結局、それから彼女と会う事は無かった。用事が出来たのか、それともただ会いたくないと店内の奥にいるのか、それは分からないままである。出来るなら前者の理由であればいいなんて会計の精算のときにずっと考えていた。レジ打ちもどこか知らない眼鏡の女の子であった。
「だぁあああ!! だからパフェを食べるならイチゴは最後だろうがぁ! 最後に甘く、赤い口と赤い果実のキッスを行うことで締めるのが正義だ!」
「いくらKでもそこは譲れません! 柔らかい触感と共に蕩けるような最期を口の中で味わうのが普通でしょう!」
そして、前原君と亀田さんは今もなおパフェのことでずっと論争を行われている。タイトル『最後に口にするモノはなんだ!?』の元、イチゴ派とクリーム派で揉めているという訳である。
外に出てもその騒ぎは変わらない。耳に入る正義やら、愛やらの単語を聞き流しつつ、自分はエンジェルモートの階段を下りていた。二人と違って段差を気にしながら、一つひとつ下りていく。
行きは車で移動をしたのだけれど、エンジェルモートに行くということもあって入江先生には先に帰ってもらっている。帰りは前原君と2人で歩いて雛見沢まで……という話でまとまっていて、だからこそこんなに早く切り上げることになった。今は昼の4時ごろ、多分夜になる前には雛見沢に戻れる。
「――――孝介」
「……え、ごめん。聞いてなかった」
声を掛けられるなんて、驚いた。亀田さんとずっと話し込んでいたし……。
「さっきから様子が変だぜ? 何かあったのか?」
「別に……大したことじゃないよ」
「そういう割には辛い顔してるよな」
「そうかな?」
「あぁ、まるで嫌なことを言われたみたいな顔をしてる」
相変わらず前原君は人の顔というか、状況をよく理解している。「まぁ、そうだね」と言い返せば、前原君は少しの間黙った。何かを気にしているのかと思えば、亀田さんと会話をし始めて、続いて亀田さんが納得したように2度頷いてはそのまま逆の道に走り始めたではないか。
……どうやら僕のために前原君は亀田さんを追い出してくれたようで。2人とも自分のせいで別れるというのに嫌な顔1つもしない。それのせいで、感謝よりも申し訳なさが気持ちの中で存在していた。
「ごめん」
「気にするなよ。それで、詩音に何か言われたのか?」
「……そうなるよね。誤魔化そうとしても無駄か」
園崎さんのことで悩んでいる事はエンジェルモートに来てからと話してからとでは明らかに違うから分かることだろう。苦しむとまではいかないけれど、困惑していることは確かで、どうプラスなイメージで考えようとしても、鉛のように重い負の感情は消えてくれない。
「それで何か言われたのか?」
「……」
しかし、これは自分自身の問題である。北条さんの時と違って変わらないといけないのは自分のこと。それに自分が何について嫌いと思われたのかさえ理解出来ていない状況なのだ。それでは相談もアドバイスもないに等しい。相談しても無駄なことは目に見えている。前原君に変な気を回すだけのことになる。もしかしたら部活のメンバーにもその内容が分かってしまうかもしれない。当然北条さんの耳にも届く。そんなことになれば彼女は自分のことで精いっぱいなのに、自分のことを気にかけてしまうだろう。それでは意味がない。
まずは自分で解決を模索しないといけないだろう。もう一度自分で探して、変えて行かないといけない。
「うーん。そんなに大きなことは言われてないから……だから本当に困ったときには言おうと思う」
正直な今の気持ちを伝えさせてもらう。すると彼は悔しそうな顔で歪めていた。何かを嫌がるようなそぶりに僕は眉を潜めてしまう。
「本当にそれでいいのか?」
「え?」
「孝介。俺たちは――――」
そこで彼は口を閉ざして自分から視線を外していた。見る先は自分よりも肩ごしにあるもの。何かあったのだろうか?
