IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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第十三章-Gold and silver time-
戻って出会うは水色な彼女


「……一週間振りか」

 

 

エナメルバッグを片手に、うだるような暑さの中戻ってきた愛しの学び舎、IS学園。実家を第一の故郷とするのなら、ここは第二の故郷とでも形容すれば良いか。いつの間にか愛着の湧いた場所に戻ってきたことで、喜びを感じることが出来た。

 

実家に戻っていた一週間があまりにも内容の濃いものであったが故に、一週間振りに戻ってきた感じがせず、数年ほど訪れていなかったかのような懐かしさがあった。

 

 

 

さて、ここ一週間のことを振り返るとするのなら、初日を除いた六日間、一日二十四時間の大半を千尋姉と過ごしている。……というより、ずっとくっつかれたままだった。特にどこかに出掛けるわけでも無ければ、誰かが家に来るわけでもない。本当の意味でのリフレッシュ気分を味わうはずが、ベタ付かれたまま一週間が過ぎた。

 

告白の一件を経て、より一層スキンシップに拍車が掛かった千尋姉は、朝、気付かない内に布団の中に潜り込むのは当然のこと、リビングに居る時は常に人の隣に居るわ、夜は人の部屋に勝手に入り込もうとするわで、リフレッシュなど一切出来ないままに一週間が過ぎ去った。

 

事の顛末を都度ナギに電話で相談するも、返ってくる答えは乾いた笑い声と、頑張ってという一言のみ。幸い一線を越えることは無かったが、まぁここまで変わるものかと自分自身が一番驚いている。

 

良くも悪くも、今までの千尋姉は我慢していることが多かった。特に俺への想いを漏らさずにずっと我慢していたことが最たる例だろう。が、あくまで『姉弟』と呼ばれる難攻不落の壁があったからであり、それが崩れ去った今、我慢を繋ぎ止めるものが何一つない。

 

一件以来、俺と接する千尋姉からは『姉』としての感情ではなく『女性』としての感情が強くなっていた。そこも含めて今の千尋姉が本来の千尋姉なんだと思う。

 

下手に余所余所しくされるくらいなら、これくらいオープンに接してくれた方が良い。後千尋姉の口から言われたのは、また俺がIS学園に戻ってしまうから、今の内に大和成分を補給しておきたいとのこと。それならあの積極的な行動も納得が行く。

 

……人前でやられたらかなり恥ずかしいけど。

 

 

 

さ、一旦切り替えよう。

 

だらしない顔でIS学園に戻ったら締まらない。寮への入り口を開くと、階段を使って自室へと向かう。やはり夏休みということで、大半の生徒がまだ実家に帰っていて、寮内に人の気配は少ない。

 

普段なら廊下を歩けば何人かと出くわすことも多いのに、誰一人として出歩かない辺り、暑さも影響しているのかもしれない。わざわざ暑い中出歩いて汗だくになるくらいなら、部屋に篭もって大人しくしていた方が涼しいし、身体的にも精神的にも楽だ。

 

そう考える生徒も決して少なくは無い。

 

 

そうこうしている内に自室へとたどり着いた俺は、鞄の中から部屋の鍵を取り出す。一〇ニ七号室、一夏の二つ隣の部屋であり、入学当初からお世話になっている。初めは寝付けなかったベッドも、今となっては馴染んだもの。居心地の良い一つの空間と化していた。

 

早速部屋に入るべく鍵を刺す。ある程度掃除をしてから帰省をしたから、これと言ってやることはないが、何か足りないものでもあったら買いにでも行こうか。この後のプランを考えながら、鍵を回すも……。

 

 

「あれ……?」

 

 

引っかかる感じがない。

 

通常鍵を開ける時は回した瞬間につっかえに引っかかり、更に回すことでつっかえを外して開錠する仕組みになっているのだが、いくら回したところで手応えは無かった。

 

おかしい、まさか帰省する時に施錠し忘れたのか。自身のうっかりを一瞬考えるも、鍵を掛けたかどうかの二重チェックはしているし、夏期休暇の最中は定期的に管理人が帰省中の生徒の部屋を回って鍵が掛かっているかどうかを確認している。

