IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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Get over

 

 

 

 

「お、おい大和! お前本当に大丈夫か? 顔色悪いぞ!」

 

「え? あぁ、問題ない。いつも通りだ」

 

「いつも通りって……明らかに疲れてんじゃねぇかよ! 少し部屋で休んでいたほうが良いんじゃないのか?」

 

 

大和とナギの一連のやり取りが終わり、時は夕食の時間。大広間で初日と同じように食事をとっている。大和からすれば一日半ぶりの食事ということもあり、ハイペースで食べ進めるものだと一夏や一部取り巻きは信じて疑わなかった。

 

しかし現実は真逆。皆よりも遅く大広間に姿を現した大和はふらふらと覚束ない足取りで座布団へ座ったが、いつものような表情に比べると硬く、自ら誰かと会話をしようとしない。

 

大和の内面的な変化にいち早く気付いたのは一夏だったが、その他生徒たちは内面よりも外面の変化に各々疑問を持っていた。

 

 

「ねぇ、霧夜くん怪我でもしたの?」

 

「どうなのかな。でもボーデヴィッヒさんが様子を見に行った子たちを頑なに部屋に入れなかったみたいだし、その線が強いよね」

 

「あれってボーデヴィッヒさんの眼帯だよね? てことは左眼に怪我でもしたのかな?」

 

「でもなんか色々とあったみたいだよ? 専用機持ちの子は事情を知っているみたいだけど、誰一人口を割ろうとしないし……」

 

「私としてはアシンメトリーっぽい髪型も良いと思うんだけど、どうかな?」

 

大和の思った通り、眼帯をして登場した大和にそれぞれ疑問を持っていた。私たちが知らない間に何が起こったのかと。とはいえ箝口令により、専用機持ちは今回の件に関する情報の口外を一切禁止されている。

 

大和が気を失った後の朝食の際に、専用機持ちたちも色々と聞かれたみたいだが、誰一人事情を話すメンバーは居なかった。話せるような内容ではないし、話せばその生徒には制約が付き、自由な行動が制限される。

 

だから皆、聞くのをやめて個人での想像を膨らますだけに留めていた。

 

 

「……」

 

 

そんな外部の騒音も何一つ大和の耳には入ってこない。自分の噂など、今の大和にとってはどうでも良かった。

 

明確なまでのナギの拒絶に、心身ともに限界状態まで追い込まれている大和はさっきから全く箸が進んでない。食事を始めて何分か経つが、机の上に乗っている料理は一向に減る様子が無かった。

 

初めこそ作戦の疲れが出ているのかと思った一夏だったが、ここ数分の大和の行動を見て、疲れではないことを悟ったらしい。別の要因があると思って探りを入れるも、大和は全く話してくれない。

 

学園の誰よりも大和は口が堅い。正攻法で聞いたところで、何時間掛けようとも口を割ることは無いだろう。

 

 

「なぁ、大和!」

 

「大丈夫だから。心配するなって」

 

「心配するわ! さっきからずっと虚ろな目じゃねーか!」

 

「俺は元々こんな目だ。さり気なくディスっているのか一夏は?」

 

「ディスってねーよ! あーもう!」

 

 

と、取りつく島もない。

 

会話のキャッチボールにならずに、一夏は頭を抱える。女性関係に関しては一夏も大和も奥手で、イレギュラーが起こった時どう対処すれば分からない。

 

相手の気持ちを察せる辺り、大和の方が上手だが所詮はそれまで。

 

結局対処法が分からないことに変わりない。

 

ちなみに席の配置は一夏の左隣に大和、右隣にはシャルロット。大和の左隣は鈴となっている。うだうだとしたやり取りが続く中、一部始終を静観していた鈴が口を開いた。

 

 

 

 

 

「あのさぁ、大和。何があったのかは聞かないけどさ、もう少し人を頼っても良いんじゃないの?」

 

「……」

 

「頼らなさすぎよあんたは。そんなことしてたらいつか体壊すし、皆不安に思うのも無理無いわ」

 

 

大和も分かっている、人を頼らなさすぎだと。

 

何があっても誰にも頼らず、全て自分で解決しようとする。結果、解決はするが誰かを心配させてしまう。自分の最も悪いところだ。

 

しかし頼れなかった、話せなかった。事情を話し、拒絶されることが怖かったから。

 

 

「あたしたちには別に話さなくても良いけどさ、本当に大切に思っている子には、ある程度腹を割って話しても良いんじゃない?」

 

「!」

 

 

鈴の一言に驚きを隠せない表情で振り向く。

 

 

「い、一体何の話をしてるんだ?」

 

