IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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気配の正体

 

 

 

 

 

 

「あっ」

 

「どうしたの?」

 

「いや、このままだと前と同じ感じになるなぁって思って」

 

 

ナギの手を握ったまま、勢い良く飛び出したは良いものの、予定らしい予定は何一つ立てられていない。

 

ノリと勢いで何とか凌ごうと考えていた数十秒前の自分を全力で殴ってやりたいところだが、生憎そんな時間があるわけでもない。

 

時期が時期だけに大通りは多くの人たちで賑わっている。それこそ特に買うものが無くてもウインドウショッピングを楽しむことだって出来る。選ぶ物に関しては特に困らないだろう。

 

 

(そういえばここってテーマパークも近くにあったんだっけ)

 

 

前回来た時は全くのノータッチで、話題にも出さなかったが、近郊にテーマパークもあるらしい。この話は前回買い物に行って帰ってきた後、別のクラスメートに確認して判明した。

 

元々テーマパーク自体はあったらしいが、去年の暮れ頃から改装し始めて、つい最近リニューアルオープンしたんだとか。隣駅から歩いて数分の距離らしいし、時間次第では遊びに行ってもいいかもしれない。

 

俺もテーマパークに来たことはほぼないし、何より来る相手が……って何言わせるんだ。

 

まぁ事実、来る相手がいなかった。そこに関しては否定しない。

 

前回と同じ流れだと、どこかですることが無くなるだろうし、先に時間が出来た時のことを考えていたとしても、バチは当たらない。

 

折角の機会だし、是非行ってみたいところだ。

 

……最も、それはナギが了承したらの話。

 

 

「私は前と同じでもいいと思うんだけど……大和くんどこか行きたいところでもあるの?」

 

「あぁ。買い物は買い物でして、終わったら隣駅のテーマパークに行きたいと思ってるんだ。俺自身、あまりレジャー施設に行ったことが無くてな。もし良かったらナギと一緒に行こうと思ってるんだけど……どうだ?」

 

「へ……わ、私と?」

 

「あぁ。もし行きたくないのなら買い物だけでも良いし、都合が合うなら行きたい」

 

 

一緒に行きたい気持ちに関しては迷わず断言できる。

 

一方で俺に誘われたことが把握しきれていないのか、オロオロと周囲を見渡し始める。見回したところで居るのはクラスメートではなく、全く知らない赤の他人のみ。誰も助けてくれない状況だ。

 

最も、助けるほどの危ない行為を俺がしているわけでもないし、第三者から受けているわけでもない。ナギが答えてくれれば話が進むわけだが、急な提案を一度に飲み込めるはずもなく。困惑した表情を浮かべながら、今度は俺の方へと視線を移す。

 

うん、あれだ。困ったところで俺はアドバイス出来ないし、むしろ答えを待っているのは俺だからな。

 

しかしまぁ困った顔も可愛らしい。

 

仮にこんな時に何を考えているのかと言われたら、はっきり言わせてもらう。可愛いらしい表情に反応しないで、いつ反応するのかと。

 

もうなんか……最近の女の子のレベルが高すぎるのか、それともナギ限定に言えることなのか、喜怒哀楽全ての表情が可愛らしく思えてくる。

 

 

いや、これはナギだからこそ思うのかもしれない。

 

 

「どうだ?」

 

「わ、私も行きたい! その……二人きり、なんだよね?」

 

「あぁ。この状況で他の人間を誘うつもりは無いし、むしろ誰かを誘うほど空気が読めない人間になったつもりもない。単純に俺がナギと一緒に出掛けたいだけだよ」

 

「うぅ、人前で言われると少し恥ずかしいよ……」

 

「へ? あっ」

 

 

顔を赤らめながら俺の背後に視線を向けるナギ。

 

つられて後ろを振り向くと、そこには好奇の視線が集められていた。その種類は様々、俺達の様子を羨ましそうに見つめる者、彼氏彼女が出来た我が子を見守るように見つめる者、嫉妬の念にかられて持っていたハンカチを噛みながら悔しそうに見つめる者など。

 

