つまりファースト幼なじみやセカンド幼なじみは使えないのです。
ゴメンネ!
「ふう、ようやく着いた……」
一年ぶりに帰ってきた日本だけど、のんびりしている暇なんて全然なかった。中国から飛行機で入国して、手続きが終わったらそのまま車に乗せられて、ここ――IS学園まで来た。ちょっとした強行軍だったけど、それでもすっかり夜になってしまっている。
……結構疲れた。代表候補生の扱いからか、飛行機はファーストクラスだったし車はリムジンだったけど、それでも長時間押し込められてるとあたしには窮屈だった。ISで飛んでくれば楽だったと思うけど、そうするわけにもいかなかったし。
(……えーっと、どこに行けばいいんだっけ?)
上着のポケットからメモ紙を取り出す。そこには〔本校舎一階総合事務受付〕と書かれていた。
「……名前だけ書いてどーすんのよ。それがどこにあるのか分かんないんじゃ意味ないじゃん」
まったく、あのお爺さんも肝心なところが気が利かない。けど紙に文句を言ったって返事があるはずもなく、あたしはイライラと一緒にメモ紙を上着のポケットにねじ込んで歩き出した。
(まああれよね。本校舎ってくらいだから、一番大きな建物でしょ。適当に歩いてれば見つかるか)
と、初めは思ったものの、このIS学園、バカみたいに広い。そしてどの建物も大きく、一目で「この建物が一番大きい」と判断するのは難しい。誰かに道を聞こうにも、時間も八時を過ぎてるから、外を出歩いてる人影もない。
(ったくもー、そりゃISの訓練やらには広さがいるけどさ。金かかってるわねー)
もういっそのこと空から探したいが、それは止めておく。あたしはまだ転入の手続きが終わってないので、今はまだ正式なIS学園の生徒じゃないのだ。そんなあたしが学園内でISを起動させたら、外交問題まで発展しかねない。
そうなると、猛勉強・猛特訓の末に手に入れた国家代表候補生の椅子を取り上げられるかもしれない。さすがにそんなリスクと天秤にかけるほど面倒くさくはないので、イライラを抱えたまま歩いて探すことにする。
(そうよ。あの苦労のおかげで、ここに来れた……また「アイツ」に会えるんだから、我慢しないとね)
第一目的のことを考えて、イライラを押さえつける。すると、少しだけ足が軽くなった。お気に入りのボストンバックを担ぎ直して、本校舎探しを――
「だから……でだな……」
聞こえた声に振り向くと、ISの訓練施設っぽい建物から人が出てくるのを見つけた。こんな時間まで訓練なんて、なかなか真面目そうだ。
(ちょうどいいや。場所訊こっと)
小走りで近づいて行くと、今度は懐かしい、とてもよく知っている声が聞こえてきた。
「だからさ、そう言われても分からないんだって」
「……あ」
――一夏だ。
(居た……! ホントに居た! しかもこんな早く会えるなんて、なんて言うか幸先良い! 日頃の行いが良いからねっ!)
難しい顔をして歩く少年は、間違いなくあたしの幼なじみ、織斑一夏だ。この距離からでも分かる、だってアイツ全然変わってないんだもん。
(まあそうよね、一年しか経ってないんだし。……ふふ、けどアイツ、ビックリするだろうなあ、あたしが突然やって来たらさ!)
「いち――」
というわけで、さっそく声をかけようとしたところで、一夏が二人の女の子と一緒にいることに気づいた。
その二人の内、一人は問題ない。その子のことも、あたしはよく知っているからだ。
170センチくらいある長身は、スラリと長い脚にピンと伸びた背筋のおかげでさらに高く見えた。
腰まで真っ直ぐに下ろした髪は黒曜石を糸にしたみたいで、夜の暗さの中でもよく映える。
刃のように鋭い眼は瞳が深い黒色で、見詰めていると吸い込まれそうで。
滅多なことじゃ小揺るぎもしない無表情だけど、顔立ちはとても綺麗。
日本刀みたいな美人と言われている、あたしのもう一人の幼なじみ、井上真改だ。
シンが一夏と一緒に居るのはいい。同じ中学校にいたときは弾を含めた四人でよくつるんでたし、シンのことだからIS学園を受けることは不思議じゃない。片腕で合格したことは、むしろシンならそれくらいできて当然だと思う。
――けど、もうひとりは。
(……誰?)
