IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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明かされる真実

 

 

 

 

 

「おいおい。いくら何でもそのイレギュラーは聞いてねえぞ……」

 

 

 目を覆いたくなるような光景だ。シャルルと戦っていたボーデヴィッヒが耳を(つんざ)くような悲鳴をあげたかと思えば、紫電と共にボーデヴィッヒを禍々しい黒い物体が取り込もうとしていく。

 

黒い物体は恐らく元々はシュヴァルツェア・レーゲンだったものか。見る影もないほどに変形したそれは不気味と言い表す以外に無かった。何が起きたのか分からずに唖然と立ち尽くす俺たちをよそにボーデヴィッヒを取り込んでいく。

 

必死にもがいて逃げ出そうとするも、赤子をあしらうかのようにそれを上回るスピードで取り込む様子は、弱肉強食の世界を体現しているようにも見えた。

 

ISが変形して操縦者を取り込むなどと、そんなイレギュラーがあるのかと心の底では思いつつも、事態を冷静に分析している時間は残されてないと判断して黒い物体から距離を取ろうとする。

 

 

「ああああああああああっ!」

 

 

悶え苦しむボーデヴィッヒの姿に、思わず目の前の光景から目を背けたくなる。あれがもし自分だったらと思うと、想像もしたくもない。

 

既に学園側は事態を把握し、生徒たちの安全を守るため、アリーナの表面ガラスのシャッターが降り、アリーナ内と観客席を隔離する。

 

これでは迂闊に近寄ることも出来ない。何にしても相手の実力は完全な未知数、IS変形した姿であるはずなのに、この現状を見る限りでははっきりと言い切ることは出来なかった。

 

正直、ボーデヴィッヒの専用機に何らかの仕掛けが施されていたとしても、黒い物体がシュヴァルツェア・レーゲンだとは思えない。変形するにしても度が過ぎている、じゃなければアリーナと観客席を隔離することはしないだろう。

 

学園側は異常事態だと認識したことになる。これではトーナメントどころの騒ぎじゃないのは事実、無人機襲来の時のように、放っておけば必ず脅威の存在になるのは誰の目に見ても明らかだった。

 

 

「シャルル。ISが原型をとどめないレベルで変形することなんてあるのか?」

 

「ううん。一次移行(ファースト・シフト)する際に若干姿形が変わることはあるけど、原型を留めないなんてことはあり得ないよ!」

 

「とはいっても、目の前の事態は楽観視出来るような問題じゃないよな」

 

「でも、一体何が起こってるのか僕にもさっぱり……こんな光景今まで見たこともないからさ」

 

「逆に何回も見ていたら、それはそれでこえーよ。ISの安全性を疑うレベルだ」

 

 

ジョークを交わしつつも、全く笑えない事態であるのは事実。何百時間とISを乗り回しているシャルルが断言するのだから間違いない。

 

シャルル自身もまさかのイレギュラーに信じられない表情を浮かべながら、黒い物体を見つめる。本来なら黒いISと言いたいところだが、残念なことにもはやISの面影もない。面影の無い物体を、ISと呼ぶには無理がある。

 

 

「……?」

 

 

 僅かながら小さく呼び掛ける声が聞こえる。消え入りそうなほどに小さな声ではあるが、確かに何処かから呼ばれた。キョロキョロと周囲に視線を張り巡らせるも、誰かが口を開いた様子はない。

 

一夏とシャルルを確認するも二人とも声を発した様子はなく、目の前の事態に釘付けになっているように見えた。声を発していないだけではなく、二人には声が聞こえなかったことになる。もしくは声こそ投げ掛けられているものの、小さすぎて聞こえなかっただけか。

 

他にあるとすれば俺だけに聞こえている、もしくは俺が単純に空耳を聞こえたと勘違いしたかのどちらか。可能性としては後者の方が確率が高いのは事実、だが間違いなく俺の耳に声が聞こえた。

 

生憎人の声と空耳を間違えるほど俺の耳は腐っちゃいない。

 

もう一度耳を凝らして呼び掛ける声の正体を突き止める。もっとも、再度同じ声が聞こえてくるとは限らないが聞こえてくる可能性だってある。声の正体を探るべく先ほどよりもより注意深く、全方位に意識を張り巡らせながら声を探る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『た、す……け、て……』

 

「……ボーデヴィッヒ?」

 

 

今度ははっきりと声が聞こえた。

 

やはり空耳ではなく、人間が発した声に間違いはない。だが問題なのは人間が発したか、空耳だったのかということではなく、その声の主。声色から声の主を断定して何気なく呟く。当の本人は目の前の黒い物体に取り込まれながらもがき苦しんでいる。

 

 

「えっ? ボーデヴィッヒさんがどうかしたの?」

 

「あ……いや、特に何がってわけじゃないんだが……」

 

 

 隣にいるシャルルも急に人の名前を呟いてどうしたのかと、不思議そうに顔を覗き込んでくる。シャルルの反応から疑問は確信へと変わる。今の声は聞き取りずらいものの音ではあるものの、誰かが声を発したと十分に認識できる大きさのものであるのは間違いない。

 

普通に声を飛ばしたのであればシャルルも声が聞こえていたはず、しかしシャルルは全くの無反応だった。

 

つまりシャルルには想像通り、ボーデヴィッヒの声は届いていない。となれば個別に個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)を使って飛ばしてきていることになる。

 

俺たちが呆気に取られている間に、ボコボコと不気味な音を立てて黒い物体が徐々に形を成していく。

 

 

「雪片……千冬姉と同じじゃないか……」

 

 

 ぼそりと呟く一夏の言葉に釣られ、形成されていく黒い物体に握られているものを凝視する。雪片といえばかつて千冬さんが振るったであろう武装だったはず。

 

現に試合を直接見たわけではないため、俺にはそれが本当であるかどうかは分からないが、一番間近で見て来た一夏が言うのだから間違いないだろう。

 

言われてみれば先ほどまで戦っていた際には、今握られている武器を展開することは無かった。

 

全身装甲のIS……だけど先月アリーナを襲撃した無人機とはまるで似つかない何か。そして現役時代に千冬さんが使っていた武器を展開する姿。ISの形をしたISではないもの。いくら形成された姿とはいえ、不気味な存在である事実は変わらない。

 

先月の襲撃事件と違う点は、目の前のISのようなものに人が搭乗している点くらいだ。

 

とりあえず、下手に相手をするのも実力が未知数な分危険だし、一旦後ろに下がって体勢を立て直すことにしよう。俺は開放回線(オープンチャネル)で二人に指示を投げかけようとした。

 

 

