IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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誰にも話せないコト

 

 

―――人それぞれに人生があるように、人には知られたくないようなこと、思い出したくないようなことがある。幼少期の人間不信は、あまり思い出したくないものなのだろう、苦虫を噛んだように顔をしかめる。

 

そしてどうして大和が人間不信になったのか気になるところだ。今の生活ぶりを見ていると、とても昔人間不信だったとは思えない。

 

千尋との電話を切った後、人の過去について改めて考えさせられたようで、壁に身を預けてそのまま窓の更に向こう側を見つめる。

 

一件普通に見える人でも、過去に何があったのかは当事者である本人しか分からない。人は見かけによらないとは良く言ったものだ。

 

 

「あれ、大和くん。どうしたのこんなところで」

 

「な、ナギ? どうしてここに」

 

「私は次の授業の配布プリントを取りに行っていたから……大和くんこそ、教室に戻って無かったの?」

 

「ちょっと用事があってさ。もう終わったからちょうど戻ろうとしたんだけど」

 

 

声の聞こえた方へ顔を向けると、両手にプリントを抱えたナギがいた。すでに昼休みの時間は残り数分を切っており、ほとんどの生徒は教室に戻っているため、この時間まで廊下に出ている方が珍しい。

 

廊下に出ているのはナギのように教師に頼まれてプリントを取りに行く生徒くらいで、時間ギリギリまで教室の外に出ている生徒は非常に少ない。というのも、IS学園は制服のカスタマイズが自由などの校則が緩いところもある一方で、授業に少しでも遅刻した生徒にはそれ相応の罰を与えるといった厳しい側面もある。

 

罰とは言っても体罰ではなく課題を人よりも増やされるなどで、罰の内容自体はそこまで重たいものにはなっていない。ただ、遊び盛りの学生として課題に時間を取られるのは苦痛以外の何者でもないため、全生徒は時間をキチンと厳守している。

 

ほとんどの生徒が教室に戻っている中、一人廊下の壁に寄り掛かっていたため、ナギが大和に疑問を持つのは当然の反応だ。

 

 

「とりあえず早く教室に戻るか。遅刻なんてしたら大目玉だし」

 

「ふふっ、そうだね」

 

 

壁から背を離し、ナギと二人で教室に向けて歩き出す。自然な微笑みを浮かべるナギに対して、どこか新鮮な感じがした。

 

そういえば今日まともに話すのは初めて。今朝は声こそ掛けられたものの、シャルル関係でバタバタしてたから軽く挨拶を交わしただけで他は一切話していない。いつも話していたせいで感覚が麻痺しており、たまに話さないだけでも新鮮な感じになってしまうようだ。

 

視線を首もとに向けると、ゴールデンウィークに買ったネックレスが太陽の光に反射してキラキラと光っている。朝は誤魔化してしまったが、良く見てみるとかなり似合っているのが分かる。

 

 

「ネックレス、着けてくれたんだな」

 

「うん。本当はプライベートの時だけにしようって思ったんだけど、せっかく大和くんがプレゼントしてくれたから……」

 

 

元々自分が欲しかったもののため、着けることに関しては全く抵抗は無かった。しかし着けていると他の人の目にも触れてしまうため、プライベートの時だけつけようと考えていたらしい。

 

理由としては今生徒の間では有名なネックレスのため、もし使っているのを知られると、どこでどのように手に入れたのかを

勘ぐられると思ったからだ。そこで大和から貰ったことが分かれば、それこそ学校中の噂になって、大和に迷惑を掛けてしまうかもしれない。

 

もちろん、大和が何かを言う人間ではないことは知っている、しかしナギ自身がそれでは申し訳が立たない。

 

とはいえ、せっかく大和がプレゼントしてくれたからもののため、着けない訳にもいかない。だから実際着けてみて、もし勘ぐられるようならすぐに外し、何も無いのならそのまま着け続けようと考えた。

 

半日着けてみて、特に何かを勘ぐられることはなかったため、そのまま継続して着けている。が、実はクラスメートのほとんどが、ナギが大和にほの字なのは知っているため、ワザワザ野暮なことを聞かないようにしているのは有名な話だったりする。

 

 

「そうか……その、何だ。すごく似合っているぞ」

 

「ほ、本当に?」

 

「あぁ。朝はちゃんと話せなかったからあれだけど、贔屓目なしで本当に似合っている」

 

「あ、ありがとう」

 

 

食堂でラウラと対面していた時の雰囲気とは一転、穏やかな良い感じの雰囲気に包まれる。会話を交わしながら、教室へと歩き始める。幸い教室までの距離はさほどないため、そこまで急ぐ必要はない。

 

二人で歩く廊下。ゴールデンウィークに出掛けたのも二人きりだったが、つい最近のことだというのに、もう結構前のことのようにも思えてきた。思えば女性と一緒に出歩くようになったのは、IS学園に入ってからのことであり、中学時代までは到底考えられないようなことだった。

 

世界のパワーバランスが崩れているからこそ、男女が仲良くするのは中々上手くいかないもの。大和も今の風潮には不満を持っており、女性に媚びることを嫌っている。

 

一部からは大和の性格が裏目に出て、非常に嫌われて煙たがられることもあるが、それが自分だからと、本人はそれを良しとしている。

 

そして、話の内容はネックレスから、転校生のシャルルの話へと移る。

 

 

「そういえばデュノアくんとはどう?」

 

「シャルル? あいつは良いやつだよ。物腰柔らかいし、気も利くし。いかにもフランス紳士って感じだよな。ありゃ人気も出るわ」

 

「そうなんだ! 実習の時も話題が出てたからどうなのかなって」

 

「実習か……さっきのことを思い出そうとすると、鳥肌が立ってくるな」

 

「あ、あはは……」

 

 

