IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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○臨海学校の夜-Reiterate-

 

 

「あぁ~」

 

 

大浴場に響き渡る妙におやじ臭い声。

 

幸いなことにIS学園の生徒専用に入浴時間を作ってくれたため、俺と一夏以外の男性は居なかった。風呂場にはシャワーが流れる音とその声だけしか聞こえない。

 

 

「おっさんかよ一夏」

 

「いやいや、銭湯の湯船に浸かったらこうなるって」

 

 

俺は一夏が湯船に浸かっている間に体を洗い、シャワーで体に着いた一日の汚れを落としていた。

 

頭からかぶる適度な温度感が心地よい。半日を海で遊び倒したのだから体には嫌でも潮の香りが染みついている。ベタベタとした感触が何とも気持ち悪かったが、一度でも洗い流せばその感触は全て流れ落ちた。

 

ぴちょんと滴る水滴を振り払い、髪を乱雑にかき上げてオールバックにする。昔は銭湯の鏡なんかを見て、アニメのキャラの髪型にするだなんてこともやった気がするが、それももはや遠き思い出、どこか懐かしささえ覚える。

 

髪も体も洗ったことだし、一夏イチオシの湯船に浸かるとしよう。元々大人数用に作られているから、二人で独占するには十分すぎるほど広い。もう少し心が幼ければ全力ダッシュを決め込んで、湯船にダイブすることも考えられたが、生憎公共の場でやるほど、今の俺は幼くない。

 

大人しく、ゆっくりと浸かることにしよう。

 

タオルを腰に巻いて大事な部分を隠すと、足からゆっくりとお湯へ浸かる。足裏から沸き上がってくる程よい湯加減に、背筋がぞくぞくと震える。

 

本音を言うと結構熱い。

 

が、湯の熱さが一日の疲れを全て吹き飛ばしてくれるようにも思えた。じわじわと体を沈めていき、最後は肩まで入れた。これなら一夏の言うように声が漏れそうになるのも分かる。

 

 

「おぉ、これはまた中々……」

 

「だろ? やっぱ寮の大浴場も良いけど、天然の温泉は格別だな!」

 

 

成分はなんだったか忘れたが、やはり人工的な大浴場よりも天然温泉はレベルが違う。ぼーっとしていたらあっという間に寝落ちしそうなほどに気持ちが良い。

 

さっきまではちょっと熱いくらいだった湯加減が、いつの間にか程よい湯加減になっている。あまり浸かりすぎると逆上せそうだが、ほどほどに浸かればこれほど極楽なものはない。

 

一日の浸かれどころか、日頃の疲れまで一気に吹き飛ばしてくれそうだった。

 

 

俺まで湯船に使ったことで、大浴場には水滴が滴る音以外の全ての音が消える。いつも騒がしいところにしか居なかったし、たまには静かな入浴も悪くはない。

 

俺は寮の大浴場を使ったことがない。一夏は許可されてから定期的に使っているらしいが、別に部屋のシャワーだけでも十分だと思っていた。

 

でもいざこんな場所に来てみると、たまには良いなと思える。

 

 

「なぁ、一夏ちょっといいか?」

 

「何だよ、急に真面目になって……」

 

「たまには俺が真面目になるのも悪くないだろ。つっても、そこまで真面目な話じゃないんだけどな」

 

 

ここには俺と一夏の二人しかいない。なら男同士の会話をしても悪くはないだろう。

 

 

「二人で風呂に浸かるのも何度もあるわけじゃない。それに男同士で静かに過ごせる場所なんてこれくらいしかねーんだから」

 

「……大和?」

 

「あぁ、悪い。ついつい感傷に浸っちまった。どうも銭湯に入ると気が抜ける。柄にも無いことばかり呟いててもしかたねーか」

 

 

少し温まりすぎたか。

 

肩まで浸かっていた体を起こして、湯船に触れる面積を減らす。すると多少は夜風の涼しさが体に当たり、火照りが冷めてきた。

 

 

「実際、どうなんだ最近は? 誰か気になる異性は出来たか?」

 

「はぁっ!? な、何だよ急に!」

 

「いやな、クラスメートがよく聞いてくるんだよ。好きなタイプとか、気になる子とか居ないのかって」

 

 

