IS学園の地下深くには、教官たちの中でも限られたごく一部の者以外、存在すら知らない極秘エリアがある。そのエリアを、一人の女性が歩いていた。
金属製の硬い床を規則正しく叩く靴の音が、やがて一つの扉、それに備えられたコンソールの前で止まる。
「一年一組担任、織斑千冬。IDは――」
所属、氏名、学園から与えられたIDを述べる。その声紋を解析したコンソールの蓋が開くと、そこに複製不可能な特殊キーを差し込んでパスワードを打ち込み、続いて掌紋、網膜、DNAをスキャンさせる。いくつもの高精度かつ厳重なセキュリティを経て、ようやく分厚い扉が開いた。
「すまない、山田先生。遅くなってしまった」
「あ、いえ、私も今来たところですから」
扉の先、無数のコンピューターが並んだ部屋には、千冬の後輩である山田真耶がいた。千冬は真耶が操作するモニターを覗き込み、眉間に皺を寄せる。
「やはり、未登録か」
「……はい。損傷が激しくて、データはほとんど壊れていましたが……僅かに修復できたデータは、どのコアとも一致しませんでした」
世界に存在する467のISコアは、全てがアラスカ条約によって登録されている。コアを調べれば、それがどの国の物かが分かるのだ。
だが、今真耶が解析しているコア――一夏が破壊した、クラス対抗戦に乱入して来た無人機のコアは、どの国のコアでもない。
そしてISのコアは、これ以上増えることはない。コアの開発は、その製造者以外には不可能だからだ。故に、どの国にも属さないコアは有り得ない。
存在しない筈のコア。それが目の前に在るという事実。
それが意味することは――
「……破壊されていて、むしろ幸いだった。「生きている」コアなど、戦争の火種になりかねん」
「そうですね……コアの分配を決める時も、かなり揉めましたし。今ではその話は半ばタブーみたいになってしまうくらいでしたから」
「ふん……進歩がないな。核がISに変わっただけか」
愚痴のこぼし合いのような会話をしながら、千冬の視線は、零落白夜により両断されたコアを射抜いていた。
その胸中にあるのは、祈りにも似た願望と――それを圧し潰すかのような、絶望的な疑念。
(……お前なのか……?)
後に、千冬は知る。
これは、始まりなどではなかったことを。
――疾うの昔に、始まっていたことを。
――――――――――
六月頭の日曜日。一夏が久しぶりに家に帰ると言うので、今日の訓練はない。
最近ずっと訓練続きだったから、たまには休みも必要だろう。折角なので己も家に帰ることにした。
「あ、おかえりー、シン姉ちゃん!」
「姉さん帰ってきたの?」
「やあ姉さん、お帰りなさい。久しぶりだね」
「姉ちゃん、たまには電話くらいしろよなー」
「…………」
ドタバタと弟妹たちが迎えてくれる。
うむ、やはり帰る家があるというのは素晴らしい。
「お帰り、真改。元気そうで何よりだよ」
「…………」
柔らかい笑みを浮かべる五十歳くらいの男性、この孤児院の経営者である唐沢さん。
この人は己の無表情から体調や気持ちを見抜くことが出来る、数少ない人物の一人である。
「IS学園での調子はどうだい?」
「……順調……」
「それは良かった。友達はできたかい?」
「……数人……」
「うんうん、学園生活を楽しんでるみたいだね」
心から嬉しそうに頷く姿は、正しく父親のそれだ。多くの孤児たちから信頼され、心の傷を癒やしてきた実績は伊達ではない。
「君の花壇は梓と楓が一生懸命世話していたよ。お姉ちゃんに褒めてもらうんだーって」
「………」
梓と楓は、この孤児院で暮らす双子の姉妹である。花壇の世話は皆と一緒にやっているが、この二人は特に率先して手伝ってくれるのだ。
「いつまでも玄関で話すのもなんだね。ほら、早く上がりなよ。少し早いけど、お昼にしよう」
「…………」
促され、靴を脱いで中に上がる。
――帰って来た、な。
