「一夏!」
「うぉぉおおおおおおおおおおおお!!」
渾身の力を込めた一撃を、福音に叩き込む。
最大出力の零落白夜を叩き込み、力任せに福音を押し切ろうとする。一撃に抵抗するように手を伸ばし、一夏の首に手を掛けた。力を込めて首筋に指先が食い込もうとした瞬間、福音の全身から力が抜けはじめ、動きを停止させた。
間一髪、ギリギリのところで福音のエネルギー残量をゼロにすることに成功し、動きが止まる。勝った……そう判断するのに時間は掛からなかった。福音の装甲が光の粒子となり剥がれ落ちていく。
「はぁ……はぁ……」
身をかがめて荒ぶる呼吸を整える。疲労などとうに限界を突破していた。全てが終わったことによる疲れが一気に全身に押し寄せ、体が動かなくなる。
体が動かなくなると同時に、思考もままならなくなる。福音はエネルギーが尽きたことにより、装甲は粒子となって剥がれ落ちていく。つまり福音の操縦者は生身のまま、空中に放り出されることになる。
気付いた時既に遅し、装甲が剥がれ落ちた操縦者は気を失ったまま空中に放り出され、海面に向かって真っ逆さまに落ちていく。
「しまっ……!?」
零落白夜を使用したことで、
慌てて操縦者の後を追う一夏だが、海面に叩きつける瞬間、目の前を高速で飛行する黒が目に入った。
「ったく、ツメが甘いんだよ一夏。最後くらい締めてみせろ」
「っ! 大和!」
ニヤリと勝気な笑みを見せる、親友の姿がそこにはあった。
怪我をしたとは聞いていたが、後遺症を感じさせないレベルの機敏な動きを見せている。たった一人場にいるだけで、何とかなると思える存在を心の奥底で羨ましいと思った。
大和の両手にはISスーツを纏う操縦者が乗せられている。幸い大きな怪我もなく、ただ気を失っているだけらしい。美しい金髪が特徴的な彼女を見つめながら、ふと心の奥底でどうして福音があれだけ抵抗したのかを考える。
(福音は彼女を守ろうと……)
福音は決して無差別に一夏や皆を攻撃したわけではない。
操縦者である彼女を外敵から守る為に、やむなく攻撃をしたのでは無いかと。
何とも言えない気持ちになりながらも海面スレスレの状態から、大空へ向けて上昇しようとする大和。皆の居る空へ、再度戻ろうとした。
その時だった。
「―――ッ!!!!?」
左眼ではなく全身を襲う痛み。
痛みが出た瞬間に悟る、この痛みは先ほどまで使っていたリミット・ブレイクの副作用であると。
どんな副作用があるかも分からない機能をおいそれと使うわけにはいかなかったが、満身創痍の体を動かすには仕方ないと、一番最初のギアを開放した大和。
多少の副作用は想定していたが、全身を襲う想定外の痛みに大和は動きを止めた。
ズキズキと全身を襲う痛みに、体を動かすことが出来ない。無理に動かそうとすればまた傷口が開いてしまうだけではなく、救った操縦者までも危険にさらしてしまう。
(くっそ……第一段階でこの痛みかよっ!?)
