◆忘れられた日記(6)
5月20日
人の噂は75日と言うが、これほど待ち遠しいと感じたことはない。
何で俺がこんな目に合っているのかさえ、分からないからだ。
自業自得ならまだ納得がいくし、言い訳も出来る。
今回はそれさえも出来ない。
カンニングなんてしていない。
それなのにみんなが囃し立ててはこちらの事をゴミでも見るかのように目を細めている。
何も言い返せない。何を言えばいいのだ。
俺はしてないとでも? そんなことしてもあいつらがどう思うかなんて分かり切っていること。
そもそも昔からこういう事に関しての対処が苦手なんだ。
お願いだから黙っててくれ。お願いだから無視しててくれ。
――――お願いだから、75日経ってくれ。
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◆鬼さんだれだ 手の鳴る方へ
だれかさんが だれかさんが
だれかさんを 見つけた
小さい罪 大きい罪
醜い罪 見つけた
鬼さんだれだ 手の鳴る方へ
すました耳には かすかにしみて
呼ぶ音すでに 聞こえない
鬼はたった1人で 大笑い
血まみれ人形 壊したよ
狂気に見えた その鬼も
涙流せば みな同じ
そんな鬼 貴方なら?
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◆古手家の言い伝え
今回の調査によって分かったのは古手家のオヤシロ様の生まれ変わりについて。そもそもオヤシロ様とは何かについて説明しておく。
まずオヤシロ様は最初から存在していなかった。古くから存在する雛見沢は鬼が淵村と呼ばれ、かつて鬼が住んでいたと言われていた。しかし鬼は人を喰らう存在であり、食べた、食べられる死体などは鬼が淵沼に捨てられて骨さえも食糧とされた畏怖されるべき怪物。ゆえに鬼が淵沼は地獄に直通する場所として呼称されていたようだ。
そしてそのせいもあるのだろう。人と鬼の関係は村の中、周辺の村でも上手く馴染めず、時として過激な行為を受けてしまうことがあったと言われている。亀裂は生まれ、互いに手を取ることはないかと思われていた。
そんな時に現れたのが、1つの存在『オヤシロ様』なのである。人か鬼かどちらかと言われているのだが、具体的な証拠がないので、あえてオヤシロ様とだけ呼んでおこう。
……オヤシロ様が行ったことは多く語られていないが、鬼と人との関係を良く思わずに行動を起こしたと言われている。説得をしたのかもしれないし、武力に訴えてしまったのかもしれない。どちらにせよ、互いに手を取りあうところまで結びつけた存在がこのオヤシロ様なのだ。
以降、鬼と人は共棲を果たすことが出来るようになり、完全な和解とまではいかなくとも、その第一歩を紡いだ重要人物。その功績は後世に語り継がれ、次第に神格化を果たし、神様として崇拝されるようになったと言われている。こうしてオヤシロ様は雛見沢を見守る神様として象徴とされた。
村の怒り、罪を受け止める神様がオヤシロ様。その心の広さは世界中の海よりも広いとされているのだけれど、一方では村のためにと慈悲の無い祟りを起こすともいわれている。時には嵐を起こし、農業に多大な被害を与えたり、厄災を起こして人の過ちを責めたりしているのがそれにあたるようだ。
そうしてオヤシロ様が全ての起因とされ始めたとき、雛見沢の村人たちは怒りを鎮めるためにと生け贄となる腸(わた)を河に流すことになった。それが後の綿流しである。怒りを鎮めるためとはいえ、人の内臓を抉り取る行為はいかにオヤシロ様の力が偉大であったかが窺える話である。
そして神様に言い伝える神社でいう巫女の存在がいるように、オヤシロ様に対して巫女の役割を果たす存在が明確化されるようになる。それが古手家、今の雛見沢の御三家である。古手家の一族はもともとオヤシロ様の子孫、もしくは生まれと言われている。オヤシロ様の巫女は代々引き継がれており、綿流しのときには実際に布団から綿を腸(わた)と見立て、取り除く行為を担う。そうしてオヤシロ様への生け贄の儀を雛見沢の代表として執り行うようになっているのだ(昔は本当に腸を取り除いたとも言われているが、詳しい内容は不明)
さて、事前情報を提示したところで本題に移ろう。オヤシロ様の子孫と呼ばれる古手家ではあるが、これにまた言い伝えが存在する。古手家にはオヤシロ様の血筋が流れていることから、ある程度の力が内包していると言われている。それが何かは当事者でない私にはわからないのだが、その力が強ければ強いほど、生まれ変わりとして考えられるようだ。そしてそれは偶発的なものではなく、ある一定の基準を満たすことが条件とされている。
8代連続第一子が女の子であること。これが条件で、その8代目の女の子はオヤシロ様の生まれ変わりとも言われているようだ。その力はオヤシロ様の力を受け継いでいるとも言われている。もし七代目まで来て第一子が男だった場合の村からの圧力を考えると、7代目の人がかなり悲しい運命を背負っていると思えて仕方ない。実際に噂で男の子を事実上消してしまうという話さえ上がるほど、女の子への期待、執着があるようだ。
歴代の中では6代目まで第一子が女の子であったという記録もあり、実際に上手くいったという話はまだ上がっていない。現在においては7代目まで第一子とされ、次生まれる子がもし女の子であればそれはオヤシロ様の生まれ変わりであろう。村人としては我が子のようにかわいがり、そして崇拝することに違いない。
次生まれる子こそ、オヤシロ様の生まれ変わりでありたいと願うのは古手家だけではないだろう。