛けた。誰かが学園の外に出た瞬間、敷地内に仕掛けたすべての爆弾を爆発させる』

という事以外は何も言わずに電話を切ったらしい。

……あからさまに怪しすぎる。

 

『現在教員が爆弾の捜索と処理に当たっているが、如何せん数が不明な所か仕掛けてあるかも怪しい、その上人材も足りん』

「避難のほうは?」

『学園内から出せないため一箇所にまとめて避難させている。爆弾が周囲にないことは確認済みだ』

 

避難は済んでいるという話しにホッと胸を撫で下ろす。

同時に何故こんなことをしたのかを考える。

まず一番あり得ないのが犯人が篠ノ之束という可能性だ。

多分…いや。確実に彼女が犯人だとしたら、さっきの取引で使うはずだ。

それ以前に爆弾騒ぎでは一夏と箒の試練になり得ない。

この時点で篠ノ之束が絡んでいる可能性はほとんどない。

では一体誰が?といえば亡国機業(ファントム・タクス)以外にないだろう。

だが爆弾騒ぎで奴らが何を得る?何が目的だ?

 

「…避難した生徒たちの防衛は?」

『現在教員1名と一年の専用機持ちの一部で防衛している』

 

一夏たちはそっちか。

さて、少し考えろ。

犯人の狙いはなんだ。

まず外部での爆発騒ぎと脅迫。

これのせいで先生たちはほぼ爆弾探しか……

観客……外部の人間……一箇所……

嫌な予測が頭の中を走る。

 

「…楯無にVIP…いや、全員の顔を確認は?」

『すでにやっている』

 

やはり千冬さんもその可能性を考えているようだ。

もし、爆弾騒ぎの目的が戦力の分散と獲物をおびき寄せる罠だとしたら?

狩人は一番獲物を狙いやすく、油断させる位置にいるだろう。

そう、守られる側の位置(・・・・・・・・)に。

もしかしたら、その中に犯人がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いったいいつになったら開放されるの!?」

「すいません、現在早急に対処していますので…」

「ふざけないで!!第一こんな防衛で…」

「そうだ!!もしものことがあったら…」

 

聞こえてくる騒音に織斑一夏(オレ)はため息をつきつつそちらをチラ見していた。

子供(せいと)たちが混乱が起きないように恐怖に耐えているというのに大人(お偉いさん)が怯えて声をあげてどうするんだ?

第一、先生に攻め寄ったって事態は何も解決しないというのに。

現在俺たちは体育館に集まった避難した人たちを守るために警備を行っている。

先生はここには一人しかいない。

何でも爆弾の捜索に人手がいくらあっても足りないからだそうだ。

しかし…なぜあそこまで騒げるのだろうか?

俺は目線をそのままにため息をつく。

 

「一夏、あまりあちらに注目するな。からまれるぞ」

「って言ってもな…爆弾か…」

 

近くにいる箒に注意をされて目線を外すが、いまだに叫び声が聞こえてくる。

しかし、爆弾を学園に仕掛けるって一体誰がそんなことを……

 

『犯人の声明だとこの学園全体に仕掛けてるっていう話らしいわ』

『まあ、十中八九全体というか爆弾自体嘘ですわね』

 

セシリアと鈴の通信を聞いて自分の耳を疑う。

ちなみにセシリアと鈴はそれぞれ一人で一方向を受け持っている。

俺と箒は実力の面で二人で一方向の担当だ。

しかし、十中八九嘘とはどういう意味だろう。

 

「え、なんでだ?実際に爆発があったんだろ?」

『ええ、学園の外でですがね』

『IS学園内に爆弾仕掛けるとかどんだけ困難なことかあんたわかってるの?』

 

鈴の呆れて声にちょっとだけムッとするが直ぐに浮かんできた疑問によって打ち消された。

警備がしっかりしている事は知ってるがそれほど難しいことなのだろうか?

 

「えっと…そんなに難しいのか?」

『あんたが今すぐさっきの奏みたいに、1km先の的を雪羅で撃ち当てるほうがまだ可能性があるわ』

 

そう鈴に言われて思い浮かべてみる。

自慢じゃないが俺は射撃が下手である。

練習はしてるが、50m先の動く的に当てるのにもてこずっているのだ。

さっきの奏のようによく目を凝らさないと見え無いような的に当てる技術はない。

……ということは不可能という事ではないのではないか?

