IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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○昼間のデート 後編

 

 

 

「悪い、お待たせ!! 思った以上に時間掛かった!」

 

「あ、大和くん。ううん、平気だよ。用はもう済んだ?」

 

「あぁ、まぁ何とか」

 

 

 目的のものを購入した大和は、足早にナギの待っている場所へと向かった。買った商品は言わずもがな、手持ちの袋の中に大切にしまってある。

 

少しばかり時間がかかってしまったのは、プレゼント用に包んでもらったため。幸い何を買ったかは知られていないことだし、下手に口を滑らせないように気をつけるだけだ。

 

用も終わったため、後は時間が許す限りは適当にぶらつくだけなのだが、初めは服を見るとしても終わった後はどうするか。

 

これが完全な恋人同士であれば完全に夜のことも……と、なるわけだが、まだ二人の仲はそんな深く進展しているわけではない。

 

 

「よし。とりあえず男性服のコーナーにでも行くか。もう何着か欲しいし、コーディネートは任せるぜ?」

 

「は、はい。私なんかで良ければ喜んで!」

 

「頼む」

 

 

下手に悩むのも時間の無駄だと判断し、流れで男性服のコーナーへと向かう。無事にやり遂げたことで、足取りは先ほどと比べてもいくぶん軽い。

 

そもそもプレゼントを買うだけなのに、どれだけ緊張しているのかといった話だが、本人が満足しているのなら特に突っ込む必要もないだろう。

 

しかし足取りが軽くなったことが、後ろを着いてくるナギにも伝わったようで。

 

 

「大和くん、もしかして何か良いことあった?」

 

 

思わぬ反撃を受ける。一瞬心臓が口から出そうな感覚になるものの、平静を装いながらも返す。

 

 

「ん、良いこと……何か俺変か?」

 

「変って訳じゃないけど……さっきよりも足取りが軽くなっている気がして」

 

「……気のせいじゃないか。昼に多少座って休んだから、足取りが軽いだけだろう。最近はあまり外に出てなかったしな。慣れないことしてちょっと疲れてたのかも」

 

「そ、そうなの?」

 

 

 あまり触れられたくないところに触れられ、焦りながらも何とか誤魔化す。端から見れば明らかに変わりすぎだろと突っ込まれてもおかしくない。

 

物自体はしまってあるので、そこまで焦る必要はないものの、本人がそれを表に出してしまっては意味がない。

 

とはいえ誰かに何かをプレゼントするといった経験がない。あるとすれば姉である千尋に誕生日プレゼントをしたことくらいだ。

 

血が繋がっていないといっても、二人の仲は姉弟以外の何ものでもないため、千尋を一人の女性として意識しているのかどうかは不明。

 

が、照れることはあってもどちらかといえばなついているだけのようにも思える。

 

 

「ここ最近はあまり外に出ることもなかったし、体がびっくりしてるのは事実かな。ま、特に心配はしなくても大丈夫。そんなに体柔な訳でもないし」

 

「そうなんだ。結構外に出歩くのが好きなタイプだと思っていたからつい」

 

「外に出歩くのが嫌いな訳じゃないんだけどな。どうも時間が作れないっていうか……」

 

 

 そもそもIS学園に入るまでは休日も本業のことでバタバタしてることもあったため、休みらしい休みは少なかった。今は理由が理由なため、別の人間に代わりを任せている。

 

ただ以前と比べると仕事量は減っているため、若干平和ボケしている感じもある。それ自体は大和自身がよく分かっていることだろう。無人機の襲撃時に改めて気持が切り替わったはずだ。

 

護衛としての顔と一般人としての二面性を持つ大和にとって、割と毎日があっという間に過ぎていく。今日のように楽しいこともあれば、護衛の仕事で嫌な思いをすることもある。

 

そんな中でも、今この瞬間さえ楽しめれば十分に幸せ。それが率直な思いでもあった。

 

 

「でもまぁ、こうやって休みの日に女の子と出掛けられる俺は幸福者だなって思うよ」

 

「へー……ってえぇ!?」

 

「どうかしたか?」

 

