Infinite possibility world ~ ver Highschool D×D   作:花極四季

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漆黒のヴィランズのアーリーアクセス前日、どうにか半年ぶりに投稿に成功。
ロスガルにするかヴィエラにするか、凄い悩む。


第四十三話

 怒涛の一夜が明けてからは、打って変わって平穏な時間が過ぎていった。

 私達は現在、駒王学園のいち生徒として修学旅行を満喫している。

 最初はこんなことをしていていいのだろうかという葛藤はあったが、だからといって何ができるというわけでもない。

 妖怪勢力との件はアザゼル様が対応するとのことだが、ならば安心という事にはならない。

 信頼していないわけではない。単純な実力だけではなく、政治的なやり取りに関しても私とは天と地ほどの能力差があるのは明白。

 しかし、それはそれ。理論上100%成功するという確信と、それでも失敗する可能性に不安を抱く心理は矛盾せず両立する。理屈や理論など、感情論の前ではただの数字の羅列でしかない。

 何事にもイレギュラーは存在する。それこそ、今やライドウを名乗るレイが中立勢力に渡ってしまったように、予想外は連続して起こり得るもの。

 誘拐の件も、まず一筋縄ではいかないだろうという確信がある。そしてそれの解決なくして、ライドウと膝を交える機会など訪れることはないということも。

 そして、その予感はすぐに現実となって私達を悪意の渦中へと誘うこととなる。

 

「英雄派、ですか?」

 

「ああ。『禍の団』における派閥のひとつらしいが、そいつ等が大将である八坂を誘拐したことが発覚したらしい。人質としての目的にしては、何かを要求する素振りもなく、目的は謎のまま。故に予断を許さない状況な訳だ」

 

 会談から戻ってきたアザゼル様はオカルト研究部一同を離れの個室に集め、そこでの内容をざっくりと話してくれた。

 妖怪勢力がピリピリしている理由、そしてこの状況で私達に協力を求めてきたことも明らかとなった。

 

「人のことを散々疑っておいて、間違いだと分かった途端に協力要請かよ」

 

 不機嫌さを隠そうともしない兵藤一誠。

 どうにもライドウに関することでゴウトと口論したらしく、その時の熱が尾を引いているようだ。

 

「そう言うな。彼方はトップを奪われた状態だったんだ、疑心暗鬼になるのも当然だし、だからこそ恥を忍んで俺達を頼ろうとしている」

 

「それは……」

 

「それに、アイツ――ライドウだったか。確かに零の奴にソックリだったが、あれが記憶を失った本人だっていうなら、俺達も完全に無関係ではない。今回の件で功績を立てられれば、その辺りの事情にも大きく踏み込める可能性は高い」

 

 そう言われてしまえば、反論は出来ない。

 功績を立て、相手側の信用を勝ち取り、それでようやくスタートを切れる。

 逆に、このタイミングを逃せば次はいつ機会を得られるか分かったものではない。

 何せ彼らは中立の立場。このような状況でもない限り、他勢力の介入は極力避けたいと考えているのは想像に難くない。

 彼らにとっては絶体絶命だが、私達にとっては降って湧いた幸運でもある。それを理解しているからこそ、互いに手を取り合うことに抵抗はない。

 

「……ま、そう簡単にはいかないだろうがな」

 

 アザゼル様は気だるげに煙草を口に咥え、火をつけようとして私の視線の意図に気付いたのか、渋々といった様子で箱に戻す。

 流石に教職員としての立場でこの場に居る以上、不祥事の種を蒔くような行動は見逃せない。

 気疲れから一服したかった心中は察するが、それでも我慢してもらう他ない。

 

「外交問題だからって訳じゃねぇ。アイツはどうにも、拾われてから今日までの約一ヶ月の間九重の護衛にかまけていたわけではないらしくてな。リハビリやら記憶を取り戻すための手段として、京都を散策したりなんなりしている時に、困っている人を見つけたかと思えばその悩みを解決してを繰り返していたらしい。それも人間に限ったことではなく、妖怪にさえも例外なくな。おかげさまで今や京都に住んでいてアイツを知らん奴はモグリと言われるぐらいに知名度を得ているんだってよ」

