IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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第五章‐Pseudo self‐
気になる気持ち


 

 

「あ……」

 

 

気がつくと俺はベッドの上で大の字になりながら寝ていた。カーテンのわずかな隙間から朝日が差し込んでくる。差し込む光が寝起きの俺にとっては限りなく眩しいものだった。

 

そもそも今何時だろうか手探りで目覚まし時計を探していると、手の甲に何かがゴツリと当たる。当たったものに心当たりがあった俺は、そのままそれを手繰り寄せる。手の甲に当たったのは言わずもがな、目覚まし時計だ。閉じたままの目を薄開きにして時間を確認し、時計をスタンドライトの置いてある台へと戻す。

 

時間は五時半、早朝ランニングに出掛ける時間としては少しばかり早い。ただ二度寝をするような時間でもないし、すぐに着替えて出発するような時間でもない。いつも部屋を出るのが六時手前だから、まだ横になっていてもいいだろう。

 

昨日は寝たのがいつもに比べると幾分遅かった。シャルルが部屋に来るまで寝た振りをしながら待ち、話を聞いた後はシャルルを部屋まで見送ったわけだが、どうにもその後からの記憶がない。単純に考えればそのまま眠りについたと考えるべきだけど、夜遅くまで起きていた時はどうにも寝起きが良くない。

 

遅寝早起きに慣れていない訳じゃないけど、常識的に考えて夜遅くまで起きていれば朝はゆっくり寝ていたい。

 

 

 

 

……やっぱり起きよう、ゴロゴロしてたところで時間の無駄になるだけだし、それなら早めに戻ってきてゆっくりすれば良いだけのこと。

 

腹筋の要領で上半身を起こしてベッドから立ち上がると、そのままクローゼットの引き出しを開け、中からランニング用のウェアを取りだして、手早く着替える。その足で洗面所に向かい、寝癖が目立たないかどうかを確認し、特に問題がないことを確認すると、足早に部屋を出た。

 

 

 

 

 

「ふぅ……もう大分暖かくなったな。そろそろ上着は無くても良いか」

 

 

春先に比べれば随分暖かくなったなぁと思いながら、いつものランニングコースを走る。額についた汗が大粒の水滴となって瞼に落ちてくる。ウェアを腕捲りし、腕を使って額の汗をぬぐうもあまり効果はない。涼しいがために朝走るわけで、涼しくなかったらいつ走っても変わらない。

 

部屋に戻る時には結局汗だくになって帰るから、いつ走ろうが変わらないんだけどな。それでも何だかんだ言っても、朝は涼しいときの方が走りやすかった。冬だと今度は寒すぎて中々体が温まらないから、走る距離が増える。

 

体を動かすことが好きだから、早起きして走ることに抵抗はない。そもそもの体力作りにもなるし、オーバーワークをしなければ、体を壊すこともない。それに疲れている時はすぐに分かる、自分の体だしな。

 

目の前に広がる散歩道をペースアップしながら走り抜ける。この段階で力の加減としては八割程度、体に掛かる負荷としてはかなりのものが来ている。それでも毎日、同じことをこなしていれば体は自然と慣れる。今じゃ心地よい運動にしか感じられない。

 

着々と脳筋になっている気がする、ムキムキになる気はないけど。

 

 

「はっ、はっ……ん?」

 

 

時間帯が時間帯だけに、この時間に外に出ている生徒はまず居ない。IS学園に来てから朝のランニングで会ったのは千冬さんくらいで、それも毎回会うわけではない。それだけに目の前に人がいるのが珍しく思えた。相手も朝のランニング中なんだろう、一定のペースを刻みながら右手を見ながら走っている。

 

右手に付いてるのは時計かなにかか、ただ心なしか付けているものがどこかで見たことがあるような気がする。更に言うなら走っている後ろ姿も……。

 

 

「……まさか」

 

俺と相手との距離は十数メートルくらい。この距離なら普通足音で気付きそうなものだが、目の前のその人物は気付く素振りすらない。見方を変えればそれだけ走ることに集中しているとも言える。

