絶対に死んではいけないACfa   作:2ndQB

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第30話

アブ・マーシュ視点

 

 

「どう、思われましたか?」

 

ラインアーク第一MT部隊隊長、そしてネクスト"ネームレス"のオペレータを務める男からの質問。その鋭い眼光を受け止めたマーシュは、まずこう言った。

 

「『普通』じゃあ無いね」

 

まず間違いなくこの場に居る者の共通認識。それを提示する。では、何が普通では無いのか……挙げればキリが無いそれを、一つ一つ確認していく。まず最も記憶に新しい出来事。それは、ゼンがバランスを崩しかけた際の事だ。

 

明らかに、おかしな点がそこに見受けられた。

 

「そうだね。まずエドガー君……きみ、ゼン君の身体を『支えきれなかった』でしょ?」

「やはりお気づきで……ええ、その通り。自分はゼンの身体――――正確には"体重"を受け止める事が出来ませんでした」

 

そんなエドガーの言葉に室内がざわつく。なぜなら、普通ならばそんな事はあり得ないから。

ゼンの体重はどう重く見積もっても60~70kg程だ……体格、筋肉量的に見てもエドガーが支えきれない何て事は考えられない。

 

それを聞き、イェルネフェルトが尋ねる。

 

「それで、ゼンの体重はどれくらいか推測する事は可能ですか?」

「短い出来事だったので正確には……しかし、少なくとも100kgは下らないかと」

「な、100……?冗談――――では、無さそうですね?」

 

更に騒がしくなる室内。

 

しかし……正直、マーシュ自身としてはその辺に関して、そこまで予想外では無い。なぜなら、もう一つの"本当の予想外"からその辺りの想像はついていたからだ。

 

「それは一端置いておくとして……一番の驚愕は、あの"動き"だよねぇ」

 

これだ。これがあまりにも"想定外"すぎた。その呟きに対して即座にエドガーが反応する。

 

「貴方が知る限りで、ネクスト機があの様な動きをしているのを見た事は?」

「無いね。唯一、近いものと言えば『プロトタイプ・ネクスト』……エドガー君も聞いた事あるんじゃないかな?」

「……現在のネクスト機の"前身"となった機体。その余りの高負荷により、搭乗者を死に追いやると言われている……」

 

そう。どんなに高いAMS適性を持っていようが搭乗したが最後、ほぼ100%リンクスを"ダメ"にしてしまう恐ろしい機体……考えるだけで、無意識の内に険しい表情になってしまう。

 

しかしフィオナが苦い顔でマーシュ自身を見ている事に気がつき、すぐに取り繕う

 

「しかしそれでも……それでも、"近い"だけ。ゼン君の動きはプロトタイプ・ネクストのそれを遥かに上回っていた。そして同時、脳への負担もかなりね」

「それはどれ程のもので?」

「そうだねぇ……僕が止めた時点で、適性の低いリンクスなら激しい目眩・嘔吐感が止まらないレベル。まず戦闘はこなせないだろうね。僕みたいな適性無しの人間が仮に感じる事が出来たなら――――まあ、結果は想像するまでも無いねぇ」

 

あの時点で、だ。

 

実際にネクスト機を動かしている訳でも無く、ただのシミュレーション内での負担がアレ。

事実、ゼンですら終了後に身体のバランスを崩す始末……もしかするとあの時、ゼンは我々が気がつかない様な体調不良に襲われていた可能性も捨てきれない。

 

「ゼンの奴が現実であの動きを再現可能。と考えていますか?」

「十中八九、可能。仮想空間での動きは、リンクスの常識の動き……まず間違いなく『ちょっと試すか』であの動きは不可能だよ」

「自分には、人間にアレが可能だとは到底……」

「だからこその『ゼン君』なんだ。常人には到底不可能な動きでも、それに耐えられる身体を保有していたのなら話は別。ゼン君の身体の異様な重さ……あれは超機動に耐えうるだけの頑丈さを身に付けている結果なんじゃないかな?」

 

自分で言っていながら思った。少し"飛んだ"理論だと。

しかし、そうでもなければ辻褄が合わない。『出来ないと思っている』ならば、あんな機動をする筈がないのだから。

 

「……『強化人間』って、聞いた事あるかい?」

 

特に誰に向けた質問では無いが、それに対して多数の反応が返って来る。

 

「それってあの話か?」

「名称的に近いのはそれだろうが…… 」

「いや、しかし、それは『駄目』なんじゃ……」

 

その中で代表して、イェルネフェルトが答えを返す

 

