せっかくなので、どうせならいいパソコン、それも大抵のゲームを高設定で遊べるようなハイスペックパソコンにしようと、システムエンジニアの友人に依頼してパソコンを組んでもらいました。
ボーナスが飛びました。
そろそろ暑さも和らぎ始め、うっとうしいばかりだった日差しも、まあ我慢できる程度にはなってきた。特に今日は一段と涼しく、外を出歩くだけで全身汗だくになることもない。
こんな日は友達と街に繰り出して、流行りの服やアクセサリを見に行ったりパンチングマシーンに一夏への怒りを叩きつけたりするのがいつものあたしだけど、今日はそんな気分にはなれなかった。
……まあ、気分の問題だけではないのだけれども。
「ああー、もー。退屈ねえ。授業はないし、訓練もできないし、外出は禁止だし……」
「まあ、たまにはゆっくり休むのも必要だよ。僕たちにも、ISにも」
普段なら丸一日空いている休日は、徹底的に遊び尽くすか訓練に明け暮れるかのどちらかだけど、今はそのどちらもできない。この前の事件で専用機に多大なダメージを負ったあたしたちは、修復が完了するまでISの展開を禁止されてしまったからだ。機能の低下した機体で動くと、パイロットにも機体にも変なクセがつくから、それはしょうがない。ISを奪われないように、守りやすい学園内から出ないように、と命じるのもわかる。
それでも、退屈なものは退屈だ。十代乙女のバイタリティは、そう簡単に発散し切れるほど生易しくはないのだ。……いつもなら。
「まったく、いい迷惑よねえ。どこの誰かは知らないけど、余計なことしてくれたもんだわ」
「あはは……」
暇つぶしに学園内をぶらつきながら愚痴をこぼすあたしの隣では、輝くような金髪を持つ中性的な美少女――シャルロット・デュノアが苦笑を浮かべていた。
「アリーナの復旧にはまだ少しかかりそうだし、その分グラウンドも体育館も混んでるし……まったく、せっかくの休日、せっかくの良い天気なんだから、外に遊びに行きなさいよ、年頃の女の子は」
「言ってることがおじさんみたいだよ、鈴」
そうは言うものの、休日でありながら、そしてアリーナが使えないにも関わらず、これだけの人数が学園に残っている理由は、あたしにも大体察しがついている。
先日の、24機ものISによる大規模襲撃。今までにもその兆候はありながら、「まさか」とその可能性を必死に否定し続けてきた生徒たちに、残酷に突きつけられた現実。誰も表立って口にすることはないけれど、心の中では誰もが確信しているだろう。
――IS学園は、狙われている。強大で、得体の知れない勢力に。
「……ああー、もー。退屈ねえ」
「良いことだよ、鈴」
命を脅かされ、破壊の力を目の当たりにし。心折れ、諦めた子も少なからずいた。今年のIS学園における自主退学者数は、ぶっちぎりで過去最大だ。
逆に、残った者たちにとっては、今年は過去最大のチャンスだった。なにせ望んでも得られなかった実戦――本当の意味での実戦の機会が、得られるかもしれないんだから。
ISは「力」の象徴、最も強いISを持つ国が、軍事バランスの頂点に立つ。そのパイロットに与えられる富と栄誉は、普通に生活していたんじゃ絶対に手に入らない。
じゃあ、優秀なパイロットになるにはどうすればいい? 訓練は大事だし、勉強も劣らず大事だ。けれどそのふたつを合わせても、実戦経験には遠く及ばない。その経験が、得られるかもしれない。実績を上げるにしても能力を高めるにしても、今のIS学園の状況はまさにもってこいだ。
いつかまた、襲撃を受けるかもしれない。その時、自分がISを装着していたら? 戦える者が自分しかいなかったら? 有り得ない話じゃない。その「もしも」に備えて、みんな今まで以上に訓練している。
……だからあたしも、今は我慢だ。しっかりと休んで、専用機を直して、一日でも早く戦えるようにしないと。
