いよいよ今日は一夏とセシリアによる、クラス代表決定戦が行われる。その準備のため、今、己たちは第三アリーナ・Aピットにいるのだが――
「……来ないな、IS」
「……そうだな」
「…………」
そう、政府から支給されるという、一夏の専用機がまだ来ていない。
「……急に決まったことだからな。準備に時間がかかっているんだろう」
「けどシンのISは一日で出来たぞ」
「あれは如月重工がおかしいんだ。普通はISの開発にはかなりの時間がかかる」
「……あんな変態どもでも、腕は確かってわけか」
「…………」
如月重工の話になった途端に不機嫌になる一夏。よほど嫌いなようだ。
「どうすんだよ。これじゃ練習どころか、
「わ、私に言うなっ!」
IS、特に専用機には、コアに残っている以前の操縦者の情報を消去する
この一次移行を済ませて、初めてそのISは操縦者の専用機となるのだ。己の朧月も、既に一次移行だけは済ませてある。
しかしセシリアとの試合はもう間も無く始まる。一次移行をする時間は、もうないだろう。
「お、お、織斑くーん!」
まだかまだかと待っていると、聞こえて来たのは山田先生の声。息を乱し足をもつれさせながら、必死にこちらへ走って来る。
「まあまあ先生、まずは落ち着いて。深呼吸です、ほら、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
「ヒッヒッフー……て、これは違いますよぅ!」
「教師をからかうな、馬鹿者」
一夏の頭に出席簿が振り下ろされる。呆れ顔の千冬さんの登場である。
「千冬姉……ぎゃっ!?」
再び振り下ろされる出席簿。
「貴様は何度言えば分かるんだ? 私のことは織斑先生と呼べ」
「……はい、織斑先生……」
「そ、そんなことより! 来ました、来ましたよ! 織斑君のISがっ!!」
「……!」
――漸く、か。
「早く準備しろ。本来こんな試合など無用なんだ、アリーナは特別に貸し出されているに過ぎん。調整の時間など与えられると思うな」
「……ぶっつけ本番ってわけか」
「一夏、武術を志す者、常在戦場が基本だ。この程度は言い訳にならんぞ」
「……りょーかい」
「…………」
千冬さんも箒も、口では厳しいことを言ってはいるが、心配しているのが透けて見える。素直じゃないのだ、この二人は。
一夏には、そんなことに気付く余裕も無いようだが。
「……俺の……」
「…………」
返事こそするものの、その意識はまったく別の方へ向いている。ピットの搬入口から目を離そうとしない。
――聴こえる。
その重厚な防壁扉の中から、重々しい駆動音が響いている。
――それはまるで、忠誠を誓った主のもとへ馳せ参ずる、甲冑を身に纏った騎士の足音のようで。
――そして、一切の飾り気のない、純白の機体がその姿を顕した。
「……これが……」
「はい! これが織斑君の専用機――
心此処にあらずといった様子の一夏が、白式に近づいて行く。
親を探す幼子のように伸ばされた手が、白式に触れた。
――その瞬間、ピット中が、光で満ちる。
「う……お……」
一夏の表情は、驚きか感動か。そのまま白式に乗り込み、装甲に手足を入れる。
白式に体を任せると、空気の抜ける軽い音と共に、装甲が閉じる。冷たい金属の塊だった白式に、説明の出来ない何かが巡って行くのを感じた。
「システム、オールグリーン。……気分はどうだ、一夏?」
千冬さんの声が、僅かに震えていることに、一夏も気付いたのだろう。その口元を僅かに緩ませて、安心させるように、言葉を紡いだ。
「良いよ。……ははっ、なんて言うのかな。全国大会の時より気合い入ってる」
「……そうか」
ほっとしたような声。
そんな姉弟の遣り取りを、なんと言葉を掛けていいか迷っている様子で、箒が見詰めている。
――その不安げに震える肩に、そっと手を置いた。
「……真改……」
「…………」
黙って頷く。
