IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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第七章‐That's how you know‐
変わっていく毎日


 

 

 

 

 

 

 

やぁ、皆おはよう。

 

いつもと口調が違っているのには、ちょっとした理由があるだけだから特に気にしないでほしい。

 

タッグトーナメントが終わって早三日が経つ。一回戦だけは必ず行うとのことで、前日までは行われていたものの、それも終わったことで激動の一週間が終了した。

 

やっと一息つける毎日が戻ってきた訳だが、実際この学園にいる時点で、静かな毎日など過ごすことが出来ないという現実に引き戻され、若干萎えているのも事実。

 

 

 三日前のラウラの一言はあまりにも衝撃的過ぎて、その日は頭が真っ白のまま誰とも話すことが出来なかった。挙げ句の果てに、その日に千尋姉から電話が掛かってきて、開口早々にテンパった俺の言った言葉が『俺に妹が出来たんだけど』はさすがにギャグにしか思えなかった。

 

 

無論事情を知らない千尋姉は、俺の爆弾発言に数秒間黙り込んだ後、盛大に笑いやがった。冷静に考えれば電話先で一番始めに言った言葉が『俺に妹が出来たんだけど』は笑う。相手が千尋姉じゃなかったとしても笑う。もしくはこいつ頭大丈夫かと不安になるだろう。

 

その後にきっちりと理由を話したところ、千尋姉の反応は意外にもさばさばしたものだった。見ず知らずの人間だった俺を引き取ってくれるくらいだから、家族が一人増えたところで特に何とも思わないだろう。それどころか自分から進んで可愛がりそうな気がする。

 

戸籍上は何もしてないから本当の妹になった訳じゃないが、ここ最近のラウラの懐き方は異常だ。恋人になった訳じゃないから一線こそ守ってくれてはいるものの、人に甘えることが多くなった。

 

無意識……というより今まで一般常識をしっかりと学ばなかった部分があるせいで、スキンシップが激しい。何事にもストレートに行ってしまう分、自身の裸姿を見られることに抵抗も無い。最も、異性に見られて抵抗がないのは俺くらいみたいだけど。

 

 つい先日、大浴場を向かった際には先回りして、一緒に入ろうとか言い出し始めた際は流石に背筋が凍った。それだけならまだしも、突然服を脱ぎ始めるから慌てて止めて、更衣室の外に出したわけだが、こっちとしてはたまったもんじゃない。結局ゆっくりと浴槽に浸かるのは諦めて、体と頭を洗ってさっさと出ることに。

 

むくれっ面のラウラか外では待っていた訳だが、どうして俺と一緒に風呂を入ろうとしたのかを尋ねたところ返ってきた答えが『兄妹なら包み隠さず風呂に入ったりするのではないのか?』だ。

 

聞いた瞬間にどんな一般常識だと突っ込みを入れそうになったが、誰かからの入れ知恵だったとしたらラウラに直接注意するわけにもいかず、その常識は間違っていることだけを伝えて部屋に戻った。

 

確かに幼稚園とか小学生の低学年くらいまでなら、妹と一緒にお風呂へ入る……実際、俺自身が一緒に入らされていたから分からないでも無いけど、高校生にもなって一緒にお風呂は恥ずかしすぎるし、公開処刑もいいところだ。

 

一緒に入れて嬉しいとかそういう次元ではなく、単純に不味いだろというレベル。そこの常識を徐々に軌道修正していかないとこれから先、ラウラの将来が不安になってくる。

 

お前はラウラの保護者かと言われれば、現状否定が出来ないくらいに面倒を見ている自覚はある。なんつーか、一人にしておけないっていうか放っておけないっていうか。

 

 

 

……それで、だ。話はここまでにして一旦現実へ目を向ける。正直現実から目を背けようと、あえて全く別の話をしていたものの、もうこれ以上話すネタもなければ時間もない。

 

 

「……」

 

 

 途中から周囲の音を聞きながら狸寝入りをしていたものの、鍵をかけたはずの扉をピッキングか何かで開ける音が聞こえ、室内に床を踏みしめる足音が響き渡れば、明らかに誰かが自分の部屋に侵入していることは分かる。

