ひぐらしのなく頃に 決 【影差し編】   作:二流侍

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■影差し編【Ⅰ-Ⅵ】

 放課後を告げるベルが鳴り引いたときの喜びをどう表現すればいいだろう。長年待ち続けていたものがようやく手に入れた喜び? 長い間苦痛から逃れられるという安堵感? 何はともあれ、長かったという言葉だけは僕の中で大きなものとなっていた。

 僕たちは帰路につく。僕よりも年下の子供たちが駆け回り、家に帰る姿を後目に、自分の衣装を少しでも隠そうと腕で身体を隠そうとする。女子女子していると言われても仕方ない。

 まぁ、どうしても隠しきれない部分が存在するのだけれど……。

 園崎さんの提案によってみんなで帰ることになった。それ自体は嬉しいものである。だけど、服装の関係上から今はとにかく恥ずかしい。というよりみんなは慣れているのだろうか。服装を着込んだはずの前原君や北条さん、園崎さんは身体をのけ反らせている。

 いち早く友達を作りたい僕への配慮だと思っているけど、村人の視線から耐えられるかな……。

 

「なんでこんなのがロッカーに入っているのさぁ……」

 

 そう愚痴らずにはいられない。園崎さんのロッカーには何が詰まっているのだ。取り出してみんなに配るほどの容量が掃除用具箱程度のロッカーに詰まっているとでもいうのだろうか。

 とにかくこれからはあのロッカーの中身に注意していく必要がありそう……。

 そう思いながら、生ぬるいそよ風に身震いをした。ぴちぴち幼稚園服では太ももを隠しきれないのだ。今までジーパンとか長ズボンを使用していたためにひやっとする感覚になれていない。

 思わず己を抱くように縮こまってしまう姿を竜宮さんは逃してくれなかった。

 

「はぁあああううぅううぅぅ!! 孝介君かぁあいいよ! かぁあいいよー! おっもちかえりしたいぃ~!」

「ちょ、ちょっと待って!? 落ち着いて!」

「はぁうううう!!」

 

 かわいすぎるせいなのか、何度も頬ずりされる。顔を潰されそうな勢いで。

 ま、摩擦熱で熱いっす……。

 鼻息は馬のように荒く、村人が勘違いしたら警察を呼ばれるそうな勢いだ。そんな不安をよそに竜宮さんは手をぶんぶん振って興奮を体現していた。そこまで僕の姿がかぁいいのだろうか……。

 

「レナ! 少しは大人しくしていろよ!」

「圭一君のメイド服もかぁいいよぉ!」

 

 聞く耳持たないとはまさにこのことだろう。すでに僕のもとを離れた竜宮さんはみんなの一歩先で小躍りしている。彼女の頭の中は今どうなっているのか分からないけど、とりあえずみんなも遠巻きに見ていることだし合わせるにしておこう。

 彼女を置いて、話は昼休み後のケイドロの話になっていた。

 

「それにしてもよく警察の人たちを説得出来たねぇ、梨花ちゃん」

 

 ドS女王のモデルになりそうな危ない黒タイツを履いた衣装の園崎さん。それでも顔色一つ変えずに着こなしながら古手さんを褒め称えていた。当の本人は背中のランドセルを担ぎなおしながら、いつも通りのスマイルを浮かべている。

 

「そうですわ! 普通ならばれてしまいましてよ!」

 

 悪魔をイメージとした羽根つきコスプレ衣装を着こなしている北条さんも便乗する。

 僕も正直今回の策略に関して知らないことが多いから、ぜひとも聞いておきたい。一体どうしてこんなダマしが成功したのだろうか。

 

「4人一組なんだからレナがどっちに行ったのか分かっている警察側もいたはずだろ? そいつらを懐柔したのか?」

「……二人とも沙都子と魅ぃのコスプレ衣装を指定できるといったら黙ってくれたのですよ、にぱ~☆」

「あー……ね」

「何があーね、何だ?」

「いやぁ……別に。ただ思い当たった節があっただけの話」

 

 そういえば衣装着替えてみんなに披露という時に、同じ屈辱を受けていたにもかかわらず園崎さんと北条さんの衣装を見て拝んでいる人がいた。

 目に涙を浮かべていたし、何の宗教団体かなーと思っていたけど、多分その人たちの事を言っているのだろう。

 

「あっはっはっは! 今回は見事に梨花ちゃんにしてやられたという訳だね」

「本当ですわ……。見事にこんなものを着せられまして非常に……」

「……作戦勝ちなのです」

「ガチな勝負だけにねぇ」

「魅音。お前は負けた側だろ」

「そういう圭一さんも一応負けた人なんですわよ?」

「違うぜ沙都子。お前たちの方が試合として敗者なのは事実。一応結果として俺は勝っているのだから、負の烙印を押されたのはお前の方なんだぜ?」

「うぐッ……確かにそうですわ」

 

 あんなに前原君との戦いで勝どき的な発言をしていたから、そのショックは僕たち以上に大きいのかもしれない。落ち込んでいる北条さんを見て、誰もが何かしら慰めの声を掛けようとしていたときだった。

 

「はあぁぁあああううぅうう!!」

 