 

「それって不可能ってことじゃ……」

『でも試しに実行することはできますわ。爆弾の場合、外から投げ込むことすらそれこそ不可能ですわ』

『それに今日は学園祭。VIPもくるから特に警備は厳しいのよ』

 

警備で爆発物の持ち込みはできない上に、仮にISに入れて持ち込んだとしても、一瞬でも展開をしてしまえば即座にレーダーに写りばれてしまうらしい。

その事を聞いて更に疑問は深まった。

 

「じゃあ何で避難なんてさせたんだ?」

「…おそらく‘もしも’のためだろう」

『箒の言うとおりよ。そんな不可能を可能にした前例があるからね』

「前例?」

『一夏さんと鈴さんの試合のときの乱入者ですわ』

『あいつなら学園を覆っているシールドも関係なく進入できるでしょうしね』

 

そう言われ頭の中にその無人ISが思い浮かぶ。

たしかにあの時俺と鈴は奏に警告されるまで気がつくこともできなかった上に、アリーナのシールドを破壊され侵入されたのだ。

 

「でもそれならセンサーに…」

『私たちが試合中に上から接近されてても誰も気がつかなかったのよ?攻撃されるまで』

『もしかしたら…という理由があるのでこうやって一箇所に集まって園内のチェックをしているのでしょう』

 

セシリアと鈴はそこまで考えて動いていたらしい。

一方俺はと言うと完全にIS学園が襲撃されたと思い臨戦状態を維持していたのだが………とんだ肩透かしである。

ちらりと箒の方を見てみると箒も肩透かしを食らったのか少し肩の力を抜いているようだ。

………別に緊張していたのが自分だけではなかったと安心などしていない。

しかし、この認識の差が一般生徒と代表候補生との差なのだろうか。

ふとそう思い浮かべた後にこの場に代表候補生とプラス1が足りない事に気がついた。

そんなすぐわかるような事にも気がつかないほど俺は緊張していたようだ。

 

「そういや、他の皆は?簪とラウラはさっきまで居なかったか?」

「その二人は爆弾の捜索といざというときの処理だ」

『ISなら爆弾が近距離で爆発してもよほど強力でない限り無傷ですむからね』

『特にラウラさんはドイツ軍で爆弾解体の指導をしていた側らしいですから』

 

なるほど、あの二人なら納得だ。

ラウラは軍で指導を受けて……いや、指導をする事が出来るほど技術があるらしいし、簪はその手(・・・)の技術に関しては俺たちの仲間内では頭一つどころか、三つ四つは抜けている。

引っ張り出されても不思議じゃない。

では代表候補生のシャルロットはともかく、奏は何故この場にいないのだろうか?

あいつなら言われなくとも皆を守る、もしくは事態の終息に向けて動くだろうに。

 

「シャルロットと奏は?」

『奏はともかくシャルロットは奏のおばあさんのところよ』

「特別に許可をもらってISを展開させずに傍にいるらしい」

「………ちなみに奏がどこに行ったか知ってるヤツはいるか?」

 

だれも何も言わない。

という事は誰もどこに行ったか知らないのだろう。

と言ってもあのお人好しがこの状況で何もしていないとは考えられない。

多分どこかで必死に何とかしようと動いているのだろう。

そんなことを考えていた時、先生が大きな声をあげた。

そちらをみると一人の女性が集団を抜け出し、どこかに行こうとしているようだった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

「なによ!?こんな危険なとこで固まってろって言うの!?」

「現在安全を確認しておりますので…」

 

必死に足を止めるように訴える先生だが、女性は足を止めずちょうど俺の目の前にある出口へと向かっていく。

一方先生の方はと言うと、その出口に足を向ける女性の後ろをついて行っている。

 

『はぁ、まったく見苦しいですわね』

「本当にな。いくらここから逃げようと考えても逆に危険な方へと進んでいるというのに………」

『一夏、あんたも…どうしたの一夏?』

 

三人が何か言っているのは聞こえていたが俺はそれ以上に逃げ出そうとしている女性から目を離せなかった。

逃げようとしている?