 

途中までは熟睡だったが、仕事上些細な物音でも気付いてしまう。音が聞こえ始めたのはほんの数分前のこと。上の階層、もしくは下の階層から聞こえる物音であれば特に気にすることは無かったが、自分の入口がピッキングで開けられているのだったら気にせざるを得ない。

 

いくら知り合いだったとしても、勝手に人の部屋に忍び込まれて気分がいい人間など、そもそも居るなら教えてほしい。

 

 

やがて鍵を開けると、今度は扉が開く音と共に室内の床を踏みしめる足音が聞こえてくる。すでにこの時点で何者かが俺の部屋に侵入しているのは事実。危険に晒される可能性を考慮すると、オチオチ寝てもいられない。

 

寝たフリをしつつ、自身に近付いてくる足音に耳をすませ、今どの距離にいるのかを確認する。一定以上近付いてくるようなら、誰なのかを確認しなければならない。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 相手も自身の物音を消すことには自信があるらしいが、足音を完全に消し去ることなんて出来ない。音としてはほとんど聞こえないから、その手の道……例えば暗殺的なことに手慣れているのがうかがえる。

 

だが、それ以上は踏み込みすぎだけどな。

 

 

相手が俺の横に来たのを確認すると、勢いよく飛び起き、背後へと回り込んで手刀を首もとに突き付ける。

 

足音と気配で大体の位置を把握したから、場所に間違いはない。

 

 

「どんな用件で俺の部屋に忍び込んだのかは知らないけど……どこの誰だ?」

 

 

手刀を突き付けたまま相手ごと後退し、壁面に備え付けられている部屋のスイッチを押す。

 

にしても何か相手の体格が華奢というか、小柄というか……。

 

 

「その……わ、私だ」

 

「ら、ラウラ!? お前こんな時間にどうしたんだよ?」

 

 

スイッチをつけたことにより照らされる室内。そこには戸惑うラウラの姿があった。慌てて突き付けた手刀を解除し、その場から離れる。

 

流石にこの暗がりじゃ人がいる気配は分かっても、人物までは断定が出来ない。

 

こんな時間に来られたら、否が応でも警戒してしまう。時計が指し示すのは午前四時。普通なら仕事でもない限りは起きないような時間だ。

 

 

「じ、実はだな。お兄ちゃんが一人では寂しいと思って……」

 

「待て、どうしてその結論に行き着いたんだお前は。寂しいも何も、今までずっと一人部屋だったんだぞ?」

 

「……」

 

「……」

 

「うぅ……本当は布団に潜り込んで、親睦を深めようと……」

 

 

どこか落ち着かない様子のまま言い訳をするも、部屋に侵入する理由が不純すぎて、思わず吹き出しそうになる。ずっと一人部屋で生活していたんだから、今更寂しくなることはない。

 

正論をラウラにぶつけると、俺の一言に切り返しが出来ないだけでなく、意図的な沈黙に耐えきれずに本音を漏らす。

 

 

「ちょっと待て! 親睦を深めることとベッドに潜り込むこととどんな関係があるんだ?」

 

 

漏らした本音にはあからさまな矛盾がある。親睦を深めることがベッドに潜り込むことと結び付かない。ラウラが誤解しているとしたら、その間違った認識を吹き込んだのは誰なのかという話になってくる。

 

 

「日本では兄妹は寝る時に一緒に寝るという風習があると、優秀な部下から聞いたのだが……」

 

「……ほう?」

 

 

ラウラの言葉はあながち間違ってはいない。実際一緒に寝たことがある人もいるだろう。

 

ただそれは幼少期の人間が前提条件であって、年頃の兄妹がやるようなことではない。それも俺とラウラは別に血の繋がっている兄弟でもないのだから、万が一があったら困る。

 

そもそも年頃の血の繋がっていない兄妹が、同じ布団で寝るだなんて、アニメや漫画の世界での出来事を、一般常識として吹き込むような部下がいるのなら、一回お話する必要があるみたいだ。