これはマジな話で、結構な頻度で聞かれる。クラスメートだけならまだしも、他のクラスや上級生まで俺に聞きに来るのだから、一夏の人気ぶりは相当なもの。

 

一夏の取り巻き以外にも隙あらばと狙う生徒も多いし、少しでも一夏のことを知りたいと思うのも無理はない。俺もたまに色々聞かれることはあるけど、当たり障りのないことしか言わないし、過去のことは基本的には言わない。

 

俺の過去を一言でまとめるとラウラみたいな境遇でしたとか、クラスで浮いた存在でしたとしか言えない辺り、俺のぼっちさ具合が分かる。

 

IS学園に入学するまで異性の友達など皆無だったし、付き合った女の子もいない。経験人数なんかは当然ゼロ。経験していたらその年で何をやっているのかって話だ。

 

 

一夏の恋愛事情が気になるのももちろん、周りにいる四人には多少なりともアドバイスをしてやりたい部分がある。どうも見ていると揃いも揃って空回りしている感が否めないし、シャルロット以外は素直じゃないから、感情を上手く伝えきれていない。

 

故に一夏が篠ノ之、セシリア、鈴に抱くのは、自分に対して厳しいといったイメージになる。イメージが染み付いてしまうと抜けきるまでに時間が掛かる。下手をすれば一生掛かっても抜けないかもしれない。

 

その分、四人の中ではシャルロットが頭一つ分抜けているようにも思えた。

 

 

「どうって言われてもなぁ……正直何を答えれば良いのか」

 

「まさかとは思うけど、気になる女性は織斑先生とか言い出したりしねーよな?」

 

「ば、馬鹿言うなよ! 千冬姉は俺の家族だぞ!」

 

「さぁ、どうだか。一部じゃ織斑先生、一夏の本命だと思われているみたいだし」

 

「何故!?」

 

 

頭を抱える一夏だが、全部本当のことだ。

 

一部思考が変わった生徒は、俺が本命だと言い張っているみたいだが、それは聞かなかったことにしたい。むしろ聞きたくなかった。

 

よく考えてみてほしい。男同士がまぐわう姿を見て誰が嬉しいのかと。うん、その手の人間だけが嬉しいのは知ってる。俺も理解がないわけじゃない、ただ自分をネタにされるのは想像したくない。

 

俺は決して同性に興味があるわけでは無いと、この場を借りて断言しておく。

 

 

「まさか、シスコン?」

 

「なわけあるか!! 勝手に近○相○的なシチュエーションに持っていくのはヤメロぉ!」

 

 

ぜーぜーと鼻息も荒いまま大きな声で叫ぶ一夏。まさかとは思うけど、今の声誰にも聞こえてないよな?

 

聞こえていたら高確率で俺たちが恥ずかしい思いをすることになる。そしたらまた話のネタになるんだろう。勘弁してほしい。

 

 

「んで、結局はどうなんだ?」

 

「……正直、分からない。箒とか鈴は幼なじみだし、セシリアとシャルは友達だ。俺自身、皆を異性として意識していないんだと思う」

 

「一緒にいる時に、仕草が気になるとかは?」

 

「それはある。俺も男だし、笑顔とかを見るとドキッとするっていうか……」

 

 

ふむ。なんとも判断し辛いが、完全に異性として見ていない訳ではないらしい。

 

だが悲しいことに、一夏の中では誰も"気になる異性"になっている女性は今のところ居なかった。端から見て一番好感度が高そうなシャルロットであっても、一夏が異性として気にするレベルには達していない。

 

原因は何個かあるんだろうけど、一夏のことになるとすぐ熱くなって言葉より先に手が出るのも一つの原因だろうな。一夏がいくら優しいとはいっても、暴力的な女性を好むとは思えないし。

 

後は一夏が彼女たちの反応をどう見るかにもよる。ただの暴力として片付けるのか、照れ隠しの一環と判断するのか。そこは俺が矯正できるものじゃないし、年月の経過に任せていくほか無さそうだ。

 

 

「大体、俺なんかを好きになるやつなんて居るのか? こっちから声を掛けても、よそよそしい子ばかりだし……」

 

「……」

 

 

一夏の回答に思わず湯船に顔を突っ込みそうになる。

 

