「ほう、次は梨花ちゃんかい?」
「……そろそろ出番だと思ったのです」
「いいねぇ。そういう積極性、嫌いじゃないよ」
「……魅ぃは積極的なのですか?」
「さぁね。計画的なのは間違いないけど」
ニヤリ顏とニコニコ笑顔。その2つは互いの牽制、そして素性を知ろうとさえ疑ってしまいそうになる。それほど2人の間に和みといった雰囲気はなく、みんなその様子に少しの恐怖さえ感じていた。誰かが喉を鳴らし、事の成り行きを見守ってしまうほど。
当然、僕もその1人だ。
みなが注目する中、先に口を開いたのは園崎さんだった。
「さて、この好評の後の挙手。そしてその余裕、よほど自信あるようだね」
「……みぃ。僕はただ早く食べて欲しいだけなのですよ」
絶対嘘だとみんな分かっている。それは鬼ごっこのとき、竜宮さんとの協力によって生み出されていた奇策によって証明されているのだから。だからこそ、この自信を裏付ける何かが存在するはず。
……それが何かは知らないけど。とにかく何かあるのだろう。
「じゃあ早速開けてもらおうか!」
古手さんはゆっくりと箱を開ける。竜宮さんが重箱だったのに対して、古手さんのは至ってシンプルな弁当箱、普段学校に使うようなモノだ。
みんなが見守る中、古手さんは両手を使って丁寧に開ける。
「こいつは凄え……」
隣で前原君は驚きの声を上げている。僕はそこまでいかなくても、目を見開いたのは事実。
それは『和』をイメージさせる代物だ。今が旬とは言えないのだが、その和に置いて絶対的存在を誇っているタケノコと冷めていても固まることなく、ふっくらとしたご飯を混ぜて出来ていた炊き込みご飯。見たものを凝視させ、よだれが出てきそうな甘い匂いを効かせている豚の角煮。ほうれん草のお浸しは、弁当の単調な色彩に一つのアクセントとして添えられている。それがまた絶妙な位置に置かれていて、食べて見たい! そんな気持ちにさせるものだった。
古手さんの弁当、外だけでは大したものではないかと思えるのだが、逆だ。
外が地味だからこそ、中のインパクトが生まれてくる。ギャップ、彼女はそれを狙っていたというのだ。まさに弁当を作る上で、誰がヒーローかを知っている上でチョイス。弁当の重要性を熟知したものしか出来ない芸当。
まさか、こんなところでお目にかかるとは思わなかった。
「孝介、大丈夫か!?」
「あ、ごめん。あまりの事に茫然としてしまったよ」
してやられた。ここまで完璧なものを見せつけられるとは。これは思わぬ天敵出現といっていいだろう。今なら正直に言える。この戦い、勝てる要素が少なすぎる。
「……早速食べてほしいですよ」
古手さんに催促されながらみんなが箸を使って食べに行く。誰もが迷わず、食材に手をだし咀嚼。
数秒の、試食タイム。そこまではまだ良くて、問題はそのあとに起こった。
豚の角煮を口にしていた男の子がいきなり涙を一筋流しだしたのだ。
「…………さん」
「え?」
「懐かしい味だよ~!! うわーん! お母さん、お母さ~ん!」
食べていない僕らは愕然とするしかなかった。いきなり泣き出し、中学さえ入学していない子がそんなこと言うのだ。口が開いたまま塞がることのない僕らを置いて、みんなが口々に感想を述べる。
『ダメだ。この味知ったらもう……うああああぁああん』
『涙が、涙が止まらないよおおおおぉ!』
『これが、親の味なんだね……』
みんなが嗚咽を漏らしながらも、箸の持つ手が止まることはない。それどころかスピードは増しているように見えた。僕らは驚くしか出来ず、ただただ泣き崩れて食べる彼らを眺めるしかなかった。
……まぁ正直に言えば古手さんは弁当に一服盛ったのではないのだろうかなんて思ったけど。
これは竜宮さん以上の好感触(?)。なるほどようやく古手さんの意図が分かった。
おふくろの味というのは長い間口にしないことでその効力は跳ねあがっていく。母親という調味料、そして懐かしいという自己暗示が隠し味となり弁当は真の姿となる。
ただし、長いことあけすぎては逆効果になることも然り。なぜなら相手は中学を出ていない子供たち。まだ味についてを身体に取り込んでいない部分があるのだ。
だからこそのこの順番。ピクニックのような夢の時間を覚ますかのように突きつけられた大切な味を思い出させ、そして感動する。まさかここまで計算しつくされての行動だったなんて……。