「二人とも、ここは一旦「俺がやる……」―――は?」

 

 

 瞬間に一夏から通信が入る。雪片を中段に構え、切っ先を黒いISへと向ける。今の一夏にシールドエネルギーはほとんど残されていない。小突けばエネルギーは無くなるレベルまで弱っている状態で、正体不明、実力も未知数な相手に挑むなど無謀以外の何物でも無かった。

 

一夏の動きが完全に静止した瞬間、形成を完了したISが一夏の懐へ飛び込んだ。

 

 

「ぐうっ!!?」

 

 

 一瞬のことに全く反応できず、横へと薙ぎ払われた一撃で、一夏の体と手に持っていた雪片が弾き飛ばされる。既に雪片は弾き飛ばされた後で、一夏には防御する手段が残っておらず、完全な丸裸同然の状態になっている。

 

この状況で下手に連続して攻撃を食らえば、一夏の白式は強制的に解除され、生身の状態でフィールドに投げ出される形になる。

 

 

「あの馬鹿……っ!!」

 

「あ、大和!!」

 

 

 言葉を発する前に体は動いていた。シャルルの静止を振り切り、一夏の元へと駆けていく。だが俺が動いた時には既に遅く、続けざまに縦に振り上げた刀を、一夏へと振り下ろした。

 

直撃を防ごうと腕をクロスし、最低限の衝撃で抑えようとするも、振り下ろした攻撃は薙ぎ払った一撃よりも遥かに高い攻撃力を持つ。後ろに吹っ飛ばされると同時に、一夏の白式は強制的に解除された。

 

 

「おい一夏! 無茶するんじゃねぇ!!」

 

 

地面に座り込む一夏の左腕からはジワリと赤い血液が滲み出てくる。シールドエネルギーが底をついたせいで絶対防御が発動しなかったんだろう、むしろこのくらいで済んでよかったと前向きに考えるべきかもしれない。

 

 

「……からどうした」

 

「……?」

 

「だからどうしたっ!!」

 

 

 戦う手段が何一つ残されてないというのに、勢いよく立ち上がると、猪が目の前の獲物を追うかのように一直線で黒いISへと向かっていく。

 

一夏の瞳からは明確な怒りが感じ取れたが、自分自身の不甲斐なさに怒っているのではなく、目の前にいる黒いISに向けられているものだった。

 

猪突猛進という言葉が一夏には似合うだろう、俺が放っておけば一夏は間違いなく死ぬ。生身の人間が全身装甲のISに立ち向かうすべなどない。

 

熟練のIS操縦者ならまだしも、乗り始めて数カ月の一夏が対抗できる術を持っているとは到底思えない。あくまで一夏は普通の人間だ、鍛え方も違うし、限度だってたかが知れている。

 

このまま一夏を突っ込ませることは簡単だが、ここで死なせるわけにはいかない。これがその場限りの任務であれば情など何もないけど、数少ない友達だ。

 

 

 

―――だからこそ、全力で止める。仕事人としての俺ではなく、一個人の俺として。

 

黒いISを殴ろうとする一夏に急いで接近すると、肩を掴み強引に進行方向とは反対側へと引き離す。

 

 

「うわぁっ!!?」

 

 

多少力加減を間違えたようで、一夏は背中から地面に落ちる。本来ならすぐに謝っているところだが、事態が事態なだけに謝っている暇は無い。標的を一夏から俺に移すことで、相手に俺を察知させる。

 

どうやら無防備な一夏より、残った三人の中で最もシールドエネルギーを多く残した俺に標的が移ったようで、黒いISはゆっくりと顔を俺の方へと向ける。

 

無機質な表情が何とも憎たらしい。いや、細かなパーツは一切無いから表情と言い表すのは違うかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「……よう、出来損ない。お前の相手は俺だ」

 

 

挑発ぎみに声を掛けると、俺の声に呼応するかのように雪片を上段に構え、一気に俺の元へと踏み込んでくる。見たことのあるような太刀筋に体が反応し、刀を縦に構えて攻撃を防ごうとする。

 

見たことがあると感じるのも無理もない。ついさっき一夏へ行った攻撃と全く動作が変わらなかったのだから。いくら動きが洗練されていたとしても、来ると分かっている攻撃を対処するのは難しいことではない。これが連続攻撃なら話は別だが、相手の動きを見るからに連続攻撃では無いようにも見える。

 

 

刹那、ズシリとした重たい感触が刀を握った両手にかかる。

 

 

「……のやろう。やってくれるじゃねぇか」

 

 

攻撃を見切ったにしても、相手の攻撃を受け止めればこうなる。一撃一撃が重く、手加減らしい手加減は一切無い。中にはボーデヴィッヒがいるが、彼女の意思とは別に黒いISが動いているのかもしれない。

 

 

「しっ!!」

 

 

 受け止めた攻撃を弾き飛ばして懐に飛び込もうと地面を蹴る。相手は既に次の攻撃モーションに移っていた。でかい図体をしながらも、動きだけは機敏らしい。

 

だが無人機と何ら変わらない生気が通っていない攻撃は俺からすれば何一つ怖くはなかった。

 

武器が、兵器が怖いのではない。それを扱う人間に、俺たちは恐怖して震え上がる。つまり今の黒いISがボーデヴィッヒの意思によって動いているわけではないと仮定すれば、ただ単にマニュアルにしたがって動いている工場にあるような機械と変わらない。

 

標的が作り上げる部品ではなく、動く人間に変わっただけの話だ。

 

 

「はぁっ!」

 

 

黒いISの返し刃による斬撃をシールドで受け止めると、そのままの勢いで無防備な胴体を刀で一閃。

 

 

「……手応えがない?」

 

 

 振り切ったはずなのに手応えがない。当たっているのは間違いないのだが、刀の柄から感じる妙な違和感に戸惑いを隠せなかった。手応えがないともなれば相手には攻撃が伝わっているはずがない。ダメージが無い状態で相手の懐にいるのは危険すぎる。

 

視線を直撃した部分に向けると、漆黒のボディには傷らしい後が全く残っていない。よって俺の攻撃は黒いISに一切通じていないことになる。

 

次なる反撃に備え、後ろへと飛び退くと同時に前を切っ先が通過する。一瞬、判断を迷えば攻撃を食らっていただろう。

 

 

「くそ! なんつー防御力してやがるんだ……」

 

 

 攻撃が通じないともなれば、下手な攻撃は自分の足を掬わせることとなる。俺がいくら攻撃したところで、相手には通じない。相手を無力化するには、一気に仕留められるだけの攻撃力が必要になる。

 

