IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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○目覚め

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

「箒、無事か!?」

 

 

既に満身創痍となった一行。

 

が、流石に五体一では福音も分が悪く、箒の一撃により翼を失い、海面へと落下。

 

先には鈴の健闘もあり、福音は既に両方の翼が刈り取られている。だがその鈴も福音の攻撃をまともに食らい、戦線離脱することとなった。

 

ギリギリの戦いではあったが、二つの翼を失って飛行を続けることは出来ない。

 

猛攻により乱れた呼吸をゆっくりと落ち着けていく。

 

 

「私は大丈夫だ。そんなことより福音は―――」

 

 

海面へ転落した福音はどうなったのか、このまま放置する訳にも行かず、回収しなければならない。だが、事態は一旦収束した。全員疲弊していることだし、ひとまず落ち着こう。

 

誰かがそう言おうとした瞬間、海面が強烈な光の珠によって吹き飛んだ。

 

 

「何だ!? 一体何が起こっていると……」

 

「まずい! これは『第二形態移行(セカンド・シフト)』だ!」

 

 

周囲のもの全てを飲み込まんばかりの大きな球状に蒸発した海は、まるでそこだけが別次元にあるかのような雰囲気を醸し出していた。

 

大きな渦と化した穴の中心に青い雷を纏った福音が自らを抱くようにうずくまっている。ただならぬ予感を感じたラウラが叫ぶと同時に、うずくまった福音が顔を上げた。

 

 

―――このままではやられる。

 

 

全員の声が一致する。

 

形勢を逆転させて一度は倒したかと思った福音が立ち上がっている。何の実力も分からないのに、一目見ただけで分かってしまうほどの存在感。

 

無機質なバイザーから表情こそ窺うことは出来ないが、大きな目でもあるかのようにこちらを見つめる姿からは明確なまでの敵意を感じとることが出来た。

 

退かなければ……そう思った時には既に遅かった。

 

 

『キアアアアアアア……!!』

 

 

耳をつんざく獣のような咆哮に全員が反射的に耳を塞ぐと同時に、ラウラへと飛びかかった。

 

 

「なっ!?」

 

 

一瞬の出来事だった。

 

周囲の空気が揺れたかと思えば、目にも止まらぬスピードでラウラへと接近。反射できないほどのスピードに反応一つ出来なかったラウラは福音に足を掴まれる。

 

そして切断されたはずの頭部からは、ゆっくりとエネルギーの翼が生えた。両翼は完全に切り飛ばしたはず、全員の苦労を嘲笑うかのように再度新しい翼を広げ空を羽ばたく。

 

 

「ラウラを離せぇ!」

 

 

一番近くにいたシャルロットがすぐさま武装を切り替え、近接ブレードを持って突撃を敢行するが、空いている方の手でこれを止められてしまう。

 

 

「よせシャルロット! こいつは―――」

 

 

最後まで言うこともなく、ラウラは巨大なエネルギーの翼に包まれた。振りほどこうにも力が強すぎて振りほどくことが出来ない。端から見れば、決して逃れることが出来ない処刑台のようにも見えた。

 

刹那、エネルギーの弾幕を零距離で食らい、全身をズタズタにされて墜ちるラウラの姿が。

 

 

「ラウラ! このっ、よくもっ!」

 

 

ラウラが墜とされた怒りから、素早くショットガンに切り替えて反撃を行おうとするも、それよりも先に福音の方が展開したショットガンを振り払い、シャルロットの体を吹き飛ばした。

 

あまりにも強大の力の前に、次々と倒れていく仲間たち。第二形態移行した後の福音の力に、全く成す術もなかった。現行のISよりスペックが高い機体であることは事実だが、ここまでの力は稼働データにもない。

 

どこかで情報が間違っていたのかどうかは知らないが、第二形態移行した機体とはいえ、あまりにも力の差が開きすぎていた。自分たちの専用機では到底太刀打ち出来ないほどに。

 

 

「な、何ですの!? この性能……軍用とはいえ、あまりにも異常すぎる……」

 

 

再度高機動による射撃を行おうと構えるセシリアの目前に、既に福音は迫っていた。瞬時加速で一気に間合いを詰めたことで、セシリアの準備が出来ていない。

 

遠距離射撃特化のセシリアにとって、機動力に優れる福音はまさに天敵。ブルー・ティアーズは速度こそ水準を上回っているものの、あくまで詰め寄られた際の回避手段として使われるため、近接向きの機体ではない。

 