……何をどうして男がハンカチを噛みながら見つめているのかは分からないが、そこを気にしたところで状況が変わるわけでもないし無視しよう。

 

何にしてもマンネリ化は防げたわけだし良しとしよう。丸一日買い物だけに時間を費やしたら前回と同じになるから勿体無い気がしてならない。

 

 

買い物って言えば、今ナギが付けているネックレスも前回俺が買ったものだったりする。そこそこ値は張ったが、普段の感謝の気持ちを込めてという意味では高いとは思わなかった。

 

 

もう一つ理由があるとすれば贖罪の意味合いだ。

 

偶然だったとはいえ、危険なことに巻き込んでしまった事実は揺るがない。割り切ってはいるが、これからまた巻き込むようなことがあったらと思うといてもたってもいられなくなる。

 

更にナギは一瞬とはいえ、こちらの世界へと踏み込んできてしまっている。これ以上踏み込ませるわけにも行かないし、何より普通の学校生活を送って欲しい。

 

こんな仕事で彼女の生涯を棒に振ってしまうようなことがあれば、俺はどう償えばいいのか。

 

彼女と一緒にいる時間はもちろん大切だ。接すれば接するほどに、核心へと踏み込めてしまう。

 

 

「もう、大和くんはホントに無意識で……」

 

 

表の顔は一般人でも、裏向きは護衛の当主。仮に核心へと踏み込んでくるようなことがあるのなら、俺は彼女から距離を取らなければならなくなる。

 

正直楯無の場合も、協定という形がなければ距離を置かざるを得なかっただろう。最悪、排除さえ考えなければならないケースも出てくるかもしれない。

 

そうならないようにするには、俺から遠ざけるか俺が霧夜家の当主を降り、実家と完全に縁を切るかのどちらか。

 

どの選択が正しいのか、今の俺には全く想像がつかない。

 

 

「大和くん?」

 

 

ただどこかで答えを出さなければならないのも事実、少なくともこれ以上誰かをテリトリーに踏み込ませるわけには行かない。

 

ナギを含めて楯無、ラウラ。教師には千冬さんと、程度は様々だが、俺の核心に触れている人間と、触れそうな人間で分かれる。

 

楯無と千冬さんに関しては、俺の裏家業を知っているが遺伝子強化試験体であることは知らない。

 

ラウラに関してはその逆で、遺伝子強化試験体であることは知っているが、裏家業をしていることは知らない。

 

そして、ナギに関しては両方とも知らない状態ではあるが、無人機襲撃の一件を経て、俺の正体を気にし始めている。

 

ここで食い止めないと、ずるずると正体を明かす羽目になるし、何としてでも……。

 

 

「大和くん!」

 

「あっ、ナギ。どうした?」

 

 

声を掛けられたことに気付かず、淡々と回想を続けていた俺に少し語気を強めたナギが顔を覗き込んでくる。いつもよりほんの少し不機嫌さを滲み出し、ムッとした表情を見せてきた。

 

 

「どうした? じゃないよ! さっきから声を掛けても全然反応しないし。何考えてたの?」

 

「えーっと……これからの将来のことを考えてたりとか」

 

「それ今考えるんだ!?」

 

「こ、こういう時だからこそ考えれるものもあるだろ……いや、ねーな。ねーか」

 

 

考えなくても分かることをナチュラルに伝える辺り、本気で大丈夫なのか。自分で言うのもなんだけど、そろそろ本格的にヤバイんじゃないかと自覚している辺り、治しようがない気もする。

 

 

「ほんとなんつーか、我ながら言い訳考えるの下手だなぁって最近思うんだ」

 

「それは確かに否定出来ないかも。大和くん、知られたくないことを聞かれると、全然違う話題に話すり替えるもんね?」

 

「うっ……しかたねーだろ」

 

 

何だろう。やっぱりナギと一緒にいるとペースを乱される。別の仕事で女性と触れ合う機会はあったが、あくまで仕事だったから意識することもなかった。

 

隣に居られようが体を触られようが、話し掛けられようが特別な感情など抱くことは無い。それがむしろ当たり前だったからこそ、いざという時にどう対応すれば良いのか分からなくなる。