「……ただいま……」
「うん。お帰り、真改」
――――――――――
「おう、シン姉、帰って来たのか」
「…………」
己の姿を見て、居間でテレビを見ていた少年――ひとつ下の弟、宗太が声を掛けて来た。
「メシは? もう食ったか?」
「……否……」
「んじゃ、ちょい早いけど作るとしますかね」
「…………」
言って、立ち上がる宗太。コイツは料理が上手く、孤児院での食事担当だ。宗太の手伝いを他の者が日替わりで行うのが、当孤児院の料理事情である。
「なんにするよ? 肉も野菜も魚もあるけど」
「……任せる……」
「そーいうのがいっとう困るっての。……あー、じゃあ無難に、チャーハンでも作っか」
頭を掻きながらエプロンを身に着け、厨房に向かう宗太。
宗太は粗暴な言動とは裏腹に繊細な味付けをする。将来は自分の店を持つことが夢らしく、その料理の腕前は五反田食堂の店主である厳さんも認めるほどだ。
「ちょい待ってろよ。すぐできっから」
「…………」
手際良く肉や野菜を切り、卵を溶く。大火力のコンロに点火し、白米と具を炒め、卵を流し込む。味付けは塩のみというのがこだわりらしい。
「うっし。じゃあみんなを呼んで来てくれ」
「……承知……」
ついでに帰ってきた挨拶もしてこよう。久しぶりの再会だ、顔くらい見せなくてはな。
――――――――――
「ちょっと姉さん! 私が買った服置いていったでしょ!」
「…………」
妹の一人、
「いい!? 可愛い女の子は着飾らなくちゃいけないの! それが持って産まれた者の義務なのよ!!」
「…………」
これは耳にたこが出来るほど聞かされた小夜の持論だ。己の容姿が整っているかどうかは分からないが、コイツに言わせると「すげぇ」らしい。
成る程、分からん。
「まあいいわ。姉さんの部屋に宅配で送るから」
「……無駄……」
送られて来た荷物を受け取り拒否すればいいだけだからな。
「一夏さん経由で届けてもらうことになってるわ」
「……!?」
おのれ一夏! 裏切ったな!
「と・に・か・く!! ちゃんとお洒落に気を使いなさい! 姉さんの服には私のお小遣いも使ってるんだからね!」
「…………」
知るか。お前が勝手にやっていることだろう。
――――――――――
「あ、シンお姉ちゃんおかえりー!」
「おかえりー! 見て見て、
「……美事……」
花壇に行き、仲良く土いじりをしている同じ顔の少女たち、梓と楓に声を掛ける。
花壇には、青紫色の美しい花が咲いている。己がIS学園に入学する前、二人と一緒に植えた桔梗である。
「ちゃんと毎日お世話したよ!」
「お姉ちゃんにお願いされたからね!」
「……ありがとう……」
「「えへへー」」
咲き誇る桔梗にも負けない、花のような笑顔で胸を張る二人の頭を撫で、礼を言う。
「……飯……」
「あれ、もう?」
「すぐ行きまーす」
手早く片付けをし、とことこと歩いて行く二人。
「……手洗い……」
「「はーい」」
うむ、素直でよろしい。
――――――――――
「「「「「「「「「「いただきまーす」」」」」」」」」」
「……いただきます……」
「たっぷり食えよ。おかわりあるからな」
己を含めると、今この孤児院には十二人の子供たちが生活している。それだけの人数分の食事をまとめて作りながら、味はかなりのものだ。宗太の将来が楽しみである。
「そういやシン姉、イチ兄から聞いたけど、専用機もらったんだって?」
「…………」
昔からよく孤児院に遊びに来る一夏は皆から兄のように慕われているが、しかしいつ連絡したんだ。
「シン姉に電話しても聞かれたことしか答えねーからよ、いつもイチ兄に聞いてんのさ」
「………」
適切な判断ではある。だが一夏よ、なんでもかんでも、余計なことまで話してはいないだろうな。
「たまには声だけでも聞かせなさいよねー。姉さん、しょっちゅう無茶するんだから」
