IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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第六章‐Find out my mind‐
偶然という名の必然


 

 

 

 

「まるで有名アーティストのライブ会場みたいだな」

 

 

六月も最終週に入り、気温の上昇と共に学年別トーナメント一色へと切り替わった。

 

更衣室でISスーツに着替えながら、備え付けのモニターを眺める。映し出される映像には隙間がないほどに人で埋め尽くされた観客席と来賓席。来賓席にはスカウト目的で各国の人間が来ているらしい、わざわざ遠いところからご苦労なことだ。

 

血眼になって有能な人材を探そうとすることだろう、ただどうもその空気が好きになれない。観察されるような視線に関しては向けられて良い思いになる人はいない。もちろん、各国のスカウトが来ているわけだし、ここでの結果がスカウトの目に留まって話が来れば嬉しくなるのは分かる。その為にIS学園に来ているのだから。

 

ただ変に意識をすればするほどに、落ち着かないのは俺だけじゃ無いはずだ。

 

 

「三年にはスカウト、二年には一年の成果を確認するために来ているものだからね。一年は特に関係無いみたいだけど、大和も活躍したらチェックが入るんじゃないかな?」

 

「活躍出来るかどうかは分からないけどな。正直今回はスカウトよりも気になることがあるし、あんまり目立つことは考えてはないよ」

 

 

ISスーツに着替え終わったシャルルと一夏と共にモニターを眺めながら他愛の無い話を交わす。正直な話一夏の言うように、スカウト云々の話よりも自分のペアの方が気になるところだ。

 

さて、ペアと言えば結局ボーデヴィッヒとペアを組んだものの、基礎的な練習やコンビネーションの確認は一度も行わないまま本番を迎えることとなった。アイツとしては自分の足さえ引っ張らなければそれで良いと考えているのかもしれない。

 

戦い方としては完全な個人プレーになる。そこでどう俺が立ち回れるかが、負けないための重要なピースとなるだろう。幸い、ボーデヴィッヒの実力は代表候補生二人を難なく片付けることが出来るレベルだし、普通にやれば負けることはない。

 

同学年の中に障害となりうるペアと言えば、一夏とシャルルくらいか。他にも強敵はいるかもしれないが、如何せんデータが少ないから判断が出来ない。

 

負けるつもりはない、それでもボーデヴィッヒには一回敗北を知ってもらう。

 

ちなみに、このトーナメントで優勝したら俺がここから出ていくことに関しては、ボーデヴィッヒとナギ以外の誰にも伝えていない。むしろ一夏に伝えたらマジで殴られそうだし。

 

仮に現実になったとしても、一夏の護衛を辞めるつもりはな い。そこは俺と千冬さんの契約だからだ。遂行するまでは何があっても、それを取り下げることは出来ない。

 

 

「……活躍って言えば今回は気になる人間もいるみたいだし、そっちの観察の意味合いもあるんじゃないか?」

 

「気になる人間?」

 

 

 俺が何気なく呟いたことに一夏が食いつく。これから行われるのはあくまで一年生のトーナメントで、二、三年は一年が終わってから。シャルルの言う話が本当なら、一年の試合を見に来る人数は二、三年に比べれば一段と少ないはず。なのにアリーナの観客席は満席状態、通路にも立ち見が出るほどに密集率が高い。

 

シャルルの言うように二、三年のスカウト目的もあるだろう。ただそれ以上に来賓やスカウト、はたまた生徒たちには気になることがある。

 

その対象は俺と一夏。女性にしか動かせないはずの兵器を男性が動かした……なんてことが起きれば否が応でも観察対象にはなる。IS学園にいるからこそ平々凡々な生活を遅れているだけで、これがIS学園に属さない外の世界なら普通の生活を送れる保証は一切無かった。

 

いつもの学年別トーナメントとは大きく違うところ。それは世界で二人しかいない男性操縦者が参加するというところだ。

 

 

「あぁ、それって一夏と大和だよね。世界に二人しかいない男性操縦者だから」

 

 

真っ先に俺の言葉の意味合いを理解したシャルルが反応をする。相変わらず頭の回転が早い。

 