 

ってかこの後ろ姿って明らかにアイツだよな。

 

そのままの速度でも十分に追い付くのは可能だが、少しだけギアを上げることにする。いつコース変更するかなんて分かったもんじゃないし、別のコースに行かれたら俺の予定まで狂ってしまう。正直いつもやることだから、コースとかはあまり変更したくない。自分で変えるのならまだしも、相手に変に合わせてしまうとやれることも限られて来てしまう。

 

ダンッと地面を蹴り一気に目の前の目標に向かって接近、ピッチを上げて足音も早くなったのに未だに気付いてない。ならばと勢いそのままに相手の横に並走し、そこで初めて声を投げ掛ける。

 

 

「よう、一夏! 朝早くからせいが出るな!」

 

「はっ……や、大和!? こんな朝早くから何やってるんだ!?」

 

「いや何って、ランニングだけど。つい最近から始めたのか?」

 

「ああ。……日頃の訓練もそうだけど、こうして実際に体を動かして鍛えるのも良いかなって思って……さっ!」

 

 

走っている人物は思った通り一夏だった。黒のトレーニングウェア羽織り、驚いた顔で俺の顔を見つめてくる。互いにペースダウンしながら、ゆっくりと並木道を走っていく。

 

俺は毎日決められたコースを走っているため、もし一夏が毎回別のコースを走っていたら会わないのも頷ける。どれくらいの距離を走ったんだろう、額は既に汗だくで髪もぐしゃぐしゃに濡れていた。息づかいもいつもよりも荒く、既に結構な時間を走っていたことが容易に想像が出来る。

 

 

「大和は……毎日走っていたのか?」

 

「あぁ、基本的にはな。ペース的には疲れてくる時ほど上げてる。スピードは落ちてるだろうけど」

 

「なるほど。どうりで大和に勝てないわけだ、まず根本的な意識が違うんだからさ」

 

「俺は別に選ばれた人間じゃないし、一線で戦えるようになるには、こうでもしないと皆には追い付けないしな。操るのはISでも、体を鍛えてないと、基礎体力なんかはIS動かしただけじゃ身に付かないし」

 

 

まだ先日の一件を引きずっているらしい。それこそあまりに気負いすぎてオーバーワークにならなければいいけど。

 

 

「あれからちょっと考えたんだ。守る守るって言って、結局俺は何か守れたのかって」

 

「……」

 

「対抗戦の時も、俺がしっかりしていれば鏡さんは危険な目にあうこともなかった。……口だけで、俺は何一つ守れていない。むしろ守られてばかりだ」

 

 

クラス対抗戦がもう随分前のことのようにも思える。確かにあの時ナギは命の危機にさらされたが、それは一夏がキチンと守らなかったせいではない。油断をしなければ……と揚げ足を取ればそうかもしれないが、第一前提として、ナギが来る可能性は誰もが予想だにしなかったこと。仮に予想出来ていたとすれば、もはやソイツ自身が意図的にそう仕向けたようにしか見えない。

 

もしくは神様くらいだろう。この世に神様なんてものがいるのなら……だけど。

 

 

「それこそ毎日の訓練だって、どこか手を抜いていた部分があったんだと思う。でもこのままだと俺は成長出来ない上に、皆に置いていかれる……そう思ったんだ」

 

「……なら、見返すために更に努力しないとな。よし! 俺に着いて来い。コースとかは特に決めて無いんだろ?」

 

「あぁ、とりあえず時間を決めて走ろうと思ってたからな。大和はコースを決めているのか?」

 

「おう。ペースをあげる場所やコースは決まっているから、変に時間が過ぎることもないし、かなり負荷がかかるからトレーニングにお勧めだぞ」

 

 

決まっているコースとはいえペースを早めたり遅めたりするインターバルや、高低差が激しい坂道を登ったりもするし、初見だと着いてこれるかどうか怪しいところだろう。というかほぼ百パーセント着いてこれない、それくらいに厳しいコースだと思っている。