「いいか、ISの操縦に大事なのはイメージだ。イメージさえしっかり出来れば、機体を制御出来る」
「そうは言っても、イメージなんてそんな簡単なことじゃないだろ。空飛んだ経験なんてないんだから、いくら考えても分かりゃしない」
「……考えるな、感じろ」
「お前はどこの拳法家だ――ておい、待てよ箒!」
「……はあ……」
ぷいっとそっぽを向いて不機嫌そうに早足で去っていく女の子を、一夏が追いかけていく。それを眺めていたシンは呆れたように溜め息をついてから、二人について行った。
――誰あの子? こんな時間まで一緒に訓練してたの? っていうかお互い名前呼び?
――あーそう、そーいうこと、よくわかったわ一夏。あたしという幼なじみがいながら、女の子ばっかのIS学園で、早速ウハウハしちゃってるワケね?
(――上等。その根性、叩き直してあげるわよ――!!)
――――――――――
「――へ? 転入生? こんな時期に?」
「そーそー、まだ一ヶ月も経ってないのに。なんか転校っていうより、都合があって入学が遅れたって感じだよね」
一年二組に転入生が来る。その情報は、一夏が席に着くなりクラスメイトから知らされた。
「ふーん。けど都合って言ったって、IS学園じゃそれもないんじゃないか?」
一夏の言うことはもっともだ。このIS学園は、所謂親の仕事の都合などで転入出来るほど、条件は甘くない。難しい試験を突破する知識と実力に加え、国の推薦が必要になる。つまり――
「それがね、その転入生、なんでも国家代表候補生らしいんだよ」
「へえ、どこの?」
「えっと、中国だったかな?」
「ふうん。中国、ねえ……」
「…………」
……中国、か。
「いのっちも、転入生が気になる〜?」
「…………」
とことこ近付いて来た本音からの質問。己は代表候補生というより、中国という言葉に反応しただけだ。
「……中国に……」
「ん〜?」
「……友人がいる……」
「お〜、グローバルだね〜」
「…………」
日本にIS学園が出来てからというもの、日本国内の外国人の数は爆発的に増えた。外国人の友人がいるくらい、珍しくはないと思うが。
「お前にそんなことを気にする余裕はないだろう。分かっているのか? 来月にはクラス対抗戦だぞ」
「そうですわよ、一夏さん! あなたにはなんとしても勝っていただかなくては。なにせこのわたくし、イギリス代表候補生セシリア・オルコットがクラス代表を譲ったのですから! 簡単に負けるなんて許されませんわ!」
「いや、そりゃ負けるつもりはないよ」
それなりに負けず嫌いな一夏のことだ、勝負事に気を抜くことはあるまい。実力が気合いに追い付くかというと微妙なところだが。
「織斑君、責任重大だよ?」
「なんたってフリーパスがかかってるんだからね!」
「期待してるよ~、おりむー」
「…………」
フリーパスというのは、クラス対抗戦の優勝賞品である、学食デザートの半年タダ券のことだ。己には必要ないが、これを求める女子たちの気迫にはただならぬモノがある。
「……ん、待てよ? 国家代表候補生が二組に転入して来るんだよな? もしかして、二組のクラス代表がそいつになったりは――」
「――へえ、一夏にしては鋭いじゃない」
教室の入り口から、聞き覚えのある声が聞こえた。ちょうど先ほど考えていた、中国に帰ってしまった友人の声。
そちらを向くと、長い茶髪をツインテールにした少女が。
「その通り、二組のクラス代表は中国からの転入生が奪いゲフンゲフン譲り受けたわ。ご存知みたいだけど中国の国家代表候補生で、専用機持ちのね」
「……え? お、お前……」
「久しぶりね、一夏、シン。初めましてな人たちに自己紹介しておくと、あたしは
友好的な言葉と共に浮かべた笑顔は、とても友好的と呼べるモノではなかった。笑みとは元来威嚇の為のモノであるとする説を体現するかのような、獰猛な笑顔。