 

 

「で、その優秀な部下とやらはどこのどいつだラウラ?」

 

「か、顔が怖いぞお兄ちゃん!?」

 

 

俺の顔を見たラウラの顔が強ばる。今の俺がどんな悪人面をしているのか鏡に映してみたいところだが、あいにくそんなことに手間をかけている暇は無い。

 

そんなこんなで小一時間ほど下らない会話で時間を潰すわけだが、その後結局一睡も出来ずにいつもの時間を迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、一夏は?」

 

「今日は見てないけど……そういえばデュノアさんもいないね」

 

 

時は移り変わり、朝のショートホームルームの数分前。いつもなら喧騒に包まれているクラスが、今日は水を打ったかのように静まり返っている。

 

もちろん朝のショートホームルームが始まっているわけではないため、話をすることが禁止されているわけではない。とはいえ、いつもはまだ会議や準備で来ていないことを考えると否が応でも意識の的にはなる。

 

静かな理由をあげるなら、ホームルームの前だというのに、珍しく千冬さんが既に教室に来ているのだ。普段は先に来れない千冬さんの代わりに山田先生が来て、ショートホームルームを進めるのだが、今日は山田先生が居ない。

 

だからこそ千冬さんが先に来たんだろうが、クラスメートからするといつもとは違った朝の風景に、仲の良い友達と話すことも忘れ、全員が真面目に着席したまま前を向いている。

 

 

俺も席に座って、横にいるナギに小声で話しかけている状態だ。

 

ちなみに俺の前の席と、その右隣の席は誰も居ない。厳密にはまだ来ていないというのが正しいだろう。

 

 

「霧夜、デュノアと織斑はまだ来てないのか?」

 

「はい。食堂でも見なかったので、てっきり先に行ったのかと思ってました」

 

「……そうか」

 

 

千冬さんから話を振られて淡々と答える。話している最中に急に話を振られたものだから、話し相手のナギは背筋をピーンと張りながら姿勢を正す。

 

俺は話慣れているから緊張することはないけど、一般の生徒が急に千冬さんの凛々しい声を聞けば、こうなるのも頷ける。俺も慣れてなかったらビビるだろうし。

 

普段なら俺と一緒に来るか、篠ノ之やセシリアと一緒に来ることが多い。既にセシリアと篠ノ之は来ているし、今日は一緒に登校した訳ではないらしい。

 

……それにどこか二人の機嫌が悪いような気もする。というより如実に不機嫌だ。篠ノ之は目をつむったまま、口を真一文字に結び、眉はつり上げて、普段付くことがない頬杖まで付いている状況から、如実に不機嫌であることがうかがえる。

 

片方の手に握り締められたシャーペンを、何度もカチカチと音を鳴らしているところを見ると無意識のうちにやっているらしい。数人は篠ノ之から距離をとるように体を逸らし、かつ顔を合わせようとはしなかった。

 

そりゃそうだ、今の篠ノ之を見て機嫌が良いなんて言う奴が居る訳がない。

 

 

「ちょっと朝からひと悶着があったのは私も知っているのだがな……そうは言っても、遅刻する理由にはならん」

 

「ごもっともで」

 

 

 ひと悶着とやらが何なのかは分からないが、少なからず遅刻しても良い理由にならないのは事実。二つ返事で千冬さんの意見に賛同すると、今度は斜め後ろに座っているセシリアへと視線を向ける。

 

こちらも頬を膨らめながらむくれ面を浮かべ、面白くなさそうに窓際に視線をうつしている。元々のキャラもあるんだろうが、セシリアに関しては篠ノ之と違って、雰囲気がいくらか柔らかい分、周囲の生徒たちは距離をとろうとはしなかった。

 

むしろ後々にからかいの的になるんじゃないか……そんな気がしてならない。

 

 

「それにしても珍しいですね。シャルロットと一夏が二人揃ってこの時間に来てないだなんて」

 

 

一夏とシャルロットが遅刻したことはない。

 