「……にしても、専用機展開できないのがこんなに不安だなんて。ちょっと前まではそれが普通だったのに」
「一度専用機に慣れちゃうとね……一体感とか安心感とか、すごいから。僕もなんだか、身体の一部がなくなっちゃったみたいに感じるよ」
「……身体の一部、ね」
「あ……」
シャルロットが、しまった、というような顔をした。ちなみにあたしもしていた。どちらかと言えば、今のはあたしが流すべきだった。シャルロットはただ感想を言っただけなんだから。あたしが変に過敏になってしまってるんだ。
「……ごめん」
「いや、アンタは悪くないでしょ。今のはむしろあたしが……」
慌ててフォローしようとするけど、シャルロットはますます落ち込むばかり。普段明るく前向きなシャルロットのそんな様子は、見ているこっちが辛くなる。お互いこの前のことが相当効いているみたいだ。
「……ええい! やめよ、ヤメ! こんなジメジメうじうじ、あたしららしくないわ!」
うがーっ、とオーバーアクションで、暗い空気を無理矢理に吹き飛ばす。空元気もいいところだけど、もううんざりしていたのも事実だ。
そう。先日の無人機部隊の襲撃の後、語られたこと。シンの左腕の行方と、行われていた非人道的研究。当然箝口令が敷かれたあの話は、あたしたちの精神にけっこうなダメージを与えた。あれからみんな、様子がおかしい。平静を装ってはいるけど、全然隠しきれていない。唯一いつも通りなのは……シンだけだ。
「あたしらがこんなでどうすんのよ! シンが変わっちゃったわけじゃないのよ。今回もそうだし……左腕を失くした時だってそうだった。あたしはあの後すぐ引っ越しちゃって、辛い時に一緒に居られなかったけど……きっといつも通りだったわよ、アイツは」
怒りに……不甲斐ない自分への怒りに震えながら、言葉を吐き出す。シャルロットは目をパチパチさせていた。
「アイツはあんなだから、本当はどう思ってるのかなんてわかんないけど……それでもさ、少なくとも表には出してないじゃん。ならあたしたちがうだうだ言うのは筋違いでしょ。……しゃんとしないと」
「鈴……」
最後の方は、元気がなくなってしまった。でも言いたいことは伝わったと思う。何を言いたかったのかなんて、自分でもわからないけど。
「……そういうのはさ。みんな居る時に言おうよ」
「う、うっさいわね! しょうがないでしょ、今言いたくなったんだから!」
シャルロットが、ようやく少し笑った。苦笑いとか無理な笑顔とかではなく、普通の笑顔だ。……うん。やっぱり女の子は、笑ってないと。
「鈴ってさ。……すごいよね。良い人だし」
「……うっさいわね。ホントは腸煮えくり返ってんのよ、あたしだって」
「ふふっ……」
「むぅ……」
肩を揺らして笑うシャルロット。こいつが女の子だってことはとっくにみんな知ってるけど、顔が顔なのでやっぱり見とれてしまう。ずるい。
「……まあ……ぶっちゃけシンのことはあんまり心配してないのよ。さっきも言ったけど、あんなやつだし。……問題は、一夏とラウラと……」
「……あと、本音……かな。……少し、やつれてたよね」
「あの子は優し過ぎるのよ。普段おちゃらけてるクセに……こういう時ばっかり気ぃ遣っちゃってさ」
「うん……」
ラウラと一夏は、ある意味当事者だからともかく……本音には何も責任はないのに。なのにあの子は思い詰めて、食事は喉を通ってないみたいだし、きっと夜も眠れていない。
……本当に。本音は、優し過ぎる。そんなものまで、背負わなくてもいいのに。あたしたちに、分けてくれていいのに。
「鈴も……あまり無理はしないでね」
「しないわよ。性に合わないもの、そういうの」
「あはは……」
それが強がりだっていうことは、多分見抜かれてる。それでもシャルロットは、何も言わずに笑ってくれてる。……本当に。優し過ぎよね、みんな。