そして何よりそれを生み出すタイミングと運と技量。全てを兼ね備えた安定感を持つ彼女だから出来たこと。
「流石古手さん。僕たちの出来ないことを平然とやってのける」
「……みんな喜んでくれて僕はとっても嬉しいのですよ、にぱ~☆」
ギャラリーの反応を見て大満足の古手さん。これは相手の心を揺さぶった弁当になったことだろう。大きく優勝に手を掛けることが出来たといっても過言ではない。
「さぁて、この後に誰がやるんだろうねぇ」
「このあと……か」
「孝ちゃん。そういうってことは手を挙げるのかな?」
「いや僕の出番はもう少し後になるね」
「へぇー。様子見ばっかりだと後で痛い目見るかもよー?」
そう言う園崎さんは立候補をしないんだもんなぁ……。
「じゃあ次は、俺が行くぜ!」
「え!?」
「どうした?」
「いや、ちょっと驚いただけ……」
満を持して出てきたのが前原君とは、意外でしかない。しかも古手さんの後とは彼がダメだというレッテルを張られることになりかねないと思うのだけれど。
それはみんなも同じようで、いきなりの表明にどよめく観客たち。それとは対象的に参加者女性人は口の口角を上げていた、
「へぇ? ここにきての登場。……何か裏があるの?」
「そんなものねぇ! 男ならここでビビることなく、ただ突き進むのみ!」
「勇敢と愚策は紙一重ですわ」
「……僕は楽しみなのですよ、にぱー」
「俺はこんなところで負けないさ!」
その一言で子供たちが更に沸いて盛り上がっていた。やはりヒーローのような立場になっている彼に楽しみな部分が存在するのだろう。僕とは大違いで少し悲しいくらいだ。
前原君は不慣れに結ばれていた固い型結びの紐を解き、弁当箱の箱を開く。
「という訳で紹介しよう。これが俺様の弁当だぁ!」
片手に握られた箱のふたを勢いよく開けた。中に期待しているギャラリーは確認すると、途端に疑問符を浮かべることになってしまう。首を傾げ、その食材を口にした。
『お、おにぎり?』
飾りもない、色つけもない食材。そう、今回前原君が勝負の引き合いに出してきたのは誰もが一度は握ってきたであろう、あの三角型のおにぎり×5だった。しかもノリもつけていない。塩だけのおにぎり。
一体何を企んでいるのだろうか。みんなが懐疑的な目で見つめる中、前原君はみんなを呼ぶ。
「さぁ、みんな食べてくれ!」
前原君がそう勧めてきても誰も手を伸ばそうとしない。それはそうだろうと思う。これはみんなの知恵と経験、そして何よりお弁当をいかに美味しくさせるかで評価を決める料理対決。なのだから、料理としては納得のいく一品を作っていない前原君の作品に困惑してしまうのだろう。そしてなにより他の2人の差を感じてしまっているのか、審査の人たちの反応は薄く客観的に見れば勝敗が決してしまっているように見える。それが食べる意欲の問題にもつながり、みんな手を付けていないのもあるのだろう。
前原君はどう思っているのか。
横目で前原君の様子を見て、思わず表情に驚いてしまった。
笑っているのだ。このような反応を期待していたのだろうか、前原君の表情には焦りといったものが微塵もない。
「前原君、まさかこれを狙っているの?」
「まぁ見てろ。これが俺のやり方だ」
前原君は数歩前に出て、みんなの注目を浴びてから話し始めた。
「みんな。もしかして俺のおにぎりにがっかりしているのか?」
前原君の質問に対して、みんな何も言えない。それは無言の肯定と受け取っていいのだろう。
「それはそうだ。なんせ前二人は俺と違って、凄いものを作ってきて、お前たちの舌を満足させたんだからな」
『そ、それは敗北宣言ってことですか?』
「いや、違う!」
そこで前原君は立ち上がった。身振り手振りを使って更にその演説に協調性を持たせていこうとする。
「あえて、俺はおにぎりにした! みんな知っていると思うが、俺は料理について全く知らない。みんなに比べ、著しく下回っているだろう。だが、それは俺だけに言えることなのか? 俺だけがこうも下手くそであり続けていたのか? いいや、違うな。誰もが右も左も分からない状況から学び、経験したからこそ、今のスキルは身についたのだ!」
