Infinite possibility world ~ ver Highschool D×D 作:花極四季
具体的に言えば、2歩戻って2.1歩進んだ感じ。そのくせ無駄に長いとか救えねー。
――時は、数時間前に遡る。
当初の予定通り、一誠達は京都の修学旅行に参戦。
三年生は就職や進学もあってどうにもならなかったが、一年生はどうにか合同という形で捩じ込んだらしく、小猫も晴れて参加している。
一般生徒が増えることは、護るべき対象が増えるというマイナスにも繋がるが、数が多いからこそ相手も下手な行動を取ることは難しい、とはアザゼルの弁。
ましてや、そんな荷物を抱えて喧嘩を売るような真似はしないだろう、という常識に漬け込んでもいるとのこと。
何にせよ、ここまで来てしまったからには、なるようになれとしか言えない。
数が増えたからといって、やることに変わりはないのだから。
適度に修学旅行生としての立場を満喫しつつ、それとなく零の捜索に当たる。
だが、団体で行動している以上、視野も耳に入る情報も相応のものとなる。
チャンスがあるとすれば、それは自由時間。
これは、学年を問わない行動が許されており、一種の親睦を深める行事として、小猫が一誠達と行動を共にしていても不自然ではないように、アザゼルが采配したものだ。
当然、一般生徒の行動範囲は、妖怪とは関わることのない表の領域までとしている為、万が一一誠達が妖怪と接触しても、二次被害が訪れるようなことはまず無い。
ここまでしてようやく、ある程度気兼ねない行動が取れる。
しかし、ここまでは準備段階。ここからが本番なのだ、気を抜くことは許されない。
とは言え、だ。
駒王学園の生徒が修学旅行に訪れることなど、相手側も承知している。
その上で、悪魔が京都に訪れる際に、色々と融通の利かせてくれるフリーパス券なるものを発行しているのだから、あくまで修学旅行を楽しむだけならば、そこまで問題になることはない。……楽しむだけ、ならば。
「先輩……見つかるといいな」
「そうですね。アザゼル先生の情報を信じましょう」
隣に居るミッテルトに聞こえないような小声で、一誠とアーシアは会話する。
此度の修学旅行、その最大の目的は"有斗零が京都に居ることを突き止め、可能であるならば接触を図り合流を果たす"こと。
つまり、自分達のやろうとしていることは、フリーパスによって許可された領域を無断で踏み入る可能性が高い、不遜極まりない行為なのだ。
あくまで可能性ではあるが、恐らく都合良くは行かないだろう。
堕天使の元トップであるアザゼルの選りすぐりの捜索部隊が、ようやくの思いで影の先を掴んだだけともなれば、その秘匿性は窺い知れる。
偶然、なんて都合の良い解釈で煙に巻くのはナンセンスだ。
一般人ならいざ知らず、零は裏――即ち人外勢力からすれば、知る人ぞ知る傑物として名が広まっている。
名前は当然として、容姿に関しても割れているのは確実と見て良い。
報告によると、零と思わしき人間は決して何かに追われているとか、そう言った焦りを見せたりはしなかったとのこと。
それを信用するのであれば、零がその瞬間から以前に掛けて危機的な状況に見舞われてはおらず、ある程度の安全は保証されていたと推測できる。
だが、そこで新たな疑問が浮かぶ。
ならば何故、何のために京都に居たのか。何故此方に連絡を取ろうとしなかったのか。
出来ない理由があったのか、或いは別の要因があるのか。
考えうる最悪のケースとして、零が妖怪勢力に加担せざるを得ない状況に陥っており、自力での脱出が困難だと言う可能性が挙げられる。
今回の修学旅行にかこつけての捜索も、妖怪勢力に直接零の所在を問うことが出来なかったが故の苦肉の策でしかない。
もし、此方の懸念が真実であった場合、問いかけた時点で相手に多大な警戒を与えることになってしまう。
そうなってしまえば、零の奪還が困難になるどころか、更なる火種を蒔くことになりかねない。
もしかすると、零の力を利用して妖怪が何か画策しているかもしれない。
中立というのは、逆に言えば切っ掛けひとつで簡単に傾く天秤に他ならない。
風見鶏のようなスタンスを貫いている彼らが、腹の底では――なんてことも、決して有り得ない話ではないのだ。
それが彼らの本意では無いとしても、禍の団のような勢力が水面下で暗躍し、種火を与えてボヤを起こすなんて裏工作に巻き込まれた可能性だってある。
考えれば考えるほどにどツボに嵌まる、そんな負のスパイラル。
結果として、虎穴に入る選択をするのが、最もスマートなやり方となってしまったのだ。
