IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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与えられた力

 

 

「さーて、パーソナライズとフィッティングが終わったことだし、そろそろ紅椿で飛んでみようか、箒ちゃん」

 

「はい」

 

「それと君もね」

 

「分かりました」

 

 

処理自体は一分掛からず終了。篠ノ之博士の手元を見たところで何をしているのか早すぎてワケわからなかった。

 

あの早さは慣れじゃなくて、完全に自分の感覚から来るものだから誰にも真似が出来ない。決して努力しただけでは行き着けるような次元ではないし、根本的な脳の構造が、一般人とは比べ物にならないようだ。

 

紅椿からコード類が外され、篠ノ之が目を瞑った瞬間に爆発的な加速力で一気に上空へと翼を広げた。

 

瞬時加速を使った訳じゃない。紅椿のシールドエネルギーに大きな減少は見られないし、単一仕様能力を使ったわけでもない。

 

以上のことから結論付けると、純粋な機体だけのスペックでこれだけの加速力を誇ることになる。紅椿のスペックと、他の専用機持ちたちの専用機のスペックは比べるまでもなく明らか。

 

現存するどのISよりも上を行く性能を秘めている。セシリアや鈴、シャルロットやラウラの表情を見るだけでも篠ノ之の専用機が如何に異次元染みているか分かる。

 

 

篠ノ之が先に空へと展開するのを見届けた後、それを追うように俺も目を閉じて頭の中でイメージを具現化していく。自身が空を飛ぶイメージを……。

 

 

「えっ……」

 

 

思わず声が漏れた。

 

今までにない不思議な感覚。体が浮き上がるような、打鉄では味わうことが出来なかった身軽な感覚。

 

自分の手足を動かしているかのように動く。それはパーソナライズとフィッティングがあるからこそ出来ることであり、一度も乗ったことが無い機体で出来るなんてあり得ない。

 

初めて打鉄に乗った時、多少なりとも違和感があった。思うように行動できない、動いてくれない、動かすことが出来ないと何度思ったか分からない。

 

だが今は自分の意のままに動く。それどころか、想像以上の動きをしてくれる。急浮上しようと思ったわけでも無いのに、紅椿に負けず劣らずのスピードで空域へと急上昇した。

 

 

驚いたのは俺だけではない。地上で見ている一夏や、その他代表候補生たち。またクラスメートや他クラスの生徒、教師陣も千冬さんを除いて驚きを隠せないでいる。

 

もちろんこれは肉眼ではなく、ハイパーセンサー越しに見る全員の表情だ。身体能力までが強化されているわけではないが、少なくとも他のISとは勝手が違う。それを知っているのは、この専用機を作った篠ノ之束ただ一人。

 

 

「ふっふっふ! 驚いた? 君のISは少し特殊でね、現存する訓練機や専用機とはちょっと作りが変わっているのさ!」

 

「作りが変わっている?」

 

「そーそー。何か変だと思わない? 私はパーソナライズもフィッティングも一切してないし、ここに来る前にもそのISに手を加えてない。通常のISが身体に馴染むまでには、どんな熟練の操縦者であっても時間が必要になる。それが君のISにはない……どうしてだと思う?」

 

「……」

 

 

地上にいる篠ノ之博士から声が飛んでくる。

 

やはり俺の読み通り、この機体にはパーソナライズもフィッティングも施されて居なかった。そこまでは予定調和だが、問題なのはどうしてここまで搭乗当初から体に馴染むのか。考えれば考えるほどに頭の中がぐるぐると回り、思考がままならなくなる。

 

ISを作っている人間でも無いんだし、機体の特性を乗っただけで把握出来るほど頭が良いわけでもない。そんな頭脳があるのならわざわざ考えることしない。

 

 

「ふっふーん! その顔は分からないって顔だね! じゃあ特別に答えを教えてあげよう!」

 

「……」

 

 

何だろう。

 

凄く小馬鹿にされたような気分だ。いや、実際に小馬鹿にされているし、本来なら堪忍袋の緒が切れているところだが、自然とスルー出来てしまった。

 

