僕は完全な立ち直りが出来ないままグダグダと時間を使ってしまい、気づけば帰らなければならない時間がやってきた。北条さんたちから有益なアドバイスを得られることもなく、本番を迎えなければならないことに軽くショックを受けている。もっと気を付けるべきだった、本当に。
食器を洗ってくれるという前原君の好意に甘え、僕らは食器をそのままに外に出た。いくら前原君も食器を片づけることは出来るだろうという考えで、軽く冷やかしつつも安心はしていた。
そして今は北条さんと古手さんを向き合っている。理由は送り迎えについてであり、
「本当に家まで送らなくても大丈夫?」
ここからの帰り道は逆なのでここで別れる場合の話をしていた。
「私たちの心配には及びませんですわ。ちゃんと帰れますので」
「……それに篠原には明日の対決を頑張ってもらわないといけないのですよ。にぱ~☆」
「あはは。そうだね……」
早く食材の在庫を確認しないといけないのは事実である。もしかしたら空っぽで手持無沙汰のまま学校に登校しなければならない、なんてことになりかねない。
まあそれよりも北条さんたちの危険を考えなければいけないことなので、言ってはいなかったんだけど。
「それでは孝介さん。ごきげんよう!」
「さよならなのです」
「うん。今日は本当にお疲れ様」
2人ともお辞儀をして僕から背を向けていった。
「さて、僕も帰ろう、と」
帰って大体20分かかるとして、家に帰ると大体9時くらいになるだろうか。
駆け足で帰ろうか、なんて軽い肩掛け鞄を担ぎなおしていると、
「おぉ孝介。まだいたのか?」
前原君が玄関口から顔を出していた。と思うと、いつもは使わないサンダルを履きながらこちらまでやってくる。すでに帰っていると思っていたのだろうか、その表情は少し意外そうに見える。
「うん。まぁすぐに帰ろうと思っていたところなんだけどね」
「ちょうどいい孝介。少し話がしたいんだ」
「え?」
いきなり前原君からの提案。何故今になって言ってくるのだろうかが分からず、少し黙ってしまう。
北条さんがいないからなのか、それとも何か思い出した用事でもあったのだろうか。
何も分からなかった僕はとりあえず首を縦に振った。
「ここじゃ悪い。歩きながら話そうぜ」
「わかったよ」
そう切り出して僕を置いていく形となりながら前原君が僕の帰り道を先行していく。
前原君のサンダルのペタペタと立てる音と、物静かになった雰囲気はどことなく騒がしい部活に比べて不思議な気分になる。歩いてしばらく、話は自分から振ることになった。
「それで……話って何?」
明日の料理対決の件なのだろうか。もしかして何か細工に協力してくれ、なんて。
だが彼が発した内容は僕の予想をはるかに裏切るものだった。
「沙都子の件だ」
「うん? 北条さんがどうしたの?」
「お前が転校する前の出来事なんだけどさ。前にみんな一緒に村めぐりをした時があったんだ」
北条さんに、村めぐり。
そんな言葉を今聞いて前原君が言いたいことのおおよその想像がついた。そして理解できる。
何で前原君は今の今まで僕に喋ることを躊躇ってしまっていたのかを。
「いろんな場所を見た時、村人に遭っていたんだよ。だけどその時さ、村人……いや、主に大人たちなんだけどさ。あいつだけがのけ者にされてるような気がしたんだ。具体的には言えない、なんていうか冷ややかな目で見ているって言えばいいか?」
「それって……」
彼が言おうとしている事は今日あった出来事と全く同じなのではないか。
「沙都子は気にしないそぶりで対応していたが……きっと強がってた」
「うん」
「きっと辛い思いをしているに違いない。魅音やレナもそう言っていた。だが、俺たちが正直になってなんて言っても沙都子の事だ。強がって、気にしないでくださいまし! なんて言うと思う」
園崎さんも竜宮さんも気づいていたんだ。
……考えれば当たり前か、僕でさえ引っ越して間もない自分でさえ気づくのだから。気づいて、みんな黙っている。それはどうしようもないことなのか。家庭の環境というのは大体わかる。おばさん2人組の話から察すれば特に親の影響なのかもしれない。
しかし、これは全て憶測。本当にあっているか分からないし、間違えていれば北条さんに失礼。
だから僕は遠回しに前原君に理由の説明を求めることにした。
「なんで、北条さんはそんなことに?」
「村人から嫌われている。これ以外に考えられないさ」
「そもそも、何で嫌われることになったんだろう……」
