IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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葛藤、衝突。そして確信

 

 

 

「……はぁ」

 

 

天井へ向かって無意識に溜め息を吐く。寝転んだベッドが僅かに沈み、身体の周りをシーツの冷たさが包み込む。

 

折角の休日だというのに、彼女の心は晴れないでいた。休日といえば学生の花でもあり、プライベートを思いきり楽しむことが出来る貴重な時間。では、そんな貴重な時間なのに何故心が晴れないのか。別に課題が山のように残っているわけでも、今が日曜日の夜とかそういうわけでもない。

 

―――鏡ナギ。どこにでもいるような普通の女の子だ。

 

高校一年生ともなれば、それなりに悩みも出てくるし、異性に対して意識をする。彼女の中には密かに思いを寄せる男性がいた。

 

霧夜大和。この学園にいる数少ない男子生徒で、世界で二番目にISを動かした男性操縦者でもある。ただでさえ女性の園といわれるIS学園に男子が入学しようものなら、よかれ悪かれ全生徒の注目の的にもなる。

 

知名度だけでいえば一夏よりも低いものの、生徒の中での大和の評価は非常に高く、中には少しでもお近づきになりたいと話し掛けてくる生徒だっている。大和もあまり抵抗が無いようで、誰とでも平等で気軽に接するし、嫌がる素振りも見られない。

 

そんな男性が自ら友達は少ないと言うのだから、驚きでもある。以前、彼女が居たことがあるかと質問したことがあるが、本人は居ないとキッパリと言い切ったことが学内に噂で広まり、月が経つにつれて大和の人気が上がっているのは明らかだった。

 

ナギ自身、初めから大和に好意を持っていた訳ではない。初めて話したのは入学初日の寮の食堂での出来事だ。三人で食事をとっていたため、偶々席が一ヶ所空いており、そこに運良く食堂に現れた大和が座っただけのこと。

 

クラスでは席が隣同士以外に、何か接点があるわけではない。隣同士ということで、話しかけやすいのではと言われればそうかもしれないが、まず彼女の性格上自分から率先して話し掛けていくタイプでもない。

 

そして特に自分に秀でたものがあるかと言われれば、思い浮かばない。もちろん、他の人から見ればあるのかもしれないが、自分でこれが秀でていると言い切れるものは無かった。

 

 

「……うぅ」

 

 

ごろりと寝返りを打ちながら、ベッドに置いてあるマスコットの抱き枕を抱き締める。気分が晴れないせいか、抱き締める力がいつもに比べて強い。巻き込んだ腕が抱き枕に深く食い込む。

 

自室ということもあり、彼女の服装は非常にラフなものとなっている。上半身に纏う襟シャツは胸元が大きくはだけて、とても人前に出れるようなものではないし、下に関しては穿いているのか穿いていないのか分からないほどに際どい。実際下にはショートパンツをはいているものの、それがかえってアダルトな雰囲気を醸し出す原因になっている。

 

女性もプライベートの時は人前に出れない服装をしているとはよく言ったもの、この姿を大和が見たらいつものイメージが反転するに違いない。大和の性格だから特に悪くは言わないだろうが、驚かれるのは間違いないだろう。

 

 

「ただいま……って何やってるの?」

 

 

部屋のドアを開けて入ってきたのは、ルームメイトの夜竹さゆかだった。ベッドに寝転んでいるナギの姿を見て、呆れたような顔をしながら告げる。反応から察するに今回が初めてでは無いみたいだ。

 

 

「あ、さゆか……もう用事は終わったの?」

 

「うん。ちょっとしたことだったからね。……ふぅ、やっぱり休みの日に制服着るのは落ち着かないなぁ」

 

 

 ボタンを外して制服を脱いでハンガーに掛ける。サラリーマンが休みの日に会社から電話が来ると、不快な思いをするように、休みの日にちょっとした用のために制服を着て学校へ行くのは良いものではない。

 

