■影差し編【Ⅴ-Ⅰ】
昨日出来事から、少しだけ朝日に励まされるような日だった。快晴の今日、雲はなく、空は澄み渡っていて、見るものをホッとさせる。登校するにはもってこいの天候だ。
そして隣には前原君がいる。ニッと歯を出しては、先ほどから今日の学校の内容について話してくれて、昨日の件については触れない。それは優しさからなのかは分からないけど非常にありがたいことであった。
「でだ。今回は俺から提案することで心理戦を絡めたゲームにするつもりだ!」
何度も部活でやられたことへも仕返しを今日は返そうという話をしてくれる。
僕が「そうなんだ」と相槌を打っていると、向こうから元気のある声で呼びかけられた。
「圭一く~ん、孝介く~ん! おはよ~!!」
竜宮さんが手を上げてこちらに歩み寄ってくる。炎天下でも彼女の元気な姿は以前と全く変わらない。
「おうレナ! おはよう!」
「おはよう、竜宮さん」
彼女の笑顔につられて、僕らも笑みで返しながら挨拶をした。園崎さんはまだ来てない。
もう少しだけここで2人と雑談していくことになりそう。
「昨日は楽しかったのかな、かな?」
竜宮さんがそう聞いてきた。そりゃあ野球試合の帰りに前原君が「俺たちは約束の楽園(エデン)へ行ってくる」なんて言っていたからね。知らない彼女には何があったのか聞きたいのも当然だろう。一応相手チームの人と関係を持つということぐらいは知っているけど。
因みに、交渉のために園崎さんと北条さんはどこ行くかも知っている。
「あぁ! パフェで新たな信仰が生まれたからな!」
「はぅ~。親交が生まれたってことは仲良くなったのかな、かな?」
「あぁ、バッチリだ! 大切な信者が出来たぜ!」
「えぇ!? 友達は信者なのかな!?」
「ん? まぁ今度会った時には世界をどう染めるかを話し合うつもりだ!」
「何でだろう、物騒な話にしか聞こえないよ……」
「まぁ、竜宮さんの考えは大きく外れてないと思う……」
というか最初の方で会話のねじれが生まれていたような気がする。
「それよりもさ。竜宮さん」
言い方の悪さがあったせいか、ムッとした表情で前原君が見つめてくる。それを合掌で謝ってから、首を傾げる竜宮さんに向き直った。
「雛見沢の祭りなんだけど、えっと……」
「綿流しのことかな、かな?」
「そうそう、その綿流しのことだけど、部活メンバーで集まると言うことはあるの?」
「あれ? これって圭一くんにしか話していなかったっけ?」
「あの時はぁ……確か俺しかいなくて、孝介が寝込んでいた時だったか?」
寝込んでいた時、それは入院をしていた時の話をしているのだろう。とりあえずこの返し方をするということは部活メンバーで集まって楽しく過ごすということなのだろう。
……綿流しのビッグイベントがあるというのは家族の朝食の話題でもあった。孝介はどこで遊ぶのか? とも聞かれて気になったのだけど、やはり部活メンバーでも事前の計画はあったようだ。
「やっぱり何かするの?」
「もちろんだよ!! 綿流祭四凶爆闘があるもんね!」
「わたながし……え、何て?」
「綿流祭四凶爆闘だ! 俺も名前だけだが、祭りの屋台をそこら中回ってから戦うというものだ。今までの部活の総合格闘技となったものと思えばいい!」
つまり今まで全敗の僕は死地に立てと言っているわけですね。
「圭一くん! 魅ぃちゃんも言ってたけど、今回は人数も増えたから綿流祭六凶爆闘かな、かなッ!」