今までISを用いての戦いは学園の生徒の目には触れてはいたものの、一般世間の目に触れたことはない。当然、各国のお偉いさんの目に触れたことなんかは一度たりとも無いわけだ。つまり俺と一夏の実力は完全に未知数。トーナメントは俺と一夏がどの程度の実力の持ち主なのかを見るには絶好の機会になる。結果次第では各国からお声が掛かることだろう。

 

 

「何か観察されるみたいで嫌だな……いざ意識すると戦いづらい」

 

「まぁ、あんまり深く考えても仕方ないだろ。外は好きに言わせておけば良い。どう足掻いたって結局は見られるんだから」

 

 

如実に嫌そうな表情を浮かべる一夏。気にするなとは言えないけど、気にしたところで何かが変わるわけではない。

 

下手に意識して緊張のあまり力が出せないなんてジョークは笑えない。観客を好きな野菜に見立てろ……とまでは言わないが、気にしないのが一番だ。

 

 

「織斑先生の弟だとか、唯一無二の男性操縦者だからとかは関係無い。あくまでISに乗る以上は皆平等だ」

 

「それもそうだな。あまり気にしないように……か。言われると簡単そうだけど、いざ実際にやれって言われると難しい気がする」

 

 

一夏が言うのはごもっとも。

 

IS操縦者として、皆に見られるという条件は同じだ。それが大舞台に出れば出るほど視線は嫌でも多くなる。それでも第一線で活躍する国家代表なんかは、そのプレッシャーと常に戦っている。

 

誰かから見られるのは悪いことではない、ただそのプレッシャーの中で本来の力を出せなければ、上に行くことは出来ない。初めの内は誰もが緊張するとは思うけど、そこは徐々に慣れていけば良い。

本来の力が出せなかった、勝負に勝てなかったとしても命を奪われる訳ではないのだから。

 

さて、俺は俺で自分の方を気にするとしよう。あまり興奮して気持ちを高ぶらせても力は出しきれないだろうし、一旦目を閉じて内から自分を見つめ直すことにする。

 

今回に関しては緊張はしてないが、それでも一旦自分をリセットする意味でも、気持ちを落ち着かせるのはリラックスにもなる。

 

勝つためのシミュレーションをぼんやりとイメージしながら、しばらくの間目を閉じる。一夏やシャルルの声も、今の俺には聞こえてこない。単純に話していないだけかもしれないが、声だけではなく、音の一つも聞こえてこなかった。

 

やがてゆっくりと目を開けると、隣にいる一夏とシャルルがこぞってモニターを見つめている。対戦相手は当日の抽選で決まる。

 

そしてペアを組めなかった生徒のペアも、今日ランダムで決まるようになってる。時間的にはそろそろだろう、対戦相手やペアは俺たちが見ているモニターに映し出される。

 

 

「一夏はボーデヴィッヒさんとの対戦だけが気になるみたいだね?」

 

「ん? あ、あぁ。まぁな……」

 

 

一夏はボーデヴィッヒのことをどこまで知っているのだろう。取りつく島もなく、本人から聞き出すことは不可能。聞き出すとすればボーデヴィッヒのことを知る第三者からだが、知っている人物がいるとすれば、一夏の身近な人物では千冬さんだけだ。

 

真実を聞いたのなら、どこか一夏の中で思う部分もあるんだろうけど、聞いていないのなら何故自分が恨まれなければならないのか悩んでいるのかもしれない。いずれにしてもボーデヴィッヒに対して強く意識しているのは間違いない。

 

 

「感情的にならないでね? ボーデヴィッヒさんは一年の中で最強だと思う」

 

 

心配の意を込めてシャルルが一言、一夏に向かって励ましの言葉を入れる。それに対して一夏も再度気を引き締めなおし、大きく頷く。

 

 

「あぁ、分かっている」

 

 

自分がネガティブに考え込んでしまえばパートナーも不安に思ってしまう。シャルルも一夏もあまりネガティブな感情を表に出さないだろうから大丈夫だが、人によっては不安を感じてしまう人間だっている。

 

すぐに切り替えが出来るのは一夏の良いところだ。

 

 

一夏がシャルルに頷いて間を置くこと数秒、モニターに大きくトーナメントの対戦相手が表示される。画面一杯に名前が書かれているせいで、自分の名前を見つけるだけでも一苦労。視線を左右に這わせ、名前を探していく。

 

 

「「―――えっ?」」

 

 