 一瞬の出来事とはこのことだと思った。瞬きの余地もなく、光の速度で抱きつかれた北条さん。竜宮さんは頭上にハートマークを大量発生させながら、頬ずりをしてかぁいいものを愛でている。

 

「かぁいいかぁいいかぁいいよー! 沙都子ちゃんだけはおっ持ち帰りー!」

「い、痛い! 痛いですわー!」

「そんな痛がる沙都子ちゃんもかぁあいいよー!」

「おいレナ。流石にやりすぎだぞ!」

「はぁううう。私たちの邪魔はさせないよぉお!」

 

『スパパパパーン!!』

 

 何かが響いたと思ったら、前原君は三メートルほど吹き飛ばされていた。

 気付かないうちに前原君が綺麗なベリーロールと共に顔から床をぶつけてしまうのだから、こちらとしては何が起きてしまったのか聞きたいぐらいだ。口を開けっぱなしにしていたことを忘れてしまうくらいに。前原君は大丈夫なのだろうか。大の字にうつ伏せで倒れ込んだまま動かない。とりあえず頭から出ている煙は土煙だと思っておこう。

 横にいた園崎さんは頭を掻きながら、僕の方をチラチラと見てくる。

 

「あー。孝ちゃんたちは初めてだよね?」

「初めてって、この……パンチ?」

「パンチ……だと思う」

「そうなんだね?」

 

 疑問形にしたのはわざとじゃない。実際僕の目では竜宮さんの繰り出した技がパンチによるものなのか、キックによるものなのか理解できなかったからだ。

 それは園崎さんも同じようで、

 

「あたし達も理解出来なくてねえ……。とりあえずこれをレナパンって言ってる」

「レナパン……恐ろしい技だね」

 

 未だのびてしまっている前原君を見ながら、その高威力に唾を飲みこんでしまった。

 これは竜宮さんが落ち着くのを待つほかないのかなぁ、なんて思っていたら古手さんがおもむろに口を開いた。

 

「……僕たちはこっちなのですよ」

「そうですわ。私たちはこちらなので、離してくださいまし!」

「はぁうぅう………。もう少しだけさせてよぉう」

「レナ……。少しは落ち着きなって」

「ぶぅ…………」

 

 ぶぅたれている竜宮さんに僕は苦笑いをしていた。彼女は何故前原君のときに聞いてあげられなかったのだろうか、と。

 ようやく解放してもらった北条さんは赤くなった頬をさすりながら、もう片手でこちらに手を振ってくれる。

 

「それではみなさんまた明日お会いましょう、ですわ」

「……また明日なのです」

「うん。またね」

 

 僕たちも行きたいのだけれど、前原君が起きてくれないと放置になってしまうからなぁ。

 

「はぅう。楽しみが1つ減っちゃったよう……」

「また今度だね。レナはいつもそうなんだから」

「私はいつもこんな感じだよー!」

「あっはっは……そうだねー」

 

 呆れ気味に園崎さんは相手をしている。辺りは夕暮れに向けてオレンジ色に染まりつつある。こうやって周りを見れば自然ばかりの場所も綺麗に見えるものだ。都市だった頃にはこんな風にオレンジに染まる世界なんて少なく、影が多いから。

 

「孝ちゃん」

「ん? どうしたの?」

「そのさ……どうだった? 今日初めての学校だったと思うけど」

 

 園崎さんが躊躇いがちではあるが、そう聞いて僕の反応を期待していた。彼女としては普段の学校生活を見せたことで僕がどう感じたのか純粋に気になっているのだろう。委員長という立場もあるかもしれないけど。

 正直困惑ばかりの出来事ではあった。いきなりチョーク飛んでくるし、お弁当の取り合いとかに発展してるし。今まで考えたこともなかったことばかり。だからその気持ちを一言でまとめることにした。

 

「その……刺激的だね」

「あ、やっぱり? そう思う?」

「そう思うってことは園崎さんも感じているの?」

「そりゃあね。毎日が何をしでかすか、起きるか分からないんだもん。そのたびに酷い目にあうものさ」

「確かにそうだね。今日だけでも体感出来たよ」

「……結構こういうの、人を選ぶと思うんだ」

「え?」

 

 神妙なものいいにそう聞き返してしまう。

 

「ほら? こういうのを都会の子は、アホのやることとか……馬鹿ばっかりとか。そういう目で見られることもある……かもしれないからさ」

「うーん。確かにやることなすこと自由すぎるところは、そう思うかも」

「あーやっぱりそうかー」

 

 彼女としても思う節はあるようで。そんな感じで軽く落胆しているようにも見えた。

 

「私としてはこれが楽しいから続けているんだけどねぇ」

「僕もそう思うよ」

「あれ? 孝ちゃんは良い意味で受け取ってくれるの?」

「うん。なんかそう思うべきだと分かるし、それに……」

「それに?」

「……ううん。なんでもない」

「ありゃま。おじさんを信用してないのかな?」

「そういう意味じゃないよ。ただの自分の妄想だから」

「そういうのはレナだけにしてよー。1人でも手一杯なんだからぁ」

 

 確かにその通りだ。

 クスッと笑いながら、僕らはただ静かにひぐらしの声を聴いていた。

 ……因みに前原君は約一時間ほど伸びていたため、帰れたのは夕方も落ち始めたのはのちの話です。


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