「強化人間では無く、『身体強化』の話なら」

「まあ、それと似た様なものだねぇ」

「もう随分昔の話だそうですが……確か、全身のあらゆる器官に医療的措置を施し、様々な意味で常人とは一線を画す身体能力を持たせる計画。でしたか?」

「そう。僕はゼン君の身体にはその『強化』が施されていると見ているのさ」

「ですがその計画は……強化する人間の身体への負担・リスクの高さ、または倫理的観点からの問題も多く、実用化されるに至らなかったと」

 

 

そこだ。

 

 

「一般的にはね……しかしゼン君の居た組織でその『価値観』があったのかどうかは解らない。以前も話したと思うけど、リスク承知で多くの人体実験を繰り返していたのかも知れないし。そもそもの話……僕は『少なすぎる』と思っていたんだ」

 

ここでは敢えて何が少ないのかを――――"もう一人"については明言しない。"もう一人"につうて知らない者には余計な不安を煽るだけであるし、『分かる』者だけが理解出来れば良い。

 

ゼンが前にも話していたが、"組織"のリンクスが二人だけではいくらか何でも少なすぎる。小さい頃からの訓練以外にも、何か理由があるはずだ……それが、恐らくはこれ。

身体強化の、余りに低い手術成功率故の、二人。

 

「その人体実験の末に出来上がったのが"怪物"だったりして……ね?」

「まさか……」

 

誰もが絶句している。

 

おおよそ人間を人間と思って無いかの、"組織"の所業を想像したのだろう。もしくは、結果的に生まれた"怪物"への畏怖か。 あの様な動きが可能な身体を持っている人間は、もはや人間と呼べるのか。

 

「うーん。厳しいね」

 

現実世界であの様な動きをされた場合の対処……無くは無いにしろ、非常に困難を極めるだろう。もはや実力云々のレベルを遥かに超越している。

 

……とは言っても実際、特に問題は無い訳なのだか。なぜなら――――

 

 

「ですが、ゼンの奴は味方です」

 

 

マーシュが口を開こうとしたその時、暗い室内に男の声が響いた。

 

「え、エドガー君。僕のセリフを取らないでくれたまえ!」

「申し訳ありません。余りにも皆が辛気臭い顔ぶれだったのもで」

「えーっと、まあそう言う事だよね。今まで少し暗い感じだったけど……エドガー君の言う通り、ゼン君は今味方なんだ。何も心配する必要は無いと思うよ?」

 

ズバリそうだ。敵、あるいはどうなのか解らないのでは無く、ゼンは今現在ラインアークの味方なのだ。

 

「ですが……」

「フィオナちゃんの言いたい事は分かるよ。確かにゼン君はラインアークを利用しているだけで、裏切る可能性だってある。だけど……僕が思うにゼン君。彼、"良い人"だよ」

「……全く、どうしてそこまで言いきれるのか」

「自分で言うのも何だけど、僕は人を見る目は確かだと思っている。それにフィオナちゃんだって、本心では結構彼の事を信用しているんでしょ?」

「ハァ……まあ、貴方程ではありませんが」

 

これはラインアークにとって幸運だ。この脅威的な潜在能力の持ち主が味方であると言う事実……正直、ラインアーク以上に、企業の者たちからすれば不安の種でしか無いはずなのだ。

"もう一人"に関しての不安は勿論ラインアークにはあるだろうが、ここには対抗馬が居る。何かあったとしても、ゼンが味方する限り対処は可能だろう。

 

「そうそう。少し戻るけど....あくまでも僕の考えとして、ゼン君の超機動は『恐らくは可能』と言うレベルの話だよ。僕がゼン君の実戦データを見る限りでは、常に力を押さえている印象だからね。まあ、やっぱりあの機動を現実にするにはそれこそ『もう死んでも良い』位の覚悟が必要なはずさ」

「成る程……」

 

室内の暗い雰囲気が徐々に晴れていくのを感じる。 時計を見ると、昼休憩もあと僅かだ……ここらでこの話は終わりとしよう。 室内の照明をつけ、パンパンと手を叩く。

 

「じゃ、話はこれで終わり!お昼を食べて居ない人はきちんと食べた方が良いよ!僕は片付けがあるから――――」

 

そこでガシッと肩を掴まれるマーシュ。

 

「ところで、聞き捨てならない事が耳に入りました。『僕がゼン君の実戦データを見る限りでは』?正式な所属先はアスピナ機関の貴方にこちらの、ゼンの戦闘データを開示した覚えは有りませんね……ご説明願いますか?」

「あっ……あー!それより僕、急な用事があったんだ!忙しい忙しい!」

 

 

よし、逃げよう。するべき行動を定めたマーシュは、研究者にあるまじき身のこなしで食堂を後にした……

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「あー、もしもし?僕だけど」

 