 俺の左右にいるであろう二人が気の抜けたような声を出すと同時に、自分の名前が書かれている項目を見つける。枠の中には霧夜大和とラウラ・ボーデヴィッヒの文字が書かれている。間違いなく俺の名前だ、学園に同姓同名は居ないし、ペアの名前も間違っていない。

 

自分の名前が確認出来たところで、次に気になるのは俺の対戦相手について。勝ち抜けのトーナメント方式であるがゆえに、既にいくつもの名前が書かれているが、その中で最も気になるのは自分の対戦相手の情報になる。

 

視線を横にずらせば対戦相手の名前が表示されている。俺は迷うことなく視線を横に向けた。

 

 

「……え?」

 

 

対戦相手の名前を見た瞬間に、二人に遅れるように気の抜けた声が無意識に出てくる。

 

言葉にうまく言い表せと言われると、何とも言い表し難い事実だけど、偶然という名の必然とでも言えば良いのか。

 

対戦相手の名前は織斑一夏、シャルル・デュノア。奇しくも所詮で俺と一夏は対戦することになった。

 

 

「なぁ、絶対に有り得ないと思うけどこれって確信犯か?」

 

 

思っていたことが反射で言葉として出てくる。

 

偶然にしては話が出来すぎているし、内部操作が行われたのではないかと疑ってもいいレベルだ。数多くのペアがある中で、たった一度しか当たらない相手を、どれだけ低い確率で引き当てたのかと思うと自分の運の良さに驚きすら覚える。

 

逆に一夏とシャルルはどうだろう。

 

俺はともかく組んでいる相手は一夏にとっては因縁の相手な訳だし、意識しないわけがない。

 

 

「確信犯かどうかは分からないけど、一番最初に大和と当たるのはちょっとついていないかもね。勝ち抜く上で一番の障壁になるだろうから……」

 

 

一夏より先にシャルルが言葉を返してくる。言葉には明らかに本心が込められていた。欲を言うのなら一番最初に俺たちと当たるのは避けたかったと言わんばかりに。

 

ボーデヴィッヒの実力を肌で感じて認めているからこそ、一番最初に当たるのは避けたかった。一番最初に当たるということは、ボーデヴィッヒの戦闘データを集められないのと同じ。

 

仮に俺たちと組が分かれていれば、他の組が戦っている間に少なからず情報収集は出来ただろう。対策は練っていても、一回本気の実戦を見るのと見ないのでは対処法は大きく変わってくる。一回でも見れば、思い付かなかった打開策を思い付くかもしれない。

 

が、自分たちが一番最初に当たるため、ぶっつけ本番で戦いながらボーデヴィッヒの戦闘データを集めなければならないことになった。戦いながら相手のデータを収集し、更にそこから勝つための活路を見出だすのは並大抵の難しさではない。

 

考えている間にも相手を攻撃し、相手からの攻撃を防がなければならない。普通の生徒であればシャルルも後れをとることはないだろうが今回は相手が相手だし、戦いながら打開策を考えるのは厳しいと思われる。

 

自分で言うのもなんだが、同世代の生徒の中ではそこそこ動ける自信がある。セシリアや一夏に勝ったのは相手の慢心や、情報不足が幸いしたが、単純な実力の部分において、他の生徒よりかは遥かに実戦経験は積んでいる。

 

知識では負けても、戦闘に置いて負ける気はない。

 

 

「どちらにしても勝ち抜いていたらどこかで当たっていただろうし、それが早かったか遅かったの違いだろう」

 

「それでも僕としては二人の戦いを一回くらいは見たかったかな。ボーデヴィッヒさんもそうだけど、注意すべき人物はボーデヴィッヒさんだけじゃないからね」

 

 

苦笑いを浮かべながら俺の方を見るシャルルの表情が、全てを物語っていた。

 

二人にしてみれば他の生徒と戦うよりも圧倒的にやりにくいはず。そこに学年最強クラスのボーデヴィッヒが加わるとなれば、これほどに厄介なことはない。

 

俺に関してはいつも通りの打鉄での参加のため、ある程度の対策は立てられる。隙を見て近づいて、間合いに入ったら一気に仕留める。そこに関してはずらすつもりはない。

 

 