「……善処する……」
どうやら心配していてくれたようだ。電話は苦手だが、たまには連絡するようにせねば。
「ねえ宗太お兄ちゃん、専用機ってなに?」
「あーっと、そうだな、シン姉だけのISのことなんだけど……つまりシン姉は、偉い人から頼まれて手伝いをしてるんだよ」
「へー! すごーい!」
「さすがシンお姉ちゃん!」
「…………」
「けど如月重工が作ったんだってね? ……大丈夫かい?」
「……問題ない……」
どうやら一夏はかなり詳しく話しているらしい。己がIS学園を受験すると言い出してからISについて調べている唐沢さんが、心配そうに聞いてくる。
この様子だと、怪我したことも知られているかもしれん。
「そうか。けど、無理だけはしないように。君になにかあったら、私はもちろん、ここにいるみんなが悲しむからね」
「…………」
暖かい言葉。
聞く者に安らぎを与える声色。
この人を心配させていることを思うと、心が痛む。
「……食事中にする話じゃなかったね。うん、今は宗太の作ってくれたチャーハンに集中しよう。いつもより美味しいしね。久々に真改が帰って来たからかな?」
「んな!? ななななにを言ってんだよ!?」
「あれ〜? 宗太、顔赤いよ〜?」
「あ、赤くねぇよっ!!」
「や〜い、真っ赤〜」
「宗太お兄ちゃん、顔真っ赤〜」
「だから赤くねぇよっ!!」
「はっはっは、若いっていいなぁ」
「うるせぇ! てめえら全員、晩飯抜きだあ!!」
「「「「「「「「「「あはははは!!」」」」」」」」」」
「…………」
……騒がしいのは苦手だ。
苦手だが――決して、嫌いではない。
――――――――――
昼食を食べ終えしばらく休むと、孤児院を出る支度を始めた。久しぶりの帰宅だというのに早くも出掛けようとする己に、弟妹たちが不満そうにする。
「姉ちゃん、もう行っちゃうのか?」
「もう少しゆっくりしてきゃいいのに」
「……用事……」
訓練は休みだが、朧月の調整がある。如月重工に頼んで、新しい装備を送ってもらうことになっているのだ。
「……また、帰ってくる……」
「うん。ここは君の家なんだから、遠慮はいらないよ。ただ小夜も言ってたけど、たまには連絡が欲しいな」
「……承知……」
「「行ってらっしゃーい」」
孤児院の皆に見送られ、外に出る。
己の家はここだけだ。年長者として、皆の姉として、この家を守れるよう、まだまだ精進せねばな。
――――――――――
「やあやあ井上君、久しぶりだねえ! 折角の休日を僕らのために使ってくれてありがとう!」
「…………」
……いつも思うのだが、なぜわざわざ社長が出張って来るのだろうか。
「うちの技術者たちはみんなコミュニケーション能力に難があってねえ。それ以外の職員たちは技術的な理解が足りない。僕が出向くのが一番確実なのさ」
「…………」
己が言うことではないが、社長はもっと別の種類の難があると思う。
「それでは早速装備の説明に入らせてもらうよ。今回井上君のご要望の通り、対IS用の閃光弾を作ってみた」
展開された朧月の右肩に、右腕の動きを阻害しない形の小型の発射装置が取り付けられている。FCSに繋げてみると、己の意思を受け軽快に照準が動いた。
「名前は
「…………」
……今何か、凄まじく高度な機能をさらりと言わなかったか? しかもそんな機能を備えさせた理由が「面白くないから」だったような気がする。
……恐るべし、如月重工。
「だけど効果は短いよ。もって数秒、それも弾から離れれば離れるほど、時間はさらに短くなる」
数秒あれば十分だ。朧月の機動力と月光の威力ならば、仕留めるのは容易い。
「ようし、じゃあ早速、月蝕の威力をご覧にいれよう!」
「……?」
スチャッと懐から取り出したサングラスをかける社長。そして小さな箱を床に置き、手に持ったスイッチを――おい待て、まさか!
「ポチッとな」
カッ――――!