リミット・ブレイクは従来ある操縦者の身体能力をエネルギーを使うことで引き上げ、限界以上の力を引き出す諸刃の剣。人間は普段時、力の二十パーセントも使えていない。それをエネルギーを使うことで力のリミッターを外し、普段使うことの出来ない力を開放出来てしまう。
通常のISであれば身体能力を上げたところで大きな違いが出ることは無いものの、大和のISは操縦者の身体能力に比例して真の力を発揮するといった特性を持っている。
今までのISの常識を覆す機体であることは間違いないが、普通のIS操縦者が大和のような機体を乗ることはまずない。そもそも開発元は身体能力に比例して力を発揮するISを作ろうとしない。
専用機を持つ人間はある程度の運動神経を持ち合わせていることは確かだが、人並み外れた運動神経を持ち合わせている人間はいない。大和の場合は一般人を遥かに上回る身体能力を持ち合わせているからこそ、このISと相性が合う。一般人では大和のISを使いこなせない。
故に身体能力に比例して力を発揮するISは欠陥機と認定される。
話を戻すが、普段使うことの出来ない力を使おうとすれば体にとてつもない負荷が掛かる。よく火事場の馬鹿力なんて言葉を耳にするが、人間が窮地に陥った時、脳が判断して眠っている力を引き出せてしまう。実際、その力を使った後は強烈な疲労感に見舞われたり、立つことすらままならなくなってしまう等、副作用があるのも事実。
この
ここまで痛みが出てしまったのは大和が病み上がりの体で使ってしまったから。
実は塞いでいる最中だと思っている大きな傷口はもう塞がっている。どうして塞がっているのかは分からないが、大和のISの自然治癒能力が働いたのかもしれない。それはあくまで机上の空論であり、事実を特定することは不可能だ。
傷口が塞がっているとはいえ、元々体が大きく疲弊しているところにリミッターを外すようなことをすれば通常以上の負荷が掛かってしまう。
継続的に襲ってくる痛みに、大和は場から動けず顔をしかめる。
操縦者を落とさないようにバランスを取っているが、このままでは……。
「―――あんたも大概、ツメが甘いわよね大和」
「最後くらいしっかり締めろ……だよね、大和?」
生意気な言葉と共に、大和の両腕が支えられる。不意に軽くなった体に驚きを隠せずに、左右を確認するとそこにはダメージから復活した鈴とシャルロットの姿があった。
「……ちっ、うるせーよ」
揚げ足を取られ、恥ずかしそうにそっぽを向く大和に、笑みを浮かべる二人。今まで散々揚げ足を取られまくったのだ、この時ばかりは意地悪しても良いだろうと思うのだった。
上空へと大和を機体さら押し上げていく。一夏や箒の元へ辿り着く時には副作用も幾分収まり、通常の稼働をする分にはさほど問題は無かった。
ラウラやセシリアも無事であり、何とか全員無事に帰投出来る準備は整った。
大きくため息をつき、事が終わったことを再認識すると同時に押し寄せる疲労感。よくこんな状況下で動けたなと苦笑いが出てくる。とはいえさすがにこのまま福音の操縦者を運ぶには危険すぎると判断し、操縦者の体を鈴へと預ける。
「鈴、シャルロット、もう大丈夫だ。一人で行ける。その替わりこの人を……」
「ええ、分かったわ。あんたもしっかりしなさいよ。妹の前で不甲斐ない姿、見せられないでしょ?」
「ん、まぁな。それ以上に何を言われるか分かったもんじゃないけど」
手を出すなと命令し、勝手に大怪我をしたことを根に持っていないとは到底思えない。本気で殴られるんじゃないかと想像し、苦い顔を浮かべる。
「全くだよ。……僕だってあんな大和の姿、もう見たくない」
「……悪い」
シャルロットは大怪我をした時の大和の姿を見ている。肩から下腹部に掛けて大きく開いた傷口に、大量にあふれ出る鮮血。誰がどう見ても助からないと思える大怪我を目の当たりにして、正常な思考が出来るはずが無かった。もしあれが作戦中で気が張り詰めてなければ、シャルロット自身も気を失っていただろう。
人が怪我する姿を見たい人間などいやしない。
大きな心配を掛けてしまったことで表情を暗くするシャルロットに謝罪の言葉を述べる。
「あっ……ラウラ」
大和の背後に向かってシャルロットは声を漏らす。
声につられるように後ろを振り向く大和の目に飛び込んできたのは、今にも泣き出しそうなラウラの姿だった。申し訳なさからか、バツが悪そうな表情を浮かべる大和の元に歩み寄ってくる。