……ただ、そうは言っても何度も同じ戦い方が通用するようには思えない。今まで一対一で戦うことはあっても、二対二以上の複数で戦ったことは無かった。

 

個々の実力だけではなく、互いのチームワークが勝敗を左右する。チームワークだけで言うなら、俺とボーデヴィッヒは最低だろう。阿吽の呼吸がと伝えたとしても、そんなものは必要ないと一刀両断される光景が容易に想像できる。

 

仮に俺が一夏に接近したとしても、シャルルがカバーに入れば俺は対処出来ない。近接において最も不利なのは周囲の気配りが疎かになる点だ。加えて複数を同時に仕留めるための攻撃が不可能。

 

専用機ならまだしも、与えられているのは量産機の打鉄、カスタマイズが出来るわけでもないし、一撃で相手を無力化出来る零落白夜のような単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)があるわけでもない。

 

一撃で仕留める確証が無い以上、今まで通りの戦い方をするのは非常に危険な行為になる。

 

少なからず攻撃中に横槍を入れられないように、相方にもう一人を押さえていてもらう必要がある。

 

呼吸を合わせることがボーデヴィッヒに出来るかと言われると、正直微妙だ。出来ないとも言い切れないが、出来ない可能性の方が強い。それでもチームワークを、自身の力でカバー出来るだけの実力は持ち合わせている。

 

 

「警戒しすぎじゃないか? ボーデヴィッヒはともかく、俺は稼働時間で言ったらお前らより少ないぞ」

 

「お前が言うか! 大和の場合は常識が通用しないだろ。セシリアや俺を散々ボコボコにしておいて」

 

 

間髪入れずに一夏からツッコミが返ってくる。何をいきなりと言い返そうと思ったところで、セシリアと一夏を同じようなシチュエーションで叩きのめしたことを思い出し、寸でのところで食いとどまる。

 

一夏の返事に呼応するように、今度はシャルルが言葉を被せてきた。

 

 

「うん、やっぱり一夏もそう思うよね。大和の場合実力もそうだけど、得体の知れない怖さがあるっていうか……」

 

「あー分かるわそれ。ボーデヴィッヒの攻撃を生身で受けた時なんか、本当に人間かどうか疑ったしな」

 

「そうだよね……ねぇ大和。まさかとは思うけど人間卒業してたりしないよね?」

 

「するかっ! 正真正銘人間だっつーの!」

 

 

挙げ句の果てに人を勝手に人間を卒業した扱いにする始末。

 

勘弁してくれ。俺はまだ人間をやめようとは思わないし、人間をやめたとも思っていない。思わず語気を強めて二人に反論する。

 

まぁ、分からないでもない。少なくともボーデヴィッヒのプラズマ手刀をIS展開無しの生身、それも近接ブレードで一本で受け止めようものなら誰だって思うだろう。どこでそんなスキルを身に付けたのかと。

 

千冬さんとかなら同じことを出来そうだけどな……って千冬さんと同じ土台で比べたらダメか。それでもある程度の経験を積めばいずれ出来るようになるはず。熟練したIS操縦者は生身でも立ち向かうことが出来るなんて言うし。

 

俺もこの仕事をしてなければ生身でISに挑もうなんて無謀な挑戦はしない。

 

 

っつーか後で二人とも覚えておけよ。俺が勝ったら化け物扱いしたことを後悔させてやる。

 

特に何かするわけではないけど、そう意気込むことって大切だよな。

 

 

「二人とも俺の戦い方は知っているだろうし、万が一当たった時の対策くらいは立てているんだろ?」

 

「……」

 

「……」

 

「……お前ら本当に分かりやすいのな。とはいっても今まで通りの戦い方はしねーけど」

 

「え? そうなのか?」

 

「当たり前だろ。相手に対策を立てられているのに、ワザワザ馬鹿正直にいつも通りの戦いをするアホがどこにいるんだよ?」

 

「あっ……それもそうか」

 

 

 例えるのならじゃんけんで相手が絶対にグーを出すと言っているのに、正直にチョキを出して負けるようなもの。残念ながら俺の得意分野だとはいっても、相手に対策を立てられたら今はどうしようもない。

 

だがいつかは対策は立てられる。

 

あれだけ派手に戦えば、多少なりとも俺の攻撃方法や立ち回りを体で覚えるだろうし。戦った当事者である一夏は、身をもって知ったはずだ。

 