 

このコースは朝千冬さんに出会った時に教えてもらったコースで、何故か茶道部の入部テストで使っているだとかいないとか。茶道部は千冬さんが顧問をしていることもあり、入部希望者が続出しているらしく、その為に考えたコースらしい。

 

……茶道部の面影がないって突っ込みはなしだ、誰もが知ってることだし。

 

 

さて、それだけ厳しいコースを走るのに俺が一夏にペースを合わせることは簡単でも、それでは一夏のためにはならない。一夏も俺が手を抜いていてペースを合わせることを望んではいないはずだ。

 

戦いもトレーニングも、手を抜かないのが俺の信念。一夏がどこまで着いてこれるか楽しみだ。

 

 

「分かった、じゃあ案内してくれ」

 

「決まりだな。先に言っとくけど、遅れたら容赦なく置いていくから気を付けろよ?」

 

「うっ……お手柔らかに頼む」

 

 

 容赦なく置いていくという単語に若干ながら一夏の表情が険しくなる。今の一言で大体どうなるかを察したんだろうけど、これしきでへこたれては困る。幸い一夏は成長途中だし、叩けばまだまだ伸びる。今の一夏はそこら辺に転がっている石の状態だ。何もしなければただの石だが、磨けば光輝くダイヤにもなる。

 

特に純粋な身体能力に関しては鍛えれば伸びていく。だからこそ、叩き甲斐があるもの。一線は越えないけど、ギリギリまで追い詰めるのもありか。

 

 

「よっしゃ、行くぞ!」

 

「お、おう!」

 

 

ジョギングの状態から一気にペースを上げ、並木道を駆け抜ける。後ろを振り向かなくても、足音で一夏が着いてきているかどうかは分かる。走り始めたばかりということもあり、後ろからは地面を蹴る足音が聞こえる。これがいつまで続くかは分からないが、今の一夏の体力がどこまであるのかを見極めるには良いかもしれない。

 

その後、ランニングは小一時間ほど続くのだが、一夏がどうなったのかはお察しだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「い、一夏、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫……少し疲れただけだから……」

 

「全然大丈夫に見えないんだけど!?」

 

 

教室までの廊下をフラフラと千鳥足で歩く一夏に対し、これまでに見たこともないくらい心配そうな表情を浮かべるシャルル。事情を知らないシャルルは当然のごとく、慌てることしか出来ない。

 

ランニングを始めた後、最初は俺のペースに合わせて走ってきたものの、途中の坂道から一気にペースダウン。頭は全力を出そうと思っているのに体が全く着いていかず、最終的にはバテバテの状態で寮まで戻ってきた。

 

ランニングが終わった時には足をまともに動かすことが出来ずに、俺が肩を貸しながら部屋まで戻ってきた訳だが、それからもう一時間以上経つというのに、一夏自身の体力は回復しきっていなかった。

 

 

「まぁ、一日生活してればある程度治るだろ。怪我はしてないよな?」

 

「あぁ……しかし、ランニングがあそこまできついとはな。正直走ることを嘗めてた」

 

「俺たちが普段走り慣れてるのは平地だからな。坂や平地を交互に、それもペースまでバラバラにすると、そりゃ初めは足もついていかないって」

 

「え、え?」

 

 

何度も言うようにシャルルは俺と一夏が朝ランニングに出掛けたことを知らない。一夏が出掛けたのは知っているかもしれないが、一夏が俺と一緒に走った事実は知らないはずだ。現にシャルルの反応が物語っている。

 

 

「最低一週間は筋肉痛が酷いと思うけど、続けてればいつかは慣れるさ」

 

「……だといいけど」

 

「あの……一夏? 大和? 僕、二人の話していることがよく分からないんだけど……」

 

 

オロオロしながら、俺と一夏の顔を交互に見る姿が可愛らしい。シャルルのランニングと、俺たちのランニングとでは認識に違いがあるみたいだ。何をどうすればここまでボロボロになるのかと。

