Infinite possibility world ~ ver Highschool D×D   作:花極四季

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※教会組が天使扱いになってたから、さっくりと修正しました。もりもりと修正しました。にわかでごめんなさい。


第十二話

閉じていた瞼を開くと、涙を浮かべたミッテルトが視界に入った。

 

「良かった……やっと起きた……!!」

 

首に巻き付くようにミッテルトが僕に抱きついてくる。

正直、状況が理解出来ません。あ、良い匂い。

 

「いきなりどうしたというんだ」

 

「どうしたって……それはこっちの台詞!本当に死んだかと思ったんだよ!」

 

「死んだ……?」

 

「覚えてないの?レイは木場祐斗を庇って大怪我を負ったんだよ?」

 

頭を少し捻って思い出す。

ああ、そういえば何か木場と知らない兄ちゃんが切り結んでて、木場がやられそうだと思ったから庇ったんたっけ。

その辺りの頃から記憶がぷっつり途切れている。

この現象も、何回目だろう。

他のオンゲーでも死にかけたり死んだ後は、即時復活とかじゃなくてきちんとゲーム内の時間も経過してるんだよね。

それで仲間にかなり心配されたこともある。多分、今回も例に漏れず同じパターンなのだろう。

 

「大丈夫、思い出した」

 

「良かった。でも、丸一日目を覚まさないから心配したんだよ?」

 

「そうか……。木場は無事だったか?」

 

木場の心配をすると、ミッテルトが明らかに不愉快そうに表情を歪める。

 

「アイツの心配なんてする必要はないわ。無傷でピンピンしてるもの」

 

「それならいい」

 

お節介かな、と思ったけど一応は助けになったらしい。

ここで一度会話が途切れたので、起き上がって服を着替える。

着替えると言ってもズボンはそのまんまだったから、普通に上を羽織るだけなんだけどさ。

包帯の下には傷がない。多分、またアーシアに助けられたのだろう。本当、ヒーラーの皆様には頭が上がらない。

時計を見る限り、午後はとっくに過ぎており、放課後に近い。

 

「ミッテルト、私はこれから出かけてくる」

 

「出かけるって、どこに?」

 

「別にどこでもない。一日眠っていたなら、リハビリも兼ねて適当に歩こうと思っただけだ」

 

「なら、ウチもついていく」

 

「別に構わんが、ついてきても暇なだけだぞ?」

 

「そんなことないッス。ていうか、嫌って言ってもついていくから」

 

有無を言わせぬ迫力に押される形で、僕達は繁華街に出ることに。

駒王学園に向かって安否を報告するべきなのかもしれないが、今の時間行くには中途半端過ぎて、ちょっと問題あるかなって思ったんだよね。

 

昨日来たばかりで新鮮みが感じられない筈だった繁華街だったけど、思わぬ存在が目に入る。

 

「えー、迷える子羊にお恵みを」

 

「天の父に代わって哀れな私達に御慈悲をー」

 

白いフードを被って物乞いのようなことをしている二人組。

後ろ指指されまくりな、本当に哀れにしか見えないことをやっているのを見て、いたたまれなくなってきた。

あの格好からしてモブではないのは確定だろうし、話しかけてみようと一歩前に踏み出すと、ミッテルトに腕を掴まれる。

 

「近づかない方がいいッスよ。あれ、エクソシストだから」

 

「エクソシスト……?」

 

まぁ、確かにあのフードの意匠的に、神聖な感じは伝わってくるけど。

というか、よく見たら首元にロザリオがあるじゃん。

エクソシストかぁ。AKUMAを救済するイメージしか出てこない。あと、映画の奴とか。

 

「とはいえ、見捨てる訳にもいかんだろう。ミッテルトとしては協会側の人間と関わりたくないのも分かるから、もし嫌なら少しの間別行動でも構わんが」

 

「……いや、いい。堕天使になった時から、アイツらから数え切れないぐらい罵声は浴びせられたから、今更気にしないッスよ」

 