制服を脱ぎ、ワイシャツ一枚になるとスカートだけはいたまま隣のベッドにゆっくりと腰掛ける。片手をぐっと天井に向かって伸ばした後、ナギの方へと振り向く。

 

 

「……それで、誰のこと考えていたのかな?」

 

「べ、別に誰のことも考えていないよ。ちょっと気分が乗らなかっただけで……」

 

 

ニヤニヤと小悪魔的な表情を浮かべながら問い詰めていく。これも何度のやり取りだろうか。核心をつかれて苦し紛れの言い訳をしてみるものの、その語気には全く説得力がない。更に言ってしまえば、言い訳を聞いたのは今回だけではない。だからこそ、既に一つの結論に辿り着いていた。

 

 

「ま、良いんだけどね。何を考えようとも、その人の自由だから」

 

「……さゆかが人をからかうのが上手いなんて、皆が知ったらビックリしそう」

 

「そう? でも確かにクラスだとあまり喋らないし、言われてみるとそうかも」

 

 

さばさばと話す口調は一件個性にも見えるが、実は学園では全くの真逆な性格をしている。目付きはどちらかといえばたれ目で、大人しくてお淑やかなイメージが強く、クラスの中では物静かな方で、積極的に発言することも少ない。

 

良くも悪くも物静かなイメージがクラスメートの頭にはある。一度染み付いたイメージはそうそう抜けるものではない。

 

例えば何か疑われるようなことをしたとする。それがクラスに蔓延すれば一度事が解決した後でも、何か問題が起きたらまたアイツがやったのではないかと疑いの目を向けられる。

 

人は見かけによらない、良くあることだ。

 

 

「あっ、そういえば霧夜くんの噂は知ってる? 今ちょっと話題になってるんだけど」

 

 

ふとさゆかが話題を変える。噂なんてどこにでもあるが、この学園では特に一夏と大和の噂は絶えない。一体どこからその情報を仕入れてくるのかと思うほどに、話題は豊富にある。日常茶飯事に噂は切り替わるため、噂自体知らない人間も多い。

 

とはいえ、ここ最近で何か噂になるようなことがあったかと、首をかしげながら返す。

 

 

「え? ここ最近は大和くんの噂は聞かないけど……」

 

「だよね。ナギってさ、霧夜くんの過去って聞いたことある?」

 

「……ううん、聞いたことない。あまり大和くんって過去のことを話さないから」

 

 

過去を聞いたことないのは事実で、この数ヵ月間で大和が自分の過去について語ったのは僅か。一例をあげるのなら、初日の夕食時に彼女が居たことがあるかないかの話がそれだろう。

 

そして何故か一瞬、クラス対抗戦での無人機襲撃の光景が頭をよぎる。彼女にとっても思い出したくない、話したくない過去だ。

 

過去といえば大和は一体何者なんだろうかと、何度か考えたことがある。見た目は同い年の男の子にしか見えないものの、見境なしに攻撃してくる無人機に対して生身で立ち向かおうとするその肝の据わった度胸、臆することのない精神力。とても同年代の人間とは思えないのも無理はなかった。

 

二人きりで出掛けたときに大和が話してくれたのは、あの時に助けたのは大和自身だという真実のみ。それ以上のことは聞かなかったし、話されなかった。

 

 

「何かあったの?」

 

 

確かに大和の噂は多いが、入学当初に比べると過去の事に触れる噂はほとんど聞かなくなった。全くのゼロではなくとも、広がる前に鎮火するのだろう。聞かなくなっているのは大和に対する興味が薄れた訳ではなく、興味を持てるような噂が少なくなったと考える方が良いかもしれない。

 

どうして今の時期になって過去の噂が流れてくるのか、ナギの中で気になる部分があったらしく、再度さゆかに聞き直す。ナギもさゆかも噂を率先して広める性格ではないが、噂が流れてくればやはり気になるもの。興味深しげに先に続く言葉を待つ。

 

 

「うん、あくまで噂なんだけど。ほら霧夜くんってISを動かした時もあまりニュースで取り上げられなかったでしょ?」

 