そりゃ、イケメンに声掛けられて恥ずかしがっているだけだろう。向こうから話し掛けられるならまだしも、一夏の方から話しかければそうなるのも頷ける。後は自身のスペックを一夏自身が把握していないようにも見えた。

 

容姿端麗、運動神経もそこそこ良し、家事万能と来れば寄り付かない女性など居ない。好みの問題もあるし、全員が全員とは言えないが、一度くらいは話してみたいと思う女性は多いだろう。

 

同じクラスにこんな男子がいたら、早々に白旗を上げそうだ。よくあるイケメンで性格が悪いではなく、イケメンな上に性格まで良いと来たパーフェクト性能の人間ともなれば分からんでもない。

 

もっとも、本人が女心の分かる人間であればの話だが。

 

 

「一夏」

 

「何だ?」

 

「女心をもてあそぶような男は馬に蹴られて死ねば良い……なんて言われたこと無いか?」

 

「こっち来てから数回あるな」

 

 

どうやら心当たりがあるようで、ほんの少し一夏のトーンが下がる。

 

 

「なら話が早い。決して言われたから他人事、って訳じゃないんだ。その発言を自分に置き換えて考えたことはあるか?」

 

「……ないかも」

 

 

ないらしい。

 

つまり一夏は今まで自身が女性に声を掛けたりしても、よそよそしい態度をとられていたことで、自分に魅力が無いと思ってしまっている部分がある。

 

女性としては単純にイケメンに声を掛けられたから、恥ずかしくてどう返せば良いか分からずによそよそしい態度になってしまった。

 

自信過剰は救えないが、一夏の場合は単純に自分の魅力に気付いていないだけのようだ。

 

『馬に蹴られて死ね』だなんて皮肉を言われるだけのスペックを持ち合わせているんだから、もう少し自分に自信を持っても良いはず。

 

 

「なるほど。まぁあれだ、時には善意で言ったはずの自分の発言が、相手を傷付けることもある。ってことだけ分かってくれりゃそれで良い」

 

「あぁ……そうだな」

 

 

再度訪れる沈黙。

 

俺の一言を一夏はどう捉えたのか。もしかしたら不快に思っただけかもしれないが、相手を誤解される発言を言っているかもしれないと、認識を改めてくれればそれでもいい。

 

 

「大和はあるのか? 自分が善意で言った一言が、相手を傷付けているかもしれないって」

 

「もちろん、ただ気付くのはいつも言った後だ」

 

 

俺の一言を皮切りに苦笑いを浮かべ合う俺と一夏。互いに心当たりがある辺り、やはりどこかしら似ているのかもしれない。

 

一つ違うとすれば、今相手が居るか居ないか。

 

久しぶりに訪れる男二人だけの時間。

 

風呂に入っている間の短い時間ではあったが、いつも以上に有意義な時間を過ごしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁーさっぱりした。たまにはゆっくりと浸かるのも良いな」

 

「大和は風呂に来なさすぎなんだよ。折角寮でも使えるようになったんだから来れば良いのに」

 

 

風呂から上がり髪の毛をタオルで拭きながら一夏と会話を交わす。

 

毎日シャワー生活だったし、久しぶりに湯船に浸かるとやっぱり身体中から疲れが安らいでいるような気分になる。一夏のいうこともごもっともだし、ちょいちょい風呂に顔を出しても良いかもしれない。

 

 

「この後はどーする? もう部屋に戻るか?」

 

「そうする。やることもないし。部屋でアイツらにあったらよろしく伝えといてくれ」

 

「ん、了解。じゃ、俺は先に部屋戻るわ」

 

 

着替え終えた一夏は、一足先に更衣室から出ていく。

 

ここ最近、髪の毛を切りに行ってないから幾分伸びた。タオルで拭いても中々水気が取れないし、あまり強く拭くと髪の毛が抜けてしまう。

 

ようやく水気が取れたところで、備え付けのドライヤーを使って乾かしていく。ある程度水分を取れれば、ドライヤーを使って数分で乾かすことが出来る。

 

左手を髪の間に入れて、束にならないように乾かす。朝起きて水で濡らし、ワックスを付けることまで想定して、ある程度形を作って乾かすのが癖付くまでは難しい。

 

もう慣れたけど。

 

 