万が一の近接戦闘にはショートブレードのインターセプターを搭載していたが、今回は積み合わせていない。作戦のために強襲用高機動パッケージを積み込んだことで拡張領域が埋まってしまい、インターセプターを外すしか方法がなかった。

 

故に今のセシリアに近接攻撃の手段は持ち合わせていない。仮に持ち合わせていたとしても、近接戦を苦手とする自分が機動力に優れる福音の攻撃に耐えられるかどうか怪しいところだ。

 

それでも接近された時に踏ん張れるよう、セシリアはセシリアなりに訓練を積んできた。自信の裏側には誰も真似できない相当な努力の汗がある。

 

しかしセシリアの努力を簡単に消し去るのが、今の福音だ。距離を取り、ライフルを構えようとするセシリアだが、まるで相手の動きを全て読んでいるかのように、ライフルに蹴りを入れて弾き飛ばす。

 

そして幾多もの光の雨を降らせた。

 

 

「あっ……」

 

 

セシリアもまた力無く、海面へと墜ちていく。何一つ慢心は無かった。成功させるためにいくつもの作戦を練り、この戦いに挑んだはずが、蓋を開けてみれば福音の攻撃の前に皆が皆、ひれ伏していく。

 

一方的な攻防に、鈴が、ラウラが、シャルロットが、セシリアが……倒れていく。

 

残ったのは箒ただ一人だった。

 

 

「くっ……おのれぇぇええええええ!!」

 

 

ここまで来て食い下がる訳には行かない。

 

約束したんだ。必ず作戦を成功させて戻ると。力に溺れ、慢心していた箒の姿は既にそこにはなく、真っ直ぐの瞳で福音だけを捉える、一人の勇敢な戦士の姿がそこにはあった。

 

両手に日本刀を装備し、速度に身を任せて銀の福音へと一撃を入れる。スラスターを展開し、最高速度のまま福音を追尾。夜空に舞う白と赤の二色の光は、演目を見せられているかのように綺麗なものだった。

 

エネルギー切れの心配をしている余裕はない。

 

自分で何としてもケリをつけて見せる。

 

 

「このぉっ!!」

 

 

無防備になった腹部を蹴り飛ばすと、福音は反動で大きく後ろに後ずさる。

 

攻撃に転じていた福音が退いた。仕留めるのなら今しかない。全エネルギーを使い、高速で間合いを詰める。スピードもパワーもほぼ互角、だったら後は気の抜けた方が負ける。

もう下は向かないって決めたのだ、今さら引き下がれる訳がない。

 

 

「うぉおおおおおおおお!!!」

 

 

壮絶なラッシュに、徐々に福音がガード固めに入る。

 

行ける!

 

箒は直感的に勝機を見出だした。後はこのまま追い詰めて、福音がエネルギー切れを起こせば終わりだ。手を緩めずに攻撃を加えていく。

 

絶対にこの戦い、負ける訳には行かない!

 

装備した日本刀を空高々と振り上げ、そして目標目掛けて振り下ろす。

 

これで仕留める。

 

信じて疑わなかった勝利の剣は。

 

 

「……なっ!?」

 

 

光の粒子となって消えた。

 

今回の作戦は無駄遣いをしてしまったエネルギーを極力抑え、いざという時に使えるように蓄えていた。福音の攻撃の前に全員が倒れ、箒が一人になった時に初めて残していたエネルギーを爆発させて戦ったが、それでも福音の強固な守り、攻撃の前に確実に削られていたのだ。

 

当然、戦っている最中にエネルギー残量を気にしている暇などない。だが箒が認識している以上に、紅椿のエネルギー残量は減らされていた。

 

 

(このタイミングでエネルギー切れだと!? そんなバカな!)

 

 

目の前のモニターに広がるのはエネルギーが残っていない状態を表す『0』の文字。

 

もう今の箒に、戦う術は一切残されていなかった。エネルギーが切れた機体は恐ろしく脆い。

 

実戦では致命的な状態に等しい。

 

 

「ぐぅっ!?」

 

 

攻撃手段を失った箒の首に福音は手を伸ばす。

 

エネルギーで出来た翼を大きく広げ、攻撃準備へと移行。その様子を見て、箒は自らの最後を悟った。

 

キリキリと締め上げられることで、体内の酸素がみるみる内に排出されていく。抵抗する力すら無くなり、ズルリと腕から力が抜ける。

 

 

(くっ……そ、私は、また何も出来ずに終わるのか……)

 

 

善戦したのかもしれないが、結果が全てを物語っている。

 