 

故に鍵のかけ忘れはあり得ない、むしろ何故このタイミングで鍵が開いているのか。考えられる選択肢としては、第三者の誰かが鍵を勝手に開けたとしか考えられない。

 

鍵を開けることが出来る人物は、俺の知る限り一人しかいなかった。既視感のある展開に突っ込みを入れたくなるも、考えたら負けか。

 

 

あえて無視をして別の場所に足を運んだとしても、俺の部屋はここにしかない訳で。最終的にはここに戻ってくるしかない。結局を同じ結末に行きつくことを悟り、改めて気持ちの整理をすると部屋の扉を開ける。

 

と。

 

 

 

 

 

「おかえりなさい♪ お風呂にします? ご飯にします? それとも……私?」

 

 

予測可能回避不可能とでも言えばいいのか。そこには満面の笑みを浮かべたままの楯無が、何故か裸エプロン姿で立っていた。白い四肢が完全にむき出しの状態であり、楯無を覆い隠しているのは白いエプロン一枚だけ。エプロンをはぎ取ろうものなら楯無を纏うものは何も無くなる。

 

何故だろう、今までは下に水着を着ているだとか、角度的にきわどく見えているといった想像が出来ていたのに、今は全くと言っていいほど下に何も履いていないという結論しか導き出せなくなっていた。理由は楯無のある意味上位互換である千尋姉を直近で見続けていたせいか、楯無の姿と千尋姉の姿がダブって見える。

 

以前俺は楯無の告白を断っている。目の前の楯無を見る限りは引きずっているようには見えないが、内心どう思っているかヒヤヒヤものだ。

 

 

「こらっ! 何か変な事考えているでしょ!」

 

「考えてないよ。って、その服装俺以外に見られたらどーすんだ」

 

「え? 大和以外に見せるつもりは……どうかな?」

 

「見せるつもりでいるのかよ!?」

 

 

こ、この生徒会長は相変わらず掴めない。そう考えると素直な千尋姉に比べて大分タチが悪い。人たらしの天才……もとい天災とでも言い表すべきか。ワザとやっているのか、それとも天然でやっているのか偶に分からなくなる時がある。

 

そこに加えてやたら鋭い。読心術でも拾得しているのか、表情に出していないにも関わらず反応出来るほどの察しの良さはどこで培われたのか教えて欲しい。

 

 

「ところで、わたしにします? わたしにします? それともわ・た・し?」

 

「へ……って! 選択肢がない!」

 

「あはっ♪」

 

 

もはや選択肢が一つしかない。一つあるじゃないと、ケラケラと笑う楯無だが、それは選択肢とは言わない。どの選択肢を選んでも最終的に行き着く結末は同じとかどんな鬼畜な質問だよ。

 

これはからかっている時の楯無か。ウィンクをしながら手をひらひらとさせる辺り、余裕のあるいつも通りの楯無であることには間違いない。人をからかい、場をひっかき回して楽しむ事に関しては天才的で、右に出るものは誰一人として居ない。

 

とはいっても楯無の存在を知っているのは身近なところだと俺とナギくらいで、他の同学年の生徒たちは知らないんじゃいだろうか。朝礼や行事にもあまり表立って顔を出すことは無かったし、クラスメートに聞いても分からないと答える人の方が多いかもしれない。

 

対面して話してみるとこれほどまでにインパクトがあって、存在感のある生徒は居ないと思うけど。

 

 

「にしても意外だなー、大和の事だから鼻の下のばして赤面すると思ったのに。もしかして誰かさんとお楽しみで慣れ「そこまでにしようか、生徒会長?」……ちょっ! 冗談よ! だからそのハリセンを仕舞いなさい!」

 

 

流石においたが過ぎるので、多少語気を強めながら隠し持っていたハリセンを出したら大人しくなりました、まる。出会ってからここまでまともな挨拶も出来ないままに楯無のペースに合わせてしまった。

 