もし妖怪勢力に後ろ暗いものがないのであれば、後に誠意を見せて謝罪をすれば大事にはならない筈だ。
だが、もしそうでなかったとすれば。尚更零を救出しなければならない。
利用されるにしても、彼の安全を確保するにしても、遠巻きから眺めているだけでは成し遂げることは不可能。
結局、自分達に出来ることは最悪のケースを避けることのみ。
自分達が被る被害に関しては、妥協しないことには始まらない。
アザゼルは零の価値は相対的に見て減少したような事を言っていたが、ペルソナを呼び起こす方法が現状ハッキリしていない上に、それを抜きにしても彼の戦闘力は脅威だ。
その強さを間近で見続けてきたからこそ、彼に魔の手が伸びることの恐ろしさが理解できる。
如何に能力が優れていようとも、彼は人間だ。
何かしらの方法でペルソナを使えなくなってしまえば、それで終わり。
そうでなくとも、彼の善性に漬け込んで行動を制限する、なんてことも可能なのであって。
最悪、解剖によるペルソナの研究――なんてマッド行為を受けるかもしれない。
神器の研究を銘打って、似たような事をやっている前例がある以上、妄想の類であると切って捨てるなんて出来ない
故に、迅速な安全の確認とその保証が欲しかった。
せめて一目確認するだけでもいいから、明確な情報が欲しい。
零もそうだが、ミッテルトの状態も同じぐらい危ういのを忘れてはならない。
時限爆弾が目の前にあったとして、解除できなければ何の安心も出来ないように、解決にまで持ち込まないと気を緩めることもままならない。
「どうしたッスか?」
「あ、いいえ。なんでもありませんよ?」
訝しむように二人の表情を覗き込むミッテルト。
ほんの少し小声で話しただけで違和感を持たれるのは、正直やりにくいとさえ感じる。
ミッテルトと行動を共にしている一誠達は、本丸から遠い位置を巡回する形で捜索を行っている。
万が一にでも悟らせない為、というのもあるが、赤龍帝である彼がこれ見よがしに不可侵領域に入ろうものならば、最大限の警戒は免れない。
その為、残りのメンバーが中心となって捜索に当たり、言い方は悪いが此方はミッテルトの介護が中心となっている。
「ふ~ん。兵藤一誠にエロい目に遭わされそうになったらすぐ言うッスよ。簀巻にして重し乗せて清水寺に突き落とすから」
「しねぇよ!?」
「うっさいハゲ、前科持ちに人権なんてないわ」
「少なくとも修学旅行中は何もしてねぇからな!?」
「三馬鹿の片割れ二つが女子風呂覗こうとした事、周知の事実だから」
「俺は無罪だ!アイツラが勝手にやっただけで、俺はマジで関係ないし!」
「余罪含めたら残当じゃない?」
「畜生、反論できない!馬鹿野郎、過去の自分馬鹿野郎!でも後悔してない!」
「マジ沈める?ねぇ、アーシア」
「あ、あはは……駄目ですよそんな。由緒正しき文化遺産を汚すような真似をしては」
「そこは止めてくださいませんかねぇアーシアさん!!」
女子二人に弄られ、白目剥きながら遠くを見つめる一誠の姿は、酷いように見えてその実周囲からはイチャイチャしているようにしか見えず、知らずヘイトを稼ぐ羽目になっているのだが、我が身に降りかかる心労で気付くことはない。
とは言え、ミッテルトも本気で罵倒しているつもりはない。こんなやり取り、以前からやってきたものと大差ない。
ついでに言えば、アーシアの白無垢のような言葉に煤が付き始めたのは、彼女がペルソナに覚醒してからになる。
当然と言うべきか、学内でもその片鱗は見せている為、一誠が何かしたせいだと非難轟々の嵐だったことは想像に難くないだろう。
とは言え、人は慣れる生き物であって。アーシアというガワを嵌めて見るからこうも騒ぎ立てられたのであって、一般的な感性で言えば、ようやく
例えるならば、そう。女の子が初めて化粧をしてみた時のような、子供だった自分を脱ぎ捨てるような、ちょっとした背伸びと同じ感覚。
一切の汚れ無き真白は、傍から見るだけならば見栄え良く映るが、その潔白さ故に誰もその色に干渉しようと思えなくなる。それこそ、余程偏執的な性癖でも抱いていない限りは。
その穢れなき白が稀有であると理解しているからこそ、それを残そうと誰もが遠巻きに眺め、腫れ物を扱うが如く愛でようとする。
その果ては、きっと孤独だ。
もし、アーシアがディオドラを治療せず、聖女として協会に属し続けていた未来があったとしたら、そうなっていた可能性は大きい。
しかし、今回の変化によって、その傾向は薄まりつつある。
微細な変化なれど、心境に与える変化は意外と大きい。