残念なことに、打鉄には最低限の標準装備のみで、防御力を貫けるほどの攻撃力を持ち合わせていない。出来るとすれば救援部隊が到着するまでの時間稼ぎくらいだ。

 

 

「い、一夏! ダメだよ! 危ないから離れてっ!」

 

「離せシャルル! あの野郎ふざけやがって、ぶっ飛ばしてやる!!」

 

「……まだ収まってないか」

 

 

 一夏が駆け出そうとするのを必死に引き留めようと後ろから羽交い絞めをかけているも、一夏の中では納得のいかない部分が大きすぎるようにも見えた。じたばたと体をバタつかせながらシャルルの束縛から必死に逃れようとする。

 

一発でもあの黒いISを殴るまで気を済まなさそうだ。とにかく何を怒っているのか、その理由に心当たりがないわけじゃないが、頭に血が昇っている状態の一夏を落ち着かせる方が先決。

 

ISで本気で一夏を羽交い絞めにしているから抜け出すことは出来ないはずだが、徐々に束縛するシャルルにも罪悪感が湧いてくるだろう。

 

一旦、一夏を落ち着かせるべく、背後の様子を気にしながら前線から退く。悔しいが打鉄の攻撃ではあのISを無力化出来ないのが事実。専用機さえ持っていれば……自分が無力であることに嘆きたいところだが、現実は何を言ったところで変わるわけではない。

 

どうやらあのISもこちらが攻撃態勢にならなければ攻撃を加えてこないらしい。そこは先月の無人機と非常に特徴が似ている。

 

 

「落ち着け一夏。何を怒っているのかは分からないけど、お前一人でどうにかなるような問題じゃないだろ?」

 

「んなこと分かっているさ! でも、あれは千冬姉だけのものなんだ!!」

 

「はぁ? 織斑先生の?」

 

 

 千冬さんの単語が出てくる時点で、一夏が黒いISの使う剣技に対して怒りを覚えているのは把握できた。そうは言っても、一夏がやろうとしていることはただの無謀な行動以外の何物でも無い。

 

ここで無茶をして得られるようなことは何一つないはず、それ以上に自分の命を危機にさらすことになるのは誰が見ても分かること。

 

周りの状況判断が出来なくなるくらい、一夏の怒りの感情が上回っていた。

 

 

「良いから退いてくれよ! いい加減にしないとお前らも―――」

 

「少し落ち着け! 今のお前が行って何が出来る。生身で飛び込んで、無様に殺されるつもりか? お前が居なくなって、悲しむのは誰だ。お前の行動はそこまで考えてのことなのか?」

 

「くっ……」

 

 

 感情任せに言い返すのではなく、落ち着いた口調で一夏のことを説得させる。一夏の怒りを静めることなど、本気で武力行使に出れば簡単に静めることは出来る。だが、それだと場は収まったとしても、結局は根本的な部分の解決には至らない。何故なら一夏は納得していないから。

 

一夏が怒る理由は十分に分かるが、一個人の感情に任せた行動は、時と場合によっては自身を滅ぼすことにもなる。だからこそ、卑怯だと思いながらも一夏にぐぅの音も出させないように言いくるめた。

 

ここで一個人の感情に任せてボーデヴィッヒの元へ突っ込むのと、一旦気持ちを落ち着かせて再度対峙するか。天秤にかければおのずと答えは出てくる。間違っても前者を選択するようなことはない。一夏も自分の不用意な行動で、周りを悲しませたくない思いがある。

 

 

「……ったく、お前は織斑先生のためなら地の果てまで追いかけそうだな」

 

「う、うるせーな。それに千冬姉だけじゃねぇよ。あんなわけわかんねー力に振り回されているラウラも気に入らねえ。どっちにしても一発殴ってやらないと気が済まねぇ」

 

「なるほどね。で、どうするんだ? 正直もう俺たちが手を出さなくても救援部隊が来て、事態を沈静化してくれるだろう。わざわざ我が身を危険にさらさなくても良いと思うぞ?」

 

 

 実際もうすぐ教師陣による救援部隊が来る。俺たちなんかより遥かにIS戦闘に長けているだろうし、これくらいならお手のものだろう。だからわざわざ無理をする必要もない、あえて一夏にどうしたいかを投げ掛ける。

 

仮に一夏が自分たちの手で何とかするのであれば、俺はそれに対して協力はするし、撤退するのであればそれもそれで選択の一つだから反対する義理もない。無茶をするべき場面ではないことは間違いないが、俺もあの馬鹿(ラウラ)を助けてやりたい。

 

 

「……違うぜ。俺がやらなきゃいけないんじゃない。俺がやりたいからやるんだ。他の誰かがどうかなんて知ったことか。大体ここで退いたら、それこそもう俺じゃなくなっちまう」

 

「青臭いな」

 

「うん。僕もその言い方はちょっとあれだと思う」

 

「んなっ!? お前らなぁ!」

 

 

あくまで自分の信念を貫きたいからか。納得させる理由としては不十分だけど、一夏だからと考えれば十分過ぎる理由かもしれない。

 

とりあえず笑い話はここまでにして、少し真剣な話に持っていくことにする。

 

 

「さて、笑い話はここまでだ。飛び込ませたいのは山々だが、無防備で突っ込ませることは了承出来ないぞ」

 

「で、でも白式を起動させるためのエネルギーはもう……」

 

 

一撃を食らった際にISが強制解除を食らったのは、もう一夏の白式には、エネルギーが残っていないため、全展開はおろか武器だけの部分展開も出来ない状態になっている。

 

俺の近接ブレードを貸そうにも重量がありすぎて、振り上げてから振り下ろすだけでも、相当な筋力を使う。常人にはISの補助がなければ振り下ろすことさえ困難なはずだ。

 

貸したところで使いこなせないのであれば、敵ISの格好の餌食になって終わる。振り上げている間に攻撃を食らって、再起不能になる未来が目に見えている。さすがにそこまで危険な行為は黙認しかねる。

 

他に方法があるかとずっと考えてみるものの、これといった方法が見つからずに頭を悩ませることしか出来ない。せめて少しでもエネルギーが残っていれば、もしくはエネルギーを分け与えることが出来れば。

 

そんな都合の良い話があるわけ……。

 

 

「それなら大丈夫。僕のリヴァイヴから直接一夏の白式にシールドエネルギーを回すから」

 

「そ、そんなことが出来るのか!? ならすぐやってくれ!」

 

 

あった。

 

予想外のシャルルの言葉に、思わず目を丸くしながらシャルルの方を向く。どこからかコンセントのようなものを出し、それを一夏の手首に巻き付けられているガントレットに差し込む。シャルルが合図を送るとコードが明るく光り出し、ラファールのエネルギーが送られていく。