己が言うことではないだろうが、言葉にしなければ伝わらないこともある。
だから、言わないと。
「……ありがとう」
「…………」
己に小さく微笑みを浮かべてから、箒が一夏を見る。
その瞳を、真っ直ぐに。
「……勝ってこい、一夏」
「ああ」
力強く答える一夏に、箒も安心したようだった。
――まったく。どいつもこいつも、素直じゃない。
「……シン」
「…………」
ピット・ゲートの前まで移動し、今まさに飛び立とうというところで、一夏が己に声を掛けて来た。
首だけ振り向いて、その顔に、不敵な笑みを浮かべて――
「俺の剣、良く見とけよ」
「……ぬかせ……」
――いいだろう。見せてみろ、この己に。
お前が、どれほど成長したのかを。
「――行くぜっ!!」
そうして、一夏は飛び立った。
――敵が待つ、戦場へ。
――――――――――
「ようやく来ましたのね。待ちくたびれましたわ」
「そりゃ悪かったな。けど遅刻したのは
腰に手を当てるポーズをしながら言うセシリアに、軽口で答える。
余裕があるわけじゃない。緊張を紛らわせようとしているだけだ。
「……試合を始める前に、訊きたいことがあります」
「なんだよ」
「あなたは、真改さんの幼なじみだと聞きましたが?」
その言葉で、訊きたいこととやらの察しがついた。シンに関わったやつは、大抵そのことが気になるからだ。
「……あの方の左腕のこと、どこまでご存知で?」
――やっぱり、な。
正直、辛い。
シンの左腕は、俺の罪だ。それを突き付けられて、気分が良いはずがない。
だけど、俺は「力」を手に入れた。まだまだ扱いきれるとは思えないが、それでも俺の目標に向けた足掛かりとしては、この上ない「力」を。
だから――いい加減、覚悟を決めないと。
「……全部知ってる。俺が、もぎ取ったようなもんだからな」
「――な」
セシリアの顔が驚愕に歪む。
次いで、怒りに。
「……あなたが、真改さんの腕を……?」
「ああ、俺のせいだ。無知で無力で無謀な俺を庇って、あいつは左腕を失くしたんだ」
セシリアの怒りは凄まじい。俺を睨み殺そうとしているかのように、その眼に殺気を載せている。
――その瞳を、真っ向から見返した。
「だから、俺は強くならなきゃいけないんだ」
「……は?」
突然話が飛躍して、付いて来れないのだろう。セシリアがポカンとした顔をする。
構うもんか、これは俺の「決意」だ。まずは、言葉にしないと始まらない。
「シンは、初めて会った時から強かった。腕を失くす直前じゃあ、あの千冬姉と、生身でなら互角に戦えるくらいにな。……信じられるか? まだ小さな女の子がだぜ?」
当時のことを思い、苦笑が浮かぶ。あれには度肝を抜かれたもんだ。
「腕を失くしてからも、強かったよ。強かったけど、それでもどうしても弱くなった。千冬姉には、勝てなくなった」
当たり前だ。実力が拮抗している二人のうち、片方だけが大きなハンデを負えば、その勝負は目に見えている。
「シンがIS学園を受験するって聞いた時、思った。やっぱシンはすげぇなって。シンなら、たとえ右腕しかなくても、もしかしたら千冬姉と同じ、「ブリュンヒルデ」になれるんじゃないかって」
左腕がないなら、右腕だけで剣を振ればいい。
そんな当たり前で、だけど無謀とも言えることを、シンは黙ってやって見せた。
「けどさぁ、そうなったらどうなる? シンの左腕は? 無知で無力で無謀な、なんの役にも立たない男のクソガキを庇って失くして――そんな馬鹿なことのために大事な左腕を捨てたなんていう、汚点になっちまうんじゃないか?」
片腕だけでも最強なら、両腕が揃っていたならばどれほどだったろう。世間の関心はそこに向くに決まっている。
そして、事実を知って思うのだ。
――なんて勿体無いことをしたんだ、と。
「――認めねぇ。認められるか、そんなこと……!」
総身を怒りが満たす。今目の前に鏡があったら、そこに写る愚か者の顔を、俺は即座に叩き割るだろう。