アーシアは、望んでその稀有な衣を脱ぎ捨てた。
それはひとえに、友人の為。
謂れのない罪で糾弾され、迫害された先で出会った、初めてのオトモダチ。
友好的とは言えない、どちらかと言えばフラットな関係。
無垢な少女は自らが贄であることを知らず、そんな哀れな運命を辿る事を知るが故に、非情になり切れなかった半端者の堕天使。
適当にあしらうことも出来ず、ほんの僅かだけ交流を深めた事がある、その程度の繋がり。
それが、今に至るまでの原点。
ほんの小さな気紛れと綻びが生んだ、かけがえのない繋がり。
有り触れて、それでいて得難い萌芽は、確かに彼女達の転機となり、運命を変えた。
不幸な末路を遂げる筈だった堕天使は、ヒトの温かみと力を。
魔女の烙印を押された聖女は、自らの内側を知ることで肉体・精神的に成長した。
しかし、山があれば谷が生まれる。
果ての見えぬ頂を登る苦しみも、底の見えぬ深き闇へ堕ちていくのも、等しく絶望であることに変わりはない。
必然、それに耐えられない者の末路は、得てして悲惨なもの。
健常者とは言い難い精神状態ではあるが、それでも日常生活を送る分には殆ど問題がない事を考慮すれば、ミッテルトはまだ救いようがある。
ならば、諦める理由にはならない。
二人共々取り戻す。この目標に、一切の変更は無い。
「――そういえば、清水寺で思い出したんだけどさ。あの噂のこと」
漫才を止め、再び歩き始めた折、ミッテルトがそう切り出してきた。
「噂って……アレか、『強く秘めていた想いが理想の形で叶う』とかっての」
「そういえば、そんな噂ありましたね……」
この噂は、零が失踪してからしばらくして駒王町に広まったもので、真相も出処は一切不明。
駒王町内でも、噂だけに留まらず僅かばかりながら体験者がいるとのこと。
眉唾物の情報だが、なまじ悪魔家業で似たような体験をしている為嘘とは言い切れない。
「うちの学園ではまだ実例が出ては居ないっぽいけど……これが真実なら、リアスはどうするのかしらね」
「さぁな……。部長にとっては、対岸の火事とは呼べない程度には噂が広がっているようだし、だからと言って実害が出てもいないのに行動を起こせるほど重い案件という訳でもなさそうだし、せいぜい警戒を強めるのが関の山ってところか?」
「禍の団って言う目の上のたんこぶが優先されるのも、まぁ当然よね。所詮噂は噂、そんなのにかまけて領地運営なんて夢のまた夢――」
言いかけて、ミッテルトは突如歩みを止める。
「どうしました?」
アーシアがミッテルトの顔を覗き込み、眼を見開く。
定まらない瞳の奥は、まるで靄が掛かったように濁っている。
そんな彼女は、アーシアなどには目もくれず、小声で何かを呟いている。
「――なきゃ」
「え?」
「――なきゃ、行かなきゃ、行かなきゃ、行かなきゃ、行かなきゃ、行かなきゃ行かなきゃ行かなきゃ」
感情の篭もらない声色が呟くそれを前に、二人に怖気が走る。
魂の抜けた瞳は、まるで操られているかのように定まっていない。
「――ッ、待て!!」
瞬間、大地が爆ぜるかと思うような踏み込みと共に、ミッテルトは一直線に駆け出す。
ミッテルトの突如の変化という虚を突かれ、その距離は大きく引き離されてしまう。
慌てて追いかけるも、素の身体能力では長い年月を掛けて研鑽されたミッテルトには敵わない。
それだけではなく、彼女は自分自身だけのペルソナを得たことによって、ペルソナの能力相応の身体能力の強化を受けている。
例えるならば、パワードスーツ。身に纏うことで既存の肉体だけでは発揮できなかった身体能力を拡張出来る代物だ。
耐性に関してはペルソナ全書だけだった時も恩恵を受けていたが、言ってしまえばそれは服の役割を果たしていたに過ぎない。
寒い時には厚着をし、熱い時は薄布を纏う。状況によって適切な服を選び、それらの服がスキルという副次効果を持っていただけの話。
ペルソナとは、もう一人の自分。零とミッテルトの関係が特殊なだけで、本来はワイルドでも無い限り複数のペルソナは持てない。反則紛いの事をしていたことを考慮すれば、破格の性能であったと言えよう。
当然、そんな事情などこの場に居る誰もが知らない。
ミッテルトだけは、零との会話で聞いていた可能性はあるが、覚えていたとして説明できる状況ではなかった。
だが、決して糸口が無かった訳ではない。
それは、訓練によって培われた体力と身体能力を持つ一誠と、肉体的な訓練をこれまで一切してこなかったアーシアが並走出来ていることにある。
ペルソナの訓練と言う名目で、彼女も武器である旗を扱う訓練も行っていたが、予想を遥かに上回る実力を保持していたことに目を丸くさせていたことは、彼らにとっても記憶に新しい。