 

まるで初な恋人同士のように。こればかりは慣れていくか、誰かから知識を得ていくしかないのかもしれない。知識を得るにしても、周りに参考に出来る、それか経験豊富な人が居るかどうかは何とも言えないところだ。

 

 

「でも、不器用なところも大和くんらしいかな?」

 

「俺らしいって、お前なぁ……」

 

「あっ! 別にバカにしてる訳じゃないよ? ただ普段は凄く落ち着いてて、大人びて見える人にも、こんな不器用な一面があるんだって知れるだけで、私は嬉しいから」

 

 

ナギにしてみれば嬉しいことらしいが、俺にとっては何とも言えない複雑な気分だ。でもナギが喜んでくれているみたいだし、自然と悪い気分にはならない。

 

 

「じゃあ予定より少しオーバーするかもしれないけど……午後もよろしくな?」

 

「うん♪」

 

 

俺とナギは再度、無意識に手を繋ぎ歩き出す。

 

 

 

二度目の、それも異性とのお出掛けともなれば、否が応でもテンションは上がる。今日も一日このまま終わってくれるだろうと、切に願う俺だったが……。

 

そうは問屋が下ろしてくれなかった。

 

全ての事象、これから起こりうる悪夢の発端となる歯車は、俺たちの知らないところでゆっくりと、しかし確実に動き始める。

 

今の俺には、裏側で歯車が回り始めたことなど気付くはずもなかった。

 

 

―――事の重大さに気付くのは、まだまだ先のことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よく考えたら経路は違っても、目的地が一緒だったら全く意味ねーって話だわな」

 

「し、仕方ないんじゃないかな? ほら、ここって基本皆集まる場所だし」

 

「あぁ。IS学園の生徒も、服買う場所って言ったら大体ここだっけ」

 

 

目的地が一緒であれば例え経路を変えたとしても全く意味がない。鉢合わせたくないのであれば、初めから行く場所を変えろって話だが、あいにく他の場所を知らない俺に頼れるのは前回訪れた服屋のみ。

 

ただ基本的にここの服屋、IS学園の生徒たちの中でも話題になっている服屋で、休日にはIS学園の生徒が押し寄せるという。それに臨海学校が近いともあれば、かなりの高い確率で鉢合わせることも想定できる。

 

 

「まぁ、案の定というか。早目に買って正解だったわ」

 

「そ、そうなのかな?」

 

 

五感が働いたとでも言えば良いのか。本来ならもう少し自分の水着を選んでも良かったかも知れないが、商品を見て即決したことがかえって功を奏したようだ。

 

 

目の前には一夏の手を引いたまま試着室に入っていくシャルロットの姿が。その後を追うように、セシリアや鈴を筆頭にラウラまでもが同じ服屋へと入ってくる。

 

幸い寸前のところで服屋を出たことで、存在を気付かれずに済んだはいいが、これでは落ち着いて買い物も出来やしない。

 

俺とナギは服屋からほんの少し離れたブリッジの部分で、一部始終を観察しているわけだが、セシリアと鈴の一夏を探す形相たるや恐ろしいものがある。

 

二人からしてみれば、シャルロットに抜け駆けさたくない気持ちで一杯なんだろうが、これではただのストーカーになってる。二人にはもう少し落ち着いた行動をして欲しいところだが、出来ないからこそこんなことになっているのかもしれない。

 

ライバルが多くて出し抜きたいのは分からんでもないけど、ここまで執念深いとなると若干怖い。

 

 

「にしても、僅か数ヶ月で二人落とすともなるともはや天才的な才能にしか思えないんだけど……」

 

 

何気なく、ボソリと独り言を呟くように小さな声を出す。単純に一夏の女性を味方につけるスキルがすごいと、褒め称える意味で言ったつもりが、聞く人間によっては誤解を招く言葉に早変わりするらしい。

 

 

 

 

「……大和くんがそれを言うの?」

 

 

―――刹那、背後からトーンの落ちた声が聞こえてきたかと思うと。

 

 

「へ? いでででででっ!? ちょっ、脇腹つねるのは反則だって! お、俺が何をしたんだよ!?」

 

