IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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それぞれが求めるもの

 

 

 

 

 誰もいなくなった通学路を、寮へと向かって歩く姿が一つ。あまり整えられていないながらも、色艶やかな銀色の長髪を風になびかせながら彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒは歩いていた。

 

何なんだアイツは……彼女は何度も心の中で唱え続けている。まるで催眠術にでも掛かったかのように何度も何度も。

 

この学園に来た理由の中には、今IS学園にて教鞭をとっている織斑千冬を再度ドイツ軍の教官として引き戻すことも含まれており、機会を見付けて話をした。何故こんなところで教師をしているのかと。

 

ラウラにとって千冬はもっとも憧れる人物であり、落ちこぼれだった自分を再度専用機持ちのエースに引き上げてくれた、尊敬の的ともいえる存在だった。

 

 

「……」

 

 

無言のまま右目に手を当てる。過去のことを思い出すと、嫌でも右目が疼く。普段は右目に眼帯を付けているが、視力が失われていたり、傷があったりするわけではない。

 

眼帯を取れば誰もがその理由を聞く。

 

 

"その黄金色に輝くオッドアイは何なのか"

 

 

紛れもなく、かつて自分をどん底に陥れたのはこのオッドアイが原因だったからだ。

 

 

 

ラウラはアドヴァンスド……通称、遺伝子強化試験体として生み出された試験管ベビー。人よりも身体的スペックが高い人間とでも言えば聞こえは良いかもしれない。

 

名前なんてものは飾りでしかない。自分の名前を呼ばれて嬉しいと思ったことなど、今の今まで一度たりともなかった。

 

戦いのためだけに生み出され、戦うためだけに生きている。生まれてすぐに自分の価値を悟った、戦い敵を倒すためだけに私は生きているのだと。

 

軍部の期待通り、様々な訓練で基準値以上の成績を残し、軍内でもトップクラスの戦闘力を有する軍人まで上り詰めた。

 

素晴らしい試験体だと研究者は手を叩いて喜び、ラウラのことを褒め称えた。しかしそれはラウラ個人に向けられるものではなく、遺伝子強化試験体として成功したことに対するものだった。

 

何なんだこいつらは、一体私のことを何だと思っているのか。ラウラの中には着実に、研究者に対する不満が溜まっていく。それでも自分が生き残るためには、課程ではなく結果として残さなければならない。

 

人間兵器として産み出されたラウラの生き残る道は、戦い続けて成果を出し続けることしかない。

 

 

だが時の流れとは無情だ。

 

ラウラの思惑とは別に、そんな時間が長く続くはずも無かった。

 

 

篠ノ之束の開発した究極兵器、ISの開発によりラウラの世界は脆くも崩れていく。

 

ISへの適合性の向上のために行われた、肉眼へのナノマシンの移植処理。そして移植された目のことを通称『ヴォーダン・オージェ』と呼ぶ。これは脳への視覚信号伝達の向上、および動体視力の強化をするために行われたが、理論上は失敗せず、不適合もない……はずだった。

 

だが、科学的なものに失敗というのは付き物だ。いつどこでどんなイレギュラーが起こるとも限らない。百パーセントの確率などあり得ない。

 

例えどんな優れた人間だとしても必ず失敗はある。

 

処置した左目は金色へと変化し、常に稼働状態のまま自らは制御出来ない状態に陥った。

 

後は転落するだけだった。気が付けばトップの座から陥落し、IS訓練での成績は全てが基準値以下の成績、今までラウラに何も言えなかった人間から浴びせられる軽蔑や侮蔑を含んだ視線、そして嘲笑。

 

それらがラウラの心をへし折るには十分だった。

 

一度折られた心は戻らない、何とかしようと思うもどうすれば良いのか分からない。誰も教えてくれない、自分で何とかしようにも何も出来ない。いつしかトップはおろか、部隊の中での成績は最下位まで下降。

 

元々孤独の中を生きてきたラウラにとって、己の強さが唯一自分の存在理由として誇れる場所だったのに、その存在理由さえ無くなった。もはや自分がこの世に存在する価値など無い。

 

手を叩いて喜び、褒め称えた研究者たちが手のひらを返すのはそう遅くはなかった。

 