「し、幸福者って……」

 

「あっ……」

 

 

 今のは完全に無意識だったようだ。最近無意識に変なことを言うと本人が自覚しているにも関わらず、これでは最早たらし認定されても何らおかしくはない。

 

一夏を『キング・オブ・唐変木』とするのなら大和は『キング・オブ・たらし』になる。発言した後に察する辺り、女心に関してはある程度敏感らしい。

 

……が、タイプは違えど無意識に口説く、またはフラグを立ててしまう辺りが一夏に似ている。どちらがタチが悪いかと言われれば、両方ともタチが悪いのは間違いない。

 

この光景を何度見ただろうか。目の前には顔を赤くしながら上目遣いで見つめてくるナギの姿。そして、その様子をしまったといわんばかりの表情で、冷や汗をたらしながら打開策を探そうとする。

 

いくら考えたところで打開策など出てくるはずもなく、あるとすれば上手く話を逸らすくらい。つまりはどうしようもない。

 

 

「えーっと、なんだ。つまり……うん。誘ってくれたことに感謝しているってことで」

 

「そ、それは分かっているけど……」

 

「……うっし! じゃあ切り替えるか」

 

 

いつまでもこんな状態だと先に進まないと思ったのか、上手く話を逸らす前に強引に軌道を変えた。ある意味ではこれが一番良い方法なのかもしれない。

 

そうこうしているうちにも男性服の売り場に到着し、ギクシャクとした雰囲気ながらも服選びに没頭していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー。こういう服も着てみたいけど、似合う人にしか似合わなさそうな感じがするんだよな」

 

「そうかな? 大和くんにも似合いそうだと思うけど」

 

 

 服を選び始めて十数分、先ほどまであったギクシャクとした雰囲気はいつの間にか消え失せて、いかにも男女が服をコーディネートしていますといった和気あいあいといった雰囲気が辺りには漂っていた。

 

二人は完全なる無自覚ではあるものの、二人の雰囲気を直に感じている周辺の通行人や、服を選んでいる人間の一部からは嫉妬や好奇の視線が向けられる。

 

 

「こんな白昼堂々と女といちゃつきやがって!」

 

「うぐぐ、年齢イコール彼女いない歴の俺に対する当てつけかチクショーめ!!」

 

「リア充滅ぶべし! リア充滅ぶべし!!」

 

 

視線のほとんどが羨望からくるものだが、男にとって女性と一緒にいるかいないだけで大きく他とはアドバンテージを感じてしまうもの。

 

二人が付き合っていないと言っても、現状二人はカップルにしか見えない。

 

浴びせられる視線に関しては察しており。

 

 

(後ろからの視線が怖いな。敵意はないから大丈夫だとは思うけど……)

 

 

恐怖感はないが、少しばかり背後の様子を気にしていたようだった。

 

 

「大和くん、どうかした?」

 

「ん? いや、ただちょっとボーっとしていただけだ。結局見ただけじゃ断定できないし、試着してみるしかないよな、これ」

 

「だね。多分一回着てみた方が良いかも。後気になったことがあるんだけど……」

 

「気になったこと?」

 

「うん。大和くんって学校来る時と、外に出る時っていつも同じ髪型にしてるの?」

 

「同じだな。さすがにそのままだとあれだから、若干ワックスつけて立たせているけど……何かあるのか?」

 

 

自分の前髪を軽く触りながら、淡々と答える。特別髪型を気にしているわけではないが、最低限見苦しくないように整えているようだ。大和の髪型はエアリーショートヘアと呼ばれる一種で、フワリとした軽い質感が特徴の髪型だ。

 

自分の癖に合わせてワックスをつけているため、そこまでこだわりを持っているわけではない。それでも一回手癖がつけば毎回同じような髪型にするため、急に髪型を変えると周りには当然驚かれる。

 

髪型といえば己を引き立たせる一つの特徴といっても過言ではない。それだけ人をイメージするためにも重要なものになっている。

 

逆に印象を変えるためには髪型を変えるのが一番手っとり早い。

 

 