違う、あの女は恐怖で動いているんじゃない。

具体的に何故かは言えないが、確実に何か目的があってここから離れようとしている。

一体何が……そう考えた瞬間、その女がこちらへと振り返った時に見えた顔、それを見た瞬間全てがわかり声を上げる。

あの顔は逃げようとしている人の顔じゃない。

あの顔は…いや、あの眼は俺を誘拐(・・・・)したやつらとまったく同じだ。

 

「先生!!離れろ!!」

「え?」

「…っち」

 

何の確証もないが俺は叫び声を上げた。

周りのみんなが唖然とする中、逃げ出そうとしていた女、彼女一人だけ違う反応をする。

舌を鳴らしたかと思ったら女の雰囲気が一気に変わった。

具体的にどうとは言えないがこの雰囲気は危険だ。

イグニッション・ブーストで一気に距離を詰め、容赦なく雪片弍式を女性に向けて振るう。

だがその攻撃は女の背中から出現したアームによって防がれた。

周囲からは悲鳴が聞こえ、先生は驚きからか唖然としている。

 

「!?ほう、あの距離を一瞬でつめるか。だがな!!」

 

一瞬、女は俺から目線をはずし、他の避難をした人たちのほうを見る。

間違いなく誰かを人質にするつもりだろう。

頭の中で必死に対処を考える。

ここで戦うのは絶対にだめだ。

人質にされるという危険性だけではなく巻き込まれたらISをまとわない人なんてひとたまりもない。

ここからこいつを実力で周りに被害を出さないように誘導するのは今の俺の力量的に無理だ。

どうする?どうやったら巻き込まないですむ。

 

「させるかぁぁ!!!!」

「っ!?」

 

頭の中に浮かんだアイディアのままに行動を始める。

背中の翼から火を噴出させ女を押す。

さらにイグニッション・ブーストを機械の翼から吐き出し相手ごと壁にぶち当たる。

そのまま衝撃でダメージを受けてくれればいいが、相手はISを持っている。

確実にダメージはないだろう。

だがぶち当てた壁のほうはただではすまないだろう。

案の定、壁は砕け外に飛び出ることができた。

そのまま女を押し続けある程度体育館から離れることはできた。だがまだだ、まだ距離が足りない。

俺は再びイグニッションブーストを斜め上の方向に行い距離を稼ごうとする。

このまままっすぐ行けば海の上空だ。

そこならある程度は周りを気にせずに戦える。

 

「思いっきりはいいようね?でも……考えが浅せえよ!!」

「え?」

 

押されたままだった女が俺の胸の辺りにトン、と手を当てた。

途端に俺の体に何かが張り付き電流が奔る。

 

「がぁぁぁあああああっ!?!?」

「は、所詮は餓鬼だな」

 

電流のせいか、足に力が入らず膝をついてしまう。

いや、膝が地面につくのはおかしい。

今俺は白式を装備してるんだぞ?

自分の手を見るとそこには見慣れたがガントレットはない。

その瞬間頭部に衝撃が奔り俺は吹き飛ばされる。

そのままうずくまっていたいが、今目の前にいるのは敵だ。

力をこめ見上げてみるとそこには笑顔で俺を見下す先ほどの女がいた。

右手には何か結晶のようなものを持っている。

間違いない、こいつが何かをして俺の白式を解除させたんだ。

 

「が…び、白式が…いったい何を…」

「はん、聞けば答えてもらえると思ってんのか?」

 

俺を見下したまま女はISを展開していく。

先ほどの背中から出現したアームは他に3本、計4本あり機体カラーの黄色と黒も相まって蜘蛛を連想させる。

女は笑いながら蜘蛛の足のようなアームで俺の胸倉あたりを引っ掛け吊り上げる。

抵抗したいがさっきの電流の所為かまともに体が動かない。

やられる。

そう思った瞬間に女の足元に銃弾が数発撃ち込まれる。

撃ち出されたほうを見るとそこにはラファール・リヴァイヴを装備した先生が浮かんでいた。

 

「織斑君!!そこの貴女、今すぐ彼から離れなさい」

「…はぁ…平和ボケしたこの国の人間じゃしょうがないか…」

 