堕天使になっただけで罵声、か……。

何というか、徹底し過ぎて本物の宗教みたいだな、教会側は。

いや、実際はどの勢力も似たようなのかもしれない。

リアスだって、堕天使から街を守る為に武力解決も辞さないって考えだったし、自らの意に反する存在は倒すべき敵という考えこそ当たり前なのかもしれない。

とはいえ、全員が全員そういう考え方だと決めつけることはしてはいけない。

だからこそ、ミッテルトが傷つくかもしれないことを考慮した上で、教会側に接触しようとする自分は、ただの考え無し野郎なのかもしれない。

 

「もし、如何なされた」

 

「おお、見知らぬ方よ。我らは神々の試練により、身ひとつでこの街に訪れるに至りましたが、我らが至らぬばかりにその試練に耐えられそうにないのです。故に、恥ずべきことではありますがこのようにして慈悲を頂くべくして声を上げていた次第です」

 

……意味が分からん。

言葉の解読に苦労しそうだな、と思っていると二人のお腹がタイミング良く重なって鳴り響く。

ああ、そういう……。というか、素直にログアウトすればいいのに。

 

「……何なら、奢ろうか?」

 

「本当ですか!?」

 

飛びつくように僕の手を握るフードの人。

そのフードの下からは、ツインテールのようなものが靡いているのに気付く。

 

「おお、我らの祈りは神に届いたのですね。このような慈悲深き者との出逢いを与えてくれた主に感謝を」

 

感極まった様子で胸元で十時を切る。

……何というか、本格的にロールプレイしているなぁ、なんて思ってしまう。

 

そんなこんなで近くのファミレスに案内したはいいけど……これがよく食べるのよ。

奢りと言った手前遠慮を口にするのは憚られるが、それにしたって遠慮なさ過ぎだろ。

 

「……それで、その隣にいる女性。そう、貴方。貴方からは堕天使の気配がするのだが……もしかしなくとも、堕天使か?」

 

ふと、食事の手を止めて青髪の方のエクソシストがミッテルトに話しかける。

雰囲気からして、険悪としか言えない。

 

「そうよ。アンタ達が面汚しと罵る存在、堕天使ミッテルトよ」

 

「よくもまぁ、私達の前に姿を現せたものだな」

 

「ウチだってアンタらとなんて会いたくなかったッスよ。でも、レイがアンタ達が困っているのを見捨てられないって言うから、仕方なく同伴してるのよ」

 

錯覚だろうけど、二人の間に火花が散っている。

というか、ツインテールの方のエクソシストはよくもこの空気で食っていられますな。

 

「レイ、と言ったか。貴方はどうやら人間のようだが、何故堕天使などと共にいる?はぐれエクソシストの類でもなさそうだし、正直疑問だ。そもそもどういう経緯で知り合い、そんな親密な雰囲気で共にいる?」

 

矛先がこっちに来た。

堕天使と一緒にいるってことが分かったからか、さっきまでの友好的な態度はどこにも感じられない。

 

「初対面の相手に随分と根掘り葉掘り聞くのだな。……別に、大した理由ではない。彼女が救いを求めていたから、手を差し伸べたに過ぎない」

 

「救い?主を裏切り堕天した存在が、今更救いを望んだだと?笑わせるな」

 

「別に、神に救いを求めた訳ではあるまい。救いを求める対象が、等しく神となるという考えこそ、安易ではないかね?」

 

「主は我らを導いてくれる敬うべき存在。祈りを捧げるべきは主であり、それ以外への祈りなど価値にすれば塵芥同然だ」

 

うーん、頭が固いなぁ。

ミッテルトの人となりを知らないでバカにされるのは流石にムカムカするので、どうにかして言い負かしたいところだ。

 

「主を信仰するのは結構だが、ならば何故宗教は複数存在する?主とやらが全能かつ万能な存在ならば、宗教が分裂すること自体がまず有り得ん。神に祈りを捧げて救われるのならば、遙か以前から存在する重鎮の宗教を誰もが信仰しない理由はない。ならば何故、宗教は無数に存在する?」

