ひぐらしのなく頃に 決 【影差し編】   作:二流侍

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■影差し編【Ⅳ-Ⅲ】

  そんな色んなことあって、試合当日!

 

 入江先生と電話にて予定を決めたときに、学校で待ち合わせることになった。時間は朝の9時集合で、いつもの登校より遅め。乗せてもらうといこともあるので一足先に着いておこう……と思っていたのだけれど、着いてみれば入江先生の方が早く。車の中で待機してもらっているならまだしも、こんな快晴の中外に出て待ってくれていたので、少し申し訳ない気持ちになってしまった。

 先生にとっては気にすることではないと思っているのだろうけど、とりあえず頭を下げておかないと。

 

「すいません。今日はお世話になります」

「あ、孝介さん。おはようございます、身体の調子はどうですか?」

「あはは……。まぁ一応無茶だけはしないようにしています」

 

 適当になっては我が部としての恥、という勝手な自論を持ち出して今週の部活動も観戦ということにしていた。おかげで罰ゲームをかい……じゃなくて前原君が受けてもらえる事になってとても嬉しかったです。

 

「そうですか。もう少しすれば走り回っても支障がないと思うので、それまでは我慢してくださいね」

「母さんからも同じようなことを言われました」

 

 病院から迎えに来てもらったときも、家に帰った時も、寝る前も学校行くときも帰ってきたときも。鳩じゃないんだから、そんな記憶に植え付けるようなやり方は勘弁して欲しかったぐらいだ。

 急がば回れ、そんな忠告は聞き飽きたと言ってもいい。

 

「じゃあ助手席に乗ってください」

「はい」

 

 入江先生が先に運転席に乗り込むのを確認してから自分も助手席に乗せてもらう。

 扉を開ければ冷気が顔に当たり、涼しげな空気が心地よさを感じさせてくれた。外と違って、クーラーが使えると言う事だけでやはり車は良い物だと実感できる。

 シートベルトの着用をしながら、エンジンキーを回している先生に質問をすることにした。

 

「みんなとは後で合流ですか?」

「そうですね。試合の場所で直接集合ということにしていますので、その時にみんなと会えますよ」

「みんなこんな暑いのに、よく自転車で出かけますよねー。本当にすごいや」

「篠原さんは出かけるのが嫌いなんですか?」

「いや、そうじゃなくて、単純に体力がなくて……」

 

 恥ずかしながら自分は外で遊ぶということに縁がなかったものなので、もやしっ子と言われても仕方がないほどである。

 そんな話をすると入江先生も笑ってくれた。

 

「私も体力はないですよ。でも医者として助言すると、少しは運動しておいた方がいいですからね?」

「都会育ちには少し辛いものがありますよ、ははは……」

 

 サイドブレーキを使ってようやく車が動き出した。自分の車と違ってエンジン音を喚かせることなく車に少し感動しつつ、静かに隣町へと向かっていく。入江先生は慣れたハンドルさばきをしながらも、先ほどの会話についてを質問してくれた。

 

「篠原さんは都会出身なのですか?」

「はい。ここに比べると、都会ですね」

「確かにここはのどかな場所ですからね。どうですか? 慣れましたか?」

「一応は。みんな優しいですし、何より楽しいです。ここに来て良かったと思えるくらいに」

 

 村の人たちには、頭に包帯を巻いていると「大丈夫?」、「いつごろ良くなるの?」なんて声を掛けてもらったぐらいだ。まるで自分の子を心配するような態度に温かい気持ちになれる。

 でも、だからこそ北条さんにしたことが意外にも感じてしまうのだけれど。

 

「それは良かった。村の良さを分かってくれるのは少数ですからね……」

「そうなんですか? こんなに人と触れ合える村なのに……」

「それをよしと思わない人もいるんです」

 

 確かにこういう場所にいると気苦労が絶えないなんて人もいそうで、人付き合いに猫被って付き合う人なんて特に疲れがたまってしまそう。自分はそんなことせず素でいるからそう思わないのだろうけど。

 

「孝介さんがそうではないようなので安心しました」

「入江先生も都会出身か何かですか? 東京とか……」

「別に先生を付けなくてもでいいですよ。もしくは監督でも構いません。都会でもないですよ。生まれや育ちは町といった方が良い場所でした」

 

 それでもここより田舎でもないということは否定しないようだ。まぁここ以上となると山の中でしかないだろうけど。

 後先生は言わなくてもいいということもあるので、入江と呼び捨ては出来ないし入江さんと呼ばせてもらおう。

 