「ずっと憧れてた。今だってそうだ。そのシンが、俺のせいで、あんな目にあった」
生涯忘れることはないだろう。
病院のベッドの上で、生命維持装置に繋がれ、眠り続ける少女の姿を。
――包帯で覆われた、欠けてしまった左腕の、その様を。
「シンは気にするなって言う。自分は平気だからって。
……そんなわけあるか。あいつは剣士で、女の子だ。それが腕一本失くして、あんな傷つけられて、平気なわけがねぇだろうが」
だから誓った。次は俺が守ると。そのために強くなると。
けれどシンはそんなこと求めてなくて、俺の助けなんか必要なくて、だから、どうすればいいのか分からなくなった。
「俺がISを動かせるって分かった時、決めた」
シンを守る。シンだけじゃなく、俺の大切なものは、全部守る。
その誓いは今も変わらない。
そしてそこに、もうひとつ、新たな誓いを立てた。
「俺が証明する。強くなって、シンにも、千冬姉にも負けないくらい強くなって、証明するんだ。
――織斑一夏は、井上真改が左腕を捨ててまで守るほどに、価値のある存在だってな」
だから、そのために。
「俺の糧になってもらうぜ――セシリア・オルコット」
――――――――――
アリーナ中に響き渡った、一夏の決意。
それを全観客に聞かれたという羞恥も忘れて、己は呆然としていた。
――だって、一夏のその決意は。
(……同じ……?)
かつて「彼女」の生き様を世界に肯定させるために戦った、己ととても良く似たものだったから。
「……一夏……」
達成感に似た喜びが、心を満たす。
一夏が「彼女」を知る筈はないが、それでも、一夏は「彼女」を認めてくれる、そう確信した。
己のかつての夢を、叶えてくれたのだ。
(……それが、お前の「答」か……)
お前の友であることを、誇りに思う。ならば己も、その決意に見合う強者となろう。
――お前の目標として、胸を張れるように。
――――――――――
俺の宣言を聴き終えて、セシリアが表情を引き締める。
手に持ったレーザーライフル、スターライトmkⅢを俺に向け、四機のブルー・ティアーズを展開する。
セシリアの必殺の布陣。どうやら彼女は、俺を「敵」として認めたようだ。
それを受け、俺も武装を展開する。白式に装備されてるのは……近接格闘用ブレード一振り、のみ。
ハッキリ言ってこの装備を考えた人間の正気を疑うが、俺にはかえって好都合だ。武器がそれしかないのなら、迷う必要もない。ただ近付いて、思い切りぶった切ればいい。
「……いいでしょう。ならその決意、まずはわたくしに証明してみなさいっ!!」
「言われるまでもねえ。行くぜ、セシリア・オルコットっ!!」
一斉に放たれる光の雨を、大きく回避。ビットによる包囲を防ぎつつ、接近を図る。
あのビットに囲まれるのはまずい。俺にシンのような避け方が出来るとは思えない、囲まれれば一気に圧し潰される。
しかし白式の機動力はかなり高いようで、俺の下手くそな回避でもどうにか避けられる。この速さがあれば、チャンスを見極められれば反撃だって出来るだろう。
――だから、今は耐えろ。
ブルー・ティアーズの攻略法はシンが見せてくれた。白式はあの時シンが使っていた打鉄よりもずっと性能が良い。
なら、後は俺次第だ――!
「うおおおぉぉぉっ!」
「この……!」
何発かはかわせず被弾する。だがそんな程度では、白式に大したダメージは与えられない。防御力もかなりのものだ、基本性能はずば抜けて高いだろう。
俺にはもったいないくらいだが、ありがたく使わせてもらうぜ。
「ブルー・ティアーズ!」
「ちぃっ!」
だがセシリアの技術は、性能だけでは打ち破れない。機体の制御に手一杯な俺では、四機のビットを巧みに操るセシリアに近付けない。
やっぱりまずは、ビットの数を減らさないと。
(落ち着け……! ビットは必ず死角から撃って来る。動きを先読み出来るはずだ……!)