「んー、こんなもんか」

 

 

ある程度形を作って乾かしたところで、ドライヤーのスイッチを切った。風呂上がりでワックスもつけてないから、ぺたんとしたボリューム感の無い髪型になっている。

 

いつもみたいにツンツンと髪の毛を立たせるのはワックスがないとキープが出来ないし、ドライヤーで無理矢理立たせても寝ると潰れて寝癖になってしまう。

 

なら初めから立たせる意味はない。見られてだらしない髪をしているわけじゃないし、問題は無いだろう。

 

 

浴衣を着た後、手荷物をまとめて更衣室を出た。

 

 

「そういえば喉渇いたな。確かロビーに自販機があったっけ」

 

 

唐突に喉が渇いた俺は、直接部屋に帰るのではなく、帰り道にある自販機へと向かった。風呂上がりは汗で水分が少なくなっているし、何かしら飲み物が飲みたくなる。

 

こんなこともあろうかと、二度手間にならないように細かいつり銭も持ってきている。ロビーの自販機は思いの外種類が多く、どれを選ぶか悩むところだが、悩む間もなく緑茶のボタンを押した。

 

正直飲めれば何でも良いし、選んでいるとキリがない。

 

ガコンという音ともに、取り出し口に緑のラベルが貼られたお馴染みのペットボトルが落ちてくる。

 

それを受け取り部屋へ戻ろうとした瞬間、ロビーのソファに誰かの後頭部を見付けた。その後ろ姿は何度も見ているし、見間違えるはずがない。

 

……ちょっといたずらしてみたくなった。

 

存在を気付かれないように、ゆっくりと背後から近付いていく。幸いなことにこちらの気配には全く気付いていない。ボーッとしたまま、両手で握っているペットボトルを見つめている。

 

そうこうしている内に、俺との距離が数十センチにまで近付く。

 

そして―――。

 

 

「わっ!」

 

「きゃぁっ!?」

 

 

夜も遅いため、普段の声よりも少し大きめな声で後ろから声を掛けると、予想通りのテンプレ的な反応をしてくれた。ビクッと体を震わせながら、慌てて後ろを振り向く。驚かせた人物が誰だか気付くと、からかわれたことを悟り、ぷくっと頬を膨らませた。

 

 

「もう! 脅かさないでよ!」

 

「いや、悪い悪い。まさかあんなに驚くなんて思わなくて。こんな時間に何してたんだ?」

 

「……べっつにー? 人を驚かせて喜んでいるような人に教えませーん」

 

 

ありゃ、予想以上に機嫌を損ねてしまったみたいだ。

 

悪気があったわけじゃないが、思いの外ナギにダメージが伝わってしまったらしい。

 

 

「そいつは困った。一緒に話したかったのにもう二度と口を聞いてもらえないのか……しくしく」

 

 

我ながら下手くそな芝居だなと思いつつも、ダメもとで泣いた振りをしてみる。

 

泣いたことなんてここ数年記憶にないし、その前を遡っても数えるほどしかない。しかも大抵が千尋姉にボコボコにされるか、怒られて泣いた記憶。

 

あまり思い出したくない内容だったりする。

 

だが意外に効果があったのか、プイと横を向いていたナギが困った顔で俺のことを見つめていた。

 

 

「はぁ、もう。何やってるの大和くん」

 

 

ナギもまた、既に風呂を済ましているのだろう。

 

いつものトレードマークのヘアピンは無いし、ヘアゴムで髪を結わえてもない。本当に乾かしただけの髪だが、着ている浴衣も極まってこれもまた普段とは違った独特のギャップがある。

 

出来ることら今すぐにでも写真に撮って、額縁に入れて、眺めるようと保存用と自慢用に分けて……って俺はアイドルの追っかけか!