 

 

「ただし!」

 

「え?」

 

「約束して、絶対に負けないって」

 

 

手を銃のような形にすると、シャルルはにこやかに笑いながら一夏に励ましのエールを送る。自分に残っている少ないシールドエネルギーを回すのだから、負けてもらっては困ると、そう言いたいんだと思う。

 

エネルギーを回せばラファールのエネルギーはゼロになり、シャルルは戦うことが出来なくなる。シャルルが戦えずに一夏も戦えないとなると、残されたのは俺ただ一人。

 

さっきもあったように打鉄の攻撃力では黒いISの装甲を突破することが出来ない。故に救援部隊にすべてを任せることになる。啖呵を切っておいて無様に攻撃を外したら、恥ずかしくて俺たちに顔向けできなくなるような気がする。

 

 

「もちろんだ、負けたら男じゃねーよ」

 

 

啖呵を切った手前、絶対に勝ってみせると断言する一夏。一夏から返ってきた言葉に、シャルルは再び女性のようなまぶしい微笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

 

「じゃ、もし負けたら明日から女子の制服で通ってね?」

 

「うっ、それは……」

 

 

シャルルの言葉に思わず一夏の表情がゆがむ。おそらく自分が女子の制服を着て登校する姿を、頭の中で瞬時にイメージでもしたんだろう。中性的な顔をしているし、制服の着方や化粧次第では化けないこともないけど、実際男の自分が女装をして登校するなど考えたくもない。むしろ考えたこともないはずだ。

 

シャルルがサラリと笑顔で言う辺り、確信犯にも思える。

 

 

「へえ。ならそこに化粧をするってオマケも付けたらどうだ?」

 

「あ、それ良いかも」

 

「あ、あぁ。良いぜ、負けることなんてないからな」

 

 

負けることは無いと言いつつも、一夏は顔を引くつかせる。負けた挙句に女子生徒しかいないIS学園に女装で登校なんて男からすれば地獄のような罰ゲームだ。

 

兎にも角にも、シャルルと俺の提案に納得すると同時に、シャルルのラファールが解除されエネルギーの移行が完了したことを告げる。

 

 

「これで完了。リヴァイヴに残っていたエネルギーは全部渡したよ。大和、一夏のサポートお願い出来るかな?」

 

「おう、お安い御用だ。一夏、全てはお前の攻撃に掛かっている。確実に当てろ、そのための隙ならば俺が必ず作ってやる」

 

「……助かるぜ、二人とも」

 

 

 エネルギーの移動が終わったガントレットを掴むと同時に一夏の周りを眩い光が包み込む。そして右手を天高く掲げると、右手を覆うように白式の腕部分の装甲だけが展開され、右手には雪片弐型が握られていた。

 

零落白夜を使うことを考えると、シャルルのエネルギーだけでは右腕の部分展開が限界だったみたいだ。

 

むしろ想定内。一夏を如何に安全にボーデヴィッヒの懐に飛び込ませるか。黒いISは俺たちの攻撃を感知し、行動する。標的が一夏に向いてしまうと危険なため、一旦俺が飛び込んで相手を引き付ける。

 

その隙に一夏が全エネルギーを使った零落白夜を叩き込む。部分展開とはいえ、攻撃力は通常の零落白夜と何ら変わらない。

 

一発クリーンヒットさせれば、必ず勝機を見いだせる。

 

俺に与えられた使命は一夏を守り通すこと。何が何でも、一夏を守り切ってみせる。

 

 

「やっぱり、残りのエネルギーじゃ武器と右腕だけで限界だね」

 

「いや、これだけあれば充分さ」

 

 

切っ先を黒いISへと向けると、ただならぬ雰囲気を察知したのか、こちらへと向き直る。

 

 

 

 

 

 

「一夏、ちょっといいか?」

 

「何だ?」

 

 

 作戦の前に一言、どうしても一夏に伝えたいことがあった。柄じゃないのは分かっている、自身に今の立場を言い聞かせる意味合いもある。

 

またそれとは別にこの場限りで、もう一人救い出したい奴がいる。どうしようもないほどの不器用で、自身の感情を上手く表せない奴だけど、俺や一夏、シャルル……みんなと同じ、たった一つのかけがえのない存在であり、命だから。

 

俺自身の我儘になるかもしれない、俺には何より一夏を守るという優先すべき任務があるというのに、今だけはそれ以上に優先したいことがある。護衛失格だと、私情を挟む自分に嫌気がさしてくる。

 

 

 

「―――俺の身を挺してでも、お前をISの懐に飛び込ませる。だからお前も、俺を信じてくれ」

 

「何を今更。お前が言ってくれるほど、信頼出来る言葉なんてねーよ!」

 

「……そう言ってくれると助かる」

 

 

嫌気がさす大元の理由は私情を優先することではない。

 

今、目の前にいる人を、自身の力で救うことが出来ない自分の無力さに対してだ。

 

俺がどれだけ頑張ったところで、黒いISの無力化出来る一撃は持っていない。立ちはだかるISを倒すことに間接的にではあるものの、一夏を利用しようとしている自分を本気でぶん殴りたくなる。どうして数少ない友人を、わざわざ危険な目に合わせようとするのかと。

 

だからこそ、全幅の信頼を寄せてくれる一夏に、俺は応えなければならない。

 

 

 

 

()()()を救ってもらう代わりに、俺はこの命を懸けてでも一夏を守り抜くことを。

 

 

 

 

 

「零落白夜……発動!」

 

 

掛け声とともに、一夏の刀身には青いエネルギー刃が出現し攻撃の準備が整った。

 

 

「……準備は良いか? 相棒」

 

「あぁ、いつでも」

 

「なら―――行くぞ!!」

 

 

俺の合図と共に一斉にその場を駆け出し、黒いISと交戦状態に入る。向こうも俺たちの接近に気付き、刀を構え直すと、一直線にこちらへと向かってくる。

 

俺が先頭に立ち、一夏に攻撃の矛先が向かないように注意を向けながら、迫りくるISの動きを凝視する。今度は一対一ではなく一対二だ、数だけなら俺と一夏が優勢だろう。

 

黒いISは俺の接近に合わせて刀を縦に振り下ろしてくる。

 

 

「はっ!」

 

 

刀を上空に向けて一閃し、相手の刃を弾く。それでも相手には怯みらしい怯みは無く、返し刃で再度俺の体を薙ぎ払おうとしてきた。

 

 

「二度も同じ手を食うかよ!!」

 

 

