コンテストもリアルも落ち着きを取り戻したので、更新しておこう……w
前原君はトイレの入り口前で待機していた。壁にもたれることなく、仁王立ちで腕を組み、真剣な表情で出てきた僕のことをジッと観察していた。
口元は授業のときと変わらない。引き締められ、何か言いたいことを抑えている。
それが何を意味しているのか、今の僕には理解できたような気がした。
戸惑いながら、手を上げる。
前原君も同じように手を上げてくれたことにだけで軽く安堵した。
「どうしたの。前原君?」
そんなとぼけた口調で笑ってみせる。自分でも滑稽だと思えるぎこちなさ。
どうしたの、なんてふざけたこと。どう考えてもあれしかないというのに。
そして彼は単刀直入に切り出してくれる。
「孝介。話っていうのは沙都子の件についてだ」
「……うん、だよね」
分かりきっていたこと。だって、今の今までそのことで自分が悩んでいたことは部活メンバーにお見通しなのだ。北条さんを精神的に救出するにはどうしたらいいかも、具体的な算段でさえ、イメージ出来ていない。
そのせいか、胸の中にある警鐘は鳴り止むどころか、また大きくなっているのだ。
なぜか分からない僕には、もう正しい行動が何か分からない。
「もしかして、何かアイデアとかを伝えてくれるために?」
……そして、それについてみんなは不安に感じてくれている。
手助けして欲しい、答えが欲しい。たとえそれで情けないやつだとしても、だ。
求めるようになってしまった僕の言い方に、前原君は軽く肩を落している。
「孝介、悪いんだがアイデアは……ない」
「そうなの……じゃあ、今からどうやって北条さんを救い出せるか、アイデアを考えてくれるのかな?」
流石は前原君。僕のために彼は力になってくれるというのだ。
「孝介……!!」
でも話を切られた。続けて言いたかった自分の口が固まってしまう。
知恵先生のような諭される言い方ではない。感情を押し殺したような、そんな含みのある言い方が感じ取れる。そして溜めに溜めている何かが、僕には分からない。
とにかく話を聞こう、そうやって相手に合わせることばかり考えていた。
「どうしたの?」
「俺は確かに沙都子の話をしたい。だが、それ以上に…………」
「……それ以上に?」
「孝介。お前の話がしないといけない」
思わず顔をしかめた。前原君の言葉の意味を考えることなく、自分の感情のまま聞き返す。
「どうして? 今は僕のことについて話をしても意味がないと思うけど」
「いや、意味はある。大アリだぜ」
むしろその意味しかない、そう言って詰め寄ってくる前原君。
圧倒されそうな雰囲気に思わず一、二歩と後ずさりしてしまった。その雰囲気は、転向する前の学校で担当の先生に怒られるそれに似ていたからだ。
「ど、どうしたの。何か気に障ることでも言ったのかな?」
「孝介、お前はここまでなってもまだ分からないのかよ」
「だから何を……」
「お前のそれが、いけないってことだよ」
指で胸を小突いてきた。
「どういうこと? ただ質問をしただけだよ」
「最近のお前、ずっと聞いてばかりだな」
「え?」
それがなぜいけないことなのか。むしろ相手の考えることを理解しようと頑張っていきたいから、聞いていることなのに。
それなのに、前原君はその対応をよしとしてくれなかった。
「孝介。お前は魅音が何で帰りにしてでも待ってくれたのか、分かってるか?」
「それは……きっとみんなも整理する時間が欲しいし、もし何かあっても対策が取れるようにって」
「やっぱりだぜ」
確信めいた言葉に我慢強いと自負していた僕も、そろそろ本題に入って欲しいと思ってきた。
「だから何がやっぱり? どういうことなの?」
「孝介、お前は大馬鹿野朗だ」
一瞬時が止まってしまったように感じた。
何を言ったのか、前原君のことがよく分からなかった。
「い、いきなりすぎる一言……変なこと言うね……」
「悪いが真剣だぜ?」
「いやいや……何でいきなり罵倒されないといけないのかな?」
「分からないのか?」
前原君は至って真剣な面持ちであることは分かっている。
でもだからこそ分からない。なぜそんな言い方をするのか、僕の話をするといってどうして結論がそうなのか。
質問に対して頷いた僕に、前原君は1つの答えを言ってくれた。
「孝介……お前は俺たちを仲間だと思っているのか?」
「え、そりゃあもちろん」