逆に自分のペースに引き込んでしまうあたり、彼女らしいのかもしれない。ただこのまま付き合っていたら最終的に収拾がつかなくなる。一旦咳払いをして仕切り直すと、再度楯無に挨拶を返した。

 

 

「ただいま楯無。こうして話すのは久しぶりだな」

 

「えぇ、お帰りなさい。本当は大和が怪我をしたタイミングですぐにでも会いに行きたかったんだけど、こちらも色々と仕事に追われててね。もう怪我は大丈夫なの?」

 

「ん、あぁ。おかげさまでバッチリ治ってるよ。もしかして心配してくれたのか?」

 

「当たり前じゃない。大和が落とされたって聞いたときは、気が気じゃなかったわ」

 

 

相変わらずエプロン姿のまま、楯無はベッドに腰掛けた。俺は手に持っている荷物を机の横に置き、備え付けの椅子の背もたれ側を正面にして腰掛ける。

 

未だに鮮明に残るワンシーン。

 

俺から左眼を奪ったあの一件は決して忘れられるようなものでは無かった。当然それほどの出来事なのだから生徒会長である楯無の耳に入らないはずがない。生徒が二人も怪我をしたのだから心配にもなる。

 

 

「そうか、ありがとうな楯無」

 

「……本当よ。心配掛けさせないで」

 

 

目元が潤み感情的になる。

 

生徒会長としてではなく、更識楯無としての一言が胸に刺さる。この状況ではとても、ラウラの助けを無視して単身突っ込みましたとは口が裂けても言えなかった。

 

まだまだ俺は弱く、人を守れるだけの力はない。過信、慢心だけではなく、純粋に俺のIS操縦能力が水準に至ってないからこそ、格上の相手には出し抜かれてしまう。出し抜かれるという事は、まだ自身が未熟である何よりの証明になっていた。

 

もっと強くなりたい。

 

強くなるためにはどうするかを常に模索していた。

 

 

「楯無」

 

「? 何かしら?」

 

「またISの操縦を教えて欲しい」

 

「ええ、喜んで。とは言っても、今の大和に私が教える事なんてあまりないんだけどね」

 

「それなら足りないところだけでも教えて欲しい。専用機を貰っても、力を出せなければ意味がない」

 

 

大きな力は制御出来なければ自分が取り込まれる。取り込まれるということは、自身の身体が崩壊することを意味する。臨海学校での一件でリミット・ブレイクを使用した後、いくら病み上がりとはいえ副作用の負荷に押し潰されそうになった。偶々鈴とシャルロットが来てくれたことで事なきを得たが、もし支えが無ければあのまま痛みに身体を蝕まれていたかもしれない。

 

上げたギアは第一段階のみ。

 

残り三段階のギアがあることを考えると、このままではとても使いこなす事など出来ない。身体的な強さだけではなく、精神的な強さも欲しい。今の俺に足りないのはIS戦闘における総合的な実戦経験全て。

 

ここに留まる以上、改善できるところは早めに潰していく。生身で戦うのも限度があるし、仮に千冬さんに近いレベルの操縦者ともなれば、生身での戦闘は自殺行為になりかねない。

 

この学園に楯無を越える上位互換と言えば千冬さんくらいであり、こと生徒の中では楯無が圧倒的な実力を誇っていた。

 

俺からすればこれほど生きた教材は無い。戦闘スタイルが違うにしても、楯無から学べる部分は多々あるはず。俺のISは他の機体に比べてかなり癖のある機体であるが故に、一般的な常識は通用しないが、根本の動かし方や立ち回り、駆け引きに関しては従来のものと変わらない。

 

 

「そう。ただあまり無茶はしないでね。身体を壊したら元も子もないんだから」

 

「分かってる。そこは上手く付き合っていくさ」

 

 

身体が資本なのは職業柄、重々承知している。が、俺の反応に対しての楯無の反応はいささか冷ややかなものだった。

 

 

「……」

 

「な、何だよその目は?」

 

 

いまいち信憑性がないと、ジト目で俺を見つめてくる楯無。一体俺のどこに信憑性がないとでも……無かったわ、どこにもなかったわ。これまでの自分自身の戦い方を振り返ると、無茶苦茶なことばかりやっている。

