ひぐらしのなく頃に 決 【影差し編】   作:二流侍

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■影差し編【Ⅴ-Ⅲ】

 竜宮さんとこれからどうなるんだろう。

 そんな不安を抱えた次の朝、状況は一変すると思われたかに思えたのに、出会ってみたのはいつもの竜宮さんの笑顔であった。ニコニコして、元気よく、世話好きの竜宮さん。そこに変化がなく、むしろ昨日の竜宮さんがどうしてあそこまで変わってしまったのか。

 そしてもう1人の存在も忘れてはいけない。彼は行きの間もずっと押し黙っている様子だった。というのも、竜宮さんから「どうだった?」と聞かれても「あぁ……」と上の空の答えを返していて……。他のことについて話せば、ちゃんと冷やかしをしてくれるというものだった。

 どうなのかも、どうなったかも伝えてくれない。何か自分で難事件に立ち向かっている様子の前原君は朝の教室まで続くことになった。

 毎日楽しく過ごしていた朝は居心地悪い空間に感じる。

 何か、みんな違うように見える……

 仮面を被ったかのように見えてしまう竜宮さん。そして、自分のことで一杯の前原君。

 おかしい、そう思う自分もどこかでネジが歪んでいるのかと思っていた。そのせいか、見上げる澄み切った空にもどことなく陰りが見える。

 そして、教室に入った。

 当然前原君は前のドアで開けようとする。警戒心などない、それは期待の裏返しであっただろう。

 ……でも結果は悲鳴ではなく、ため息でしかなかった。

 

「お、孝ちゃ~ん。レナぁ~! おはよ~う」

 

 そんな中、園崎さんは入ってきた僕らに対して笑窪を見せてくれた。

 

「おい魅音! 俺にも挨拶しやがれ!!」

 

 元気の良い挨拶につい前原君もテンションの高いツッコみで返す。それだけなのに、少しだけ雰囲気が緩和されたような気がする。

 

「園崎さん、おはよう」

 

 席に座りつつ、彼女が座る席に向き直る。

 

「今日も元気そうだね、園崎さん」

「そういう孝ちゃんは元気がないねぇ? どうしたのさ?」

「え? まぁ、あはは……そりゃあ色々あったし……」

「そんな固い表情してたら、幸運も逃げちゃうよ~?」

「……魅ぃちゃん。昨日の件なんだけど、何か分かった?」

 

 竜宮さんだ。僕らの会話を喰ってさっさと前原君との結果を知りたがっていた。それは友達として心配する彼女の当然の行動。誰も咎めることはなかった。

 

「……なんだ。圭ちゃん、ちゃんと言ってなかったの?」

 

 責めるような目つきになって前原君もたじろぐ。

 

「だって、言える訳ねぇ……。まさか。……」

 

 困ったように僕を見つめてきた。何か僕に関係することでもあったのだろうか……?

 

「そうだね。ここで言ってもどうしようもないね。それなら、梨花ちゃんも交えて話をした方がいい」

「古手さん? でも、彼女は北条さんのことを……」

「だからさ」

 

 園崎さんは言ってからの行動が早い。席に立ちあがって、前に座っている古手さんに近くで呼びかけていた。内容はクラスの賑わいのせいで聞こえないのだけれど、あまり微笑ましいものではないのは分かる。

 最初は古手さんも首に振って、否定を示す。当然だ、今から北条さんのことについて話すと言っているのだから。だけど、なおも園崎さんが手振りで説得を試みていると、渋々という感じではあるが、首を縦に変えていた。

 2人のやり取りが終わったと思うと、こちらに親指で廊下に出るとジェスチャーを受ける。ここでは話しづらい、そう言いたいのは明白だ。

 クラスのみんなから離れるように廊下に出ると、余計に1人いないことへの寂しさを感じさせる。

 

「それで? 喋ってくれるんだよね?」

 

 竜宮さんが扉を閉めつつも、園崎さんに問い詰める。

 

「そうだね……とりあえず昨日見たことについてを言った方がいいね」

「昨日……やっぱり、後を付けたの?」

「あ、そうか。孝介はまだ梨花ちゃんのことを知らなかったか」

 

 僕が古手さんを見ていたことをそう解釈してくれた。

 

「俺たち、結局梨花ちゃんの部屋まで行くことになったんだ」

「え?」

 

 まさかである。あれだけ様子を見るだけと言っていたのに、まさか部屋を覗いていたなんて……。それには理由があるのだろうか。

 

「俺たちも入るつもりは無かったんだが、その……」

「梨花ちゃんがね。部屋の中で叫んでたのよ」

「古手さんが?」

「……ボクも聞かれてたとは思ってなかったのです」

 

 古手さんは苦笑いをしつつ、自分の失態についても笑っているのだった。

 

「それで心配になって見に行ったんだよ」

「そこで沙都子ちゃんの様子を見たって訳なんだね?」

 

 竜宮さんが全てを知ったと言いたげだ。当然返ってくるのは、北条さんがどうなっていた、北条さんが病気になっていた。そんな話になってくるはずだと思うから。

 でも、園崎さんは首を横に振る。

 

「いいや、様子を見ることは出来なかった」

「どうして? まさかいなかったの?」

「そのまさかだよ」

「じゃあ入院したとでも言うの?」

「……そこからなんだよ。あたしが気になっているのは」

 

 園崎さんは目を細め、前原君と自分の2人に対してある確認を取ってきた。

 

「先日の出来事なんだけどさ。圭ちゃんと孝ちゃん……後は亀田さんだっけ? その3人でエンジェルモート行ったんだよね?」

「うん、そうだけど……」

 