 

そこまではしないまでも、普段と違ったナギの一面として脳内に焼き付けておくことにする。

 

 

「ほんとは見かけたから声を掛けただけなんだ。いくら集団行動の多い臨海学校でも、少しくらいは二人きりになる時間があってもいいだろ?」

 

「―――っ! それはそうだけど……だったらもっと普通に声を掛けてくれたって良いじゃない。何も後ろから脅かすことなんて……」

 

「そこは本当に出来心なんだ。好きな子には意地悪したくなるって言うだろ」

 

「す、好きって……こ、こんなところで何言ってるの……」

 

 

顔を赤くしながら下を俯いてしまう。

 

ヤバイ、これが巷で噂のノロケってやつか。

 

この時間だし、既にIS学園女性の入浴時間は終わっているからロビーに来る生徒もいないだろうし、隠す必要も無いとのことで心の奥底にしまった本音が出てくる。

 

たらればの可能性は考えたが、周囲に人の気配はない。誰かが影で監察している様子もないし、ロビーに近寄る存在が一人としてない。

 

今ごろ部屋でワイ談を楽しんだり、ゲームを楽しんだりする生徒がほとんど。フロントも外からの来客が無ければ店頭には出てこないし、この時期は予約で旅館そのものが一杯の状態。

 

まず、この時間帯の来客はない。つまり部屋から飲み物を買いに来る生徒にさえ気を付ければ問題はない。

 

ベタベタとするつもりはないし、仮にも付き合っているわけだ。限られた時間であっても、会話くらいはしたくなる。

 

 

「ははっ♪ 悪い悪い。まだ消灯時間まで時間があるし、ちょっとだけ話さないか?」

 

「え? う、うん。いいけど……」

 

 

了承を得たところで、ナギの腰掛けている隣に腰を下ろす。互いの距離はどれくらいだろう、密着しているわけではないが以前に比べると近い気がする。

 

自然と隣に座っていることに対する恥ずかしさは無かった。

 

 

「今日ちゃんと話すのは初めてか。朝も昼も、まともな会話無かったような気がする」

 

「うーん、言われてみればそうかも。なんでだろうね、話す機会は結構あった気がするんだけど」

 

 

今日一日を振り返ってみると、二人で話したのはごくわずか。大体どこかしらに引っ張りだこだったし、ラウラに引っ付かれるわ、千冬さんとビーチバレーのタイマンを挑まれるわ、本当の意味で忙しない……だが充実した一日だった。

 

楽しかったのは間違いないけど、話していない。休みの日で部屋に一日籠っている時くらい話していなかった。

 

 

「ところでどうしてロビーに? 皆と部屋に居るんじゃなかったのか」

 

「さっきまではそうだったんだけど……ちょっとね」

 

「?」

 

 

色々とねと感慨深そうに顔を逸らす。女の子には人に言えない秘密があるんだろう、下手に詮索するものじゃない。

 

 

「その……実は、ね?」

 

「ん?」

 

 

深く聞かないでおこうと言った矢先に、今度はナギの方からここにいる理由について話し出そうとする。

 

何だろう、果てしなく嫌な予感が俺の脳裏をよぎるんだが……。

 

 

「あの……皆に……っちゃった」

 

「え、なんて?」

 

 

途中から声のトーンが下がり、何を言っているのか聞こえなかった。

 

聞き耳を立ててもう一度ナギに言うように伝える。

 

 

「だ、だから。大和くんと付き合っていることを言っちゃった……」

 

「へーそうか」

 

 

なるほど、ナギがルームメイトに付き合ってることを言ったのか。そうかそうか、ルームメイトにねぇ。俺とナギが付き合い始めたことを……?

 

 

「あれ?」

 

 

……って、付き合ってることを言った!?

 

 

「言ったのか!?」

 

「ひぅっ!?」

 

 

まさかナギが簡単に口を開いてしまうとは思っておらず、思わず肩を掴んでしまう。

 

いきなりの俺の行動に驚いたナギが声を上げる。どことなく怖がる素振りを見せてるところから、怒られると思っているのか。

 

俺としては怒る気なんかは微塵も無いし、言ったら言ったで仕方がないとは思っているけど、どうやら俺の行動が誤って伝わってしまったようだ。

 

今後の行動の為にもなるべく黙っておきたかったのは間違いないが、言ってしまったのなら仕方がないこと。

 

ナギのことだからうっかり口を滑らせたとは考え辛い。

 

どうせクラスメートの何人かが外堀から埋めてって、答えないといけない状況になって、渋々答えたってところだろう。ナギも口止めをしてあるはずだし、面白半分で外部に伝えることはないはずだが、もし大事になりそうな時は俺が動けば良い。

 

それをダシに揺すってくるのなら、その時はそれ相応の処罰を受けてもらうだけだ。

 