「一夏は一旦黙っていなさい。あたしは今大和と話しているんだから」

 

 

完全に蚊帳の外に追い出された一夏は、ショボくれた表情をしながら引き下がった。

 

鈴はどことなく気付いている。

 

何を隠しているのかまでは気付いていないようだが、大和が自分たちとどこか違うことには気付いている。この会話でそれを悟れる人間は誰一人居ない、強いて言うならラウラや千冬、楯無くらいだろう。

 

鈴の洞察力は代表候補生の中でもかなり優秀な方であり、一年の中ではトップクラスの洞察力を持ち合わせている。

 

大和も上手く隠してはいたが、行動の節々に何処か一般人とは違う何かを感じ取ったらしい。

 

 

「お前……」

 

「か、勘違いしないでよね! あんたには借りもあるし、その借りを返しただけなんだから! とにかく、ウダウダしているのは大和らしくないのよ!」

 

 

不器用ながらに伝える鈴からの励ましの言葉に、大和の瞳に若干光が戻る。

 

何を自分は迷っていたのだろうか。

 

誰かと付き合うと決めた時点で、このようになることなど分かっていたこと。彼女が納得しないのなら、納得させるように伝えるのが役目。その役目を放棄した時点で、大和とナギの間で意思疎通が出来ていなかったことになる。

 

意思疎通が出来ず、互いを信じ合えない男女はいずれ別れる。自分の事情を話す、話さないのは大和の判断だ。第三者が決めるようなことではない。

 

だが全てを隠し通し、ナギに心配を掛けることが正しいことなのか。

 

大和の中で既に結論は出ているはず。

 

 

「……まさか鈴に励まされることになるとは思わなかった」

 

「まさかって何よ、まさかって! あんたはあたしのことを何だと思ってるのよ!?」

 

「何って……友達だろ?」

 

「はぁ!? ば、バッカじゃないの! こんなところだけまじめぶったって意味ないんだから!」

 

 

ど直球な大和の答えに思わず顔を赤らめてパクパクとご飯を頬張る。ストレートに気持ちを伝えられるのには耐性が無いらしい。大和としては特に他意は無かったが、鈴にはストレートな感謝が予想外だったみたいだ。

 

 

「何にしてもありがとな、鈴。お陰で少しだけ元気出たわ」

 

「ふん。本当に感謝しているなら、さっさと私たちにも進捗くらいは報告しなさいよね?」

 

「へいへい、その内な」

 

 

大和の表情に笑顔が戻る。

 

まだ浮足立った変な気分ではあるが、何とかなるだろうと前を向く大和。止まっていた箸を動かし、残っている夕食を掻き込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのやり取りを遠目から見つめる存在が一つ。

 

大和の渦中の人物であるナギだった。

 

箸を止めたまま、大和の行動をじっと見つめる視線は何処か不安そうで、自らの行動を後悔しているようにも見える。鈴や一夏と何を話していたのだろう。距離が遠すぎて会話の内容は全く聞こえなかった。

 

 

先ほど、飲み物を買いに出掛けた際に偶々遭遇し、大和の姿を見て激高。感情任せに大和を叩き、大嫌いだと拒絶してしまった。普段着けもしない眼帯をしていれば、大和が怪我をしたことくらいは容易に想像がつく。

 

だが、大和だって無理をしたくて無理したわけじゃないはず。本当は嫌だったかもしれない、でも自分がやらなければ誰かがやる羽目になる。優しすぎるからこそ無茶をした。

 

かといって大和の行動を正論がするつもりもなく、この場合は逆にナギの言うことが正論だ。

 

彼女は大和の家庭事情を何一つ知らない。事情を知っているならまだしも、知らないのだから怒って当然なのだ。それに昨日までは普通だった相手が、急に姿を見せなくなり、姿を見せたと思ったら大怪我していたと分かれば、誰だって怒る。

 

特に大和は、無理はしないでというナギの言葉に納得している。納得している時点で、何を言われても言い返せない。言葉を悪くすれば、大和はナギとの約束を破り、裏切っているのだから。

 

それでも何もあそこまで突き放すことは無かったんじゃないかと、ナギはナギで罪悪感に苛まれていた。

 

『大嫌い』だと吐き捨てた言葉。

 

普通の友達同士だったとしても言われたくはないし、恋人同士なら尚更傷付く言葉だろう。それを使ってしまった、言ってしまった。

 

大広間に姿を現した時の大和の顔をナギはハッキリと覚えている。生気の抜けた死んだ魚のような目に、小突けば通れてしまうほどの弱々しい足取り。

 

怪我のせいではない、明らかにロビーでの一件を引きずっていると。

 

 

(私は……)

 

 

もちろんナギは大和のことを本心から嫌っている訳ではない。

 

今でも大和のことは大好きだし、ずっと側に寄り添っていたいと思っている。もっともっと親密な関係になりたい。それが彼女の本音だった。

 

ただ言ってしまった以上、自分の言葉には責任を持たなければならない。自分から大和に歩み寄るわけにもいかず、遠巻きに彼の様子を見つめることしか出来なかった。

 

 

(私、どうすれば……?)

