「あら、鈴さん」
「セシリア……奇遇ね。あたしはこれから月末のトーナメントに向けて特訓するんだけど」
「奇遇ですわね、わたくしも全く同じですわ」
時間は放課後の第三アリーナ。月末のトーナメントが近いということもあり、アリーナには大勢の生徒が押し寄せている。その中でばったりと出くわしたのはイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットと、中国の代表候補生、凰鈴音。言葉から感じ取れるように二人の間には見えない火花が散っている。
火花が散るほどに意識をするのは、互いがライバルと認識しているからこそだろう。初めは互いに認め合うことをしなかった二人だが、クラス対抗戦を経て大きく成長し、互いを認め合うほどに。
まだまだ荒削りな二人だが、磨いていけば間違いなく伸びる。二人ともそれだけの努力は惜しまない。それこそ最近は一夏に特訓という名目で一緒にいることが多いものの、自身の鍛練に手を抜いたりはしない。
二人がトーナメントで狙うは当然、優勝することだ。二番や三番を取って良く健闘しましたなんて誉め言葉はいらない、あくまでこだわりは自身が一位をとること、それ以外にない。
「ちょうど良い機会だし、ここでどっちが上かハッキリさせとくってのも悪くないわね」
「あら、珍しく意見が一致しましたわ。どちらの方が強くて優雅なのか、この場ではっきりとさせましょうではありませんか」
売り言葉に買い言葉。先日の実習でタッグを組んで惨敗したこともあり、二人の力がどのくらいなのか認識し合うのも悪くはない。遠距離射撃型のセシリアと、中距離格闘型の鈴。相性の甲乙はつけられないが、どっちが勝っても不思議はない。セシリアはスターライトMKⅡ、鈴は双天牙月を呼び出して、それを展開。いつでも戦闘を始められるように準備する。
「では……」
二人が対峙した瞬間、あらぬ方向から小さくもハッキリとした声がそれぞれの耳に入る。互いの耳に入ってきたのは、声の主がオープンチャネルを使ったからだろう。二人の対峙する地点に砲弾の飛来を知らせるアラートが届くと、即座にその場を離れて砲弾が飛んできた方向を見る。
砲弾が着弾した場所にはクレーターが出来、その威力を物語っている。後一歩、反応するのが遅かったら砲撃の直撃は免れなかった。砲弾が飛んできた方向を見た二人に飛び込んできたのは、漆黒に塗りつぶされたIS。
目の前に展開されるモニターには機体名が『シュヴァルツェア・レーゲン』と記されている。そしてそのISに登録されている操縦者は。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」
苦虫を噛んだように眉間にシワを寄せるのはセシリア。データだけで判断するのであれば、今まで自分が相手にして来た相手よりもレベルが上。戦ったことは無いにしても、すぐに相手の力量を図ることが出来た。それにプラスして欧州連合でのトライアルでの関連もあるかもしれない。
一方で、全くの無警戒だったところへの砲撃、それに勝負を邪魔されたことで、鈴は静かな怒りをラウラへと向ける。
「……どういうつもり? 後ろからいきなり砲撃するなんて良い度胸してるじゃない」
双刃を連結させた双天牙月を肩に担ぎながら、淡々と声をかけつつも、衝撃砲を準戦闘段階へとシフトさせる。ある程度今の雰囲気から、一触即発ムードが漂っていることは把握出来た。
「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。……ふん、データで見た時の方がまだ強そうではあったな」
ラウラの言葉に含まれる明らかな挑発。安い挑発だと普通なら鼻で笑ってやり過ごすところでも、今の二人には火に油を注ぐようなもの。