彼女の人間性、性格が分かったというのもある。それよりもどうしてこのようなことになっているのか、気になっている自分が居た。彼女の口から答えを聞きたい。今はその一心だった。

 

 

「正解はね。君のISは()()()()()()()()()()()()()本来の力を発揮するんだよ」

 

 

語られる新たな事実、もはやISの常識を覆していると言っても過言ではない。

 

女性だったら近距離戦闘、遠距離戦闘が苦手でもない限り、誰でも乗りこなせるような作りになっている。それは操縦者に合わせてフィッティングとパーソナライズが存在するからであり、二つの概念がなければ、選ばれた人間しかISを動かせないことになる。

 

篠ノ之博士の言うことが本当だとするなら、元々の身体能力が高くなければ、このISはまともに動かすことすらままならないことになる。

 

 

「だから普通のIS操縦者では乗りこなせない、それこそ国家代表クラスであってもね。乗りこなせるのはごくわずか、逆に君ならこのISを乗りこなせると思ったのさ」

 

 

はっきりと伝えられる真実に、凄まじいものを渡してくれたものだと苦笑いが出てくる。身体能力に関しては隠してきたつもりだが、仕事の時にちょっとばかり暴走しすぎた感は否めない。

 

 

「逆に、少しくらい特徴があったほうが嬉しいでしょ?」

 

 

自分専用の機体と考えると、確かに嬉しいものがある。本当の意味で、自分の体に合わせて動いてくれる機体など、全世界探してもこれだけなのだ、嬉しくないはずがない。

 

そうは言っても、一個だけやらかしたことがあるとすれば篠ノ之博士の護衛の際、暴れざるを得ない状況になってしまったが故に、俺の戦いをまじまじと見られる羽目になったことか。この口ぶりからするとおそらく俺の身体能力が高いだけではなく、遺伝子強化試験体だってことも気付いているだろう。この人の情報網だ、いつどこの誰から情報を仕入れているか分からない。

 

知らせていないはずの俺の電話番号はおろか、住所まで的確に当てられるともなると、この人の前では隠し事をしていても何一つ意味を持たない気がする。実際に意味を持たないし、そもそもプライバシーが無いんじゃないかというツッコミはこの際なしだ。

 

自分の身体能力に合わせて動くISともなると、運動神経が低い人間が動かしたら、ただのガラクタ同然。人によっては俗に言われる欠陥機に成り下がる可能性もあり得る。

 

 

「さてさて、箒ちゃんはどうかな? いつも乗ってる訓練機とは勝手が違うでしょ?」

 

「えぇ、まぁ」

 

 

専用機は搭乗者に合わせて作られた機体であるが故に、相性がいいのは当然。だからこそ何も手を加えなかった俺の専用機が、これだけの出力を発揮出来ることに驚きを隠せない。

 

見たところ紅椿には刀以外にもアサルトライフルを装備しているなど、篠ノ之が得意とする近接戦闘だけではなく、遠距離射撃戦にも対応出来る武装が揃っている。

 

それに加えて、単純なスペックは現行モデルの更に上を行くと来たものだ。

 

 

「箒ちゃん、試しにこれを撃ち落してみてね~」

 

 

合図と共に何処からともなく現れたミサイルが、篠ノ之に向かって発射される。数だけなら十数発、軌道は読みやすいが訓練機しか乗ってこなかった篠ノ之がどのような動きを見せてくれるのか。

 

空中を切るように向かうミサイルに向かって一閃。薙ぎ払いに関しては速度的に目視で追えるレベルのものだったが、紅椿自体の機動力が化け物クラス。誰もが人目に見て分かる機敏性、細かい動きを連続しているにも関わらず、一切操作ミスがない。

 

更に斬撃から発せられるエネルギー刃が、的確にミサイルを一つ一つ打ち落としていく。刀とは本来接近して使うもののはずなのに、一種の飛び道具としても使える。

 