「医者はここからやり始めたんですか?」

「いいえ、もっと別の場所でもやっていましたよ。小さな村のところでも検診に行った事だってあります」

「えっと、入江さんはどうして雛見沢に越してきたんですか?」

「ははは。仕事の関係ですよ。上手く行かずにどうしようかと悩んでいたときに誘いがあったんです。ここで働かないかって」

「へー……そうなんですか。じゃあ先生も長い間村にいたという訳ではないんですね

 」

 

 慣れ親しんでいるようにも見えたし、てっきり村の出身かと思っていたぐらいだ。

 

「でも、あなたに比べると長い方です。色々ありましたからねぇ」

「色々って? ……やっぱりダム建設のことですか?」

「それが一番印象的ではありました」

 

 懐かしそうに笑う先生なのだが、少し悲しげな表情にも見える。それがダム建設の異常さと悲しさを全て物語っているような気がした。医療関係でもダム建設中のことであれば色々とあっただろうから、ダム建設では村全体にとって大きな分岐点の1つであったことは間違いない。

 

「先生もあの時に居合わせていたんですか? 村の会合とかに」

「雛見沢が消えてしまうかもしれないという話ですからね。私もその場にいましたよ」

「その……北条さんの家が対抗したことも……?」

「あぁ……その話ですか」

 

 寂しそうな表情に、唇を噛んでいる。そんな姿を見ていると、入江先生は取り繕うかのような早口で、自分の意見を述べてくれた。

 

「北条さんは仕方なかったんです。代表格として祭り上げられたというのも事実ですし、何よりご両親が強気な性格で前に出ていたのがありました」

「その……両親は亡くなったんですよね?」

「えぇ」

「事故で亡くしたというんですが、実はオヤシロ様の祟りなんて噂もあったようで」

 

 その話を耳にしていたのか。そんな風に驚いた様子で運転中にも関わらずこちらを一瞬見てきた。

 返答を無言という形で返すと、入江先生は冗談ではないという体で話を進めてくれた。

 

「そうですね。そんな噂はあります」

「あぁ……そうですか」

「孝介さんはどうしてそれを?」

「前原君から、そんな話を聞いていてどうなのかなって」

「……私個人としては祟りなんてありません」

 

 はっきりと言う先生の唇は少し震えているように見えた。と同時に山道に入るためか、日差しを遮る森が車内の明るさも変えてしまう。森の中へ移り変わる景色は今までの空気を一変させるような気にさせた。そのまま少しだけお互いの発言を待つ時間が続く。

 入江さんが、吐息と共に言葉を吐き出す。どうやら入江さんからは僕からの質問を、僕は入江さんの理由を求めていた。どっちが折れるかまでとはいかなくて、譲り合いの精神から生まれた空気だったようだ。

 

「それでは……沙都子ちゃんが可哀想じゃないですか」

「え?」

「彼女は何もしていないんですよ? ただ親がこうされたからと非難を受け、親が亡くなる事件が起きれば悲しまれずに祟りなんて言われて……。彼女が一番不幸な目に合っているのは誰の目から見ても明らかです」

「入江さん……」

「その呪縛は今でも根強いている。それを祟りのせいにするのは違います」

「そう……ですね」

 

 長い間北条さんを見てきたからこそ、言える言葉。その言葉は何よりも強く、そして心に来るモノがあった。

 

「お兄さんのこともそうですよ」

「え?」

 

 お兄さん? 北条さんにお兄さんがいるなんて初耳だった僕は、そんな声を出していた。そしてそんな言葉を聞いて、自分が知らなかったことを察してくれた入江さんは僕に聞こえる大きさで呟いていた。

 

「前原君はそこまでは言わなかったんですか。いや、知らなかったのかもしれません」

「そういえば……北条さんは僕のことをにぃにって……」

「そうですか。……お兄さんは悟史くんって言うんですよ?」

 

 もしかして、暴力を受けていたときに僕のことをそう呼んでいたのは重なることがあったのかもしれない。それに2人きりではそう呼びたいと言ったのも彼女が兄の存在を自分で埋め合わせをしたいのかもしれない。

 

「悟史……さん」

「彼も、失踪したんです。沙都子ちゃんを1人置いてしまって」

「失踪……それは神隠しか何かなんですか?」

「祟りにしてみせるならそうでしょうね。彼も綿流しの数日後に失踪したので」

 

 綿流し、確か雛見沢で行われるイベントの1つで村一番の盛り上がりを見せると言われていたやつだった。しかしそんな楽しいイベントでもあるはずなのに、北条さんは辛い思い出しかない。

 山道を越え、興宮に入る中、車の中での話題は暗い話が続いていた。

 

