ひぐらしのなく頃に 決 【影差し編】   作:二流侍

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※3月11日に追加しました。


■影差し編【Ⅵ-Ⅲ】

「……もしかして、僕は間違えてるのか?」

 

 何だろう。今になって自分のやっていることに疑問を持ち始めた。とりあえず落ち着いて周りを見てみる。

 昼過ぎの時間帯。この時間になると商店の前に人が行き交うと思っていたのだが、予想よりも人が少ない。

 両端に店舗が並んでいる。ただ開いている店舗は少なく、パッと見ただけで三、四軒しかやっていない。それ以外はシャッターが下りているか、まだ準備中の札が掛けられた状態だ。

 暫くすればやり始めるだろうと思って一時間。一向に増える気配なし。そして僕のモチベも絶賛降下中である。

 手元のクリップボードに目を向ける。そこに書き込まれるはずの白紙に溜息が出てしまった。

 

「それにしても、集まらないなあ」

 

 他の場所に移動するのもいいかもしれない。いや、それよりやり方を変えるべきなのかもしれないか。都会と違って署名運動は呼びかけではなく、押しかける方がいいのかもしれない。営業のように一軒一軒回っていく。時間はかかるが効率的なやり方だろう。問題は引っ越して間もない僕がみんなに顔を覚えてもらっているかということか。知らない人には笑顔で接するとしよう。となると営業スマイルが必要ということか……。

 

「……何していますの?」

「いや、スマイルってどうやるのかなって」

 

 口角を上げて歯を見せるようにすればいいのだろうか。

 

「とりあえず、その作り笑いだとドン引きですわね……」

「そうかなぁ……って、え?」

 

 この独特な口調、それにハスキーな喋り方。誰か忘れていたわけではない。ただここにいるなんて思ってもみなかったから、それで気づいていなかったのだ。

 振り返って確認する。そして視線を落とした先に、買い物籠を手に持ち、怪訝な顔で見上げる彼女の姿があった。

 

「北条さん!?」

「化け物でも見たような顔になってますわよ」

「いや、正直かなり驚いていて……」

 

 実際腰抜かしそうです。さっきの姿を見られてしまった気恥ずかしさも踏まえて。

 買い物帰りなのだろうか。彼女は買い物袋をぶら下げ、見上げていたのだった。

 

「もう、しっかりしてくださいまし」

「う、うん……」

 

 それに、見た感じ北条さんは疲れているように見える。憔悴しきったまでは行かないけど、精神すり減らしている感じがする。さっきのところも、いつもの北条さんなら高笑いで僕のことを指摘していただろう。なにやっているんだって。

 姿勢を低くし、顔を覗きこむと、彼女は逃げるように視線を外すのだった。

 

「大丈夫、北条さん。今日も、学校行けなかったようだけど?」

「……」

「やっぱり、叔父さんに止められたの?」

「にぃにこそ、あの後、何もありませんでした?」

 

 手元のクリップボードにある白紙は何も書かれていない。今はそれが変に気を使わせずに済んだことへの安堵となっていた。署名運動をしていたなんて言ったら、彼女は必死で止めることだろう。

 それにいまは叔父さんのことについて触れてほしくないようだ。質問に質問で返したのはそういう意味が強いのだろう。にぃにという言葉も、それが影響しているのかもしれない。

 

「もちろん大丈夫だよ! 僕たちの結束力を舐めないでね!」

 

 偉くしんみりしていたのは伏せておこう。親指を突き出して彼女を安心させようとした。

 

「その……ご迷惑をおかけしました……」

「北条さん……」

 

 それでも彼女は低姿勢のままだ。いや、それより距離を感じる喋り方に不安を感じてしまった。

 友達とは思えない赤の他人とのやり取りのような感情が湧いてしまう。叔父さんに何か言われたのだろうか。いや、きっとそうだ。

 叔父さんと北条さんを力づくでも引きはがさなかったせいである。あの時の選択が間違っていたとは思わないが、僕が少し状況を引き延ばそうとしたからこんなことになったのだ。 北条さんが苦しんでいるのなら、それは僕が招いた結果。