 

「そんなの、主以外の神を信仰すること自体が間違いなのだから、不毛な問いだ」

 

「違うな。正解は、信仰とは自分にとって都合が良い結果をもたらす存在への執着に他ならない。自分にとっての正義がどこにあるかで、人は拠り所を変える。だから天使は神を信仰し、仇為す存在を悪と定義する。悪魔も、堕天使も然りだ」

 

「――それは、貴方達が主の素晴らしさを知らないからよ。貴方だって主の素晴らしさを知れば、きっと考えを変えるわ」

 

ツインテールの少女が、食事を止めて言い返してくる。

 

「ならば、その主とやらをこの場に連れてきて欲しいな。そして、是非私に素晴らしさを説いて貰いたいものだ」

 

「そんなこと、出来るわけないじゃない!」

 

「だろうな。単純に高位の存在が、私のような人間風情に干渉するなんて有り得ないというのもあるが、そもそも存在しているのかさえ怪しいのだから、当然といえば当然だな」

 

「なっ――なんて無礼な発言を!」

 

青髪の少女は、勢いよく机を叩く。

食器が僅かに空に飛び、着地音を鳴らす。

普通ならビビる状況だが、この程度では僕は動じませんよ。

 

「有り得ない、という理屈だけでは絶対の根拠とならないように、実際に存在することを確認しない限り、その存在は不確かなままになる。シュレーディンガーの猫の理論だ」

 

「それが、何だというのだ」

 

「貴方達がどんなに主を素晴らしいと説いたところで、主の存在が証明されない限り、誰かが適当に捏造した言葉と捉えられてもおかしくないのだよ。故に、君達の言う主が存在しなくとも何ら不思議ではないし、以前に存在が確認されていたとしても、今も存在しているという保証もない。信じさせたければ、感情論ではなく納得の出来る証拠を出さなければ、誰も信じてはくれないだろう」

 

それだけ言い切ると、二人は黙り込んだ。

……少し、言い過ぎただろうか。いや、そんなことは無いはずだ。

ここは心を鬼にしなければ、これから二人は偏見で誰かと接していくことになる。

そんな悲しいこと、むざむざ見逃せるものか。

 

「ミッテルトは、私を信じてついてきてくれている。その期待に応えるべく日々邁進を続けてはいるが、正直なところどこまで彼女の支えになれているかは分からない。だが、彼女の助けになりたいと思ったのは、堕天使としてのミッテルトではなく、種族というフィルターを介せず、ただのミッテルトという少女を見据えたからに他ならない。堕天使の力になりたいだとか、媚を売りたいだとか、そういう考えは一切無い」

 

「……堕天使を救ったことに対し、打算はない、と」

 

「そもそも私は、その時堕天使に命を狙われていた立場だったからな。打算どころかリスクの方が高かっただろうよ」

 

「堕天使に狙われるということは、貴方は《神器》を?」

 

「ああ。まぁ、今はそれはどうでもいいことだろう。それよりも、君達どちらかにでもいい。知人に悪魔か堕天使はいるか?」

 

「私の幼馴染みが、先日悪魔になっていたことを知ったわ」

 

ツインテールの少女が、控えめに手を挙げる。

 

「その知人は、昔と変わっていたか?悪魔だった以前と性格や思想、その何もかもがまるで変質していたか?」

 

「――それは、」

 

伏し目がちにツインテールの少女は目を逸らす。

これは、肯定しているようなものですよ。

 

「悪魔になろうと、天使になろうと、堕天使になろうと、ヒトの本質を覆すには至らない。悪魔でも善人はいるし、堕天使にだってミッテルトのような優しい子がいるように、人を襲うことを何とも思わない輩だっている。それは、人間だって同じだ」

 