 迫りくる攻撃を弾かずに、刀で受け止める。先ほどよりも更に重たい衝撃が握っている刀越しに俺へと伝わってくる。攻撃を直で受け止めようとすれば痛いに決まっている。

 

だが攻撃を弾いたところで、すぐさま次の行動に移られて反撃を食らうのが目に見えている。それなら次の反撃に移らせないように、わざと刀で受け止めた方が隙を作りだすことが出来る。一瞬の痛みと、敗北を天秤にかけたら多少の痛みを我慢することなんて容易い。

 

攻撃を刀で受け止めたことで、刀を握る手にジワリと赤いシミのようなものが出来る。相手の攻撃を無理に受け止めたせいで衝撃が直に手に伝わっているのかもしれない。

 

 

 

……だがこれで隙は作れた。ハイパーセンサー越しには背後から飛び込んでくる一夏の姿が確認出来る。黒いISは俺が刀を受け止めているせいで、次の攻撃の動作には移れない。つまり完全な無防備の状態を作り出すことに成功したのだ。

 

雪片を高々と振り上げた一夏は、勢いそのままに一直線に振り下ろす。

 

 

「今だ一夏!!!」

 

「はぁぁあああああああああ!!!」

 

 

―――一閃。

 

零落白夜が直撃した黒いISは紫電を発しながら、巨大な体が崩れ始める。刀に込められた力が和らいでいくことが、ISの無力化に成功したことを証明する何よりの証拠だった。

 

 

「おっ……と」

 

 

 胴体部分が真っ二つに割れ、中から衰弱したボーデヴィッヒが顔を覗かせる。付けている眼帯は外れており、薄く開けられたまぶたの奥には、金色に輝く瞳が見えた。眼帯を外したボーデヴィッヒの表情を見るのは初めてだが、それによってこちらも得るものがあった。

 

今の表情を見るだけでは、敵意をむき出しにしていた頃の行動が到底信じられない。自分を捨てないでほしい、見捨てないでほしいと強く訴え掛けるようにも見えた。

 

体を預けるように俺の方へ倒れ込んでくる。流石に犬猿の相手とはいえ、抵抗する力は既に残っていなかった。一瞬俺の方へと視線を向けると、安心したかのように瞼を閉じる。

 

 

「大和! ラウラは無事なのか!?」

 

「あぁ、特に目立った外傷はない。とはいっても、一旦保健室に運んだ方が良いだろう。まぁ、後のことは教師たちに任せようぜ」

 

「それもそうだな。……にしても、気を失った表情だけ見ると、普段の行動が信じられねーな」

 

 

本当に一夏の言う通りだ。もし助けてもらって生意気なことを言って来るのであれば、文句の一つでも言い返してやろうと思ったけど、ボーデヴィッヒ表情を見るとそんな気は彼方へと消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ったく、どこまでも迷惑を掛けてくれたもんだ―――この、大馬鹿野郎」

 

 

 

 

 

 

 

俺の腕の中で眠るボーデヴィッヒに向けて小さな声で呟く。果たして俺の声が聞こえているのか、聞こえていないのか、それは本人しか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何故だ……どうしてお前はそれほどにまでに強い?』

 

 

 白い空間に一人佇むラウラは、目の前に見える後ろ姿に向かって投げ掛ける。代表候補生でもなければクラス代表でもない、ましてやISを稼働させてから日も浅い男がどうしてこれほどまでに強いのか。

 

敵意をむき出しにして食ってかかった相手に、助けられたともなれば何も言い返せなくなる。むしろラウラ自身が恨まれる対象になったとしても不思議ではないのに、何故自分を助けたのか。自分と進んでペアを組んだことといい、ますます霧夜大和の人物像が分からない。

 

ラウラの問い掛けに対してしばらく後ろを向いたまま黙っていた大和だが、少しばかり考え込んだ後にラウラに答えを返す。

 

 

『……俺はお前が思うほど強くないよ。俺なんてまだまだ、人一人守れないような弱い人間さ』

 

 

淡々と大和は答える。

 

大和の返答に、気持ちムッとしながら表情を歪ませた。ラウラにとっては理解しがたい内容だった。代表候補生であり、一ドイツ軍人である自分は、IS学園の生徒にIS戦闘で遅れをとるとは思わないし、生身の戦闘でも常人なら容易に組伏せる自信がある。

 

第三者の力を借りたとはいえ、自分の暴走したISを止めたのだ。生半可な実力じゃ止められない上に、制御状態に無いISに挑めば、下手をすれば命を落とすことだって考えられる。ラウラとは別の意思で動いていたのだ、加減など微塵も無かっただろう。

 

自身の生命が脅かされるかもしれない強敵に立ち向かう強靭な精神力。生身では軍人の自分をいとも簡単にあしらえるほどの戦闘力。少なくともただの人間だとは考えにくい。

 

 

 

ラウラの中で結論として出せたことがある。

 

―――大和は間違いなく、自分よりも強い存在であると。

 

 

だというのに返ってきた答えはラウラの思っていたこととは真逆の答えだった。自分は弱い存在であるという言葉がラウラの心に突き刺さる。いつものラウラなら激昂していたことだろう、私のことをなめているのかと。

 

ただ言い返そうとは思わなかった。

 

 

『弱い? お前がか?』

 

 

大和へとラウラは確認の意味を込めて言葉を返す。

 

 

『あぁ。むしろこの世で全てにおいて強い人間なんていないと思うな』

 

 

振り返りながらラウラに問いかける大和の表情は、ラウラが今までに見たどの表情よりも穏やかだった。そして自分のことを考えて話し掛けてきていることが読み取れた。

 

 

『俺もそうだし……そうだな、千冬さんもそうだと思うぞ』

 

『教官が……?』

 

 

意外な人の名前がそこで出てきた。大和の言葉に目を丸くしながら、ぱちぱちと何度もまばたきを繰り返す。今この場で大和が千冬の名を口にしたのもそうだが、何より自分が全てにおいて理想だと思っていた人物の名を、何の迷いもなく強い人間ではないと口にしたからだ。

 

ラウラの中では尊敬された人間を馬鹿にされた怒りはなく、驚きしかなかった。

 

 

『人ってのは弱味を知られたくないから強がる。仮に自分が上に立つ人間であれば、より弱味なんて見せないだろうな。お前の見ている千冬さんは確かに強かったかもしれない、でも千冬さんのプライベートを見たことはあるか?』

 

『そんなもの……』

 

 

見ているに決まっていると返そうと思った瞬間に言葉が出なくなる。

 

軍事教官としての千冬は誰よりも強く、そして尊敬できる人間だった。自分以外の人間にも尊敬の眼差しを向ける者は大勢いる。少しでもお近づきになろうとする者を、鬱陶しそうに追い返していた姿をよく見た。