言っていることは最もだ。だけどそれを言ってしまうと、竜宮さんたちの努力が認められ、もっと評価に差が開いてしまいそうなのだが……
「俺は初めて料理をしたんだ。因みにお前たちは初めて料理したときはなんだ? カレー、卵焼き、まさかハンバーグか? そうだ、俺たちはそれぞれに違う料理だが、初めての料理という部分で同じだ。だが……その時の味はどうだったんだ? 一生懸命苦労し、ようやく作り上げたその料理は本当においしかったか? そう、あまりおいしくなかったと思った。もしくはそれがおいしいと感じていたはず……。誰だって失敗を経験をしたはずさ。カレーだったらジャガイモの大きさが疎らになって、卵焼きなら上手くまとめられず、ハンバーグなら歪な形になってしまっただろう」
その言葉にみんなの頭がゆっくりではあるが上下に動く。
「決しておいしいとは言えなかったはずだ。だが! 味では無い何かを俺たちはその時、手に入れていたんだ!」
重要な場面なのだろう。前原君が胸に手を置いてその言葉を口にした。
「それは……達成感だ!」
『達成…………感……』
「形が悪くても、火が通ってなくても、味がおかしくても! みんなは必ず『この料理は自分で作ったんだ!』という達成感があったはずだ! それが何よりの勝利であり、なつかしき思い出となる。さて、話が大きく逸れちまったが本題に移そう。俺が何故おにぎりにしたのか? それはお前たちに最初に感じた気持ちを取り戻してほしいからだ! 料理が出来るようになってから、お前たちは日々当たり前のように料理しているがそれは違う! 今まで……そうこのおにぎりなどを通過点にしたからこそ、お前たちは料理が出来るんだ。その思い出を無くさせないために、俺は作ったんだ」
前原君は自分の弁当を持ち上げみんなに見せるように前に突き出す。
「さぁ食べてくれ! そして感じてくれ! 今までの思いと、それまでに失ってしまった、初めての味を!」
ようやくギャラリーに動きがあった。1人の男の子が形の整っていないおにぎりをゆっくりと観察し、そしてためらいがちに一口かじった。
少しの静寂はみんなが反応に期待している表れなのだろう。それは裁判の判決前の静けさ並みに静かで緊迫した空気。ゴクン、そう喉を鳴らして呑み込んだ彼はゆっくりと口を開いた。
「……塩辛い」
みんながため息に似た吐息を出す。この勝負決まった、そう諦めかけていた時に食べた人の口から「でも……」と言葉をつづけた。
「懐かしい感じがする……。ずっと昔に僕が作ったおにぎりもこんな感じだった。塩の配分を間違えて、悩んでいたっけ」
そう言いながら黙々と食べていく男の子を見て、ようやくみんなも食べようと動き出す。それぞれがおにぎりに手を伸ばし、崩れそうになりながらも分配し、そして落ちないように気を付けながら食べていく。
そして漏れる感想は今までとは違ったものだった。
『本当だ。親近感を感じさせるような味だ……』
『おいしいかどうか分からないけど、心に響くおにぎりだ』
みんなが前原君のおにぎりをそう評価していた。懐かしい味という言葉に惑わされて、おいしいかどうかを判断する基準をぼかしている。前原君は自分の口をおかずとして、みんなの心を満足させることに成功したようだ。
竜宮さん、古手さんの後に続いたのもなんとなく理解できる。料理を完璧にこなせる2人だからこそ、その裏で失敗を続けていった経験が存在する。
それを証明するためにやったのだと、そうしたかったのだろう。なんという策士。
「流石圭ちゃん。みんなの心をがっちり掴んだねぇ」
「へ! これぐらい。俺様が本気を出せばこんなもんだぜ」
「…………圭一は口先の魔術師なのです」
口先の魔術師、まさに彼にはピッタリの二つ名である。前原君は口で相手の心を掴むのが得意のようだ。こればっかりは技量以外でも勝負できるのだと納得せざるを得ない。
「さぁて、おにぎりだから、早く試食は終わった! 次はあたしの出番だね」
ようやく司会進行の役を務めていた園崎さんがその重い腰を上げた。
僕が注目しているのは風呂敷で包まれた弁当、すなわち園崎さんの持つ弁当だ。その大きさはこの部活メンバー1といっていい。まさにブラックボックス、パンドラの箱。開けて何があるのか分からない。
さて、どんな弁当が出るか……
「聞いて驚け、見て驚け! これがおじさんの料理だぁ!」