 

いつしかドイツ軍最強の軍人は、ただの出来損ない、おちこぼれだと呼ばれるようになり、ラウラの居場所は完全に無くなった。

 

絶望に打ちひしがれる中、行き場を失った自分を立ち直らせてれた人物こそ、当時ドイツ軍の教官として指導をしていた織斑千冬だった。

 

一目見ただけで分かる彼女の圧倒的な存在感、強さ、立ち居振舞い。一瞬にして引き込まれた。この人こそ出会うべき人間であり、尊敬出来る唯一の人間だと。

 

だからこそ、彼女の二連覇に泥を塗った存在が許せない。奴さえ居なければ、千冬が二連覇を逃すことなど無かった。強さに対して異常なまでの執着を見せるラウラに、弱いだけの存在など路肩の石に過ぎない。

 

むしろ自分の道を阻むのであれば容赦はしない。ましてや自分の尊敬している人間に泥を塗ったのであれば、その障害は取り除くまで。例えそれが実の弟だとしても関係ない、認められるわけがない、あんなに軟弱な男が千冬の弟などと。

 

しかし彼女にとって一夏は大した障害ではなかった。IS操縦の腕一つとっても自身に到底及ばない。生身の格闘でも負けると思ったことは一度もなく、負ける要素が一つも見つからなかった。

 

今彼女にとって最も障害となる人物は、また別にいた。

 

 

「霧夜大和……」

 

 

常に一夏の近くにいて、何かと邪魔をしてくる人物の名を呼ぶ。彼女には天敵とも呼べる相手だろう。初めこそ名ばかりで、ただの物珍しい男性操縦者程度の認識でしか無かった。

 

それこそ自分の敵ではないと。しかし実際に一夏に平手打ちをしようとした時も、食堂でいがみ合った時も、アリーナで鈴とセシリアと戦った時も、一度たりともラウラが大和を圧倒したことはない。

 

きちんとした形式で戦ったことが無いから何とも言えないものの、小さな消しゴムを手の甲に正確に当てたり、自身の攻撃をいとも容易く受け止めたりと一般人とは到底思えない身のこなしを見せてくれる。

 

ラウラとて軍人だ。自身の身体能力や戦闘能力が周りに劣っていると思ったことは一度もないし、ましてやただの一般人に遅れをとるなどと考えたこともない。

 

大和がただの一般人ではないことくらい、何度も対面してればすぐに気付く。更にISの攻撃を生身のまま打鉄用のブレードで受け止めるなど、あり得ないようなことをしていれば身体能力に関して言えば化け物レベルだと察知できる。

 

何故他の生徒たちは大和の異常なまでの能力を悟ることが出来ないのかと、失望感すら沸いてくる。

 

ただ少なくとも純粋な戦闘力では太刀打ちできない。彼女の中で大和の認識は大きなものとなっていた。

 

一夏を排除する上で最も障害となるのは大和だが、その障害を自身の力だけで打破することは困難を極める。自分とて不意打ちで勝とうとは思っていない、望むのは完膚なきまでに叩きのめして勝利することだけだ。

 

ISの操縦の腕に関しては未知数だが、それでもラウラと大和の間には圧倒的な経験差がある。ISに関して負ける要素は一つもない。

 

なのにいざ大和の前に立つと、全てを見透かされたような、得体の知れない不気味さを感じる。

 

どうこの障害を打破するか、彼女なりに考えたが良い案は思い付かない。すると考えている最中、大和から一つの提案があった。共にトーナメントのペアを組まないかと。

 

 

当然、ラウラはこれをバッサリと切り捨てる。得体の知れない人間を自分の側に置いておくのは自殺行為にも等しい。それも元々完全に敵対していた相手だ、どんな思惑があるかも分からない。メリットらしきものもないし、他を当たれと言い返そうと思った時、思わぬ提案を持ち掛けられる。

 

 

"もし俺とペアを組んでお前が優勝したら、この学園から出ていってやるよ"

 

 

ラウラにとっては思いもよらない提案だっただろう。自分が優勝するだけで、この男は自分の目の前から消えると言っているのだ。わざわざ自分で手を下さなくとも、勝手に居なくなってくれることがどれだけ今の自分にとってプラスか。意味が分からないほど頭は悪くない。

