■影差し編【Ⅱ-Ⅰ】
「何とか出来るかぁあああ!!」
次の日の昼休みまで時間は進む。
というよりこの日の大きなイベントはそれぐらいしかなく、朝は至って平凡な授業を受け続けていたといえるだろう。
しかし昼休みになって、聞いた言葉がまさか前原君の怒号だとは思わなかった。心臓をわしづかみにされそうな大声にみんなが目を丸くする。そんな中、前原君は自分の大切なエネルギーであるはずの弁当に文句を垂れていた。
「なんだよ、出張って……! 俺が一人で弁当を作れる訳がないだろうがぁああ……」
目の前の風呂敷に怨嗟を送り続ける彼に何かあったのは一瞬で分かる。
……というより前原君は弁当を作らなければならないようで、それでまぁ出来なかった。そんな予想がここまでの発言だけで理解できる。未だに弁当箱を開けないのもその理由として当てはまりそうだ。
「何を怒っていますの……て」
前原君の隣。あまりの大声に耳を塞いでいた北条さんが前原君の弁当箱のふたを開け、固まり、そして自身の箸を伸ばし、異形のぶつをその端で掴みとっていた。
持ち上げて僕らに見せてきたのはまるで食品名を予想出来ない。名探偵といえど、これほどまでに黒く揚げられては判断も出来ないだろう。
黒い細長いものを遠巻きにしながら、北条さんは前原君に物の正体を求める。
「人参を炒めようとして完成した黒焦げ」
黒焦げでももう少し赤みがあってもいいのではないのだろうか。
北条さんは更にゴミの量販店から1つを取り出す。
「……。じゃあこちらは……?」
「魚を焼こうとして出来たへなへなな魚」
「というより生……いいえ。それより、これはなんですの……?」
「ご飯を炊こうとして出来た、通称黒団子」
「「「…………」」」
みんながみんな、何も言えずに前原君の壊滅的ともいえる料理スキルに愕然としていた。自分のことでもないのに、まるで捨てられた子犬を見るかのような目でみんなが前原君を見つめる。
「そ、そんな表情しなくてもいいだろ!?」
「だって……これはかわいそうになるほどだもん」
僕だってこうなるまではいかない。というより何故こうなるのかを聞きたい。
「くっそぅ……こんな調子で3日も耐えられる訳がないだろうがぁああぁあ!!」
「3日だって!? そりゃあ圭ちゃんに白骨化しろって言ってるようなもんじゃないか!」
「圭一さんに防腐剤が必要ですわね」
「俺は間違っても防腐剤なんていれやしねぇよ!」
「圭一くん、まず防腐剤は食べられないからね?」
「わかってるよ!」
どうやらこの調子を3日間続けないといけないようだ。これだけ見て分かる。無理だと思う。
「……圭一の母親にカレーみたいな日持ちのするやつを置いてもらっていないのですか?」
「いや……それは俺が大丈夫だと適当に答えてしまったばっかりに」
「自業自得ですわね」
「身から出たさびだね」
「もういい! 分かってるから、俺のせいだって!」
一応万人の食としてカップラーメンがあるとしても、それは朝と夜しか出来ない。昼はお湯を沸かす場所がない以上、カップでは食べられない。それはつまり中学生という成長が大きく反映される時にそのエネルギー源がないという事だろう。
放課後は部活もあるのだから死活問題である。
「大変だなぁ……」
「そう言いながらハンバーグを口にしやがって……嫌味なのか!?」
イッツベリーデリシャス。
「ですけど流石にここまでの料理スキルとなれば困りものですわね……」
「……ダメダメの烙印なのですよ」
北条さんと古手さんの追い打ちにへの字とさせる前原君。
「べ、別にこいつはレシピがないからだ。それに時間が無かったから出来なかっただけで、本当ならもっとうまく出来るはず!」
「いや、レシピなくてもこれはないと思うんだけど……」
「そんなことはねぇ! 数学だって公式があれば解ける俺だぞ!」
「説得出来てない!」
「いやいや、レシピさえあれば俺だって料理店ぐらいの味は出せるさ!」
「へぇ、なら今日の弁当は圭ちゃんの実力ではないと?」
「お? お、おぉおうともさ」