 

不意に左脇腹を激痛が襲う。痛みのあまり後ろを振り向くと、振り向いた先にはあからさまに不機嫌な表情を浮かべたナギの姿があった。

 

一言で表すなら背後に目に見えないオーラがあると表現するべきか、はたまた阿修羅が降臨していると例えるべきか。

 

なんつーか単純に怖い。普段物静かで怒らなさそうな人間が怒ると怖いように、ナギもまたそのタイプの人間だったようだ。

 

 

「私だって、いつの間にか虜になってたんだもん、そんな言い方されたら安い女の子みたいに思われるじゃない……」

 

「え? え?」

 

「し、知らない!」

 

 

発する声が小さく、何を言ったのかよく分からなかったが、彼女の気に触ってしまったのは事実。顔を赤らめ、頬を膨らませたままプイと横を向いてしまう。

 

 

「お、おおおお織斑くん! こ、こんなところで何やってるんですかぁ!!?」

 

「何をしている……」

 

 

不意に服屋の方から聞きなれた声が聞こえてくる。いや、むしろ常日頃毎日聞いているというか、無意識に身構えてしまうような凛とした大人の女性を思わせる、ただ存在感がある声と、同世代に居そうな若々しい声。二つの声に引っ張られるように、思わず服屋の方を振り返ってしまう。

 

そこには更衣室を除く三人の女性の姿が。

 

一人は店員だろうか。お洒落な帽子をかぶり、中の様子を気にしているようにも思える。そりゃ更衣室を三人がかりで覗くのだから、中で何かが起きたことぐらいは容易に想像できる。

 

 

二人目は小柄な女性……というよりわざわざ説明するまでもなく、見た目ですぐに判断がついた。俺たちのクラスの副担任、山田先生だ。

 

そして三人目、もはや言わずもがなだろう。めんどくさそうにこめかみを押さえながら、様子を見守る長身の女性。そこにいるだけで絶大な存在感を誇り、キリッとした目付きと、後ろで束ねられた腰まで届くほどの黒髪。そして黒に包まれたビジネススーツにストッキング。

 

如何にも理想のキャリアウーマンを具現化したようなもの。そしてその正体は、世界最強の名を欲しいがままにする女性。千冬さんその人だった。

 

 

どうやら開けた更衣室には一夏とシャルロットがいるらしい。着替えているかどうかも分からないのに、何の戸惑いも無く、更衣室のカーテンを開く辺り、流石千冬さんといったところ。

 

一方の山田先生は、水着姿のシャルロットに『早く着替えてください!』と声を大にして注意をしてる。更衣室に入っていくまでは二人が制服姿だったところを見るに、中でシャルロットが水着を披露するために着替えたと考えるのが妥当。

 

二人で中に入った理由は外に一夏を出してしまったら、知っている別の誰かが来た時にデートしていることがバレてしまうから。

 

バレてしまうことを避けたい人物といえば、一夏に恋心を寄せるメンバーに絞られる。最もIS学園全体から考えると絞りにくいが、一夏の行動を身近にリサーチ出来る人間ともなれば、その人数は大幅に絞ることが出来る。

 

 

「ん……? なんだ、お前たちも今日はここに来ていたのか?」

 

 

考え事をしていると、こちらを見つめた千冬さんと視線が重なる。反射的にナギは俺の後ろに隠れたが、別にやましいことをしている訳でもないし、隠れる必要も無いんだが……。まぁ普段の千冬さんを見てると無意識に身構えてしまうのは俺もそうだし、ナギの行動はある意味正常ともいえる。

 

わざわざ隠れるほどでも無いと悟った俺は、ナギを連れて千冬さんの元へと向かう。勘づかれた時点で、一夏やシャルロットにも俺の存在はバレている。

 

 

「ええ、まぁ。臨海学校も近いですし、そろそろ水着の一つくらいは揃えておこうと思いまして」

 

「そうか。私たちもこんな立場だが、海にこの姿で行くのも避けたくてな。とりあえず何かしら用意しようと足を運んだら……」

 