アーシアのスペックは把握していたが故に、その突然の強化がペルソナによるものだと結論付けたとしても、何らおかしな流れではない。
結局、現時点では率先してどうにかするべき問題ではないとして、今に至っている。
「くそっ、何処行くんだ本当に!」
一誠の感情が口から漏れ出る。
アーシアはそれに答える余裕は無い。身体能力は上がったと言えども、走る上での効率的な呼吸方法と言った部分ばかりはどうにもならない。
次第に二人の距離は少しずつ離れていくが、それでも手を伸ばせば届く距離に収まっている辺り、アーシアの努力が伺える。
そんな中ミッテルトは、山道を脇目も振らずに駆ける。
今彼らが登っているのは、伏見山の道なき道であり、山そのものは観光地の範囲内ではあるが、人の通るように整地されていないこの場所に於いては例外となってしまう。
その事実に誰も気付いていない。気に掛ける余裕自体が無い。
仮に気付いていたとして、止めることが目的ならば結果はそう変わることはないだろうが、それでももう少し上手く立ち回れただろう。
ただ必死に背を一心不乱に追いかける二人だが、一向に距離が縮まる様子もない。
そんな歯痒さを抱えながらの追いかけっこに、突如変化が訪れる。
「――待て、そこな者達よ!」
幼いながらも凛とした声色が響く。
反射的にその声に従い、走るのを止める。
予想外だったのは、あれだけ此方を無視して走っていた筈のミッテルトも止まっていたことだ。
「余所者が人跡場で、何をしていたのだ?答えよ」
何かを堪えるような、噛み締める言葉と共に影からその姿を現したのは、獣耳を生やした金の髪と双眸を宿した少女だった。
容姿の雰囲気から察して、狐の妖怪だろうか。そんな些細な疑問に思考を逡巡させている内に、自分達が囲まれている事実に遅れて気付く。
烏天狗のような出で立ちからして、ここが完全に妖怪のテリトリーなのだと証明している。
警戒を通り越しての敵意。質問ではなく尋問に近い脅迫。
下手を打ったことは認めるが、それにしたって過剰な人員ではないだろうか。
「ま、待ってくれ!不注意だったのは謝る。だが、俺達は別に――」
「別に、何だというのだ。しらばっくれおってからに!」
怒りに身を震わせる少女の恫喝に、一誠が怯む。
その感情の発露が理解できない。
領土の重要性などてんで知らない一誠達からすれば、この少女の怒りが真に正当なものなのかさえ判断がつかない。
「しらばっくれるも何も、俺はただコイツを止めようとしただけで」
「止める?何故このような場所に態々訪れる理由があると言うのか?ここが相互不干渉地帯だと知らないとは言わせないぞ、悪魔よ」
「くっ……」
どうやら、悪魔であることはバレバレらしい。
こっちに悪意がないとはいえ、少女の言うとおり不干渉地帯に他種族が無断で侵入すれば、警戒されて当然だ。
これならば、堂々と正面から入ったほうが余程マシだ。
「さて……言い訳は仕舞か?ならば、返してもらうぞ――母上を!!」
「は?母上、って――」
少女の号令と共に、烏天狗達が一斉に飛びかかってきた。
圧倒的な数を前に圧倒される未来が刹那に過る。しかし――
「邪魔を――するなぁ!!」
突如、人形のように固まっていたミッテルトが、堰を切ったようにペルソナを顕現させ、瞬間的に集めた魔力を開放させる。
宵闇色の雨が頭上から降り注ぐ。それは、ディオドラにさえも痛烈なダメージを与えた魔法と同色のものであることを、込められた魔力が証明していた。
大地を穿つ宵闇の槍衾は、奇跡的にも誰に直撃すること無く、その余波だけで烏天狗を一掃した。
「つ、つええ……」
格上ばかりを相手にしていたこともあって、分かりにくかったミッテルトの実力が、この瞬間ようやく浮き彫りとなった。
ミッテルトの強さは、一足飛びなんて表現は烏滸がましいレベルで上昇している。
烏天狗は、此方の見立てでは決して弱くはない。
如何にもやんごとない身分の少女の護衛として数えられているのだ。
質より数に重きを置いていたとしても、肉の壁にしかならないような有象無象のままにする筈がない。
だからこそ、ミッテルトの一撃が彼我の戦力差がどれほどのものかを嫌でも証明する手段となる。
「くっ――だが、この程度想定の範囲内よ!」
少女の宣言通り、五行の陣が倒された烏天狗の足元に展開されたかと思うと、交代するようにして新たな烏天狗が現れた。
折角ミッテルトが殲滅してくれたのに、状況は一切改善していない。