「そういえば……」

 

 

確かに、と頭の中で頷く。そう思うのは無理もない、男性がISを動かしたという世界的なニュースにも関わらず、取り上げられるのは一夏のことばかりで、大和のことはほとんど取り上げられていなかった。一夏が千冬の弟だから、メディアが一夏の方に注目するのも当然だといえばそれまでだろう。

 

ただいくら注目の的だからと言って、大和の情報が取り上げられないのは不自然だ。仮にも二人目の男性操縦者なのだから、メディアが卒倒するのは目に見えている。一夏と同じように、大和の生い立ちから友人関係から何から何まで全て洗い出してもおかしくはない。

 

頭の中に残るわだかまりが語る。

 

 

『どうしてなんだろう?』と。

 

 

「今更だけど、変な噂が立ってるんだよね。隠さなければならない経歴があるんじゃないかって」

 

「経歴って……そんな大げさな」

 

「だよね。私もそう思ったんだけど、霧夜くんって分からないことが多いからさ」

 

 

今さらバカらしいよねと付け足すさゆかだが、彼女もまた数少ない男性の噂というところに、少しばかり興味を持っているようにも見えた。

 

 

「大和くんの過去かぁ……確かにちょっと気になるかも。でもあまり詮索することでもない気がする」

 

「私もナギの意見に同感かな。あまり人の昔話に首突っ込むのもちょっとね」

 

 

中にはより深いところまで知りたいと思って詮索する子もいる。しかしその行為を快く思わない子もいる。少なくとも噂になっている本人はあまり快くは思わないだろう。それも自分の過去について勝手な憶測が飛んでいるわけだ、いい気分になるわけがない。

 

とはいってもきっと大和のことだ、絶対に表情には出さないだろうと容易な仮説が立てられる。ふぅと一つため息をつき、ベッドに向かって再度倒れこむ。結局自分はどうすればいいのかと、頭を悩ませる。

 

いつも彼のことが頭から離れない、軽い病気なんじゃないかと思うくらいだ。

 

 

「で、実際のところ霧夜くんとはどこまで行ってるの? そのネックレス、最近付け始めたみたいだけど、もしかして霧夜くんのプレゼントとか?」

 

「へ? こ、これ!? こ、これはそのぅ……」

 

 

話が一段落したところで、さゆかは急に話題を変えて人差し指をナギの胸元に向けて指差す。さゆかの指差す先にあったのは、いつぞや大和と出掛けた時に貰ったネックレスだった。

 

折角貰ったのだからと周囲の視線を気にしつつも、ここ一週間は毎日のように付けていたが、特に周りが突っ込んでくることは無かった。あるとすればどこで買ったのかと聞いてくるくらいで、大和に関する話には一切絡んでいない。気付いていないと言えばそれまでだが、ネックレスが誰かから貰ったものだと推測する生徒もいる。

 

それが大和だと推測することだって出来るわけだ。

 

 

さゆかの一言を本来なら否定するべき場所なんだろうが、本人の反応は見ての通り。これではネックレスは大和から貰いましたと自らアピールしているようなもの。もごもごと黙り込んでしまう辺り、まさか振られるとは思っていなかったんだろう。

 

言葉を考えようとすればするほど、逆に言葉が詰まってしまい、言い返すことが出来なくなってしまう。そんなアワアワと慌てる姿のナギを、ニヤリと見つめる姿はまさに小悪魔そのもの。むしろナギからすれば悪魔なのかもしれない。

 

もう何を言い返しても自分は手玉にとられるだけ。そう感じたナギは観念したかのようにポツポツと言葉を続ける。

 

 

「……はい、そうです」

 

「やっぱり、何となくそんな感じはしてたんだよね。でも良いなぁ、好きな人からのプレゼントかぁ」

 

「す、好きな人って……まだ好きな人とは言って「じゃあ、嫌いなの?」そ、そうとも言ってないよ! 私は別に……」

 