 

幸い、同学年に強敵と呼べる相手はいない。代表候補生二人を同時に相手をしても圧勝できたのだから、それ以外の生徒の相手など、赤子の手を折る程に容易いこと。一人でも十分に優勝することが出来る。

 

どうしてそこまでして自分とペアを組みたがるのかが気にかかるところではあるが、見返りを考えれば痛手にはならない。今ラウラにとっては大和という天敵さえ排除出来れば、これほど嬉しいことはない。

 

後はわざと負けることがないかどうかを気にしたが、大和の性格上それはないと判断し、特に言い返すこともしなかった。

 

何にしても優勝すれば良いだけのこと、直接自分が手を下すよりも簡単なことだ。

 

こんなに楽なことはないと、否が応でも笑いが込み上げてくる。

 

 

「くくっ……私を邪魔をする者はもう居なくなる」

 

 

誰もいない静かな通学路に、ラウラの不気味な笑い声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、大和くん。奇遇ね、こんなところで会うなんて」

 

「……そういうのは奇遇って言わないですよ、楯無さん。また勝手に人の部屋に入り込んで……」

 

「良いじゃない。一夜を共にした仲なんだから」

 

「誤解される言い方は不味いんでやめてください。あまりやり過ぎると織斑先生に……」

 

「じ、冗談よ冗談。ちょっとからかっただけじゃない」

 

 

ナギと別れた後、自室の扉を開けて真っ先に飛び込んできたのは、ベッドの上に寝そべりながら雑誌を読み漁る楯無さんだった。部屋の鍵を開けようとした時に空回りしたため、すぐに鍵を開けられていることは分かった。

 

もはや何度も同じことをされていると突っ込む気すら起きない。それでも少しばかりおいたが過ぎるところがあったから、魔法の言葉を一言ささやいてからかうのを辞めさせる。

 

名前一言で制止能力があるって、すごいことだと思う。あの楯無さんですら、抑制させるのだから威力は絶大だ。

 

 

「そういえばペアが決まったそうね。相手は確か……ラウラちゃんだったかしら?」

 

「えぇ、まぁ。さすがに情報早いですね。誰かから聞いたんですか?」

 

「そこは企業秘密だから、おねーさん言えないなぁ。でも知ったのはついさっきだから、最初から知ってたわけじゃないわよ?」

 

「さっき……って本当についさっきだから、最初から知ってるも同然だと思うんですけど」

 

 

 既に俺がペアを組んでいる事実は楯無さんには知られているようで、何気ない会話からトーナメントについて話がシフトチェンジする。すでに楯無さんは俺が誰とペアを組むのかは分かっており、相方の名前を告げた。相方……なんて呼べるほどの信頼関係はないが、トーナメントでは背中を預けることになる。

 

そしてボーデヴィッヒが優勝したら、IS学園を出ていくと啖呵を切ったことに関して後悔はしていない。帰りに怒られたことについては多少の罪悪感こそ残るも、ようは俺が賭けに勝てば良い。無謀だと思われるかもしれないが、少しくらい無茶するしかなければ、そうするしかない。

 

 

「それと、賭けに負けたらIS学園を出ていくなんて、随分と思いきった賭けをしたわね」

 

 

予想はしていたけど、やはり賭けについても知っていた。慌てず騒がず淡々としたいつもの調子で話し掛けてくるから、楯無さんの内が全く読めない。

 

一体どんな情報網なのか、考えてみるだけで末恐ろしくなる。この人だけは絶対に敵に回してはならない、本能がそう悟っていた。とはいえ、実態は俺の一つ年上の女性なのは変わらない。

 

もし更識家に生まれていなければ楯無の名を襲名することもなかっただろう。そう考えると廻り合わせは奇跡的でもあり、必然的なものでもある。

 

話を戻そう。賭けとしては分が悪いのは確か、勝つために奮闘するのに優勝したら俺はこの学園から出ていく。もはや賭けと言って良いのかさえ怪しいところだ。

 

それでも双方の合意の上で成り立っているわけだし、周囲を除けば何ら問題はない。

 

 

「そうですね……ただ俺は無茶とも思わないですし、無謀とも思わないです」

 