 

ラウラの中では千冬という人物は自分の目指すべき、尊敬すべき人。この人のように強くなりたいと思っていたのは間違いない。

 

 

……なのに千冬のプライベートのことを聞かれると、何も答えられない。

 

何故だ、千冬のことは誰よりも知っているはずなのに。誰よりも近く、誰よりも熱心に教導を受けていたのにどうして。

 

千冬が自分のことをどう思っているのか、普段どのようなことを考えているのか。分かることが一つも無い。初対面ではないから知っていることもあるはず。

 

 

ラウラが見ているのは教官としての千冬であって、一個人としての千冬ではない。彼女が知っているのは教官としての千冬だ。

 

休みには千冬が何をしているのか、訓練が終わった後、どのような過ごし方をしているのか、肝心な一個人としての千冬の生活を見たことなど、当時のラウラは一度も見たことがなかった。

 

好きな食べ物は、趣味は、異性タイプは。

 

頭の中でいくつもの質問がぐるぐると回る。そのほとんどを答えることが出来ない……否、分からない。千冬のことを分かっているつもりが、何一つ理解出来ていなかった。

 

何気ない質問に答えることが出来ず、下を俯いたままうなだれるラウラ。

 

表面だけを見て全てを知った気でいた。だが現実はこれだ。千冬の思っていることはおろか嗜好品や生活も分かっていない。これでよく、誰よりも千冬を知っているなどと胸を張れたものだ。

 

人として恥ずかしいと思うあまり、大和と顔を合わせられない。ラウラのことを見つめ、どこか苦笑いを浮かべながら言葉を続ける。

 

 

『……話を戻すぞ。全てにおいて完璧な人間なんて居やしない。誰もが弱い部分を持っている』

 

『……』

 

『俺だって弱い存在だ。だからこそもっと強くなりたい。それでも力だけを求めていたら、間違いなくその力に飲み込まれる』

 

 

純粋な力だけを求めた者はいつかその強大な力に飲み込まれる。だからこそ、同時に強くならねばならない部分が人間には存在する。

 

今のラウラはまさにそれだった。純粋に勝つための力を求めたからこそ、その強大すぎるほどの力に飲み込まれた。強くありたいと願ったからこそ、自分でも制御出来ないほどの力に負けた。

 

皮肉と言えば皮肉かもしれない。だが今回の件で力を己の為だけに求めようとしたらどうなるかは、今回の一件を経て十分に理解しただろう。

 

 

『強さってのは自分がどうしたいか、どのようにありたいか。自分の信念みたいなものだと思っている。だから逆にそこを考えられない奴は強くなる為の土台すらままならないってことさ。当然ガタガタの土台で強くなれるわけがない。もし仮に間違った強さを求めようとすれば……』

 

 

力を制御出来ずに自分自身が飲み込まれる。頭の中で再度繰り返し呟く。

 

 

 

『間違った考え方をしなければ強くあろうとすること、誰かを目標にすることは悪いことじゃない。現に俺も尊敬する人、目標にしている人はいるしな』

 

『そう……なのか?』

 

『あぁ。土台っていうのは道を踏み外さないようにするための礎。その礎を築くには身体以外に強くならないといけない部分がある。どこか分かるか?』

 

『……』

 

 

大和の質問の意図は分かる。ただ意図が分かるだけで、答えまでは分からない。千冬に少しでも近づくために、体を鍛えること頭脳を磨くことなどの純粋な力を求めていたラウラにとって、それ以外に鍛える部分など到底見当もつかない。

 

答えが分からないまま、しばらく沈黙を貫くラウラ。大和も一言も話そうとしない。答えが分からないまま時間だけが経っていく。

 

 

『分からないならいい。解答は人それぞれだし、自分なりの答えを自分自身で導き出せばいい』

 

『あ……』

 

 

答えられないままでいると先にラウラの様子を悟った大和が二言ほど告げると、今度はラウラに背を向けたまま反対方向へと歩き去ろうとしてしまう。とっさに手を伸ばそうとするもその手が大和に触れることは無かった。自分の意志とは逆に体が思うように動かない。

 

更に視界がぼやけ、大和の姿が歪み始める。ここはどこなのか、夢でも見ているというのか。夢だったとしても夢とは到底思えないほど、リアルな光景にラウラは何を信じていいのか分からなくなる。

 

 

『まぁ、あまり深く考え込んでも仕方ない。固いことばかり考えていたら楽しいはずの人生もつまらなくなっちまう。もう少し素直になっても、人を信じてみても良いんじゃないか?』

 

『楽しい人生……』

 

『あぁ、思っている以上に捨てたもんじゃ無いと思うぞ。強さを求めるだけじゃなくて、たまには別のことに羽を伸ばしてみるのも良いだろ』

 

 

同い年だというのに大和の言葉はまるで人生の先輩にでもアドバイスをされているかのように、重みがあった。

 

別のことに羽を伸ばせと言ったのは、今までとは別に年頃の女性らしいことに手を伸ばしてみるのも良いんじゃないかといった内容を揶揄したものだろう。しかし今まで戦いの中を生きてきたラウラにとって、楽しい人生とはどう過ごせばいいのか分からない。

 

 

『……仮に今度お前が途中で道を踏み外しそうになったら』

 

 

少しばかり間を開けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――俺が踏み外さないようにお前を支えてやるよ』

 

 

大和が最後に一言を告げた後、ラウラの視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

目を開けた先に飛び込んできたのは白い天井だった。体に掛けられた布団がほんのり暖かい。既に先ほどの光景はどこにも残っておらず、ようやく夢の世界のことだったのだと認識する。

 

 

「よう、起きたか?」

 

「お前は……ッ!」

 

 

足元から聞こえた声に、返事をしようと体を起こしていくと、体の節々に痛みが走る。激しい訓練をした後のように身体中が重い。途中まで腹筋の要領で起こした体を、再びベッドの上に倒す。懐かしい感覚だ、体の至る部分が打撲しているのだろう。

 

無理に体を起こそうとしても体が痛むだけなのは目に見えている。少しだけ上体を傾けさせて、頭部側の壁に頭を寄り掛からせて体を支える。改めて大和のことを見ると、手には授業で使う参考書が握られていた。自分がベッドで寝ている間、ずっと勉強をしていたのだろうか。

 

自分が意識を手放してから既に数時間は経っている。外は夕焼けの影響もあってほんのりと黄金色に染まっていた。

 

 

「あまり無理はするなよ。そこまでひどくないけど、体の至る部分を打撲しているみたいだから」

 