「まさかの不純異性交遊紛いの行為を目撃したと?」

 

「そういうことになるな」

 

「ちょ、千冬姉! 俺は別にそんなつもりは!」

 

 

実姉がナチュラルに不純異性交遊を認めてしまったことに納得が行かず、その場から立ち上がって抗議をしようとする一夏だが。

 

 

「織斑くん! まだお話は終わってませんよ!?」

 

「は、はい! すみません!」

 

 

あっけなく山田先生の一言に撃沈。普段全く怒らない先生だからこそ、逆らうことが出来ない。それにセシリアや鈴との模擬戦以来、生徒たちの山田先生に対する認識は大きく変わっている。

 

見た目は俺たちとほぼ変わらず、十代半ばに見られても何ら不自然は無いのに、いざ実戦ともなれば頼りになる狙撃手(スナイパー)となる。実力は生徒たちが到底敵うレベルではない。言い方が悪くなるが、良くも悪くも実力主義だ。教師でも頼りなければ生徒に見下されるし、不安にも思われる。

 

元々は一夏もどこか頼りないと思う部分があったんだろう。人は見た目で判断することなかれなんてよく言うが、大体の人間は無意識に見た目で判断することが多い。

 

とはいっても山田先生が説教をする絵は珍しい。説教からも生徒に対する愛情がひしひしと伝わってくる。そもそも男女が二人で更衣室に入って、着替えなんかしてたら怒られるに決まってる。

 

見付かったのが教師にともなれば尚更。

 

 

「ところで、お前たちはもう買い終わったのか?」

 

「はい、一応俺の分は。ナギの分はまだこれから買う予定なんですけど……」

 

「ほう? 今度はお前が鏡の水着を選ぶのか。それはそれで興味深い」

 

「いや、そうはいっても俺もちゃんとアドバイス出来るかどうかなんて分からないですし、最終的には好みで選んじゃうかもしれないですね」

 

「なに、女性からすればその好みが重要だ。そうだろ、鏡?」

 

「え、あ、それは……はい」

 

 

今度は俺とナギの話に話題を振り換えてきた。ナギは若干恥ずかしそうに千冬さんの同意に応じる。

 

既に俺の水着は選んで貰ったから今度は俺が選ぶ番になるわけだが、男性ものの水着と女性ものの水着で大きく違う点がある。

 

試着をする時、俺は下だけを履き替えれば良いだけだから特に恥ずかしさらしいものは無い。逆にナギは女性だからこそ、全身脱がなければならない。基本的に女性ものの水着は

サイズが合うかどうかも着てみて確認をするため、着ている服を一旦全て脱ぐ必要がある。

 

つまりそこが一番危ないわけで。

 

チラリとナギの方へと、厳密には上半身へと視線を向ける。季節的な意味合いもあれば、体系的な部分も大きく関係してくる。

 

俺がポロシャツにスキニーと、カジュアルな服装であるようにナギもまた着ている服はワンピースだ。ワンピース自体の種類があまりにも多いからどの種類かは分からないが、どちらにしても体のラインがハッキリと出てしまっているのも事実。

 

普通のTシャツに上着を羽織るとか俺と同じポロシャツを着られたら直視が出来なかったかもしれない。

 

同世代の女性と比べても明らかに平均より大きい。プロポーションだけなら、楯無ともタメを張れるんじゃないかと勝手に思っている。IS学園の制服は作りが固く、胸元を押さえ込んで実物より小さく見えてしまうが、素材が柔らかい布地であれば制服の下に隠れていたものは……その、行動するたびに揺れる。

 

い、いかん! こんな場所で俺は一体何を考えて……。

 

 

 

「霧夜、何を想像しようがお前の勝手だが、考えていることが全部顔に出てるぞ」

 

「も、もう! どこ見てるの大和くん!」

 

「へ? どこって……あっ!?」

 

 

はい、盛大な地雷を踏みました。

 

チラ見してすぐに視線を逸らすつもりが、完全に凝視していたらしく、千冬さんにはため息をつかれ、ナギは胸元を押さえながら俺から視線を逸らす。

 