「なら明日見せてもらおうじゃない?」
「あ、いいですわね」
「は?」
前原君が石像のように固まる。自分が招いた事態に対して頭が回っていないようで。その間にも計画はとんとん拍子で決まっていきそうだ。
「明日はみんなで料理対決といかない?」
「料理対決かな? かな?」
「そう。ルールは簡単。明日各自で料理を作るんだよ。それを昼休みに見せ合いっこ、及び味見をしてもらって誰の弁当が食べたかったかを投票するんだ。もちろん自分に投票するのは禁止だよ」
「へー」
「……」
「あれぇ? 圭ちゃん、顔が青ざめているようだけど、何かあったの?」
「そ、そんなことはねぇよ!」
売り言葉に買い言葉。何故乗ったんでしょうね……。
部活メンバーとなった者の宿命なのか。それとも引くに引けない背水の陣的な状況だと思ったのか。それともただのマゾか。まぁ最後はないと思うけど。
「俺がやっちまったら軽く優勝しちまうからな! そんなことしてもいいかなって思っただけだ!」
「なんと自分を追いつめる」
「ほほぅ……圭ちゃんは優勝が可能だと」
「も、もちろんだ」
嘘に嘘を重ねる前原君はもう後には引けない状況である。みんなも大会の結果がどうなるかなんて分かっているだろうに、意地が悪い。
とはいえ自分としても止める理由は存在しないし、むしろ僕としてはやっていきたい大会ではある。
「大会というからには当然罰ゲームも存在するよ!」
「優勝者じゃなくて敗北者にあるって……相変わらずの部活クオリティーだな」
というより1人をターゲットに出来た大会なのだから、そうなるのは確定的ではあるよね。
「優勝者は愉悦が贈与されるんですわー」
「ははは……罰ゲームにならなきゃ大丈夫だぜ……」
「圭一君、何か言ったかな?」
「いや、優勝しないとな、と言ったところだ」
「よーし、今回は頑張れそうだ」
「お? 孝ちゃんやる気出てるねぇ?」
「まぁね。今回は暴れるようなことはなさそうだし」
僕はこういう運動しない方が性に合っている。内向的と言われてしまうかもしれないのだが、やはり体力を必要としないものはありがたい。
それに料理は引っ越す前にはよく作っていた。両親がいないときに自分で作っては食べていたのだから、そのノウハウがここで生きてくる。
全盛期に比べると衰えはあるかもしれないけど、きっとみんなを驚かすような料理を作ることが出来るだろう。
園崎さんには悪いけど、僕は今唯一といっていい見せ場に、正直心のうちで燃えている部分がある。部活として頑張れる部分がようやく到来、というわけだ。
「で、他には異論ある?」
「私は異論はありませんわ!」
「……僕の特別料理でみんなを認めさせるのですよ」
みんなのテンションも部活モード。戦う前にすでに士気は最高潮といっていいほど上がっている。僕も今回はそのノリに乗れた。前回は全く乗り切れていなかったので、ちょっと嬉しい。
「これは負けられませんわね……」
「私もいつも作ってるからこそ、頑張らるよー!」
「ふっふっふ。みんな甘いねぇ。こういう時に評価されるのはギャップってやつなんだよ」
女子だからという所もあるのだろうか。その意気込みはすでに全国を目前にした青春少女たちといっても過言ではない。
北条さんや古手さん。そして今回の優勝候補でありそう竜宮さんもいる。そしてあまり作る姿を見せていない反面、その実力が未知数であるダークホース園崎さん。
それだけでも胸が踊りそうになる。一体どんな勝負になるのか。
足りないものはないし、これ以上追加することは出来立てのハンバーグに砂糖くらい無意味な存在だ。
「決定! じゃあ戦いのため今回は部活休みにして明日のために、諸君尽力を尽くしてほしい!」
「「「おぉ!!」」」
「お、おお……」
みんながちゃんと手を挙げていたのに、前原君は3秒くらい遅れてその手で賛同しないといけなかった。
……うん? そういえばいつの間に部活に入っていたのだろうか。なんて気にしたら負けなのかもしれない。とにかく自分も参加することに変わりはないのだから。