データ上の方が強いという言葉は、遠回しにお前らはデータの上でしか見栄を張ることが出来ない落ちこぼれだと捉えられる。ラウラの発した言葉が、二人の代表候補生としてのプライドを傷付けるには十分だった。
こめかみに血管を浮かべながら、二人はラウラの事を睨み付ける。
「何? やるの? わざわざドイツからやってきてボコられたいなんて大したマゾっぷりね。それともジャガイモ農場じゃそういうのが流行ってんの?」
「あらあら鈴さん、こちらの方はどうも共通言語をお持ちでないようですから、あまりいじめるのはかわいそうですわよ?」
今度は逆に鈴とセシリアが、ラウラに向かって挑発を返す。言葉には明らかな侮蔑の感情が含まれており、ラウラに対しての根強い怒りが感じ取れた。
そもそも一夏の一件を二人とも知っているため、彼女たちの中に眠る敵意は大きい。二人が何かをされた訳じゃないものの、自分の意中の男性を悪く言われ、気分が良いわけがない。それが因縁の相手であれば尚更だ。
反応した二人に引き換え、あくまでラウラは言い返されたことに冷静を保っている。この時点で完全に二人をキレさせる事を前提で話し掛けているのが分かる。
何を言ったところで今のラウラにとっては、心地のよい子守唄程度にしか思っていないんだろう。千冬や一夏の時と全く違い、表情一つ変わらない。むしろ笑みを浮かべるほどの余裕さえあるようだ。
「はっ、二人がかりで量産機に負ける時点で、貴様らの力量などすぐに図れる。中国もイギリスもよほど人材不足のようだな」
以前の実戦演習にて一組副担任の真耶と対戦した時に、全く自分の力を出せずに完敗したことがあった。仮にも二人は一国の代表候補生。IS学園の教師とはいえ、何も出来ずに負けたことは屈辱以外の何物でもない。
付け加えるなら相手は一人で、こちらは二人で立ち向かっての結果だ。個人の実力差があったとしても、目も当てられないほどの惨敗であることは、誰が見ても明らか。初めてだからコンビネーションや連携が合わなかった……そんな言い訳など認められない。
あの戦闘は二人の経験不足、現状の実力を物語っているのだから。
ラウラのじわじわと追い詰めるような追及に、徐々に二人の沸点が近付いてくる。我慢出来るとはいえ、いつ爆発するかなんて本人でも分からない。爆発させたい気持ちをぐっと堪えながらも、ラウラへと言葉を返す。
―――否、既に彼女たちの沸点は振り切り掛けていた。良く見ると二人が装備の安全装置を外すのが見える。
「ああ、わかった、わかったわよ。スクラップがお望みなわけね」
「ええ、そうみたいですわね。どうされます? わたくしとしては一人でも十分なのですが」
完全にラウラの挑発に乗せられる二人の様子を見ながら、ニヤリと不気味な笑みを浮かべるラウラ。
そして、トドメとばかりに。
「はっ! 二人がかりで来たらどうだ? 一足す一は所詮二にしかならん。下らん種馬を取り合うようなメスに、この私が負けるものか」
二人に絶対に言ってはならないことを声を大にして叫ぶ。分かってやっているのだから、尚タチが悪い。一瞬対峙する三人の間に静寂が訪れる。しかし今の一言が鈴とセシリアの沸点を振り切らせるには十分だった。
自分たちが格下だと決めつけられ、見下されたのももちろん、一夏のことを下らない種馬と罵ったこと。それが引き金となった。
自分達にとって大切な人を目の前で罵られて二人が黙っているはずもない。まず鈴が安全装置を外した衝撃砲の砲口をラウラに向ける。それに続いてセシリアがライフルのスコープを覗きながら、発射口を向けた。
「……今なんて言った? あたしの耳には『どうぞ好きなだけ殴ってください』って聞こえたけど?」
