ひぐらしのなく頃に 決 【影差し編】   作:二流侍

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■影差し編【Ⅱ-Ⅳ】

「はぁ……前原君の家って結構大きいんだ……」

 

 僕は瞳を大きくしながら感嘆の声を上げていた。

 この村では寒村であるためか、家が点々と散布しているし、なによりその家一つ一つは木造建築である。僕らの通う学校だって木造――――さらには改築しての学校なのだから、やはり田舎という域を超えていない。

 そんな村の状勢と打って変わって前原君の家はコンクリートを用いて出来た近代的な建物であった。もちろん僕の家だって最近建てられたためにコンクリートの壁である。しかし大きな違いとして、敷地の大きさが存在していた。ここ1つでここらへんの田んぼ一個分はありそうな大きさ。

 

「相変わらず圭一さんの家は大きいのでびっくり致しますわー」

 

 同じように驚いている北条さん。もしかして、前原君のお父さんはかなりのお金持ち社長か何かなのだろうか。でもそれならこんな田舎に住む理由が見当たらないし……。

 車庫を見ても車はない。どうやら本当に両親は出かけてしまっているようだ。

 ドアの前まで来た北条さんはノックしようと構える。

 

『うおおおおおお。すげえ! 燃えてる。燃えているぜ! これぞ漢(おとこ)の料理だぁ!!』

 

 ……が、北条さんの動きはドアを叩く寸でのところで止まった。みんなが一同に黙ってしまう。

 顔を合わせて互いの思いを読み取る。どうやらみんな同じような心境に至っているようだ。

 今の叫び声は前原君であることに間違いない。家にいるというのは証明されたのだが、嫌な感じしかしない。

 不安、それは鼻から伝って焦げ臭い匂いのせいで大きくなっていった。

 

『だ、だが……これはちょっと燃えすぎじゃないか――――てうわあぁああやべぇ!! 天井が、天井が燃えちまうぅ!!』

「大変ですわ二人とも! 急いでいきますわよ!」

 

 北条さんがガチャリと大きく扉をあけ放つ。この際、鍵がかかっていることを気が利いているのか、ただ不用心なだけなのかは関係なかった。北条さんの後続で侵入し、靴を履き捨てる。北条さんは我先に台所と思しき場所を探す。家が大きいゆえに部屋数が多めに見える。どこがリビングで、どこが台所なんだろう。

 立ち込める煙はすでに廊下の天井も隠そうとしていた。本当にまずい状況であるのは間違いない。でも、前原君はこの緊急事態に対する処置を知らないはず。慌てふためく声だけが唯一の救済の声だと思っていた。

 北条さんが冷静に判断し、前原君の声と煙を頼りにして台所の場所を当てた。1つの扉を開ければ、そこには腰の引けた前原君と物凄い勢いで燃え盛っている火が見えた。火は小学校の修学旅行で見たキャンプファイヤー並みにゆらゆらと家を焼こうとしている。

 

「うわ! 本当にまずい!」

「梨花! 濡れたタオルをお願いしますわ!」

「了解なのですよ。にぱ~☆」

 

 古手さんはこのような事態でも笑顔を崩すことなく買い物袋を置くと、その場を後にする。何故あそこまで冷静……彼女の心臓はダイヤモンドで出来ているのだろうか。

 いや、それだと衝撃に弱いことになるから違うか……。

 

「孝介さんも手伝ってくださいまし!」

「あ。あぁごめん!!」

 

 何を悠長に表現について考えていたのだろう。自分も十分危機感を感じていないじゃないか。

 とにかく燃え盛っている火に直接触れるのは無理だ。何とかガスの元栓を止め、供給を絶たないといけない。

 すぐに帰ってきた古手さんの手には絞ってあるタオルが握られていた。大きめにあるタオルは酸素を絶つために使うのだろう。受け取った北条さんは鍋に蓋をするような形でタオルを敷く。なるべく遠くから、それでも確実に敷いていけたことは北条さんの丁寧さ、冷静さがあったおかげだ。

 僕も出来ることをしないといけない。

 

「前原君! ガス栓はどこにあるの!?」

「そ、その下にある棚の中だ……」

 