いい人はいい人だし、悪い人は悪い人。単純なことだけど、そう割り切って考えられない人はいる。

それに、善も悪も状況次第で価値観が変化するものだと僕は思っている。

ただ欲望を満たすために金品を盗むのと、明日を生き残る為に食べ物を盗むのでは、同じ犯罪行為だけど、重みは明らかに違う。

だけど、これはあくまで僕の考え方であり、そうは思わない人もいる。

その重みの差を作るのは、人間の感情という天秤だ。

人間は感情の生き物だ。だから、どんな解釈にも必ず善悪の比較が生じる。

それも自分にとっての善悪であり、他人のそれと同じ保証はどこにもない。寧ろ違うことが当たり前。同じ方が怖いわ。

メガテンの天使は、そういう感情論を一切持たず、ただ世界の平定という目的の為に人間を滅ぼそうとするが、それぐらい潔くなければ平等は貫けない。

でも、この世界の悪魔も天使も堕天使も、元を正せば人間なのだから、当然感情も人間のそれと同じアルゴリズムで展開される。

種族という形で差別化を図ってはいるけど、結局それも紛い物の差である以上、それを理由に他者を貶めるのはおかしい。

 

「ミッテルトは天使として生きることが嫌になったから堕天した。君達は主の存在を素晴らしいと思い、信仰し、自身もその手助けをしたいと思ったからエクソシストとなった。そのどちらも、自分の意思で選択した未来だろう?自分にとっての正義の定義を持ち、その上で自分の征く道を選択をしたという意味では、どちらにも差はありはしない。その選択そのものに善悪の概念はなく、それを定義するのは感情論――思想や立場の違いによる意見の相違に他ならない」

 

「…………」

 

ツインテールの少女が明らかにしょんぼりとした様子を見せる。

うう、当初は奢るだけで楽しい会話が出来るかな、程度の感覚だったのに、どうしてこうなった!

 

「……少し説教臭くなってしまったな。私が言いたいのは、堕天使だからと言う理由でミッテルトを見下さず、きちんと本質を見て欲しい、ということだ。君達とて同じ立場なら憤慨するだろう?」

 

「それは――そうだな」

 

青髪の少女はどこか納得した顔持ちで、そう答える。

 

「それと、済まなかったな。名も知らぬ相手に偉ぶって説教など、それこそ恥知らずだった」

 

「いや、そんなことはない。主のそれには遠く及ばないが、それでもタメになる説教だったよ」

 

「そうか。それと付け加えておくが、別に君達が神を信仰することを悪いと言った訳ではないからな。誰かを信じることは素晴らしいことだし、それを咎める気はない。ただ、もう少し柔軟に物事を考えて欲しいと思っただけだ」

 

「そうだな。心に留めておこう。――それと、ミッテルトだったか?」

 

青髪の少女がミッテルトに向き合う。

 

「何よ」

 

「すまなかった。彼の言う通り、私はお前を堕天使だと言うだけで、必要以上に敵視していた。敵対関係ならいざ知らず、そうでないというのにこの態度はあまりにも不敬だった」

 

座った姿勢で深々と頭を下げる。

それに釣られる形で、ツインテールの少女も同じ動作を倣う。

 

「……別に良いッスよ。教会の手合いからの罵声なんて慣れたものだし、むしろ今更そんな態度取られても鳥肌しか立たないわ」

 

そんな物言いだが、ミッテルトの表情は赤みを帯びている。完全に照れ隠しです、本当に(ry

 

「アンタねぇ……こっちが真面目に申し訳ないって思っているのに」

 

「それより、私以外に今回の教訓を活かしなさい。どうせその幼馴染みに差別的なこと言っているんでしょうし、その謝罪ぐらいはすれば?」

 

「そうね……そうさせてもらうわ」

 

煙に巻くように、ツインテールの少女に助言する。

自分より他人を優先する辺り、ミッテルトは優しいよね。

 

「食事も済んだようだし、先に会計を済ませてくる。そろそろこちらとしても頃合いの時間だからな」

 