「お、そうか。確かタコ焼きの早食いとか、射的ゲームとかなんだろ?」
「うん! 全部にコツがあるから、頑張ろうね!」
「うぅ……頑張れるかなぁ……」
相変わらずやることは部活、ということだ。この話の方がよっぽど物騒な話にしか聞こえないし、何より自分の負け姿しか想像できない。
彼女たちはにこやかに話しながら、自分たちがいつ集まるかの再確認を行っていた。
「それで、俺たちが沙都子たちの家に行って合流すればいいのか?」
「梨花ちゃんは綿流しでの舞のために先に行ってるからね。多分いるのは沙都子ちゃんだけかな、かな?」
「古手さんって何かするの?」
「うん! 大切な行事を巫女として頑張ってもらうんだ!」
「ふーん」
やはり神社の近くで行うだけあって、境内にて何かを執り行うのだろうか。そもそも古手さんって神社での跡取り娘的な存在というのは聞いたことあるけど、具体的に何をしているのだろうか。
しかし、それを聞く前に誰かが別の単語に反応したようで。
「なぬぅ!? 梨花ちゃまの巫女服姿を拝めるのかッ!?」
目をクワッと見開いて、竜宮さんに詰め寄り、更なる情報を聞き出そうとしている前原君に対し、竜宮さんは冷静な対応で接していた。
「梨花ちゃんは巫女服を着るかな。……梨花ちゃんの巫女服姿……可愛いよぉ!!」
いかん、竜宮さんが妄想でどこか別の世界へと飛び立ってしまっている。鼻血を出していないところは、唯一の救いだ。
こうなると歯止め役の前原君なのだが……。
「おい孝介、綿流しは前日の夜中から席を取っておくぞ! ビニールシート、カメラと三脚、画材とビデオカメラ、後は双眼鏡を持参だッ!!」
「えぇッ!? どんだけ拝みたいの!? ってか前日の夜から集まってたら、疲労で綿流祭六凶爆闘に勝てないから!!」
「いいんだ! 男には、負けられない戦いが、あるんだぜ……?」
「そんなところで全力を使いたくないよ!! 竜宮さん、助けて!」
「はぅううううッ!! 圭一くん! その写真私も買うね!!」
「いいぜ! でも、それなら場所取りに協力してもらうことになる! 具体的な場所だが、まずは色んな角度から舐めるように撮るためにも――――」
「駄目だッ! もう僕の手には負えない状況になっている!」
これが都会と田舎の差なのだろうか。
なんて密のある話なんだろうか、これが同じ学年の仲間だとは信じがたい。1人は獲物を狙うハンターのように目の眼光が怖いことになっているし、もう1人は鼻血を噴出中。……そろそろ止めないと本気で死に関わりそうな血の量という不安と共に、ただ迷うことしか出来なかった。というより村の人がこれを見たら、恐怖に悲鳴を上げられそうな構図でしかない。
誰もが新たな展開を待ち望む状況下の時、1人の少女がこちらを見ていた。
「あぁ! 園崎さん!!」
「えーっと……あ、あはは……これは一体どういう状況?」
指で頭を掻きながら必死に状況を理解してくれようとしてくれる園崎さんは本当に助かった。
「園崎さん! 助けて!」
「いや、助けるべきはレナだと思うんだけど……!?」
「とにかく早くこっちへ来て!」
「はぁ~。圭ちゃんがいながら何でこうなるのかなぁ……」
そんなこと言われたら、前原君が発端ですなんて言えないじゃないか。
とりあえず2人を落ち着かせよう、そう言い聞かせて、僕が竜宮さんで園崎さんが前原君を受け持つことになる。
「りゅ、竜宮さん! とりあえず当日まではその興奮を抑えといて!!」
そして出来ればそのまま興奮が終息してほしいです!