「……」
「あの、さ。ラウラ……」
手を伸ばして顔や体、両手をペタペタと触るラウラ。
興味本位で触られているような感じがして妙にむず痒くなる。それでも自分が守りたい大切な存在に触られて嫌な感じはしなかった。そうはいっても周囲にはこぞって専用機持ちたちが全員集結している、恥ずかしくないと言えば嘘になるが、ラウラに対する申し訳なさがそれを緩和していた。
「お兄ちゃん、傷跡は……?」
「え? 傷跡はまだ残って……ちょ!? 何処触って!」
何を思ったのか、大和のISスーツに手を伸ばしたかと思うと肩口のスーツを捲る。急な行動にさすがにやめさせようとする大和だったが、ラウラの行動はそれよりも早かった。傷口を見られていい気がしないのは当然……なのだがそれとは別に大和には見られたくない理由があった。
それは……。
「傷跡が……ない?」
「え!?」
ラウラの言葉に、周囲の専用機持ちたちが信じられないといった形相を浮かべながら集まってくる。しまったと言わんばかりに顔を押さえる大和だが時すでに遅し、ラウラはもちろんのこと全員に自身の傷口が完全に塞がっていることを知られてしまった。
大和も気付いたのはついさっきのことであり、今言ってしまうと混乱してしまうことを危惧してあえて言わずに済まそうとしたのだが、意外なところから真実が判明してしまった。
肩口から下腹部に出来た大きな傷跡は完全に消え去り、手術痕すらも無くなっている。一体なぜと困惑の表情を浮かべる一同を余所に、ラウラは更なる行動に打って出る。
「じゃ、じゃあ左眼も!」
大和の眼帯に手を掛けて、引きはがそうとするが引きはがす前に大和に止められる。
ラウラの手を止めた後、自身の手で左眼の眼帯を取り去る大和。
「あ……」
全員の目に映る真実。
そこには完全に閉じた大和の左眼があった。瞼には切り付けられた時に出来た傷跡が残り、塞がった瞼が開く様子は一向に見られない。
残念がる一同。体の傷が治っているならと淡い期待を持ちつつも、その期待は一瞬で消えた。
「ははっ……眼まで治ってくれれば良かったんだけど……神経が完全に分断しちまっているみたいでな、どうしようも無かったよ」
目の前の現実が全て。
体の傷は治っていても、神経までをも切り裂いた左眼は如何なる方法を取ったとしても治ることが無かった。
……と言うのは表向きの話。
元々の左眼は完全に潰れてしまっているが、代わりに新たなる左眼が開眼している。しかしその眼を見れば誰もが疑問に思うだろう。
本当の意味で人間を超越した左眼の存在はまだ誰にも教えられない。あえて左眼を閉じたまま全員に見せたのには、混乱を招かないため。この左眼の存在は今は誰にも知られるわけには、教えるわけにはいかなかった。
再び眼帯を付け直し、自身の傍で下を俯くラウラに声を掛ける。
「ラウラ、大丈夫か?」
「……」
声を掛けても反応しないラウラの方に手を置き、軽くユサユサと揺らしてみるが反応が無い。
「……ラウラ?」
もう一度声を掛けてみる大和だが、下を俯いたまま顔を上げようとしない。
どうしたのだろうと疑問に思うが、こんな時どうすればいいのかと近くにいるシャルロットにアイコンタクトでヘルプを送る。
「……」
「……?」
表情で返って来たのはただの苦笑いだった。シャルロットはラウラの行動が分かっているのか、しかし大和には苦笑いの意味が分からず首を傾げるばかり。しかしこの後起こる事象でシャルロットの行動が判明することになる。シャルロットが苦笑いを浮かべたのには理由があった。
「え?」
先ほどまで無かった変化が明確に表れる。掴んでいたラウラの体が小刻みに震え始めた。
薄着だから寒いのか、いや違う。
寒いのならもっと早くに前兆があるはず、寒がる以外に体を震わせることがあるとすればなんだろう。
冷静に考え始めた大和は結論に行きついたのか、気持ち顔色がよろしくない。同時にシャルロットが苦笑いを浮かべた理由も判明し、再度壊れたロボットのようにギギギと、シャルロットの方へと顔を向ける。意味を悟った大和に小刻みに顔を縦に振るシャルロット、苦笑いを浮かべた理由はただ一つ。
今まで下を俯いていたラウラが顔を上げる。
「う……うぅ……うう……」
「うわぁ!?」
眼帯があるせいで分からないが、右眼に零れそうなほどの涙を溜めて、泣き出すのを堪えるラウラの姿があった。何とか堪えようと我慢を続けていたラウラだったが、自分にとって最も大切だった兄が傷付いた悲しみは想像を絶するものだった。本当なら戦っている時も泣いて逃げたいほどに耐えていた。