あの後、食堂を抜け出し自室へと戻ったマーシュは、携帯端末を片手に椅子に腰掛けていた。通話先はアスピナ機関、自身の本来の所属先である。

相も変わらずワンコールで繋がったそれに対し、一切の油断の無い、真剣な声で問いかける。

 

「武装。提供可能かな?」

 

要件は『ネームレスの武装』について。此方の件については、ゼンの機体の破損箇所が判明した時点でアスピナへと連絡をとっていた。その為、恐らくはもう……

 

「うん。大丈夫みたいだねぇ……ん?こっちは心配しないでよ。中々に快適だしねぇ……OK。任せたよ。じゃあ、また」

 

準備は整っている。この短期間で流石にやるものだ。

 

電話を切ったあと、小さく、ある言葉を呟いた。それは、ネームレスへ武装を提供するネクスト機……のリンクスだった者の名。

 

 

「――――ジョシュア君……」

 

 

そう――――取り寄せる武装は、初代・ホワイト・グリントの物だ。

 

ネームレスが損失したのは、ローゼンタール社の突撃ライフル〝MR-R102〟。

それはかのリンクス、ジョシュア・オブライエンが愛用していたものと一致していた。そして、奇跡的にもその損失箇所……『右腕武器』と言う条件さえも。

 

「……」

 

恩を売る、チャンスだと思った。

 

マーシュがラインアークに滞在している理由……それは、ゼンへの個人的な興味によるものだけでは無かった。ゼンと言う強力な『リンクス』とのパイプを持つ目的でもあったのだ。

 

アスピナがマーシュの滞在を黙認している理由もそこにある。

 

……アスピナは企業では無い。多少規模が大きいとは言え、それは『一機関』に過ぎないのだ。何か理由があれば……『邪魔』だと判断された場合、今直ぐにとは言わないまでも、企業に潰されかねない存在。

 

事実。約十年前には一度、潰されかけた。あの時は、一人の"友"の命と引き換えに事なきを得たが。

 

 

――――今度は、僕が――――

 

 

友が最期の戦場へと向かった時、心に決めた。どんな手を使おうと、友の"護った"アスピナを最後まで護り抜くと。

 

 

「……」

 

 

フィオナが上層部へと通話した際の、あの消極的な返答。恐らく、上層部はゼンの武装の件で少なからず頭を悩ましていたはずだ。

反応から察するに、やはりラインアークに居る限り、ネクスト機の武装が手に入る事自体困難である事は間違いない。

 

そんな中、アスピナは武装を提供した。しかもゼンの使いなれている武器を。

今回の件はゼンだけでなく、ラインアークに対しても大きな「貸し」となるはずだ。

 

「まあ……」

 

相手側からすれば、押し付けられた善意に感じる可能性も大いにあるが。

しかしながら……ラインアークはともかく、ゼンは違うだろう。

そう理解していたとしても、必ず「感謝」を、この一件を「貸し」として捉えるはずだ。

 

それに、言ってしまっては何だが……あくまでもメインはゼンである。ラインアークにはゼンの「ついで」に恩が売れたに過ぎないし、そこまでの期待もしていない。

 

「……嫌な世界だねぇ。いや、僕かな? 嫌なモノは」

 

困った時の助け船、とは言うものの、此方は始めから相手を利用する気満々ときたものだ。「普通の人間」からすれば良い迷惑だろう。ゼンの置かれている状況を考えれば尚更だ。唯でさえラインアークの、世間の荒波に揉まれている最中だと言うのに。

 

いや、それとも……

 

「……ふふふ。でも、ゼン君だからねぇ」

 

あの「普通では無い」人間の事だ。迷惑どころか大歓迎、何て考えていても不思議では無い、か。

 

「おっと、そうだそうだ」

 

そこまで考えたところで、一つ。

アスピナへと伝え忘れた件を思い出し為、再び携帯端末をポケットから取り出し、耳に当てる。

 

「もしもし……あー、何度もすまないねぇ。『お姉さん』の方、変わらすにお世話を続けておいてくれるかな?……んん?いや、供えあれば憂い無しってね……うん。僕も近い内に戻るよ、じゃあ……」

 

通話終了。短いながら、極めて重要な意味の込められた会話である。

 

「……『供えあれば憂い無し』、か」

 

実際に憂いが無くなるかどうかは定かではないが……備えがあれば、少なくとも『無い』時よりかは幾分かマシな状況にはなるだろう。

 

さて……

 

 

「この備え。どう効いてくるかな?」

 

 

 

 




次回。AF戦。



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