シャルルの話が実習の話に切り替わった途端に、大和のテンションがいつもと比べて数段階ほど下がる。その下がり方があまりにも如実すぎて、話を切り出したナギも苦笑いを浮かべるしかない。何があったのかはナギも察しており、実習のことを切り出した時点で大和の反応がどうなるかは何となく想像出来た。

 

女生徒を抱えあげる大和の姿を見るナギの内心は、穏やかなものでは無い。とはいっても違う班の自分が何かを言いにいったところで、決定事項が覆るはずもなく、渋々大和の班の様子を静観していた。結局、大きな問題は起こらなかったが、ナギが見せた面白くなさそうにむくれる姿は、クラスメートの何人かに目撃されていたらしい。

 

話題にこそ出さないものの、クラスで着替える最中にその時のことを本音や癒子からかわれたのはまた別の話だ。

 

 

実習のことは思い出したくないなと耳を塞ぐ大和だが、ふとナギはどの班に居たのかと、大和の頭の中に疑問が浮かぶ。

 

 

「ところでナギはどの班だったんだ? 鈴かセシリアか?」

 

「あ、ううん。私はボーデヴィッヒさんの班だよ」

 

「っ!」

 

 

ナギの口からラウラの名前を出され、一瞬言葉が出なくなる。

 

 

大和の班は確信犯的なお姫様抱っこイベントのせいで、歩行訓練にはかなりの時間を費やすはめに。大和の班が終わった時にはすでに他の班は終わっており、自分の班が一番遅かったのかと落胆の表情を見せる大和だったが、それよりも遅い班が一つだけあった。

 

それがラウラの班で、彼女の醸し出す生徒たちを見下した態度と、決して口を利こうとしない一方的な拒絶により、副担任の山田真耶がサポートに入るまで全く実習が進まなかった。特にラウラから何かをされた訳ではないが、つい先ほどまで話していた相手だったために、思わず言葉が出なくなる。

 

突然黙ってしまった大和の様子を心配し、ナギが顔を覗き込んできた。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

「い、いや。何でもない! 変に実習のことを思い出してさ」

 

 

 苦し紛れに誤魔化すものの、これではラウラとの間に何かあったと言っているようなもの。朝の一件は暗黙の了解で誰も聞いてこないだけで、ラウラと大和がいがみ合っていたのは皆が知っている。

 

今の大和の発言は、クラスでのひと悶着があった後、また何かあったのかもしれないと想像されてもおかしくはない。案の定大和の心中を察したナギが、本当に大丈夫なのかと大和の身を案じる。

 

 

「もしかしてボーデヴィッヒさんと何かあったの? 朝もちょっと問題になっていたみたいだけど……」

 

「……俺ってそんなに分かりやすい? なるべく表情に出ないようにしているんだけど……」

 

「うーん。表情には出てないんだけど、何かあった時は、いつもと雰囲気が違うっていうか……」

 

 

自分の考えていることがどうして分かるのか。驚く大和は次第に自分の周りの女性は、予知能力でもあるんじゃないかと思えてきた。姉の千尋や、担任の千冬、生徒会長の楯無、そしてクラスメートのナギと。

 

実は大和の表情に出ている訳ではなく、大和を取り巻く雰囲気が変わることで、彼女たちは大和に何かが起こったのを察している。逆にこれは誰もが察せるものではなく、大和とある程度親しくならないと気付かないものだ。

 

そのくらい僅かな変化なので、逆に大和がどうして悟られるのかと驚くのも無理はない。だが、裏を返せば本当に親しい人間には、何が起こったのかは断定が出来ないまでも、大和の心境に変化があったことを察することが出来る。

 

良く長年付き合っている幼馴染みとは、無意識のうちに考えていることが分かるなんて言われるが、大和のそれは、これに近いものがある。

 

 

「マジで!? ……ちょっと待て、そう考えると今までの俺の喜怒哀楽が全部知られてたんじゃ……」

 

「そ、そこまで私は分かる訳じゃないよ!? ただ何となくこうかなぁって思うだけで、特に断定できる訳じゃないし……それを言ったら、大和くんだって!」

 

「いや、俺は単純に人心把握が得意なだけで……あっ」

 

 

見事なまでの自爆である。ここまでテンプレ通りに自分から人心把握が得意だと暴露するのも珍しい。自分で暴露したことに言い終わってから気付いた大和は、恥ずかしさからほんのりと頬を赤らめる。

 

 

「い、今のは私のせいじゃないよね?」

 

「……そうだな。何か自分で言ってて、空しくなってきた……まぁつまり俺が言いたいのはあれだ」

 

「あ、ボーデヴィッヒさんのこと?」

 

「あぁ。とりあえず、学校に慣れてくれるのを待つしかないな。でも、根は悪いやつじゃないだろうし、そのうち心を開いてくれるだろ」

 

 

大和もラウラを悪く言いたい訳ではないが、今現状だと濁して言うしかない。ナギは実習の時に班が一緒だったため、大まかにはラウラの性格は知っている。ナギも見た目だけで人を嫌う子ではないため、初対面の印象は最悪だとしても特に問題はない。

 

対人コミュニケーション能力に関しては、最低レベルな上に、本人から人と接することを拒んでいる状態なので、これをどう治していくかが問題だ。そこを解消できれば、一夏に対する執拗な敵対心も薄れるかもしれない。

 

しかしこれがかなり骨の折れる作業になるのは必至、食堂で偶々ラウラを見かけて合席した時も、それこそ一週間放置した生ごみを……そこまでは言い過ぎかもしれないが、明確な敵意と拒絶、侮蔑を持った眼差しを持っていたのは間違いない。

 

話を聞いてみると想像通り、千冬が二連覇を逃すことになった原因にもなってしまった一夏には、強いに憎しみにも近い敵意を持っていた。ラウラの考え方が非常に危険なものであったため、釘を刺す形で事態はその場限りの収束は見せたものの、やはりラウラの根本的な考え方を改善しない限りは解決は難しい。

 

 

(どうするか……特にこれといった案も無いし)

 

 

