勘違いや思い込みとは、得てして恐ろしいものだ。
一度そうだと脳裏に刻まれたのなら、中々どうして他の目線でその物事を、真実を捉えることは難しくなってしまう……特に人に対しては、その現象が顕著に表れてしまうのではないだろうか。
言うなれば。勘違いとは、目に見えぬ負債の様なモノなのではないかと彼女は思う。一度発生してしまえば、時間が経てば経つほどに、真実とはかけ離れた認識が……人づてに、雪だるま式に積み重なっていく。そして最終的は、元の状態に戻すどころか、取り返しのつかない、致命的なまでの不利益が発生する。
……そう。この世で最も恐ろしい事の一つが『勘違い』なのだ。
「……もうすぐよ」
彼女は車椅子を手で押し進めつつ、そこに座る『男』に……ミラージュに語りかけた。
……だが、この人はまだ間に合う。いや、むしろ、あと少しで……全てが『逆転』する。
「……」
返事はない……だが、これは決して無視を決め込んでいる訳では無いことを彼女は知っている。
ミラージュがまだ五体満足だった頃、彼らは色々なことを話し合った。会話の内容は……些細なものだ。今日の調子は、天気は、ご飯は。アイツはどうだ。何か面白い事はあったのか、など。
今や世間から恐れられている人間が話すとは到底思えないような、ごくありふれた日常会話であり、勿論その口調や表情も、
ただ、ある日。ある日を境に突然。
「じき、エレベーターに到着ね」
男は動かなくなった。昨日まで普通に話せていたのに、動けていたのに。一夜明けたら突然に。
彼女たちは困惑した。通常は人間の身体に大きな障害が発生する場合、徐々に症状が現れるか、そうでなくとも当の本人が何かしらの違和感を感じることが多いはずだ。しかも、植物状態に近い症状になるまで一晩で一気にに進行したにもかかわらず……特に、ミラージュ自身の『意識』については問題が見られない。
トーラス第六支部の職員が彼とのコミュニケーションを取るために機器を作成し、画面に表れる文字での会話を見る限り、その思考能力にも何ら変化は見られなかったのだ。発生した障害の深刻さに比べ、彼の生命維持活動は良好そのもの。簡単に言うのならば、『健康な人間がただ動けなくなっただけ』の状態に近かった。
「確か階層は……地下6階だったかしら」
あまりにも不可解な出来事である。トーラス職員や彼女がミラージュから何かを聞き出そうにも、彼は何時もと同じく『大丈夫』の一点張りであり、何が起こったのかを彼女たちが完全に把握するのは不可能であった。ただ……ただ、一つ確かな事は。
男が、それ以前より確実に
「……」
「……」
エレベーターに乗り込み、目的地まで降りる二人に会話は無いが……その最中、彼女は思う。
この男はきっと自分ではない誰かの為に、自分を犠牲にしていると。それこそ、クレイドルの……彼の守りたい、無垢なる者達から恐れられることを全く厭わない程度には。
AFの襲撃、ネームレスとの激闘。これから向かう先にある『異形』……全てはこれから先。
「……。到着したみたいね」
彼らの為に。
「……ミラージュ。調整の最終段階よ」
ただ、願わくば。
「どんな時も、私達は貴方の味方でいるわ」
この男が皆に受け入れられ、何時の日かその存在が認められることを彼女は――――――
ラインアーク戦も近いですね。ではルビコン3でお会いしましょう。