……呼び方が変わったのは、単純にシャルロット自身が本当の正体を全員に明かしたから。本名を明かしたのに、いつまでも偽名で呼ぶのも失礼だし、あの日からずっと本当の名前で呼ぶようにしている。

 

さて、話を戻そう。特にシャルロットに関してはクラスでも指折りの優等生として通っている分、遅刻するのは考えにくい。

 

一夏も何だかんだで授業には遅刻しないで来ているし、入学から今まで遅刻も病欠もしたことはない。だから寝坊だとか、忘れ物を取りに戻った的な理由で遅刻することは無いと思ったんだがな。

 

 

「ん?」

 

 

何だ? 窓の外から機械音が聞こえるような気が……。

 

 

「……あの馬鹿共が」

 

 

ボソリと千冬さんが口を漏らしたとほぼ同時に、窓の外からはISを部分展開したシャルロットと一夏がダイナミック入室をかましてくる。

 

 

「ま、間に合った!」

 

 

時間としてはギリギリ、まさに間一髪滑り込んで遅刻は回避した。

 

ただし、遅刻は回避したものの、私用でISを展開した事実は変わらない。目撃者が俺たちなら口裏を合わせて誤魔化すことは出来ても、教師に見られてしまえば誤魔化すことは不可能。

 

いつもだったら全く問題なく、誤魔化しきることが可能だっただろう。

 

 

「おう、ご苦労なことだ」

 

 

二人にとっての唯一の誤算は、千冬さんの存在を頭に入れていなかったこと。いつもならこの時間帯、千冬さんや山田先生は居ない。だからいつもなら誤魔化すことが出来た。

 

今回はイレギュラーでたまたま千冬さんが居た。故に誤魔化すことが出来ない、それまでのこと。

 

千冬さんの冷静な怒りを感じさせない声に、二人の顔がみるみるうちに青ざめていく。これから起こりうる事象が容易に想像出来たんだろう。

 

そして二つの乾いた音が教室中に響き渡った。

 

 

「デュノア、敷地内でも許可されていないIS展開は禁止されている。意味は分かるな?」

 

「は、はい。すみませんでした……」

 

 

千冬さんからの説教にションボリと謝っているシャルロット。一方、一夏は未だに頭を押さえてその場にうずくまったまま動けないでいる。多少なりとも千冬さんも手加減はしているらしい。それはシャルロットだからであって、実の弟である一夏には容赦なしだ。

 

それより何より、普段から礼節を重んじ、規律違反などとは無縁そうなシャルロットが規律違反を犯したことに、クラスメートたちが驚いた表情を浮かべている。

 

シャルロットが進んで規律違反をするとは考えにくいし、考えられる線としては、遅刻しそうな一夏を助けるために……と考えるのが妥当か。

 

 

「デュノアと織斑は放課後教室を掃除しておけ。ただもし二度目をやらかした時は……覚悟しておけよ?」

 

「「はい……」」

 

 

絞り出すように了承し、凹みながら各々自分の席へとつく。それでも教室掃除だけで許してくれるのは、千冬さんなりの優しさかもしれない。

 

男女平等で容赦なく鉄拳制裁を食らわすなんて言われたりもするけど、こう見えて案外優しそうなところは優し……。

 

 

「お、織斑先生!! 角は反則じゃありませんか!?」

 

「何、下らんことを考える輩にはこれくらいが妥当の罰だと思ってな……!」

 

 

考えたことがばれて、俺にまで出席簿の制裁が下ろうとするも、間一髪白羽取りで出席簿の動きを止める。俺と出席簿の距離は僅か一センチほど、少しでも気を抜けばそのまま出席簿の固い角が、俺の顔面を直撃することとなる。

 

一夏とは違い、出席簿の角で叩こうとするのだから、なおタチが悪い。痛みに関しては、通常の面で叩かれるのとは雲泥の差だ。

 

 

「チッ……まぁ今回はこれくらいで許してやろう。だが私の前で下らんこと考えるな」

 

「わ、分かりました」

 

 