 責任は僕にある。

 

「ねぇ、この後時間ある?」

「え? えっと……」

「少しだけでも。良かったら祭りの準備でも見に行くとかさ」

「その寄り道するなって言われていて……」

「お兄ちゃんのお願いでも、ダメかな?」

「……」

 

 やはり釘を刺されていた。もし破ったらどうなるか、きっと身体で教え込まれているのだろう。そうなればまた学校に行けなくなるかもしれない。

 でも、このままだと彼女が耐え切れなくなるのも確かだ。今でさえ張りつめているのだ。息抜きをしないときっと僕の知らないところで破裂してしまう。それが一番怖い。だから僕も彼女との立場を利用させてもらった。

 

「見て行くだけなら、そんなに時間かからないと思う」

「分かりましたわ」

 

 根負けした様子の彼女は、どこかホッとした表情を見せていたように見えた。

 

 

 雛見沢祭りは初めてだが、一目見ただけで村全体がこのイベントに注力しているか分かった。古手神社の前、皆が集って準備を進めている中で初めに思ったことは、これほど人がいるとは思わなかったことである。失礼な言い方だとは思うけど、村の集会でもこれほどの人の顔を見られることはなかった。まだ屋台の骨組だけが全体を占める。それでも赤提灯の明かり、人々の熱気、そして祭り特有のにおいが伝わってくるぐらい、みんな気合いを入れて準備を進めているのだった。

 北条さんも去年は手伝っていたのだろうか。隣で眺めている彼女を見ながらそう思う。どこか他人ごとのように見ている彼女からは判断出来なかった。

 

「やっぱり。祭り前日だと、とってもにぎやかだね」

「そう、ですわね。とってもにぎやかですわ」

「えーっと。北条さんは祭りの日はいつも何してるの? やっぱり射的とかなのかな。それとも食べ歩き?」

「綿流祭四凶爆闘がありますから、これと言うのはありませんわ。射的はもちろん、食べ物早食い競争や金魚すくい対決とかもしますし」

 

 もちろん綿流祭四凶爆闘について園崎さんたちから既に聞いている。部活メンバーで行うことも知っている。

 だけどこのまま「知ってる」と言えば北条さんが喋ることもなくなる。今はこちらが聞かないと北条さんは喋ってくれないし、もう少し知らないふりをしてもいいだろう。

 

「綿流祭四凶爆闘ってそこまでしんどいものなの?」

「そうですわね。今までやってきたことは練習、明日が本番、そう言えますわ」

「そうだったんだ。祭りの日が本番だなんて聞いたことがなかったよ」

 

 今までも血反吐はくような想いをしてきたのは今日この日のためということか。思い返せばみんなの手のひらで踊り続けていた悲しき記憶しかない。本番になったら内容ももっと過激になることだろう。

 だけど昔やった料理対決とかがどう本番に結びつくのだろうか。出店を出して販売営業をするとか考えられるが、流石にそれはないだろう。いつものことだけど全く予想出来ないのが楽しい。

 

「明日楽しんでください」

 

 その言葉は彼女にとって何気ない一言だったのだろう。自分がどうしているか、それが分かり切っているからこそ出た。もちろん北条さんが悪いわけではない。

 ただ、その言葉は聞きたくなかった。自分は負けない、そう言っていた彼女が選んだのは我慢のような気がしてしまう。戦うのではなく、この状況からただ耐える。そんな気がしたからだ。

 じゃあどうするか、答えは一つしかない。

 

「ねえ。明日のためにちょっと練習しない?」

「え? 練習ですか?」

「そうそう。ほら、僕っていつも部活で負けてばかりでしょ? だから、明日もしみんなと戦うとなると、負けるのが目に見えるからさ。何か、対策をしておきたいんだよ」

「たった一日で皆さんと張り合えるなら苦労はしませんわ」

「負けるにしても、少しでも張り合えるようになりたいんだよ、だからお願い」

 

 北条さんが呆れたように溜息を一つ。そして両手を合わせてお願いすると、北条さんはまた一つ溜息をつくのだった。そして彼女は腰に手を当てた。

 