繰り返せば逃げるぐらいは出来るかもしれない。だが、あの制御不能なミッテルトを確保しつつ、この包囲網を突破しないといけないと考えると、現実的ではない。
「ま、待て待て!俺達はお前のカーチャンなんて知らない!!」
「まだ言うか!」
此方の言葉は少女には届かない。
場を収めるにしても、最早対話の段階は超えている。
明らかに勘違いをしている。だが、面倒なことに此方の立場は清廉潔白とは言い難いのも事実。
壊滅的なまでに間が悪かった、としか言いようがない。
烏天狗は、号令が無い為か包囲網を崩すことなく距離を保っている。
ミッテルトはミッテルトで、明確な敵意がなければ攻撃する様子はない。
人形と表現したが、どちらかと言えば機械だ。特定の
少女はミッテルトを主に警戒しつつ、号令の機会を伺っている。
少女もミッテルトの反応から察したのだろう。悪戯に藪を突くような愚は犯さないらしい。
しかし、そうなると形成は圧倒的に此方が不利。
ここから更なる増援が来てしまえば、ミッテルトの殲滅能力を超えた数で圧倒されるだけだ。
何か、何か手はないか。それこそ、誰にとっても思考の埒外の、起死回生の一手があれば――
「――イッセー君!!」
瞬間、光と闇の極光が迸る。
包囲網の一角を抜けて現れたのは、聖魔剣を両手に携えた木場だった。
「邪魔、です!」
次いで小猫が、戦車のパワーを利用した烏天狗の弾丸で、他の烏天狗共々薙ぎ倒していく。
外部からの予想外の乱入者を前に、為す術もなく一掃される妖怪勢力。
「みんな!どうしてここに。それと、ゼノヴィアとギャスパーは!?」
「なんでも、塔城さん曰くこの一帯に微かに姉の匂いを感じたらしくて、どうにかして確かめたいと言っている間に、膨大な魔力の流れを感知したものだから、もしやと思ってね。それと二人なら状況を察してくれたのか、アザゼル先生やロスヴァイセ先生に話を通すと言って、そちらに向かってくれた」
小猫の姉、と聞いてあの豊満な肢体と黒髪を思い出す。
確か、禍の団の一員だと聞いていたが、もしかしてここに禍の団がいるのだろうか。
「何にせよ、助かった!それと、あの女の子の説得がしたい。正直こうなった以上望み薄だけど、どうやらあの子の母親が行方不明――と言うか、何者かに攫われたらしい。それで、俺達が主犯だと勘違いされてこうなってるんだ」
「……事情は理解しました。ですが、先輩の言うとおりあの様子では」
ひと暴れ終えた小猫が一誠の傍へと寄る。
アーシアも騒動のどさくさに紛れて、ミッテルトの手を引いて此方に固まってくれたので、どうにか護れそうだ。
「――やはり、強いな。そうでなければ、母上を攫うなど不可能である以上、予想はしていたが」
「だから、俺達の仕業じゃ――!!」
再び反論を述べようとした瞬間――世界から一瞬、音が消えた。
呼吸器官を無理矢理絞られ、背中には氷をぶち撒けられたような形容し難い感覚に、俺達は支配されていた。
少女の背後から、ゆっくりとした足取りで何かが近付いてくる。
草を踏み分ける音が、こんなにも恐ろしく感じる日が来るとは思わなかった。
一歩も動けないままに、それは姿を現した。
大正時代にあったような漆黒の学帽と外套を身に纏う男。その腰元には一本の刀を帯刀しており、その隙の無さから歴戦の武人であることが伺える。
その表情は学帽と太陽の翳りから全容は伺えないが、此方に向けられる敵意が、この男が自分達の敵であることを嫌でも証明していた。
「お主、何故来た!これは主とは何の関わりも無いのだぞ!!」
「――然れども、此方は大恩を抱えた身なれば。この一刀を以て恩を返すことに、何の憚りがあろうことか」
男は、そう少女に返すと、淀みのない動作で抜刀し、切っ先を此方へと突き付けてくる。
「それに、仮にも貴方に仕えている立場故、後方で指を咥えて待てという方が不自然ではないだろうか」
男の優しく諭す言葉を前に、少女も返す言葉が見つからないのか、悩ましく唸るだけに終わる。
それを期と見たのか、男は一歩前へと此方へ近付いてくる。
俺達は、それに対して一歩後ずさる。迎撃ではなく、逃げの一手を本能が告げている証拠だった。
ただ一人の例外――ミッテルトだけは、一歩前に進んでいた。
「嘘……でしょ」
人形のようになってから、初めてミッテルトは自意識で言葉を発した。
それは、彼女の脳内を満たしていた靄を振り解くには、充分な衝撃であったが故に。
「――この気配……まさか!」
小猫が無意識に口にした言葉の通り、小さな影が男の影から飛び出し、足元に寄り添った。
影の正体は、黒猫。
その姿は、小猫にとって忘れられない思い出の象徴。