「もしかしたら着る服によって、髪型変えたら良いんじゃないかなって思ったの」

 

「……」

 

 

つまりナギが言いたいことはこうだ。

 

服が似合わないと思う原因の一つに、毎回同じ髪をしていることが挙げられると。確かに着る服は路線が変わらない限り、そこまで大きな変化はない。

 

髪型が普通で、服を派手なものにすれば目立つし、人によってはバランスが取れていないがために『似合わない』と言われることもあるかもしれない。

 

まさかの発想に驚き言葉を失う。IS学園から知り合った人間は大和の髪型は一種類しか知らないが、別にこの髪型しかセット出来ないわけではない。大和の表情も何とも言えないものだ。

 

表情から察するにあまり見せたくない髪型なのだろうか。

 

 

 

「そういえば学校とかでも同じ髪型しかしてなかったよな……」

 

「あ、でもやっぱり今の髪型でも十分に似合うと思うよ」

 

 

うーんと唸りながら考え込む。たまには気分転換に髪型を変えてみても良いんじゃないかと思う反面、もし変えて似合わないと言われたらどうしようとも思ってしまう。内心かなり複雑だ。

 

髪の色を変えるとエンディングが変わるなんてゲームはあっても、今髪型を変えたところで何かが変わるわけではない。

 

ちなみに似合う似合わないの元になっているファッションは、V系だとかホスト系方面のものになる。やり過ぎると中○病患者に間違われかねないが、物さえ選べばお洒落に見える。

 

体つきが良ければラインがはっきりとするため、引き締まった肉体であればあるほど決まって見える。

 

 

「今日くらいは試してもいいか。服を選びに来る時間も、今だとあまりないし。……分かった、ちょっと試着してくる。ナギ、少しここで待っててもらって良いか?」

 

「うん」

 

 

 服を手に取り更衣室へと入っていく。入ってからすぐ、がさがさと着替える音が聞こえてきた。中はカーテンがかかっているため、外から確認することは出来ない。むしろ確認出来たら出来たで大問題になる。

 

どんな感じに変わるのかと期待に胸を膨らませて待つ。周りの男性と比べても、端正な顔立ちをしている。

 

体つきも細身に見えて、実際脱いでみればかなり引き締まった筋肉質なため、ボディラインははっきりと浮き出てくる。

 

断定こそ出来ないものの、似合うかどうかと言われれば恐らく似合うだろう。

 

 

男性が目の前で試着した姿を見るのはナギにとって初めての経験であり、服を着替えるだけなのに妙に落ち着かない。

 

 

(うぅ、男の子と一緒にどこか出かけるなんて無かったから緊張するよ……)

 

 

そもそも中学時代は女子校に通っており、男女関係の話はしていても、あまり年頃の男性と関わることが無かった。決してこのようなケースは珍しい訳ではなく、IS学園でも今まで男子とほとんど関わりがなかった子も多い。

 

あったとしても幼稚園や小学生の頃だ。小学校の中学年から高学年にもなれば、体育の着替えが別々になるように、異性に対して意識するようにもなる年頃にもなる。

 

 

それが高校生にもなれば男性に対する意識はより高くなる。

 

 

(あの時、助けてくれたのって大和くん……なんだよね?)

 

 

クラス対抗戦での一件が、大和に対する意識をより強くさせる。対抗戦の後に開かれた食事会。助けてくれた人物のことが気になってしまい、楽しみながらもどこかボーっとしていた。

 

食事会の準備を手伝っている最中、何気なくキッチンで料理を作っている大和たちを眺めた時の出来事だった。

 

不注意で使っていた水が服にかかってしまったのか、かかった箇所の左ひじ部分にジワリと水が広がっていく。本来であればからかいで済むような出来事でも、見る人によってはそれでは済まないことだってある。

 

ナギは自分を助けてくれた人物がアリーナへ戻る際に、左ひじから出血していることに気が付き、助けてくれたせめてものお礼に傷の手当をした。その時に動物の絵柄が描かれた絆創膏を止血用に貼ったのだが、濡れた服に全く同じ絵柄の絆創膏が浮き出てきたことで確信に変わった。