「じゃあ教えてくれ。仲間ってのは一方的にぶつけることで成り立つ関係なのかよ」
「えっと……」
言いたいことは何となくだけど分かる。
だからこそ腰を折って、しっかりと謝る事にした。
「ごめん。みんなにちゃんと相談すれば良かったのは本当かもしれない」
「だからそれが違うんだよ」
「何が違うの。みんなに相談すればそれでいいんじゃないの?」
「……」
いきなりだった。胸倉を掴まれ、一瞬の間に壁際まで寄せられてしまった。
唐突な行動に目を白黒させていたのに対して、彼は眼前で喚いてきたのだ。
……いや、吠えるといった方が正しいのかもしれない。
それほど彼の言葉には重みが存在していた。
「……俺は今までお前に対して教育的指導を行っていなかったが、やるしかねぇようだな」
「え、え!?」
「歯ぁ食いしばれぇええ!」
そして威力のあるパンチが右ストレートとして受けることに。
本気の一発。吹っ飛ぶことはないがふらついてしまい、そのまま床に崩れ落ちてしまった。
殴られた頬がジンジンと痛む。
それと同時に、湧き上がる感情は当然存在していた。
「何するの、前原君!」
「はッ! 腑抜けた野郎を更生させようと思っただけだ」
「だからって殴る必要はないでしょ!」
起き上がって掴みかかる勢いで近づいても、彼は一歩も後ずさりすることはなかった。
冗談じゃない。訳分からないままに殴られてはこちらの身がもたない。
前原君が何を望んでいるのか知らないけど、とにかく彼が何を想ってここまでするのか知らないとこちらも気が治まることはないだろう。
「孝介は何を怒っているんだよ?」
「殴られたこと! 当たり前でしょ!?」
「何でだよ?」
「何でって……そんなの分かるはずだろうに……!」
「分からないなぁ。もう一発殴ってやろうか?」
何でだろうか。前原君は自分のことを全然理解してくれようとしない。
いつもなら自分が落ち込んだことにすぐに気付いてくれているはずなのに、どうしてなのだろうか。
分からないけど、それがイラつく原因であることも間違いない。
「なんでこんなことするの!? 僕は北条さんを助けたいだけで、何も悪いことをしていないのに……!」
「どうして助けたいんだよ!?」
「それはみんなが計画してくれたんだから当然でしょ!?」
「じゃあ孝介、お前の気持ちはどうなんだ?」
「だからみんなに合わせるんだって……」
「そうじゃねぇ!」
僕の言葉は否定される。
「俺たちが決めたことじゃなくてお前自身はどうなんだよ!」
「僕が……やりたいこと?」
「お前はいつもそうだ! 俺たちがやろうとすることばかりに頷いて、お前はそれを一緒に付いていく。それじゃあ人形と同じだ! いいや、意思を持っているはずな分、余計に駄目だな」
「だって……」
僕の気持ちはきっと意味を成さない。だって僕には何の力なんて無いのだから。
「僕はみんなのようになれないんだから。みんなに合わせるのが最善なんだよ……」
「俺のように、なりたいだと?」
「前原君は凄いよ。いつも乗り越えようという気持ちがあって、前を向くことを諦めない。だからこそ、その背中を見て追いかけられるんだ」
「……」
「園崎さんも、竜宮さんも、北条さんも、そして古手さんも。全員が全員、己のいるべきところがある」
そう、このメンバーがいれば何も恐れることがない。
前原君のように状況を変えることも出来ない。
竜宮さんのようにみんなを勇気づけることが出来ない。
園崎さんみたいに勢いを作ることも出来ない。
北条さんみたいに新たな切り口を見出せるわけでもない。
古手さんみたいにみんなを落ち着かせることが出来ない。
互いが認め合い、己のやるべきこと、そして居る場所が存在している。
だから、このメンバー“だけ“で、いい。
「僕はそれを見ているだけで充分だから。みんなに背中を見せることなんて、出来ないよ」
みんなが手を繋いでいるその一歩後ろを、僕は歩いていく。
みんなが話しているその内容を、僕は聞いている。
みんなが光当たっている場所で……僕は影を踏んでいく。
「僕の出来ることは、みんなを信じることだけだよ」
「……」
「それだけ、かな? ごめんね、変な話だったかな?」
全て語った。それを伝えるためにも、前原君の目をしっかりと見つめた。
そして作っていると分かった笑顔で前原君の言葉を待つことにする。
さて、どんな言葉で前原君が引っ張ってくれるのだろうか、なんて考えて。
「まだだ」
「え?」