「どういうこと?」

 

「言葉通りです。誰にとは明言しませんが、アイツは、ボーデヴィッヒは間違いなく負けます」

 

 

今のままいけばボーデヴィッヒは間違いなく負ける。勘で言っているわけではなく、個々の力だけで勝ち抜けるほど現実は甘くない。

 

楯無さんと話をしながら制服の上着を脱いでハンガーにかける。本当なら全部着替えたいが楯無さんがいるし、女性の前で着替える訳にもいかなかった。ただ、いつまでも請福を羽織っているのも堅苦しいし、学校が終わったのに制服を着続ける意味もない。

 

楯無さんが制服姿で来てるのはまぁ……そういえば楯無さんの私服姿って見たこと無い気がする。一回一夜を共にした時は俺のジャージを貸したから楯無さんの私服を見たことがない。一度お目にかかりたいものだ。

 

さて、俺の言いたいことが何かと言うと、結局は敗北を知ることで、自分の今までを顧みる機会を設けられるから。特に相手が一夏ともなれば、まず間違いなく思う部分が出てくる。

 

 

「同学年に負ければ、アイツもある程度は思い直してくれると思います。力が全てじゃないって」

 

「随分と肩入れするのね。ラウラちゃんと何か関係でもあるの?」

 

「さぁ? 単に俺がお人好しってだけじゃないですか?」

 

 

じろりと楯無さんの探るような視線が俺に向けられるも、口調を変えずに返す。正直な話、ボーデヴィッヒとの関係を指摘されても、血の繋がりがあるわけではない。ただ一つだけ今言えることがあるとすれば、昔の俺と今のボーデヴィッヒが非常によく似ていることくらいか。

 

信じられる人間は自分だけ……いや、千冬さんという尊敬する人がいる分、昔の俺よりも人を信じることは出来ているみたいだ。そうは言っても、自分が認めた人間以外心を開こうとしない。誰にも心を開こうとしなかったことを踏まえるとまだマシだが、心を開こうとしない事実は変わらない。

 

織斑千冬という人物が、ボーデヴィッヒの中で依存してることで、今のしがらみから抜け出すことが出来ない。ようは全ての基準は千冬さんに置き換えられている。

 

実際にボーデヴィッヒが生徒に向ける視線は、軽蔑や侮蔑が含まれたもので言葉の節々にトゲを感じられる。まるで俺たちの存在が千冬さんに泥を塗っていると言わんばかりに。

 

俺の返答に対して楯無さんの表情が一瞬、不安げなものへと変わる。ただしそれもほんの一瞬で、次の瞬間には元の表情へと戻っていた。

 

楯無さんは千冬さんに次ぐレベルで鋭い洞察力を持っている。俺の過去の経歴については家内を除けば誰一人知らないし、データも残っていない。それこそISを動かした時には、幾多もの機関が俺の情報を得ようと血眼になって住んでいる場所を見つけ出そうとしたが見付からず。

 

精々分かったとしても生年月日と名前くらいで、それ以外の情報は漏れないようになっている。更に通信機器は全て霧夜家純正モデル。自分の家なのにたまに怖くなる時がある。

 

 

「大和くんがそう言うなら良いけど……」

 

 

やはりというか全くと言って良いほど納得してない。眉をひそめながら、疑いの眼差しを向けてくる。まだ何か理由があるんじゃないかと言わんばかりに。

 

これで仮に理由があったとしても、人に話すようなものではないし、話すことはない。ここから先の一線を越えさせるつもりはない、例え楯無さんや千冬さんだとしても俺の管轄に足を踏み入れさせたりはしない。

 

 

「とりあえず飲み物どうします? とはいってもカフェオレくらいしか無いですけど」

 

「えぇ、それでいいわ」

 

 

話に夢中ですっかり忘れていたが、飲み物を何一つ出していないことに気付く。楯無さんは大して気にしてなさそうだが、折角来てくれたのだから飲み物くらいは出してあげたい。

 

部屋に設置されている冷蔵庫の前まで行き、中からパックを取り出してカップに注ぐ。楯無さんの分だけ用意し、それを手早く楯無さんの前に出した。来るのが分かっていればクッキーとかを用意していたが、あいにく楯無さんは規則性が無い。

