「そうか、そいつは良かったなぁ!」
父さんがシチューを口にしながらも僕が友達出来た事について顔をほころばせてくれた。隣に座る母さんも両手を合わせて自分のことのように喜んでくれている。
……それにしても良かった。帰ってきたときに見せてくれた母親の表情はもうない。まずいじめを想定されるとは思ってたけど、無表情のまま受話器に手を掛けられたときは焦った。本当に勘違いから友達を警察に引き渡すところだったし。
いつも着込むの服装に感謝しながら、惣菜を口に入れてる。ほうれんそうのお浸しのポン酢醤油が口の中で味と共にスッとした癒しを与えてくれていた。
「ところで孝介? 本とかの整理は出来たの?」
母さんがそんな事を言いながら、目線を二階へと向けていた。
確か昨日そんな事を指摘されたような気がする。引っ越し初日に、段ボールひと箱分の中身を簡単には仕分けている。棚に突っこんだのみ。それ以上のことはしていないけどそれで不十分……のようだ。渋い顔しているし。
「ただ本を突っ込むだけじゃなくて、ちゃんと整理しなさい。今日見たらばらばらだったじゃない」
「いやぁそんな事ないよ。ちゃんと理解出来てるし」
「引っ越してきたばかりなんだから綺麗にしておきなさい。すぐに散らかすんだから」
「そうだ。母さんのいう事はもっともだぞ」
「あなたもよ。全く……」
注意されてしまったからには仕方がない。少し憂鬱に感じつつも、頭を縦に振っておこう。
「食べ終わってからやればいい?」
「そうね、それでいいわ」
妥協という形なのだが、母さんはニコリと笑って自分の場においてあるスープを手に取っていた。
「それにしても、孝介は変わったなぁ」
「え?」
「昔のお前は友達のことなんて全く喋らなかったじゃないか。それが今日は沢山。いやぁ、変わったなぁって」
「そう……かな? まぁ、確かに言う必要がなかったのはあるけど」
「もっと無愛想というか距離を取ろうとするやつだったからさ。父さんも心配していたんだよ。いやぁこれは安心だ」
無愛想と言われたけど、本当にそうなのかは自分の中であまり実感としてない。今まで通りのつもりで今日は色々なハプニングがあったから喋ろうとしただけだし。父さんたちには昔の自分がそう見えていたのか。
「母さんもそう思っていたの?」
「え? そうね。確かにそういった節はあったのかもしれないわ」
「曖昧だなぁ。お前が気にしていたことなのに……無愛想とかさ」
「孝介も色々あれば変わるわよ。仏像じゃないんだし」
「ま、変わってくれることはいいことだしな」
「……そんなに変わったかなぁ?」
ここまで言われると、前回までの自分が悪いみたいに聞こえてくる。そこまで酷かったかなぁ……。
「あはは。別に悪いように言っているつもりはないさ」
「そう? そうとしか聞こえないんだけど……」
「孝介はもっと自信を持ちなさい。大人になれたと言えるわ」
「とはいうけど……まぁいいや、ごちそうさま」
「あら、話はまだ続いているぞ?」
別に僕がいなくてもいい話だし、何より僕には2階へ行って本を片付けないといけない。
「……孝介? シチューに混ぜたカキをたべな」
「逃げる!」
「あ! 子供じゃないんだから!」
母さんに言っていた通り、2階に上がっていった僕が待ち受けていた任務がある。棚に並んでいる本たちが僕を呼んでいるのだ、早く片付けてほしいと。
……正直追いかけられると思っていたんだけど、襟首を掴まれることはない。
話声から察するに、父さんが母さんを宥めてくれたようだ。おかげで何もお咎めが無い、本当にナイスです父さん。とにかく部屋に入ってしまったらこっちのものだ。ゆっくりと出来るし。
「孝介! ちゃんと片付けなさいよ! じゃないと明日はカキフライだからね!」
流石に全て丸く収めることが出来なかったようで母さんからそんな忠告が飛んでくる。
「あんな食べた瞬間クチュってなるような奴の何がいいんだろう……。本当に」
生き物を食べているような気がしてたまらないのに、あれのどこに人は食用として考案したのだろう。本当にその人には一度じっくりと話し合ってみたいものだ。きっと今の自分なら論破できる自信がある。
「……なんて、言ってても仕方ないか」
元より片付けをやると言っていたのだから、やるべきだろう。時間はかからないと思うし、本の入れ替えをしていると昔見ていた本とかで楽しめるかもしれない。
実際に本棚近くに落ちていた本を手にする。『グリム童話全集』……こんなものも買っていたな。