加えて戦いが終わったことで張り詰めていた緊張が解け、ラウラの我慢していたリミッターが外れた。加えて大和が無事だったことに安堵し、嬉しさが押し寄せると共に込み上げてきたのは、我慢していた大量の涙だった。
(……あっ、これはやばいやつだ)
本能で悟る。
これは何をしようとも止められないと。シャルロットの苦笑いは、大和が何をしたところで止められないと伝える意味があったのだ。泣きたい時は何をしても止められない。
プライドと戦う前にあやす感じでラウラを落ち着かせたが、今回のは比が違う。
完全に涙が出てきてしまっている。
堪えきれない。これはいくら優しい言葉を投げかけたところで止められるものではない。周囲を見渡せば一夏を除いた全員が、耳を塞いで来るべき事象に備えているではないか。
そして。
「うわぁぁぁぁあああああああああん!!!!」
朝日が昇る会場に響き渡る一人の少女の泣き声。泣き止む様子が見られない少女を優しく抱き寄せる少年。今まで溜まっていたものを晴らすかの流れ出る涙は、全ての終結を物語っていた。
作戦開始時に周囲を覆っていた闇は取り去られ、晴れやかな心を現すかのように一面を朝日が照らす。
この戦いで少なからず失ったものはあった。だが被害が最小限に抑えられたのは勇敢な少年少女のおかげだったとも言えるだろう。泣き止まないラウラをどこか安堵した表情で見つめる一向、心に溜まっていたモヤが取れ、全員の顔は晴れやかなものだった。
全ての終結、作戦を完遂した一行はラウラが泣き止んだ後、旅館へと帰投するのだった。
……余談だが、ラウラが泣き止んだのはそれから十数分後のことだったという。
「作戦完了……と言いたいところだが、お前たちは独自行動により重大な違反を犯した。帰ったらすぐ反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意しているから、そのつもりでいろ」
「……はい」
作戦を終え、ようやく一息つけると思った俺たちに待っていたのは千冬さんによる説教地獄だった。かれこれどれくらい正座をさせられているのだろうと思うくらい長時間正座をさせられた俺たちの足は、既に痺れで感覚が無くなり掛けていた。
普段正座に慣れているメンバーは軒並み大丈夫な方だが、セシリアやシャルロットは完全に足の痺れがピークに達していて、顔色がよろしくない。逆にラウラは顔つきこそ険しいものの、足の痺れは全く感じさせていなかった。
ラウラもさっきまでは泣きっぱなしで、何を言っても泣き止んでくれなかったが、ようやく落ち着きを取り戻して今に至る。目元には涙の跡が残るが、一旦は落ち着いてくれている。
もう泣かれるのはこりごりだが、正直泣かせない自信がないのは何故だろう。
作戦こそ成功したが、この作戦は千冬さんたちの命令により動いたわけではなく、専用機持ちたちによる独断専行で動いたものになる。自室待機をしろと言われていたにも関わらず、命令を無視して勝手に動いたのは完全な命令違反であり、停学……下手をすれば専用機を剥奪されても文句を言えないレベルの違反を犯したことにもなる。
千冬さんの口から述べられる一言一言にぐぅの音も出ずに、ただひたすら頷くことしか出来ないでいる。そりゃそうだ、悪いのは完全に俺たちなのだから。
「……それと」
仁王立ちだった千冬さんが不意に俺の方に向かって歩き始める。
何だろうかと目線を下にしたままでいると、俺の前で足が止まった。俺個人に話があるのだろうかと顔を上げようとすると。
「この……大馬鹿者がっ!!」
「―――っっっ!!!??」
脳天に落ちる拳骨。
容赦ない手加減なしの一撃に、肉体同士が触れ合ってはならない音と共に、強烈な痛みが俺を襲う。
「お、織斑先生!」
千冬さんを止めようとする山田先生だが、鋭い眼光により何も言えずに引き下がる。
そのまま胸ぐらを掴まれたかと思うと、力任せに強引にその場に立たされた。目の前には千冬さんの顔がある、今まで見たどの千冬さんの顔よりも怖い。
何かを言い返すことも出来ず、千冬さんの顔を見つめることしか出来なかった。
「無茶をして大怪我をしたにも関わらず、勝手に病院を抜け出し、挙げ句の果てに監視の看護師を気絶させるだと!? そんな馬鹿げた話があるかっ!!」