小さな体に溢れんばかりの活力を漲らせた、幼なじみの姿がそこにあった。
――――――――――
「一夏! なんだあの小さいヤツは! 随分親しげだったが!?」
「一夏さん! なんですかあの小さな方は! 大分親しいようでしたが!?」
「……そんな小さい小さい言うなよ。人の身体的特徴を馬鹿にするのは良くな――」
「そんなことはどうだっていいっ!!」
「そんなことはどうでもいいですわっ!!」
「……そーですか」
「…………」
昼休み。最近クラスメイトたちもついてくるようになり、十人近い人数でぞろぞろと学食に行き席に着くと、さっそく箒とセシリアによる詰問が始まった。しかしお前たち、言っていることがまったく同じだ。どちらか一人にしろ、うるさい。
「アイツは鈴って言って、俺の幼なじみだよ。ちょうど箒と入れ替わるようにして転入して来たんだ。んで、一年前に国に帰って行ったんだけど……」
「見ての通り、こうして戻って来たわけ」
「「っ!?」」
突然聞こえた声に、箒とセシリアが振り返る。そこに立っていたのは、ラーメン(大盛)をお盆に載せた鈴であった。
……そして二人とも、とりあえずその反射的に持ったナイフを置け。それは食事用であって戦闘用ではない。
「お、一人分空いてるわね。おじゃまー」
「な、何を勝手に座っている!」
「え? だって食堂はみんなの物でしょ? あたしがどこに座るのも勝手じゃない」
「それでも、先に座っている者に一言断るべきでしょうっ!」
「一夏、ここいい?」
「え? 別にいいけど」
「シンは?」
「……構わない……」
「えーっと、そこのなんだかトロそうなあなたは?」
「もーまんたい~」
「三対二。多数決で決まりね」
「「むっきぃぃぃぃぃ!!」」
というわけで、六人掛けのテーブルで己と一夏が向き合い、己の両隣が本音と鈴、一夏は箒とセシリアという形になった。そのテーブルに別のテーブルがくっつけられ、そこについて来た女子たちが次々着席していく。
「あーっと……久しぶり、鈴。元気してたか?」
「ふ、ふん。見りゃ分かるでしょ、そんなの」
「いやそうだけどさ。とりあえず訊くもんだろ、こういうことは」
「…………」
鈴なりの照れ隠しに、一夏は気付かない。不憫な。
「いや、驚いたぜ。帰って来るだけでもそうだけど、代表候補生なんてなあ。お前ISの勉強とかしてたっけ?」
「あたしからすれば、アンタがIS動かしたことの方が驚きなんだけどね……。ニュース見た時は危うくラーメン吹き出しそうになったわよ」
「ラーメン以外食わないのかお前は」
確かに、鈴は別れるまでISのことにはまったくの無知だった筈。そこから僅か一年で代表候補生になるなど、一体どれほどの努力があったのか。鈴がどんな生活をしていたのか気になるのは仕方ない。
しかし訊きたいことが色々あるのは分かるが、今はやめておけ。何故ならば――
「一夏あ! いい加減説明しろ!!」
「そうですわ! 一夏さん、こちらの方とはどういった関係ですの!?」
この二人が我慢の限界だからだ。
「さっきも言ったろ、鈴はただの幼なじみだよ」
「……ただの……」
……本当に不憫な。
「では、こいつとは何もないんだな!?」
「何もってなんだよ?」
「え!? いや、その、それはほら、そのだな……」
「まあとにかく、箒ほどじゃないけど、久しぶりの再会ってやつだな。まさか国家代表候補生になってるとは思わなかったけど」
箒が墓穴(?)を掘ったおかげで少し場が落ち着き、一夏も余裕が出てきようだ。面識のない者たちを紹介し始めた。
「こいつが篠ノ之箒。前に話したことあったよな? 俺が通ってた剣術道場の娘でさ、小学校も同じクラスだったんだよ」
「へえ、アンタが。……よろしくね、篠ノ之箒さん」