 

「……それは、なんというか」

 

「はい。まさに、ですね」

 

 この場に居る全員の表情がほころぶ。

 優しい気持ちを抱きながら、かつての自分達の道程を思い返す。

 レイもそうだった。ほんの短い期間の間に、彼は人間でありながら三陣営から一目置かれるようになり、今ではすっかり話題の中心だ。

 神器を宿す人間はそこまで珍しいものではないが、それらが辿るのは他者への迎合か死のどちらかがほとんど。

 人間としての強者にカテゴライズされたところで、その先には更なる強者に目を付けられるという悲惨な未来。

 生き残りたいのであれば、抗うのではなく受け入れることが肝要であり、そこに打算を欠片でも取り入れようものならば、それに勘付いた人外は下等種である人間に侮られたと憤慨してしまうことは想像に難くない。

 トップの人間こそその辺りは寛容ではあるが、それでも無価値な存在に対して優しさを見せるような甘い者達ではない。

 そうでなければ、ありとあらゆる癖を闇鍋したような種族の頂点として君臨できる訳がない。

 

 アーシアから聞いた、黒歌の会話を思い返す。

 力もあり、打算も持たず自分達にとって都合の良い結果をもたらしてくれる存在。第三者から見たレイは、まさに傀儡と言っても過言ではない立場に見えていたのだと。

 それは、ルイ・サイファーとの問答でも出てきた問題であり、ひとつの意見として片付けるには実例が連続し続けている。

 レイは無自覚に影響を周囲に与え過ぎた。そして、それを自覚しながら彼に甘え続けたその結果、私達は彼を間接的に失う愚を犯してしまった。

 ライドウと名前を変え、生きていたという事実を知るまでの私は、まさに抜け殻――いや、それ以下のナニかだった。

 失って初めて気付く大切さ。幸せの青い鳥とはかくも言った通りで、今回は最悪を免れただけでこのような結果が二度と続かない保証もない。

 それに、命こそ永らえたが代償として記憶を失い、三陣営とは異なる勢力に身を寄せている。

 最悪ではないが、限りなく致命傷に近い。何せ、記憶がいつか戻るかどうかなんて誰にも分からないし、それを治す手段だってあるかどうかも怪しい。

 仮にあったとしても、それが私達の中から提示される手段だとすれば、ライドウを傍に置いておきたいであろう妖怪陣営が大人しく受け入れるとは思えない。

 アザゼル様が仰ったライドウの現状が真実ならば、問題はまだまだ点在していることになる。

 それらを少しずつ詰めていくしかないのだが、そうしている間にも彼らとライドウの関係は指数関数レベルで上昇していくだろう。

 

「……そういえば、小猫ちゃんの姉ちゃんって確か元々禍の団に居たんだったよな。だったら相手の情報とか知ってたりしないのか?」

 

「奴さんがスパイなら、知っていても話すことはないだろうが……いや、そもそも帰属意識がある奴がライドウに対して雌の顔はしねぇわな」

 

「め、雌の顔って……」

 

 何を想像したのか、みるみる顔を紅くするアーシア。

 仮にも悪魔の筈なのに、今やペルソナに覚醒したこともあって清楚レベルが天元突破してしまっている。

 個人的にはアーシアにはいつまでも清楚で居て欲しい――そんな願望を、あの夜の出来事が塗り潰す。

 

「……ミッテルトさん、顔紅いですよ」

 

 小猫が此方の表情を覗き込んできたのに気付き、慌てて顔を背ける。

 

「お?ミッテルト、なんだよアザゼル先生の話で恥ずかしがってるとか、結構純じょぼぉ!!」

 

 腰の入った右フックで兵藤一誠の顔を殴り飛ばす。

 アザゼル様の前でなければリバーブロー、ガゼルパンチ、デンプシーロールのフルコンボにしていたところだ。

アーシアだけが唯一彼を心配して駆け付けるも、それ以外は何事もなかったように話を続けていく。

 