もし篠ノ之と戦うことがあるとしたら非常に厄介だ。このまま彼女が順調に成長していくと仮定すれば、近い将来、必ず各国の代表候補生たちと肩を並べる日が必ず来るだろう。

 

 

「――やれる! この『紅椿』なら!」

 

 

篠ノ之の目に宿る自信。

 

一夏や取り巻く人間は専用機を持っていることに、嫌と言うほどもどかしさを感じていたはず。与えられた専用機は各国の専用機を遥かに凌駕する代物であり、凄まじい性能を秘めている。

 

言わば強大な力と表現するのが正しいか。強大な力は上手く扱えばこれほど心強いものはない。

 

だが力の使い方を一歩でも誤れば、自分自身がその力に飲み込まれて制御が出来なくなる。

 

今の篠ノ之の表情を見ていると、まるで子供が欲しかったオモチャを与えられて喜んでいる様子と一致する。

 

故に危険。

 

何でも出来ると自身の力を過信し、力に溺れて周りが見えなくなる。最終的に己の強さは、ただの自己顕示となり脳を侵食していく。

 

以前のラウラはその典型例だ。力に溺れ、力を求めたばかりにVTシステムが発動。ラウラはドロドロと変形したISに取り込まれた。

 

正しい使い方をしていれば問題は無い。だが、脳裏を過る一抹の不安だけは拭い去れそうに無かった。

 

 

「よーっし! オッケー箒ちゃん! 完璧だよ!」

 

 

篠ノ之を見た後、何気なく地上で待機している面々へと視線を向ける。この一部始終をどう感じているのか。少なくとも一部を除いて、篠ノ之博士の妹だからという理由で専用機を与えられていることに対して不満を持っている生徒は多い。

 

どうして彼女だけがと、負の感情を持ち合わせている生徒が見受けられる。

 

そして、篠ノ之博士の博士の方へ視線を向けた瞬間、俺の背筋は凍りついた。

 

 

「ーーーッ!?」

 

 

見たくなかった、見せてほしくなかった。

 

妹の身を案じる視線ではなく、一つの研究対象として見つめる科学者としての視線。

 

今の篠ノ之博士の視線は、篠ノ之を研究対象としか見ていなかった。普段はそうじゃないかもしれない、専用機を作ったのも篠ノ之のことを考えた上での行動だったのかもしれない。

 

研究者という立場上、あらゆる事象に興味を持つのは仕方ない。

 

だが一瞬でも篠ノ之のことをモルモットとして見た事実は変わらない。

 

 

「姉妹か……」

 

 

血の繋がった二人。

 

二人の繋がりを羨ましいと思いつつも、どこか心の奥底にぽっかりと空いた穴は塞げそうに無かった。

 

 

「後はキミも折角だし動かしてみようか。どんな感じか気になるでしょ?」

 

「まぁ、そうですね。乗り初めで感覚は掴みづらいですし、出来るのであれば」

 

「そう来なくっちゃ! 箒ちゃんと同じ弾数を撃ち込むから全部落としてね~」

 

 

篠ノ之と同じように十数発のミサイルがランダムに発射される。

 

双剣スタイルか、片手剣スタイルか選べるみたいだし両方とも試してみたいところだが、あまり考える暇はないようだ。いつの間にか眼前に迫るミサイルを薙ぎ払いで打ち落とすと、ミサイルの大群から降下しながら抜け出す。遠距離武器が使えない現状を考えると、残された攻撃手段は近付いて斬りつけるだけ。

 

下手に近寄って斬り付けてしまうと爆発が誘発し、巻き込まれてしまう可能性もある。立ち回りに細心の注意を払いながら、迫り来るミサイルの数々を落としていく。

 

まとまって飛んでくるミサイルに剣を投げてぶつけると爆発を起こす。周囲のミサイルも上手く爆発へと巻き込み一網打尽にしていく。

 

近接武器とはいえ、投げちゃいけない決まりはない。これも一つの戦法であり、形勢を逆転させる重要な切り札にもなりうる。

 