「ああ、よろしく。凰鈴音さん」
――ゴゴゴゴゴゴゴ――
……なんだろう、にこやかに握手をしている二人から、地鳴りのような音が聞こえる。
「そしてこのわたくしが、真改さん、一夏さん両名と激戦を繰り広げた「そういえば一夏、クラス代表なんでしょ? ふふん、来月が楽しみ」ちょっ!? は、話を聞きなさい! わたくしはイギリスの代表候補生、セシリア・オル「いや別に興味ないから」こ、このおチビさんはっ……!!」
怒りのあまり顔を赤くし、プルプルと震えるセシリア。この娘は本当に見ていて飽きないな。
「ふ、ふふふ……そう言っていられるのも今のうちですわ。すぐにわたくしの実力を思い知らせてさしあげます!」
「あっそ。けどやめておいた方がいいわよ、どうせあたしが勝つんだから」
「な、なんですって……!?」
「悪いけど、あたし強いわよ。少なくともアンタよりはね」
「……ふ、ふふふ……」
「ふっふっふっ……」
「「……ふふふふふふふふ……」」
「…………」
――ゴゴゴゴゴゴゴ――
……またしても地鳴りが。この学園、地盤に不安があるのではないか?
数秒睨み合って、鈴は己に向き直った。その顔には、不敵な笑みが。
「当然アンタにもね、シン。生身じゃ相手にならないけど、ISならあたしの方が強いんだから」
「…………」
ふむ、それは楽しみだ。鈴のことだ、口先だけではないだろう。自信に見合う実力は備えている筈だ。
しかしその言葉に、またしてもセシリアが食ってかかった。
「お待ちなさい! 真改さんに挑むのなら、まずこのわたくし、セシリア・オルコットに勝ってからにしなさい!」
「だからあたしが勝つって言ってるじゃん……ていうかアンタ、なんでそんなに反応するの?」
「えっ!?いえ、それは、その……」
ごにょごにょと口を濁し、先ほどとは違う理由で赤くなる。……やめてくれ、周囲の視線が痛い。
「まあ、シンは昔から、女の子に人気あったもんねぇ……」
ニヤニヤ笑いを浮かべながら言う鈴。……本当にやめてくれ、一緒に食事に来たクラスメイトだけでなく、周囲の席に座る連中まで聞き耳を立て始めただろうが。
「ねえねえ、その話、もっと詳しく!」
「中学生のときの井上さんってどんな感じだったの?」
「なんか面白いエピソードとかない?」
「そうね、色々あるわよ。例えば………」
「…………」
――ベキャアッ!!
む? どうしたことだ、己の箸が勝手に折れたぞ。どうした、鈴? そんなに怯えたような顔をして。
「と、ところで一夏! アンタ、ISの腕前はどうなの?」
「お、おう。いまいちだな、なかなかコツが掴めない」
何故か鈴が突然話題を変えた。聞き耳を立てていた女子たちも食事に専念している。
己も備え付けの割り箸を取って、食事を再開した。
「ふ、ふうん。それならさ、あ、あたしがISの操縦、教えてあげてもいいけど?」
一夏をちらちらと見ながら、しかし顔は横に向けながらの言葉。この娘も相当に分かり易いが、それが報われたことはない。不憫過ぎる。
「お前の助力などいらん。一夏に教えるのは私の役目と決まっている」
「そんなことは決まっていませんわ! 凰さん、あなたは二組でしょう!? 敵に塩を送るだなんて、随分と余裕ですわねっ!」
……うむ、この鯖の塩焼き、美味いな。塩加減、焼き加減、どちらも申し分ない。
「だって一夏は素人でしょ? フェアじゃないわよ、せめて試合になるくらいには強くなってもらわないと」
「だから、その為に私が稽古をつけている!」
「このわたくしの教えのおかげで、一夏さんは見る見る上達していますわ! わたくしのおかげでっ!!」
ほう、味噌汁もなかなかだな。味噌もダシも並ではない。
「けどコツが掴めないって言ってたじゃん。言うほど役に立ってないんじゃないの? アンタたち」