 

あまり大っぴらに彼女も言いたくないらしい。仮に好きだと言ってそれが大きな噂になれば、大和に迷惑が掛かる。もちろん、大和に好意を抱く女性は少なからずいるだろう。一度も大和と話したことがない生徒、話したことはあるもののクラスが違ってお近づきになれない生徒と様々だ。

 

この学園に異性として入学すれば、物珍しいだけではなく、生徒たちの好みのタイプに当てはまることもある。人の個性は十人十色、顔が良ければ全員が惚れるかと言われれば違う。それでも好みのタイプだと認識する生徒がいても不思議ではない。

 

 

「もう、はっきりしないなぁ。別に誰かに言いふらしたりするわけしゃないのに」

 

「も、もういいでしょ!? この話は終わり!」

 

「はいはい、分かったわよ」

 

 

顔を真っ赤にしながら話を中断させようとする。流石にこれ以上からかうのは酷だと思ったのか、さゆかも渋々といった表情で話を止めた。

 

止まってしまった話をどう続けようかと考えていると、不意にさゆかの携帯のバイブが鳴り始める。ちょっとごめんねと一旦席を外して、廊下の方へと歩き始める。

 

電話だろうか、携帯電話を耳に当てて話し始める。話すとは言っても、内容が聞き取れるほどの声ではなく、何かを話しているなと思うくらいの小声のため、内容までは分からない。ただ先ほどまでと違って、さゆかの表情はどこか気難しいものだった。

 

表情の変化に何があったのだろうと、ナギは首をかしげる。人の心を読むなんて特技があれば分かるんだろうが、生憎人類にはそんな超人的な能力を持つ者は居ない。

 

やがて電話を終えると再度ベッドに深く腰掛け、ナギに向かって意味深なことを話し始める。

 

 

「一度あることは二度ある、か……」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑一夏……」

 

「何だよ?」

 

「貴様も専用機持ちらしいな。なら話は早い、私と戦え」

 

「断る。俺にはお前と戦う理由がない」

 

 

休日のアリーナは各学年の生徒たちが自身の鍛練に使用することも多い。実習ほどピリピリとしたムードではないものの、真剣に取り組む生徒たちの周りは張り詰めた空気が流れているのも事実。ただそれを差し引いたとしても、ここまで異質な空気が流れることはそうそうあるものではない。

 

異質な空気はとある場所から周囲に伝染し、全く関係のない生徒までがその方向を気にするほどだった。

 

一夏は向けられる視線に対して臆せずに突っかかる。初対面が最悪の出会い方のせいで、ボーデヴィッヒに厳しい言い方で返す。一夏の反応はボーデヴィッヒにとって想定内のものらしく、口元を少しばかり半月に歪めながらニヤリと笑みを浮かべる。お前に戦う理由が無いことくらい、百も承知だと言わんばかりに。

 

 

「貴様に戦う理由が無くとも私にはある」

 

 

何がそこまで彼女を駆り立てるのか。一夏が誘拐されたせいで、千冬さんは決勝戦を棄権せざるを得なくなり、モンド・グロッソの二連覇を逃したからか。千冬さんに依存するボーデヴィッヒの闇は相当深いものらしい。

 

この考え方はどう考えてもこじつけに等しい。いくら尊敬しているとはいえ、優勝という名誉より一つの命は天秤には掛けられない。それもたった一人の弟であれば、誰もが弟の命を優先するだろう。

 

しかし実際、常識だと思われている認識は、ボーデヴィッヒの中ではかなり大きくずれていた。

 

下手にここで俺が介入しても火に油を注ぐだけだろうと判断し、一触即発の雰囲気の中、二人の様子を黙って見つめる。一度だけではあるが、食堂でボーデヴィッヒと話したことがある。

 

話の中で彼女が一夏のことをどう思っているのか把握はしていた。その上で度が過ぎるのであれば、こちらとしても容赦はしないと釘は刺した。

 