口では時間が解決するとはいっても、時間が解決するなら当の昔に解決している。つまりいくら待っても今の状態が変わることはほぼ無いに等しい。かといって、こっちから近付いていっても効果があるとは到底思えない。

 

 

(それに……)

 

 

言葉に出そうになり、反射的に視線を落とす。大和なりにどこか引っ掛かるところがあるのか、表情はやはり浮かない。大和の表情の変化を目の当たりにしたナギは、口には出さないものの心配になる。

 

それでも次の瞬間にはいつも通りの表情に戻っており、グッと両手を上に突き上げて背伸びをすると、やや速めに歩き始めた。

 

 

「時間が不味いな、話し込みすぎたみたいだ。少しはや歩きになるけどいいか?」

 

「あっ、うん。それは大丈夫だけど……」

 

 

大和くんの方こそ、と言葉を続けようとしたところで、これ以上聞くのは、大和にとって気分が良いものではないかもしれないと思い、不意に口を閉ざす。ただ中途半端な部分で止めて語尾が間延びしてしまい、言葉の続きを気にした大和がこちらを振り返る。

 

 

「あっ、悪い! 流石に配布プリント持ったままだと、歩きづらいよな。よし! じゃあそれは俺が持つよ 」

 

「へっ……あ、いや。だ、大丈夫だよ! 箱とは違って軽いから!」

 

「なら良いけど……。もし運びにくかったらすぐに言ってくれ。手伝うから」

 

「う、うん。ありがとう」

 

 

一瞬、言おうとしたことがバレたのではないかとヒヤリとしたが、どうやら大和にはバレてはないらしい。ホッと胸を撫で下ろし、大和の後を追うように歩き始める。

 

人の悩みは下手に踏み込んで行くものではないし、大和も踏み込まれるのを望んではいないはず。気軽に話せるような無いようならまだしも、表情の変化から気軽に話せるものではないことが、容易に想像出来る。

 

 

(どうしたんだろう?)

 

 

それを知るのは大和だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、マジで大丈夫かよ。顔色真っ青だぜ? 」

 

「だ、大丈……うぇっぷ。ダメだ、まだあの時の味を思い出すと……」

 

「だから無茶するなって! 自習になったんだし、少しゆっくりしてろ。ほら、水買ってきてあるからこれでも飲め!」

 

「うぅ……サンキュー大和」

 

 

 昼休みを終えて教室に戻ってきた俺が、初めに目の当たりにした光景は顔色を真っ青にしながら机に伏す一夏の姿だった。いつも明るく、病気とは無縁な一夏が、顔面蒼白で今にも倒れそうな姿を見ていると、こちらまで心配になってくる。

 

幸い、元々あった授業が教師の都合で自習になり、その隙を見計らってミネラルウォーターを買いに行き、キャップの口を開けてから一夏へと手渡す。半分涙目になりながらペットボトルを受け取り、それを口へと運ぶと一口、二口と喉を液体が流れ込んでいく。

 

つい数十分前に別れた時には普通だったのに、昼休みの間で何があったというのか。吐きそうになっているため、昼食を食べ過ぎたとか、食べ合わせが悪かったとか、原因を絞ることは出来る。

 

いずれにしても、グロッキー状態の一夏に原因を聞くのも酷、喋るだけでもキツいはずだ。聞く相手を一夏の隣にいるシャルルへと変える。顔を向けた途端、シャルルも俺の視線に気付いて後ろを振り返る。

 

 

「悪いシャルル。もし原因が分かれば教えてほしいんだが、一体昼休みに何があったんだ?」

 

「うん。えーっと……これは僕の口から言って良いのかな?」

 

「言って良いも何も、それを聞かないと一夏がどうして―――」

 

 

グロッキー状態になっているのか分からない……と言い掛けたところで、シャルルの視線が俺だけではなく、その更に後方に向いていることに気付いた。誰かの視線を気にしているのだろう、後ろにいる誰かを交互に見るシャルルの視線は、気まずそうだった。

 

 

「なぁ、まさかとは思うけど、一夏の調子が悪い理由って……」

 

「うん……お昼にお弁当のおかずを交換し合ったんだけど、その時に食べたサンドイッチがちょっと、ね?」

 

「……」

 

 

俺の問い掛けに、顔を上下に軽く振って昼時に起こった出来事を話し始める。

 

言いづらそうに言葉を濁すも、原因がおかず交換の時に食べたであろうサンドイッチなのは一目瞭然。シャルルの反応から、誰かが作ったであろう料理を食べて体調を崩したのは、容易に想像することが出来た。

 

そして問題なのはそのサンドイッチを誰が作ったのか。屋上に一夏が引き連れていく時点で、メンバーはおのずと絞られてくる。昼前に一夏の口から聞かされた中には篠ノ之の名前しか出てこなかったが、他に着いていくメンバーがいるとすればセシリアと鈴の二人。

 

シャルルの視線の先にいる人物がサンドイッチを作った人物とすれば、容疑者は四人から一人に絞られる。犯人をほぼ断定出来たけど、果たして名前を出して良いのか悩むところだ。

 

 

「いくら料理があれでも、ここまでひどくはならないだろう。何をどう作ればこんなことになるか、俺が教えてほしいくらいだ」

 

「そ、それはそうなんだけど。ほら! 少しだけ分量間違えたとか、ちょっとしたミスなら誰でもあるし」

 

「……シャルル。庇いたいのは分かるけど、これはどう見てもちょっとしたミスにはならないだろ」

 

 

元々優しい性格なんだろう。どうにかして庇おうとするものの、ぐぅの音も出させないほどの正論を突きつけられれば、何も言い返せずに、ただ苦笑いを浮かべるしかない。

 

人の気分が悪くなるほどのミスを、ちょっとしたミスで済ますのには少々無理がある。

 

 

「ま、なっちまったもんは仕方ない。次同じ轍を踏まないように気を付けるしかないな」

 