ビットの動きは速いが、白式ならどうにか追いつける。上手く回り込めば、攻撃を受ける前に斬れる。
だから、見極めろ。次に来るのはどこだ。背後か、頭上か、足下か――
「……ここだっ!」
ビットが一機、俺の真上に滑り込んで来たのを見計らい急上昇、精密射撃のために一瞬停止しているビットを――
「なっ!?」
――止まって、ない。スライドするように動きながら、レーザーを発射して来た。
それは狙いが甘く、当たることはなかったが、外れたことの安堵を押し潰すような悪寒が背筋に走った。
……こいつ、まさか……!?
「ふふ……ただ良く狙って、正確に当てるだけが射撃じゃない。わたくしも、あの戦いから学んでいますのよ?」
「くっ……!」
セシリアの長所は、射撃精度の高さだ。だが今はあえてそれを捨て、ビットからの射撃は精度ではなく、四機全てを同時に動かしながら撃っている。当然その命中率は落ちるが、しかしまったく当たらないわけではないし、レーザーの数自体は増えている。
それの何が厄介かと言うと、射撃が正確じゃないと、その狙いを読むことは逆に難しくなる。何せ撃っているセシリア自身にも、どこにレーザーが飛ぶかがはっきりとは分からないからだ。野球のナックルボールを想像すると分かりやすいかもしれない。
だから俺は、どこに来るか、当たるかどうかも分からないレーザーを避けるために、さらに大きく避けなくてはならず。
「はっ!」
「ぐあっ!」
――そうして出来た隙に撃ち込まれる、スターライトmkⅢの攻撃だけは、恐ろしく正確なのだ。
「……そりゃ当然だよな、自分で撃ってるんだもんな……!」
シンと戦った時にはあった弱点が一つ、早くも解消されている。高飛車なお嬢様かと思ったら、随分謙虚なところがあるもんだ。
これで俺の勝率はさらに下がっただろう。だがそのくらいで、諦めるつもりはねえんだよ――!
(こうなったら、ビットからの攻撃は気にするな! ライフルだけ避ける!)
幸い、ビットの攻撃力は大したことはない。数発なら直撃しても大丈夫だ。
だがこの作戦変更がバレれば、セシリアもすぐにビットの攻撃も当てる作戦に変えてくるだろう。そうなったら、さすがに保たない。
つまり、勝機は一度っきりだ。
「う……お、おおおおぉぉぉっ!!」
「な……!?」
スラスターを全開にし、セシリアに向かって一直線に加速する。ライフルから放たれたレーザーをなんとかかわすが、ビットのレーザーが幾条も装甲を貫く。
――だが、
「く、固い……! なら、これはどうかしら!?」
セシリアのスカート状のアーマーが外れ、二機のビットが起動する。そこから放たれたのは、レーザーではなく、ミサイル。
これを食らえば体勢が崩れ、一気に畳みかけられるだろう。
だが、これは――
「もう、見てんだよっ!」
こうくるだろうことは分かっていた。挟み込むように迫る二発のミサイルを、バレルロールに似た動きで回避する。
――その、瞬間。
「――かかりましたわ」
ミサイルが、ビットから放たれたレーザーに撃ち抜かれ、俺の目の前で爆発する。爆風に煽られ、大きく体勢を崩された。
(くそ、ここまでか……!?)
起死回生を狙った突撃は読まれていた。発射直後のミサイルを射抜く技術も想像以上だ。
これじゃあもう、打つ手が――
「……? これ、は……」
負けた。そう思った瞬間だった。
白式が光り出し、少しずつ、その形を変えていく。
純白の装甲はさらに洗練され、騎士が身に着ける甲冑のよう。
手にしたブレードは、この目に焼き付いた名刀に、とても良く似た――
「……へ、そうかよ。お前はまだ、やる気なんだな――」
――雪片弐型。かつて千冬姉が振るった
「なら俺が、諦めるわけには、いかねえよなあっ!!」
知識では分かっている。これは
けれど俺には、まるで白式が、俺を叱咤しているように思えたのだ。
――自分はまだ戦える。お前も付いて来い、と。
「行くぜ、相棒っ!!」
セシリアは突然の事態に驚き、隙を晒している。この最後のチャンスを逃すわけにはいかない。
「うおおおおおおぉぉぉぉっ!!」
身体が軽い。今まで感じたことのない大きな力が、全身に満ちている。
そして手にした雪片弐型が、目が眩むほどの輝きを発し始めた。
――知っている。これは、零落白夜。自身のシールドエネルギーを引き替えに、ISのバリアーを含むあらゆるエネルギーを喰らい尽くす、諸刃にして必殺の剣。
「チェェエストオオォォァァァッ!」
大上段に構えたそれを、渾身の力を込めて振り下ろす。
この一撃で決める。こいつが当たれば、今までの劣勢を全部ひっくり返しても釣りが来る――!