とはいっても彼女の一夏に対する強い憎しみは、一度釘を刺したくらいで、どうにか出来るものではないみたいだ。幸い、闇討ちしようなどと考えていないだけマシだとポジティブに考えるべきか。それとも動向が分からないからこそ、何をしでかすか分からないと深く考えるべきか。

 

どちらにしても、しばらく警戒を厳にする必要がありそうだ。

 

 

 

「貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業を成しえただろうことは容易に想像できる。だから、私は貴様を……貴様の存在を認めない」

 

 

……あぁ、やっぱりな。

 

一夏の返答に対するボーデヴィッヒの予想通りの返しに、ため息が出てくる。

 

後ろにいる篠ノ之たちは、訳が分からないって顔をしている。

 

そりゃそうだ、何故一夏のせいで千冬の二連覇を逃したのか分かるはずもない。例え理由が分かったとしても、ボーデヴィッヒのやろうとしていることに同情は出来ないだろう。

 

 

「また今度な。今は戦う気分じゃない」

 

「ふん……ならば戦わざるを得ないようにしてやる!」

 

 

一夏が軽くあしらうように背を向けると同時だった。ボーデヴィッヒの纏う漆黒のISの左肩の砲身が、太陽の光でギラリと反射したかと思うと、大型の実弾が背を向けている一夏に一直線で向かっていく。

 

まさか背を向けた瞬間に自分が撃たれるなんて思う人間は居ない。発射音と共に後ろを振り向くも、すでに弾丸は発射された後。すぐさまにクローズ状態の雪片を展開し、迫り来る弾丸に備えようとするも思いの外弾丸の方が速い。

 

すると弾丸が当たるかどうかといった距離まで接近した瞬間、金属がぶつかり合う鈍い音と共に弾丸が弾かれる。当たったのは一夏ではなく、何者かが展開したシールドだった。

 

その人物はというと。

 

 

「……こんなところでいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人は随分沸点が低いんだね?」

 

「貴様……!」

 

 

当たる直前に一夏の前に素早く割って入ったのはシャルルだった。ラファールのシールドを展開しながら、右手に六一口径アサルトカノンを持ち、 銃口をボーデヴィッヒ、もとい彼女の専用機のシュヴァルツェア・レーゲンに向ける。

 

濁したジョークを飛ばしたのは、シャルルなりの配慮のつもりなのか。しかしそれが逆にボーデヴィッヒの癪に障ったらしく、表情こそ変わらないものの、明らかに先程に比べて殺気が強くなっている。

 

まぁ一応俺も前には出たけど、結局はシャルルに助けられた形になる。最悪、刀で飛んでくる弾丸を叩き切るか弾けば良い話だ。セシリアのレーザーとは勝手が違うとしても、原理は同じだし出来ないこともない。

 

それにしてもシャルルの一つ一つの動作に全く無駄がない。相当乗り慣れていることが動きから容易に判断できる。

 

 

「やるなシャルル」

 

「そんなことないよ。慣れれば今のことくらい誰でも出来るようになるだろうし」

 

 

顔だけを少しだけ反転させ、俺と一夏の身に何事もないことを確認した後、再度ラウラの方へと視線を向ける。

 

 

「フランスの第二世代型で私の前に立ちふさがるとはな」

 

「未だに量産化の目処が立たないドイツの第三世代型よりは動けるだろうからね」

 

 

二人揃って冷静さを保っているというのに、雰囲気が怖い。そう思っているのは俺や一夏だけじゃないだろう。シャルルとボーデヴィッヒの実力は完全に未知数だが、二人の行動だけで判断するのであれば相当な実力を持っているのは分かる。互いに衝突したらどちらが勝つのかは、全く見当がつかない。

 

二人が戦うとどうなるかを見てみたいが、そうは行かないだろう。ボーデヴィッヒの初撃は明らかに背を向けた人間に対してすることではない。当然、騒動の一部始終はアリーナに設置されたカメラで、監視室のモニターに映し出されているはず。

 