あからさまにつまらないようにため息をついた後に女は先生と向き合った。

俺をアームに掴んだまま。

 

「な!?お、織斑君を盾に…」

「おいおい先生、生徒の前で動揺しちゃだめだ、ろ!!」

「っつ!!」

 

アームの先端についている砲門から弾丸が飛び出す。

かなりの近距離からだったが先生は紙一重でかわしきった。

だがその瞬間俺の体が下にたたきつけられた。

すさまじい衝撃で口から声がもれる。

 

「ぐぁああっ!?」

「織斑君!!」

「次かわしたらこいつの頭をつぶす」

「な!?」

「脅しじゃねーぞ?まぁ…せいぜい耐えてくれや!!」

 

俺の頭にISの脚を上げて先生に脅しをかけ女はにやりとゆがんだ笑みを浮かべるのだった。

そして次の瞬間背後のアームから弾丸が一斉に連射される。

先生も不意を衝かれたように全弾食らっている。

だが、それでも弾の当たるところは装甲の厚い部分にするように細かく動いている。

時間にしたら十数秒。

だがその間に撃ち込まれた砲弾は30発や40発じゃきかないはずだ。

だが先生はいまだにISを展開したまま立っていた。

だがIS、先生ともに限界のように俺にはみえた。

 

「へぇ?量産型で結構耐えるねぇ…まぁ、飽きたからもう死んでいいわ」

 

そう言って先生に再び砲門を向ける女の目には何の感情も浮かんでいない(・・・・・・・・・・・・)

ただ、邪魔だから消す。

まるで机の上に置いてある埃を払うかのように簡単に誰かを殺そうとしている。

止めなくちゃいけない。

そう考えてはいても体に力は入らず腕も動かすことはできない。

何より俺にはIS(つるぎ)がない。

砲門から音が聞こえる、おそらく弾を撃ちだすために。

だがそのアーム(砲門)はレーザーによって弾き飛ばされる。

上空、こちらの上を取るようにしてセシリアがブルー・ティアーズからレーザーを穿ちながらスターライトmkIIIでこちらに狙撃をしたようだ。

 

「こちらからの反撃は禁止されてませんわよね?」

「ああ、でも今から禁止だ」

 

そう言って女は俺の頭に置いた足に力をこめるかのように体を動かした。

が、次の瞬間横から飛んできたブーメランのようなものに思いっきり体を弾き飛ばされた。

女のほうも直撃を食らわぬようにアームでブーメランを弾き飛ばしたが、弾きとばされた武器のさきには、すでに甲龍(シェンロン)を身にまとった鈴がいた。

ブーメランのようにも使えるダブルブレード・双天牙月。

こいつは単純な破壊力だけなら確実に上位に食い込む。

俺を足で抑えて動くことができなくなった(・・・・・・・・・・・・)こいつなら当てるのは難しくはなかったのだろう。

空中で双天牙月をキャッチした鈴は、連結させたままの双天牙月で女に切りかかる。

女のほうもアームを駆使して鈴と斬り結んだ。

一合、二合、三合…斬り合いは続く。

だが女のほうは全力というわけでは無いようでアームで応戦するようにうごきながら俺を狙っていた。

だが鈴にもそれはわかっていたようだった。

そして力強い一閃。

鋭い斬撃が奔り女は鈴から距離をとった。

 

「やることがワンパターンなのよ、アンタ」

「一夏と先生は回収した、無事か?一夏」

「俺より…先生は!?」

「気を失ってるが大事ない。一夏白式はどうした?」

「それが…突然消えたんだ」

 

それを聞いて鈴と箒は怪訝そうな顔をする。

俺だって何が起きたのかわからないんだそういうしかない。

それを聞いて女はにやりと笑い口を開いた。

 

「種明かしをしてやろうか?こいつは―――」

「【剥離剤(リムーバー)】ですわね」

「…はっ、すこしは知ってるやつがいるじゃねえか」

 

セシリアの言葉を聞いて俺や箒だけではなく鈴まで怪訝な顔をしている。

唯一セシリアだけがそれを理解し、女は感心した様に驚きを顔にあらわしている。

しかし同じ国家代表候補生の鈴にとっても聞きなれないって……それほど珍しいものなんだろうか?