――ビィー! ビィー!――
「!?」
「え、これは……!?」
突然鳴り響いた警報。一瞬遅れて、廊下のシャッターが降りる。外部からの物理的な攻撃を遮断するためのシャッターだ。次いで、明かりが落ちる。そこかしこから聞こえるざわつきに、小さな悲鳴。
あたしとシャルロットは素早く背中合わせになって、学園から貸し与えられた拳銃を抜く。電灯は消えたまま。分厚いシャッターのせいで日光もない。ほぼ完全な暗闇だ。夜間戦闘の訓練を受けているあたしでも、そう遠くまでは見えない。一般の生徒たちならなおさらだろう。
「…………」
「…………」
IS学園で停電? あり得ない話じゃないけど、そこまで楽観的にはなれない。まず間違いなく、攻撃だ。
二秒経過。電力の復旧はなし。非常電源も止められた? よほど優秀なハッカーか、馬鹿みたいに高度なウィルスか、もしくは学園に内通者がいるか。可能性はいくつかあるけど、今はそれを検討する時じゃない。あたしは甲龍をローエネルギーモードで起動し、視界を暗視モードに切り替える。
「……シャルロット」
「うん」
シャルロットがポケットからスティックライトを取り出し、スイッチを押した。とりあえず、すぐに突入してくることはないみたいだ。でなくちゃ危なくて、暗闇でこんなものは使えない。いい的だ。
「みなさん! こっちに集まって! 教室に入って、扉を全て閉めてください!」
廊下のシャッターも頑丈だけど、教室の守りはそれ以上。有事の際には、簡易シェルターとして使えるくらいだ。シャルロットの声とスティックライトの明かりで、辺りの生徒たちはある程度平静を取り戻した。誘導にしたがって、静かに素早く、教室内へと移動していく。部外者がいたらこうは行かないだろう、日頃の訓練の成果だ。
「じゃあ、あなたがこれを持って。他に生徒が来たら、IDを確認してから入れてあげてください」
「わ、わかった。でも、デュノアさんはどうするの?」
「僕は学園内を調べます。どこかで混乱が起きてるかもしれないから」
「でも、危ないわよ!」
「大丈夫。僕は国家代表候補生ですから。……僕を信じて、あなたはここでみんなを守っていてください」
こっちが恥ずかしくなるようなセリフをさらりと言うのを背中で聞きながら、周囲を警戒する。こういう時、シャルロットの知名度と甘いマスクはなかなか効果的だ。ちらりと後ろを見れば、シャルロットからライトスティックを任された生徒はものすごくやる気に満ち溢れた顔をしていた。
教室のドアが閉められロックされたことを確認して、シャルロットはあたしのカバーに戻る。頼もしい友人に心の中で感謝。口ではまったく別のことを言う。
「次から次へと。休む暇もありゃしない」
「みんなと合流しよう」
「近くに居るといいけど」
IS学園は広い。お互いがお互いに向けて移動したとしても、スタート地点によってはゴールまでそれなりに時間がかかる。こんな状況じゃ一秒だって惜しい。そう考えながらチャネルを開こうとした時、向こうから通信が送られてきた。
『全員、無事か?』
『箒。こっちは大丈夫よ。生徒を何人か、教室に避難させたとこ。シャルロットもいるわ』
『こちらラウラだ。簪と合流した。周囲にも大きな混乱はない』
『セシリアは私と居る。……だれか真改と居る者は?』
誰も返事をしない。特に手ひどくやられていたシンの専用機は、ついさっきオーバーホールに出したばかりだ。シンの責任じゃないけど、間が悪い。
アイツはISなんかなくたって、首を突っ込むに決まってるんだから。
『学園内に居る専用機持ちたちは全員集合。場所はマップを送信する。途中にある防壁は破壊を許可する』