「そ、そうだね。僕もまさかこんなに酷いとは思って無かったし」

 

「ってことは見た目は普通だったのか?」

 

「うん。特に問題は無かったと思うよ。ただセシリアが本を見たまま作ったって言ってたから、ちょっと不安には思ったんだけど……」

 

「おいおい……」

 

 

シャルルの一言に、本当に本に書いてあるままに料理を組み立てる人間がいるのかと突っ込みたい気持ちを抑えながら、ぐったりと机に伏す一夏の姿を見る。

 

さらりと製作者の名前まで出してしまったことだし、もう名前を伏せること自体をシャルルも諦めたみたいだ。

 

 

「辛味とか甘味とか苦味とか全てが交じってもう……とにかく食べ物を食べてる感じがしなかったよ」

 

「……シャルルも食べたのか。三種類の味が楽しめるサンドイッチって言うと聞こえはいいけど、一口で三種類の味が楽しめるってどう作ればそうなるんだよ」

 

 

一体どこのポイズンクッキングなのか。よく漫画で常識知らずのお嬢様が、お米を研ぐために食器用洗剤を使う的なシチュエーションとかはよく見る気がするが、ようはそれと似たようなことが実際に起こっているわけだ。

 

とりあえず、レシピ本に載っているまま、使う材料も作り方も見ずに、とりあえず写真と同じになるように作れるのはある意味で尊敬できる。

 

一夏が迷いなくそのサンドイッチを食べたのは、ぱっと見た感じでは違和感が無かったからだ。逆にレシピ通りに作って、形が崩れているのであれば作り慣れていないことが一夏にも分かっただろう。

 

下手に見た目だけが完璧だったために、何の疑いもなく食べ、更に作ってもらった料理に不満を言わずに、一人で我慢して食べて、グロッキー状態になった……ってところか。本心を言わないところが優しさだとしても、体調を崩してしまっては元も子もない。

 

 

「ま、一夏らしいって言えば一夏らしいよ。無茶と無謀はちょっと違うけどな」

 

「あ、あはは。手厳しいね大和は」

 

「んなことはねーよ。正直に言わないといけないところはいわねーと」

 

「でもその優しいところが一夏の良いところだよね、誰にでも優しいところが」

 

「あぁ、本気でそこは俺も凄いと思う。それなのに女性関係では疎い……か。ったく、世界中の男が羨ましがるのも分かるよ」

 

 

人に優しく出来るのは誰もが出来ることではなく、出来たとしても、それが下心満載だったりと、無意識に出来る人間は少ない。どうすればここまで女性を惹き付けられるのか、俺も教えてほしいくらいだ。

 

若干皮肉を込めて一夏のことを誉めていると。

 

 

「あっ、そういえば大和とこうして話すのって初めてだよね」

 

 

ふとシャルルが話題を転換してきた。

 

 

「あぁ、昼は別行動だったしな。本来なら今は授業中だからこんなこと許されないけど、自習中になったことだし、まぁ多少話すくらい良いだろ!」

 

「ふふっ、何か悪いことしている気分。大和って結構大人っぽいイメージだったんだけど……」

 

「それみんな言うんだよな。別に特に変わったことはしてないと思うんだけど……あれか? もしかして顔が老けているとか?」

 

「そ、それは無いんじゃないかな? くくっ、大和ってジョークも上手いんだね?」

 

「ったく。笑うなって! ほら、そろそろプリントやるぞ」

 

 

適当に言ったはずの冗談がシャルルの笑いのツボにはまったらしく、優雅に口元を押さえて笑う。昼休みは俺がいなかったから、ちゃんと話す機会は今回が初めてだ。こうして話してみるとシャルルの人間性がよく分かる。そもそもの土台が俺たちと違うっていうか、動作の一つ一つが上品に見える。

 

会話を切り上げてシャルルも自分の机に向き直り、配られたプリントに目を向ける。

 

さて、そろそろ俺も自分のことに集中しよう。一般的な高校であれば自習時間ともなれば、好き放題しているのが日常。ここはIS学園、ある程度勉学もしっかりとしなければならない。この時間は一般教養の時間だから、難易度は別として、書いてあることが何なのかはすぐに分かる。

 

先ほどナギが配り終えたプリントに目を通す。俺はそこに延々と書かれている数字の羅列と小一時間、格闘するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ、仕事増やして悪い千尋姉。うん、俺の方は大丈夫、こっちでも探りを入れてみるから。うい、じゃあお願いします」

 

 

昼に引き続き、再度千尋姉に連絡した俺は、調べて欲しい内容を受話器越しに伝えて電話を切る。時は既に一日の授業を終えて放課後、自室に戻って軽くシャワーを浴びた俺はズボンだけを履き、上半身裸のまま携帯を片手に千尋姉と電話をしていた。

 

伝えた内容はボーデヴィッヒのことと、後はシャルルのことについて。今のところは特に何事もなく無事に収まっているが、いつどうなるかは分からない。事が起きてからでは遅いため、定期的に実家へと連絡は入れ、対策を練っている。

 

俺一人でやれることも限られるし、あくまで俺が対処出来るのは学園内で問題が起きた場合で、一度に複数問題が起きれば片方は手をつけられない。その為、今周りで起きている現状を千尋姉に伝え、もしもの時に対応出来るように準備をしている。

 

念には念を。例えそれが杞憂だったとしても、備えあれば憂いなし。事が起きて何も出来ずに大事になるよりは良い。

 

 

「さて、そろそろ一夏の部屋に行くか」

 

 

話は変わるが、シャルルの部屋は一夏と同じ部屋になったらしい。部屋自体が二人部屋のため、一人一部屋を与えられていた俺か一夏の部屋に入居するのは当然。

 

別に新しく部屋を用意するほどの余裕もないし、基本的にうちの寮は二人一組で部屋を使っているから、むしろこれが普通だ。

 