「駄目だよぉ!! もうレナの頭の中は梨花ちゃんで一杯だよぉ!」
「そんな精神末期患者みたいな言い訳しないでよ!?」
「はぁううう!!」
両腕をぶんぶん振り回して、興奮を外に発散し、そしてその興奮が僕への暴力へと変換されていた。何度も頭を殴られてめちゃ痛いです。
何とかしたい。ここで暴れるなと進言したいのだけれど、彼女の声で打ち消されてしまっている。彼女の声はアラームか何かなのかと疑っていた時、園崎さんを目の端に捉えた。
「孝ちゃん、そっちは終わった?」
見れば分かることなのに、そんな質問を園崎さんはしてきた。向こうはどうやら前原君を抑えることに成功したようだ。よく見れば前原君が横倒しになっていて、更にはピクピクと脈打つような動きをしている。
……一体何をどうすればこんなことになったのだろうか。
それを聞いてしまえば終わりのような気がしたので、とりあえず園崎さんにも協力を仰ぐことにする。
「孝ちゃん、こういうのは無理にでも抑えないと難しいと思うよ……」
「えぇ……でも……」
何をされるか分からない。無理にでも止めようとしたら、いつの間にか地球にキスなんて状況になりかねなさそうだし……。
「時には強気な姿勢を見せないといけないよ」
「ま、まぁそうだけど……」
「ファイトだよッ! 孝ちゃん!」
「……って言いながら、竜宮さんと関わるのを回避してない?」
「……あっはっは! 何のことかさっぱりだね!」
ま、まぁ僕が止めると言っていたし、ここは僕がやるべきなんだろう。
強気に……か。上手く出来ればいいけど。
「りゅ、竜宮さん!」
そう呼びかけても彼女はまだ落ち着いてくれない。このまま古手さんのところへ乗り込んで誘拐しかねない興奮。とりあえず、振り回している腕が自分の中での脅威でしかない。
とりあえずそこを抑えてから話に持っていけば何とかなるのかもしれないと思った僕はその腕を掴んだ。
「はぅうう!! 孝介くんでも、この興奮を邪魔させないよぉおおおおッ!!」
瞬間。僕は初めて鳥になった瞬間を味わえた。
「……あー。やっぱこうなったかー……」
そんなボヤキが聞こえるのも束の間、背中と地面の衝突。滅茶苦茶痛い中、土煙で目に涙を溜める羽目に。いや、そうじゃなくても涙目になっていたことは間違いないだろう。
ここまでの事態になってようやく自分が何かされたことを思い出した。同時に頬に痛みを通り越した鈍い感覚が蘇る。
「……いたい」
どうやってやられたのかさえも理解出来ない。これが世に言うレナパンというものなのか。……いや、世に言われているのかは知らないんだけど。
「ほーらレナ。孝ちゃんが捨てられた子犬みたいな目で見てるよ」
「はぅううぅぅ……?」
そう言われて僕を見た竜宮さんは風船が窄むような言い方と共に、落ち着きを取り戻してくれた。何度も瞬きをした後、僕が殴られたことへの反省が生まれたのか「あわわ、ごめんね!」と駆け寄ってくれた。
「レナぁ……別に興奮するのが悪いとは言わないけど、ちょっとは反省した方がいいと思う」
「そ、そうだね、圭一くんと同じ感覚でやっちゃった」
「俺はどうでもいいのかよぉ!?」
何時の間に前原君も動き出していたのだろう。起き上がって、竜宮さんの頬を抓っていた。
「はぅうッ! やーめーてー!」
「ったく……魅音も魅音だぜ。俺には説得でいいじゃねぇか」
「あはは! たまには鉄拳制裁も必要かと思ってさ。効いたでしょ?」
「いや、効いたとかそういうレベルじゃないんだが……」
ようやくもとに戻った前原君は衣服についた砂を払いながら苦言を吐いていた。
そして僕も竜宮さんに手を貸してもらって起き上がる。前原君同様に砂を払おうとすると、竜宮さんが背中を払ってくれた。
「ま、落ち着いたというところで。一体何でこうなったの?」
「古手さんが綿流しの時に神社のイベントのことがあるって言ったら……」
「あ~、そういうこと」
流石の察しの良さである。園崎さんは呆れたように笑いながら、地面に置いていた鞄を取り上げていた。
「孝ちゃんも気をつけるんだよ。綿流しの時には綿流祭四凶爆闘があるんだから」
「もう……分かってるよ」
絶対にこれ以上の体験が待っている。そんなことは園崎さんが言う前にとっくのとうに分かっていた。しかも、その一味として園崎さんも加わっているのを忘れてはいけない。古手さんに、前原君、北条さんに竜宮さん。こんな人数相手に部活以上の活躍をしろとは難しい話である。
……ん?