「この場にいない人間の侮辱までするとは、同じ欧州連合の候補生として恥ずかしい限りですわ。その軽口、二度と叩けぬようにここで叩いておきましょう」
一度キレたものはもう元には戻らない。目尻をつり上げながら二人はラウラに向かって敵意を飛ばす。
「ふん、これしきの安い挑発に乗る時点で、もう勝負は見えてる。とっとと来い!」
「「上等(ですわ)!!!」」
手招きをしながらファイティングポーズを取るラウラに向かって、一斉に飛び掛かっていく二人。三人の泥臭い戦いを止める者たちは誰もいない。観客席にいる生徒たちはその様子を黙って見つめ、アリーナで練習していた生徒は巻き込まれないように距離を取る。
勝負の結末が決まるのはまだ、先のことだ。
「ねぇ、一夏。今日も特訓するよね?」
「あぁ、トーナメントまで日がないからな。クラスの皆も頑張っているみたいだし、さすがに俺がだらしない姿を見せるわけにもな」
第三アリーナへと続く廊下をシャルルと一夏は並んで歩く。本来ならここに大和も追加される予定だったものの、彼の姿はどこにも見当たらない。
「ふふ、そうだよね。そういえば大和は来れそうなの?」
「いや、正直微妙だって。アイツがあそこまで焦るのは珍しいし、今日は厳しいだろうな」
「あはは……織斑先生お手製の課題プリントだったっけ? 僕もさすがに気が引けちゃうなぁ」
大和が来れない理由として千冬から与えられた大量の課題プリントを片づけなければならないからだ。そもそも大和はクラスの中では優秀な方で、聞かれた質問にはすぐ答えるし、抜き打ちテストをやっても大体高得点をたたき出してくる。授業中の素行が悪いわけでもない生徒が、何をどうして人より多い課題プリントを与えられるのか不思議でならない。
一夏もシャルルも、大和がどうしてそんなことになっているのか分かってないようだが、課題を与えられた原因に関しては大和自身が一番よく分かっているだろう。
と、課題を今日中に片づけなければならないということもあり、大和は一人、図書室にこもって課題を黙々と進めている。量だけ考えてもすぐ終わるような量ではないし、早く終わったとしてもアリーナの閉館時間ギリギリになる可能性が高いことから、今日くる可能性は低いと一夏も考えたようだ。
普段優秀な生徒で通っているシャルルでさえも、やりたくないと苦笑いを浮かべるだけだ。
「あ、今日は確か鏡さんたちがアリーナに行って練習するって言ってたな」
「鏡さん……ってよく大和と一緒にいる子だっけ?」
「あぁ。最初は大和が教えるみたいだったけど、大和が来れないから自主練習するとか言ってたような……」
教室で話していたのを何気なく聞いてたからどうなのかは分からないけど、と付け足す。トーナメントがタッグマッチということもあり、非常に全体の温度が高い状態になっているのは薄々二人も感じていたらしい。
「……なぁ、いつもこんなに人いたっけか?」
アリーナへ向かう途中に一夏が何気なく思った疑問、それがふと言葉に出る。さっきから廊下を走る生徒も数多くみられるようになった。この先は第三アリーナだ、人だかりが出来るような場所ではない。仮にイベントがあるならまだしも、今日行うようなイベントは無いはず。そもそもイベントがあったら、特訓のためにアリーナ自体使えない。
帰りのホームルームでの伝達事項にも無かったはずだ。
「ううん……何かあったのかな? ちょっと様子を見ていく?」
「そうだな、ピットに行くよりそっちの方が早いし」
ここから真っ先にピットに向かうよりかは、観客席によった方がアリーナの内部を良く見ることが出来る。少しだけ早歩きしながら、観客席へと向かう。
「誰かが模擬戦してるみたいだけど、それにしては様子が……」