別離してから出会うのはニ度目。しかし、出会う度に目まぐるしく変わる立ち位置に、その真意が掴み取れない。
何故、貴方がそこにいるのか。
何故、またこうして姿を現したのか。
また――敵同士なのか、と。
「――どうして、どうしてですか!」
引っ掻き回され続けた心は、遂に決壊する。
涙混じりに叫ぶ彼女の問いに答える者はいない。
男の傍らに座する黒猫は、ただ目を伏せて沈黙を貫く。
語る舌を持たないのか、語る言葉が思いつかないだけか。
いずれにせよ、沈黙は小猫の感情を逆撫でするに留まらない。
「貴方は、何がしたいんですか。答えてください、姉さん!」
その黒猫は、小猫の姉である黒歌が化けた姿であった。
幼き頃に艱難辛苦を乗り越えた仲だ。絶対に間違える筈もない。
それでも、姉と呼ばれながらも黒歌はただの一度の肯定もしない。
何も言わないまま、ただ懺悔するように頭を下げ続ける姿を見て、小猫の苛立ちが加速する。
沈黙を破ったのは、昇る太陽によって照らされた男の全容だった。
俯き加減だった顔は、徐々に真正面を見据えられる。
学帽によって遮られていた表情が顕になった時――誰もが、絶句した。
忘れるはずがない。忘れられる訳がない。
――何故なら、この場に赴いた原因が、そもそもこの男を取り戻すことにあったのだから。
「嘘だって言ってよ、ねぇ――
ミッテルトは、愛しい者の名前を内包するありったけの感情と共に吐き出す。
そう。他の誰もが忘れても、彼女だけは絶対に忘れない。
虚構の現実に支配されていた姿など、最早影も形もない。
喪った痛みは、目の前の真実で満遍なく満たされた。
だが、それでも。互いの立場が元通りではない現実だけは、認めたくなかった。
目の前で、愛した人が自らに刃を向けて仇なしている現実は、喪ったと思い込んだ時よりも、彼女の心を乱していた。
何故、何故、何故?
自分達の知る有斗零なら、こんな事は絶対にしない。する訳がない。
では何故、彼は自分達にこれ程の敵意を抱いている?
向けられる感情と刃の意味を理解するには、何もかもが突拍子もない。
混乱が混乱を呼び、混迷を極める思考。
しかし、彼は考える余裕など与えてはくれない。
それどころか、更なる爆弾を投下した。
「――
吹きすさぶ風と共に告げられた言葉は、余りにも荒唐無稽で。
だけど、それが嘘を吐いているようには聞こえなくて。
「――――、え?」
辛うじて、そう呟くことしか出来なかった。
その簡潔なまでの呟きは、一誠達の総意だった。
「汝らは言ったな。彼女の――九重の母君を身を攫ってはいないと」
問い掛けと共に膨れがあるプレッシャー。
どこまでも無慈悲な流れは、決して止まらない。
この場は最早、ライドウに支配されたも同然。なればこそ、他者の意思をどう扱おうとも思うがまま。
ミッテルトを、オカルト研究部の仲間を知らないと言い切った以上、互いに残ったのは己が立場だけ。
「ならば、何故妖怪の領域に足を踏み入れた。不可侵領域である筈のこの土地に干渉した時点で、汝らの証言など灰色でしかないと理解した上で、なお自らに非はないと言い切れるか?」
「――そんなこと、どうでもいい!!」
叫んだのは、ミッテルトだった。
彼女にとって、ライドウの問答には何の価値はない。
そんなことよりも、聞きたいことが沢山あるのだ。
戦争一歩手前の一触即発の事態という
「ねぇ……なんでそんなこと言うの?私のこと嫌いになっちゃったの?だったら謝るから、改善するから」
縋るような目で見上げ、一歩前に足を運んだ瞬間――ライドウとミッテルトの間に一陣の風が吹いた。
この場にいるただ一人――ライドウを除いて、その強風を前に思わず顔を隠してしまう。
「――双方、引きなさい!!」
風の吹いた中心から、凛とした声が響いた。
「……貴方は」
そこに居たのは、つい先日駒王学園の教師として派遣されたばかりの女性。
アースガルズの主神であるオーディンの側仕えのヴァルキリーである彼女の名は――
「ロスヴァイセ――先生?」
「……ゼノヴィアさんとギャスパー君が慌てて私に報告を入れてきたから何事かと思いましたが、随分と事を荒げたものです。あれほど言葉を重ねたというのに」
「――すいません」
ミッテルトもロスヴァイセの介入でクールダウンしたのか、素直に謝罪の言葉を述べた。
「お主、見たことがあるぞ。オーディンの側近が何故介入する」
狐の少女は、ロスヴァイセに怯むこと無く疑問を発する。