「俺の見立てでは、アイツはもう禍の団に戻ることはないだろう。それこそ、ライドウ自身に何かあるぐらいじゃないとな」

 

「如何にも手馴れている人の観察眼は伊達じゃありませんね」

 

「堕天使のトップ張ってるなら、これぐらいは当然よ。つっても、最近は色々忙しくてご無沙汰だがな」

 

 神器作りてぇとか、姉ちゃん侍らせてぇとか、そんな小さな愚痴が続く。

 堕天使としては正しい感性なのかもしれないが、如何せん俗世に馴染み過ぎたこともあって、私にとってはただの駄目な大人にしか見えない。

 というか、私の堕天使要素って……なんだ?ゲームとか漫画とかは好きだけど、四六時中浸っている訳でもないし、それどころかレイとの生活スタイルに合わせていることで、自然と規則正しい生活になっていた、ような……。

 自身のアイデンティティが既に崩壊していた事実を、今更ながらに自覚する。とはいっても、今の私にはだから何だと言えるレベルの価値しかないが。

 

「しかし、このまま情報待ちしていても埒が明かねぇ。此方から派手に動くのが無理なのは承知だが、だからってこのままだと修学旅行の期日が過ぎちまう。出戻りはできるが、それまでの空白期間ばかりはどうにもならねぇ。いや、相手側はむしろそのタイミングを狙っていると考えても不思議じゃねぇ」

 

「では、どうするのですか?」

 

「……しゃあねぇ、折を見て俺の方でも捜索を――」

 

「否、汝らの憂虞(ゆうぐ)は徒労であると言わせてもらう」

 

 瞬間、声の主へ視線が一斉に集まる。

 いつの間にか開いていた扉の前に悠然と佇んでいたのは、ライドウだった。

 

「……嘘だろ、気配なんざ欠片も感じ取れなかったぞ?」

 

 アザゼル様の焦燥が小さく漏れる。

 誰もが彼の接近に気付けなった。それは、仮にも堕天使の総督であるアザゼル様さえ欺ける隠密能力を有しているという証明でもある。

 ペルソナか何かを使ったのかと考えたが、それならば同じ波長の力を持つ私やアーシアが気付かない道理はない。

 つまり、ライドウ自身の技術の賜物。奇跡に頼らない、彼自身の力。……私も知らなかった、新たな側面。

 

「八坂様を捕らえた賊の居場所が判明した。従って汝らには八坂様の救出任務に参加してもらう」

 

「なんとも都合の良いタイミングだなぁオイ。……いつから見ていた?」

 

「汝らが会合せんと行動していた時点で監視はしていた。此方としても立場がある故、表立った接触は避けたかった都合もある」

 

 その言葉に一同戦慄する。

 時間にしておおよそ三十分の間、私達は彼の監視に気付けなかったことになる。

 私達の警戒が甘かったとは思いたくない。アザゼル様さえ欺ける隠密能力こそが異常なのだ。

 

「……それで、敵の情報は把握しているのか?こっちも戦力は万全とは言い難いから、事前に対策できるならそうしたい」

 

「完全ではないが、賊である英雄派の頭目は、彼の三国志の英雄『曹操』の名を騙っている男であること。そして数名の部下ないしは同志が居ること。それ以上は気取られる可能性があった故に、深入りは避けた次第だ」

 

「曹操、って……あの?」

 

「奴が定命の者であるならば、その名を騙るだけの外道でしかない。例え子孫であれど、本人でないのならば憂慮するに値せず。悉く霧散せしめるのみ」

 

 三国志の英雄の名が出たことでどよめいた周囲の空気を、ライドウは辛辣な評価で切って捨てる。

 表面上は冷静なように見えるが、内に秘めた禍の団に対する憤りは隠しきれていないのが分かる。

 記憶喪失となって右も左も分からない状況で世話になった相手が攫われたともなれば、当然の反応である。

 

「ライドウの言う通り、俺の情報網の範囲では曹操を名乗る奴が悪魔に転生したとかそういう話は聞かねぇから、本人じゃねぇと見てもいいだろう。だからと言って油断はするな。どんなやり方かは知らねぇが、妖怪側の統領を