打鉄の時とはまるで違う体との相性の良さに驚きを隠せないながらも、目の前のミサイルを一つ一つ的確に撃ち落としていく。体が無茶を聞いてくれる、自分の思うように動いてくれる。

 

誰でも操縦出来るような機体ではなく、身体能力に比例する機体もそれはそれで面白い。欠陥機とも呼ばれる機体の方が、俺には合っている。

 

 

全てのミサイルを叩き落とすのに十数秒と掛からなかった。シールドエネルギーの減少もほぼないし、集中力の乱れ、その他精神的な部分を含めたメディカル面の異常も無い。

 

新たな力を手に入れることは思いの外悪くない。だが飲み込まれたら終わり、頭の中に最重要事項として叩き込み、俺は陸地へと戻っていく。

 

地面に足をつけた後、頭の中でISの武装解除をイメージすると体の周りから展開されていた装甲が光の粒子となり、消えていく。そして光の粒子は俺の体のある部分へと纏まり……。

 

黒色に光輝くネックレスへと姿を変えた。

 

 

「すげぇな! あんな多くのミサイルを簡単に落としちまうなんて!」

 

「あぁ、さんきゅー。でも何回か操縦はしているし、あれくらいは出来ないと」

 

「いやいや、初めからあの動きは中々出来ないだろ! それも貰ったばかりの専用機で馴染んでないんだから。俺だって一次移行(ファースト・シフト)するまではやりづらかったし! やっぱりすげぇよ大和は!」

 

 

目をキラキラとさせながら歩み寄ってくる一夏。

 

専用機を貰い、初めての稼働で自由自在に操ったことを本心から凄いと思っているみたいだが、訓練機の操縦を合わせて何回か動かしている訳だし、出来ない動きではない。

 

まして自分の身体能力に比例した動きをするのであれば、操る人間によってはとんでもない能力を発揮することもあるのだから、本来の自分からすれば出来ない動きではないのかもしれない。

 

 

篠ノ之博士の口ぶりから察すると、一次移行(ファースト・シフト)の概念まで無かったりしてな、この機体。与えてもらったは良いけど、この機体には分からないことが多すぎる。データの開示も試してみたけど、近接武器のツインブレードを除けば、これといった武装も見当たらないし、それ以上のことはロックが掛かって調べられない状態。

 

ISの専門知識に関しては無いし、整備士でもない。細かいことを言われたところで、眠くなる呪文を唱えられているようで頭の中に入ってこない。

 

細かい詮索は諦め、使いながら調べることにした。

 

 

 

 

「お、織斑先生! た、大変です!」

 

 

試運転も完了した頃、慌てた様子の山田先生の声が場に響く。場に不相応な酷く焦った声が伝染し、一瞬にして周囲の音が無くなる。

 

声質だけで判断できるほどのただならぬ事態。専用機や実習のことなど忘れ、全員が山田先生の方へと視線を向ける。

 

「どうした?」

 

「こ、これを……」

 

 

千冬さんの元へと駆け寄った山田先生は、小型のタブレットのような端末を手渡しする。内容を一通り確認した千冬さんの視線が一瞬険しくなるが、すぐにいつも通りの凛とした視線へと戻る。

 

 

「特命任務レベルA……現時刻より対策を、か」

 

「はい。その、ハワイ沖で試験稼動をしていた……」

 

「あまり機密事項を口にするな。生徒達に聞こえたらどうする」

 

「す、すいません。それでは私は他の先生方に連絡してきますので」

 

 

はっきりとは聞こえなかったが、どうやら機密事項の文言を伝えてしまったようで、千冬さんから注意を受ける。つまりそれだけの大事な事態であることが伺える。一通りの事態を伝えた後、山田先生は旅館の方へと駆けていく。

 

後ろ姿を見送った後、千冬さんは俺たちの方へと体の向きを変えて声を大にして生徒全員を振り向かせた。

 

 

「全員注目! 現時刻より、私たちIS学園教員は特殊任務行動に移る。今日の稼動テストは中止だ。各班、ISを片付けて旅館に戻るように。連絡があるまでは各自待機しておくように。以上だ!」