約束を守れなかった。

 

自分の手でケリをつけられなかった。

 

ただそれだけが悔しい。このまま終わりたくない、だがそうしている間にも目の前が暗くなっていく。

 

 

(すまない、二人とも。私は、もう―――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 

不意に目の前に流れていた映像が消える。

 

消えるまでは十年前に千尋姉に助けてもらった時の映像が鮮明に映し出されていた。今とは違う自分の見た目に懐かしくも、恥ずかしい複雑な思いが交差して背中がむず痒くなる。

 

その映像が不意に消えた。

 

あぁ、そうだ。自分は敵の攻撃に倒れたというのに、何故過去の感傷に浸っているのか。過去のことを思い返している場合ではない。

 

しかしこれからどうするというのか。目が覚めない以上どうしようもないし、何より俺自身が生きているかどうかも分からない。あの攻撃で自身が死んでいれば、どう足掻いても戻ることは出来ない。

 

肝心な時に自分は無力だ。

 

 

『貴様にとって強さとは何だ?』

 

「!?」

 

 

どこかから聞こえてくる声に体が硬直する。

 

真っ暗な世界の中に俺はただ一人佇んでいる。辺りを見回したところで誰かの姿が見えるわけでもなく、ただひたすらその場に待機するしか無かった。

 

得体の知れない声の質問に答えれば事態が変わるかもしれない。このまま黙っていたところで何一つ解決しないし、俺は見えない姿に向かって答えを返した。

 

 

「決して折れることのない心を持ち合わせているかどうかだ!」

 

 

改めて声を大に叫ぶと恥ずかしさに苛まれる。

 

かつては俺も『強さ』の意味を単純な力や、自らの権力や地位を誇示するためのものに過ぎないと思っていた。でも実際は違う、力だけを求めたところで、その先に待っているのは虚しさだけ。

 

どれだけ力を求めても、明確な目標や目的の無い強さは、いずれ自らを絶望に叩き落とすことになる。

 

ラウラが、そして篠ノ之がそうだったように。

 

強さの意味を履き違えれば、取り返しの付かない過ちを起こしてしまう事だってある。一度犯した過ちを取り返すことは出来ない、だからこそその過ちを起こさないように心を鍛えた。

 

だが……。

 

 

『ほう? 言わんとしてることは分かるが、貴様は強大な力の前に屈したではないか』

 

 

そう、俺は防ぎようがない攻撃の前に成す術もなく屈した。

 

どれだけ心を鍛えようとも、結局は自分よりも力がある人間には勝てない。それを自分が体現してしまうとは何とも皮肉なもの。絶対に負けないと思って臨んだ戦いは、相手を追い詰めることはあれど、最終的には一瞬のスキを付かれて俺は負けることとなった。

 

どれだけ善戦しようが敗戦は敗戦。戦いにおいて、良き敗者となどという言葉は存在しない。勝つか負けるか、生きるか死ぬか。

 

そのどちらかでしか無い。

 

機体の特性を見誤った訳ではない、それに気を抜いたつもりもない。だが俺は奴の『あらゆる事象を切り裂く』という能力を把握することが出来なかった。

 

 

『守りたいものを守れず、お前はただ左眼を失っただけだ。何かを得ることが出来たとでも?』

 

 

幸い夢の中にいる俺は両目が見えているようだが、現実は既に左眼を失っている。もしかしたら何とかなるかもしれないといった淡い期待はとっくに捨てた。

 

自分の体は自分が一番分かる。

 

怪我をした時点ですぐに分かった。俺の左眼はもう二度と使い物にならないだろうと。

 

一瞬のうちに視界を覆う闇に、痛みすら感じることが出来ないほどの出血。目を見開こうにも神経が完全に切れてしまい、閉じたまぶたを開くことが出来なかった。

 

 

それにこの声の言うとおり、守らなければならない相手(一夏)に怪我を追わせ、ラウラや皆には大切なものを失った悲しみを与えてしまった。

 

自分自身の不甲斐なさに腹が立つ。

 

 

「確かにお前の言う通りだ。俺は何一つ守れず、同時に皆を悲しませてしまった……」

 

『それで、貴様はこれからどうする気だ?』

 

「……このまま終われるわけないだろ。必ず戻ってリベンジしてみせる」

 

 

願わくはこの身が果ててないことを願うばかり。

 

生きて生きて、何が何でも相手に……あの男にリベンジをしてみせる。次は絶対に負けない。これ以上誰かを悲しませてなるものか。

 

 

"大和くんが傷付くのだけは見たくない!"