目の前で自身の株が大暴落していく瞬間を見るのはこれで何回目だろう、そろそろ一回や二回、引っ叩かれても文句が言えない。むしろ全てを許してくれるナギがそれはそれで凄いが、学習しないバカとはまさに俺のこと。

 

人のふり見て我がふり直さず。目も当てられない。そりゃナギに脇腹抓られても文句は言えない。

 

 

あぁ、脇腹を抓られた理由ってそういう事だったのかと、今になってようやく理解した。

 

近くに女性が居るのに発言としては非常に軽はずみだった。

 

 

「ふん、恋には勝てんか。羨ましいものだ」

 

「うぐっ、なんで面白そうな顔してるんですか。そりゃ俺が盛大な地雷を踏んだのは事実ですけど」

 

「いや、意外だっただけだ。初め会った時はとても年相応に見えないと思ったが、今のお前は年相応。ここに入学して多少変わる部分があったんだと思うと、それはそれで嬉しくてな」

 

 

普段のトーンを崩さないながらも、学園では見せないような穏やかな微笑みを見せる千冬さん。人をからかえれて満足しているらしいが、からかわれている張本人からすれば面白くはない。いや、別に怒りとか怨念はなくても、面白いからもっとからかって下さいというやつはほとんど居ない。

 

まだまだ年齢的なアドバンテージが俺にはあるようだ。

 

 

 

……まぁ、この話題はこれくらいにして、さっきから柱の後ろでコソコソと人の話を聞いているであろう奴らに登場してもらおうか。

 

 

「さて、そろそろ出てきてもいいんじゃないか? 人が気付いていないと思ったら大間違いだぞ?」

 

 

途中からずっと気になっていた違和感の原因。悪意が無いからとずっと黙って来たが、このまま行けばバレるのは時間の問題。むしろ俺にバレている時点で、こっちから探りに行けばボロは出るんだろうが、それじゃあいつらも格好が付かないだろう。

 

俺の背後にある円柱からひょっこりと、二つの影が出てくる。何故気付いているのかと言わんばかりに、その表情は驚きを隠せない。

 

気付くも何も、あれだけ下手くそな尾行をされたら俺じゃなくても気付く。現にシャルロットが更衣室に逃げ込んだのも存在に気付いたからだろうし。

 

 

「ったく、一夏を尾行するならもう少し上手く尾行しろよ。分かりやす過ぎていつ声掛けようか迷ったくらいだ」

 

「な、なななな何のことかさっぱり分かんないわね!? あ、あたしたちは偶々今日偶然ここを通り掛かったのよ!」

 

「そ、そうですわ! 言い掛かりも程々にして下さいまし! や、大和さんが深く考え過ぎではありませんこと!?」

 

 

 鈴に関しては同じ意味合いの言葉を続けてしまうレベルでテンパっているらしい。『偶々』も『偶然』もどちらとも同じ意味合いにしかならないことは言わなくても本人が一番分かっている。言いたいことは良く分かる、よーく分かるからこそもう少し落ち着こうか。そこまでテンパっていたら事実だったとしても嘘のように聞こえてしまう。

 

そしてセシリア、深く考えすぎってどういうことだコラ。人が話している一部始終を陰でこそこそ聞かれるのは気分の良いものじゃないから敏感になるんだ。ただこの発言については木乃伊取りが木乃伊になるといったところ、俺も人のことはとやかく言えない。そっちが仕事上当たり前の行動だから。

 

 

「あー騒ぐな。一気に人が増えて五月蠅くてたまらん。プライベートの時ぐらい静かに出来んのかお前らは?」

 

「いや、織斑先生。逆に今プライベートですから、うるさいのは仕方ないです。学園じゃないんですから」

 

「……はぁ」

 

 

鬱陶しそうに二人の登場に対して頭を抱える。本来なら一夏とシャルロットとも会うつもりは無かったんだろう。千冬さんとていい大人だ。弟の、それも年頃の弟のプライベートに対してあれこれ口出しする気はないはずだし、二人そろって更衣室に籠城するなんてことが判明しなければ、水着を選ぶだけ選んで帰ったはず……いや、そうでもないか。

 