「…………っ!!?」
瞬間、ハイパーセンサーから送り込まれてくる光の奔流。社長の言う通り全方位から襲いかかってくるそれは、瞼を閉じてもなお己の目を灼いた。
「どうだい、すごいだろう! 発射された弾頭は好きなタイミングで起爆できるから、直接当てる必要もないよ!!」
「…………」
ISの保護機能により、視界は二秒で回復した。ハイパーセンサーから送られてくるのはあくまで「情報」なのだろう、目にもなんら異常はない。
だが何故己で試した。
「こういうのは井上君本人が威力を知っておかないと。おかげで月蝕のことが良くわかっただろう?」
確かにそれには一理ある。月蝕の光量は凄まじく、視界どころか身動きごと封じられた。あれだけの隙を作り出せるのなら、有用性はかなりのものだ。
しかし、それはそれとして。
「……先に言ってほしい……」
「まあまあ、後遺症は残らないから」
「…………」
そういう問題ではない。いずれ治るからと言って、怪我をすることに何も感じない者はそうそういない。
「あとは朧月のハイパーセンサーを調整して、月蝕に反応しないようにすれば完成だ。ああ心配しなくても、この対月蝕用の処理は僕らだからできるんだ。他のとこじゃ、そう簡単にはいかないよ」
「…………」
そこは流石の如月重工、技術力では他の追随を許さない、といったところか。
「今回はこの月蝕だけだね。……う〜ん、やっぱりつまらないなあ。井上君、他になにかないのかい?」
「……ない……」
今回頼んだ閃光弾は、敵に切り込む際により確実に仕留められるよう、隙を作るための手段として欲したものだ。
基本的に己は剣以外に取り柄がなく、あまり妙な物を寄越されても扱えない。今のところ朧月に不満はないので、しばらくは追加装備を頼むことはないだろう。
「仕方ないなあ、それじゃ僕はもう戻るよ。ところで、学年別個人トーナメントは今月だったよね? その時こそ、朧月の勇姿を見せてくれたまえよ」
「……承知……」
学年別個人トーナメントとは、IS学園の全学生強制参加で行われる一大イベントである。一週間かけて行われ、特に三年生にとってはIS関連の企業、あるいは政府や軍に自分をアピールする最大の見せ場であり、かなり大規模なものになる。
正式ではないとは言え、如月重工のテストパイロットである己が結果を残さない訳にはいかない。
「じゃあトーナメントの時に、また。けどなにか要望があったらすぐに言ってくれたまえよ、うちの連中は、みんな朧月をいじりたくて仕方ないんだから。もちろん、僕もね」
「…………」
うふふ、と笑いながら言う社長からは、何やら不気味な気配が漂っている。
今回の月蝕は良い意味で予想を裏切ってくれたが、如月重工に頼っているといずれとんでもない代物を掴ませられる気がする。それどころか、朧月だけでなく己自身をも改造しに来るやもしれん。それくらいのことは平気でやりそうだ。
……要求する品は、よく考える必要があるな。
――――――――――
「あ。おかえり〜、いのっち」
「…………」
自室に戻ると、本音がベッドの上で寝転んでいた。消灯時間までまだ大分あるが、服装はすでにサイズの合っていないパジャマである。というかコイツは制服以外はいつもパジャマだ。
「それじゃあ、ご飯行こっか〜」
「………」
むくりと起き上がって言う本音に頷き、手洗い、うがいをしてから部屋を出る。
……と、目の前に、一夏と鈴がいた。
「お〜、おりむーだ〜」
「うわ!? ええと……のほほんさん?」
一夏に子犬のように引っ付く本音、突然のことに少し困惑する一夏。
そして一気に表情が険しくなる鈴。
「ちょっと本音! 離れなさいよ!」
「わ〜、りんりんもいる〜」
「その呼び方やめなさいっての!!」
すぐさま鈴が引き剥がしにかかるが、マイペースの究極形である本音を相手に苦戦している。
ちなみに鈴は小学校の時、その名前と中国人ということで男子にからかわれたことがあった。確か、
『おい、パンダのリンリン。お前は弁当なんかいらないだろー?』
『そーそー、笹食べられるんだもんな。いいよなー、楽でさー』
『お前んちって、客にも笹食べさせてんじゃないだろうなー?』
……こんな感じだったと思う。
それを聞いた一夏が激昂し、四人を相手に大立ち回りを始めようとしたのを飛び膝蹴り(シャイニングウィザードと言うらしい)で鎮めたのはいい思い出である。
「二人も飯か?ちょうどいいや、一緒に行こうぜ」
そしてこいつも大概マイペースである。本音と良い勝負なのではないか?