 

 

あまりにも突然すぎる『稼働テストの中止』

 

多少のイレギュラーだったとしたら、生徒たちに知らせることもなく、教員たちが処理をするはず。IS学園でも生徒は知らなくとも、小さな問題はかなりの頻度で起こっている。

 

それを漏洩させなかったのは、教員が生徒に知られる前に解決をしていたからだった。

 

一夏がある組織に狙われていたことも同じで、一般生徒に知られる前にこちら側で全てを解決させている。少しでも安心の学園生活を送ってもらうために。

 

だがテストを中止にさせるということは、教員たちを総動員しなければ解決できないほどに、深刻な問題へと発展していることを意味していた。

 

いきなりの指示にどうすれば良いのか分からず、専用機持ちを除いたほぼ全員が困惑し始める。状況は違えど、無人機襲撃の時のように、慣れないことに対して自分たちがどう行動すべきなのか判断が追い付いていない。

 

ここに関しては経験の差だろう。専用機持ちは程度は違えども戦場を経験している。ラウラなんかはその筆頭といっても過言ではない。

 

事態が事態だけにあまり時間を無駄には出来ない。いつまでたっても行動をしない生徒たちに、千冬さんは厳しい口調で半ば強制的に旅館へと誘導をかけた。

 

 

「とっとと戻れ! 以後、許可無く室外へ出たものは身柄を拘束する! いいな!」

 

「は、はいっ!」

 

 

厳しくいうのも生徒たちの身を案じてのこと。千冬さんの言葉にようやく訓練機の片付けを始める。

 

 

「専用機持ちは全員集合! 織斑、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒ、それと霧夜と篠ノ之もだ!」

 

「はい!」

 

 

人一倍、大きな返事をする篠ノ之。

 

篠ノ之の目は自信に満ち溢れていた。今まで自分に無かった専用機()を手に入れられたことに満足し、これで今までの劣等感とはおさらば出来ると言わんばかりに。

 

確かに苦渋をなめたこともあったはずだ。一夏の周りを取り囲むのは各国の代表候補生、それも全員が専用機持ちと来た。自身がいくら幼馴染みとはいえ、ISスキルに関するレベルで言えば大きなアドバンテージがある。

 

どうして自分はいざという時に力になれないのだろうと、悔しい思いをしていたことも用意に想像出来る。だが、今の篠ノ之は専用機を手に入れたことでようやく同じ土台に立てた、強大な力を手にいれることが出来たと、気持ちばかりが先走り、浮き足立っているようにしか見えない。

 

人間、浮き足立っている時が最も危険で、大事になりやすい時でもある。浮かれたまま悪い方向へと傾かなければいい……そう切に思うことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、軍用ISが暴走ねぇ……また上手いことやったじゃねーか」

 

「さぁ、なんのことかしらね?」

 

「けっ、とぼけんなよスコール! ふん、まぁいい。俺は俺のやりたいことをやるだけだ、誰か何を言おうと関係ねぇ」

 

 

廊下を歩く二つの姿。

 

ニヤリと不気味に微笑む姿は一度見れば、二度と忘れることは無いほどに醜く、腹立たしい程に人を見下したような笑み。ニヤニヤと狂喜の笑みを浮かべながら歩く横を、一人の女性も並走しながら歩くもう一人の女性。

 

スコールと呼ばれた女性は表情一つ変えないまま、淡々とした口調で男へと返した。男の方も対応に慣れているのか、特に気にすることもなく話を続けていく。

 

 

「本当にこの暴走であいつらは動くんだろうな?」

 

「おそらくはね。事態が事態なだけに教師たちが動く可能性もあるけど、訓練機で止められるほど銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は甘くない。そうなると必然的に専用機が出てくることになる。貴方のお目当てのあの子もね」

 

「あ? アイツは専用機持ちじゃ無いだろ? この前会った時はそんな素振りなかったぞ」

 