 

 

初めて二人で出かけた時に盛大に泣かれてしまった記憶がよみがえる。あの涙を二度と忘れてはならないと心に刻んだのに、俺はこうして傷付き倒れた。

 

また彼女に泣かれてしまう。決して傷付いた姿を見せてなるものかと決めたというのに、早速決意を破ってしまった。

 

だからこそ、俺はこんなところでいつまでも倒れているわけにはいかないし、眠っている訳にもいかない。俺が眠っている間にも仲間たちは福音と、あの男と戦っていることだろう。俺だけがあの戦いから逃げるわけにはいかない。

 

故に……。

 

 

「力が欲しい……皆を守れるだけの力が!!」

 

 

立ち止まっている時間など無い。

 

俺には欲しい、皆を守れるだけの戦う為の力が。それ以上はもう何も望まない。

 

 

『くくく……ハハハッ! ここまで完膚なきまでに潰されて心を折られることも無く、なお力を欲するか! 強欲な人間め!』

 

「おあいにく様、筋金入りの負けず嫌いなんでね。やられっぱなしは性に合わないのさ!」

 

 

負けたことは事実、声が言うように完膚なきまでに、再起不能になるまでに俺は負けた。

 

が、一つの敗戦をいつまでも根に持って塞ぎこむほど、俺の心は弱くない。幼少期の思い出を振り返れば、今以上の仕打ちを受けて来たのだから、この程度の怪我など可愛いものだ。

 

このまま俺が立ち上がることが出来なければ、俺はアイツの中に負け犬として刻み込まれることだろう。やられたらやり返す、負けっぱなしは俺の性分に反する。

 

 

『……どんなことがあれど折れることの無い心、倒れても立ち上がろうとする不屈の精神。何かの為に、誰かの為に立ち上がるか。本当、貴様ら人間は面白い……!』

 

「……」

 

 

声の正体が何なのかは分からない。

 

だが、その声からは俺たち『人間』に対してどこか期待しているような、解答に対して満足している様相が伺える。

 

生い立ちは遺伝子強化試験体かもしれない。ただ身体能力こそ違えど、見た目も心も仕草も何もかも同じ人間であることに変わらない。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

―――刹那、周囲の暗闇が一瞬のうちに取り去られる。

 

取り去られた後に残ったのは白の空間に浮かぶ俺の姿、そして目の前に立つ人物は……。

 

 

「お、俺……?」

 

 

俺だった。

 

顔のパーツも含めて寸分の狂いもなく、鏡写しで写っているようにしか見えない。

 

ただ服装はIS学園の制服ではなく、黒のアンダーシャツに特殊な素材で出来たズボン。特殊合金が組み込まれた対IS仕様のブーツ。特注のベルトに差し込まれた数本のサーベルといった戦闘が考えられる仕事の時に俺が纏う服装だった。

 

夢の中であれば同じ人間が二人居たところで驚きはしない。しかし俺にはこれが普通の夢とは到底思えなかった。

 

 

仮に目の前の人物と俺とで違いがあるとすれば、大きく分けて二つある。

 

それは声質と仕草だ。

 

声を聞いている限りは年老いている老人のようであり、しゃがれた声が非常に特徴的だった。とはいえ、見た目からはとてもあの声を発していた人物と同じとは思えない。

 

そしてどちらかと言うと勝ち気な、自信ありげな瞳に口元。ニヤリと得意気に微笑むその姿は、俺とは正反対。策がはまったり、形勢逆転した時に勝ち誇った笑みを浮かべることならあるが、平常時からそんな表情をしてはいない。

 

 

『あぁそうだ。お前は俺で、俺はお前だ』

 

「ここは一体……?」

 

『さぁな、少なくともお前が知る必要の無い場所であることは確かだ。知ったところで、何かが変わるわけでもあるまい?』

 

「……」

 

 

どうにも癪に障る物言いだ。鏡に写った自分が問いかけているようで、地味に腹が立つ。普段から俺はこんな物言いをしていたのかと。

 

 

『こんなところでいつまでも油を売っている暇は無いんだろう? なら、さっさと戻ってやれ』

 

「戻る? 俺はまだ戦えるのか?」

 

『戦うかどうかはお前次第だ。何、放っておけば誰かが解決してくれるだろう。怪我をした奴が態々戦場に出る必要もあるまい』

 

 

 

……さっきから感じていた違和感がようやく分かった。この男は俺が怪我をした経緯を知っている。まるで近くで全てを見ていたと言わんばかりに。

 