 

剥離剤(リムーバー)って…」

「…存在しない兵器ですわ。理論上相手のISを奪うことができますけど、そんなの開発すら国際的に許されてないはず…」

「許されてない?何で悪の組織がそんなもんに気を使わなくちゃいけねぇんだよ」

「悪の…組織だと?いったい何の話だ?」

 

俺が女にそう言うと女は怪訝そうに顔をしかめる。

まるで俺がおかしなことを言っているのかの様に。

 

「あん?お前が何を…って知ってるほうが異常なんだがな」

「……【亡国機業(ファントム・タクス)】」

 

再びセシリアがそう呟く。

今まで薄ら笑いを浮かべていた女の顔からはじめて笑みが消えた。

セシリアの顔も女を険しい顔で睨みつけている。

 

「セシリア?アンタいったい何を知ってるの」

「…皆さん、疑問はあるでしょうが今は話す時間がありませんわ。事が終わった後に必ず説明いたします。ですから今は一刻もはやく白式を取り戻さないと」

 

確かにその通りなのだがセシリアの顔に浮かんでいる表情からは警戒しているのだが……どこか怒りが感じられた。

戦闘が始まるかと思ったが女の方は先ほどから何かを考えているのか首をかしげている。

 

「セシリア…どっかで…ああ、セシリア・オルコット。オルコット家の生き残りか」

「……いまなんと……」

 

思い出したかの様に女が口に出した言葉に場の空気が……いや、セシリアの雰囲気が変わった。

先ほどまでは少し感じられた怒りが今は隠すこともなく溢れでている。

それを見て女はニヤリといやらしい笑みを浮かべた。

 

「……なるほど。そこまでは知らない訳か」

「……っ!!まさか!?」

「たしか組織(うち)の誰かがヤッタはずだったな。おかげでうちの組織がイギリスに入り込みやすく」

 

セシリアのスターライトmkIIIから打ち出された女の顔めがけて走る。

シールドが張られていたため当たることは無かった。

そして閃光が消えた後に女の顔に浮かんでいた表情はさらに笑みが深まっていた。

 

「黙りなさい…」

「はぁ?せっかく教えてやってんだろ?」

「口を閉じなさい…」

「お前の両親は単に邪魔だった。それだけで消されたんだよ」

「黙れ!!」

 

セシリアが再びスターライトmkIIIからレーザーを放つ。

が普段のセシリアの鋭い攻めではない。

ただ狙いもつけず女のいる方向に閃光を放ち続けた。

そんな攻めが通じるはずもなく女はほとんど被弾せずにニヤニヤとこちらを見ている。

このままじゃいけない。

俺はセシリアの腕を横から引き声をあげ、攻撃をやめさせる。

 

「セシリア!!」

「ハァッ…ハァッ…」

 

ブルー・ティアーズを身にまとったままセシリアはその場に膝をつく。

呼吸も荒いし俺たちのことも見えていない様だ。

それを見て女は声をあげて笑う。

本当に面白そうに、腹を抱えながら。

 

「あはは、なんだ本気で知らなかったのかよ!?こりゃもったいないことしちまったな。もっと遊べそうだったのにな。なんだよお前ら。仲良し子良しで怒ってるってか」

 

俺たちの顔を見て再び笑いを深くする女。

こいつ、完全にセシリアで遊んでいやがる。

いや、こいつはセシリアだけでなくこの場で怒りを感じている俺たちの事を見て笑っている。

怒りに満ちた俺たちの睨みつける目線を見て再び声をあげて笑う女。

その声を聞いて俺は怒りで頭がおかしくなりそうになる。

 

「…アンタ、最っ低の屑ね」

「いや屑にも劣るな」

 

そう言って箒と鈴が前に出る。

その眼には怒りが満ち溢れている。

その怒りは自分が馬鹿にされたからではない。

セシリアのことを、いや、セシリアの家族の事まで踏みにじったこの女に怒りを抱いているのだ。

女はさらに笑みを浮かべる、二人を馬鹿にする様な顔で。

 