そして俺は安定のぼっちプレイ。一人の方が動きやすいし仕事もしやすいけど、部屋に戻ってきても返ってくるのは部屋の反響音だけで、虚しいったらありゃしない。

 

 

 

 

――― この後はシャルルの歓迎会に呼ばれているわけだが、以前のクラス代表就任パーティーのようにド派手にやるわけではなく、声を掛けられる人数だけで歓迎しようって算段になっている。

 

いつまでも上半身裸でいるわけにもいかないし、さっさと服を着るとしよう。流石の俺もこの年で露出狂のレッテルは貼られたくない。

 

……どうにも部屋にいるとプライベート感が強く、上半身裸のままうろうろする癖が抜けない。俺も割と適当だから、家でも比較的ズボラだったし、プライベートなのに堅苦しいのは性に合わない。

 

 

シャワーを浴びるために一度脱いだインナーを洗濯かごの中に投げ入れ、クローゼットの引き出しから新しいインナーを取り出し上から被る。シャワーを浴びたばかりで少し湿った髪の毛が無造作になびき、ドライヤーで形を作った髪型のセットが若干崩れる。

 

IS学園に来てからもう二ヶ月以上経つし、髪も伸びてボリュームも増えている。故に髪の毛のトップが立ちにくくなるし、髪も中々乾かなくなる。後は寝癖が目立つんだよなこれ、短いうちは大して気にならないけど、伸びてくるとあり得ない方向にねじれた寝癖が多くなるから、直すのに骨がおれる。

 

霧吹きの寝癖直しを使うと、乾いているところと湿っているところが分かれて逆にセットしづらくなるし、変に癖が目立つくらいなら全部を濡らして一からセットした方が早い。

 

何だかんだ言ったけど、他の子たちに『うわっ、ダサっ!』的なことを言われたら軽く凹むくらいには、身だしなみに気を使っている方だと思う。

 

 

「服はジャージで良いよな。そんなに派手に着飾ることもないし」

 

 

着てみると如何にも男の部屋着! って感じがする服装だが、そこまで気にすることもないだろう。これが外に出掛けるなら気にするけど、細やかな歓迎会に堅苦しい服を着ることもない。

 

改めて鏡を見て変なところがないかを確認し、部屋の外へと出た。

 

 

一夏の部屋は俺の部屋の二つ隣。誰も居ない廊下を歩いて、僅か数秒で一夏の部屋の前へとたどり着く。見慣れた場所なのにどこか久しぶりな感じがするのは何故か。その疑問に気付くのに、さほど時間は掛からなかった。

 

 

「そういえば一夏の部屋に入るのって、鈴が一夏と喧嘩した時以来だっけ」

 

 

今までを思い返すと、一夏が俺の部屋に来ることはあれど、俺が一夏の部屋に上がり込んだことはほとんどない。理由を探せばタイミングが合わないのもあるし、何かをする時は俺の部屋を使っていたのもある。

 

それはさておき、いつまでも扉の前で立っていたら邪魔になるし、さっさと部屋に入るとしよう。部屋の扉を数回ノックし、中からの反応を待つ。

 

 

「……?」

 

 

しばらく待つものの、中から反応が返ってくることはなかった。もしかしてノック音が弱かったのかと思い、先程よりもやや強目にドアをノックする。

 

さっきも決して弱目にしたつもりはなく、中に誰かがいれば気付くぐらいには強くノックしたはずなんだけど……まさか誰も居ないのか。今日は放課後、一夏は篠ノ之たちと訓練とするのは聞いているが、早く切り上げるようにすると聞いてるため、もう時間的には戻ってきても良い時間だ。腕時計の短針は五時になろうとしているし、いつも夕食前には戻ってきているのを考えると、誰かに捕まっているのか。

 

結局ノックをしてもドアが開くことはなかった。これでは俺が何かをして閉め出された人みたいだ。これが確信犯だったら何の冗談か、タチの悪い冗談過ぎて全く笑えない。

 

悪いとは思いつつも、鍵が開いているのではないかと淡い期待を抱いてドアノブを時計回りに回す。

 

 

「……あ、あれ?」

 

 

俺の期待に反し、鍵が掛かっているであろうドアノブは何のつっかえもなく、時計回りに回る。ようは今、このドアは完全に鍵が掛かっていない状態にある。ルームメートしか入らないと思ってわわざと鍵を開けっ放しにしているかどうかは知らないけど、これは不用心にもほどがある。

 

鍵が開いていたってことは、部屋の中に一夏、もしくはシャルルのどちらかがいる状態だとは思う。それでも気付かないってことは寝ているのか、はたまたヘッドホンやイヤホンで音楽を聞いているから、外音が聞こえないのか。想像はいくらでも出来るが、結局理由は断定出来なかった。

 

ひとまず開け掛けたまま立ち尽くすわけにもいかないし、一旦部屋に入ろう。最悪、一夏に今から行く的な連絡を入れればよかったかもしれない。こちらの落ち度を若干反省しながら、そのまま靴を脱いで部屋の敷居を跨ぐ。

 

部屋に明かりは付いたままで、鞄の類いは一切掛けられていない。部屋自体は毎日掃除でもしてあるように片付けられており、布団の上には綺麗に畳まれた洋服が積まれていた。服のサイズ的にこのベッドは一夏のベッドだろう。窓際が一夏のベッドってことは、廊下側のベッドがシャルルのベッドか。

 

両方ともシーツのシワをキチンと伸ばしてあり、とても年頃の男子の部屋とは思えないほどの綺麗っぷりだ。これを見ていると部屋にいる時、風呂上がりに上半身裸でふらつくようなズボラっぷりを発揮する俺が急に惨めになる。

 

主夫とはよく言ったもの、二人とも良いお嫁さんになると思うぞ、うん。

 

と、下らないことを考えたところで二人が見付かるわけではなく、俺は一人、他人の部屋に立ち尽くすことしか出来ないでいた。

 

 

