ひぐらしのなく頃に 決 【影差し編】   作:二流侍

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Episode 『北条悟史』
■影差し編【Ⅳ-Ⅰ】


「こ……す……こう…………こうすけさん!!」

 

 長い夢から覚めた時はいつもろくなことがない。

 まずは身体。体中が動きたくないと悲鳴を上げ、筋肉を引っ張られるような感覚は一瞬で涙目に。

 次に思考。頭の中では色んな記憶と情報が錯綜しているのか、はっきりとしたイメージが湧かない。確か街中で暴行を受けたはずなのだが、その意識さえ曖昧になっていた。

 最後は状況。自分はどうやら病院まで運ばれたようだ。深く沈むベッドと見慣れない白い天井がそれを物語ってくれている。ほかに行くあてもないから。気にするならここがどこの病院だということだろうか。

 全体を通して分かったこと。とりあえずろくな目に合わなかった結果がこのざまだということか。

 そして夢から目覚めさせてくれた声が一体誰のものか。それはすぐに分かる。

 

「孝介さん! 良かったですわ……」

「……北条さん」

「本当に……良かった……」

 

 嗚咽を堪えきれずしゃくり上げる彼女はずっとベッドにしがみつき、傍にいてくれたようだ。

 時間にして一体どれくらいなのかは分からないけど、感謝よりも申し訳ない気持ちが先行してしまう。起き上がることさえ出来ないまま、目だけはしっかり合わせる事にした。

 

「えーっと、ごめん。なんだか、心配させてしまったようで……」

「全くですよ。私が来なければ一体どうなっていたことやら……」

 

 呆れているような声に少し驚いた。落ち着いていて、少しお嬢様のような喋り方の人だったからだ。北条さんじゃない別の人、更に言えば部活メンバーでもない。どうやら北条さんとは反対側に立っているようだ。医者かナースなのか。

 しかし顔を向ければ見慣れた人だったことに、驚いた顔から追加で口を開いてしまう。

 

「え? 園崎さん?」

「ピンポーン。その通りでーす」

「え……本当に?」

「あら? 女性に疑いをかけるなんて、いけない男性ですね」

 

 親指と人差し指で丸を作ってこちらに見せてくる園崎さん。しかし、先ほどの声というか口調から彼女だとは思わなかった。というよりいつもと服装が違う。

 いつもなら履いているのはジーパンや長いスカートだったのに、今回は膝を出すスカートというちょっと都会っぽい服装なのだ。それにファッションを気にしているのか、上の服装も夏に合わせた涼しげな白いハイネックにしているし、髪型もお嬢様結びでまとめている。確かに髪の色や瞳は同じように見えるのだが、何というか、園崎さんが急に変わったので違和感を感じさせた。

 これが俗に言う高校デビューとかのやつなのか。……でも、卒業もしてないし何デビューなんだろう。お見舞いデビューなんて新ジャンルすぎるし……。

 

「うーん……」

「……ぷ、あはは! そんな変な顔をしないでください」

「え? あ、あぁごめなさい……」

「病人をからかうのはこれぐらいにしましょうか。私は園崎ですけど、姉さん……魅音ではありません」

「え……姉?」

 

 ナンノハナシデショウカ?

 

「……どうやら魅音さんは双子の姉で……」

「はろろ~ん。私は妹の園崎 詩音と言います。よろしくお願いしますねぇ。篠原さん」

「え、あ……へ?」

「あら? 少し混乱しています?」

「いや、そんな話全く聞いていないから」

「あ~お姉なら隠しそうですし」

 

 知らなかった。いや、妹がいるという事実も驚きだけど、何よりもこの人は園崎魅音さんに比べてその……女の子らしいと言うべきか。おしとやかさがあって、先ほどのファッションのこともそうだけど気質も良さそうに見える。

 

「へぇ~。確かにこれではやられてもおかしくないですね。むしろボコボコにされなかったのが不思議なくらいです。とても力があるようには見えませんし」

 

 そして……結構ド直球に言いますね。心に剣を突き立てられたようで思わず涙を流しそう。

 

「……あれ? もしかしてそっちには耐性はないんでしょうか?」

「うぅ……弱くてごめんなさい……」

「あ、あはは! ……ごめんなさい。てっきりお姉の友達と聞いていたので慣れていると思っていました」

「それ言い訳になってませんわよ?」

「でも納得してしまうよ……」

 

 あの園崎さんと友達というのだから否定をしきれない悲しさ。確かにあそこは部活の存在を知ってれば分かることだもんね。似たような人だって部内にいるわけだし。

 そしてメンタルもパワーもない僕には不釣り合いな場所なんだろうなー。そんな気にさせてくれる一言である。

 

「はぁ……」

「1人で落ち込まないでください!」

「あちゃー。まずいことをしてしまいましたかね」

 

 園崎さんが自分の手を合わせながらあははと笑っている。こういう笑ってごまかそうとしてしまうところは園崎さんと同じである。やはり姉妹という話は嘘ではないのだろう。

 学校ではきっと互いに……ってそこで気になる所があった。

 