「大丈夫だ。これくらいなら何てことはない」

 

「そうか」

 

 

 参考書を閉じて机の上に置き、椅子から立ち上がると半開きになっていたカーテンに手を掛けて開く。室内に夕日が入り込み、先ほどよりも明るい光が保健室を照らす。床にはベッドにもたれ掛かるラウラの影と、窓から外の景色を眺める大和の影が映し出される。会話の無いまま、保健室には時計の秒針が時を刻む音だけが響く。

 

 

「俺が保健室に居たのは意外だったか?」

 

「あぁ。完全に恨まれていると思っていたから……」

 

「……正直な話、鈴やセシリア、それに全く関係の無いナギにまで手を出したことを許せってのは都合がいい話だ。下手をすれば命に関わっていたしな」

 

 

淡々と言葉を続ける大和だが、その一言一言がラウラに重くのし掛かってくる。冷静な今だからこそ判断が出来る、自分のした愚かな行動。一人の軍人、人間として絶対にやってはならないことを平気で行ってしまったことに対する罪悪感が押し寄せる。

 

ラウラのしたことが大和にとって許せない行為であるのは間違いないが、今の大和に怒りの感情は感じられない。隠しているかもしれないが、大和の性格を考えるとそれは考えずらい。

 

罪悪感と共に押し寄せてくるのは安心感。あの時大和が介入していなかったら、どうなっていたのだろうか。大和の話すように下手をすれば命に関わっていたに違いない。人を殺めたことがないわけではない、自分とて軍人だ。戦場に立てば嫌でも人を殺めることはある。

 

ここはIS学園。ISという兵器を学ぶ場所であり、戦場ではない。当然人を殺めることは重犯罪になる。もしそれが現実となっていたら……。

 

 

「わ、私は……」

 

 

沸き上がる恐怖感に顔を青ざめながらガタガタと体を震わせる。

 

無防備な相手に一方的に暴力を振るい、それに対して優越感に浸る。どれだけ愚かで小さな人間なのだろう。どうして先のことを見据えた行動が出来なかったのだろう。何故今回の行動が千冬にまで迷惑を掛けることを汲み取れなかったのだろう。

 

全てを司る神にでもなったつもりなのか。

 

……私は、一体何なんだろうか。自分の存在意義がガラガラと崩れていく。

 

千冬のようになりたいという目的が無くなった以上、ラウラがすがる紐は何一つ無くなった。何のために生き、何のために尽くせばいいのかが分からない。

 

 

どうすればよかったのか。ただ俯くラウラに大和が歩み寄る。

 

 

「何この世の終わりみたいな顔してんだよ。終わるも何も、始まったばかりじゃねーか」

 

 

軽くラウラの額を小突くと、暗い表情をしながらも顔を上げる。溜め息をつきながら、ベッドのすぐ横にある簡易椅子に腰掛けて頭を軽く掻く。

 

 

「あのな、確かにお前のやったことは許せる行為じゃない。でも許す許さないはお前が決めるものじゃないし、誰も許さないなんて一言も言ってないだろ」

 

「……んで」

 

「トーナメントの前と後でお前が決定的に違う部分は、自分の非を認められるようになったこと。自分の行いに罪悪感を感じれるのなら、お前はまだ終わっちゃいない」

 

「なんで……」

 

「ん?」

 

「何でお前は私のことが庇える!? 私はお前たちに散々酷いことをしてきたというのに、何故私を恨まない! どうして私のことを嫌いにならない! 何で私を軽蔑しない!!?」

 

 

ラウラの内に秘めていた思いが爆発する。どうせなら自分のことを徹底的に突き放してほしかった。あれだけの騒ぎを起こしたのだから、もう自分に居場所などない。報告されれば本国へ強制送還されるのも時間の問題だろう。

 

居場所がないのにここに残る意味もない。何故大和は庇うようなことばかり言うのか。恨まれても仕方ないのに、どうしてこの男はいつもと変わらない表情で平然と話していられるのか。

 

頭の中がぐちゃぐちゃになり、泣きそうな表情を浮かべるラウラを、顔色一つ変えずに見つめる。

 

しばらくすると答えが分かっていたかのように、微笑みを浮かべて。

 

 

「……庇うことに、助けることに、理由なんているのかよ?」

 

「なっ……」

 

 

ラウラに一言告げる。理由がないと言い張る大和の言葉にラウラは完全に言葉を失ったまま絶句する。この男は人を助けることを本能的に行っているとでも言うのか。

 

 

「あぁ、勘違いするなよ。誰でも助ける訳じゃない。大罪人を助けるほど、俺はお人好しじゃないんでな」

 

 

自分の言ったことをラウラが勘違いしたと悟り、補足として言葉を続ける。余程のことがない限り、まだ更正の見込みがあると判断すれば、大和は間違いなく手を差し伸べる。

 

かつてセシリアが大和の家族を侮辱した時もそうだった。言われた時こそ激昂したものの、セシリアが大和に謝罪をした時にはすぐに許していた。もちろんセシリアが平謝りをしようとするとは考えられないが、可能性としては否定できない。

 

それでも謝罪をすぐに受け入れ、セシリアのことを許した。人を見る目があるのか、それとも一度あった出来事はすぐに忘れて切り替えるタイプなのか。恐らくはその両方だろう。

 

護衛の当主として人を見る目、人心把握には自信があると自ら豪語しているが、実際一般人に比べれば遥かに人を見る目はある。

 

ラウラは大和のお眼鏡にかなったともとれるが、大和がラウラを気に掛ける理由はまた別にあった。

 

 

「お前が黒い物体に飲み込まれる際に声が聞こえたんだよ。助けてくれって」

 

「そ、そんなことは言っていない! 余計なお世話だ!」

 

 

ラウラが黒い物体に飲み込まれる時、小さくはあるが助けを乞うような声が聞こえたのは間違いない。一度目は声が小さすぎて聞こえなかったものの、二回目に関してははっきりと大和自身が聞き取れた。

 

更に大和が把握する限りでは、場に居合わせた一夏とシャルルにはラウラが助けを乞う声は聞こえず、自分だけに個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)を使って投げ掛けてきたことも。

 

とはいっても状況が状況だっただけに、ラウラも必死だったはずだ。助けを乞おうとする行為は何ら不思議ではない。

 

ただ大和の言うことが事実だったとしても、言った本人からすれば認めたくないことだ。ましてやプライドが高く、元々敵視していた相手に助けを乞いましたなどと言えるはずもなく、顔をそらしながら断固として言ってないと言い切る。

 

 

「そこまで否定しなくても……まぁこの際言った言わないはいいや。俺の空耳だったかもしれないし」

 