まんまと攫った手腕は確かだ」

 

「八坂様は、帝釈天の使者との会談に向かう道中で襲撃に遭ったと報告を受けている。護衛に付けていた者達も精鋭揃いの中、襲撃を周囲に一切露呈させなかった事実は、賊の戦力を語る上で大きな指針となる」 

 

「一方的に情報が筒抜けだったってことですからね。油断ならない相手であることは間違いないでしょう」

 

 妖怪陣営が、部外者である私達を頼ろうとした理由が理解できた。まさに、藁にも縋る思いだったというわけだ。

 それと同時に、ライドウがこうも簡単に九重の傍仕えになれた理由もなんとなくだが推測できた。

 本人の努力もあったのだろうが、何よりもその襲撃で実力者が殲滅されてしまったことが最大の要因なのだろう。

 

「それで、いつ出発するんだ」

 

「此方は万全である。汝ら次第だ」

 

「万全って、お前ひとりか?もしかして」

 

「私もいるよ」

 

 ライドウの懐から勢いよく飛び出してきたのは、ゴウトだった。

 兵藤一誠の頭を足場にして空中反転。そのままライドウの肩に着地する。

 

「俺を踏み台にしたぁ!?」

 

「言いたかっただけでしょ」 

 

 意外とノリノリな兵藤一誠。気持ちは凄くわかるが、今は自重しろ。

 

「……」

 

 小猫とゴウトの視線が交差する。

 事情はある程度把握しているが、これは二人の問題であって私から口を出すべきことではない。

 

「それでも二人か、確実性に欠けるが……どうにもならん感じか」

 

「九重様が屋敷に待機している手前、護衛を割く訳にもいかない。賊の目的が権力者の母子を貶めることで、影響力を削ぎ落したいというのであれば、攻め込んだ結果隙を晒すことになりかねない」

 

「そうなると八坂が攫われた時点で詰みだとは思うが、不安は分からんでもない」

 

 実際、英雄派が何を目的に行動しているかは現時点では一切分かっていない。

 可能性なら思い浮かべれば幾らでも浮かぶ。それ故に、絞り込むことができない。

 

「ですが、もしそうならライドウさんが前線に出てくるのは非常に危険なのでは?」

 

 アーシアの気遣いに対し、ライドウは静かに語り出す。

 

「……九重様は、汝らの前で気丈な振舞いをしていただろう。毅然とした態度でいなければ、彼女の心は折れてしまいかねないほどに疲弊している。彼女の精神年齢は外見相応だ。まだまだ母親に甘えたい年齢で、頼れる者は限られた状況、しかも立場は京都一帯を纏めている八坂様の娘ともなれば、下の者を気遣わせないように振舞うのは必然」

 

「だから場所が掴めたが否や、万全でないと知りながらも攻め込もうとしている、か」

 

 八坂に対する恩義の程度は不明だが、独断でこのような行動をしたとは思えない。彼を拾ったのは九重であって、単純な優先順位は九重の方が上の筈。

 ましてや彼女の傍仕えともなれば、独断で動くことは彼女の権威に傷をつけかねない。緊急事態とはいえ、彼がそれを安易に実行できるような人間であるとは思っていない。

 そうなると、この状況は九重が指示によるものと考えるべきだろう。彼の言う通り、八坂の代理として相応しい振舞いを虚飾として。

 

「……分かった。二年の生徒会の奴らとロスヴァイセは待機。万が一京都を襲撃される可能性を考えての判断だ」

 

 目を閉じて一分程を経て、おもむろにアザゼル先生はそう告げた。

 それはやはり、少なからず一同に動揺を走らせた。

 

「い、いいのかよアザゼル先生。ただでさえ戦力不足かもしれないのに」

 

「一誠、お前の言いたいことは分かってる。だが、相手の情報が未知数過ぎて一点賭けはリスクがでかすぎる。八坂を攫った手際を考えると、此方の情報は筒抜けであることも否定できない。九重まで英雄派の手に渡れば、それは最早妖怪陣営だけの問題では終わらなくなる。ただでさえ和平を確かなものとしようとしている現状で、取り返しのつかない不和をもたらす訳にはいかねぇ」