 良かった。コンロの近くにあるなんてないと思ってたけど、燃え盛る火の下にあるなら近くに行っても大丈夫だ。それに前原君がちゃんとガス栓を知っていたことにも感謝しないと。

 その情報を聞きつけ、すぐにガスの元栓を探す。真正面に存在したガスの元栓を勢いよく閉めてすぐさま退避。どうなるかと思っていたのだが、僕らの適切な対処が火の怒りを鎮めたようだ。

 3人のコンビネーションで大事になる前に、防ぐことに成功したようだ。もし前原君の家に来なかったらと思うとゾッとしてしまう。あれに直接水でもぶっかけそうだし……。

 やる事は1つしかない。落ち着き、これ以上の被害が出ないと分かった瞬間、北条さんは目を参画にしてまくし立てていた。

 

「圭一さん! 危うくこの家を調理することになりまして!? 一体何やっているのですか!」

「い、いや……お、俺は野菜を炒めようと油を引いただけで、」

「炒めるだけなのに油をフライパンに並々注いでいまして!?」

「だってレシピにはこんがり炒めて完成って書いてあったんだぞ!? そりゃあこんがりさせるためには油しかねぇじゃねぇか……」

「安直すぎますわー……!」

 

 歯ぎしりをしながら、あまりの無知さに北条さんが手をわなわなと動かす。

 

「わ、悪い……ここまで大きなことになるなんて思ってなくてよ」

「少し予想すればできますわ! 私たちがいなかったら圭一さんは真っ黒くろすけですわ!」

「ぐぅ……」

 

 前原君は危うく放火になりかけてしまった事に少しばかりの後悔の念はあるようだ。

 それでも北条さんは許すつもりが無い。未だマシンガンのように叱り続けている。

 

「だから圭一さんは料理スキルなんて無いと思われるのですよ!」

「……すまん」

「そんな言葉で許されるとお思いですの!? ちゃんと知識を持ってから動かないと間違えれば人を殺めてしまいましてよ?」

「それは……」

「これからはちゃんとしてくださいまし! レシピなんかで何とかなると思っているから――――」

「もうその辺にしてあげようよ。前原君ももう反省しているし。あんまり言うのもかわいそうだよ?」

 

 十分反省しているようだし、これ以上言っても前原君を追いつめるだけだ。

 これからしっかりとしてくれればそれでよい。そう思っての発言だった。

 

「孝介さんは甘すぎますわ。こういう時はビシッと言わないといけませんのよ!」

「でも……そこまで……さ」

 

 あまり口にできなかった。正直北条さんの言い分も分かるし、今回のような幸運が続けて起きるはずもない。だけど、このまま前原君と北条さん関係が悪化するのも嫌だと思っていた。これで前原君が委縮してしまって北条さんのことを避けるようになってはいけない。

 だからこそ、苦い顔になりつつも僕は北条さんに向かって笑いかけた。

 上手く言葉に出来ないからこそ、それで伝わればいいなと思ったのだ。

 

「……あ」

「ん? どうしたの?」

 

 北条さんがいきなり黙ってしまったので、僕はそう聞いていた。

 

「…………いいえ。たく、仕方ないですわ。今回は孝介さんに免じてこれぐらいにしといてあげますわよ……」

「本当に悪かった!」

「これからは監修が必要ですわね」

「そこまでか!」

「いや、そう言われても仕方ないと思う」

「……はぁ」

 

 ため息交じりになりつつもそう言って前原君への説教を終える北条さん。まるで母親が子供に叱るような姿である。

 

「それで圭一さんは何か作る事が出来まして?」

「い、いや……」

 

 そんな微妙な返答をすれば言葉にせずとも失敗していることが分かる。そしてこれ以上火元を任せられる気がしていないことも。

 北条さんはまたも大きなため息を尽いて、買い物袋に向かっていくと食材を取り出していった。今日買ったであろう肉やジャガイモを取り出して食卓の上に並べていく。

 

「……何してんだ、沙都子?」

「圭一さん。包丁や鍋借りますわよ」

 

 有無を言わせないスピードで調理をし始めようとする北条さんに、手伝おうと立ち上がる古手さん。フライパンは先ほどの影響で使えそうもないので、代わりに鍋を用いるようだ。ちゃんと鎮火していることを確かめてから、またも作業のためにガス栓を捻ろうとする北条さん。