 

あの時に自分を助けてくれたのは大和だったと。

 

 

思い返すだけで胸がドキドキとして幸せな気持ちになる。自分のことを身を挺して命がけで守ってくれた勇ましさ、女性優位な世の中で決してぶれない強い信念を持った姿勢、時に見せる女心を燻らせる優しさ。

 

そんな大和の姿にいつの間にか虜になっていた。

 

 

(大和くん……)

 

 

 気が付けば彼の名前を読んでいる。もしこれが声に出ていたとしたら周りに心配されてもおかしくないレベルだ。大和が助けてくれたのは事実だとしても、ナギにはいくつか気になることがある。

 

大和は一体何者なのかと。

 

年不相応に大人っぽい感じはあるものの、他は同学年と何ら変わらない好青年、それがナギのイメージだった。

 

 

 

ただ無人機襲撃事件で、大和の見せた動きの数々。少なくともちょっとやそっと身体を鍛えた位では、あの身のこなしは出来ない。そもそも何故ISに対して生身で立ち向かうことが出来るのか。

 

生身の人間がISの攻撃を受ければ、一撃で再起不能になっても不思議ではない。逆に言えばそれだけ危険な行為だ。

 

危険を省みずに立ち向かったこともそうだが、ISにあれだけ太刀打ち出来たことが気になって仕方なかった。大和は自分の知らないところで何をやっているのかと。

 

 

―――もっと彼のことを知りたい。大和に好意を持つが故の好奇心だった。

 

と。

 

 

「一応試着し終わったけど、出ても良いか?」

 

 

不意に中で着替えている大和から声が掛けられた。大和のことを考えていたため、急な不意打ちに思わずビクつきながら返事を返す。

 

 

「ひぇっ!? う、うん。どうぞ!」

 

「……? とりあえず出るけど、似合わなかったとしても笑わないでもらえると助かる」

 

 

 何をそこまで驚く必要があるのかと疑問に思いつつも、カーテンに手を掛けてゆっくりと引いていく。御披露目の時が近付くにつれて、ナギだけではなく大和まで緊張してくる。

 

大和の場合は普段は着ないような服のため、本当に似合っているのかどうなのかといったところで不安らしい。面と向かって笑われることは無くても、内心どう思われているのかは分からない。故に落ち着かない。

 

更にいつもの髪型と変えているせいで、色々な意味で違った大和の御披露目となる。整髪料を毎日持ち歩いているわけではないものの、今日に限っては何故か持ってきていた。

 

理由は言わずもがな、同世代の女の子と出掛けることが初めてで、せめて身だしなみくらいはキチンと整えようとの思いからだ。

 

 

カーテンが完全に開き、中にいた大和の姿がナギの両目に映し出された。

 

【挿絵表示】

 

 

「……おう」

 

「……」

 

「ど、どうだ?」

 

「……」

 

「さ、流石にだんまりだと俺も困るんだが……」

 

 

 V系を意識させるような黒のロンTを纏う大和の姿が。胸元は緩いドレープになっていて、そこから見えるボディラインがはっきりと浮き出るインナーが何とも男らしさを際立たせている。

 

ロンTの上にはカーディガンを羽織り、更にズボンはダボッとしたジーパンではなく、ピッチリと足にフィットした青のスキニーデニムを履いている。

 

髪に関して言うなら、いつもは頭の真ん中より少し右側で髪を分けて、そのまま軽くワックスをつけて髪を立たせてなびかせるエアリースタイルをとっている。元々髪質が軽いため、そこまでワックスを使わなくても自然と立つため、本人はこの髪型を気に入っている。

 

が、今の大和に前の面影は全く無かった。右側を後ろに向かってかきあげ、いつもはなびかせるだけの前髪に若干癖をつけて、前にたらす量を減らしたことで、ぐっと大人の色気を感じることが出来る。

 

いつもとは全く異なる雰囲気に、一言も発せずに惚けながら大和のことを見つめる。反応が無いせいで、大和は大和でどうすればいいのか分からずに、キョロキョロと周りを見回すだけ。