取り敢えず、用は済んだことだしこの場を立ち去ろうと思う。

というか、あれだけ偉そうなことべらべら話した手前、二人とまともに顔合わせすること自体が辛い。

なんだよあの説教。どこの男女平等ワンパン主人公だよ。あそこまで飾ってはいないけどさ。

 

「感謝する。食事の件もそうだが、盲信が悪徳だということを教えてくれた貴方には、感謝してもし足りない」

 

「あまり誉めないでくれ。説教なんて慣れないことをしたせいで、精神的に参っているんだ」

 

「何を謙遜する必要があるか。貴方は確かに正しいことをした。それを恥と思うのは、それこそ貴方の言葉に感銘を受けた私達の意思すら否定することに繋がるぞ」

 

「あー、いいのいいの。レイったら変なところで真面目だから、偉そうに説教を垂れたことに自己嫌悪しているだけだから、気にしなくていいと思うわ」

 

流石ミッテルト。一緒に住んでいるだけあって、僕のことを良く分かってらっしゃる。

でも、そんな素振り見せた記憶ないんだけどなぁ……多分。

 

「そういえば、レイという名前ばかりで貴方の名前をきちんと尋ねていなかったな。それに、私達も名乗っていなかった。私はゼノヴィア、そして隣の彼女が紫藤イリナ」

 

「紫藤イリナよ。さっきも言いましたけど、エクソシストをやってるわ」

 

「有斗零。《神器》を所有してはいるが、歴とした人間だ」

 

「私は――さっき言ったからいいわよね。まぁ、いずれ忘れる奴の名前なんて二度聞きする意味はないでしょうし、いいわよね?」

 

「安心しろ。少なくともしばらくは忘れんさ」

 

そう言いながら、互いに不適に笑い合う。

なんやかんやあったけど、ゼノヴィア達とミッテルトの間に確執は無くなったってことでいいのかな?

というか、そうでなければ完全に恥曝し損じゃないか。それは勘弁してくれ。

 

 

 

 

 

ゼノヴィアと紫藤イリナは、有斗零とミッテルトと別れた後、ファミレスでの出来事を思い返し、会話の種としていた。

 

「何て言うか、不思議な人だったね彼」

 

「そうだな。……彼の言葉は、何故か耳に残る。思い返せば在り来たりな矛盾の糾弾の仕方ではあったが、それを理解した今でも彼の言葉が陳腐に感じる気配はないのは、彼の真摯さ故か」

 

主を信仰する身分として零の言葉を信ずると言うことは、主への反逆と捉えられても不思議ではないことだというのに、それを否定できない二人。

しかも、否定できない事実に嫌悪感を抱くどころか、納得さえしてしまっている。それだけ彼の言葉に力があったということだ。

 

「あのミッテルトという堕天使も、彼のことを随分と信頼した様子だった。奴も彼の言葉に絆されたクチだろうか」

 

「まぁ、《神器》を持っていても人間なら堕天使に勝てるとも思えないし、言葉で信用を勝ち取ったんじゃない?」

 

「それでも、命がけだったことは想像に難くはない。彼のような人間こそ、神の教えを説くに相応しい人材なのだが……主の存在を信じていないのならば、それも無理なことか」

 

ゼノヴィアは心底残念そうに嘆息する。

一連の経緯を持って、彼女の中でも有斗零の評価は鰻登りとなっていた。

元々純粋な気がある彼女は、一度信じるととことん傾倒する性格をしている。

彼女の神への信仰心も、そんな純粋さが行きすぎた結果であった。

逆に言えば、その拠り所が無くなった瞬間、彼女はどうなってしまうのか。想像するのは容易かった。

 

「でも、彼は悪魔でも天使でも堕天使でもないからこそ、平等な視点で物事を観測出来たってのもありそうよね。これが悪魔やあのミッテルトって子の言葉だったら、私達に届くどころかただの挑発としか思えなかったでしょうしね」

 