 

 

分からない。

 

これからどう接すれば良いのか。

 

下手をすれば関係が自然消滅する可能性だってある。自身が拒絶の意を示してしまった段階で、大和の方から声を掛けてくる可能性は低い。こっちから声を掛けようにも気まずくて、話し掛けられない。

 

結局これでは平行線のままだ。

 

話題性だけとっても、一夏と大和は全校生徒に人気がある。相手がいないともなれば、寄って来る女性は数知れず。

 

頭を抱えるナギに、横に居るとある人物から声を掛けられる。

 

 

「あの、お姉ちゃん」

 

「ど、どうしたのラウラさん?」

 

 

慌てて横を向くと、控え目に尋ねてくるラウラの姿があった。何かを伝えたいみたいだが、手をもじもじとさせ、視線は四方八方に彷徨わせている。話の内容としてはあまりよろしくない内容なのか。

 

このまま大和のことを考えていても顔に出てしまうだけだと判断し、一旦気持ちをリセットさせ、ラウラの話を聞いていく。

 

 

「う、うむ。その、実はついさっきの話なんだが……」

 

「さっき? 何かあったの?」

 

「お兄ちゃん、飲み物を買いに出掛けた後、凄く落ち込んだ表情で戻ってきたんだ」

 

「……」

 

 

ロビーでの出来事が思い返される。飲み物を買いに行った時間がいつなのかまでは分からないものの、落ち込むような出来事があるとしたら、つい先ほどのこと以外考えられない。

 

続く言葉に耳を傾け、表情に出さないように話を聞く。

 

すると。

 

 

「ずっとお姉ちゃんに謝ってた。どうして俺はナギの意図を汲み取らなかったんだって」

 

 

ラウラの口から発せられた事実にキョトンとした顔を浮かべながら静止する。

 

 

「え?」

 

「お兄ちゃんも不器用だから……」

 

 

上手く言葉に出来なかったんだと思う、とラウラは続けた。

 

そういえば自分が捲し立てた時、彼は何一つ反論しなかったし、逆上することもなくナギの言い分を聞いていた。彼の中で言い返したい気持ちは少なからずあったはず、それでも自身の感情を押し殺し、ナギを受け止めてくれた。

 

浴びせた罵声で、大和の心はだいぶ折られたはず。だが彼は一番に自分のことではなく、ナギのことを考え言い返さなかった。

 

秘密がどうとか、隠し事がどうとかの問題ではない。

 

 

自分だって大和に秘密にしていることもあるというのに、どうして自分だけの価値観を大和に押し付け、大和の真意を汲み取ろうとしなかったのか。

 

言わなかったんじゃなく、言えなかったと何で考えられなかったのか。

 

裏切られたと一時的な感情に身を任せて突き放したことが、大和にとってどれだけ精神的なダメージになっていたのか。

 

何一つ考えようとはしなかった。冷静な今だからこそ判断出来る、何故あんなひどい事を言ってしまったのか。

 

 

下を俯いたまま、暗い表情で黙り込むナギをラウラも察し、言葉を続ける。

 

 

「でもお姉ちゃんも間違っているとは言えない。私だって同じことになったら、お兄ちゃんを責めると思う。よくも裏切ったなって」

 

「……」

 

「だが結局どっちも悪くない。だからこそ、お姉ちゃんにもケジメをつけて欲しい」

 

「ケジメ?」

 

「……もう一回お兄ちゃんと話をして仲直りして欲しい。こんなギスギスした関係は嫌だ。いつもみたいに笑い合ってる二人の間に私は入りたい」

 

「ラウラさん……」

 

 

―――仲直りして欲しい。

 

それがラウラの心からの本心だった。

 

これ以上、二人の悲しむ顔を見たくない。些細な喧嘩なのかもしれないが二人の落ち込み方を見ていると、ラウラもそうは言っていられなかった。

 

 

「そう、だよね。うん、分かった。私、もう一回大和くんとキチンと話してみるよ。そこでちゃんと、真実を聞いてみる」

 

「うむ。私も影ながら応援しているぞ!」

 

 

そう微笑むナギとラウラ。

 

彼女たちの顔にもまた、若干の笑顔が戻っていた。


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