「はああぁぁぁっ!」
だがセシリアも、ただでやられるほど甘くはなかった。二機のミサイル型ブルー・ティアーズ、手にしたスターライトmkⅢを盾にすることで、紙一重で回避したのだ。
かわしきれなかった切っ先が僅か数ミリ掠めただけで、シールドエネルギーの大半を奪い去って行くが、それでもセシリアは、決して怯まない。
「お行きなさい――」
得物を失ったことで空いた両手を、左右に大きく広げる。自らの子供たちを自慢する、母親のように。
「――ブルー・ティアーズッ!!」
背後から襲いかかる、四条の閃光。ビットの一斉射撃だ。
背中を撃ち抜かれる衝撃に歯を食いしばり、零落白夜をもう一度振り上げる。
残るシールドエネルギーは、ごく僅か。発動中常にシールドエネルギーを消費する零落白夜が使えるのはこれが最後。外せばその時点で俺の負けだ。
しかしセシリアも、スターライトmkⅢとミサイルビットを失っている。レーザービットも、次の射撃を行うまでには一瞬の間がある。
本当に紙一重の差だが、俺の方が速い――!
「インター――」
静かな、祈るような声。それは目の前の、反撃の手段全てを失ったはずの少女から聴こえた。
「――セプターァァァァッ!!」
その声が、雄叫びに変わった瞬間。
少女の手に、強力にはとても見えない、小さな短剣が現れて。
その刃が、真っ直ぐに、俺の胸に突き立てられた――
「……すまねぇ、白式。お前は頑張ってくれたのに、上手く、使ってやれなかったな……」
『――試合終了。勝者、セシリア・オルコット』
――――――――――
「あれだけの啖呵を切っておいてこの様か、大馬鹿者」
「はい、すいません」
千冬さんのお叱りを受けてうなだれる一夏。
己も一夏の暴露話を観客たちに聞かれたことを思い出し、今更ながら恥ずかしくなってきたので、一夏を責めるように睨み付ける。
「動きに無駄がありすぎる。決められる確信もなく、後顧の憂いを残したまま突撃するなど愚の骨頂だ。それしか手がなかったなどとは言うなよ、そんな状況に追い込まれること自体が未熟なんだ」
「はい、その通りです」
容赦ない指摘にますますヘコむ一夏。いい気味だ。
「と、とにかく、お疲れ様でした。それでですね、織斑君のISは今待機状態になっていますが、織斑君が呼び出せばいつでも展開出来ます。けれどISの扱いにはいっぱい規則がありますから、ちゃんと覚えてくださいね。とりあえず、これの内容は全部覚えてください」
どさっ、と音を立てて置かれたその「IS起動におけるルールブック」なる本の分厚さに、一夏が辟易したような顔になる。
「訓練と勉強、どちらが欠けることも許さん。今日は帰って休み、明日からしっかり励め」
そう言って、山田先生を引き連れ立ち去る千冬さん。その背中からは、心中は読み取れない。
「……帰るぞ」
そして箒よ、もう少し優しい言葉を掛けてやれ。今一夏は落ち込んでいる、好感度を上げる好機だぞ。
「…………」
「……な、なんだよ」
寮への帰り道、一夏を睨み付ける箒。尋ねられ、むすっとした顔で返す。
「負け犬」
「ぐはぁっ!?」
一夏が胸を押さえてへたり込んだ。致命的なダメージを受けたようだ。
「……一夏」
「……なんだよ」
「その……負けて、悔しいか?」
「……悔しいさ。悔しいに決まってる」
「……そうか」
機体の性能では勝っていた。それでも、勝負には負けた。それはつまり、一夏の力不足に他ならない。
一夏の心情を感じ取ったのだろう、箒もそれ以上一夏を責めることはなかった。
「すげぇなぁ……あんな強いヤツに、シンは訓練機で勝ったのか」
「……そうだな」
「…………」
沈んで行く夕日を眺めながら、三人で歩く。その静けさが、己には心地良かった。