それでも教師陣二人に会うことなく、やり過ごすことくらいは出来たとは言い切れないのはなぜか。そして一夏とシャルロットはまだ山田先生に説教を食らっている。時間にして既に十数分、それも店舗の床に正座をさせる教師がそうそういるとも思えない。男女平等の鉄拳制裁で知られる千冬さんですら、地べたに正座をさせている話は一切聞いたことが無い。

 

一つ教訓に出来ることは、普段優しいから山田先生の説教は大したことないと思っている奴らは死んだなってこと。

 

絶対に怒らせないようにしよう。店の床に直接正座は精神的にも辛い。

 

 

「さて……あれ、お前ら二人だけだったか? てっきりラウラも一緒に着いてきていると思ったんだけど」

 

「え、あれ!? い、いない? いつの間に……」

 

「に、逃げましたのね! さっきまで一緒に居ましたのに!」

 

 

鈴とセシリアが出てきたのは良いが、俺が背後に感じた気配は三人。鈴とセシリアが内二人だったのだから、間違いでは無ければもう一人いた。近しいところで篠ノ之かラウラの名前が思いついたが、食堂に行った際に鉢合わせ、今日は一日部活だと言ってたから篠ノ之は選択肢から外れ、ラウラだけが残る。

 

大穴で楯無の線も考えたが、あいつがここまでザルな尾行をするとは考えられないし、やるならやるでもっと上手な尾行をする。少なくとも俺が声を掛けただけでは絶対に出てこない。

 

 

「……悪いな。折角二人きりだと思ったのに」

 

「ううん、仕方ないよ。時期が時期だから他の人たちに会う可能性だってあるわけだし」

 

「そっか、ありがとう……ナギ、悪いんだけどちょっとお手洗い行ってくるから少しの間だけ、織斑先生たちと居てもらっていいか?」

 

「え? うん、それは良いんだけど……大丈夫?」

 

「あぁ、すぐに戻る。そんなには掛からないだろうから。じゃ、ちょっと待っててくれよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夏とシャルロットに出くわし、千冬さんと山田先生に遭遇。挙句の果てに鈴とセシリア、ラウラまでもが俺たちの後ろにいたともなれば、もはや二人きりのデートでも何でもなくなってしまった。

 

だが、当然臨海学校が近いともなれば新しい水着を、特に今年は男性が二人もいるとなれば気合いを入れて水着を買い揃える。故に誰かと遭遇する確率は低いが無いとは言い切れない。

 

二人きりで楽しみたかったのは俺の本音であり、紛れもない事実。根底を覆すつもりもないし、かといって全員を悪く言うつもりは毛頭無い。

 

 

一人皆の元を離れてお手洗いに向かう……訳ではなく、階段を下りてレゾナンスから出る。レゾナンスから出て目の前に広がるのは大通り。人混みも多く、一旦はぐれると中々見付けにくい状態にはある。

 

ここでは目立つし、場所を変えよう。大通りを左折して少し歩くと、今度は人混みが全く無い裏路地のような場所が右手側に見える。賑わっている大通りと比べると一目瞭然。道幅は決して狭くないのに街灯は一つも立っておらず、夜になれば月夜が照らす他明かりは何もない暗がりになる。

 

日が差し込む日中でさえ、建物に囲まれて暗いのだから誰も踏み込まないし、踏み込もうとしない。歩いている人間の誰しもがその場所に一片たりとも興味を示さなかった。

 

場所的には丁度いい。こちらにしてみては好都合だと進んで足を踏み入れていく。もはや視界にも入れたくないような場所なんだろう、俺が裏路地に入っていくというのに誰一人興味や好奇の視線を向けなかった。

 

 

「ま、この辺りで良いか」

 

 

裏路地の真ん中くらいで歩を止めて、空を見上げる。明るいはずの空が周囲の建物に隠れ、何とも言えない風景が広がっている。一言で言い表すとしたら薄気味悪い。

 

だからこそ誰一人として近寄らないし、目もつかない。

 

 

そもそも何故俺がこの場所に来ているのか、選んでいるのか。理由は一つ。

 

 

 

 