「おいおい、お前ら二人が相手って言うつもりか?さっきまでの学芸会じゃねえんだぞ?」

「何?文句でもある?」

「貴様も私の友人にここまでしてただで帰れると思っているのか?」

 

武器を構える二人を見て女はおかしそうにふき出し、ひと笑いした後深くため息をつく。

 

「はぁぁ…やっぱ平和ボケの国だな」

「何?」

「私が何であのタイミングでISを使ったと思ってるんだ?確実に一対多数の戦いになるっていうのに」

 

その言葉を吐き出しながら女はISを全身に展開していく。

背後に展開された4本のアーム。

それに自身の手足。

計8本の手足に背後の巨大なパーツ。

紫とオレンジの二色もあり、まるで蜘蛛の様な印象を受ける。

これがこの女のISか。

フルフェイスのISなのだが、女は頭部装甲のみを解除しいやらしい笑みを浮かべこちらを見下す。

 

「簡単な話さ。全員相手でもここから出れる(・・・・・・・・・・・・・)からだよ」

 

 

 

 

 

赤とオレンジの閃光が違いにぶつかり合う。

閃光がぶつかり合うたびに箒が苦痛の声を上げる。

機体の性能は確実に箒の紅椿の方が確実に上だ。

だがそれを補ってなお余る程の腕をあの女は持っている。

箒の攻撃を受けずに流す。

エネルギー攻撃が出来ない程の接近戦をしつつも相手の間合いには一切入ってこない間合いの取り方。

そして箒の動く先を誘導するかの攻撃によって機体性能に関係なく箒を追い詰めている。

そして更に高速戦闘をしながら周りの建物を狙った攻撃やセシリアと俺を狙う攻撃によって鈴の甲龍が戦闘に参戦出来ない状況を作り出している。

鈴も龍砲で攻撃するが一切当たる事はない。

しかも女には余裕がある様で箒と鈴を相手にしてなお遊ぶ余裕がある様で箒を誘導して鈴と相打ちさせたり建物を壊す事をあからさまに示して二人に身体を張らせたり……

このままじゃ援軍が来る前に二人とも落とされてしまう。

俺が白式を取られなければ……

それにセシリアは先ほどから息を荒くしながら一切動かない。

 

「セシリア!?おい!!セシリア!!」

「…一夏…さん?」

「いったいどうした!?」

「いえ…何でもありませんわ…」

 

そう言いながらセシリアは一切動く事はない。

普段のセシリアならこの状況になったら飛び出す様に参戦するはずだ。

よく見ると身体が震えている。

やはり戦うのは無理だ。

恐らくショックで動けなくなっているのだろう。

 

「そんなはずないだろ!?こんなに震えて…」

「大丈夫ですわ…私は大丈夫…」

「あはは!!何いい子ちゃんぶってんだぁ!?」

「こいつ!!」

「いい加減、お前らにはあきた。寝てろ」

「くっ!?」

「きゃ!?」

 

箒が女の口をふさぐ様に攻めるが軽くあしらわれ、更に鈴の方に押し飛ばされ叩きつけられ動かない。

動かなくなった二人に駆け寄ると二人とも意識はあるが衝撃からかすぐに動く事が出来ない様だ。

女の方はセシリアのそばまでわざわざ接近して声をかける。

 

「震えてるのは恐怖じゃなくて怒りだろ」

「…うるさい…」

「ようやくわかったんだ、喜べよ。お前の両親の仇がな。動かない理由は男か?そりゃ見せたくねーよな?怒りで狂った自分の顔なんて」

「……」

 

笑い声をあげながらセシリアを挑発する。

それよりこの女今なんて言った?

両親の仇?

セシリアの両親は事故で亡くなったって……まさか!?