 

ただ来る時は大体決まっている、何かしら重要な話がある時だ。話の始めこそプライベートでも、最終的には別の重要な話に変わる。だから今回も世間話とは別に用があるんだろう。

 

取っ手に手をかけて飲み始める。飲み方一つでも絵になる人なんて早々居ないだろう。

 

 

「楯無さん、今度は俺から質問して良いですか?」

 

「珍しいわね。大和くんから質問だなんて。おねーさんに何でも聞いてごらんなさい。あっ、でもスリーサイズはトップシークレットだからね? でもどうしても聞きたいのなら……」

 

「聞きたくありません! 聞いたところでどう反応すれば良いんですか!?」

 

「えーと……皆に自慢出来るじゃない?」

 

「女性の秘密をベラベラと喋るほど、俺の口は軽くありません。それにトップシークレットじゃないんですか?」

 

 

こちら側から質問を持ち掛けたのに、出鼻をいきなり挫かれる。楯無さんのスリーサイズが知りたくないかと言われれば知りたい。知りたい知りたくないの問題ではなく、俺の聞きたいことは楯無さんのスリーサイズの話ではない。

 

少し真面目な話をしようとしたのに、これじゃ話をする気も失せてしまう。話す内容まで忘れる前に一旦落ち着こう。

 

 

「んんっ! 一旦話を戻します。このままだと埒が明かなさそうなので」

 

「えー? このままで良かったのに……」

 

「いいから落ち着いてください。結構大事な話ですから」

 

 

一言で言えば疲れる。悪い人じゃないのは百も承知だけど、下手に乗ってしまうと楯無さんのペースになってこちらの話が全く出来なくなる。性格上人をからかうのが好きなタイプのため、無理やりにでも話を中断させるしか方法が無い。相変わらず笑顔を絶やさずにこちらを見つめて来る楯無さんだが、大事な話だと伝えるとそれ以上何かを言うことは無くなった。

 

締めるところで締めれない人間はただの空気が読めない人間だが、楯無さんが場の雰囲気を汲み取れる人で良かった。

 

さて、場も落ち着いたことだし話を進めることにしよう。楯無さんはどんな話なのかと内心楽しみにしている部分もあるだろうが、残念ながらそんな楽しい質問では無い。はっきり言えば暗い感じの質問内容だと思う。楯無さんがこの質問にどう答えるのか、それとも答えられないのか、はたまた別の反応を返すのか。

 

 

 

 

 

 

「答えられればで構いません……孤独ってどう思いますか?」

 

 

 単刀直入に話を振ったことで、楯無さんの表情が固まる。質問内容の意味が分からないとでも言いたげな視線が俺を射抜いた。意味が分からないと言われても、質問内容を他の言い方に置き換えることは無理な話で、俺が聞きたいことは紛れもなく『あなたは孤独についてどう思いますか?』だからだ。

 

仮に立場が逆だったとしたら俺も思うだろう、こいつは何を言っているのかと。質問の内容としてはあまりにも突拍子のない漠然としたもので、この場で聞くような内容では無い。逆に楯無さんだからこそこの質問をぶつけた。

 

変な質問に一瞬戸惑ったような表情を浮かべるも、すぐに俺の質問に対して真剣に解答を考え始める。

 

そうは言っても答えが早々見付かるわけではない。

 

少し言い方を変えよう。

 

 

「分かりづらいですよね、すみません。言い方を変えます。今まで楯無さんが孤独を感じたことってありますか?」

 

「私が?」

 

「はい。もし答えたくないのであれば答えなくても大丈夫です」

 

 

これなら比較的答えやすい問いになったと思う。今までに自分が孤独だと感じたことがあるかどうか。親友や両親にまで見捨てられたりして、本気で自分は孤独の中を生きていると感じたことがある人はそう居ない。果たして楯無さんはそれがあったかどうか。

 

 

「そうね……仕事としての私なら思うこともあるのは事実ね。でも、一個人の私なら無いって断言出来るわ」

 

 

楯無さんらしいといえばらしいのかもしれない。

 

更識家の当主ともなれば、一人で抱え込むような問題も多くなる。それ故に孤独を感じることも多いみたいだ。少なくとも皆の長として組織をまとめなければならない。

 