もう少し手加減してもらいたいところだが、口が裂けてもそんなことは言えないし、言ったら言ったで笑顔で出席簿を降り下ろされそうな気がする。

 

それでも護衛という枠組みを外れれば、俺だって普通の人間なんだから、手加減してもバチは当たらないはず。練習や鍛練の手加減は論外だが、ちょっとした悪戯くらいは目をつぶって欲しい。

 

 

「霧夜」

 

「……いえ、何でもございません」

 

 

ものすごい目で睨まれた。それこそ目付きだけで人を失神させんばかりの勢いで。

 

……ホームルーム中は考えるのをやめよう。

 

 

「確か今日は通常授業の日だったな。IS学園生とはいえお前たちも扱いは高校生だ。赤点など取ってくれるなよ」

 

 

一段落ついたところで、ホームルームが始まる。

 

IS学園とはいえ、毎日全ての時間でISのことばかりを勉強しているわけではない。通常の高校と同じように、一般科目の授業も存在する。

 

当たり前だが点数があまりにも悪ければ赤点になるし、仮に赤点を取ったら夏休みはほぼつぶれてしまったはず。中学時代はテストの二日前くらいになって必死に頭に詰め込んで、点数をとっていた思い出が強い。

 

それでもそこそこいい点数が取れたから、内容自体が簡単だったんだとは思う。覚える内容も多くないし、範囲もそこまで広いものでは無かったから二日前、最悪一日前に始動しても赤点を回避することくらいは出来る。

 

 

さすがにこの状況で一日、二日前から勉強する勇気はないし、ある程度点数を狙うなら最低でも一週間くらい前から始動した方がいいかもしれない。昔のノリでやったら痛い目みそうだし、悪い点を取ろうものなら目も当てられない。

 

 

「あぁ、それと来週から始まる校外特別実習期間だが、全員忘れ物などするなよ。三日間の短い期間だが、学園を離れる事になる。自由時間では羽目を外し過ぎないように」

 

 

来週からIS学園を離れて、校外実習を行うことになる。一端の高校生だから騒ぎたい気持ちも分かるが、IS学園の生徒としての自覚を持って欲しいのかもしれない。

 

千冬さんの口から出てくる言葉の全てが当たり前の内容であり、絶対に守らなければいけない内容だからこそ、言葉に出して注意換気をしているんだと思う。

 

それでもシーズン真っ只中の海の近くに宿舎があるともなれば、嫌でも皆のテンションは上がる。先週からクラスでは臨海学校の話で持ちきりだ。

 

水着は何が良いかとか、日焼け止めクリームはどうしようかとか、夜遊ぶための道具は何を持っていこうかとか。如何にも普通の学生らしい過ごし方だ。

 

勉強のためとはいえ、羽目を外したい時は外したくなる。

 

 

 

それでも、千冬さんは羽目を外すなとは言ってないから、多少のことは黙認するつもりでいるみたいだし。

 

ま、ともあれ個人的にも楽しみだったりはする。

 

 

「あの、織斑先生。今日山田先生はどうされたんでしょうか?」

 

 

ホームルームが終わるか否かという時に、後方から何人かは思っていたであろう疑問が投げ掛けられる。

 

いつもと違うと言えば朝のホームルームを始める時から千冬さんが居るということと、もう一つは山田先生が居ないということ。

 

朝のホームルームに山田先生が居ないことなんて今まで無かったし、何かあったのならそれはそれで心配にもなる。実年齢以上に若く見えることもあり、クラスメートからからかわれる事が多々ある先生だが、丁寧な授業の教え方はもちろんのこと、生徒としては親しみやすいが故に人気が高い。

 

先の実戦訓練の際の模擬戦を見て、その凄さを実感したものは数知れず。代表候補生二人を難なく倒した実力は未知数。そんな山田先生でも国家代表になれなかったというのだから、それだけ国家代表の壁が高いところにあることを示している。

 

全教師の中でも生徒たちから慕われている教師を選ぶとするなら、かなり上位に位置する先生だとは思う。

 