 

それこそ無茶したって言えばそれで丸く収まるんだろうけど、内容を話したら逆にシャルルがドン引きしそうだからやめておく。話した瞬間に私の一夏に何してんの的な感じで刺されたら嫌だし、うん。

 

さて、ここまで来るのにいつもより時間が掛かってしまった訳だが、ようやくゴールの教室だ。教室に入ろうと部屋の前に立った時、それは聞こえた。

 

 

「そ、それは本当ですの!?」

 

「う、ウソついてないでしょうね!?」

 

 

ドアを開ける前だというのに、教室から廊下まで声が響き渡る。ドア越しにこれだけの声が聞こえてくるってことは、中では相当大きな声を出していることになる。

 

 

「……大和、今のってセシリアと鈴の声だよな?」

 

「あぁ、何話してるかは分からないけど……そもそも鈴が朝っぱらからうちのクラスに来るって珍しいな」

 

 

声に特徴があるから声の人物が誰かは、すぐに断定することが出来た。昼なんかは一緒に食べることも多いけど、朝から俺たちのクラスに鈴が来ることはあまりない。それも朝っぱらから大声を上げるなんて、余程興味深い話があったんだろう。最も、話を聞いていない俺たちとしては興味の持ちようが無いし、特に気にも止めないままに教室へと入る。

 

すると入り口のすぐ近くの机に、セシリアと鈴が身を乗り出すようにして話を聞いている。周りには同じように話を聞く集団が数人いた。話に夢中になっているらしく、俺たちが入って来たことに気付いていない。

 

クラスを見回すと、どこもかしこも仲良しグループが集まって話に花を咲かせている。奥にいる何人かは俺たちが入ってきたことに気付いて、手を振り返してくれる子もちらほら。

 

に引き換え、目の前にいる二人の国家代表候補生と来たら……。

 

 

全く気付かないくらい集中して話を聞く二人に呆れながらも、挨拶はしようと声を出そうとする。

 

 

「本当だってば! この噂、学園中で持ちきりなのよ? 月末の学年別トーナメントで優勝したら織斑くんか霧夜くんと交際出来――」

 

「「ん? 俺がなんだって?」」

 

「きゃあああ!!?」

 

 

待てやコラ、いきなり人の顔見てこの世の終わりみたいな悲鳴出すとは失礼な。これが男だったら全力で殴りそうなところだけど、そこはまぁ女性だしご愛敬ってことで。

 

それでも声をかけただけで全力の悲鳴を上げられると凹むなぁ。メンタルが弱いとは思わないけど、常識的に考えてみてほしい。

 

 

「おいおい、さすがに顔見た瞬間に悲鳴あげられると傷つくっての」

 

「それで、一体何の話をしてたんだ? 俺と大和の名前が出ていたみたいだけど」

 

「う、うん? そうだっけ?」

 

「さ、さあ、どうだったかしら?」

 

 

返ってくる言葉はどれもこれもすっとぼけたようなものばかりで全く当てにならない。内容をどうしても知られたくないようで、何があっても言うつもりはないらしい。じろりと見つめるものの、見つめた瞬間に俺から罰が悪そうに視線を逸らしていく。如実すぎる反応が隠し事があるのを証明しているわけだが、別に悪意があるわけじゃなさそうだし、下手に問い詰めても仕方ない。

 

で、さっき大きな声を出したセシリアと鈴にも同じように視線を向けるわけだが、クラスメートと反応はまるで同じ。挙げ句の果てには笑いながら誤魔化そうとしてくる。むしろその行動自体のせいで、意地でも話の内容を探り当ててやろうと思うわけだが。

 

 

「じゃ、じゃああたし自分のクラスに戻るから!」

 

「そ、そうですわね! わたくしも自分の席につきませんと!」

 

「は? お、おい! まだ別に時間にはなって……行っちまった」

 

 