それでも一個人として感じたことはないとはっきりと言い切った。並大抵のことでは孤独と感じないのかもしれないが、単純に考えて周りに楯無さんのことをよく理解してくれる人物がいるんだろう。

 

俺のことを見つめる瞳は真っ直ぐで、決して揺るがないものだ。嘘を言っているようにも見えない、そもそもこんなところで嘘をついたところで仕方ない。

 

こっちが真面目な質問だと念を押して投げ掛けているのに、ふざけて嘘を言うなんて人としてどうなのか。

 

 

「ちなみに……大和くんは孤独を感じたことがあるの?」

 

 

今度は逆に楯無さんの方から同じ内容の質問を投げ掛けてくる。質問の内容的には聞き返しやすいものだし、聞き返されることを想定していなかった訳ではない。

 

楯無さんが正直に話してくれたのだから、俺も正直に話すことにする。それに隠すようなものでもない。

 

 

「昔は孤独しかなかったです。味方なんて誰一人として居なかったですから……」

 

「……」

 

「でも今は違います。家族がいて、仲間がいて、守りたいと思える人がいる。孤独を感じたことはありますけど、もう一人ぼっちだなんて思ってないです」

 

 

 結局はここに繋がる。昔は孤独が当たり前だと思っていた。自分の存在理由、存在価値などないと。周りには腫れ物のように扱われ、要らなくなったら捨てられる。存在価値を自分で決めるのではなく、誰かに決められているという実感が苦痛で仕方ない。

 

憎い、人間全てが殺したいくらいに憎い。それが叶わぬなら自分がこの世から消え去りたい。何度頭の中で相手を、自分を殺しただろう。

 

もう数えきれない。

 

それでも歳月というものは不思議なもので、人間の心の内を変化させることが出来る。いままで憎いと思っていた人間に救われる。壊すのも人間だが、救えるのも人間。

 

人との繋がりを拒絶し、信じることが出来るのは自分自身と、自分を救ってくれた千冬さんのみ。俺がボーデヴィッヒとどこか似ていると思った一番の理由はそこだ。

 

反対に違ってしまったのは、俺は千尋姉に救われ、千尋姉を介して少しずつ人間に対して歩み寄ったのに対し、ボーデヴィッヒの場合は千冬さんに救われ、そのまま千冬さんに依存してしまっている。

 

つまり殻を破れずにまだ中に閉じ籠っている。

 

だから、今度こそアイツを殻から引きずり出してみせる。

 

 

「孤独に生きていくことがどれだけ辛いのか分かっているつもりです。だからこそ、俺はボーデヴィッヒに手を貸します。自分で自分の殻を破れるように……このまま千冬さんに依存し続けたらいつか壊れる。壊れるところを、俺は見たくないんですよ」

 

「……」

 

 

これは俺からの本心だ。鈴やセシリアを傷つけられ、ナギを混乱に巻き込んで、あまつさえ謝罪の一つもないのに、許すこと自体あり得ない。

 

俺だって決して先の一件を許している訳じゃないが、ボーデヴィッヒには一度知って貰わなければならない。当然事がトントン拍子で進むとは思わないし、簡単に成功するとも思ってはいない。

 

それでも、誰かがどこかで歯止めをかけて、向き合う時間を作らなければ、近い将来確実にボーデヴィッヒは壊れる。間違った方向に……道を踏み外しつつある場所にレールをひいて、方向修正をする必要がある。ただそれをするのは俺ではない。俺はあくまできっかけを与えるだけで、最終的に解決するのは本人だ。

 

無茶を承知。修羅場を何度も潜り抜けてきたのだから、これしきのことくらいは何ともない。いつもよりほんの少し、骨が折れる作業なだけだ。

 

生身での戦いで一般人に負けるなんて到底思ったこともないし、IS操縦でも動かしたばかりの生徒には遅れをとらない自信がある。

 

それでも、まだ足りない。

 

 

「楯無さん、お願いがあります」

 

 

皆を……いや、たった一人を救えるだけの力が欲しい。

 

 

その為には強くなるしかない。

 

 

だから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――俺とサシで勝負してください」


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