 

 

「……やっぱり似合ってないよな」

 

「はっ!? そ、そんなことないっ! す、凄く良いと思うよ!」

 

「本当か? 正直だらしなくなければ良いなくらいの感じでやってみたんだけど……」

 

(ぜ、全然雰囲気が違う。うぅ、ズルいよこんなの……)

 

 

普段から大人びた言動や物腰の大和だが、服装と髪型を変えただけでガラリとその雰囲気は変わる。

 

例えば中学時代に太っていた女の子が、成人式の時には引き締まった美少女に変わっていたとしよう。当時からかっていた人間からすれば声は掛けにくいし、下手をすれば顔を直視出来ない。今回それとはシチュエーションが全く違うも、いつもとはどこか別人にも見える大和の顔を直視することが出来ない。

 

いつもよりも数段大人っぽく、格好良く見えた。

 

 

「って、その割には顔を背けている気がするんだけど……俺の気のせいか?」

 

「う、うん! 気のせいだと思うよ!!」

 

 

別に大和のことが嫌で顔を背けているわけではない。しかし意識している……いや好意を抱く男性がいつもよりもずっと大人っぽくなって自分の前に出てきたとしたら、おそらくまともに顔を見ることは出来ない。

 

結婚式の時に新郎が新婦の晴れ姿を見て硬直する。まさにそんな状況だった。

 

 

「そうか。ま、とりあえず服は着替えるわ。値札つきの服をこのままレジまで着ていくわけにも行かないし。すぐ着替えるからもうちょい待っててな」

 

 

 御披露目が終わると、そのまま回れ右で再び更衣室の中へ戻る。大和も慣れない服装と髪型で恥ずかしかったのだろう、後ろ姿から見える耳たぶは仄かに赤く染まっていた。

 

もう少し見ていたかったと、若干名残惜しそうにカーテンを見つめる。欲を言えば今のままでも良かったと心の底で思う一方で、普段は見れない貴重な一面も見ることが出来た嬉しさもある。

 

学園では女の園、IS学園にいるため、多少なりとも本人の中では周りに気を遣う部分はある。大和自身、笑顔はよく見せるものの、その中にどれだけ本心から笑った笑顔があっただろうか。

 

 

 

 

―――カーテンを眺めながら、何気なく先日の無人機襲撃事件のことを思い返す。自然の足の震えはなかった。全てを吐き出したことで、トラウマが無くなりつつあるのかもしれない。

 

あの時もし助けてもらえなかったら、助けるのが一歩でも遅れていたら。

 

想像するだけでもゾッとする。

 

 

助けてもらった際に貼り付けた絆創膏が、助けてくれた張本人が大和だと物語っていた。この体験が、大和が何をしているのかを気にする要因になっている。

 

大和が何も言ってこないのは知られたくない、知らせたくないことだからだろう。

 

教えたくないことだからナギは無理に聞こうとせずに、本人が話してくれるまで待つことにした。本当なら、ゴールデンウィークに出掛ける約束を取り付ける際に聞きたかった。

 

 

「好きになっちゃったんだよね……やっぱり」

 

 

 大和のことを考えるといつもより鼓動が早まっていく。今日も平静を装いつつも、内心はずっと緊張していた。ただ不思議と嫌な感じはなく、どちらかといえば幸せなだったようにも思える。

 

好きな人と一緒にいられることがどれだけ幸せかなんて、周りの人間には分からない。分かるのは隣に居る人間だけだ。ナギは今、世界中の誰よりも大和の近くに居る……そう思うだけで、彼女の心拍数はどんどん上がっていった。

 

初恋は一生忘れられないものだと言われる。長い人生から考えればほんのごく一部に過ぎないものの、初めの一回しか味わえないからこそ思い出として残るのかもしれない。

 

 

「うぅ……何か変。顔赤くなっていないかなぁ?」

 

 

両手で頬を触りながら、顔が赤くなっていないかどうかを確認するも、表面温度が上がっていることくらいしかはっきりしない。

 