そう、あえて伏せてはいたが俺は病院を抜け出す際に部屋の前を巡回していた看護師の一人を気絶させている。
それにより病院側は俺が誰かに誘拐されたのではないかと思い、一時は警察まで出動して大混乱になってしまった。
当然その報告は千冬さんの元へ行き、事実を話して今に至る。
殴られた頭は贔屓目なしに痛い、でもそれ以上に心が痛んだ。
悪いことをしたのは分かっている。悪いことだと分かっていて、実行に移ったのだ。全ての人を完全に裏切った形になる。改めて事実を突き付けられ、酷く心が痛むと共に申し訳なさが込み上げてきた。
「……すみませんでした」
「謝って済む問題ではない! 自分の立場がどういう立場か分かっているのか!? 病院での出来事ならいくらでもこちらが謝ろう。だが、お前一人を失うことで、どれだけの損失が出ると思っている!」
「はい……」
返す言葉も見当たらない。
千冬さんの一方的な説教に、ただただ頷くことしか出来なかった。
「……お前の代わりは居ないんだ。もう少し、自分の身を大切にしろ。この大馬鹿者が」
「……はい」
人生でこんなに謝ったことはないと思えるくらいずっと頭を下げ続けている。
俺の身勝手な行動で被害を被ったのは、ラウラだけではない。千冬さんを初めとした学園関係者、そして病院の医療関係者共々に迷惑を掛けてしまった。
頭を下げるだけでは到底済まなさそうな問題ばかりだが、それを全て千冬さんが庇ってくれているのだろうと思えば思うほど心も痛むし、何より自分自身の身勝手さに無性に腹が立った。
「あ、あの、織斑先生。その、霧夜くんは怪我人ですし、他にも怪我をしている子もいるのでそのくらいで……」
「ふん……」
この時ばかりは山田先生が天使に見えた。
納得がいかないながらもようやく千冬さんは引き下がる。納得が行かないのも当然、それだけ事態が大事だということがひしひしと伝わってくる。
「じゃ、じゃあ一旦休憩してから診断しましょう! ちゃんと服を脱いで全身見せてくださいね! ……あっ、男女別ですよ!」
これで男女合同だったら大惨事、念を押して伝える山田先生に分かっていますとアイコンタクトを送り、大きく頷いた。
「あ、これを持っていって下さい」
どこから取り出したのか、スポーツドリンクを俺と一夏に手渡す。そういえば長らく水分を取ってない。お陰様で喉はカラカラ、口の中はカサカサになっていた。口を開け、渇いた喉を潤す。
作戦前から飲まず食わずの状態だったためか、いつも飲むスポーツドリンクよりも何倍も美味しく感じられた。ささやかな気遣いに感謝しつつも、退室の準備を始める。
女性陣が着替えを始めることだし、邪魔者はさっさと退散することにしよう。立ち上がろうとすると、ずっと俺たちの方を見つめる視線が一つあることに気付く。
「?」
「……」
千冬さんだった。
先程よりも幾分表情が柔らかくなっている。いや、いつもの凛とした表情は変わらないが、どことなく雰囲気にトゲが無くなったというか。
「な、何でしょう?」
たまらず一夏が聞き返す。
流石にずっと見られていると落ち着かない。まだ話があるのかと待ち構えるが……。
「……まぁ、良くやった。全員よく無事に帰ってきたな」
「え?」
「はい?」
俺が一夏が口々に間の抜けた返事をする。
同時に千冬さんはプイと顔を逸らした。心なしか後ろから見える耳がほのかに赤い気もする。照れ臭そうに言う千冬さんの言葉を理解し、一夏が皆が笑顔になる。
実の弟が、生徒が危険におかされて心配しない教師は居ない。表面上は取り繕っているが、きっと千冬さんも相当な心配をしただろう。特に一夏が墜とされた時は、気が気でいられなかったはず。
それでもこうして不器用ながらも心配してくれる心遣いが嬉しく思えた。
さぁ、俺たちがいつまでもここにいたらいつまでも女性陣の診断を始められない。
もう一度部屋を出ていこうとする。
「……あれ?」
部屋を出ていこうとしたは良いが、目の前にいる千冬さんが急に斜めになった。千冬さんだけではない、視界に映る全ての世界が斜めになっている。
「大和?」
どこからか一夏の声が聞こえる。聞こえるはいいが思考がままならない。体の自由が利かない、さっき千冬さんに殴られたからか……いや、違う。
あの程度の痛みで体に異常を来すほど柔な鍛え方はしていないし体でもない。
まさかリミット・ブレイクのダメージがまだ……。
考える間もなく俺の世界は反転する。天井が見えたかと思うと、再び俺の意識はブラックアウトした。