「やむにやまれず、です。どうやら、双方に意見の食い違いがあるにも関わらず、有耶無耶にしてよりややこしくしそうだったので。如何に兵藤君達に否があると言えども、その怒りが別件によるものだとすれば筋違いも良いところ。なればこそ、意見を擦り合わせられる第三者の介入が必要だと判断した次第です」
「ふん、言いよるわ。その態度からして、悪魔側の片棒を担いでいる癖に」
「立場としては彼らよりであることは否定しませんが、今の私はあくまでも中立としてこの場に立っています。此方としても、無意味な戦が始まることは望んでいませんので」
「その言葉、何を以て信に足るものとする?」
「我が主、主神オーディンの名に誓って。ご不満なら、正式な契約を結びましょうか」
「……我ら化成の者は契約によって縛られる。戦乙女とて、主神の名を証と立てればこれを違えることは許されん、か。だが、そこの悪魔共が手を出さない理由はあるまい」
ロスヴァイセが微かに眉を顰める。
互いに立場というものがある以上、交渉事で謙るのは自らを不利に貶めるだけ。
しかし、譲歩を待っていっては何も進展しないどころか、状況から言ってどうしようもなくなる。
「――なら、俺、赤龍帝の魂ならどうだ」
故に、ジョーカーを切るしかなかった。
「イッセーさん!?」
「君は何を――!!」
アーシア達の動揺を他所に、一誠は少女とロスヴァイセを交互に見やり、言葉を続ける。
「俺の魂なら、ベットする価値は充分だろ?」
「ふむ……貴様がな。畑の無い案山子のように突っ立っておっただけ故、気付かんかったぞ」
「ぐっ……」
生意気な子供だ、と言う言葉を必死に呑み込む。
ここで下手なことを言って機嫌を損なえば、それこそ元の木阿弥だ。いや、それ以下か。
それに、事実でもある。
リアスや姫島が居ないこの場において、教諭を除いて最も上に立つ者は、赤龍帝である兵藤一誠に他ならない。
たとえその肩書不相応な実力であるとしても、旗印としては最も適切であることは疑いようもない。
リアスにとっても、これから嫌でも高まっていくであろう兵藤一誠という名に相応しい在り方を指導する上で、他者を率いる事を教えるのは決して吝かではなかった。
今回のような、上級生不在の状況はお誂え向きであったからこそ、それとなく一誠には事情を説明していた。
求めていたことはただひとつ。不謹慎ではあるが、ミッテルトの手綱を握ることだった。
不安定な状態の彼女が何かやらかさない為にも、監視を怠らないようにと。それこそ、普段皆でやっていたことの延長線上を歩かせたに過ぎない。
結果としては大失敗に終わった訳だが、だからと言って立場を放棄して良い理由にはならない。
ミッテルトだけではない。アーシア、木場、小猫、ゼノヴィア、ギャスパーだって護る対象だ。
この腕が届く距離は未だ目に見える範囲、その一握りだけ。
それを理解しているからこそ、一誠は躊躇いもなく自分を賭けた。そうすることで、皆の安全が保証されるならば、と。
そう――それは、人間の身でありながら死地に赴き幾多の生命を救ってきた、有斗零の生き様に類似していた。
脆く儚い肉体に宿る強大な力を巧みに操ってきた人間。
強大な力を宿しつつも、未だ十全の力を扱えない悪魔。
果ては遠いだろう。視界に収めつつも、決して掴めない蜃気楼の如く。
しかし、辿り着けない訳ではない。それどころか、極めさえすれば追い越すことだって不可能ではない。それが、赤龍帝が、赤き龍が最強と呼ばれた所以。
だからこそ、自身が彼らの前に立たなくてはならない。
自惚れでも何でもなく、それが力を得た者の宿命なれば。
今まで頼り切りだった先輩が、ここにはいないから。
「――それで、どうなんだ!」
声は少女へと。視線はその傍らにて刀を構える葛葉ライドウへと。
目の前の、ライドウと名乗った有斗零と瓜二つの青年。
毎日のように顔を合わせてきたというのに、その真贋の区別に至らない程に、その容姿は一致している。
誰よりも零に陶酔しているミッテルトでさえも、果たして区別できているのかどうか。
ミッテルトの反応だけを見るならば、彼は紛れもなく有斗零であろう。
しかし、返す刀は敵対の言葉。ましてや、此方の事など知らないとさえ言い切った。
何が真実なのか、何が嘘なのか。考えた所で答えは出ない。
ただひとつ。目の前の男が、有斗零と遜色ない強さを秘めているという、ドラゴンを宿した己自身から出る直感以外は、何一つとして信頼できる情報が無かった。
「――ライドウ、刀を降ろせ」
「承知」
軽い溜息と共に、ライドウへ指示をする。
ライドウは一寸の迷いもなく刀を鞘に戻し、同時に場を支配していた緊張が一気に弛緩した。