しかし自分では分からないだけで、周りからすればはっきりと顔が赤くなっているのは丸分かり。あくまで見ているのがカーテンの方のため、誰も顔を伺うことが出来ないから気付かないだけにすぎない。

 

 

「お待たせ……ってあれ? 何でそんなに顔赤くなってんだ?」

 

「えっ……!!?」

 

 

 運悪く、着替え終わった大和が試着室の中から出てくる。当然カーテンを眺めているナギとは鉢合わせる形になり、顔が赤くなっているのを一番知られたくない本人に見られてしまう。

 

大和はどうして顔を赤らめているのか気付いていない。そもそも気付いたら気付いたで、何故人の心の中が読めるのかという話になってくる。

 

着替える前は普通だったのに、着替えて出てきたら顔が赤くなっていたら、普通の人間だったら心配になる。それは大和も同じだった。

 

 

「おい、本当に大丈夫か? まさか熱でもあるんじゃ……」

 

「え? そ、そんなこと無いよ! わ、私はいつも通りだよ!?」

 

「そうはいってもな……とりあえず確認するだけだから」

 

 

 確認すると言いながらも、どうも歯切れが悪い。どこか戸惑いを見せながら、何度もナギの顔をチラチラと見ながら挙動不審に見えなくもない行動を繰り返す。何を考えているのか、改めて見つめ返すと何かを決心したかのように右手を伸ばしてくる。

 

 

「……悪い、先に謝っておく。嫌だったら殴ってもいい」

 

「へ……大和―――」

 

 

最後まで名前を呼ぶ前に、額に人肌のような温もりを感じた。大和が何をしたのか分からず、キョトンとしながら大和の方を見つめる。

 

そういえば今さっき伸ばした右手はどこにあるのか。よく見てみると自分の方に向かって伸びてきている。何度も瞬きをするも、それは変わらない。

 

では右手は一体どこに触れているのか。

 

 

「―――っ!!?」

 

 

大和の右手が触れている先、それは紛れもなくナギの額だった。

 

本人が始めに謝罪したのは、一歩間違えればセクハラにも捉えられるような行為だったから。無論、ナギが大和を殴るような子でも無ければ、男性に対して偏見を持つ子でも無いことはよく知っている。

 

ただ仮にも女性の身体の一部に触れる訳だから、初めに謝罪を述べただけ。いきなり触られたらいくら好意を相手に持っていたとしても驚くのは間違いない。

 

触られて喜ぶ女性がいたとしたら、お目にかかりたいものだ。

 

自分が大和に触れられていることを認識し、体内温度と心拍数が徐々に上がっていく。口を魚のようにパクパクさせる間もなく、ぽーっと頬を赤らめながら大和から目が話せなくなる。

 

改めて顔を見つめ直すとズルいと思ってしまう。顔立ちが誰よりも整っているかと言われればそういうわけではないが、男性の中でも整っていると言い切れる。逆に大和より顔立ちが良い人物が現れたとしても、果たして整っていると言い切れなかった。

 

 

確認を終えた大和は額に触れていた手を放し、おかしいなと腕を組みながら首をかしげる。熱でないのなら何なのか、どうにも頭の中のモヤモヤが晴れないらしい。一方でナギは突然のことで一言も発せないまま立ち尽くすしかなかった。

 

 

「んー熱はないみたいだな……ってことは単純に蒸し暑いだけか。ここあまり空気も良くないし。ちょっと別の場所に移動しようか」

 

「……」

 

「おい、大丈夫か?」

 

「……う、うん」

 

 

話しかけても反応が無いため若干心配になったのか、その場で固まったままのナギに声をかける。するとようやく我に返ったのか、歯切れの悪い返事を返してくる。

 

 

「なら良かった。じゃあさっさと会計して別の場所の行くか」

 

「そ、そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからの時間はあっという間に過ぎていった。気がつけば既に時刻は夜の十九時を過ぎようかとしている。大学生ならまだこれからでも、高校生……それもまだ中学から上がったばかりならそろそろいい時間だ。

 