シャルルと手合わせをしたことはないものの、IS戦闘において相当な実力を持っているのは分かる。一度でも相手の戦いを見れば、そこから打開策を見つけることなど容易いもの。

 

生憎シャルルとサシでの戦いをしたら勝てる気がしない。シャルルのデータが少ないのはもちろんのこと、単純なIS戦闘における総合的な実力で勝てない。

 

 

クラス代表決定戦で、セシリアに勝てたのは心のどこかで慢心があったから。もしもう一度再戦したら勝てるかどうか微妙なところ。

 

IS知識、身のこなしから判断して、シャルルは相当な実力者だ。一度俺の戦いを見て、接近戦ではシャルルにとって分が悪いことは分かっている。

 

となると、自分から相手の得意な間合いに飛び込んでくるとは考えずらい。良くも悪くも、中遠距離での戦いがメインになる。そうなると俺は攻撃するためにシャルルに近付かなければならない。

 

打鉄には中遠距離の攻撃方法が無く、中遠距離での戦いにも特化しているシャルルの専用機、ラファールとは相性が悪い。

 

いつも通りの戦いをしていたら間違いなく勝てない。楯無には全く手も足も出ずに完封された。俺も近距離でしか攻撃出来ないなりに、もう少し無い頭を捻らせて攻略法を見付け出す必要がある。

 

むしろボーデヴィッヒと俺の能力は相手に知られている、逆にこっちはシャルルの能力を把握しきれていない。触れられていないが、一夏の白式の単一仕様能力(ワンオフアビリティー)の零落白夜も相当なチート能力だ。シールドエネルギーの残量に関わらず、まともに直撃すれば一撃でゼロに出来るのだから。

 

シャルルに気を配りつつも、一夏の一撃必殺にも気を配らなければならない。相手は俺とボーデヴィッヒのことを警戒しているけど、俺としてもシャルルと一夏は厄介な相手であることには変わりない。

 

 

「でも、打鉄って近接特化型のISでしょ? 戦い方をそう簡単に変えることなんて……あっ!」

 

「……気付いたか。今回は一対一じゃなくて二対二だ。一対一の時よりも遥かに戦い方のバリエーションは増やせる。それに二人いるんだったら、俺が攻撃の主体にならなくてもいいしな」

 

 

一対一なら自分が攻撃するしか方法がないため、攻撃と防御を全て自分で賄わなければならない。

 

今回のトーナメントは二対二で、どちらかが攻撃を重点的に行い、もう片方が防御に徹することも可能だ。それぞれの得意分野に合わせて戦術を組み立てられ、またカバーし合える。それがタッグの最大のメリットであり、デメリットでもある。

 

俺の場合は……そうだな。恐らくデメリットの方になるんだろう。そもそも俺とボーデヴィッヒの息が合わない、仮に俺が合わせようとしても、それを無視して独断で行動する可能性が高い。

 

実力が伴えば伴うほどにプライドは高くなる。それに一夏に対して並々ならぬ敵意を持っているのなら、何がなんでも己の力で組伏せようと行動するはず。ペアの手助けなど無いようなものだと認識しているに違いない。

 

 

しゃしゃり出るつもりはないし、基本はボーデヴィッヒの戦い方に合わせるつもりで行動する予定でいる。下手なことすると、味方に攻撃される滑稽な状況が生まれるかもしれないし。そんな間抜けな展開だけは見せたくはない。

 

新聞部辺りがネタにするかもな、黛さんあたりがバッチリ写真を押さえて一面で飾られたら、一躍俺も有名人だ。見出しは優勝ペア、まさかの仲間討ち……的な感じで。

 

 

 

 

 話を戻そう。負けるようなことがあれば、絶対的な力を持つ自分が、ISを稼働させて僅かな初心者に負けたことになる。その時点でボーデヴィッヒのプライドはズタズタにまで引き裂かれるはずだ。

 

俺としてはそっちを期待していたりするのだが、確実なものにするのなら俺が手を抜けば良い話。そうは言っても手を抜くのは俺のポリシーに反する……というかしたくない。くだらないことを考えるくらいなら、真剣勝負でぶつかって勝つ、もしくは負けた方が良い。

 

例えそれが退学せざるを得ない状況になったとしても。

 