「い、一夏は大器晩成なのだ! 私は後々のことを考えてだな、基本を――」
「とにかくっ! あなたの助けなどいりません! 一夏さんはわたくしたち一組のクラス代表なのですからっ!」
「だからさ、クラスがどうのじゃなくって。あたしは来月の――」
む、この浅漬け、市販のものではないな。こんなところにまでこだわるとは、流石IS学園、侮れんな――
――――――――――
そして放課後。己たちは第三アリーナに集まっていた。最近の日課である一夏の訓練だ。
「箒、やっと申請が通ったのか」
「ああ。今日は私も訓練に参加するぞ」
「くっ……このままではわたくしのアドバンテージが……」
「………」
以前から出し続けていたISの使用申請がようやく通り、箒に打鉄が貸し出された。IS学園には訓練用その他に大量のISが配備されているが、生徒の数を考えれば全く足りていない。故に申請が通るまで時間がかかるのだ。
「では一夏、さっそく始めるぞ。刀を抜け」
「お、おう」
前置き無しに、箒が戦闘態勢に入る。ようやく一夏と訓練出来るということで張り切っているのだろう。
――だが。
「では――参るっ!!」
「お待ちなさい! 一夏さんの訓練相手を務めるのはこのわたくし、セシリア・オルコットでしてよ!」
「ふん……お前はもうお役御免だ。帰っていいぞ」
「な、な、な、なんですってぇぇぇ……!?」
……予想通りの展開だな。だから一夏を交えての訓練はしたくなかったのだ。己の時間まで削られる。
「訓練機を貸し出されたくらいで調子に乗られても滑稽なだけですわ!」
「なにぃ!? おのれ、ならば力ずくでお帰りいただこうかっ!」
「訓練機ごときに遅れを取るほど、優しくはなくってよ!」
そうして始まる女の戦い。放置される己と一夏。
……何をしに来たんだ、お前たちは。
「はああああっ!」
「甘いですわ!」
バキューンバキューンガキィンチュインドカーン。
二人の戦いは白熱しており、しばらくは終わりそうもない。かといって己が一夏と訓練を始めれば事態はさらに混迷を極めることだろう。
……なんだろう、腹が立って来た。
「さあ、踊りなさい!」
「おおおおおおっ!!」
「ふ、児戯ですわね箒さん! まるでよちよち歩きですわっ!」
「まだだ、まだ耐えられるっ!」
――ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴンッ!!
「きゃあああああっ!?」
「うわあああああっ!?」
起動した月影の銃口から吐き出された散弾の嵐。このままでは埒が開かないという判断に基づいての行動である。
「い、い、い、いきなり何をする!?」
「そ、そうですわ!危ないじゃ――」
――ギュィィィィィィン……
「「ごめんなさい」」
「…………」
月影の砲身を回転させると途端に謝る二人。一夏もなにやら青い顔をしている。
……この月影、よほど怖いようだ。
「……時間の無駄……」
アリーナを使える時間は長くない。無駄には出来ないのだ。
「……二対二……」
そう言って、セシリアの横に並ぶ。
己とセシリア対一夏と箒。実力に多少の偏りがあるが、この組み合わせが一番揉めないだろう。
「そ、そうですわね。せっかく四人いるんですもの、チーム戦の訓練をするのも悪くありませんわ」
「う、うむ。一夏はまだまだ未熟だからな、私がしっかりとリードしてやろう」
「お、おお。よろしく頼むぜ」
「……はあ……」
ごたごたはあったが、どうにか訓練を始められそうだ。
……これからも同じようなことが続くのだろうか。なんとかせねば。
――――――――――
一夏と箒は、流石にまだ己とセシリアを相手に出来るほどではなかったようで、数十分防戦で粘った末、撃沈した。個人の実力差もあったが、連携が上手く出来ていなかったことが大きいだろう。