時間的にはもうそろそろだけど……。

 

 

『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』

 

 

タイミングを見計らったように、アリーナのスピーカーから教師の声が響き渡る。ここまで来れば、もうボーデヴィッヒとはいえ手出しはしてこないだろう。ここで下手に問題を起こし、必要以上に教師に目をつけられ、自分に不利な状況へ傾かせる行為はしないはずだ。

 

いや、もう十分なくらいやっているんだろうけど、今回の騒動の全部を教師が見たわけでもないし、彼女にとってこうも何回も邪魔が入れば興が削がれる。既にもう戦う意思はないようで、ISの展開を解除し、俺たちに背を向けてアリーナの出口に向かって歩いていく。

 

 

「……ふん、また今度だな」

 

 

一言言い残すと、その後ろ姿はアリーナの外へと消えていった。

 

 

「はぁ、何だか一気にペース崩されたな。しかし良い度胸してるよなボーデヴィッヒも。あれだけ吹っ掛けといて何事もなく立ち去るなんて」

 

「一夏、大丈夫?」

 

「あ、あぁ。二人ともありがとう」

 

 

誰よりも早く一夏の元にすぐに駆け寄り、その身を心配するシャルル。攻撃が当たったわけではないため、一夏の体にダメージ自体はない。一夏も心配そうに駆け寄るシャルルに問題はないと、自身の無事を伝える。続いて篠ノ之やセシリア、鈴が一夏の周りを囲う。

 

人気者は忙しいな。

 

ふと現実に戻ったところで、周囲を見渡すと先程までいた生徒たちの数が減少していた。時間的にはもう夕方、休日のアリーナの閉館時間は早いし、俺たちもそろそろ撤収した方が良さそうだ。

 

……にしても、ようやく申請が下りて借りられたと思ったら大したことが出来ずに終わりとか泣けてくる。訓練機は予約制で、時間制になっているのは知っているけど、限られた時間で出来ることなど知れてる。そういう意味では久しぶりに実戦を経験出来たのはプラスだった。

 

時間的にもうやれることもないし、俺たちも更衣室に戻るとしよう。

 

 

「ま、今日はこのくらいにしておくか。時間も時間だし、あまりここに長居しても仕方ないだろう」

 

「……」

 

「おい、一夏。聞いてるか?」

 

「あ、あぁ大丈夫。じゃあ更衣室に戻るか」

 

 

気のせいか、どこか一夏に元気がないようにも見える。俺に負けたことを引きずっている訳じゃなさそうだし、他に原因があるとすれば何だろうと、ボーデヴィッヒが来てから今までのことを思い返してみる。

 

……あぁ、千冬さんが優勝を逃したのはお前のせいだと言われて、引きずっているってところか。誘拐に関しては誰も予想が出来ないわけだし、それを負い目に感じても過去が変わるわけではない。そうは言っても、いざ面と向かって言われればブルーな気分になるのはもうどうしようも無いこと。気にするなとはいっても、実行するのは俺じゃなくて一夏。

 

俺が詮索したところでどうにかなるわけでもないし、もう少しだけ様子を見るか。

 

 

「えっと……じゃあ先に着替えて戻ってて」

 

 

 更衣室に戻ろうとした俺と一夏に、シャルルがそう言付けする。気になると言えばシャルルもそうだ。何故か着替えの時に俺たちと着替えたがらない。耐性が云々って話を前したけど、一緒に着替えるくらいあっても良い。

 

ISの実習の時も着替えは完全に別で、俺たちが更衣室に行く前にシャルルが着替え終わるか、俺たちが着替えて更衣室を出ていった後に、シャルルが着替えるか。いずれにしても頑なに一緒に着替えるのを拒んでいる。

 

知られたくない秘密があるにしても、その反応が如実すぎるために、一夏もどうして一緒に着替えないのかと首をかしげるしかない。

 

 

「というかどうしてシャルルは俺たちと着替えたがらないんだ?」

 

 