「な!? ちょっと、一夏!」
「わ〜い、おりむーとご飯〜」
「……馬鹿……」
己の呟きが聞こえた様子はない。どちらにしても本音が既にその気になっているので、結局は一緒に飯を食うことになるだろう。
ギリギリと歯噛みしている鈴に近付き、他に聞こえないように耳元で言う。
「……すまん……」
「はあ……別にいいわよ、シンのせいじゃないし。本音のことも嫌いじゃないしね」
「…………」
諦めたように溜め息をつき、一緒に食事をすることを了承してくれた。
……本当にすまん。今度、甘味でも奢ろう。
――――――――――
休みも明けて朝の食堂に行くと、なにやら騒がしかった。
……いや、いつも騒がしいのだが、今日は騒がしさの質が違った。教室のあちらこちらから、声を潜めての会話が聞こえるのだ。つまりまったく潜まっていないということなのだが。
「あのさ、例の話なんだけど、あれって本当なの?」
「それがさ、どうも本当らしいのよね」
「ええ!? そんな、根も葉もない噂だと思ってたのに……!」
「根も葉もないって言えばさ、根掘り葉掘りって言葉があるじゃない? あれって根堀りっていうのはすごく良く分かるんだけど葉掘りっt「「「いや今そんな話してないから」」」」
「…………」
……どうでもよさそうな話と判断した。
さて、今日の己のメニューはいつも通り日替わりランチである。栄養バランスが考えられているだけでなく味も素晴らしいが、個人的には宗太の料理のほうが好みだ。慣れ親しんだ味だからというのもあるかもしれんが。
「鈴、お前またラーメンかよ。他にも旨い物いっぱいあるんだからさ、もっと色々頼んでみろよ」
「う、うっさいわねっ! アンタこそ、いっつも焼き魚定食とか漬け物とか、年寄りみたいなメニューばっかじゃない!」
「…………」
そしてこちらも騒がしい。いつも通りと言えばいつも通りの、一夏と鈴の言い合いだ。一夏は呆れたような顔をしながら焼き鮭を口に運んでおり、鈴はムキになって、一夏に箸を向けている。
喧嘩するほど仲が良いとも言う。別にこの言い合い自体を止めるつもりはないが、しかし――
「……鈴……」
「なに?」
「……行儀が悪い……」
箸で人を指すのはいただけない。
食事とは命を食べることであり、その命に感謝を込めて、食事中の礼儀は守らなくてはならない。己も「いただきます」と「ごちそうさま」は必ず言っている。
「う……き、気を付けます」
「鈴ってさあ、シンの言うことはわりかし素直に聞くよな」
「う、うっさいわね。そんなのあたしの勝手でしょ」
「そりゃまあ、そうだけど」
言って、ずずっと味噌汁をすする一夏。
……その仕草は、確かに年寄りじみていた。
「いのっちはみんなのお姉ちゃんみたいだね〜」
「え? ああ、まあシンは――」
一旦言葉を切り、一夏がちらりと己を見る。
――大丈夫だ。本音には話してある。
「孤児院じゃ今一番年上だからな。弟と妹が十人以上いりゃ、そりゃあお姉さんになるさ」
「ほほ〜、いのっちに妹さんがいるのは知ってたけど、そんなにいっぱいいたんだ〜」
「あれ、隆さんは? もう卒業したの?」
「ああ、去年の四月に就職したよ。やっと恩返しが出来るって張り切ってたぜ」
隆さんというのは、孤児院の以前の年長者、国重隆という人物のことだ。彼は唐沢さんを心から尊敬し、子供たちの世話を一生懸命にこなしていた。 就職が決まり、孤児院を卒業する時には盛大な見送りパーティーが催され、一夏と千冬さんも招かれた。
ちなみに藍越学園出身である。
「ふむふむ~、色々なことがあるんだね〜」
「…………」
うんうん頷いている本音だが、こいつは自分から己のことをあまり訊こうとはしない。己に興味が無いのではなく、己の身の上に気を使っているのだろう。
……本当に、聡い娘だ。
「そういえば今日、弾の家に行ったんだけどさ」
「へー、そういえばアイツとはまだ会ってなかったわね。元気だった?」
「うるさいくらい元気だったよ。でさ、蘭が来年、IS学園を受けるらしいんだよ」
「……へー」
鈴の表情が曇る。
中学時代によく四人でつるんでいた五反田弾の妹、五反田蘭は、鈴とは一夏を取り合う仲であった。
……一夏のことさえなければ、普通に仲がいいのだがな。