「貴方と会った時はまだ専用機を支給される前。今日、あの篠ノ之束から直々に手渡されたそうよ」

 

「へぇ、そうかい。くくっ、なら尚更殺し甲斐があるってもんだ!」

 

 

専用機が手渡されていると聞き、嬉しそうに微笑む。もっとも、微笑むという単語が的確なものなのかは分からないが。

 

 

「あまり油断しないように。貴方が思っている以上に高い実力を持っているのは確か。あまり図に乗りすぎると足元を掬われる」

 

「あぁ!? んなことさせる前に潰してやる!」

 

「そう。傲慢な態度は構わないけど、万が一の時には撤退させる。私たちの指示は絶対、それは分かっているわよね?」

 

「わーってるよ! んなケースになった場合の話なんか、このタイミングですんじゃねーよ。気が散る!」

 

 

 

(霧夜大和……あの男、どこかで見た覚えがあるんだけど気のせいかしら)

 

 

スコールの脳裏には懸念点があった。

 

確かにこの男は一夏や大和と同じようにISを操れ、操縦技術も並のレベルではない。少なくとも代表候補生に遅れは取らないだろうし、一人だけでも複数人を相手にすることは決して難しくはない。

 

だというのに、頭の中に残るモヤは一体何なのか。自身に見覚えがあるというのも、モヤの原因の一つになっている。一度も会ったことがない男に対して言うのはおかしいが、スコールの中では間違いなく、大和の顔を以前に見ているという自負がある。

 

一度見た顔を忘れるほど、彼女の頭は廃っていない。ただ問題は彼の顔をどこで見て、見覚えがあると思ったのか。記憶を遡っても彼と対面した覚えはないし、それなら町を歩いている時に偶々出会したのか……いや、違う。

 

自身は大和と出会ったことが無いのに顔を知っていることになる。

 

 

(一体どこで……?)

 

 

既視感はあるのに肝心な部分が分からない、思い出せない。深く考えれば考えるほどに、分からなくなっていく。

 

 

「おい! 何ボーッとしてんだ! 俺はそろそろ行くぞ!」

 

「えぇ、分かったわ」

 

 

考え込んでいたことを指摘され、柄にもなく慌て気味に顔を上げる。

 

彼女の性格上、分からないことを溜め込むのは好きじゃないようだ。それに相手が脅威になりうる存在ともなれば、気にするのは当たり前。

 

 

「無駄な戦闘は禁物よ。こちらが無理だと判断したらすぐに撤退すること。一人で深追いは厳禁なのを忘れないで」

 

「へーへー。お前は俺の親かっての! 深追いも何も、そんな状況にはならねーから安心しとけ、じゃあな!」

 

 

歩を止めるスコールに対し、一人暗闇の通路へと姿を消していく。その後ろ姿を見つめながら、スコールは一言ぼそりと呟く。

 

 

「あの傲慢な態度、さすが『プライド』と呼ばれているだけあるわね」

 

 

腕を組ながらあきれた様子で去った方を見つめる。

 

プライド、それがあの男の名前になる。平気で人を見下すような傲慢な態度を見れば、これほど似合う名前はない。

 

 

「気を付けなさい。貴方や私が思っている以上に、何かがある」

 

 

一人の男の存在が脅威になる。彼女にとっての唯一の懸念点だった。

 

だがその姿が無くなった今、彼女の声が届くことは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時誰が想像しただろうか、あのような惨状が起きるかなど。

 

墜ちる翼、嘲笑う悪魔。

 

二つが対になるとき、それは現実となる。

 

 

「くはっ、くははははははははははっ!!!」

 

 

狂喜に染まる笑い声、握られた刀にこびりつく赤黒い何か。それを嬉しそうに舐めとるIS操縦者。

 

 

「そんな……嘘だ。目を覚まして……お願い、だから……いやだ、いやだぁ!!!!」

 

 

海面に響き渡る悲痛な声。

 

悲痛な声だというのに、小声としてしか認識出来なかった。

 

混濁する意識の中俺は……。

 

 

「大和……くん?」


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