おかしいと言い切る前に、観客席にまで響き渡る爆発音。たかだか模擬戦でここまでの爆発があるのかと、アリーナのガラス張りの窓からアリーナの様子を覗く。辺り一面に蔓延する砂煙、その中から二つの影が飛び出してきた。
「鈴! セシリア!」
飛び出してきた二人の表情には余裕が全く無い。相当追い詰められているのだろう、二人の展開するISの所々に傷があり、装備の幾つかは破壊されている。二人がかりだというのに、相手を無力化することが出来ない。同時に悔しさも見て取ることが出来た。
二人が出てきた後、砂煙から出てくるラウラ。
シュヴァルツェア・レーゲンの機体には傷らしい傷はほとんど見られず、装備の損傷もない。さらに二人がかりの鈴とセシリアに比べて、表情に余裕がある。息も上がっていなければ、疲れた表情もない。どちらが優勢なのかはすぐに分かった。
「な、何をしているんだ……?」
「くぅ……まさかこうまで相性が悪いなんて」
代表候補生を名乗っているだけあり、実力が高いことは鈴やセシリアも分かっていた。しかしそれでも二人がかりで戦っているというのに、苦戦を強いられていた。甲龍の最大の武器である、衝撃砲。
これはハイパーセンサーを使ったとしたも、黙視することが出来ないその一撃を難なく防いでいる。ラウラにも砲撃自体は見えていないはずなのだ、だというのにラウラに向かって攻撃を撃ち込んでも、その攻撃が届くことはなかった。
ラウラが手を突き出しただけで、砲撃が無力化される。最大の武器が使えないのでは、鈴も完全な接近戦を挑まざるを得ない。少しでもアドバンテージがあると思った衝撃砲が何度も防がれては、無駄にエネルギーを捨てているようなもの。
そう何回も撃てる代物じゃない。それにここまで数回、最大出力の『龍咆』を撃ち込んでいるせいで、エネルギーも既に半分を切っている。まさに相性は最悪、こちらの攻撃パターンも相手に読まれている。
「ちいっ……!」
シュヴァルツェア・レーゲンの肩付近に搭載された刃が射出されて、鈴へ向かって一直線に飛んでいく。ワイヤーと本体が接続する役目がある一撃は、かわしにくい起動を描きながら鈴へと接近。
忌々しげな表情をしながらも、一つ、二つと上下左右の上昇降下を繰り返して、懸命にこれを避け続ける鈴。一般人なら反応するだけでも精一杯の攻撃を辛うじてかわしていく、鈴の実力も相当だ。だが、その実力の更に上をラウラは行く。何度も回避行動を取っていれば、集中力はじわじわと確実に削られていく。
追い詰められた時の人間の集中力は相当なものだが、それは決して長続きするものではない。どこかで見落としが出てくる、どんなに優秀なIS操縦者であっても。
そしてワイヤーの一つが鈴の右足を捉える。しまったといった表情を浮かべるももう遅い。
「そうそう何度もさせるものですか!」
ライフルのスコープを覗き、ほぼノーモーションでラウラに向けて威嚇射撃を撃つ。かわされたとしても牽制になってくれれば良いと思いつつ、ビットを射出してラウラの元へと向かわせる。
「ふん、この程度の仕上がりで第三世代型兵器とは笑わせてくれる」
近接戦に不向きなブルー・ティアーズにとって、遠距離射撃は攻撃の要でもあり、セシリアの真骨頂でもある。ラウラの周りを覆い囲ったビットは視覚外から射撃を行う。
攻撃を繰り出すセシリアをつまらなさそうに見つめたかと思えば、ビットの展開された二方向に両手を突き出す。先ほどの龍咆と同じようにビットの動きが止まってしまうが、同じようにラウラは今両手が使えない状態だ。
セシリアがビットを動かす時には集中するために他の動きが出来ないのと同じように、ラウラも複数の相手や攻撃を同時に止めるのは不可能。一瞬ではあるが、ラウラの動きが止まる。