まだホームルームまで時間は十分ほど残っているというのに、よそよそしい態度で鈴は教室の外へ、セシリアは自分の席へと戻っていく。二人の行動を皮切りに、賑やかだったクラスから他クラスの生徒がぞろぞろと外へ出ていく。

 

見慣れない顔があると思ったら、別のクラスの生徒だったのか、どうりでクラスの人数が多いと思うわけだ。結局話はうやむやにされたまま、うまく逃げられた形になる。勝負をした訳じゃないが、何か負けた気分だ。心がモヤモヤしてスッキリしない。

 

 

「なーんか、訳ありっぽいな」

 

「うーん。でも僕たちは話を聞いた訳じゃないから、何とも言えないよ」

 

 

シャルルの言うこともごもっとも。話を聞いた訳じゃないし、噂話なんて入学してからどれだけあったことやら。危害が無いなら気にする必要はないし、偶々鈴やセシリアにも興味があった。

 

そう片付ければ納得は出来る。一夏やシャルルや俺のいずれかが問題を起こした訳じゃなさそうだし、深く心配することも無さそうだ。

 

 

「まぁいいや。俺らも席につこうぜ、いつまで立ってても仕方ない」

 

「そうだな」

 

 

しかし一体何を話していたんだろう。こういう時の女子の結束力って無駄に強いから、聞いても絶対に教えてくれないだろうし、聞くだけ時間の無駄か。

 

自分の席へと座り、鞄を机の側面についているフックに引っ掛ける。教室の時計で時間を確認すると、まだ時間には余裕があった。ただ今から席を立つのも面倒くさいし、廊下に出たところですることもない。ホームルームまで携帯をいじっているのも時間がもったいない上に、時間を過ぎて使っているのがバレたら没収は避けられない。

 

なら、周りと話をしながら時間を潰すのが一番良い時間の使い方か。

 

荷物を整理していると、隣のナギと視線が合う。あぁ、そういえば挨拶はまだだったっけ。

 

 

「あっ、大和くん。おはよう」

 

「おう、おはよう。……ってあれ、今日はいつもより荷物多いみたいだけど」

 

 

挨拶を交わした時に俺の目に映ったのは、見慣れない手提げ袋だった。可愛らしい動物の刺繍が入っているところを見ると、如何にも女の子の持ち物らしい。ここ最近俺が気付いてないだけなのかもしれないが、動物の手提げ袋を持ってくることは無かったはず。

 

弁当用の手提げに見えないこともないけど、一人分の弁当を入れるためだけにしては大きい気がする。中身を覗こうとまでは思わないものの、いつも持ってきていないものを持っていればやはり気にはなる。

 

 

「え……こ、これ? これはちょっと……うん。成り行きっていうか」

 

「……もしかしてだけど、ナギも何か隠してるのか?」

 

「そ、そんなことないよ!?」

 

「そ、そうか」

 

 

机においてある袋を側面のフックに引っ掛けて、あくまでただの手荷物ですと言い切るナギだが、反応が反応なだけに隠し事をしてるんじゃないかと無意識に悟ってしまう。

 

とはいえ、あまりナギを深く言及したところで意味がないの分かっている。どうも女子生徒同士で俺や一夏に話せないような秘密があるみたいだし、それに比べれば些細なものだろう。よく考えれば自分の手荷物を異性に見られるのはかなり抵抗がある。

 

手荷物に関して追及するのはやめよう。

 

 

「あっ、隠し事って訳じゃないの。うん、その……」

 

「?」

 

 

 顔を赤らめて手をもじもじとさせるが、何を言いたいのか分からない。俺がやらかしたならそれまでだけど、今の会話の中に顔を赤らめる要因になったものがあるようには思えない。

 

隠し事って単語を聞くと、周囲に隠し事をしている人間が多いせいで、全員が俺に隠し事をしているんじゃないかと思い込みそうだ。

 

それにどうにもナギの歯切れも悪い。元々ハキハキと話すタイプではないのは知っているが、そうだとしても反応が如実すぎる。手をもじもじとさせるだけではなく、別の方向を見たり、唸ったりととにかく落ち着きがない。