 

「……クソッ」

 

 悔しそうに兵藤一誠は拳を握り締める。

 どうせ、自分がもっと強ければ~なんて無意味な後悔を抱いているのだろう。

 感情まで否定するつもりはないが、反省が事態を好転させる訳もない。

 

「……ゴウトさん、貴方は英雄派について何も情報は持っていないのですか?」

 

 小猫は遠回しに、過去を捨てた姉が禍の団所属であった経緯を突いた質問をする。

 

「さぁね。アナタ達だって同じ悪魔であるシトリーチームの所在を逐一理解している訳じゃないでしょ?それと一緒よ」

 

 にべもなく遠回しに知らないと返される。

 まさに猫のような態度。いや、ライドウだけには心を許している辺り、むしろ犬か。

 だからこそ、この状況で彼女が嘘を吐いていないことは分かる。

 

「そこまでだ。これ以上は時間の無駄だ」

 

 空気に淀みが生まれてきたところを、アザゼル様が一喝する。

 

「俺はシトリーに事情を説明した上で、匙達を借り出してついでにロスヴァイセも拾ってくる。お前達は先に行け」

 

「い、いいのかよそんなことして」

 

「戦力の逐次投入は下策だってアレか?そんなもん、匙達を後方待機させる時点で今更だ。それよりも、相手の戦力が未知数な今、纏めて攻めて罠に嵌って詰みなんて展開こそ最悪だ。なぁに、俺がいなくてもライドウがいる、どうにでもなるさ」

 

 確かに彼が一緒なら大抵の脅威はどうとでもなるだろう。

 だが、今回は力押しでどうにか出来る問題ではない気がする。八坂の喉元に刃を突き付けられてしまえば、それだけで私達は何もできなくなるのは、ライドウとて例外ではない。

 

「その前に、どうやって行くんですか?真正面からなんてそれこそ下策でしょう」

 

「偵察の際にゴウトが転移の陣を偽物含めて数ヶ所敷いている。それを使って奇襲を行う手筈となっている」

 

「転移の陣って、大丈夫なのかよそれ」

 

「少なくとも、陣そのものに何かしら施されたような感覚はないわ。これでも結界とかそういうのには一家言あるのから、逆探知ぐらい訳ないわ」

 

「それを信用するしかない、か。真正面から堂々と行くよりは現実的か」

 

「理解してもらえて何よりだ」

 

 ライドウは懐から私達に向けて飛ばし、慌ててキャッチする。

 東洋特有の紋様が記されたそれが護符であることにすぐに気が付く。

 

「それは転移の陣に対応した符だ。上の漢数字は、各陣と連動している。この地図に賊の拠点と陣の位置が記されている」

 

 地面に広げられた地図を眺める。

 私の護符は壱と書かれており、拠点との距離で言えば最も近い配置であった。

 果たしてこれが自分の実力に見合った配置かは定かではないが、位置替えを吟味している余裕はない。

 

「突入の前に集合する場所はここだ。転移後はまずここを目指せ。間違っても単騎で攻めるようなことはするな。運悪く道中出逢っても逃げることを第一とせよ」

 

 ライドウの言葉に一同頷く。

 出たとこ勝負だが、思えばいつだって綱渡りの連続だった。

 何かが欠けていれば今の私達はなかった。その最大のピースが不完全だが、その不完全は私達が埋めればいい。

 今までの関係が歪だったのであって、それが正しい形に戻ろうとしているだけ。過程がキツいのは、甘えていたツケでしかない。

 

「決まったようだな。じゃあ、俺は行くぜ」

 

 情報を聞き終えたアザゼル先生は、退出しようと出口へと歩いていく。

 ライドウが居るとはいえ、彼ほどの戦力が抜けるのは痛い。

 少しぐらいなら待つべきではないかと思わずにはいられないが、一刻の猶予もない事情も理解できるため、引き留めるのも憚られた。

 そんな心境を察してか、出口前でアザゼル先生は立ち止まり、背を向けた状態で言葉を紡ぐ。

 