「そういえば園崎さんって園崎さんと同じ学校に行ってないよね?」

「孝介さん。それでは2人のどちらを指しているのか分かりませんわ……」

 

 うん。僕も言っていてようやく気づいた。

 

「えーっと。詩音さんって魅音さんと同じ学校に行ってないよね?」

「えぇ。そうですよ? 私は町の私立で授業を受けているんです」

「へー。だから学校で見ないんだ」

「何でですの? 普通一緒に受けさせた方が家庭的にも楽ではなくて?」

「何で……ですか?」

 

 顎に指を当てて考え込む彼女。理由を考えないといけないことでもあるのだろうか。思い出すなんてこともないだろうに。何か複雑な理由があるのだろうか。……しかも気のせいか、彼女はどことなく怖い表情に見える。別に唇を尖らせ、眉を潜めているだけに見えるのだが、どことなくそう見えたのだ。ただ窓から差す光から生成された影がそのような錯覚を生み出しているだけなのかもしれないけど。

 

「詩音さん?」

「あぁ、すいません」

 

 ようやく何を言うべきかまとまったようだ。詩音さんは指を上に立てて、僕たちに言い聞かせるような少し自慢げな様子で答えてくれた。

 

「それはお姉とは学力が違いますので」

「サラッと魅音さんをバカにしてる気がする……」

「結構傷つく一言ですわよね……魅音さんがいなくて良かったですわ」

「ま、まぁ魅音さんは僕と同じ2年生だし。これから勉強すれば……進学も夢じゃないよ」

「孝介さん。あなたなりのフォローのつもりでしょうけど魅音さんは中3ですわ」

「うそぉ!? 中3!?」

 

 今日一番の衝撃、ここにあり。思わず身体を起こして聞き返してしまった。

 いつも前原君と同じドリルをやってたりするからてっきりそうかと思っていたのに、園崎さんが1つ上だなんて。これは園崎さんの将来が不安になること間違いなし、である。

 

「そういうことです。お姉は私と同じ場所にはいられないんですよ」

「は、はぁ……まぁ、そういうならそうなんでしょうね」

「それで納得してしまいますのね」

 

 だって否定出来ないんだもん……。

 

「お姉ももう少し勉強が出来ないと。園崎家当主としての威厳がなくなります」

「威厳ならあるよ……。えーっと…………悪知恵は働くし」

「間を開けた割にフォローできてませんわ」

「すいません。言った割に思いつかなかった」

 

そういう北条さんだって目を逸らして、納得できるフォローが見つからない様子。実際問題、勉強が出来ていないことは前原君に教わっている姿から理解出来るし、それは後に困るといわれても仕方ないことなのだ。

 互いに擁護してよと雰囲気を作っている中、詩音さんはおかしそうに笑うのだった。

 

「あはは。やはりお姉の周りには面白い人が多いようです」

「どういうところがですわ……」

「それは言わなくてもいいと思いますので」

 

 一体先ほどまでの会話で何が分かったのだろう。正直園崎さんが実は年上でしたという事実しか判明していないのだけれど……。

 とにかく詩音さんには会話の中で感じ取れるものがあったようだ。頭が切れる人なのかもしれない。それにそういった情報をはっきりと告げずに曖昧なままにしておこうとする。こう、何か表面上を取り繕っているように見えて、その本心を見せないようなことをしていると言えばいいのだろうか。演技的で魅音さんと違ってそういうところは姉妹として似つかないものであると思えた。

 ……そして何故だろう。そう思えた瞬間、一種の嫌悪感を彼女に感じてしまった。

 

「どうしましたか?」

「いや……その、詩音さんって少し変わってるなーって」

「そうですか? それは心外です」

「え?」

「孝介さんも似たような気がしますよ?」

 

 サラッと言われた一言。うーん……やはりそりが合わないというべきか、少し苦手な気がしてしまう。

 

「さてと、私はそろそろお暇しますね。お姉が来ても面倒なので」

「それってどういう意味なんですか?」

 

 そう聞いても微笑むだけで何も答えてくれなかった。

 

「迎えが来ましたね。じゃあ帰りましょうか。お姉には秘密でお願いしますね」

「詩音さん。あの時は助かりましたわ。本当に、ありがとうございます」

「別に謝れるようなことはしてないですよ。沙都子ちゃんが無事で何よりですし。それにそこにいる間抜けさんに現実とは厳しいものだと伝えられました」

「うぐ……」

 

 痛いところを言われてぐうの音も出ない。それを面白おかしそうに笑った後、「それではお2人でごゆっくり」と、変なメッセージだけを残して彼女は病室を後にした。

 その後に車のタイヤが砂利を踏み渡る音が聞こえる。どうやら彼女は誰かに迎えに来てもらっているらしい。本当にお嬢様みたいな優遇さに、魅音さんもそんなときがあるのかと疑問に思っていた。

 

「全く……最後の言葉は不要ですわ……」

 

 俯きがちに呟く北条さんは僕のベッドの隣に置いてある椅子に腰かけた。じっとこちらを見てきて何かを強く訴えてきたかと思えば、次には目を細めて咎めるような目になった。

 