 ここまでくれば前原君にも何をしようとしているのか分かったようだ。

 

「な、何で沙都子たちが料理を作るんだよ……」

「あまりにも不憫で、仕方なく……仕方なくですわ。私がお手伝いしようと思いましてよ?」

「……このままだと勝負があまりにも面白くないのですよ、みぃ~」

 

 酷い言われようだ。そんな言い方だと前原君は素直に受け取れないかもしれないのに。

 

「お、俺は敵に塩を受け取るつもりなんかない……」

 

 やはり拒否。前原君はこういう時には真っ向勝負が好きだから仕方ない部分はあるけど。

 

「そのプライドで家を燃やされてはこちらが困りますわよ……。梨花、ジャガイモを取ってくださいまし」

「……はいなのです」

 

 見事な包丁さばきで野菜などを細かく処理していく北条さんに、それを受け取ったり、炒めたりして調理をしていく古手さん。

 2人の息はぴったりだ。瞬く間に食材が綺麗に料理のための具材へと変貌していく。そのスピードは熟年の主婦でさえも舌を巻きそうな程であった。

 流石に自分たちが優勝候補だと豪語していることだけはある。

 

「す、すげ~……」

 

 そんな様子を眺めている前原君。このままでは2人に申し訳ないと思ったので、横で座ってみているだけの前原君に声を掛ける。

 

「ほら、僕たちも出来るだけの事はするよ」

「え、俺たちがなにをするんだ?」

「お米を研ぐとかあるでしょ?」

「え、お米って研ぐとか言う過程が必要なのかよ!?」

「……あのねぇ」

 

 どうやら前原君は本当に調理できないようだ。もしかしたらお米を水に浸すことも分かっていないかもしれない。いや分かってないだろうけど。

 これは将来、料理が出来る奥さんを貰わないと後で困るだろうなぁ。……竜宮さんみたいな人をさ。

 苦々しく思いながら、お米を炊くぐらいは自分でやろうと動き始める。

 

「じゃあ前原君は食器とか並べといてくれる? お米とかの下準備は僕がやっとくし」

「お、おう……わかった」

 

 僕に言われた通りに動き始める前原君。僕はテキパキと作業を進めている北条さんの横でお米を研ぎ始めた。

 僕の予想していた通り、前原君はお米を研ぐという事を忘れていて水は並々と入れられていた。水は真っ白だし、このままではお米はおいしく炊き上がらない。とりあえず1回水を捨てることから始めないといけない。

 

「相変わらず圭一さんには困らせてもらいますわね……」

 

 横から落胆に似た、しかし楽しそうな言葉が聞こえた。まさか楽しそうに聞こえるとは。まるで、

 

「お母さんみたいだね。世話好きっていうか」

「をーほっほっほ! 私はただ圭一さんと楽しく、部活対決が出来ればそれで構いません事よ! まぁ、今回貸しを作っておくことで、のちに倍返しにしてもらいますわー!」

「ははは、相変わらず考えていることは部活なんだね……」

 

 それでも前原君のことを気にかけているのだから、彼女なりの優しさがあるのだろう。

 

「……本当の事を言うと、沙都子は圭一の事が、心配で心配でたまらないのですよ、にぱ~☆」

「梨花!? 何を根拠にそんな事言っていますの。そんな事ありませんわー!?」

「あ、顔赤くなっている」

「ち、違いますわ! これは梨花が変な事言いますから怒っているだけですわ!」

 

 必死に誤魔化そうとしているのがバレバレなんだけど、北条さんは頑として認めようとしない。そんな表情を見て笑っている古手さんはとても楽しそうだった。

 もしかしたら古手さんって結構なSなのかもしれない。この段階だけではまだはっきりしないけど。

 

「おいお前ら。食器の並び終えといた、」

「今取り込み中でしてよ!(パチン!)」

「え――――ま、待てっ! 何で天井からタイヤがああぁあああ!!」

「……圭一。勝手に盗み聞きとはいけない子猫さんなのですよ、にゃーにゃー」

 

 前原君は訳が分からぬまま、仰向けに伸びてまった。とりあえず役目を果たしてくれたし、このままにしておこう。

 


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