 

無人機相手に生身で戦ったり、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンのプラズマ手刀を近接ブレードで受け止めたり、挙げ句の果てに副作用も考えずにリミット・ブレイクを発動させたりと……自分でも如何に馬鹿げた無茶をやってきたのかよく分かる。

 

自分のまいた種とはいえ、苦笑いしか出てこなかった。

 

 

「大和が無茶しないって言ったところで信じられないわ」

 

「……おっしゃる通りで」

 

 

やべぇ、何も言い返せない。

 

無茶したことに関して、俺は何一つ言い返す要素がないのに今更気付いている辺り、もはや末路なんだろう。そんな俺の返しにジト目をして睨んでいた楯無がケラケラと笑い始めた。

 

 

「ホント、大和って不器用よね。普段は誰よりも頼れるのに、自分のことになると急に適当になるんだから」

 

「う……」

 

「まぁでも、それが大和らしいのかな。私もそんな大和の事が好きになったんだし」

 

 

恥ずかしげもなく俺への好意を明らかにする楯無。俺射抜く視線に迷いは無いようだった。だが、俺もホイホイも了承をする訳にはいかない。楯無の事を好意的に見ているのは間違いないが、あくまでそれは友達としてであり、一人の女性として好いているかと言われれば、ハッキリとノーと言い切れる。

 

それは既に楯無が一番分かっているはず。それでも俺へ諦めずにアプローチに来ているのだから、心が強くなければそうはなれない。

 

 

「いつか必ず、自力で振り向かせてみせるんだから!」

 

 

きっぱりと宣言をする口調は強く真っ直ぐなものだった。楯無がそのつもりなら、俺も彼女のアプローチを断る義理はない。本気で俺の心を奪いたいのであれば、自分の力で奪って見せろ。

 

そう得意げにニヤリと笑ってみせた。

 

 

「それは、期待していて良いってことなのか?」

 

「当たり前じゃない! 恋は戦争! 多少の紆余曲折が無かったら面白く無いわ!」

 

 

常に前を向こうとする楯無を見ていると、自然と俺まで前向きな気持ちになる。

 

……あれ、これって俺が楯無に引き寄せられている事になるのか。

 

 

「……ははっ!」

 

「な、何で笑ってるのよ!」

 

「いや、笑うつもりは無かったんだ。楯無らしいって思ったらつい……!」

 

「もう! 大和なんか知らない!」

 

 

照れながらプイと顔を背けてしまう。

 

とうやら楯無に関する心配は杞憂だったらしい。千尋姉にしても楯無にしても、暗い表情は似合わない。ナギからの話だけでの判断だったために、どんな状態か不安でたまらなかったが、大丈夫である事がようやく分かり、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 

「悪かったって、からかうつもりは無かったんだ」

 

「つーん……」

 

 

私、拗ねてます! を猛烈にアピールするために言葉で言い表すのを初めて見た。そっぽを向く楯無の機嫌を直そうとするが、これまた中々戻ってくれない。

 

参ったな……てっきり他にも用があったんじゃないかと思ったのに、これでは話が先に進まない。

 

 

「むー……もう、本題を忘れちゃうところだったわ」

 

「あぁ、やっぱり本題があったのか」

 

「やっぱり……ってことは察していたの?」

 

「少しな。正直自信は無かったけど、目的も無く人の部屋に来ることはあまりないだろう? まぁ、その前にだ」

 

 

楯無が人の部屋に来る時は、大抵何かしらある時が多い。本当に暇つぶしで来る事もあるが、楯無が来るイコール何かあると身構えてしまうもの。

 

最初の裸エプロンには度肝を抜かれてしまったが、やっぱり話しにくい内容ともなれば、過剰な前振りは必要なのかもしれない。

 

さて、何の話だろうか。内容が気になるところだがその前に……。

 

 

「楯無、とりあえず服着替えてこい」

 

「へ?」

 

 

俺は黙って洗面所への扉を指さすと、楯無に服を着るように促すのだった。


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