 

「お前……今なんて言った!?」

「さっきも言ったろ?組織の組員が起こした事故で死んだんだよ」

 

その言葉で全てを理解した。

セシリアの両親はこいつの仲間によって事故に見せかけ殺したのだ。

女は再び語り始める。

 

「計画じゃオルコット家の資産と立場を手に入れるはずだったんだが予想外の妨害があったんだったかな?本来失敗なんかありえないミッションでの失敗だから担当者の首が飛んだのが話題になったからよく覚えてるよ……もしかしてお前がなんかやったのか?だとしたらおもろいんだがね」

 

女はその語り方はまるで昔の思い出を笑い話にして話すかの様に、その事件の経緯を語る。

セシリアは震えながら女に言葉を投げる。

 

「その…担当者の名を言いなさい…」

「…知ってどうする気だ?」

「決まってるでしょう!!ただで済ますわけがありませんわ!!」

 

なんとか奮い起ち女に敵意見せるセシリア。

だがそれを見た女は声のトーンを下げて話し始めた。

 

「死んだよ」

「……え?」

「聞こえなかったか?死んだって言ってるんだよ。さっきも言っただろ?首が飛んだ(・・・・・)って。うちの組織じゃ失敗はイコールで死だ」

 

その言葉を聞いてセシリアの身体から力が抜け、唖然とした表情を見せた。

親の仇がすでにいない。

つまり、当事者からもう何があったのか聞くことすら出来ない。

女は低いトーンのままさらに言葉を続けた。

 

「残念だったな復讐の相手が死んでいて」

「………そんな…」

「でも死んだ原因はお前かも知れないぞ?お前が自分の家を守りきったから死んだんだろうしな…お前は自分が知らないうちにちゃんと復讐は果たせていたわけか…」

 

女はセシリアの方をむいて慰めるような言葉をはいた。

だがどう考えてもこいつが今セシリアを慰めるような事をするわけがない。

だが追い込まれたセシリアは、判断力が弱まっているせいか顔に表情が戻ってきた。

状況を理解しようとしているであろう考えるような表情と……僅かではあるが歓喜のためか口元が緩んでいる。

そんな表情を見た女は先ほどまでの雰囲気を一転させ大笑いする。

 

「っあはははははは、なんつう顔してんだよ!!んなわけねえだろ!!本気で信じたのかよ」

「……っ!!き……さまぁああああ!!!!」

 

そこでセシリアも自身が再びこの女に遊ばれていたということに気が付いた。

怒りが顔から溢れ出し今にも女に飛びかかりそうだ。

そんなセシリアに女はさらに接近する。

俺を指差しながら。

 

「おいおい、近くに誰がいるか忘れてないか?」

「っ!!い、一夏さん」

 

その時俺はどんな表情をしていただろうか。

目の前にいる女に対しての怒りはあった。

何も出来ない自分に対しての憤りもあった。

この二つが俺の心を満たしていた事は確かである。

だが、初めて見るセシリアの、激しい怒りと純粋な殺意に気圧されていないとは言えない。

そして俺の表情からセシリアは確かにそれを(・・・)感じとってしまった。

セシリアは自身の顔を隠し顔を背ける。

女はさらにセシリア接近して猫なで声でセシリアを責める。

 

「いい顔だねぇ……怒りと殺意に歪みきった表情。初めの澄まし顔よりお似合いだよ」

「…違う…こんな…私じゃ」

「いいや、確かにお前だよ」

 

顔が当たるのでは無いかというほどの距離にまで女はセシリアに近づく。

一方のセシリアのISを展開したまま膝をついて顔を下にうつむかせたまま女から逃げようともしない。

なんとかしないと。

箒と鈴は動けない。

女の方に近づき俺は女に叫ぶ。

せめて女の注意をこっちにひかなくては。

このままじゃセシリアが潰れてしまう。

 

「おい!!その口を閉じろ!!」

「いいとこなんだよ……黙ってろよ、クソ餓鬼」

 

だが女は一切俺に興味を示さずセシリアに近づく。

俺に対して女がやった事はただアームの砲口を俺に向けただけだ。

それだけなのに俺は一瞬、声が出せなくなってしまった。

その間に女はセシリアへと猫なで声で言葉を放つ。

 

「いい顔だったぜ?さっきの復讐相手が死んだって言われた時の顔。確かにほれた男に見せる顔じゃねえな」

「ちがう…こんな…」

「復讐を果たせていたと知ったときのあの顔。私と同じ顔だったね。嬉しくてしょうがなかっただろう?」

「セシリア!!聞くな!!」

 