……朝、モノレールから出てからずっと俺を監視する複数の視線。はじめのうちは放っておこうと思っていたが、ここまで敵意を向けられるともなれば放っておけない。

 

あわよくば鈴とセシリアを呼び出した時に視線が分散してくれればと思ったが、敵意を向けるほどに憎まれているとすれば、その程度で退くはずもない。気配の消し方や立ち回りから察するに、そこそこ出来るレベルにはあるらしい。

 

 

 

────ハッキリ言って不愉快だ。

 

人の一日を妨害していることが、下らないものさしで俺や一夏を狙おうとしていることが。無関係な人間を巻き込もうとして、それを正当化して揉み消そうとする姿勢が。

 

許すのであれば完膚なきまでに叩きのめして、二度と社会復帰出来ないレベルにしてやりたいが、それは独り善がりな感情で動く犯罪者と変わらない。

 

一夏とナギはあえて千冬さんや山田先生を含めた教師陣、更には代表候補生のシャルロット、鈴、セシリアに付き添って貰った。相手も千冬さんや、名だたる代表候補生がいれば無理に手出しは出来なくなる。

 

俺一人が単独行動を取れば、ターゲットを絞ることが出来るし、みすみすこれを逃さない手は無い。

 

 

「そろそろ出て来たらどうだ? いつまでもかくれんぼするのは苦手だろう?」

 

 

 周囲に気配が複数漂っている。案の定俺が一人になったところを狙い、全員俺をターゲットにすることに成功したようだ。

 

くだらないかくれんぼもそろそろ飽きてきた。いつまでもこそこそと後をつけられるのは好きじゃないし、じろじろと見透かされたような視線はもういい。

 

ここら辺りで一旦全て終わらせてやろう。

 

俺の手で。

 

 

狭い場所特有の建物風が吹く。それが合図と言わんばかりにどこからともなく覆面を被った人間が、ゾロゾロと出てくる。

 

全員で五人……前の屋上での一件よりも人数だけなら多い。俺を中心に逃げられないよう周りを固めていく。逃げる気など毛頭無い、人のデートを散々邪魔しやがって、人を馬鹿にするのも大概にしてもらいたいところだ。

 

 

「自分から一人になるとは馬鹿な男だ。織斑千冬に付き添っていれば、巻き込まれずにすんだものの……格好の餌食になるのが目に見えないのか?」

 

「格好の餌食になってやったんだ。お前たちも俺がわざわざ一人になった意味を理解できないほど、頭の回転が鈍い訳じゃないだろ。それとも、全員揃いも揃って頭の中はお花畑か何かか?」

 

「貴様っ! たかだが男の分際でぇ‼」

 

「落ち着け、大きな声を出すな。私たちの任務はどちらかの男性操縦者を抹消すること。大声で誰かに気付かれたら意味がなくなる」

 

 

多少の挑発に引っ掛かる辺り、全員が全員冷静なメンバーでは無さそうだ。これもほぼ前と同じ、この先の展開は目に見えている。前回と違うことがあるとすれば人数が多少、多いことくらいで、実力値はさほど変わらないように見える。

 

 

「それで、この人数差でどうするつもりだ? まさか本気でこちらとやりあうとでも?」

 

 

向こうは向こうで、絶対的なアドバンテージがあると言わんばかりに挑発をしてくる。絶対的に勝てるとは言えないが、前回の反省を何一つ生かせてないようだ。そもそも同じところが牛耳っているかも分からないし、同じだと括るのは危険か。

 

だが、相手に舐められていることは事実。尚更気に食わない。

 

 

「一人になる意味を察しろって言っただろ。人の情報も調べずに漠然と襲ってきたのか? ならお前らは大概なバカだったな」

 

 

再度の挑発に臨戦態勢を取る。バカに塗る薬があるとすれば、一旦痛い目にあってもらおう。自分が喧嘩を売る相手が誰なのかをきっちりと分からせてやる。

 

 

「喧嘩を売る相手はキチッと見定めろよ? じゃなきゃお前ら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────死ぬぞ?」

 

 

俺の一言が戦闘開始の合図となった。


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