「沙都子ちゃんは1人で抱え込みすぎなんです。私も養子にすることまで考えるほどです。いや出来るならそうしていることでしょう」

「そこまで……だったんですか?」

 

 彼女の見た目からは全然そんな風には見えなかった。むしろ部活で生き生きとしている。みんなの前で歯を出して笑って見せたり、無邪気な笑みで楽しそうにしていたりしていた。

 でもそれが全部ウソなのかもしれないと、入江さんは遠回しに伝えてきた。1人辛い悲しみを耐えて耐えて、ずっと孤独にいることに慣れてしまったのかもしれないと。ずっと夢の中では家族といる幸せな時間を過ごしているのではないか、そんなことさえ自分の頭の中によぎっていた。

 

「最初の頃は特に。今は容体も落ち着いてきたんですが、それもいつ……」

 

 入江先生はそこで言葉を濁してしまう。やはり先生としては幼い少女に耐えきれる現実ではないということを理解しているのだろう。それは中学に上がって数年の僕にだって分かること。

 きっと親の想いになって考えているはず。悩みをずっと聞いて、それでも気丈に振舞おうとしている彼女を間近で見続けた入江さんだからこそそんな心配をしてしまい、そして辛いと思っているのだ。北条さんは無事に友達と過ごせているのか、本当に楽しい日々を過ごせているのか。

 そんな気持ちになって心配される北条さんは……とてもうらやましいと思えた。

 

「北条さんは、強いですよ。僕なんかよりもずっと強い」

「そう信じたいんですがね。やはり不安になることがあります」

「例え北条さんに辛いことがあっても、みんなが……部活メンバーが助けてくれると思います」

「部活メンバー……ですか」

 

 入江さんもメンバーについては知っている様子で聞き返してくれた。

 

「はい。強くて頼もしい部活メンバーがいますよ。北条さんはみんなを心から信頼していますし。きっと孤独だと感じることは絶対にありませんよ」

「……まるで自分は違うみたいな言い方ですね?」

「流石に自分は越してきたばかりの身ですから。僕はそう思っていても北条さんがそう思っているとは思えないです」

「そんなことはありませんよ。あなたが倒れていた時もずっと傍にいたのは沙都子ちゃんですよ?」

「あはは……情けなくてすいません」

 

 本当に部活メンバーなら機転を利かせてあんな場面でも乗り越えていただろう。自分だからこそ、あんな仕打ちを受けてしまい、そして他の人に迷惑をかけてしまう。

 自分でもわかるほどの弱さだ。

 

「情けなくなんかありません。本当に立派です」

「そうですかね……自分ではわからないものです。本当にみんなを見てると、ちっぽけな感じがするので……」

 

 躊躇いがちにしか笑えない自分に入江さんは笑わず、代わりに意外なことを言ってきた。

 

「篠原さんは……悟史くんに似ていますね」

「え?」

「そうやって謙遜するところ、仲間への信頼。それに……優しいところです」

「優しいかどうかは微妙ですけどね……」

 

 優しいことがどうなんて分かったことではないのだから。強さもない自分にそう評価されることがむず痒さを感じていた。

 

「いえ、その友達を大切にする気持ちは優しいから出来るんですよ。悟史くんもそうでした」

「悟史さんってそれなのに失踪したんですね」

 

 とても北条さんを置いて勝手に失踪したとは考えにくい。それなら誘拐にでもあったといった方が納得できそうなくらいだ。実質自分なら家出なんて怖いことが出来そうにない。

 

「…………そうですね」

 

 そんな気軽な気持ちで聞いてみたのに、入江先生の態度は明らかに違った。

 

「彼は優しすぎたんです。1人で全部抱え込んでしまったから……」

「……それが失踪した理由なんですか?」

 

 入江さんはそこで黙ってしまう。後になって分かる。だって自分が聞いた内容は悟史さん自身になってみないと分かるはずがない内容であるのだから。入江さんに聞いても困らせるだけなのだ。

 でも、そういうことさえも入江さんは言わない。自分の中で迷っていて、まるで何かを隠しているようにも見えた。

 車は目的地に着いて止まる。それでも入江さんが黙ってしまっていることが耐え切れず、こちらから話を終わらせようと、言葉を選んだ。

 

「まぁそういうことは、今言っても仕方ないですよね――――」

「孝介さんには、そうならないで欲しいと願うばかりです」

「え?」

「さぁ場所に着きましたし、今日は楽しくやりましょう」

 

 入江先生は車のキーを抜いて先に外に出てしまう。外を見れば、雛見沢ファイターズの面々はすでに準備体操をしているところだった。


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