「ってか、俺たちちょっと遊び過ぎてないか!?」
それを原因である前原君が言いますか。そうは思いながらも、事実として時間を掛けすぎたことは否定できない。のんびり歩いて、ゆっくり出来る。なんてことはなさそうだ。
「みんな、走るよ!」
園崎さんの掛け声をきっかけにみんなで徒競走が始まった。
で。
「――――ぜぇぜぇ」
学校校舎、入り口にて。
たどり着いたころには、膝に手を置かないと酸素不足に悩まされそうな状況になっていた。この炎天下の中、自分に体力を求めるとは、みんな僕を殺しにかかっているとしか思えない。相変わらず、頬は痛いし、今日は厄日で決定だろう。
「大丈夫、孝介くん?」
「学校には……ついた……からね……」
「相変わらず孝ちゃんは体力がないねぇ。もう少し体力を付けないと」
園崎さんの助言もあまり耳に入らない。学校にたどり着いたおかげで日照りはなくなったけど、クーラーという概念が存在しないここでは暑さ消えず。
溢れ出る汗を鞄に入れていたタオルで拭いながら、手で団扇のように仰ぐしかなかった。
「さてと、それじゃあ俺は行かないとな」
前原君がそう言うのは北条さんのトラップを受けに前の扉へと向かうということで。毎朝のように回避を試みては毎度のこと汚され続けているのだった。
「圭一くん、今日は回避できそう?」
「任せとけ! 最近の沙都子の傾向も読めてきたからな」
「……ふぅー。っていうより、今日は遅いから、もうトラップなんてないんじゃない?」
あり得ないだろ、そう言いたげな前原君は扉の前で腕を組む。
「まずは足場にトラップはない……と」
1つ1つ、廊下での違和感が存在しないかをチェックしていく。今日は趣向を変えたのだろうか、廊下には何もなく、今回は教室にトラップが幾重にも用意されているようだ。
前原君も流石にトラップを仕掛けられていないことを訝しんでいた。彼女は注意を逸らすためにも廊下に仕掛けているという人だったために、その違和感は大きい。
「やっぱトラップはないんじゃないのかな?」
先生が来たときにはトラップを片付けないといけないのだし、時間ギリギリの自分たちのために待てず、処理してしまったと考えてもいいだろう。
それはないと首を振った前原君は扉に手を掛ける。
「沙都子! ここで安心させようと意味がないからなぁ!」
大きく開け放ち、彼はいつでも来いとばかりに両手を開け広げた。
僕らも流石にここから北条さんのトラップ地獄が待っているだろうと、前原君のところまでやってきて、教室の中を覗くようにする。
そこにいたのは……無傷のまま茫然としている前原君だった。
「お、おぉ!?」
困惑する前原君。それは当然だろう、何もなく、すんなりと入れたなんて彼にとって転校初日以来なのではないだろうか。やはり先生が来ると見込んで片付けたのだろうか。
前原君は次の瞬間、ふははと相手を馬鹿にするような笑い方で教室中に響かせていた。
「沙都子! お前がまさかそこまで気弱な奴だとはぁ……」
彼の勢いは徐々に落ちていくのが分かる。何かあったのだろうかと3人で顔を見合わせる。前原君はその後も何も言ってこない。
僕らは教室に入って、それから前原君の顔を見た。口を開き、眉を潜めた姿に、僕らも同じような表情になってしまう。そのまま前原君の顔の方向を見た。
そこにあったのは北条さんの席、机だった。何もないその場所は、本当に誰もいない。
そう、高笑いをするはずの北条さんは教室にいなかった。