ラウラによって止められたビットをわざわざ動かす必要はない。
「動きが止まりましたわ!」
「それは貴様も同じだ」
ビットの操作を止め、再度ライフルによる攻撃を行うセシリアだが、同時にラウラの大型カノンによる砲撃がライフル攻撃を無力化。
すぐさま連続射撃へと移行しようとするセシリアに、先ほどワイヤーを使って捕縛した鈴を、振り子の原理でぶつけて動きを止める。原始的な方法ではあるものの、遠心力が加わった攻撃による衝撃は大きい。
「きゃあああ!!?」
ぶつかり合ったことで完全に体勢を崩した二人へ、ここで初めてラウラが突撃を仕掛けにかかる。一筋の弾丸が空気を切り裂くように一瞬で接近すると、両手首の袖部分から、ブラズマ刃が展開されて鈴へと襲いかかる。
「このっ!」
一気に間合いを詰めてくるラウラと距離をとりつつ、迫り来る刃の数々を防いでいく。必死に防ぐ鈴を嘲笑うかのように、更にワイヤーブレードが鈴を襲う。
ここまで来ると、全てを回避するのは難しい。少なくとも手持ちの近接武器である、双天牙月だけでは防ぐことは無理だ。厄介なワイヤーブレードを防ぎつつ、近接メインのプラズマ手刀の猛攻を止める必要がある。
この現状を漠然としたごり押しで押しきるのは不可能。再度衝撃砲を展開し、エネルギーの充電へと移る。
「甘いな。この状況でウェイトがある空間圧兵器を使うとは、笑わせてくれる」
言葉と同時に、甲龍の両肩の衝撃砲が実弾砲撃により破壊される。鈴に残されているのは近接武器による攻撃手段のみ、それに加えて衝撃砲を打ち出そうとした際の大きな隙があった。
その一瞬の隙をラウラが見逃してくれるはずもない。相手の目の前で体勢を崩すなど、どうぞ好きに攻撃してくださいと言っているようなもの。肩のアーマーを吹き飛ばされたことにより体勢が崩れた鈴に接近し、プラズマ手刀を無防備な懐へと突き刺す。
「させませんわ!」
刹那、高速移動で間一髪、鈴の間に入り込んだセシリアが、自らのライフルを盾にして一撃を逸らす。同時に腰だめに装着されている実弾ミサイルを発射させた。
轟音と共に爆風に包まれるアリーナ。あれだけ接近しての爆発なら、相手はおろか自分たちも爆発に巻き込まれるのは避けられない。刺し違えてでもというセシリアの判断だった。
爆風により、地面へと叩きつけられるセシリアと鈴。やり方としては少々強引で、セシリアの普段行うような戦い方ではなかったものの、今は形を気にしている暇はない。ミサイルが直撃したとしても、仕留めきれていない可能性だって十分にある。
とはいえ、既にシールドエネルギーは底を尽き掛けている。もはや二人揃って満身創痍も良いところだが、ラウラもあの爆発に巻き込まれたのだからただでは済まないはず。二人は何とか場に立ち上がり、蔓延する煙を見つめる。
「あんた……あの近距離でミサイル撃つなんて無茶するわね」
「愚痴なら後で聞きますわ。でもこれでダメージが通っているはず―――」
言いかけたところで、セシリアの言葉が止まった。そしてみるみるうちに信じられないとばかりに、顔が青ざめていく。視線の先の煙が晴れていく。あわよくばこれで倒れてくれれば、最低でもダメージが通ってくれればと思って自滅覚悟で放ったミサイル攻撃。
「どうした? これで終わりか?」
徐々に晴れていく煙幕の中から現れるラウラの姿、そして身に纏うシュヴァルツェア・レーゲンにはダメージらしいダメージが全く通ってなかった。
あり得ない、完全に直撃したはずだ。黙視確認は出来ていないが、あの至近距離でどうやってあのミサイルを防いだというのか。まさか防ぐ自信があって、わざと撃たせたとでも……。頭の中に浮かんでくる様々な可能性を振り払う。