「俺は、今が試練の時だと思っている。アイツにおんぶに抱っこだった現状を打破できる最大のチャンスは、ここしかない。だから――頑張れよ」

 

 腕の横に伸ばし、見せつけるように親指を立てる。

 不安と焦燥に彩られていた各々の表情が、アザゼル先生なりの激励によって光明へと切り替わっていくのが分かる。

 

「――ライドウ?」

 

「如何したゴウト」

 

「……いや、なんでもない」

 

 ゴウトの微かな呟きに、私は無意識に視界をライドウの方へと傾ける。

 殆ど変化のない表情。しかし私には、どこか苦痛を帯びているように見える。

 ゴウトは微かな機微に気付いてはいたが、蜃気楼を見たかのようにそれが気のせいであると不安げだった表情はすぐに元通りにしていた。

 ああ、私が彼の隣に立てたならば。彼の内にしまい込まれた苦痛を和らげてあげられるのに。

 まるで夜空に浮かぶ星のように、近くて遠い距離。

 

「して、準備は万端か」

 

 ライドウと目が合う。

 全員に向けられた言葉の筈なのに、まるで私ひとりに向けられたかのような錯覚。

 まさしく虚を突かれた私の返事は口内で砕け、代わりと言わんばかりに兵藤一誠が、覚悟のこもった声色で答えた。

 

「ああ、俺は問題ない。みんなはどうだ?」

 

 問いかけの答えは、すべてYES。

 こうなってしまっては、今更小細工を準備したところで付け焼刃にしかならない。背水の陣、という奴だ。

 

「じゃあ、符に魔力を込めて。それに反応して転移の陣と連動するから」

 

 ゴウトの指示通り、皆が一斉に魔力を込める。

 魔力光が部屋中に満たされようとした、その瞬間であった。

 

「――ッ、魔力カット!転移中断!」

 

 ゴウトが酷く狼狽しながらそう叫ぶも、時既に遅し。

 符に満たされた魔力が鍵となり、私達を目的の場所に転移させる――筈だったのだ。

 

「……?これ、何――霧?」

 

 転移した先は、視界すべてが靄のようなもので包まれた世界だった。

 眼前の光景に対する疑問を消化するよりも早く、視界は晴れていく。

 

「――どこ、ここ」

 

 次に視界に映ったのは、座敷牢を彷彿とさせる巨大な空間だった。

 不気味で、陰湿で、一秒でもここに居たくないと思わせる怖気が充満している。

 微かに鼻腔を刺激する血と腐った木材の臭いも相まって、もはやここは生物が住まえる環境ではないと如実に物語っていた

 

「だしゃ~、どうやらハズレを引いちまったようだな」

 

「――ッ、誰!?」

 

 どこか気の抜けた、しかし空間全体に響くようにはっきりとした声色をした男の声が、暗がりの影から聞こえてくる。

 声のした方向を睨めつけていると、乾いた足音と共にソレは現れた。

 

「俺様としては、ポッと出のライドウ以外はどうでもいいんだがな……ま、そう上手くはいかねぇか」

 

 黒の蓬髪と対比した白の着流し、そして背中には封の施された長板を袈裟懸けに背負った大男。

 この音が何者かは分からない。だけど、間違いなく――コイツは、敵だ。それだけは間違いない。

 

「……英雄派の一人ね」

 

「一応、そうなるのかね。ま、肩書なんざどうだっていい」

 

 長板の封を乱暴に剥ぎ取り、飛び出ていた柄を握って一振り。

 その勢いで吹き飛んだ長板は壁に直撃し、耳障りな音を立てる。

 男の手の中には、刀身に北斗七星を彷彿とさせる七つの紋様が刻まれた刀が握られていた。

 

「――俺の名は葛葉狂死(キョウジ)。短い付き合いになるだろうが、せいぜい俺様を愉しませてくれよ、お嬢ちゃん」

 

 刀の切っ先を向けて告げた男の名乗りは、私にとって聞き逃せないほどの言霊が込められていた。


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