「良かろう、存分に語り合おうではないか。どうせ、貴様らが束になったところでライドウには敵わんだろうしな」
ふふん、と勝ち誇った表情で無い胸を張る少女。
それを見て滅茶苦茶不機嫌そうな顔をするミッテルトを、アーシアと小猫が宥めている。
「語らうにも、相応の場が必要だろう。離れではあるが、此方の屋敷に案内しよう」
「……いいのか?それで」
まだ此方を信用し切っていないと言った態度と、懐に入れようとする行動がどうにも噛み合っていない。
顔に出ていたのか、少女は此方の意図を読んで涼しげに語る。
「逆だ。貴様らが未だ信用ならんからこそ、招き入れるのだ。母上の件は完全に油断から来るものであったが、今は万全を期している故、此方のほうが寧ろ都合が良いのだよ」
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、って奴か」
「それ、使い方間違ってるよ」
木場にさらりと突っ込まれ、一気に空気が寒くなっていく。
「……それに、貴様のような阿呆が頭を張っているならば、御しやすいというものだ」
「なっ――!言ったなチビ!!」
「言うたともさ。言われるのが嫌ならば精進せい、力も、頭もな」
大凡少女らしからぬ笑い方と共に身を翻すと、そのまま山奥へと歩き出した。
ライドウも無言でその後に付いていく。
「付いてこい、ってことなのかな」
「でしょうね。それで、どうします?」
「行くに決まってるだろ、当然」
「それは勿論ですが、この場は状況をアザゼル教諭に伝えるのも大事ですね。この一帯は魔力を阻害する結界が張っている為、通信は無理ですし。そうでなくとも今の状況で魔力を扱うのは相手の神経を逆なですることになります」
一誠の気概を前に、正論を叩きつけるロスヴァイセ。
冷水をぶっ掛けられたかの如く、一誠の湯だった思考が落ち着いていく。
ここに来て、あの少女に完全に手玉に取られていたことに気付く。
「中立となった手前、私は当然向かわなくてはなりませんし、兵藤君も然りです。後は、最低限の戦力だけに留めたほうが心象は良くなるでしょうし、二人ぐらいがちょうど良さそうですね」
「なら、私が行きます」
即座に立候補したのは、小猫だった。
やはり、あの黒猫――黒歌のことが気掛かりなのだろう。
「……ミッテルトさん」
「……私は、いい」
半ば茫然自失となっているミッテルト。
予想外にも、彼女はそれを拒否したのだ。
「いいのか?」
「いい。少し、ゆっくりしたいから」
そう言って、山道をおぼつかない足取りで降りていく。
「なら、彼女には僕が同行しよう。騎士である僕ならば、彼女を抱えて素早く逃げることも出来るし、万が一の情報伝達役としても適任だろうしね」
「すまん、頼む」
木場の心遣いで、残ったのはアーシアのみとなった。
一昔前の彼女ならば不安もあったが、今では自衛もこなせる回復役として、とても優秀な能力を持っている為、寧ろ適切であるとさえ言えるだろう。
「……多分、ミッテルトさんは心の整理が付いていないんだと思います。ライドウさんが零先輩かどうかは別としても、あんなにそっくりな人に敵対されて、武器を突き付けられて――そんなの、苦しいに決まっています」
アーシアの吐き出すような言葉が、皆に重く伸し掛かる。
今、ミッテルトの心の支えとなるものは、無い。
薄情な言い方になるが、精神的に最も心を許しているアーシアでさえも、代わりには欠片もなり得ない。
有斗零という存在が如何に存在レベルで偏重しているかが、よく分かる。
拠り所を失い、心休める暇も無い状況下で、徹底的に打ちのめされてしまえば、ああもなる。
寧ろ、あの薄氷のような精神力で、二度目の崩壊が起こっていないことこそ奇跡と言えた。
「……ともかく、俺達に出来ることをやろう」
「そうですね。ライドウを名乗る彼が何者なのか、姉さんが何を考えているのか、当然此方の誤解を解くのも先決ですし、やることは山積みです」
「全く、とんでもないことになったな」
「愚痴を吐く前に歩きましょう。あまり待たせても相手の機嫌を損なうだけよ」
ロスヴァイセに促され、それぞれの想いを胸に一行は妖怪の本拠地へと歩を進めた。
Q:狐少女、こんな喋り方というか性格だったっけ?
A:これも全部ライドウのせい。
Q:小猫もメンタルダメージキテル……
A:小猫のメンタルは高野豆腐ぐらいはあるからへーきへーき。なおミッテルト。
Q:イッセーが精神的に成長している……だと?
A:すげえ!コイツ温泉覗いてないぞ!!
Q:ロスヴァイセなんかかっこよくね?
A:彼女は悪魔じゃなくて今も戦乙女だからね!頼れるおねーさんだよ!!