「練習は今できませんが、必要な知識なら教えることが出来ますわ」

「ほんとう!?」

「例えば、たこ焼きの早食い競争であれば、買い置きを選ぶぐらいは皆さんがよくしますわね」

「ほうほう、なるほど。姑息な手としてそれがあるのか……」

「姑息じゃなくて戦略ですわ……えーっと、あとは……」

 

 北条さんが一歩前に出て、周りを見回し始めた。そして過去にやったことがある出店を指さしては勝負の内容、そしてコツを一つ一つ教えてくれるのだった。かき氷屋の対決では、流し込むように最初は置いておくことや射的であれば当てやすいグッズについて、それぞれにコツがあり、彼女はそれを余すところなく伝えてくれた。

 

「ここまでされれば、そりゃあ勝てないって分かるよ……」

「私たちは勝つためにはどんな手段でも取りますから」

「はは、そうだったね。でもこれ前原君知らないだろうし、明日はひどいことなりそうだなあ」

 

 全てまわった後に僕らは少し人が少ない境内から全体の様子を見渡していた。石段を上った先だと人の声も遠い。だが、それも今日だけの話だ。明日になればここだって人で溢れかえり、周りの音に気を取られるだろう。そして、何よりもみんなと騒ぎ、遊ぶ。

 

「圭一さんが頭を抱える姿が目に浮かびますわ」

 

 北条さんはクスリと笑っていた。最初は笑みもなく、淡々とただ伝える感じで、これはこうすればいい、まるで業務連絡でも伝えるかのような感じで楽しそうに見えなかった。少なくとも話したいという気持ちがなかったといえる。

 だけど、一軒、そして二軒と巡っていくと彼女の口数は徐々に増えていった。最初は内容の補足、次に過去の苦労談、そしてみんなの話。話が増えるとともに彼女の表情も豊かになっていった。いつもの北条さんじゃなくても少し元気を取り戻した気がする。だからこそ、どこか他人ごとのように言ってしまう北条さんに対して、悲しい気持ちになる。

 

「明日、本当に来れないの? こっそり抜けだしたりすれば……」

「私は、明日…………用事が……」

 

 ちょっと気が利かない一言だったかもしれない。北条さんの表情はまた陰りを見せていた。

 

「…そう。ごめん」

「……気を使わせてしまいましたね」

「え?」

 

 北条さんは僕の袖を掴んで、じっと見つめていた。

 

「おかげで元気が出ました。私はもう大丈夫ですわ」

「……ほんとうに?」

「えぇ」

 

 笑っている。歯を見せ、にっこりと、自然ではない作り上げた笑みをこちらに向けていた。

 きっと彼女の言葉には、僕が望んでいる意味はない。耐える、それが彼女の言葉に込められている意味。誰かに頼ることなく、自分で生き抜こうとする。彼女の中で、現状から立ち向かう意志はないのだろう。だから、変わることがない。

 でも信じたい。北条さんだって変わって、自分から立ち向かおうとしてくれることがあるはずだ。今までの楽しかったことがばねになって、反動から立ち向かう意志が生まれる。そうなってくれればいい。

 誰だって急に変わることが出来ない。今日のことだって少しでも北条さんが思い出せればいいと思っていた。これがきっかけで北条さんの中で何かが小さく変わればいいなと。結果としてはまだ無理だったけど、いつか変わると信じている。時間は、あるはずだから。

 

「じゃあ、帰ろうか」

「……はい」

 

 北条さんが付いてくる様子はない。いや、足取りが重く、一歩一歩踏み出すのを恐れていると言っていい。

 またチクリと胸を差す。時間を掛けることへの躊躇い。彼女の表情には、まだ今しか見えていない。なんて悲しく、辛い瞳なんだろう。

 彼女は頭を預けてきて、表情を隠して呟いた。

 

「少しだけ、このままに……してください」

 

 震えていた。少しだけ見せた、彼女の本当の気持ち。

 明日の雛見沢祭りは無理だとしても、いつかきっと変えられる。僕らはそう信じて動いていくしかない。

 今の自分に出来たことは、彼女の頭を撫でることだけだった。

 

 


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