 前原君も同じように頷いていた。

 

「そこまでは何もなかっただろうから、いいんだよ。問題はその後。帰り道に誰かに会ったんだよね?」

「え?」

「圭ちゃんからそういう話を聞いたんだよ。そういえば沙都子を知らないかと聞いてきた男性がいたって」

 

 そう言われて、思い出すのは金髪のいかつい男の姿であった。

 

「うん、確かに出会った」

「……そいつ、たばこの臭いとか、金髪とか。そんな特徴なかった?」

「うん……」

 

 段々不安になってきた。彼女のいう事はまさにその通りで、まるで会っていたかのような自信と不満が混じっている。そして何より、隣にいる竜宮さんの顔が青ざめていくのが分かった。

 園崎さんはそこで手で顔を埋める。予感ではなかったこと、それを知らされ、絶望するのがよく分かった。古手さんも隣でスカートを掴んで、園崎さんを励ましている。

 状況が分からない自分に答えをくれたのは竜宮さんだった。

 

「それね、沙都子ちゃんのおじさんなんだ」

「え? 北条さんの、おじさん?」

 

 前原君はもう知っていたようだ。その顔に驚きの顔がない。

 

「おじさんがいたから、北条さんがいなくなったていうの?」

「そうだよ。沙都子はそのせいでいなくなった。梨花ちゃん、そうだね?」

「……」

 

 否定をしない。それが何よりの答えだった。

 

「でも、おじさんなんだよね? それなら、一緒に暮らすということなんじゃないの?」

 

 自分でもそんなハッピーエンドに向かうとは思えない。おじさんに出会った時の印象から察するに、状況はよろしくないことになりそうなのは目に見えているからだ。

 だからこそ、彼がどんなことをしていくのか。それを聞く必要があった。

 竜宮さんは僕の意図をくみ取っておじさんのことについて説明を始めてくれた。

 

「おじさんは以前にも北条さんを引き取ってくれたことがあるんだよ。でも、家庭内で色々あったって話を聞いていて……」

「色々?」

「暴力沙汰とか、そういうこと」

 

 北条さんが昔というのなら、それは小学校に上がる前、もしくは上がって間もない話なのか。それなのに、養父である人が暴行を……もしかして、北条悟史という人も同じような目にあっていたというのだろうか。

 

「ちくしょう! 何だよそれ……!」

 

 前原君がその話を聞いて苛立っているのが分かる。扉に八つ当たりするために思いっきり平手で叩いていた。

 

「それじゃあ沙都子は家族を失ったにも関わらず、更に暴力を受けたということなのかよ……!」

「ううん。実際は沙都子ちゃんには大きな被害は無かったみたい。そりゃあ平手打ちなんてあったかもしれないけど、本当に大きな怪我ということにまでならなかった」

「それは入院をしたら、学校からの報告があるからじゃないの?」

 

 法律があれば、北条さんを守る事が出来る。事実を隠蔽するためにも、目に見えない形で暴行に当たっていた。

 そう予想したにも関わらず、園崎さんは首を横に振る。

 

「違うよ。確かにそれもあるんだろうけど、もっと別で動いていたことがあったんだ」

「どういうこと?」

「悟史の存在だよ」

「……」

「……悟史は沙都子を庇っていたのですよ。何度も叩かれそうになったら、それを守ったのです」

 

 だから、僕が罰ゲームの時に暴行を庇ったことが北条さんにとって、にぃにとなったのか。何度も庇って、力で屈服しない彼の姿を思い返して。

 

「だったら、なおのこと駄目じゃねぇか!」

「前原君……」

「今、あいつはそんな悪党のいる場所に連れて行かれたんだろ!? そして今はあいつを庇ってやれる奴がいない。孤独で耐えている。ようやく手に入れた小さな幸せさえ、あいつには切り捨てないといけないのかよ。そんなの……あまりにもひどすぎるだろ」

「……圭ちゃん、その気持ちは痛い程分かるよ」

「沙都子はそいつの家に住んでて幸せなのか?」

 

 確認するように古手さんに聞く。答えはNOだった。

 

「じゃあ梨花ちゃんと暮らしてて、辛そうな顔をしたことがあるか?」

「……ないと思うのです」

「だったら話は簡単だ。沙都子を救う、それだけの話だ」

「そうだね。沙都子ちゃんが苦しんでいるのをただ黙ってみるなんて見過ごせないもん」

 

 お互いの気持ちを理解しあい、みんなが団結しようとしている。僕だっておじさんの魔の手から救うべきだというのは同じ気持ちだ。

 だからこそ、これから警察に行って事情を話すなんてことをすれば――――

 

「……みんな、落ち着いてほしいのです」

「古手さん?」

「……気持ちは分かるのです。でも、そこで力で解決しようとするのは意味がいないのです」

「え? あ、あぁ……」

 

 戸惑いつつも、前原君はそのように答えた。他の2人も同様に同じように返す。

 彼女は何を意味してそんなことを言ったのだろうか。

 とにかく彼女の気持ちには賛成だ。まずは身近で出来ることを提案することにした。

 

「なら……まずは先生に相談しない? それで先生からアプローチしてもらうとか?」

「あぁ、そうだな。状況を更に詳しく知るためにも、まずは情報を集めよう」

「朝の時間はもう無理だし。とりあえず昼休みに職員室へ行くのはどう?」

 

 みんなで計画を立てていく。

 北条沙都子を助けるため、部活動が始まったのだった。

 


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