「孝介さんも。あのような行動は不要ですわ。今後はああいう突発的な行動は控えてくださいまし」

「でも、ああしないと……」

「それで怪我をして心配しなければならない身になってください!」

「えーっと、はい……」

「本当に……偶然病院へ運んでくださる監督がいたから良かったものの……」

「監督?」

「孝介さんは反省してくださいまし」

 

 疑問に対する答えは返ってこない。

 反論を許さない彼女の忠告は身に染みた。友達を助けるつもりでやってしまったのだが、結果的には逆効果になってしまう。力なきもの、口で解決せよ。ということなのかもしれない。今後は反省しないといけないだろう。

 北条さんはそれでも言い足りないのか、口はまだ閉じてくれない。次に言われるのは家族への配慮とかだろうか。

 

「……それでも」

「うん?」

「その……嬉しかったですわ」

 

 今まで叱られていたために、意外な一言に対して何も言えない。北条さんは少し前のめりになりながら、しっかりと伝えようとしてくる。

 

「こんなこと、昔の頃にしかなくて、その、久しぶりに守ってもらえて」

「あはは……。かっこいい騎士みたいな人じゃないけどね」

 

 しかも負けたし。

 

「そ、そういうことではありませんわ……」

「あぁ……何かごめん」

 

 冗談のつもりで言ったのだが、あまりにも深刻そうに北条さんが言ってくるので思わず謝ってしまった。本当に自分の身のように心配してくれたのだろう。気持ちとしては凄く嬉しい。

 

「とにかく私は感謝をしたいのですわ! あの時の荷物の件もありますし」

「ありがとう。そう言ってもらえたらやってよかったと思えるよ。……それにありがとう」

「え……?」

「あれがあったおかげで自分もやらないとって思えたからさ」

 

 怖いことがあっても立ち向かうこと。彼女はそれを見せてくれて、自分に1つの行動を起こさせてくれた。それが結果としてこうなってしまったとしても良かったと思えるのだ。

 もともと自分が蒔いた火種なのだったから、北条さんがけがをしなくて済んだことがそれである。

 

「でも荷物は最後まで運べませんでしたね」

「あーそれは」

 

 忘れていたけど罰ゲーム執行中であったのだ。それが達成出来てないとなるとみんなにも示しがつかないと言うものだ。一体どうしたものか……。

 

「まぁ荷物の件は仕方ないですわ。もう終わってしまったことですし」

「す、すいません……」

「……孝介さん。だけど罰ゲームとして足りませんし……1つ、我が儘を言ってよろしいですか?」

「ん? どうしたの?」

 

 提案をしておいて、言葉にするのをひどく迷っている北条さん。何度もこちらを見ては察して欲しそうな目で見てくるのだけれど、何を求めているのか分からない上、躊躇う理由も分からないので何も言えない。

 お互いが上手く読みあえない状況かが続き、10秒ぐらい経ってからようやく北条さんが希望の内容を口にした。

 

「その……孝介さんのことを2人でいる時はにぃにと……呼んでもよろしくて?」

「え?」

「その、我が儘なので嫌でしたら構わないのですけど」

 

 嫌か嫌じゃないかと聞かれたら別に構わないといったところではある。罰ゲームとしては優しいとさえ感じてしまうほどに。

 ただ素朴な疑問があった。

 

「それは……どうして?」

「……」

 

 悲しげな瞳の奥底には堪えきれない痛の感情が渦巻いているような気がした。

 理由は彼女自身の過去があるのかもしれない。それは村で起きた彼女の疎外させられた寂しさからくるものなのかもしれないし、それか何か別にあるのかもしれない。

 とにかく彼女には口にしたくないほど、強い苦渋をしているということだけが前原君の言葉と共にはっきりと伝わってきた。北条さんの辛さ。こんなに幼いというのに、それを隠そうとしているのも痛々しく思えてしまう。

 北条さんの家に親はいない。相談できる相手もいない。古手さんはいるけど、親近感としてはどう考えても親より劣ってしまうものだ。だからこそ、こんな風に呼んでみたいのかもしれない。

 何故自分かは分からないけど、彼女には何か当てはまるものがあったのだろう。

『沙都子には支えてくれる人が必要なんだ』

 前原君が北条さんと別れて暫くした去り際に言っていたあの言葉。

 それは今なのかもしれない。自分には相談できるような経験もないし、力になれるような強さもない。……でも、話だけは聞いてあげられる。辛い思いを共有することが出来る。

 それがこういう形であるというのなら、迷うべきところではなかった。

 

「それは、その……」

「ごめん。別に言わなくてもいいよ」

 

 以前したように僕は腕を伸ばして北条さんの頭を撫でた。今度は震えあがることもない。

 ぎこちないであろう撫でられ方に何も文句を言わずに、北条さんは黙っていてくれていた。

 

「分かった。にぃにと呼んでもいいよ。それで北条さんが喜ぶのならね」

「よろしいのですか?」

「もちろん。北条さんと近しい関係になれた気がするからね」

「あ、ありがとうございます……」

 

 頭を撫でているためか、彼女の顔は下を向き続けていた。

 


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