だからこそ唐突に山田先生が来ないという現象に、違和感を覚える生徒が多い。風邪を引いたんじゃないか、何か厄介事に巻き込まれたんじゃないか。様々な可能性が脳裏をよぎる。

 

 

「山田先生は本日、現地視察にいっているため不在だ。故に山田先生の担当している授業、及び業務は私が担当することになる」

 

 

なんてことはなかった。視察ってことは毎年場所が変わるのだろうか。毎年変わらなかったとしても先方に挨拶に行くことはあるし、今回が偶々山田先生の担当だっただけかもしれない。

 

視察とはいえ、生徒たちからすれば一人でも現地に行けるのは羨ましいと思えるもの。それぞれにザワザワと騒ぎ立て始める。

 

 

「えー! 山ちゃんだけ先に行ってズルい!」

 

「いいなぁ……絶対に温泉に浸かってるんだろうなぁ」

 

「くうぅぅぅ! 私ももう少し早く生まれていれば……!」

 

 

いや、それは違うだろと内心突っ込みたくなる。マジレスすることでもないが、楽しむためだけなら個別で休みをとって行けば良いだけの話。個人的に授業がサボりたいからといった願望の強い人間が何人かいるみたいだが、山田先生だって当日のスケジュールを円滑に回すために視察へと行ってるだけで、楽しむためではないはず。

 

なんて御託を並べてみたが、これで本当に温泉に浸かっていたら苦笑いしか出てこない。

 

 

「あー……お前ら少し静かにしろ。いちいち騒がれては埒が明かん」

 

 

千冬さんの鬱陶しそうな声に、ピタリとクラス内の喧騒が止む。話している生徒が居ないかを確認した後に、再度口を開いた。

 

 

「では、これにてSHRを終わる。一限目に遅れないよう、迅速に行動するように!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、食堂に行こう!」

 

「おう、分かった。分かったからまずは引っ付くのをやめなさい。歩きづらいから」

 

 

 午前中の授業を終え、昼休みを迎えたIS学園。ISの基礎知識の授業もそうだが、一般教養の授業も中々に苦痛ではある。数式に当てはめて、答えがこうなりますと繰り返し説明されても、同じ文言を聞いてるようにしか思えず、最終的には眠くなる。問題は違えどやっていることは同じだから、呪文を繰り返し呟かれているようにしか見えない。

 

そして卒業してからその知識を使うかどうかと言われれば、九割近い人間が使わないはず。無駄な知識と言えば無駄な知識なんだろうけど、学生である以上は性分として受けなければならない。悲しいことだ。

 

 

……で、腕をぐっと天井に伸ばし、食堂へ向かおうと立ち上がった俺に、誰よりも早く接近し引っ付いてくるのはラウラ。

 

クラス全員に謝罪をしてからというもの、雰囲気が幾分柔らかくなり、少しずつではあるもののクラスに溶け込んできている。

 

元々のキツい性格さえなければ、年下の妹を持ったような可愛らしさがある。同世代に比べるとやや常識知らずな部分があり、更に三日前に堂々たる宣言をされてしまったせいで、すっかりと妹キャラが定着してしまっている。

 

 

「ボーデヴィッヒさん、本当に変わったよねぇ」

 

「霧夜くんって、実年齢より大人びて見えるから本当の兄弟のみたいだよね」

 

「あーあ。私も霧夜くんの妹になりたいなぁ」

 

「まだよ、まだお近づきになるチャンスはあるわ!」

 

 

 基本的にラウラの起こす行動は、ラウラさんだし仕方がないかくらいにしか思われていないようで、大体何をしても許されてしまっている現状だったりする。

 

そのせいでラウラが俺に引っ付いてきたところで、異性の対象としてはとらわれず、また兄妹のじゃれあいが始まった……的な微笑ましい眼差しで見られるだけだ。

 

ラウラとしては俺のことを異性として好いているというより、兄妹のスキンシップの一貫としてやってる節が強い。本当の兄妹でもやらなさそうなことを。

 

故にタチが悪い。

 

本人が無意識にやっていることほどタチの悪いことはない。

 