「電気を消し忘れて、鍵もかけ忘れたってことか? でも電気は付いてるわけだし、居ないってことは……」

 

 

途中まで言葉が出掛かったところで、小さい音ではあるが、何かがぶつかり合う音が聞こえてきた。その音がする方へと歩いていくと洗面所のさらに奥の、シャワルームから聞こえてくることに気付く。

 

水滴が小刻みに勢いよく床へぶつかる音が、シャワールームでシャワーを浴びていることを証明していた。俺がノックした時には既にシャワーを浴びていて、入ってきた時には身体でも洗っていたんだろう。

 

何とも都合の良い解釈だが、そう考えれば納得が行く。シャワーを浴びていると、ドアが壊れるほどに強くノックしなければ、音はシャワールームの中まで響かない。

 

あくまで部屋の中にいること前提のノックだったため、シャワー音にかき消されてしまえば聞こえないのも無理はなかった。俺がこうして部屋に上がっているのも知らない訳だし、むしろ風呂から出てきた時の反応が楽しみでもある。

 

 

「とりあえず待つか」

 

 

どちらかが居ることが分かり、ベッドの前に並ぶ椅子の片方に座る。一度部屋に戻るのも馬鹿らしいし、勝手に入ったことは後で謝っておけば大丈夫……なはず。

 

……あぁ、念を押しとくとシャワールームの中をわざわざ覗きに行くような無粋な真似はしないぞ。男の裸を見つめる趣味は俺にはないし、何でか知らないけど見に行ったら見に行ったで、取り返しがつかないことになる気がする。

 

具体的にどうとは表現出来ないが、俺の第六感がそう悟っていた。

 

 

さて、ここで待つのは良いとしても、出てくるまでの時間をどう潰そうか。携帯のゲームをする気にもならないし、かといって誰かに連絡を取るだけの時間があるわけでもない。誰かを待つ時間って、異様に長く感じるから暇になるんだよな。

 

暇を潰すものがあれば問題はないけど、あいにくこの部屋にある物は俺の私物ではないため、勝手に使うのは厳禁。何か持ってくれば良かったとやや後悔しつつ、背もたれに全体重を預ける。

 

 

 

 

もうこの学園に入学して二ヶ月過ぎたのかと思うと、時の流れが早いのを改めて実感させられる。初めのうちは心配だった交友関係も悪くはない、気を許せる異性の友達もかなり増えた。

 

毎日が充実しているかと言われれば充実している。周りには偏った思想の持ち主、つまりは女尊男卑の思想に染まった子もいない。いや、俺の周りに居ないだけで、よく探してみれば俺や一夏に敵対心を持つ生徒や教師もいるかもしれない。

 

この世に生まれて十数年、護衛の仕事をこなすようになってから数年が経つ。高々十数年しか生きていない学生だというのに、学ぶことは非常に多かった。表側の世界とは比較にならないくらい、裏側の世界情勢が酷いことも知った。

 

 

生活を送る中で常々思うことがある。

 

 

―――俺は何のために生きているのかと。

 

 

先ほど言ったように毎日が充実していないわけではない。むしろ充実し過ぎている方だと思う。正直IS学園に入学が決まった段階で、ここまで順風満帆な学生生活が送れるとは思わなかった。仮にISの適性検査に受からず、そのまま藍越学園に入学していたらどうだっただろう。

 

たらればの話にはなるが、充実した生活を送れたとは断定出来ない。藍越学園に入学していたら十中八九、俺はひたすら仕事漬けの日々を送っていたと思う。

 

護衛対象の中にはどうしようもないほどくそみたいな人格の人間や、どうしてこいつを護らないといけないのかと思うほどの人間だっている。仕事だから好き嫌いどうこうではないのは十分分かっている。

 

でも心の中で全てを許せるかと言われれば許せるはずがない。表面上は出さなくても、好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。そう思うのが逆に人間であり、人間らしさだと思う。

 

かといってこの仕事を嫌々やっているかと言われればそれも違う。護衛としての誇りは大切にしているし、プライドだってある。

 

ただ順風満帆な学園生活も、人を護る護衛の仕事も、結局何のために生きているのかを意味付けるものにはならなかった。人間不信だった幼少期も、何のために自分が生きているのか分からずに、一人で塞ぎ込んでいた。

 

 

一度、俺は同じようなことを千尋姉に聞いたことがある。案の定難しい質問だったらしく、答えが返ってくるまでにかなりの時間が掛かった。

 

だがそれでも答えは返ってきた。あの時の答えは数年たった今でも覚えている。

えーっと、確か……。

 

 

 

 

 

「ふぅ、さっぱりした……って、わぁっ!? な、何で大和がここにいるの!?」

 

「ん? おう、シャルル。遊びに来たぜ」

 

 

 タイミング良く、後ろから聞こえた驚きの声に顔を向けると、そこにはスポーツタオルを手に持ち、ジャージ姿に身を包んだシャルルの姿があった。シャルルの身体からは蒸気が上がり、そしてシャンプーのほのかな香りが鼻腔をくすぶる。まだ乾かしたてであろう髪の毛は、毎日手入れを欠かさず行っているかのように綺麗に整っていた。

 

時計を確認してみると既に時計の針は五時を回っており、この部屋に来てから十数分が経っていた。物思いに更けるといつも以上に早く時間が過ぎることを再認識しつつ、背もたれから背を離して椅子をシャルルの方へと向ける。

 

まさかシャルルも、部屋に一夏以外の誰かが居るなんて思わなかっただろう。シャワールームから出てきた時の反応の仕方が予想以上……むしろ驚きすぎじゃないかと思うくらいだ。

 

 

「い、いつの間に? の、ノックしてないよね!?」

 

「ついさっき。ノックに関しては結構強目にやったけど、全然反応が無かったから、無視決め込まれてるのかと思ったぞ?」

 

「そ、そんなことないよ? ちょっと聞こえなかっただけで、部屋には居たわけだから」

 