大体あの場に居合わせたのは俺を除けば一夏を含む専用機持ちだけであって、他には人らしき人はいなかった。俺が怪我をしていることを知っていた時点ですぐに気付くべきだった。

 

返答に対して的確に答えてくる辺りとてもただの夢だとは思えないし、俺のことを身近で見ていた可能性は高い。だが、現実には側にいなかった。故に分からないことだらけで頭の中が混乱し、何一つ話を整理出来ない。

 

返ってくる言葉が容易に想像出来るが、再度確認する。

 

 

「一体お前は……?」

 

『言っただろう。お前は俺で、俺はお前だ。お前が思ったことや出会ったことは俺に共有される。逆に俺が持ちうる知恵や能力も何もかもお前に共有されるのも事実だがな』

 

「知恵や能力だと?」

 

『ふん、それくらい自分で考えろ……"人間"め』

 

 

案の定想像していた答えが返ってきた。

 

結局は目の前にいる人物は俺の分身であり、そのものであると。何でこんなことになっているのかは分からないが、もしかしたら無様に負けた俺に対して喝を入れに来てくれたのかもしれない。

 

負けるつもりで戦いに挑んだわけではない。作戦を無事完遂させる為のPDCAを練り、確率が最も高い方を実行した。イレギュラーが無ければ、結果はどうなるか分からなかっただろう。

 

だが、負けは負けだ。情けない以外の何物でもない。

 

 

一つだけ引っ掛かることがあるとすれば、最後に言った人間という単語について。

 

奴がその単語を口にするということは、かえって自身が人間ではない別の存在であると言っているようにも見える。いくら考えたところで本当の正体が分かるわけでもないし、これ以上変に考えるのはやめにしよう。

 

 

『良いか。お前にはこれから更なる試練が押し寄せることだろう。それこそ理不尽な試練がな』

 

「……」

 

 

 

 

『それに耐えられるか?』

 

 

理不尽な試練がどんなものなのかは分からない。でもこいつは多分全てを見透かしていることだろう。それにIS学園で三年間も過ごすのだから多少の試練などは既に心得ている。

 

それすらも凌駕する何かがこれから押し寄せる。それに耐えうるだけの忍耐力を、精神力を持ち合わせているか。

 

……持っている。そんなことでへし折れるような柔な精神力ではない。

 

 

「あぁ、もちろん」

 

『くくっ……口だけは達者だな。まぁいい。お前の行く末がどうなるか見ててやる』

 

 

満足そうに笑う様子を見ると、納得が行く答えだったらしい。

 

さて、いつまでもこの場にいるわけにはいかない。俺だけ戦いに参加しないわけにはいかないし、自分で蒔いた種は自分で刈り取る。

 

 

『じゃあな霧夜大和! 強欲な人間め!』

 

 

俺の視界は再び闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

次に目を覚ました時、周囲は暗いままだった。

 

いや、仄かにカーテンの隙間から朝日が覗いている。朝焼けだろうか、そもそも自身がどれだけ眠りについていたのか想像も付かない。単純計算で丸半日、意識不明の状態が続いていたとしたら何日経っていることだろう。

 

生きていた……と認識するのにそう時間は掛からなかった。あの傷でよく生きていたなと、思わず苦笑いが出てくる。俺自身がどのような状態にあったのか、実際のところほとんど覚えていない。

 

刀での防御を破られ致命傷に近いダメージを受けて、薄れる意識の中で刀を投げたのは覚えている。ぼやける視界でも俺を助けようとするラウラの後を追う男の姿を確認することが出来たからだ。

 

幸い、ラウラは無傷。安堵すると同時に、俺の意識は暗闇に落ちた。それ以降の出来事、撤退したんだろうが結果どうなっているのかは未だ不明。

 

 

「あ……」

 

 

何がなく首元を触ると金属紐の感触が。あの攻撃でどのレベルのダメージを負ったのかまでは分からないが、待機状態で俺の首に掛かっていた。俺だけの専用機、こいつにも迷惑を掛けてしまった。

 

 

「時間は……」

 

 

今何時なんだろう。

 

時間を確認したいが為に、動かせる範囲で首を動かす。幸いなことに見渡せる範囲に医療関係者はいない。周囲に見えるのは幾多もの医療器具と、自身とビニールパックを繋ぐホース。先端は左腕の接続部に強固に固定されていた。

 

ポタリポタリと滴り落ちる水滴を眺めながら、自身の状態を確認していく。

 