 

やってることのベクトルが高すぎて、アニメの世界にでも入り込んだんじゃないかと何度思ったことか。年頃の兄妹が一緒にお風呂に入ろうとするだとか、手を繋いで歩くだとか、人目憚らず抱きつくとか、完全に二次元の世界過ぎてついていけない。

 

端から見たらラウラがただのブ○コ○にで、俺がスキンシップを嫌がっている兄的な風に見えるんだろう。昔ならともかく、決してラウラのことは嫌っている訳じゃないし、可愛い奴だとは思うけど……どうにも接し方がよく分からない。

 

姉は義姉がいるが実の妹が居る訳じゃないしどうしたものか。

 

ただこれだけ健気に懐いてくれるところを見ると、無下になんか出来ないから悩みの種となっている。

 

 

「むう……こんな時はラウラの積極さが羨ましいな」

 

「天然って凄いですわね。とはいっても、一夏さんに飛び付くなんてしたくても出来ませんし……」

 

 

一部はラウラの性格を羨ましがる者もいる。

 

一夏のことを想う気持ちは偽りがなくても、それを行動に移せた人間は居ない。

 

あぁ、シャルロットは一夏と一緒に風呂に入ったんだっけか。そう考えると現時点でのアドバンテージはシャルロットが一歩リードだな。素直になれない点で大きく負けてしまっている篠ノ之、セシリア、鈴の三人に比べ、自身の感情をはっきりと伝えられ、上手く立ち回れるシャルロットは抜け目なくアプローチをかけれている。

 

最も、一夏がシャルロットの行動をどう思っているかは俺にも分からん。ただあまり進展自体は無いとは言い切れる。

 

 

「あ、あの大和くん! 私も一緒に行って良いよね?」

 

「え、あぁ、もちろん……ってこら、ラウラ。少しは落ち着けって、人の手を勝手に引っ張るなよ」

 

「む……そうか。『お姉ちゃん』を置いていく訳には行かないな」

 

 

変わったことと言えばもう一つ。

 

何故かラウラがナギのことまで『お姉ちゃん』と呼ぶようになったこと。

 

ラウラとは何の関係もなかったナギがどうしてお姉ちゃんと呼ばれるようになったのか、理由としては至極単純なものだったのだが、単純すぎて恥ずかしいからまだ誰にも言っていない。

 

一夏を始めとしたクラスメートたちには、ラウラが謝った時に真っ先に過ちを許して、手を差し伸べてくれたことに感動し、尊敬の意味も込めてそう呼ぶようになったんじゃないかと伝えてある。

 

あくまでクラスメートたちには、自分はどうしてラウラがそのように呼ぶようになったのか分からないと伝えてあるが、本当の理由に関してはもう一度言うけど、恥ずかしいから言いたくない。

 

うん、言えないんじゃない。言いたくないんだ。

 

分かるかこの気持ち?

 

 

「さぁ、お姉ちゃんも早く行こう!」

 

「わっ……ちょっ、ちょっと待ってよボーデヴィッヒさん!」

 

 

俺から離れて今度はナギの手を握り、教室の外へと駆け出そうとする。忙しなく走り出そうとする姿に、慌ててナギが着いていく。もはやラウラには目の前のことしか見えておらず、一番最初に誘われたはずの俺は完全な置いてけぼりを食らった。

 

二人の後を追うように、俺は教室を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――正直、俺のことをお兄ちゃんと呼ぶようになった経緯が不明確なのは別として、明らかにラウラの心情には変化が現れている。それも俺が思っている以上のスピードで。

 

一般常識が多少飛んでいるのは、今まで一般常識を自ら学んで来なかったからであり、そこは少しずつ軌道修正していけば大丈夫だろう。

 

 

「手の掛かる厄介な妹を持っちまったな……」

 

 

どこぞのヤレヤレ系主人公が吐きそうなセリフを浮かべながらも、手を焼いてしまう自分が居る。

 

兄……か。

 

 

意外に悪くないかもしれない。

 

そんなある一日だった。


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