一夏が少し前からシャルルの不可解な行動を気にしていたのは俺も知っている。初めの内は別に気にすることでもないだろうと、言及することも無かったが、毎日毎日頑なに断られれば誰でも不自然に思う。最初は恥ずかしがりやなのかなと思うことでも、毎回毎回同じ言葉を言われると、幾らなんでも気にしすぎじゃないかと認識は変わる。

 

本音を言うのであれば、本当に男性なのかと疑わざるを得なくなる。幾らなんでも男性の反応としては不自然な部分が多過ぎる。それが如実に出るのが着替えの時だ。

 

そして一夏の正論にシャルルが返す言葉は。

 

 

「だ、だって……その、は、恥ずかしいから……」

 

 

消え入りそうな言葉だった。もはや自分が着替えるところを絶対に見られたく無いと言っているようなもの。今まで何人もの男子を見てきたけど、ここまで如実な反応は一度もお目にかかったことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

……まぁ、あれだ。正直な話俺もここまであえて悟らないようにはしてたけど、知らない振りをするのも疲れてきた。

 

ぶっちゃけて言うなら、何でシャルルはわざわざ男装なんかして入学する必要があったのか。それもわざわざリスクを犯してまで。転校してきた時から、シャルルの見せる言動に違和感を覚えてきたが、ここまで来ると女性なのかという疑問から、女性だと言い切れるレベルでの確信がある。

 

本人はバレまいと隠しているみたいだけど、隠せているとは到底思えない。同室の一夏にバレるのも時間の問題だろう。

 

 

一つ心当たりがあるとすれば、同じ男性であれば俺か一夏に近寄りやすいところだ。男装した理由なんていくつでもこじつけられるけど、恐らくはシャルルの実家関連でのことだろう。デュノア社は世界的にも有名なIS関連の会社で、量産機であるラファールはデュノア社が開発したものになる。

 

そうは言ってもこのご時世、いつまでも同じ物の生産だけでは企業は潰れる。同じ物を作り続けて生き残る企業など、全世界を探したところでほとんど無い。今や最新型は第三世代で第二世代のISの需要は低くなりつつある。各国が第三世代のISを開発する中、デュノア社は第三世代の開発は上手くいってない。

 

このままではそう遠くない未来、確実に倒産する。

 

焦りから無理矢理にでもデータ収集に踏み切ったと考えるのが妥当だろう。さらに男性操縦者と発表すれば、一夏や俺にも近寄りやすい。

 

あくまで男装してきた理由は俺の仮説に過ぎないし、決めつける証拠や裏付けが掴めたわけじゃないから、今のところ何とも言えないのが現状。

 

 

さて、お馴染みのやり取りとなっている訳だが、中々引き下がらない一夏を一旦シャルルから引き離すとしよう。嫌がっているのだから、これ以上無理に誘ってるとただの嫌がらせになる。一夏の背後から両肩を掴むと、強引に更衣室へと方向転換させて、後ろから無理矢理押して歩かせる。

 

 

「うわっ!? 何すんだよ大和!」

 

「シャルルが後で来るって言ってるんだから、さっさと戻るぞ」

 

「わ、分かったから! 無理矢理押すなって!」

 

「というわけだからまた後でな。とりあえず一夏は連れていくから」

 

「え、あ、うん……」

 

 

シャルルは鳩が豆鉄砲を食らったようにポカンとしながら、俺の顔を見つめる。表情が、俺が助け船を出したのが意外だとでも言いたいようにも見える。別に助け船を出したわけじゃないし、このままでは埒があかないと思ったから一夏を止めたまで。

 

しつこい男は嫌われるなんてよく言うけど、一夏の場合は嫌われるような人間には見えないんだよな、同じ人間なのに。これがモテるやつとモテないやつの違いなのか、自分で言ってて悲しくなってくる。

 

 

「じゃあ篠ノ之たちもまた夕食の時にな」

 

 

全員に一旦別れを告げ、一夏の両肩を無理矢理押しながら更衣室へと連れていった。


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