対して己とセシリアは、白兵戦と射撃戦にそれぞれ特化した機体であり、セシリアの得意とする戦闘距離が己のかつての相棒に近いこともあって、なかなかの連携が取れていた。
「ふふ……わたくしと真改さんは、なかなか相性が良いようですわね」
「…………」
ピットに戻り、帰り仕度をしている時にセシリアが嬉しそうに言う。
「わたくしの射撃と真改さんの剣技が合わされば、怖いものなしですわ」
「……否……」
「……え?」
しかし上機嫌なところに水を差すようで悪いが、その言葉には頷けない。世の中には、数の差や相性の良し悪しをものともしない、人の域を超越する力を持つ者が、確かに存在しているのだ。
「……実戦は……」
だから、言っておく必要がある。イギリス代表候補生であるセシリアは、いずれは戦場に駆り出される可能性があるのだから。
「……甘くない……」
「……真改さん……」
今は包帯で隠されている、己の左腕に視線を向ける。セシリアは己の左腕を見ているので、この包帯の下がどうなっているのかは知っている筈だ。
「……あなたは、本当の戦いを知っているのですね……」
「…………」
彼女の言う戦いと己の知る戦いは別物だろうが、命を懸けたモノであることに違いはない。
現に己は左腕を失い、瀕死の重傷を負った。生き残れたのは、幸運を通り越し奇跡と言う他ない。
「一夏さんも言っていましたが――わたくしも、真改さんを守ります。あなたが戦う時は、わたくしもあなたの隣で戦います」
「…………」
「ですから、わたくしを頼ってください。今はまだ、不足かもしれませんが……このセシリア・オルコット、いつかきっと、真改さんが背中を預けるに足る者になってみせますわ」
「…………」
つくづく、己は――才能には恵まれないが、人には恵まれるらしい。
ならばこの少女が、かつての己の仲間たちのように、戦場に散ることがないように。
己も、もっと強くならねばなるまい。
――――――――――
――夜。月の光の下、自室のベランダで本音と共に花の世話をしていた。と言っても、本音は袖の余ったパジャマ姿であり、己の作業を眺めているだけだ。花の世話をする己を見ているのが好き、と訳の分からないことを言っていたな、そう言えば。
「る~るる~♪ららら~♪」
「…………」
本音はかなり楽しそうだった。おそらく本来よりも大分テンポが遅いであろう鼻歌なんぞを歌っている。こんな地味な作業、見ていて何が面白いのやら。
「……んん~?」
「……?」
ふと、慌ただしい足音が聞こえたので振り返ると、扉を蹴破るような勢いで人影が部屋に入って来た。
その人物は――
「……鈴……?」
「お〜、りんりん〜?」
「……う……」
……本音がつけた妙な渾名は置いておくとして、部屋に入ってきたのは鈴だった。
そして、驚いた。その眼から、大粒の涙を流していたからだ。
「う、ううぅ、うううぅぅぅぅ……!!」
歯を食いしばって必死にこらえているようだが、涙が止まる様子はない。むしろその勢いはどんどん強くなっていて、水滴が次々と床に零れていく。
「シンんんぅぅぅっ……!」
「…………」
手にしたボストンバックを握り締め、絞り出すように己の名を呼ぶ幼なじみ。その姿に、常の快活さはない。
「……どうした……?」
とにかく話を聞こう。土に汚れた手を拭き、鈴に近付く。
「い、い、いちか……」
「…………」
泣きじゃくる鈴の前で立ち止まる。
「いちか、おぼえてなかった……」
「…………」
頭に手を置いて、出来るだけ優しく、撫でた。
「やくそく………おぼえて、なかったよぅ………!」
「…………」
約束とやらがどんなものかは知らないが――とても、大事な約束だったのだろう。
鈴は己に抱き付いて来て、そのまま泣き続けた。
鈴が泣き止むまで、己はじっと立ち続け。