これを皮切りにどんどんしていこうか。まずはこの拾った本を入れて、本棚から本を取り出して、当てはまる項目を探して、そこにはめ込んで、それから本をまた出してっと………………。
「実際にやると疲れるな、これ……」
まだ開始1分で音を上げそうになった。あと9割も作業が残っているというのにこれではいけない。
これも綺麗にするため、とりあえず1つ1つ本に対してテンションを上げてやっていこうか。これが記念すべき4冊め、みたいな感じで。
「……あれ?」
そう思ってすぐの5冊目だ。紫色の表紙を飾るシンプルなデザインで古びた本である。確かに自分は昔の童話とか竹取物語のようなが昔話が好きだった。でも、この表紙はそのどれにも当てはまらない。つまり見たことがないのだ。
これは母さんのものなのか。でも表紙には名前も書いてないし……。栞をはさむための紐まで付いている。何かを書くためのメモ帳か何かかな。それがここにあるのも不思議ではあるが。軽くページをめくってみてっと……見慣れた文字だ、なになに。
『今日はカレーがおいしかった。たまには父さんのカレーというのもいいものである――――』
日付を見ると、昨日の事を指している。西暦は書いていないけど、曜日も日付もあっていた。確かに昨日はカレーだった。父さんが男の料理がどうたらこうたら語りながらご飯を食べた記憶がある。
しかしこれを書いたような記憶はない。もしかしたら去年の事を書いているのだろうか。
続きを読んでみる。
『僕たちは今日雛見沢に到着した。感想としては驚きの連続だ。ドが付きそうな田舎だった事が最初の印象といえるだろう』
ページをめくる。
『その中で不思議に思った事もある。それは学校に行って教科書などのテキストを確認して、父さんと離れていた時に出会った少女の事だ。彼女の名前は古手さんといい、かなりおとなしめでお人形のようなかわいらしさがある少女だった』
『でもそれは最初だけだった。最後に見せたあの絶望に見える暗い表情。彼女は一体何者なのか少し気になってしまった。どうせ明日は僕にとって最初の転校日。今後仲良くなっていく過程で聞いていけばいいのだろう』
ふむ、とりあえず頭の整理を行おう。
……これはどうやら今までの事を書いているようだ。それはこの雛見沢、そして昨日食べたカレーの内容から察するに確かな情報であることは間違いない。だけど、である。何度も言うように僕はこんな日記を書いていない。というよりこの本の存在さえ知らなかったのだ。
どうしてこの本が僕の日常を綴っているのか、それが分からなかった。
まだ続きがある。しかしそれは今日の出来事であり、前原君たちと出会った経緯が書かれていた。
『今日は前原君、園崎さん、竜宮さんと出会った――――』
部活の内容、自己紹介の事、それらを読み進めていくうちに今日の情報と相違があることに気が付いた。
「北条さんのやり取りがない……」
それだけではない。自己紹介での緊張感を書いているのだが、僕はそんな経験をしていない。更に僕たちが起こした部活内容はケイドロというものだった。しかしここで書かれている部活内容はトランプ、しかもじじ抜きという変わった種目のものである。
いくつかの食い違い。これは何を意味しているのか理解が出来ない。
「どういう事なんだろう? これは僕の日常ではない?」
大まかな形――――例えば部活をしたことなどは典型などだが、そこは近似している部分がある。確かに部活をしたことはそうだし、それに昼休みで盛り上がったことも確か。それでも細かな部分が違う。部活の内容、時間帯、昼休みでの対応などなど。内容が違う。
つまり今までの僕を表していて、実は違う僕を書いている……とか。
「…………はは。バカバカしい事考えるようになったな。僕って」
そんな事あり得るわけがない。僕は今ここにいるのだし、そんな事ありえないはず。
もともとオカルトなどは信じるたちではない。何かしら……そう、同性同名でそんな人がいたという事なのだろう。その人がこのような本を書いて、それをたまたま受け取った。そちらの方がまだ現実性がある。……多分。
とりあえずページを見ていく。それから先は未来の事が書かれていた。そう思うと更に信憑性が無くなるというものだ。日常的な事ばかりを記載している。特に部活内容、部活メンバーと楽しくやっていた。といった明るい話をつらつらと長い間自分の感想を踏まえて書かれている。どうやら友達と一緒にいるのに、疎外感を覚えていたこともあったようだ。そんな気持ちも書かれている。