プライベート・チャネルに割り込んできた、冷静で厳格な声。千冬さんだ。直後に送られてきたマップが示すのは、存在は知っていたけど行ったことはなく、どこにあるのかもたった今知った場所だった。
「……オペレーションルーム?」
「そこに生徒を入れるなんて……それだけ緊急、てことかな」
数多ある学園の機密のひとつ。生徒はおろか、教師の中でも限られた者のみが立ち入りを許された場所。学園のシステムの中枢。そこに生徒を集める? 悪夢みたいな冗談だ。こんな状況でもなければ鼻で笑ってやるところだ。
でも、現実としてそこに来いと言われてしまった。なら行かなきゃならない。覚悟はとっくにできてる。あとは足を動かすだけ。
「あー、もー……次の休みは、一夏にスペシャルデラックスパフェをおごらせてやるっ!」
色々な怒りをこねくり回して一言にまとめ小声で吐き出し、あたしたちは移動を開始した。
――――――――――
「……それでは、状況を説明する」
合流した鈴とシャルの案内で地下にあるオペレーションルームとやらに移動した己と本音の姿に、待ち受けていた千冬さんは一瞬、眉をぴくりと動かした。だが特に何も言わず、既に到着していた楯無会長に加え、箒、セシリア、ラウラ、簪が到着すると、普段よりもさらに厳しい顔で状況の説明を始めた。
「現在、IS学園はいずれかの勢力からハッキングを受け、システムのほぼ全てがダウンしている。ここは電力も含め完全に独立しているため無事だが、逆にここ以外は陥落したと言っていい」
「ほぼ、全て……」
誰かが茫然と呟く。そんな途方もないことが出来る者はそう多くはあるまい。恐らく、先日の襲撃部隊と同じ勢力だ。
「今のところ、生徒たちに被害は出ていません。安全を確認次第、他の先生方が救出に向かう予定です」
「だが当然、いつまでもこのままというわけにはいかん。現に今、この機に乗じて何者かが学園に突入、物理的な攻撃を仕掛けてきている。一刻も早い復旧が必要だ」
この機に乗じて、何者かが。その表現が意味するところは、その連中はハッキングとは直接関係のない者たち、つまりは別勢力ということだ。随分と動きの早いことだ。直近に潜伏し、監視していたか。
「なるほど。では我々は、その者たちを迎撃すれば――」
「いや、お前たちにはシステム侵入者を排除してもらう」
「……え」
千冬さん、山田先生、楯無会長を除く全員が呆気にとられたような顔をする。それも仕方がないと言えば仕方がない。
「ですが、IS学園のシステムを乗っ取るような相手に、どうすれば……」
おずおずと手を挙げたのは箒だ。専用機持ちとして勉強してはいるが、彼女はハッキングだのプログラムだのの方面は少々不得手としている。そうでなくても、IS学園のシステムの強固さは皆が知っているのだ。それを破る相手など、専門家でもない自分たちに敵う筈がない。攻撃部隊の迎撃でないのなら何のために呼ばれたのか、ということだろう。
「では、篠ノ之さん、凰さん、オルコットさん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさんは、アクセスルームへ移動してください。そこでISによる電脳ダイブを行い、侵入者の排除に当たってもらいます。更識簪さんと……あと布仏さんは、みなさんのサポートについてください」
「「「「「……は?」」」」」
キョトンとする友人たち。無理もない、山田先生の言った言葉は、あまりにも予想外だったからだ。
「で、電脳ダイブ!?」
「それって、まさか、あの……?」
「そうだ。ISを通じて、操縦者の精神を電脳世界に進入させる。理論上可能であることは知っている筈だ。ここの施設ではそれが出来る。アラスカ条約で規制されてはいるが、この状況下では許される」