とりあえず一旦ナギの肩に置いた両手を離そう。

 

 

「あ、悪い。ついつい癖で。そっか、言っちまったのか」

 

「うん。えっと……ごめんなさい」

 

「あぁ、それくらいなら平気さ。どうせいつかはバレるんだし」

 

「あ、ありが……ふぇっ!?」

 

 

しゅんと落ち込むナギの頭を撫でる。

 

ラウラの頭は何度か撫でたことがあるけど、確かナギは一度もなかったはず。お風呂上がりだから髪質がサラサラとしていて、一段と柔らかい気がする。

 

撫で回し過ぎると癖がついてしまうため、癖が付かないようになるべく優しく撫でる。キョトンとしたまま俺の顔を眺めるナギの表情が写真を撮りたくなるレベルで可愛い。

 

もう最近可愛いとか、綺麗とかチープな文言しか並べられてない気がする。それでも素直な感情を言い表すには、それで十分過ぎる。

 

 

「うぅ、私子供じゃないのに」

 

「嫌だったか?」

 

「い、嫌じゃないけど」

 

 

子供っぽく見られるから、頭を撫でられる行為に抵抗感があるらしい。ただ本音を言えば、悪い気はしないみたいだ。

 

 

「……うん、やっぱり嫌じゃない。大和くんの側にいるだけで凄く心が落ち着く」

 

「えっ」

 

 

【挿絵表示】

 

不意にはっきりとした口調で言い切ったかと思うと、撫でる手を潜り抜けて俺の体に自らの体を寄せる。そしてあの観覧車の中での出来事を思い出させるように、コツンと肩に頭をのせてきた。

 

浴衣越しでもはっきりと伝わってくる人肌の温もりに、かぁっと一瞬にして顔の温度が上がるのが分かる。からかっていたはずなのに、いつの間にか俺がナギを意識させられている?

 

 

「ふふっ、大和くん。顔真っ赤」

 

「う、うるさいな」

 

 

俺の反応を見てにこりと微笑むナギの仕草を見たら、立場が逆転しているのは容易に分かる。してやったりの表情のナギに対して、俺の顔は真っ赤。

 

洗ったばかりの髪から漂うトリートメントの甘い、女性特有の香りが鼻腔を燻り、目の前がクラクラとしてくる。自分の近くに女性が居るんだと、強烈に意識させられる瞬間でもあった。

 

自分が自分でいられなくなるような不思議な感覚。だが出来ることならずっと側に居て欲しいと思う、安らぎを与えてくれる存在。この感覚は以前よりも、間違いなく大きくなってた。

 

学校で会う時、人前で話す時は何も変わらない。もっとも変わるのは二人きりの時、大切な存在(鏡ナギ)といる時だけだ。

 

だから人前で甘えてくることもないし、寄り添ってくることもない。だから今目の前にいるナギは、他の誰もが知らない俺だけのナギになる。

 

俺にとっての特別な存在でいてくれることが何よりも嬉しかった。

 

 

「こうして大和くんと二人きりで寄り添うのはずっと夢だった。正直、まだ信じられないよ」

 

「俺もだ。人を好きになるなんて思いもしなかったし、初めて好きになった人と両想いだったなんて」

 

 

互いの顔を見てクスリと笑い合う。

 

 

 

"偶然"ISを動かしてIS学園に入学し

 

初日に"偶然"立ち寄った食堂でナギと出会い

 

忘れた荷物を取りに帰った時に"偶然"ナギを助けて

 

セシリアとクラス代表を掛けて戦った帰り道に"偶然"名前で呼ぶようになって

 

無人機襲撃の危機を助けて"偶然"正体がバレて

 

 

いくつもの"偶然"が合わさり、想いを繋げた。

 

―――否、ここまで来ると偶然ではなく、全てが必然だったのかもしれない。

 

まさか来た学食で偶々話した相手が、自分とお付き合いすることになるなど、考えもしなかった。

 

あの時会ったのは谷本と布仏とナギの三人だったか、煮物王子とかいう不名誉なあだ名を付けられそうになったが、その時に三人から飛び交った質問の数々はまだ覚えている。

 