20ページくらい読み進めたところで時計を確認した。細かく書かれた文字量的にまだまだありそうだと感じたからである。
明日もあるし、そろそろ整理を再開しないと……とりあえず次で終わらせよう。
『今日は前原君が来なかった』
その言葉が今までと違った内容であることを証明した。
『なぜだろう、最近はそのようなことが多く、部活も顔を出さない。話によれば最近前原君はバットを持ち出して夕方素振りをしているとの話も聞いた。それは一体どういう事なのだろうか?』
最後疑問形にしているのだから、何か困った事と考えていいのか。それとも何か分からないことでもあったのか。その前原君とやらが部活に入っていることだってありえそうだし。
『そんな中、大石さんという刑事に出会った。彼はオヤシロさまのたたりの実行犯が園崎さんを中心としたグループによるものだと言ったのだ。話を聞く限りその言葉は信憑性も高く、園崎さんもその真意を答えてくれそうにない。園崎さんたちは僕が見てきた日常ではありえないぐらいみんなを楽しませる存在だ。そんな人が事件を起こすとは考えにくい。でも僕はひと月も一緒に過ごしていないのだ。もしかしたら裏ではそんな事を――――』
『信じたくはない。前原君が言っていたように仲間を信じる気持ちを持ちたい。だけどその前原君がこうやって休んでいる。それはつまりどういう事なのだろうか……。僕には分からない』
どうやら何かをきっかけに僕の心が揺らいでいてここに書くしかできなかったようだ。オヤシロ様のたたりというのは何の事なのだろうか。そういったことも彼には聞けなかったようで。
前ページにもそのような記載は一切されていない。ここより前はおよそ一週間分の空白がある。ただ忘れていただけなのか。それとも、
「何かを黙っていたか……」
僕は一息ついてからページをめくろうとした。
「孝介? 順調に進んでいる……」
「あ」
「……ほー」
まずい、何もしていないことがばれてしまった。
一度本を棚から取り出してしまっているのだから、先ほどよりも汚くなっている。説得不可能説教不可避。母さんの眉間が小刻みに震えているのは最近のダイエット方法であると信じたい。
「楽しそうに本を読んでいるのね? 母さんとの約束も忘れるくらいの……!」
やっぱり怒ってますよね。とりあえず、今読んでいる本を閉じておいてっと。
「え、えっと! あの、その…………ごめんなさい」
「……」
母さんはそのまま黙ってこちらに来ると、僕が手に持っている本を取り上げてきた。どうやらこの状況の原因をこの本であると理解したようだ。まさにその通りである。理解の早さは流石としか言いようがない。
「たく、さっさとやるって言っていたのに本を読んでいたら駄目じゃない。とりあえずこの本は没収よ。ちゃんと整理整頓したら返してあげる」
「はい……」
何も言わせない威圧感で僕を納得させると、ため息をついてその本を自分のポケットに入れた。それを取り返すにはどうやらここにある本をどうにかするしかない。
黙って作業をしよう、やはり無心になる必要がある。
「もう明日にしなさい」
「え、何でさ?」
「孝介、今何時だと思っているの?」
「えっと……。なんだ、まだ11時――――」
「もう、でしょ?」
「……はい」
母さんの言いたい事が分かった。どうやら僕はかなり読みふけっていたようだ。そりゃあ半分くらいしか進んでいない僕の状況に怒りたくもなるものだ。
時計から目を離して苦笑いで母さんの意図を理解したと見せようとする。
「分かった。今日は大人しく寝ているよ」
「そうね。今日は寝なさい、ついでに言うと明日はカキフライね」
「嘘! そんなぁ、鬼ぃ!」
「約束を守らない方が悪いのよ」
「うぅ……」
布団の中にこもってしまおう。母さんが出ていくのを音で聞き分けながら1階へ下りたと分かると、さっそく先ほどの出来事についてを考える。
前原君が疑心暗鬼になってみんなのそばから離れていくという話。あの後どうなるというのだろうか。僕という主人公は迷っていたのは手に取るように理解出来る。そこから先、彼は誰かに相談しようと思わなかったのか。実際僕もあのような状況に立たされたらどうなるのか。よく分からない。
……それにしても日時と場所、更には名前まで一緒という偶然。あれだけオカルトは信じないと言っていたけど、僕の中には少しばかりの不安は残っていた。