 

「そこはちょっと盲点だったかな。……いや、それでも大和が心理的に……」

 

「シャルル、あまり深く考えるなよ。逆に気楽に本能のままに行動した方が良い結果になるだろ」

 

「そんなこと出来るの大和だけだと思うけど。本能のままに行動って、どんな感じなんだろうね一夏」

 

「うーん……体が無意識のうちに勝手に反応してくれる感じじゃないか?」

 

「いやいや、ちょっと待て。何もしなくても体が反応してくれる訳じゃないからな? ちゃんと周りを見ながら状況は判断するさ」

 

 

何もしなくても体が勝手に反応してくれるってどんな便利な体だろうか。それこそ人間を卒業しているようなもの。どうしてもこの二人は俺を人間卒業認定したいらしい。

 

嬉しいのか悲しいのか、馬鹿にされているのか誉められているのか。どちらにしても人をバカにするような性格ではないし、誉めているんだとは思う。

 

俺としてはあまり嬉しくはないけど。

 

 

「さて、じゃあ俺はもう行くわ。遅刻して怒られるのは嫌だし」

 

「あぁ、そうか。大和は反対側のピットだったっけか。ならもう行かないと不味いよな」

 

「そーゆーこと」

 

 

組み合わせも決まったことだし、そろそろ本番に向けての準備が始まる。ここまではふざけていたが、ここから先はふざけているような場面でも、場合でもない。

 

今一度気を引き締めよう。

 

負けるつもりなど毛頭無い。むしろ全試合完膚なきまでに叩き潰して勝つつもりの意気込みくらいは持っている。甘えを持っていたら負ける。

 

ボーデヴィッヒと交わした約束などどうでもいい。目の前の試合に全力で集中し、そして向かってきた相手に勝つ。

 

一回戦目、俺が当たるのは一夏とシャルルのペア。

 

セシリアや鈴を抜けば、恐らく一年の中ではボーデヴィッヒについで実力を持っている。男性操縦者ながらメキメキと頭角を表し、追い込まれれば追い込まれるほど力を出せるクラッチタイプの人間である一夏。

 

セシリアや鈴と謙遜無い実力を持っているであろうシャルル。一人一人の実力はボーデヴィッヒに劣っていたとしても、コンビネーションに関しては俺たちよりも圧倒的に高い。

 

純粋な力が勝つのか、それとも二人のチーム力が勝つのか。

 

 

「……大和!」

 

「ん?」

 

 

出口に向かう最中、後ろからシャルルに呼び止められる。何かを伝えようとするかのように投げ掛けられた声に、反射的に後ろを振り向く。ギュッと拳を握りしめ、決心したかのように口を開いた。

 

 

「絶対に……負けないからね!」

 

 

その声は紛れもなく、俺たちを打ち負かせてみせると自信を込めて良い放たれた一言だった。はっきりと芯の通った一言が俺の心を貫く。俺の視線を射ぬく決意のこもった真っ直ぐな瞳。好敵手と戦ってみたいと思うあまり、俺の気持ちが高揚していくのが分かる。

 

 

「あぁ! 俺もだ!」

 

 

にやりと微笑みを浮かべながらシャルルに返すと、再度前を向き出口へと向かう。

 

面白い……だからこそ全力で戦う意味がある。賭けのためでも約束のためでも何物でもない、ただ純粋に戦いをしたいと言う気持ちだけで戦うことが出来る。勝ち続けてしまえば退学することになるのに、気持ちは高揚するばかり。

 

 

とはいっても楽しんでいるだけでは意味がない。本来の目的はまた別にある。

 

目的を胸の内に秘め、俺は更衣室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、待たせたな」

 

「……ふん」

 

 

 一夏とは反対側にあるピットに入った時、既にボーデヴィッヒは壁に凭れながら迫り来る時間を待っていた。いくら更衣室が遠いとはいえ、俺も対戦相手と順番が決まった後すぐに出たつもりだったのに既にピットに来ていたとなると、対戦相手が決まった後、周りには目もくれずに一直線に向かってきたのだろう。

 

いつもの感じで軽く挨拶をかわすも、ボーデヴィッヒの口から返ってきたのは興味がなさそうな返事だった。一瞬俺の方を振り向いたかと思うと、一言告げた後に顔を意図的に逸らす。ボーデヴィッヒの醸し出す雰囲気が、お前と話すことなど無いと物語っていた。