 

 

「言いたくないなら、無理して言わなくても良いぞ? 俺も無理矢理聞こうとは思わないからさ」

 

「えっと……あの……大和くんゴメン。メールで伝えるからメール見てもらって良いかな?」

 

「メール?」

 

 

 口では言いたく無いらしく、メールで送信するとのこと。言いたくない理由は周りにクラスメートが居るからだろう。気付けばナギの後ろの生徒が、興味深げにこちらを見つめていた。

 

更に一夏の隣にいる谷本がこちらをニヤニヤと見つめている。笑みを浮かべるってことは、谷本自身は内容を知っているってことだよな。何だかあまり良い予感がしないんだが、大丈夫だろうか。

 

果てしなく不安になってきた。

 

 

「お、届いた」

 

 

 そのわずか数秒後、等間隔のバイブレーションと共に携帯の画面がメールの受信画面に変わる。差出人は鏡ナギ、伝えたい内容が書かれているみたいだけど、メールで送ってくるということは、他の人には絶対に聞かれたくないことなんだと思う。一旦メールボックスを開く前に目線だけで辺りを見回し、誰かがこちらを覗き込まないかどうかを確認する。

 

前にいる一夏は荷物整理をしているため、こちらを向く気配が一切ない。後ろの席の岸原理子はそもそも席についておらず、別の場所でクラスメートと談笑している。俺の左右には誰もいない、誰にも気付かれずにメールを読むのなら今のタイミングだろう。

 

携帯のメールボックスをクリックし、そのまま受信フォルダを開いて未開封のメールを開く。差出人はナギで間違いない、そのまま画面をスクロールしながら文面を眺めていく。

 

 

「……」

 

 

”メールでごめんね、どうしても言いづらくて……。

 

もしよかったら今日のお昼一緒に食べよ?

 

その……二人で”

 

 

 メールの文面は一緒に昼飯を取ろうというものだった。正直この文面だけで判断しようとすると思わず首をかしげてしまう。悲しきことに俺の体はすでにこのIS学園に慣れてしまっているせいで、女性に対しての感覚が随分と麻痺しているらしい。ほぼ毎日女性と食事をとれているってことがどれだけ恵まれていることなのか、冷静に考えてみればすぐ分かること。

 

ナギと二人っきりで……二人!?

 

 

……そういえば複数の女性と飯を食べることはあっても、二人きりで食べることは無かったような気が。一度だけあるとすればボーデヴィッヒに釘を刺した時くらいか。それでも特にボーデヴィッヒを意識することは無かったし、笑い合う状況になったわけでもない。

 

ただ淡々と目先の料理を食べただけだ。

 

 

俺の見間違いじゃなければ、一番最後の行に書いてあったはずだ。再度携帯を開き、慌ててメールボックスを開いて確認をする。

 

 

「あ……」

 

 

俺の見間違いではなく、携帯の文面には『二人で』とはっきりと書かれていた。しばらく携帯を持ったまま画面を凝視しつつも、事実を把握した俺は顔だけを左側に向ける。視線の先に飛び込んできたのは、今にも緊張で倒れそうなくらいに耳まで赤くなりながらこちらへ目線を向けるナギの姿だった。

 

その姿は俺の反応を待っていることもあり、どこか不安げな感情が入り交じっており、持っている携帯を祈るように握っている。

 

不安げではない、不安なんだ。断られるんじゃないかと。

 

 

「……っ」

 

 

ヤバイ、何だこれ。すげぇ意識しちまう。

 

ようはナギが言いたいことって、お昼は誰かを一緒に誘うんじゃなくて、俺と二人きりで食べたいってこと……だよな。

 

昨日のシャルルに引き続き、仲の良い女友達の『女性』として一面を見てしまったせいで、体の体温がグングン上昇していく。相手を何とも思わなければ体温が上昇するわけがない、現にボーデヴィッヒと二人で食事をした時は一切『女性』として意識することはなかった。

 