俺は叫ぶ様にセシリアに声をかけるがセシリアには届いていない。

女はセシリアの耳元まで口を近づけ先ほどまでの猫なで声ではなく、笑いを含んだ言葉をその口から吐き出した。

 

「テメェが人を殺したって言われてんのによ。なぁ、ご同類」

 

その言葉を聞いた瞬間、セシリアはISを解いてうずくまった。

耳を押さえ目を閉じてただ何もせずに敵の目の前でうずくまってしまったのだ。

それを見て女は今までで一番大きな声で笑いだす。

満足気にセシリアを見下しながら。

箒と鈴もなんとか立ち上がり女への敵意を押さえようとせずに女にぶつける。

だが女はそれですら面白いのかさらに笑い声が大きなった。

 

「あんた…何が目的?」

「目的ぃ?もうとっくに終わってるよ。これは単に私の遊びだよ」

「この……外道が!!」

 

そう言って女は自身の手の中にある結晶を俺たちに見せつけながらセシリアにアームを伸ばす。

セシリアを助けなくちゃいけない。

箒と鈴は限界だし、援軍もいつ来るかわからない……

誓ったはずだ。

頼ってくれと、助けてみせると。

セシリアに。

そして自分自身に。

今セシリアを助けるのは『誰か』じゃない。

俺が助けなくちゃいけないんだ。

 

「……こい、白式」

「あはは、むだ…あん?」

 

何時だってこいつが俺を助けてくれた。

セシリアや鈴の闘いやラウラを救う時。

銀の福音の時などこいつがいなければ俺は助からなかったかもしれなかった。

何時だって俺の想いに応えてくれた相棒に手を伸ばす。

女は俺を馬鹿にした様に笑ったが結晶を見て顔色を変える。

女の事を無視してさらに声をかける。

 

「俺に応えろ!!来い!!白式!!」

 

その瞬間女の手にあった結晶が強い光を放ち俺を包み込んだ。

差し出した手から順に身体に手足に、頭部に装甲が展開する。

翼が展開し差し出した手に一振りの太刀が出現する。

千冬姉の、そして自分自身の誇りでもあり零落白夜(必殺の力)を宿す雪片弐型。

剣を構え女と対峙する。

 

「な!?コアが!!っ!?」

 

女の手にあった結晶はすでに消えておりそれを見た女は驚愕し一瞬、意識がそれにしか向いていない様だった。

一瞬、しかし戦いにおいてその時は命取りになる。

クイックブーストを瞬時に使用。

真っ直ぐにではなく身体が横回転する様に噴出口をコントロールする。

女は俺が動こうとしていることに気がつきセシリアを人質(タテ)にしようと手を伸ばすが、この距離なら俺の斬撃の方が早い(・・・・・・・・・)

翼の噴出口から圧縮されたエネルギーが吹き出る。

次の瞬間、俺は女の懐に回る様に踏み込む。

女は驚愕の色を顔に浮かべている。

その顔にめがけ回転の勢いを乗せて雪片で横薙ぎに斬り払うが、斬撃はかわされる。

がそれも織り込み済みだ。

雪片から左手を離し拳を握りしめもう一度高速で回転し女の顔に拳を振るう。

突然の不意打ちに体勢を大きく崩していたため回避できず頬の辺りに白式の拳が叩き込まれた。

殴り飛ばした勢いを利用する様に女は大きく距離を取った。

顔を見ると先ほどまでにはなかった装甲が頭部に展開されていた。

おそらくバリアーも展開していただろうからダメージはほとんどないはずだ。

だがそれでもセシリアから距離をとらせる事に成功したし、何よりも俺はこの女を殴り飛ばしたかったのだ。

この女はセシリアの事を何一つ知らない癖にセシリアの心を踏みにじった、それが俺には我慢ならなかった。

セシリアを背に守る様に俺は女と対峙する。

雪片を女に向けさらに敵意を女に向け叫ぶ様に女に叫ぶ。

 

「…人の友人を踏みにじって…覚悟はできてんだろうな、おまえ!!」

 

誓いを守るために、俺自身のために。

何よりもセシリアを守るために俺は覚悟を決め女に再び踏み込んだ。

 

 

 

 

勇気ある人は皆約束を守る人間である

〜ピエール・コルネイユ〜


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