考えたところでラウラはほぼ無傷の状態で立っている。その事実だけは覆しようがなかった。
「ならば次は――私の番だ」
ラウラが言うと同時に瞬時加速で地上へと移動し、無防備な鈴を蹴り飛ばし、セシリアに至近距離から砲撃を当てる、吹き飛ばされた二人にワイヤーブレードを飛ばす。先ほどまでならかわすことが出来たであろう攻撃も、今の状態の二人に抵抗する手段は残っていなかった。成すがままに、ワイヤーが二人の体を捉える。二人の体を捕まえてラウラの元にと手繰り寄せ、そこから先は一方的だった。
「ああああっ!」
抵抗の出来ない二人に対して容赦ない攻撃、殴る蹴るの応酬で二人のシールドエネルギーを削っていく。抵抗が出来ない時点で、二人に勝ち目はない。故に既に勝敗はついている。だがラウラは攻撃の手を緩めなかった。
一方的な展開に周りの生徒が騒ぎ立て始める。止めた方がいいのではないか、教師を呼んできた方が良いのではないか。様々な声が上がるというのに、誰一人としてラウラを止められる人間がいなかった。そして普段はいるはずの監視担当の教員が、今日に限ってまだ来ていない。
アリーナで起こっているのは模擬戦でもなんでもない、ただの一方的な暴虐だった。
されるがままの一方的な攻防に、鉄壁を誇るISの防御機能に亀裂が走る。いくら防御性能が高いとしても、攻撃をつけ続ければ限界がくる。鈴とセシリアのダメージの蓄積が多く既に機体維持警告域のレッドゾーンを超えて、操縦者生命危険域、つまりはデッドゾーンに差し掛かっている。
このまま攻撃をされ続ければISを維持することが出来なくなり、強制的にISが解除されることになる。そうなれば冗談抜きで生命に関わる状況に追い込まれる。
数々の大会でもデッドゾーンに陥ることはまず無い。そこまで追い詰めることは基本的に禁止されているし、ストップが入る。
ただ今はラウラの暴走を止められる生徒がいない、他の生徒も巻き込まれるのを恐れているからだ。このアリーナにいる生徒の大半は一年生。経験も浅いし、実戦経験をしている者はいない。
そんな自分たちが実戦経験豊富で、ドイツの代表候補生にまで登り詰めたラウラを止められるはずがない、ましてや鈴とセシリアが束になっても敵わない相手をどう止めるというのか。
―――怖い。
その感情が生徒たちを震わせていた。
「つまらん……この程度か」
二人の実力に失望したらしく、ある程度攻撃を終えると、ワイヤーを振り子の原理で鈴とセシリアを、あらぬ方向へと投げ飛ばす。投げた方向には丁度人だかりがあり、悲鳴をあげながら生徒たちは逃げていく。そしてそのうちの一人、打鉄を展開している生徒に直撃する。もはや対個人間だけではなく、周囲の無関係な人間まで巻き込み始めている。
自分が何かにぶつかったことに気付き、鈴とセシリアは安否のために声を掛ける。
「だ、大丈夫? ってあなたよく大和と一緒にいる……」
「鏡さん、大丈夫ですか!?」
「は、はい……」
ぶつかったのは他でもないナギだった。鈴の方は既にボロボロだが、ナギの方は纏っている打鉄のシールドが守ってくれたこともあり、ほぼダメージは無かった。特に外傷が無いことを確認すると、ほっと胸を撫で下ろす。
「あんた……全く関係ない人を巻き込むなんて何考えてんのよ!!」
「全くですわ! あなたには罪悪感が無いのですの!?」
「……そこでタラタラと離れずにいたから当たったんだろう。周りがよく見えていない証拠だ。そら、お前らはさっさと立て!」
「あぐっ!?」
周りを巻き込んだことに対しての罪悪感など微塵もないのか、何事もなかったかのようにワイヤーを引き戻し、二人を殴打し始める。
「ボーデヴィッヒさん止めて! もうやり過ぎだよ!」