「おう兄ちゃん」
そう声を掛けられたかと思えばいきなり肩を二度ほど叩かれる。
「は、はい?」
「ちょいと聞きたいんじゃが、この道を真っ直ぐ行けば雛見沢っちゅうところに行けるんか?」
そう聞いてきたのは体躯の良い身体に、少し相手を威圧するような鋭い目だった。金髪で後ろに上げられた髪がその人の特徴を表しているみたいで。その人からタバコの臭いがアロハシャツからにじみ出ているのが、それを助長させていた。
腕っぷしには自信がありそう。それだけは肩を叩かれたときに感じた力強さで分かる。
だからこそ、少しだけ怖気づいたのが本音であった・
「おい兄ちゃん、聞いてんのか?」
「え!? あ、はい。次の交差点を右に曲がった後に、真っ直ぐ行けば雛見沢には辿りつけますよ」
「そうかい」
感謝の言葉もなく、その人は背中を向けてくる。失礼な対応かもしれないけれど、その人とは深く関わりたくないと思っているためか、何も言わずにそのまま見送る形となっていた。
「あぁ、後一つあったんやった」
「はい……?」
「こいつしっとるか?」
彼が胸ポケットから取り出してきたのは1つの写真であった。そこには犬歯が良く見える活発的な少女で、それは僕らにはとても見覚えのある人物であった。
咄嗟に前原君と目を合わせる。前原君は相手の様子を一瞥した後に、小さく首を横に振ってきた。それが意味することは1つしかない。
「どうや? 見たことあるか?」
「いいえ、僕は見てません。ね、前原君」
「あぁ。すいませんが、俺たちはその子知りません」
「ま、ここらへんに住んでるものならしゃあないの」
別に怒った雰囲気も見せずに彼は再び写真をポケットに仕舞い込んだ。そのまま自分が説明した雛見沢への道を歩み始めて、そのまま曲がり角で消えてしまった。
「……ふぅ」
思わずそう吐息を漏らさずにはいられなかった。いきなり話しかけられたことに対する驚きも然り、そして何より、
「……何で沙都子の写真を持っていたんだろうな」
「うん。もしかして北条さんと面識のある人なのかも……」
「俺にはそうは見えなかったぜ?」
「分からないよ。どっちにしてもあの人と北条さんは友好的に関わっているようには見えないね」
想像が出来なかった。彼女が何かに巻き込まれるイメージしか、彼から受ける印象は存在しない。何か嫌な予感がする。そう思うのは僕だけではなく、隣にいた前原君の表情からも受け取れたものだった。
「あの人にはもう一度会いたいとは思わねぇな」
「そうだね。出来れば……そういえば、さっき僕に何か言おうとしてなかった?」
僕は先ほどの中断された内容を聞き返そうと思った。今のでうやむやとしてしまったのだけれど、彼は何か言いたかったのだろうか。
「……別に、何もないぜ」
「そうなの? その割には真剣そうな表情だったんだけどなぁ……」
「言いそびれちまったからな。また今度話すさ。ほら、暗くなる前に行くぞ」
そう言った頃には、既に街にひぐらしが鳴きはじめて。帰りはゆっくりしながら、無理をしない程度に明日も頑張ろうと思っていた。雛見沢に帰るころには夜のとばりが下りはじめていて、帰れば母さんの自分への様態を気遣えという軽い説教を受けることに。父さんと2人で今日の出来事を語り合って、明日の宿題への予習を済ませて床に就く。
いつもと変わらない日常で、明日も元気に登校してみんなと部活で盛り上がりたい。また今度、前原君は自分に向けて言ってくれることがあるのだろうか。
そんな希望を掻き立てながら、僕は明日に向けて瞼を閉じたのだった。
……そして次の日、僕たちはあの人のことをもう一度知る事になる。
これにて前編終了。ここからひぐらしのなく頃にでいう後編へと移っていきます! 日常から変わりゆく世界を描ければいいなと思っています! 頑張るぞー、おー!
そして何と! この『影差し編』にてUAが7777、『訳探し編』にて20000という記念すべき数値をたたき出せました。これもみなさんが見てくださったおかげです! 本当にありがとうございます
最後に希望を1つ……出来るならでいいので、評価して欲しいです>< 前半の終わりということもあるので希望だけを出しておきます!