「蘭、IS適性Aだってさ。すげえよな、確か頭もかなり良かったし、スポーツも得意だし。才能ってのは、持ってるやつは持ってるもんだよなー」
「ソウネー」
「ISについて面倒見るなんて引き受けちゃったけど、俺が面倒みてもらう側になりそうだ」
「……はぁ!?え、ちょっ、ナニソレどーいうことよ!?」
バンッとテーブルを叩いて立ち上がる鈴。
「……行儀が悪い……」
「う……」
着席。
「面倒見るって何よ!? またそんな軽く約束してきたの!?」
「お〜、りんりんすごい迫力〜」
……本音はもしかしたらかなりの大物なのかもしれない。
「か、軽くって……友達の妹に頼まれたんだから、無下にはできないだろ。弾の親御さんには世話になってるし」
「そもそもアンタだって全然素人でしょうが! それが面倒見ようなんて、ちゃんちゃらおかしいってのよ!」
「そりゃ確かにそうだけどさ。来年には少しはまともになってるかもしれないだろ。それにもう約束しちまったし、破るわけには――」
「あたしとの約束は忘れてたクセにっ!!」
「ぐっ!?」
「…………」
どうやら一夏の形勢が不利か。元々言い合いの得意な人間ではないし、仕方あるまいが……。
……む? あれは……箒か。
「……あ」
「……よ、よう、箒」
「う、うむ」
「…………」
返事だけして、箒は去ってしまった。先日ようやく部屋の用意が出来たので、一夏と箒は別の部屋となったのだが……それ以来、あまり二人が話しているところを見かけていない。
一夏の様子に変わりはない。箒の方が、妙に一夏を避けているようだ。
「……何アイツ。なんか調子狂うわね、前ならこの状況に割り込んで来たでしょうに」
「なんかなー……体調悪いとか元気ないとかじゃないみたいなんだけどな」
「……まさかとは思うけど。アンタ、箒となんかあったの?」
「なんかってなんだよ」
「あーもういいわ、その返事だけで何もなかったって分かったから」
「…………」
鈴の言う通り、一夏は腹芸が出来ん。何かあれば分かりやすく態度に出る。
それがなかったのだから、何もなかったのか――何かはあったが、一夏がそれに気づいていないだけか。
……ふむ。と、なれば。
「……まあ、そのうち元に戻るだろ。考えてたって仕方ない。みんな食い終わったし、そろそろ行こうぜ」
「行こうぜ〜」
「そうね。んじゃ、ごちそうさまでした」
「……ごちそうさまでした……」
「さて、と。宿題片付けないと」
「アンタね、宿題残して今日一日休んでたの? そんなんじゃあっという間に置いてかれるわよ、ただでさえ遅れてるんだから」
「う……」
そんな学生らしい会話をしながら食堂を出て行く二人。
それについて行こうとする本音の背中に、声をかけた。
「……本音……」
「んん〜?」
「……先に戻れ……」
「……りょうか〜い。も〜う、いのっちは優しいな〜」
「…………」
まったく――本当に、聡い娘だ。
――――――――――
皆と別れた後、己は食堂から出てきた箒を人気のない所に連れ出した。
「話とはなんだ?」
「……一夏と、何があった……?」
今の箒の一夏に対する態度は、箒自身に原因があると見るのが妥当だ。人間関係で己が力になれることなど殆どあるまいが、僅かでも足しになれば御の字だ。
「え!? ……えーっと……その、だな……」
「…………」
顔を真っ赤にしてごにょごにょと言葉を濁す箒。続く言葉はなかなか出てこないが、返答を拒否されている気配ではない。じっと待つことにする。
そして、意を決したように。
「い、一夏に……こ、こ、こ、交際を、申し込んだのだ」
「………………………………」
――ほう。ほうほうほう。それは、それはそれは。
「……おめでとう……」
思わず箒の頭を撫でる。箒にしては、随分頑張ったものだ。
……むう。長年見守って来たが、いよいよ、か。
「いや、へ、返事はまだなんだ。学年別トーナメントに優勝したら、という約束で……」
「…………」
顔を真っ赤にし、視線をあちらこちらにさ迷わせ、両手の人差し指をつんつんとつつき合わせる姿は、その整った容姿と合わせれば世の男たちには効果覿面だろう。普段険しい表情が多い分、威力はさらに増すはず。
「……手伝わせてもらう……」
「え?」
「……訓練……」