でも今回は強烈なまでに意識してしまう。いや、二人で出掛けたあの時からずっと……気になる異性として。

 

これじゃまるで俺が……。

 

 

と、とりあえず返信しよう。折角誘って来てくれているんだし、何も反応しないのではナギにも失礼。二人で食事を取るくらいなら大丈夫、別に問題があるわけじゃない。

 

 

「了解……っと」

 

 

平静を装おっても、心拍数だけはどうしようもなかった。今胸に耳を近付けられたり、手を置かれたりしたら、一発で緊張状態にあることを悟られるほどに。

 

メールの送信ボタンを押して、再度携帯電話の蓋を閉じる。蓋を閉じたのを見計らったように、ホームルーム開始のチャイムが鳴り響く。席を立ったままのクラスメートたちは慌てて自分の席へと戻り始めた。もし千冬さんが教室に入った時に、席から離れていようものなら、出席簿による鉄拳制裁は免れないからだ。

 

それは俺や一夏のような男子生徒だけではなく、女子生徒だろうが関係はなく、携帯電話を使っていても例外ではない。返信を終えた携帯電話をそっと、鞄の中へとしまった。横目にナギを確認すると同じように、携帯電話を鞄の中へとしまう。気になる内容とはいえ、鉄拳制裁を受けるのとは天秤にかけられない。

 

男女平等、女子だからという理由で手を抜くことはない。一ヶ月過ごしてみて、千冬さんの来るタイミングを皆把握しているようで、ここ最近は誰かが鉄拳制裁を受けることは見なくなった。

 

案の定、皆が席についた瞬間に教室のドアが開き、千冬さんが入ってくる。同時に先程まで高揚していた気持ちが徐々に落ち着いてきた。

 

 

(何だか俺らしくないな……)

 

 

 

 

ここ最近色々なゴタゴタのせいで、女性に対して敏感になっているのも事実だが、間違い無く、話す度に意識する度合いが強くなっている。

 

ナギの存在が俺の中で大きくなっている証拠なのか。

 

 

 

IS学園での生活を初めに思い描いた時に、まさかここまで充実した生活を送れるなんて、夢にも思わなかった。ましてやこの女尊男卑の世の中で。

 

平凡な日常。

 

それは理想であり、誰しもが得られる生活ではない。大概の人間は程度に違いはあれど波瀾万丈な生活を送っている。生活の中で苦労があり、更に僅かながらの楽しみがある。

 

平凡な日常を送りたいという願望は一番の贅沢だ。俺が護衛業を営んでいるとはいっても、それも波瀾万丈な生活として扱われるんだと思う。

 

ただ波瀾万丈な生活と違うところは、護衛という仕事上、生死に関わることも多い。テレビによく出てくるようなガードマンやSPとは似て非なるもので、一歩間違えればクライアントどころか自らの命を落とすことだってあり得る。

 

そんな一般の人間が思い描く日常から、かけ離れた日常を送っている俺が誰かを笑顔に、幸せにすることが出来るんだろうか。

 

命の危険に曝すくらいなら、一人で生きていく方が吉なのかもしれない。

 

 

分からない、どうすればいいのか。

 

 

 

それでも、分からなかったところで何かが変わるわけじゃない。

 

俺が例え護衛という仕事をしていたとしても俺は『霧夜大和』だ。俺の存在が消えてなくなるわけでも、否定されるわけでも無い。

 

生きがいなんてモノを深く考えるのは辞めた。そんなもの、壁に当たった時に考えれば良い。無くったって生きていける、むしろ生きがいを考えることが生きがい……それで十分だ。

 

 

 

―――鏡ナギ。

 

彼女が俺のことをどう思っているのかなんて、接し方を見ていれば分かる。俺が彼女を思う気持ちが何なのか、今まで経験したことのない感覚にまだ答えが出ていないけど……。

 

いつかは自分の中で答えが出るんだと思う。

 

 

(……参ったね、どうも)

 

 

そんな苦笑いしか出てこない、朝の一時だった。


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