「んー……ま、それに関しては良いんだけど、一夏ってまだ特訓中か?」

 

「一夏は僕が上がった時も、まだ篠ノ之さんたちに捕まってたから……」

 

 

歯切れが悪そうに苦笑いを浮かべるシャルル、どうやら一夏は当分帰っては来なさそうだ。折角部屋に来たわけだし、このまま手ぶらで帰るのも勿体無いし、一夏が来るのを待つとしよう。シャルルもタオルを洗面所にあるかごの中に入れ、再度俺の対角にある椅子に腰掛ける。

 

シャワー上がりなのか、いつもは束ねている髪をストレートに下ろしているから、本物の女性のように見えてくる。仮にここで写真をとって、俺の彼女的な感じで紹介すればほとんどの人間が勘違いするくらいに。

 

もう一つ違和感があるとすれば、シャンプーの香りが、うちで使っているシャンプー、それも千尋姉が使っている女性もののシャンプーと全く同じ香りだということ。

 

偶然持っているだけなのか、それとも……。

 

 

「にしても、部屋の鍵を開けっ放しなのは流石にまずくないか?」

 

「ご、ごめん。結構急いで帰ってきたから、つい忘れてて……」

 

 

急いで帰るほどの用があるのかと一瞬考えるも、普通に考えて転校初日で、生徒の一部に追いかけられる可能性を踏まえれば、おかしなことではない。

 

 

「謝る必要はねーよ。とりあえず一夏を待とうぜ、折角歓迎会開いてくれるって言ってるわけだし」

 

「う、うん……そうだね」

 

 

何かに怯えるように手を膝の上に乗せて、下を俯きながら黙りこんでしまい、会話が途切れてしまう。シャルルの態度がどこかこちらの様子を伺っているように見えるのは気のせいか。何かを気にするようにチラチラと俺の方へ視線を向け、俺が視線を合わせようとすると再び俯いてしまう。

 

ひたすらその繰り返しだ。俺に何か知られたくないことでもあるのか、そう思うとこちらとしても気になってしまう。昼に話した時はこんなこと無かったのに、入ってくるタイミングが悪かったのか。

 

沈黙が続き、何か話題は無いかと考えるも、こんな時に限って話題が浮かんでこない。

 

 

……俺って他の人から見てそんなに怖く見える存在だっけか。

 

自分で言うのもなんだが、顔はそこまで厳つい顔をしているわけじゃないし、常に不機嫌なオーラを出しているつもりも無い。朝や昼のテンションと違いすぎて、一瞬避けられているのではないかと錯覚してしまう。

 

 

「……ねぇ、ちょっと聞いて良いかな?」

 

「ん。あぁ、俺が答えられることなら良いぞ」

 

 

そんな中、シャルルが不意に声を掛けてくる。声は普段よりもやはり静かで、何かを探ろうとしているようにも見えた。とはいえ、まだ質問内容は聞いてないわけだし、断定するのは早い。

 

シャルルが話すのを待っていると、一つ間を置き、意を決したように質問を投げ掛けてきた。

 

 

「大和ってさ、もし誰にも話せないようなことがバレそうになったらどうする?」

 

 

実習中にシャルルへ投げ掛けた言葉が脳裏に戻ってくる。あの時はその場のノリで口から出た言葉だが、真剣な眼差しで聞かれると結構気圧されるものがあった。

 

 

「また随分と壮大な質問だな……自分の秘密がバレそうになった時、ね。あくまで俺の考えだけど、場合によっては打ち明けるかな」

 

「誰にも話せない秘密なのに?」

 

「あぁ、俺ならそうする。あくまで場合によっては、だけどな」

 

 

シャルルの質問の意図がどことなく読め、自分の考えをシャルルに伝えると、予想通りの反応が返ってきた。ほとんどの人が誰にも話したくない、もしくは話せないようなことの一つや二つは持っている。それが恥ずかしいことだったり、辛くて悲しいことだったりと人様々だ。

 

仮に隠していた秘密がバレそうになったとしよう。ここで生まれる選択肢は二つ、素直に話すか上手く軌道修正をして誤魔化すかだ。まずバレそうになった時点でいくら誤魔化しても、相手に不信感が募るのは必須。

 

完全に拭い去るには相当な時間が必要な上に、ふとした瞬間に思い返してしまうことを考えれば完全に誤魔化すのはほぼ不可能。

 

相手が深く勘ぐる人物でなければ、変に誤魔化す必要はないし、俺とナギの時のように聞かれた時に素直に話せば良い。

 

ただ最低限の線引きは必要になる。確かに無人機から助けたのは俺だが、俺が護衛をやっていますとまでは伝えていない。このケースで知られたくないのは『無人機から助けたのは自分』ということと『自分は護衛業をしている』ことの二つ。

 

優先順位を付けるとすれば、俺にとって知られたくないのは後者だ。後者を守るためなら前者を切り捨てることくらいは構わない、だからこそナギに話せた。

 

自分なりの答えを伝え終わると、意外だと言わんばかりに目を丸くして、呆然としながらじっとこちらを見つめてくる。そりゃそうだ、人に話せないような秘密なのに、それをあっさりと話すと言っているんだから。当然、話さずに解決出来るのであれば話す必要はないし、話す話さないの見極めは自分で判断すれば良い。

 

俺の返答をシャルルがどう判断したのかは分からないが、変に勘違いをしているようにも見えた。俺の意見に反論するように、シャルルが言葉を被せる。

 

 

「……秘密を打ち明けたことで、今の関係が壊れたらって思わないの?」

 

 

シャルルが言うこともごもっともだ。それを話したがために、関係が全て壊れてしまうかもしれない。

 

 

「普通なら思うよな。でも正論を言えば、人に話したくないって秘密ってそういうことなんだよ。極端な話、友人から過去に何人も殺めていましたって言われたらどう思う?」

 

「それは……」

 

 