そう、学年別トーナメントは過酷だ。一年には己を除いても専用機持ちが四人いる。約束のためには、箒は訓練機で彼女らと戦い、勝たなければならないのだ。
――ならば、相応の実力を身に付けねば。
「……申請は……?」
「もう済ませてある。今から行っても間に合わないだろうから、事前にな」
ふむ、抜かりはないということか。学年別トーナメント直前では皆訓練機の使用申請を出すので、通るかどうかは運次第になってしまうからな。
「……早速……」
「今日から付き合ってくれるのか?」
「……無論……」
学年別トーナメントまでもうあまり日がない。今日はISの訓練はしない予定だったが、こうなったら一日たりとも無駄には出来ん。
「……ありがとう、真改」
「……無用……」
大事な幼なじみの、六年越しの想いがついに成就するかもしれないのだ。その大願の前には己の事情など些細なものである。
それに剣に関してならば、複雑な人間関係よりもよほど得意だ。己にとっても都合が良いと言える、気合も入るというもの。
「では行くか。よろしく頼む、真改!」
「……応……!」
一度部屋に戻り、準備をしてからアリーナへ向かう。部屋で寝転がっていた本音が少し驚いた顔をしていたので、もしかしたら喜びが顔に出ていたかもしれん。
……そんなにも浮かれていたものだから、この時己は失念していた。
そして後に、そのことを大いに後悔する。
――箒がどんな言葉で一夏に交際を申し込んだのか、訊いていなかったことを。
リリ雪姫・最終回。超久しぶりですみません(土下座)
ロ「うおおおおおおん!!リリ雪姫ぇぇぇっ、死んでしまうなんてぇぇぇっ!!」
兄「……見た目ダンディなオジサマが号泣してるのは、かなりシュールだな」
王「うおおおおおおん!!リリウムぅぅぅっ!!」
兄「この爺さんはウザいだけだが」
ロ「うっ、うっ、……どうすればいいんだ……」
リ「泣かないでください、小人様。リリ雪は幸せでした」
ロ「喋ったああぁぁぁぁっ!!?」
乙「グダグダだな……」
兄「ていうかさ、気付くの遅過ぎたけど。この配役だと、王子は――」
ジ「おお……なんと美しい女性か。死んでしまっているとは残念だ」
ロ「おお、あなたは王子様。この方はリリ雪姫。コジマ青リンゴを食べ、死んでしまったのです」
兄「やっぱり貴族の兄ちゃんか。すげえ似合ってやがるな」
乙「ふむ。ということは、奴がリリウムにキスをするのか?」
王「そんなことはさせん。劇場の各所にサイレント・アバランチを配置してある。あの小僧が不埒な真似をしようとすれば、その瞬間に挽き肉だ」
兄「「お前は何がしたいんだ」」乙
ジ「しかし、本当に美しい。是非とも生きている内にお会いしたかった。せめてもの手向けに、あなたにキスをさせてくれ」
ロ「良く考えてみればこの王子、ネクロフィリアなんじゃないか?」
ジ「……ちゅ」
王「今だっ!やr」
乙「やめろ馬鹿がっ!!」
兄「取り押さえろっ!!」
王「き、貴様ら何をするっ!?このままではリリウムがっ、リリウムの初チューがっ!!」
乙「取り乱すな、寸止めだ!」
兄「こんなことでリンクス殺したらえらいことになるだろうがっ!!」
王「ぬううおおおおおおっ!!リリウムううううぅぅぅっ!!!」
リ「……あら?ここは……?」
ジ「おお、生き返った!」
ロ「き、奇跡だ!これはまさに奇跡だ!!」
リ「ああ、なんて凛々しい王子様。あなたがリリ雪を助けてくださったのですね。結婚してください」
ジ「いいですとも!」
兄「………………あ、ナレーション俺?ええっと、こうしてリリ雪姫と王子様は結婚し、末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
王「何もめでたくないではないか!見ろ、大ブーイングだぞ!」
乙「それはそうだろう、あんなゴミにも劣る内容ではな」
ジ「面目ない。やはり見るのと実際にやるのとでは大違いだな」
リ「申し訳ありません、王大人。リリウムは、ご信頼に背きました」
兄「こりゃいよいよ、カラードも終わりかも分からんね」
ウ「……あれ?私の出番、いつの間にか終わってる?」
乙「今更気付いたか。どうやら貴様の脳みそは、カビどころか苔が」ドグァァァッチャアアアアアッ!!!