目の前で嘆く亀田さんを見てそう思う。相手に同情したというのもあるかもしれないが、それ以上に前原君に反対気味だったのがあったのだ。正直このやり方は前原君の得意分野かもしれない。でもこれは説得ではなく脅しにしか見えないのだ。弱気者に選択権なんてない。そんな結論を良い気に思いながら見る奴はただ愚か者にしか出来ない。そして自分は……愚か者なんてなりたくない。
「前原君。別にそこまで言わなくてもいいんじゃないかな?」
「……」
「亀田さんを苦しませるだけならもういいよ。十分やったと思うし、これ以上しなくてもいいと思う」
「最後まで徹底的にしないといけないことは部活で感じたはずだぜ?」
「別にここは部活じゃないから」
「もしかしたら負けるかもしれないぜ? お前は試合で負けてもいいと言うのか?」
「負けたいとかは思わないよ。ただ……これは卑怯を通り越した何かにしか見えくて……。相手が苦しんでいる姿を見るために僕はここにいたんじゃないよ」
「都合が良すぎる話だぜ。まずは相手の戦力を削るのが常套手段じゃないか」
「もっと穏便なやり方もあると思うんだよ、勝手な希望かもしれないけどさ……」
「ふーん。ならお前がやってみてくれ」
「え!?」
試すかのように前原君が自分に説得してみろと言ってきたのだ。実際にやってみろと言われてもどのようにすればいいのか……。そんなのが分かっていれば、こんな言い回しもしなかったし、もっと自分で発言している。
それをしないと言う事はそういうこと。自分に自信がないということなのだ。前原君はそれを理解してくれなかったというのだろうか。
「出来ないのか? それとも何か理由があるのか?」
「えっと……」
言い淀んでいるのには当然理由がある。でも、それを言った所で前原君に反論されるのが目に見えている。口で前原君に勝てる気がしないのだ。
どうしようかを迷っていると、前原君は微笑んで、部活のルールを語ってくれた。
「……会則2条。1位を取るためにはあらゆる努力をすることが義務付けられている、だぜ」
「え?」
「何の努力もなしに言い包ませようなんて甘い考えはないよな、孝介?」
努力もなし……それはつまりただ文句だけ言っても意味がないということを言っているのだろう。しかし僕が言っても良い方向になるか、そこに不安を感じているのだ。
亀田さんはこちらを求めるように見てくる。自分のことを味方と思い、前原君よりも恐ろしいことはないと踏んでいるのだろう。実際そうだから強気な姿勢は出来そうにない。
「亀田さん……」
「た、頼む! 秘密にしといてくれ!」
懇願するような目で見ている。確かに僕には公開するようなことをしないし、それで脅そうとも思わない。それは彼が望む通りにすればいいと思うからだ。
……でもだからこそ、自分は言わずにはいられない。
「その……辛くないんですか?」
「何?」
「そうやって自分のたった1つのことを隠して、やりたいことを制限されて、辛くないんですか?」
「……それは」
「別に好きな食べ物のことじゃないですか。それが一般人とは違っていたとしても」
「お前とは立場が違うんだよ」
立場。そう言われて頷きそうになる。確かに自分はそう言われれば何も言い返せないような気がするのだ。簡単に跳ね返されそうで、助けてほしい。
そう思って前原君を見ると、僕をじっと見つめて確かめていた。もっと自分の深層にある部分を見せてみろ。そう目で強く訴えかけているように見えるのだ。とても手助けしてくれる様子ではない。
どうなっても知らないからね。そう心の中でぼやきつつ亀田さんに言わせてもらった。
「だからこそです。僕と違ってあなたはもっと自信を持っていいと思うんです」
「何?」
「僕にはあなたと違って野球が出来るわけでもないし、力も有名さもない。それはあなたが考えているように自由なのかもしれません。しかし、だからこそ僕にはそれを肯定する力もない。あなたと違ってそれを常識とする力がないんですよ。でもあなたにはそれがある。認めさせる力が手にあるじゃないですか」
「……」
「どう……ですかね?」
「そうだぜ。孝介、良く言ったな」
前原君ウンと頷いてきて、こっちに歯を見せて笑いかけてくれる。そしてその目を見て確信する。彼は僕に言わせようとしたのだ。僕自身の想いをしっかり伝えられるか。それを前原君は確かめようとしたのだ。
前原君はしっかりと伝わったのかもしれない。ここは俺に任せろ、そう言っているような目が証拠なのだろう。同じように頷き返して前原君のために一歩脇に避ける。
会話のバトンを受け取った前原君は亀田さんの前に立つ。
「お前は自信を持っていいんだ」
「だ……だが、俺は……人気を失う事が……」
「馬鹿野郎!!」
いきなり前原君は亀田さんを殴った。もう一度言う。右のストレートで容赦ないパンチを繰り出したのだ。
「えぇ!?」
咄嗟の出来事に目を丸くすることしか出来ない。
悲鳴も上げることが出来ない亀田さんは顔面から思いっきり地面にぶつかっていた。思いっきりぶつけてとても痛そうだ。
でもお構いなしとばかりに前原君は喚く。
「お前はいつからそんな小物になっちまったんだ!?」
「ぐッ……」
「お前は漢だろ!? たった1つのレールさえ壊せない奴がこれからの人生を切り開ける訳がねぇだろうが!?」
「い、イメージは大切なんだ……!」
「まだ殴り足りないようだなぁ!」
「何だよ! お前に俺の気持ちが分かるかよ!? 俺にはみんなからのイメージに怯え続けないといけないんだよ!」
「ならそのイメージをお前色に変えてやればいいんだろ!」