 

相変わらずだなと思いつつも、心のどこかではもう少し心を開いてくれとも思うと、どこか寂しい感じもする。

 

 

「おい、貴様」

 

「あ、どうした?」

 

 

ピットの片隅で待機状態になっている打鉄に近付こうとした刹那、今度はボーデヴィッヒの方から声を掛けられる。俺から声を描けた回数は多くても、こいつから声を掛けたことは無かったはず。

 

声を掛けたと言っても、口の悪さは相変わらずだがな。

 

 

「先日の約束、まさか忘れた訳ではないな?」

 

「忘れねーよ。どうすれば人と交わした約束を忘れんだよ。お前が勝ったら俺がこの学園を出ていく、だろ?」

 

「ふん……今さら取消にはならないぞ」

 

「取消しなくて結構。一回取り付けた約束を取り止めにするほど、俺は腐っちゃいない」

 

 

初めて声を掛けてくれたのはそれはそれで少し進展したのかと思ったりもしたが、内容はあくまで交わした約束の確認だった。

 

元より約束を取り消そうと思ってはいない。何のために啖呵を切って約束を取り付けたのか。

 

取り止めにしたら俺の考えている計画は全て駄目になる。もちろん俺も手を抜く気などない。あくまで真剣勝負、それで勝った時は勝った時だし、負けた時は負けた時だ。今から先のことばかり不安に思っても意味がない、モチベーションが下がるだけで、良いことは何もない。

 

 

「それともう一つ……貴様は戦いに手を出すな。私だけで戦う」

 

「ほう?」

 

 

再度投げ掛けられた声に小さく頷く。

 

言っていることは本気だろう、本気で自分一人で勝ち進むつもりでいるらしい。ボーデヴィッヒにだってプライドがある、言ったことを覆すようなことはしない。普通に考えたら馬鹿なことを言うなの一言で片付けられるような口約束だが、実力を考えると決して難しいものではない。

 

それでも俺だけ完全に手を出さないわけにもいかないし、自分の身ぐらいは自分で守ってみせる。

 

それに一人で勝ち進むことが出来るほど、勝負の世界は甘くない。

 

何気なくボーデヴィッヒの表情を見つめると、冷静な表情を保ったままだ。戦い前だと言うのに恐ろしいくらいに余裕がある。

 

 

"負ける気がしない"

 

 

絶対的な自信がひしひしとボーデヴィッヒから伝わってくる。一人で何でも出来るといった慢心が彼女の中にあるのは間違いない。

 

 

「なら、俺は高みの見物でもしているかな。お前が負かされる瞬間を見るのが楽しみだ」

 

 

皮肉を込めて挑発をするが、今のボーデヴィッヒにとってこの挑発は赤ん坊に頭を撫でられたようなもので、挑発のうちには入らないだろう。

 

俺の皮肉に対し、不敵な笑みを浮かべながら。

 

 

「ふん、万が一にもあり得ない可能性だな。相変わらず口だけは達者なことだ」

 

 

はっきりと言い切った。

 

それも万に一つもあり得ない可能性だと。どれだけ自分の実力に自信を持っているのか。その自信が出てくるのは長年培ってきた自分の経験によるものなのかもしれない。少なくとも実力だけで言うなら学年トップクラス……いや、トップだと言い切っても過大評価にはならない。

 

だが、一つだけボーデヴィッヒも忘れていることがある。

 

力だけではどうにも打ち砕けない壁があることを。

 

 

「ただし、一つだけ条件がある。もし負けそうだと判断したら俺も手を出させてもらう。何もしないで負けるだなんて、んな後味悪いのはごめんだ」

 

「……勝手にしろ、そんなことはない」

 

 

一回戦まで残り数分を切った、反対側のピットでは既に二人が準備を終えたことだろう。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

俺とボーデヴィッヒの間に既に会話は無かった。

 

学年別タッグトーナメント、この先どのような展開になるのかは誰にも予想が出来ない。

 

それでもこの学園のことだ、一つや二つ波乱があるのではないか、そんな気がしてならない。

 

頭の片隅に僅かに残る杞憂を忘れ、俺は目の前の戦いに備える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして、その時は訪れた。


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