 

 言ったことは事実だ。声を聞き間違えるほど、大和の耳は悪くない。それどころか耳が特別良い人間でなくとも、あの声であれば誰もが聞き取れるような声量。必要以上に詮索しなかったのは、自分が誰かを頼ろうとした行為を知られたくないことを察知したからだろう。

 

最も聞いた人物が噂好きの生徒なら、あっという間に学園中に噂を広めたかもしれないが、聞いた相手は大和だけで、大和自身も噂を広める行為は好きじゃないため、広めるつもりは毛頭ない。

 

 

「……他に庇う理由があるとしたら、お前がここに入学してきた時に、何となくだけど似ているって思っちまったからだな」

 

「私とお前が……か? 何を馬鹿な、生まれも育ちも国籍も性格も言葉遣いも、何から何まで違うだろう」

 

「あぁ、俺も少し前まではそうだと思っていたよ。まさか自分と同じような境遇を経験した人間がいるわけが無いって」

 

「同じような境遇?」

 

 

大和が言っていることが分からない。さっきから聞いていれば一体何が言いたいのか。庇う理由が無いと言ったかと思えば、今度はラウラと自身が似ているからと言う。

 

挙げ句の果てには自分と同じような境遇を経ているなどと言い始める始末。

 

 

「何でだろうなってずっと考えていた。でも何度考えても俺の中の違和感は取れなかった」

 

「……」

 

 

話を聞けば聞くほどに、ますます分からなくなってくる。分かることがあるとすれば、大和の口ぶりがまるで自分のことを昔から知っているかのようなところくらいだ。

 

ラウラも生まれてから今まで数多くの人間とであったことがあるが、大和に会ったことは一度たりともないと断言が出来る。一度会った人間の名前は忘れても顔だけは絶対に忘れない。

 

仮に当時会った顔立ちから変わっていたとしても、多少の変化であればすぐに気付けるくらいの察知能力は持ち合わせている。

 

頭の中で過去の記憶を繰り返し探り続けるも、大和と顔と名前が一致するような人間は一人として出てこない。やはり自分は大和と会ったことはないとはっきりと断定できた。

 

大和が会ったことがあると言い張るのであれば、それは完全な他人のそら似だと言い切れる自信がある。

 

自分と大和は会ったことはない。言い切れるからこそ大和の口ぶりに違和感を覚えた。

 

 

「……ラウラ・ボーデヴィッヒ。お前に聞きたいことがある。もし嫌だったら答える必要はない」

 

 

大和は知っている、ラウラは何も知らない。

 

大和の考えていることなどラウラだけではなく、他の第三者すらも分からないだろう。

 

聞きたいことがどんな内容なのかもラウラには分からない。

 

ただ大和の言葉は自分の全てを見透かしているのではないかと思うほどの迫力があった。

 

……何故見透かされていると思うのか。自分の過去を誰かに話したわけでもなければ、そもそもの前提で大和に会ったことすらない。仮に自分の過去を知りうる人間がいるとすれば自分と同族の人間か、もしくはその関係者。

 

見透かされてると思ってしまう今の自分の心理状態が異常なのだと、自分に言い聞かせるように納得をする。

 

知っているわけがない、見透かすことが出来るはずがない。

 

そう思っていた。次に発せられる大和の言葉を聞くまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「遺伝子強化試験体って知っているか?」

 

「―――ッ!!?」

 

 

大和の言葉に対して如実なまでの反応を見せるボーデヴィッヒ。その反応は、言うまでもなく言葉の意味を知っていることを物語っていた。

 

何故お前が知っている、そんな感情が含まれた視線を大和へと向ける。

 

ドイツ独自で行っている研究の一つで、戦いのために通常の人間よりも身体能力の高い人間を産み出す実験。産み出された赤ん坊は通称試験管ベビーと呼ばれる。

 

ラウラにとっては最も思い出したくないトラウマの出来事だ。大和の言葉によって、再び過去の苦い経験がよみがえってくる。

 

 

「図星か。とりあえず、無理に細かいことまでを聞くつもりはない。ちょっと確認したかっただけだ。聞いたことが真実なのかをな」

 

「……一体、お前はどこまで知っている? 何故私が遺伝子強化試験体だと分かった?」

 

 

ラウラの言うこともごもっともだ。結局はそこに結論が行き着く。どうして大和が遺伝子強化試験体のことについて知っているのかと。

 

遺伝子強化試験体の実験について知っているのは、ドイツ軍や研究者のごく一部のみ。それを一般人である大和が知り得るはずがない。

 

 

「……」

 

 

……いや、違う。

 

その思考には一つだけ大きな誤りがある。どうして会ったことがないからといって、自分のことを知ってるはずがないと言い切れるのか。

 

自分は会ったことがなかったとしても、第三者の介入で大和が自分を知れる機会はいくらでもあった。根拠もなしに知り得る機会は無かったで片付けるのは違う。自分が気付かなかっただけで、知り得る機会は十分にあった。

 

遠くから観察されていればこちらは気付けないし、ラウラ自身の資料に目を通せば生い立ちから何から何まで判明する。

 

自分は試験管ベビーであるが故に、研究者からデータを取られている。研究者の一人が大和と知り合い、もしくは両親だったとすればラウラが試験管ベビーだと気付く可能性は十分にある。

 

 

ただ一つ分からないのは、自分を知り得る機会はあったとしても、自分と共通点があるかと言われれば甚だ疑問だ。何をどう見て大和は自分と同じ境遇におかれていると言ったのだろう。

 

はっきりと同じ境遇だとは言っていないものの、言葉を濁して言っていることくらいは流石に気付く。

 

同じ境遇……自分が置かれていたような立場を幼少期に味わったことがあるのか、それとも現在進行形でその立場にいるのか。少なからず現在の大和の生活環境を確認する限り、孤独な生活を送っているようには見えない。むしろ一般の高校生と比べてもかなり充実した生活を送れている。

 

いずれにしても断定は出来ない。想像はいくらでもすることが出来ても、ラウラ自身で答えを導きだすことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

それこそ、断定が出来る理由があるとすれば自分自身と……。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

自分自身と全く同じ場所で、同じようなことを大和も受けていたとしたら。

 

 

 

 

 

 

 

「まさか……」

 

 

 

 

 

 

 

にわかには信じられないが、そう考えると全ての辻褄が合う。

 

ラウラが一つの可能性を導きだしたと同時に、黙っていた大和が口を開き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――何でかって? 理由は簡単さ。俺もお前と同じ、遺伝子強化試験体だからだ」

 

 

衝撃的な一言がラウラに告げられた。


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