口元にはテレビなんかでよく見る呼吸器が取り付けられ、俺がどれだけ危険な状態にあったかが伺える。呼吸する分には何ら問題は無い。むしろ意識がしっかりしすぎて怖いくらいだ。幸いなことに固定器具で体が固定されている様子もない。

 

体にも朝のような気だるさはない。固いフローリングの上で寝れば、体にも疲れが残るのは当然。むしろ病院のベッドで寝たことで、朝の疲れが取れたことを考えればラッキーだったようにも思える。

 

 

「傷は……」

 

 

左肩から右腹部にかけて怪我をしたはず、傷口の部分は包帯に覆われているから迂闊に触ることは出来ない。あれだけの大怪我なのだから、傷を結合する為にも、包帯の巻き方も強固なものになっている。

 

なら、多少触ったところで痛みは伝わらないはず。自分で自分の傷口を触るのは気が引けるが、現状の確認のためだ。空いている方の右手を伸ばし、傷口付近に触れる。

 

 

「……?」

 

 

包帯がよほど強固なのだろうか、傷口を触っている感覚が無い。痛みもなければ、痒みもない。手先に伝わっている感覚としては、普段肌に触れているような感覚のみ。何故だろう、確かに怪我をしたはずなのに。

 

そうはいっても、包帯が巻かれているのだから普段と感覚が違うのは明らか。分厚い包帯の上からは傷があるかどうかなんて分からないもの。変に触る訳にも行かないし、思いの外傷が塞がっているのは分かったからこれ以上触る必要もない。

 

傷口が開いたら一大事だ。

 

 

話を戻そう。

 

結局どれだけ見渡しても、近くに時計は見当たらなかった。携帯電話も持ち込んでいないし、時間を確認することは不可能。窓を開けて外の様子を確認するしかない。

 

 

朝日が差し込んでいるとはいえ、部屋の中は暗いまま。暗闇で目を開けていたお陰か、徐々に目が慣れてくる。だが相変わらず視点のピントが合わない。何故かと考え込んで、すぐに結論は出た。

 

あぁ、そういえば俺左眼が使えないんだっけ。視力は何よりの情報源だったのに、その内の一つを失ったダメージは今後どう響くだろう。

 

慣れるのには相当時間が掛かりそうだ。今後の一夏の護衛任務にも、相当影響が出そう……。

 

 

「……」

 

 

おかしい。

 

何かがおかしい。大きな違和感を感じ、ふと自分の顔を触る。

 

俺の左眼はアイツの一撃で視力を失った。左眼付近を触ると、今まであったはずの髪の毛が全く無くなっている。

 

手術をする際に邪魔になるからと、切られたんだろう。顔の左側の前髪だけきれいに切り取られていた。自分なりに気を遣っていたつもりだが、人命を優先するともなれば髪の毛に気を遣っている余裕はない。

 

感じていた違和感は前髪が切られてしまったこと……ではなかった。

 

先ほどピントが合わないと言った。

 

何故、ピントが合わないのだろう。

 

結論は片眼が潰されているから。人間片眼を瞑ったり、視力の悪い人がコンタクトを片眼にしかつけなかった場合に遠近感が掴めず、気分が悪くなることがある。

 

片眼になってから間もない為、単純に慣れていない。ピントが合わない原因はそれだと思っていた。

 

 

―――だがそれは違った。

 

左眼が潰れてピントが合わないのではない。

 

 

 

 

 

 

 

なぜなら潰れているはずの左眼はハッキリと、()()()()()()()()()()()()からだ。

 

ついさっきまでは完全な暗闇だったというのに。完全に視力を失っていたのは当事者である俺が一番よく分かっている。端から見ても、俺の左眼が修復不可能レベルの怪我であったことは分かったはず。

 

どんな名医が手術を施しても、視神経が完全に分断された段階で神経を繋ぎ直すことは不可能。何をしても左眼が治ることは無かった。

 

 

 

だというのに、今は()()()()()()()()()()()()()()

 

潰れたはずの左眼で目視できる。

 

ピントが合わなかった理由は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。

 

正常な右眼に比べ、目視出来ないほどの細かいホコリの舞う動きまで、正確に把握することが出来る。空気の流れが、暗闇に漂う何もかもがハッキリと確認出来る。未だかつてこんなことは無かった。

 

一体何が起きて……。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「これ、は……」

 

 

潰れたはずの左眼が復活している。

 

人間的に有り得ない事象に、呆然とするしかなかった。


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