紫藤イリナも、ゼノヴィアほどではないにしても、零の言葉に動かされたという意味では同類だろう。

彼女には幼馴染みがいる。皆も知る、転生悪魔である兵藤一誠その人である。

彼女は一誠が悪魔だと知ったとき、あらゆる思いが渦巻いた。

絶望、失望、裏切り――神を信ずる自分とは対極の立場に知らず身を置いていた幼馴染みに対し、表面上こそおどけてはいたが、彼女は無意識に見下した感情を持って接していた。

だが、零の言葉で気付かされる。

幼馴染みは昔と一切変わっていなかったのに、それを悪魔というフィルターに掛けて見てしまったが為に、物事の本質を見誤ってしまっていた。

子供の頃と比較して、エロス度合いが軒並み増していたのはご愛敬だろう。寧ろ、それこそが兵藤一誠たらしめる要因といっても過言ではない。

イリナは内心、彼は悪魔になるべくしてなったのでは?なんて主の寵愛を否定する考えさえ持ってしまっていた。

 

「――――おーい、イリナ!」

 

ふと、正面から声が掛かる。

そこにいたのは、手を振って声を張り上げる兵藤一誠と、オカルト研究部員の一人である塔城小猫。そしてソーナ・シトリーの《兵士》である匙元士郎だった。

 

「お前達は……」

 

「ゼノヴィア、イリナ。俺達にもエクスカリバーの破壊の手伝いをさせてくれ!」

 

合流するが否や、一誠は叫ぶように懇願する。

エクスカリバーの破壊。それこそが使徒である二人がこの街に訪れた理由であり、最重要任務である。

コカビエルという堕天使がエクスカリバーを強奪し、それを用いて何かを企んでいるという。それを阻止する為にも、エクスカリバーを破壊しろという命令を受けている。

協会側としても負の産物として通っているエクスカリバー。それは『聖剣計画』という命を冒涜した計画によって生まれた、邪な意思によって創造された聖剣だった。

当初、エクスカリバーの破壊に悪魔の手は借りないと頑なに考えていたが、今では木場祐斗という『聖剣計画』の被害者であり、その憎悪により暴走をしている男以外の協力の意思を拒む気はなかった。

 

「ああ。ならば一本ぐらいなら任せてもいいだろう」

 

ゼノヴィアの間髪入れない回答に、悪魔達は目を見開く。

それがにべもない回答であることを予想してのものだったからこそ、驚きを増長させる要因となっている。

 

「い、いいのか?俺から頼んでおいてなんだが、昨日はあんなに拒んでいたのに」

 

「そうだな。昨日の私では、せいぜい目的遂行の効率化の為に、お前達の協力を渋々呑むという形で完結していただろうな」

 

「じゃあ、今日は違うっていうのか?」

 

「ああ。少なくとも、今の私達はお前達が悪魔だという理由で協力を拒むなんてことはしない。まぁ、あの木場という魔剣使いは別だがな」

 

「何だって、そんなに考えが変わったんだよ」

 

「別に大したことではない。ただ、教えられただけさ。種族という色眼鏡で他人を評価することの愚かしさをな」

 

悪魔達は互いに顔を見合わせ、頭に疑問符を浮かべる。

その反応も当然といえば当然だろう。何せ昨日まで険悪な関係だった相手が、次の日にはまるっきり意見を変えているのだ。

一日の間に何が起こったのだとか、裏があるんじゃないかとか、そういう考えを持っても不思議ではない。

 

「それと……アーシア・アルジェントに正式に謝罪をしたいと思う。彼女の人間性を見ることなく、ただ悪魔を助けたという理由だけで彼女を貶めたことを、心から申し訳なく思っている」

 

「本当に、ごめんなさい」

 

ゼノヴィアとイリナは頭を下げる。

アーシア・アルジェントはその信仰心の深さと、《神器》により人々の傷を癒していたこともあり、聖女として祀り上げられていた。

しかし、一度悪魔の傷を癒したという理由で、《聖女》から一転して《魔女》と呼ばれるようになる。

教会からは追放。その行方は分からず、先日悪魔になっている所を発見する。

その際、悪魔に墜ちたという理由でアーシアに悪意ある言葉をぶつけてしまった。

 

今思えば、何と勝手だったのだろう、と後悔ばかりが募る。

彼女は誰にでも等しく優しさを振りまき、傷を癒していた。

人間の傷を癒すことと、悪魔の傷を癒すこと。どちらも同じ傷を癒すという善行である筈なのに、何故評価が二分したのか?