「……もっと、強くならないとなあ……」
「……そうだな。そのためには、あ、あれだな、訓練に付き合う者がいなくてはな」
「? まあ、そうだな」
「う、うむ。まああれだ、お前の専用機は接近戦特化のようだし、その……わ、私が、ISでの接近戦を、教えてやっても、いいぞ?」
耳まで赤くしながら、一生懸命に言葉を紡ぐ箒。微笑ましい。
「そりゃありがたい。よろしく頼むぜ、箒」
「う、うむ! 幼なじみの頼みを断るわけにはいかんな! よし、私が教えて――」
「シンも教えてくれるだろ?」
「……!?」
お前はあれか、わざとやっているのか?見ろ、箒が縋るような目で己を睨んでいるぞ。
「……不可……」
「ええ、なんでだよ?」
「……手一杯……」
まあ嘘ではない。己は己で、朧月の扱いを身に付けなければならないからな。
「…………」
箒に頷いてやると、ぱあっと嬉しそうな顔になる。
……その顔を、己ではなく一夏に見せてやればいいものを。
「うむ、真改にも都合があるだろう。仕方がない、私が、ふ、二人きりで教えてやる!」
「あ、ああ。ありがとう……?」
何故疑問形。
イマイチ進まない幼なじみたちの関係に溜め息をつきながら、己たちは寮へ帰っていった。
(……それにしても……)
先の試合、セシリアの最後の一撃。
本来ISは、武装を展開する際、イメージによってそれを行う。武器の名を呼ぶのは、イメージが上手く出来ない者が武装を展開するための、つまり初心者用の方法だ。
あのプライドの高い少女が、それを良しとする筈がない。だというのに、大勢が観戦する試合の中で、躊躇うことなく実行した。
――勝利のために。
(……良い戦士だ……)
ああ、まったく。
この学園は、退屈な日常とは無縁らしい。
――――――――――
熱いシャワーを浴びながら、先ほどの試合を思い返します。
――初めは、「彼」を問い詰めようと思っていました。
強く、気高く、美しい「彼女」が、どうして左腕を失ったのか。「彼女」に訊いても答えが返ってくるとは思えないので、卑怯だとは思いましたが、「彼女」の幼なじみだという「彼」に訊くことにしたのです。
――次に、「彼」に対して強い怒りを覚えました。
「彼女」の腕を奪ったのは自分だと、自分のせいで「彼女」は腕を失ったのだと、堂々と言い放つ「彼」に、殺意すら抱きました。
――そして、「彼」の決意がどれほどのものか、見たくなりました。
失われた「彼女」の左腕に相応しい存在になるのだと、そのために強くなるのだと、そう語った言葉が果たして本物なのか、知りたくなったのです。
――最後に、「彼」に勝った時にこの胸を満たしたのは、大きな喜びでした。
どれだけ傷付いても力強さを失わない瞳。どれだけ追い詰められても決して折れない心。拙い技でなお挑み、最後まで足掻き続けた、その姿……。
それが、「彼女」に重なって。
勝ちたい、と。純粋に、強く、そう思いました。
だからわたくしも、最後まで諦めず、戦うことが出来たのです。
だからこそ、そうして得た勝利が、こんなにも嬉しいのです。
(これが……勝利を誇る、ということ……)
わたくしを解き放ってくれた、「彼女」の言葉。その意味を、わたくしも知ることが出来た。
「彼」――織斑一夏という、男の子によって。
わたくしの父親、いつも母の顔色をうかがっていて、情けない姿ばかりが記憶にあるあの人とは真逆の、とても男らしい男の子。
――「彼」のことを、もっと知りたい。そして「彼女」のように、強くなりたい。
織斑一夏と、井上真改。
あの二人のことを思うと、トクン、と、胸が高鳴りました。
セシリアが優遇されている?
いやあ、気のせいですよ?