ナギからは……あぁ、そうだ。『好きなタイプはどんな子か』だったっけ。優しくて家庭的な子が好みだなんて答えたけど、半年も経たずタイプの子が彼女になるなんて、今でも夢みたいだ。

 

改めて自分の頬を強めにつねるが痛い。それに目も覚めない。やっぱり夢じゃない。

 

 

「「あっ」」

 

 

ソファの上に置いた手が偶然重なってしまい、互いに声を上げる。条件反射で手を引こうとするも、引く前に力強く手を握りしめられた。

 

か弱い手が俺の手を優しく包む。手越しに伝わってくる彼女の想いが、一気に俺の中を駆け巡った。驚いたまま視線をナギへと向けると、そこには上目使いをしたまま顔をほのかに赤らめるナギの姿があった。

 

何かを懇願するような、期待するようなトロンとした目付きで俺のことを見つめている。この付近には誰の気配もない。それに時間的にも今さら誰かがロビーに来るとは考えにくい。

 

それはもう俺だけじゃなくて、ナギ自身も知っているんだと思う。

 

まるで金縛りにでもあったかのように、目線が逸らせなくなる。二人揃ってタガが外れかけているのかもしれない。前回は横やりが入ってしまったが、今回は邪魔する人間は誰一人居ない。

 

 

「ナギ……」

 

「……」

 

 

俺の一言が合図となり、ナギは目を閉じる。

 

言葉なんて要らない。互いの気持ちが合えば、タイミングなんてすぐに分かった。

 

目を閉じるナギに顔を近付けていく。自然と恥ずかしさは無かった。むしろ抑えきれないほどのいとおしさが込み上げて来てしまい、もうナギ以外のことが一切考えられなかった。

 

そして―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズキンッ!

 

 

 

"それ"は突然訪れた。

 

朝や昼に起こったものとは全く別の激しい痛みに耐えきれず、ナギの体に向かって倒れ込む。急なことに全く反応が追い付かなかったナギは目を大きく見開く。

 

 

「や、大和くん!? ど、どうしたの!?」

 

 

痛い。

 

目を抉り取られるような痛みが左目を襲う。朝起きた時と昼の痛みは我慢出来ても、こればかりは我慢できなかった。腹の底から込み上げてくる絶叫を必死に堪える。額はおろか、身体中汗だくになりながらソファを掴む。

 

一日にこれだけの頻度で、かつ同じ目ばかり痛みが走ることなんて今までに経験がない。どう考えてもおかしい。

 

俺の体に異変が起きているようにしか思えなかった。

 

 

「ぐっ……うぅっ……」

 

 

呻くことしか出来ないほどに痛む目を押さえながら、何とか立ち上がろうとするも、痛みのあまり足元まで覚束なくなる。ソファの角に足をぶつけて倒れそうになるのを堪え、近くにある柱にしがみついた。

 

 

「大和くん! 先生に診てもらった方が!」

 

 

並々ならぬ異変を感じ取ったナギは、慌てて千冬さんを呼びに行こうとするがそれだけはまずい。このタイミングで俺の体の異変を千冬さんに知られるわけにはいかない。

 

痛みの程度は違えど、少しくらい部屋で休めばすぐに治るはずだ。

 

俺は大丈夫だとなるべく平静を装って伝えるも、痛みで顔がひきつってしまい、逆効果になってしまう。

 

 

「だ、大丈夫……」

 

「そ、それなら部屋に戻ろう! 今日はもう休んだ方が良いよ!」

 

「すまない……」

 

先ほどまでの女性らしいナギの表情はどこにもなかった。

 

貴重な時間を潰してしまったことに対する罪悪感に苛まれながら、俺は部屋へと戻る。

 

 

 

 

 

 

部屋の中に入った俺をどこか心配そうに見つめながらも、念を押して大丈夫だと伝えると、渋々自分の部屋へと戻っていく。

 

やれやれ、折角のセカンドキスのチャンスだったのに逃しちまっ……。

 

 

「うっ……ぐうっ!?」

 

 

再度襲う突き刺すような痛みに、視界がぐらりと揺れ、目の前から色彩が無くなる。

 

色あるものが全てモノクロに見えたかと思うと、俺の景色は反転し、真っ暗な闇が広がる。

 

フローリングの床へと倒れ込むと同時に、意識を手放した。


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