皆の混乱を無視し、千冬さんは続ける。だがまだ幾人かは、一体何を言っているのか、という顔で口を開閉していた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 確かに電脳ダイブのことは教わりましたし、それ自体に危険はないことも知っていますけど――」
「電脳ダイブ中は……操縦者は無防備……攻撃部隊がいるなら……危険かと……」
「そうですよ! それに僕たち、実際にやったことは一度もないですし……」
口々に不満……というより不安を漏らすが、しかし千冬さんはそれらを一睨みで切り捨てた。誰も声を上げる者がいなくなったことを確認して、補足する。
「さきも言った通り、敵はIS学園のシステムを全て、それも瞬く間に攻め落とすような相手だ。まっとうなコンピュータではいくら揃えたところで歯が立たん。排除出来るとすれば、ISと、その力を引き出せる人間だけだ」
「う……」
「そして攻撃部隊については……私と山田先生、更識楯無……そして井上が食い止める」
千冬さんが一瞬、視線だけで己を見た。それはあまりにも短い間であり、己以外の者が気付いた様子はない。
「そ、そんな! シンは今、ISが――」
「分かっている。だが呼ばれてもいないにも関わらずここに来た以上、相応の覚悟はあるだろう。実力的にも問題はない。このメンバーでまだ不安があるか?」
「…………」
「……それでも、強制するつもりはない。井上、やれるか」
「……無論……」
最後の言葉は、ほんの僅かに、厳しさが薄れていた。教師として、そして世界最強として厳格であろうと努めてはいるが、それでも千冬さんは一人の人間であり、生徒を思いやる先生であり、弟を持つ姉なのだ。それを隠しきれない甘さも含め、己はこの人に全幅の信頼を置いている。断る理由などあろう筈もない。
「では、これを使え」
そう言って、千冬さんは己に向け、一振りの刀を投げ渡した。……否、刀ではない。それは刀に似た形状の、IS用のブレードだ。その中でも比較的小型で、生身の人間にも振るえる代物。
受け取った己はその鞘を咥え鯉口を切り、刃を少し引き出す。少々重いが問題はない。IS用なのだから、強度も切れ味も十分だろう。だが……
「……無粋……」
「文句を言うな。今用意出来る刃物の中では、それが最も優れている」
「…………」
己の視線で、何を言いたいのかが分かったのだろう。こんな波紋もなければしなりもないブレードは己の趣味には全く合わないのだが……しかし職人の手からなる一品物ならともかく、工業製品である兵器に文句を言っても仕方がない。それに刃物として優れていることは事実であり、そもこれから戦うというのに得物に粋を求めるのは我が儘に過ぎる。
己は不満を呑み込み、引き出した刃を鞘に納め、制服のベルトに差した。そのまま柄に手をかけ、握りを確かめ、抜刀。手の中で回転させ柄を持ち替え、納刀。……ふむ。
「……悪くない……」
「現金なやつめ」
千冬さんは呆れたように苦笑し、それをすぐに引っ込める。そして凛とした声で、作戦開始を告げた。
「では、各員アクセスルームへ移動! 電脳ダイブの準備に移れ! 作戦開始!」
「「「「「「「は、はいっ!」」」」」」」
何やら僅かに慌てた様子で返事をし、七人はアクセスルームに入って行った。その背中を見送ってから、確認する。
「……戦力……」
「歩兵六、パワードスーツ二機、IS一機。三部隊に分かれ、別々のルートで進攻している。それぞれのルート上で待ち構え、迎撃しろ」
「割り当ては?」
楯無会長が、常の態度からは想像しがたい真剣さで問う。
「私と、打鉄を装備した山田先生でISを相手にする。更識はパワードスーツ、井上は歩兵だ」
「……己が」
「駄目だ」
ISを抑える、と言う前に、千冬さんが遮った。表情は厳しく、しかしその目には様々な感情が綯い交ぜに渦巻いている。
「……駄目だ。真改、お前には二度と、生身でISと戦うことは許さん。絶対に。絶対にだ」