「そうだな。これはレナに聞いた話なんだが――――」
今からおよそ五年前に起こったこの村にて大きな問題となった出来事があった。
雛見沢を水没させて出来るとされる政府が立てたダム建設の話。そして、村人がそれに対する反発運動である。政府の目的としてはダムによる電気供給のようだが、村一つを潰してダムが作られる内容に村人は猛反発。園崎家、そして公由家を代表にした反対派は鬼が淵死守同盟を立ち上げて、過剰ともいえる反発運動が起こっていた。それが村全体の意向でもあるかのように。
……しかし村全体が反対と言っていたわけではなかった。
政府から提示してきた条件や住宅提供に対し、その条件を飲もうと考えた賛成派も存在していた。その代表格が、北条家。そう、北条沙都子の親御さんにあたる人である。北条家を筆頭に賛成派も村の会合で大暴れ。村の派閥と共に大きな亀裂を呼んだ話でもあった。多勢が少数を飲み込もうとする、異端と思うのは当然のことで。
当然ながら園崎家から北条家は村の裏切りものとして扱われてしまうようになった。
だが反対派も後に引けない。そんなの別に構わないと対抗していたのだが、
「反対派にとってまずい事態が起こったんだ」
「まずい事態?」
「沙都子の両親が事故死したことだ」
「事故死って……」
「旅行中に崖から落ちた、という話だ」
反対派の核となっていた存在だったため、北条家が居なくなってしまってから反対派は鳴りを潜めるしかできなくなったらいしい。手のひらを返し、反対派の中に入るようになってしまう。
賛成派はオヤシロ様のたたりで殺されたのだと言われたそうだ。
「オヤシロ様って?」
「この村に存在する神様らしい。古手家にある神社。祭具殿……だっけ? 確か、それがオヤシロ様を崇拝している場所だそうだ」
結局賛成派によってダム建設は取りやめになったらしい。しかし今でも反対派の中心人物だった北条家は憎き対象としておかれ、
「子供である北条さんにもその影響が出ているって事?」
「あぁ。だから沙都子はみんなから無視されているんだ。あいつには関係ないんだがな。遺恨ってやつなんだろう」
「クラスの子はそれでも仲良く接してるよね?」
「子供はこんなこと知らない、というか沙都子の素性を理解しているからな。邪見にする理由がないのさ」
親といった村の年上ばかりだよ、嫌がられているのは。前原君はそう吐き捨てた。
「関係ないのに……。北条さんはそんな辛い思いをしながら、ずっと……」
「あぁ。お前にはこの事を知って欲しかった。これからも仲間として一緒になってもらいたいからな」
仲間としての不安、そして自分が何も出来ていないことへの葛藤。
それが前原君は自分に対しても言い聞かせているのかもしれない。自然と足取りは重くなってしまった。
「沙都子には支えてくれる人が必要なんだ。それが誰なのかは、具体的には言えない」
だが……、そう言って前原君は僕の顔をじっと見つめてきた。それ以上は目で教えてくれる。
「それが僕って言いたいの?」
「多分だ。可能性の話だから、断定は出来ない」
「そんな可能性だけで判断するのはどうなの? 実際自分には何も出来ないだろうし」
「違うよ。孝介」
「そうかなぁ」
「お前は優しい。凄い優しいんだ。まぁ、俺が思うぐらいなんだからそうなんだろうぜ。……そしてあいつはまだ、優しさを教えてもらえていない。気持ちに安らぎを与えてくれる優しさを。ずっと耐え続けている苦痛を少しでも和らげる存在が必要なんだ。空気を入れ続けたらパンクするしな。息抜き役としてはお前が最適なんだ」
僕は黙ってしまった。会って間もない人物の重要なキーパーソンとなっている自分。
そんな重責を僕は担ぐことが出来ることが出来るのだろうか。
「……孝介、足が止まってるぞ?」
「え?」
言われて気づく。足が止まって、考えこんでしまっていたようだ。
「悪いな――――迷わすような発言しちまって」
「ううん。前原君は北条さんのことを思っているってことがよく分かるよ。羨ましい位だよ」
「はは。沙都子は俺の仲間だ。その事実は変わらないさ。だから楽しい思い出をたくさん作ってやりたい。……孝介も手伝ってくれるか?」
「うん。それは出来るよ」
「お前は今まで通りにすればいいと思う。あくまで俺の評価だがな」
「あはは、ありがとう。北条さんを変に意識せずに気にかけてみるよ」
北条さん。君は仲間からこんなに想われているんだ。僕がいなくても、きっと気づいてくれるはず。
そう思って、僕は笑った。月が昇る夏の夜に。