「……え」
亀田さんへの強い想いを前原君はその手から、肩を掴むことで伝えようとする。何度も力強くゆすり、自分の言葉を、一言一言亀田さんの救済の言葉であるかのように断言し、救済への言葉にしていた。
それに感化されたのか、亀田さんも自分の過ちに気づいたかのような目になっている。これが前原君の力なのかもしれない。
「お前が開拓者になるんだ! 野球という暑苦しいスポーツの成功の裏には、輝かしいパフェの希望の糧があったからだと!! そうすることで世界中の野球少年の可能性を広げられる。お前は未来ある子供たちに新たな選択肢として残してやることが、出来るんだ!」
「俺が……」
「そうだ! 誰にだってレールのはみだし者は否定される! 常識の外とされ、阻害され、自分の想いを封じ込められそうになる! しかし乗り越えてきたものはそれを発明家や改革者となり、己の道が正しきものへと変えられるのだ! そう、お前もそれは変わらない。お前自身が変わり、人の認知を変えてやるんだ。それは確かに難しいことだろう、しかし! 最初を超えればそこにあるのは何だ!?」
「な、何だよ……」
倒れている亀田さんが上半身を捻って前原君を仰ぎ見る。肩を置いて、前原君は愛しみの持った目で断言した。
「パフェさ……パフェなんだぜ」
「ッ!?」
「お前はそいつと一緒にいたいはずだ。一晩中喋りつくして、一日中見つめ合って……おやつの時間に食したいはずだ。甘く、優しいそいつをお前は愛でたいはずだ。なら答えは1つだろ?」
「俺が……新たな未来を……切り開けというのか?」
「出来る。きっとそいつの自由を……縛られている鎖を壊すことが出来る。だって」
「お前は…………パフェを愛してるから」
「俺が……」
「世界は残酷さ。例えパフェが無くたって世界は無情にも回り続けるんだからな。だが、お前は違う。お前にとってパフェが無いのは世界の停止、世界の色はモノクロに変わるんだ。だから世界を動し、そして色を作れ! パフェを……お前自身を救うんだ! お前の、その愛で! その気持ちと共に!!」
「俺は……俺は、パフェを愛してる!!」
「その意気だ!」
「くそぉ、こんな事さえ気づかなかったなんて……すいません! 俺が、俺が間違っていましたぁあああ!」
「あぁ、ああ! いいんだよ。誰にでもミスはあるもんさ」
「……」
えーっと何この会話。今他の人が見れば訳が分からないだろう。何せ自分でさえそうなる経緯が全く理解出来ないから。とりあえずパフェで新たな開拓をしていくということだけは分かった。別に共感は出来なかったけど。
あまりの出来事に開いた口を閉じていないことを気づくぐらい呆気にとられていた。
前原君はポケットから3枚の紙切れを取り出した。緑色と白いラインが入っていて、細かな文字が書かれているようだが、何かのチケットなんだろうか。
「ここにエンジェルモートのチケットが3枚そろっている」
「それは……! まさか、一般人が手にすることは出来ないという期間限定のプレミアムイベントの招待券!? それを3枚も……!」
「これを俺とお前と、後ろの奴と一緒に行こうと思う。因みに今日だ」
「ん? そんな話を全く聞いていないのですが」
「お、俺なんかが一緒に行っていいのですか……!?」
そして無視ですか。……ねぇ寂しいんですけど。
「但し条件がある。俺たちだって断腸の想いでこのチケットを渡すんだ。それなりの対価が欲しい」
「そ、それは……」
亀田さんは理解したのだろう。それが先ほど言っていた勝負事に関係していることを。
先ほどの余裕顔はどこへやら、葛藤を見せる彼の表情はもはや苦痛を見せていた。
「そうか、お前の愛はその程度か……。俺たちにそのパフェへの情熱、そして開拓への第一歩を見せてくれるものかと感じていたのだが……」
「違います! だって、それをすればチームメイトを裏切ることに……」
「試合はまたあるだろ? だがこのチケットは期間限定、しかも今日しかない。分かっているだろう? お前ならこのチケットがいかに入手困難の代物であるかを」
「ぐぅ……!」
「正しい世界を見つけるんだよ。パフェ世界は……お前を待っているんだぞ?」
「…………分かりました」
「交渉成立だな」
段取りは後に来る奴に頼む。そう言って前原君はこの場を後にしようとグラウンドへと足を向けた。慌てて後を付いていこうと背中を追うと、
「待ってください!!」
そこで亀田さんの必死の呼び止めがかかる。
「お2人をどう呼べばいいか教えてください! 俺に新世界への切り口を示してくれたあなた方は俺の救世主なんです! せめて呼び名だけでも!!」
「俺か、俺は…………Kだ」
「K……そしてあなたは!?」
「えぇ!?」
まさかあだ名とは……ってか前原君も言ってやれ、みたいなドヤ顔で僕を見てきている。
ど、どうすればいいんだろう。てか何で前原君はKって呼ばせようとしたんだろう。
「早く!」
「えっと……その……僕もKで」
孝介のKです、はい。それぐらいしか思いつかなかったので。
「2人の……K」
適当な呼び名のはずなのに、心に刻み込むように何度も復唱する亀田さん。何もしていないはずなのに、凄い羨望のまなざしを向けられてどう反応すればいいのだろうか。
そんな迷いを見せていると、前原君が僕の肩を抱いて宣言した。
「そう、俺たちは2人で1つのK……DualKさ」
「D……K……!」
「じゃあな。また後で会おうぜ、エース……いや――――
「DぃKぇえええ!!!」
叫び続ける亀田さんの姿をとりあえず優しい目で見てあげることで終わらせた。