簡単なこと。そこに思想や立場が絡んでしまったからだ。

単純な話、アーシアが《聖女》として持て囃されていたのは、その実績もあるが、一番の理由はそれが協会側にとって都合の良い行為だったからだ。

彼女の行動が教会の評価を上げるのであれば、それを利用して神格化を促し、客寄せパンダとして扱うのは必然のこと。

だからこそ、悪魔を救ったアーシアの評価は意図も容易く逆転した。

教会の評価を下げる行為を行ったから、捨てられた。名誉挽回のチャンスすら与えられることなく、以前までの善行を鑑みての情状酌量の余地さえも与えられなかった。

これが主の意思ならば、あまりにも無慈悲過ぎる。主は等しく寵愛を与える存在である筈なのに、たった一度の気の迷いで罪人扱いするのは流石に疑問を感じざるを得ない。

結局の所、事件の中心だと思っていた相手は、実のところただの被害者でしかなかったのだ。

『聖剣計画』こそ協会側の最大の汚点だと思っていたが、それ以上の悪意が協会側に当たり前に蔓延っているのかと思うと、ゼノヴィアは吐き気がこみ上げてくる。同時に、アーシアが悪だと盲目的に信じていた自分自身にさえも同じことが言えた。

これは明らかに主の意思ではない。主の名を語り、利用し、私腹を肥やす下劣な者どもの謀略だと、二人は結論づけていた。

 

「……俺に謝るんじゃなくて、アーシアに直接言えよ。俺はアーシアをあんな風に言ったお前達を許せないけど、アーシアが許すっていうならそれ以上は何も言うつもりはない」

 

兵藤一誠も、アーシアが彼女達に糾弾された際に怒りを露わにしていた。

アーシアのことをよく知る彼だからこそ、謂われのない悪意に晒された彼女を護る盾となり、悪意を砕く矛になることを誓っていた。

しかし、理性的な部分ではこれはアーシアの問題であり、自分には直接の関係はないことを理解していた。だから、このような形で手打ちとしたのだ。

 

「というか、お前達をそこまで変えた人って誰だよ。同じ教会の人間か?」

 

「いや、違う。堕天使を供につけてはいたが、彼は紛れもなく人間だったよ」

 

「堕天使を共につける人間?……どこかで聞いたような」

 

「零先輩とミッテルトのことではないでしょうか」

 

一誠が頭を捻らせているところに、小猫が意見を述べる。

 

「そういえば確か有斗零と名乗っていたわね」

 

イリナの言葉に、悪魔勢が二度目の開眼を行う。

その様子に事情を知らないイリナ達はぎょっとする。

 

「先輩、目覚めたんだ!良かった……。それで、先輩の様子はどうだったんだ?ていうか、どこで会ったんだ!?」

 

「ま、俟て。彼とは繁華街で会ったし、見た限りでは健康そのものだったぞ。それよりも、そのレイという人物とお前達はどういう関係なんだ?」

 

ゼノヴィアの尤もな疑問に、一誠は答える。

曰く、説明のつかない《神器》を所有する人物。

曰く、人間として生きることにこだわっている意志の強い人物。

曰く、信念を通す為には、命を賭けることさえ躊躇わない勇敢な人物。

曰く、種族の違いを気にすることなく、平等に接する高潔な人物。

他にも、彼のお陰で危機を救われたこともあるとか、彼の言葉に救われたとか、まるで現代の英雄と呼ぶに相応しい武勇伝が彼の口から語られていく。

普通ならば胡散臭さしか感じないだろう。ここまで完璧な人間が普通いるとは考えられないからだ。

しかし、ファミレスでの説教のこともあり、その物語の主人公のような人間性にもある程度の信憑性が感じられた。

 