本音は、その背中を優しく撫でていた。
――――――――――
「なるほど〜、それはおりむーが悪いね〜」
「でしょお!? まったく、信じらんない! 女の子との約束忘れるなんて!」
「…………」
十分ほどして泣き止んだ鈴は己に一夏への不満をぶちまけ始めたので、聞き役を本音に押し付けて撤退した。するとあっという間に二人は仲良くなり、本音が上手く聞き出すせいで鈴の愚痴は加速し既に己では手が付けられなくなってしまった。
なので、今は花の手入れに戻っている。もうすぐ消灯時間だ、早く終わらせねば。
「ひどいよね〜。女の子が勇気出して、プロポーズしたのに〜」
「ぶふぅぅぅううっ!!?」
本音の直球に鈴が飲んでいたウーロン茶を吹き出した。染みになる前に自分で拭けよ。
――鈴の話を要約するとこうだ。
鈴は一夏に、「あたしが料理が上手になったら、毎日酢豚を作ってあげる」と言った。しかし一夏が覚えていたのは、「鈴が料理が上手になったら、毎日酢豚をおごってくれる」というものだった。
……確かにプロポーズの言葉だな。酢豚が味噌汁であれば完璧だった。そして一夏、後でシメる。
「そそそそそそそんなんじゃないわよっ!!!」
「ええ〜? 違うの〜?」
「違う! 違うったら違うのっ!!」
ムキになって否定する鈴を、本音は楽しげに見ている。その様子に気付いた鈴が咳払いをひとつ、話題の変更を図ってきた。
「シン、相変わらず花育ててるのね」
「…………」
「やっぱりいのっち、前からやってたんだ〜」
「……いのっち?」
話しながら、二人が己の近くまで歩いて来て、鉢植えの前にしゃがみこんだ。
「綺麗に咲いてるわねー。やっぱり育て方がいいのかな?」
「うんうん〜、いのっち、お花のお世話、一生懸命だからね〜」
「…………」
どうでもいいが、少し離れろ。手元が見づらい。
「アンタ、ほんとに花が好きなのね」
「…………」
好きなのかどうか、己にもわからない。だがなぜ花を育てようと思ったのかは覚えている。
生物は、死ねば土に還る。その土に草が生え木が育ち、花が咲く。だが、そんな当たり前の、自然の循環さえも――あの世界は、途絶えていた。
命が失われた肉は、ただ腐り、風化し、朽ち果てるだけ。命を受け入れ、次の命とするだけの力が、大地から完全に失われていた。
だが、この世界は違う。土が生きている。大地に活力が満ちている。草の緑が地平線の彼方を埋め尽くし、木々は空を覆うほど高く生い茂り、色とりどりの花が咲き誇っている。
だから、育てようと思った。
たとえ、名も知らぬ花であっても。
――きっと、弔いになるだろうから。
「正直アンタのイメージには合わないと思うけど、あたしは好きよ。シンの育てた花。どれも綺麗だし、一生懸命咲いてる感じがするし」
「お〜。りんりん、わかってるね〜」
「…………」
そう言ってもらえると有り難い。剣以外のことなど、まるで経験がなかったからな。
「……ありがと、シン。それと本音も。……ちょっと、すっきりした」
「……そうか……」
「泣きたくなったら、またおいで〜。いのっちはいつでも貸し出すよ〜」
「あはは、ありがと。……それじゃ、あたし部屋に戻るね。また明日、シン、本音」
そう言って立ち上がった鈴は、いつもの鈴に戻っていた。そのうち機会を見つけて、一夏を叩きのめすことだろう。
「……鈴……」
「? なに? シン」
「……また会えて、嬉しい……」
鈴はキョトンとして、次いでニカッと笑って言った。
「あたしも嬉しいわよ――シン」
本日のNG
こんな地味な作業、見ていて何が面白いのやら。本音はかなり上機嫌で、鼻歌なんぞを歌っている。
「あいむしんか~とぅ~とぅ~とぅ~とぅとぅ「その歌はヤメロ」」
のほほんさん覚醒ルート。どう考えてもバッドエンド一直線なのでボツ。