我ながらかなり極端な例を出したと思う。でも人に知られたくない秘密は今までの人間関係を容易に壊すことが出来るものだって多い。知られたくない秘密が小さな黒歴史なら特に気にすることもない、バレた時にのたうち回るほど恥ずかしいだけで済む。

 

シャルルが言い返せずに黙り込んでしまう辺り、人間関係を壊すほどの秘密を抱えているように思えた。むしろ抱えているからこそ、わざわざ聞いてきたんだろう。この部屋でシャルルと初めて話した時から、様子がおかしいのは明らかだった。

 

 

今部屋に入られたら隠していることがバレるとでも思ったのか。今朝からシャルルの行動には些か違和感を感じていたし、あながち間違いじゃないかもしれない。

 

 

「……」

 

「大丈夫かシャルル。顔色、あまり良くないぜ?」

 

「へ、平気だよ。そうだよね、確かに大和の言う通りかも」

 

 

核心に触れてしまったかもしれないと、シャルルの顔色を伺いながらも、持ち直してくれたことに安堵しながら、一言そこに付け加える。

 

 

「……それでも隠すことは悪いことじゃない。むしろ秘密がない人なんていないと思うぞ」

 

「うん……」

 

 

如実に気分が落ちているシャルルを見ると、俺が心をへし折るようなことをしたようにしか見えない。ちょっと説教みたいになったことを反省しつつ、どうにかしてシャルルを元気付けられないかと考え、実行する。

 

 

「まぁ元気出せよ! 暗いままじゃ、一夏にまで心配される……ぞっ!」

 

「キャッ!?」

 

 

 その場に立ち上がり、落ち込み気味に俯くシャルルの背中を軽く叩く。そこまで強く叩いたつもりはないが、急に叩かれたことに反射で甲高い女性のような声をあげる。いきなり何をするのかと、驚き気味に抗議の視線を向けてくる。

 

溜まっていたものが大きな声を出したことで、ある程度吐き出されたらしく、覇気のある眼差しに戻っていた。この後どう話を続けようかとしたところで。

 

 

「悪いシャルル、遅くなった! 箒たちに捕まってて……おっ! 大和、来てたのか!」

 

 

真打ちの登場だ。

 

不意にドアが開いたかと思えば、顔を汗だくにして出発間際の電車に駆け込むように部屋に入り込んでくる一夏の姿が。顔が汗だくなのにプラスして、着ている制服のベルトが所々抜けている上に、制服自体がシワまみれになっている。更衣室から寮まで走ってきたのが容易に想像出来た。

 

本人が言った手前、遅れたことに申し訳なさを感じているみたいだ。とはいっても多少の遅刻くらいは想定範囲内、シャルルから篠ノ之たちに捕まったことを聞いた時点で、少しばかり遅刻する可能性があるのは分かった。

 

改めて全員揃ったところで行動するとしよう。

 

 

「ういっす、待ちくたびれたぜ一夏。よっしゃ、役者も集まったことだし、歓迎会の準備始めるか」

 

「そうだな。あ、後で箒たちも来るみたいだから、さっさと終わらせようぜ!」

 

「了解……と言いたいところだけど、汗だくのままはマズイし、まずは軽くシャワー浴びて汗を流せ」

 

 

折角の歓迎会を汗だくのまま行うのはいただけないし、ひとまずシャワーへと誘導する。

 

「んー、そうだな。じゃあちょっと待っててくれ、すぐに済ませるから」

 

「うい。それなら俺は一旦部屋に戻って、遊べそうな道具が無いか探してくるわ」

 

「りょーかい!」

 

 

後ろ向きに手をヒラヒラと振りながら、一旦部屋の外に出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、実際のところどうなんだろうな」

 

 

部屋から出てドアが完全に閉まったことを確認した瞬間、ぼそりと本音が漏れる。思い返せば不可解な行動が随所に見られた。

 

IS実習のために着替える時に、急に脱ぎ始めた一夏を見て悲鳴を上げたところにしても、男性の着替えに対しての反応は普段男性と接してきたとは思えないほどに顕著なものだ。男性の着替えを見慣れていないという枠を越えて、完全に男性の裸体を見ることに抵抗があり、恥じらいを持っている。

 

当然、上下共に何も着てない素っ裸の状態であれば、俺も引くことはあるにしても、着替えるべき場所の更衣室で上半身裸になったくらいでは何とも思わない。

 

次に引っ掛かったのは使っているシャンプー。これに関しては何とも言えないが、少なくとも千尋姉が使っていた女性もののシャンプーとは言い切れる。別に嗅覚が特別優れている訳ではないものの、普段嗅ぎ慣れた香りを忘れるほど鈍くはない。

 

女性専用のショップでしか売ってないとかで、よく買いだめしているのを見た。女性専用のショップでしか売っていないものを、わざわざ男性が買いに行くとは考えにくい。

 

 

「何を抱え込んでいるのかも分からないし……」

 

 

話は逸れるが、時折見せる何かを背負い込んだような雰囲気も気になるところだ。これに関してはかなり敏感に感じることが出来るため、間違いなく何かを隠していると断言出来る。

 

自分から秘密がバレそうになったらどうするか、と聞いてくれば、自分が知られたくない秘密を隠し持ってますと公言しているようなもの。淡々と話すならまだしも、あそこまで感情移入していれば、自ずと何かを隠していることには気付ける。

 

 

総括するとしばらく様子を見る必要があるのは間違いない。目立った行動を起こしている訳でもないし、今下手に突っ込むとこちらの動向が気付かれる可能性もある。

 

もう少しだけ、様子を見てみるとしよう。

 

 

「まぁそれでも、一つだけ飛び込んできてる確実な情報といえば……」

 

 

それに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャルル・デュノア……ね。さっき聞いた情報の中には、デュノアの社長に息子がいるなんて情報、無かったんだよな」

 

 

 

 

 

 

―――少しばかり気になることもある。


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