「……イッセー、それホントなの?胡散臭いっていうか、絶対誇張している部分はあるでしょ」

 

「確かに一誠先輩のは言い過ぎな感じはしますが、零先輩が私達のことを救ってくれたのは事実です。先日も、木場先輩を庇ってエクスカリバーで斬られたらしいです。それで一誠先輩は零先輩が快復したことに喜んでいたんです」

 

イリナの疑問に、小猫が割って入り答える。

 

「エクスカリバーに……だと?破片とはいえ、曲がりなりにも聖剣で斬られて、良く生きていられたものだな」

 

エクスカリバーは悪魔や堕天使に対し絶大な威力を発揮する武器だが、単純に斬る用途として扱っても相当な業物である。

使い手の技量にも依るが、一誠の話を聞く限りでは相当の深手だったことは想像に難くない。

 

「アーシアのお陰だよ。もう少し遅ければ流石にアレだったけど、先輩が以前部長から貰っていた契約の魔法陣のお陰でアーシアをすぐに呼べたから、何とか間に合ったんだ」

 

「そうか……やはり間違っていたのは私達だと言うことか」

 

「何て言うか、色々と現実を知ると辛いわね……」

 

零の言う通り、悪魔になろうとも、アーシアの善性が覆ることはなかった。

悪魔になれば心まで悪に染まるなどと信じ込み、協会側こそ善の象徴だと思っていた自分が恥ずかしい。

完全に異端の思考だが、真の異端は主の名を利用して好き勝手やっている教会の連中だ。

主は間違いなく、現状をお嘆きになられているだろう。

ゼノヴィアもイリナも、教会の悪意ある連中を否定はすれど、主の存在を信じていることに代わりは無いため、堕天するには至らなかった。

 

「とにかく、その魔剣使いを説得するにしても、奴がまだ勝手な行動を取るようであれば、即時見限るぞ」

 

「分かってる。そこは俺達でどうにかする」

 

「理解しているならば、それでいい」

 

ゼノヴィアの口調は相変わらず刺々しいが、言葉の意味そのものは随分と軟化している。

信頼とまではいかずとも、彼らの抱く聖剣を破壊したいという祈りに嘘がないことは気付いているため、頑なに拒むことも、渋々了承するといった負の感情を抱くこともなくなっていた。

イリナは元々その言動に天然が入っているというのもあり、反省半分、謝ったからもういいやという考え半分で自己完結している。

 

「先輩にも会いに行きたいけど、まずは木場をどうにかしないとな……。アイツも大分参っていたようだし、どうにかして会わせてやりたいが」

 

「やめておけ。もしあの魔剣使いに良心があるのならば、自らの意思で勝手に会いに行くだろう。奴の事を思うのであれば、お膳立てするのはやめておけ。ためにはならん」

 

「……そうだな。取り敢えずは木場の説得をしないことには始まらないしな」

 

ゼノヴィアの忠告を素直に受け取る一誠。

これだけでも、両者の間に遺恨はなくなった何よりの証明とも言えた。

ともあれ、五人はエクスカリバーのせいで自棄になっている木場を説得するべく、彼の下へと向かい始めた。

 




Q:説教してますね。
A:人によってはオリ主の説教=メアリー・スーと解釈する人もいるでしょうけれど、物語を良い方向に導くというという意味では、決して無駄ではないと思いますので、それを汲んだ上で納得してくれると有り難いです。

Q:イリナ大人しいね。
A:零の時は単純に説教中だってこともあったけど、それ以降はそれを引き摺っていたせいです。

Q:匙喋ってないね。
A:空気が読める子だからね。

Q:ゼノヴィアとイリナのどっちかはヒロインになるの?
A:なると思うよ。

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