「…………」
学園に生徒たちが取り残されている以上、外に出て迎え撃つという選択肢は論外だ。オペレーションルームがある地下におびき寄せるしかない。戦場となる通路は当然狭く、ISの機動力は活かせない。そうなれば、装甲やパワーアシスト、そういった性能がより大きく影響する。ここに攻め込んで来るくらいだ、敵のISは恐らく最新型、又はそれに準ずる高性能機。パイロットも精鋭だろう。いくら山田先生の実力があっても、打鉄には厳しい相手だ。
ならばどうするか。打鉄の応用性を活かし、多数の重火器を装備し、集中砲火で一気に倒す。これが最良だ。だがそのためには相応の準備時間が掛かり、さらには装備重量でろくに身動きの取れないであろう山田先生の下へ敵を誘き寄せる必要がある。つまりは、足止めをしなければならないのだ。
「真改、お前は歩兵を倒せ。その後更識に合流し、パワードスーツ部隊を挟撃しろ。……こちらへは来るな。例え、何があっても」
「……承知……」
では、誰が足止めをするのか。それは山田先生と行動する、千冬さんだ。言うまでもなく、この役目の危険度は図抜けて高い。だからこそ、己が引き受けたかった。
だが。そんな顔をされては、引き下がるしかないではないか――
「更識も無理はするな。お前のISもまだ回復していないだろう。手強いようなら防衛に徹し、井上の加勢を待て。……以上だ。では、配置につけ」
言って、千冬さんと山田先生は準備に取り掛かった。何せISを相手にするのだ、山田先生だけでなく、千冬さんにも相応の装備が必要なのは当たり前だ。
「ダメよ、真改ちゃん」
「……?」
こめかみに軽い衝撃。横を見れば、楯無会長が拳を握り、己を小突いたところだった。口元を隠す扇子には「説教」の二字。
「もっと愛されてる自覚を持たなきゃ。真改ちゃんが織斑先生のことを大事に思ってるのと同じくらい、織斑先生だって真改ちゃんのことを大事に思ってるのよ? 心配なのはわかるわ。でも心配したくないからって、相手に心配させちゃダメ」
「…………」
小さく笑いながら、そんなことを言う。反論は出来なかった。
「それに、一夏くんがいる真改ちゃんにはわかるんじゃないの?」
「……?」
「かっこつけたいのよ、お姉ちゃんっていうのは。可愛い妹の前では特に、ね」
「…………」
冗談めかして言ってはいるが、間違いなく本心だ。楯無会長も、簪という妹の姉なのだ。千冬さんの気持ちには共感出来るところがあるのだろう。
……それにしても。己が、妹か。
「さ、行きましょ。礼儀を知らないお客さんたちを、た~っぷりおもてなししてさしあげないと」
「……応……」
楯無会長と並び、オペレーションルームを出る。薄暗い通路の遥か先から、明確な敵意が音もなく迫って来る。
心配がないと言えば大嘘だ。無防備な電脳ダイブを行う友人たちも、いまだISが傷ついたままの楯無会長も、外せば終わる攻撃に賭けるしかない山田先生も、その成功率を上げるために生身でISに挑む千冬さんも。
だがそれらの心配は、一歩進むごとに薄れていく。波のように押し寄せる重圧が、己を研ぎ上げてゆく。
――懐かしい感覚だ。思い返せば、ここ最近の激戦も、己を殺そうとして来る敵は全て機械たちだった。そうではない、肉持つ生物のみが放つ、生物のみが感知出来る特殊な波動。
即ち、殺気。
「…………」
恐怖を忘れてはならない。苦痛を忘れてはならない。人としての感情を、心を、捨ててはならない。
その上で、ただひとつへと収束させる。精神を、肉体を。人のまま、人としての全能力を捧げるのだ。
戦いへと。
「……井上真改……」
我は戦闘機構。我は切断装置。我は一振りの刀剣。我は研ぎ澄まされた、極限の刃。
――いざ。
「……推して参る……!」
最近忍殺語を勉強中です。難解過ぎて心折れそう。