二人がひたすらいたぶられる様子に、我慢ならなくなったナギが声をあげるも、その制止を振り切り攻撃の手を緩めようとしない。
「どうした! 殴られているだけか!? 少しはやり返してみせろ!」
不適な笑みを浮かべながら攻撃を加えるラウラ。誰も止められる者がいない中、アリーナにガラスが砕け散る音が鳴り響いたかと思うと、白い光がラウラに向かって接近する。
「おおおおっ! その手を離せえぇぇ!!」
白い光の正体は白式を纏った一夏だった。雪片に全エネルギーを集約させて零落白夜を発動し、アリーナの周りを覆うバリアを破壊。切り裂かれたバリアの間を突破し、アリーナへと侵入。ピットからでもアリーナに入ることは可能だが、わざわざ遠回りをしている余裕など、今の一夏にはない。
射程距離まで近付くと瞬時加速を使って一気にラウラに接近し、刀を振り下ろした。近付く一夏をラウラはまるで嘲笑うかのように見上げる。
「感情的で直線的、まさに絵に描いたような愚図だな」
「くっ……な、何だ!? か、体が急に!」
ラウラと目があった途端に、一夏の体が全く動かなくなる。刀を振りあげたまま一夏の行動はピタリと止まり、指一本動かせない。そうしている間にも零落白夜のエネルギー刃は小さくなっていく、このままでは鈴やセシリアの二の舞になるのは時間の問題だ。
「やはり敵ではないな。この私とシュヴァルツェア・レーゲンの前では貴様も有像無像の一つでしかない」
「くそっ!」
ニヤリと冷酷な笑みがラウラから溢れる。あまりにも歪みすぎたラウラの冷笑に、一夏は初めて人間に対しての恐怖を覚えた。額からは冷や汗が吹き出し、居ても立ってもいられなくなる。しかし強固な拘束器具で捉えられているみたいに、何をどうしようにも体が動いてくれない。
「―――消えろ」
言葉と共にプラズマ手刀を展開して振りかぶる。
やられる。
瞬時に一夏はそれを悟った。迫り来る恐怖に目を閉じる。
また自分は何も守れずに終わるのか、結局俺は口だけなのか。いくら訓練しても軽く相手に捻られて終わる。まともに勝ったことなど、このIS学園に来てからあっただろうか。いつも誰かを守ると言いつつ、守られてばかりだった。
悔しい……。もっと力があれば皆を守ることが出来たのに。悔しさのあまり、力一杯拳を握り締める。ISを纏った上からだというのに、自分の手のひらに痛みが走った。この痛みは、屈辱は決して忘れるものか。
胸に刻んだ一夏は迫り来るラウラの攻撃に備えて歯を食い縛る。
「……?」
ふと異変に気付く。思い返してみればどうして拳を握り締めることが出来たのだろうかと。ラウラに見られていた時は指一本動かすことが出来なかったというのに何故。
それにいつまで経ってもラウラの攻撃が来ない。どうなっているのかと、閉じた目を開いていく。
と。
「き、貴様はっ……!!」
驚くラウラの声の他に、ギシキシと金属同士がぶつかり合う鈍い音が聞こえる。暗い世界に明るい日の光が差し込んでくる。目を強く閉じていたこともあり、視界が若干ぼやけて見えた。ラウラと自分の間に、何かがいる。
もしかしてシャルルだろうか。この近くでラウラの攻撃を防げそうな人物といえば、シャルルしか思い浮かばない。鈴やセシリアでも防げるが、ISのシールドエネルギーが尽きた以上、動くことが出来ない。
大方、破壊したバリアの隙間から、ISを展開して入ってきたのだろう。
自分よりも実力が上の鈴やセシリアが束になっても敵わなかったのだから、手助けに来たと考えるのが妥当だ。そうとなれば自分も立ち尽くしている場合ではない。
徐々に視界が晴れていくにつれて目の前の人物がハッキリと映る。
目の前にいるのはシャルルではなく。
「―――やるか?」
生身の姿でラウラのプラズマ手刀を防ぐ大和だと。