それぞれに今日は少し遅くなることは伝えてはいるものの、大和はいいとしてもナギの方はあまりに遅くなると両親が心配するだろう。彼女もこの連休中は実家に帰省しており、遊びに出かけると伝えているだけで、男性と一緒に遊びに行くとまでは伝えてない。

 

レゾナンスから出た時には既に日はどっぷりと暮れて、空には一面の闇が広がっていた。街の街灯の全てに明かりが灯され、街歩く人はスーツを着た会社帰りの社会人が多く見られる。

 

苦しい時は時間が長く感じられ、楽しい時は時間が異常に短く感じられる。十分に楽しんだといえば楽しんだだろうが、出てきた二人の表情はまだどこか物足りないといった感情を汲み取ることが出来た。

 

 

「はー、何か本当に久しぶりに一日遊んだな」

 

「ふふっ♪ 大袈裟だよ大和くん」

 

「IS学園じゃ勉強ばかりだったからあんまり遊ぶ暇は無かったしな。あぁ、今日みたいな日が毎日あればいいのに」

 

 

 大和の口から出てくるのは、紛れもない本心からの言葉だった。年齢的にはまだ十六歳、人生八十年が本当なら五分の一しか経っていない。たった十六年しか人生が経ってないのに、彼の人生は想像を絶するものがある。

 

彼が遊べない理由は学校が忙しいからではなく、本業の方が忙しいからだ。今でこそ『世界で二人目のISを動かした男性』といった融通がきいて幾分時間は作れるにしても、落ち着いて休める時は少ない。

 

 

『霧夜家当主』

 

 

この看板の重圧が大和にどれだけの影響を与えているのかなんて誰も想像できない。元当主で一番大和の傍にいる千尋でさえも、大和が現状をどう思っているかは分からなかった。学園生活では一切仕事の顔を見せたことはない。

 

見せたとすれば、一夏のことを狙った偵察集団を捉えた時と無人機襲撃の時くらいで、それ以外の時はちょっと大人びている以外は、普通の十六歳の青年と変わらない。

 

自由な時間が少ないといっても、本人が嫌々当主をやっているようにも見えないのは事実。嫌だったら断ればいい、千尋も別に強制はしなかった。

 

それでも引き受けたのは、大和自身何か思うことがあったからだろう。

 

 

「……」

 

「大和くん?」

 

「大丈夫、ちょっと物思いにふけてただけだ。ところで時間は大丈夫か?」

 

 

少しばかり考え込んでしまい、返事を返さずにいるとナギが隣から心配そうに声を掛けてくる。特に何でもないと軽くほほ笑みながら返すと、時計を見ながら時間的に大丈夫かと尋ねる。

 

 

「うん。ここから家もそんなに離れてないし、さっきお母さんにメールしておいたから。大和くんの方こそ、ここから結構距離あるのに大丈夫?」

 

「あぁ、割とうちは放任主義だからさ。連絡さえ入れておけば特に何も言われないよ。逆に入れないと地獄を見るけどな……」

 

「そ、そうなの?」

 

 

思い出したくもないといった表情で呟く大和。彼の話し方を見る限り、過去にやらかしてひどい目に遭っているようだ。

 

 

「それより、本当に送らなくてもいいのか? いくら家が近いとは言っても、何があるかなんて……」

 

「もう、大和くん心配しすぎだよ。治安が悪いわけじゃないし、お母さんが途中まで迎えに来てくれるみたいだから」

 

「む……そこまで言うなら」

 

 

どうにも心配性な所は治せないらしい。苦笑いを浮かべながら大丈夫だというナギに対し、それならと引き下がる。

 

 

「んーどうするかな。俺は電車で一本だから余裕あるけど……」

 

「あ、最後に行きたい場所があるんだけど、付き合って貰ってもいいかな?」

 

「行きたい場所? それはいいけど、行きたい場所ってどこだ?」

 

「到着してからのお楽しみってことで♪」

 

 

 ニコッとはにかむ姿に大和は何も聞き返せなくなる。行きたい場所があるということで、今日初めてナギが先陣を切って歩いていく。

 

大和は目的地がどこか分からないため、その後を着いていくしかない。頭の中で向かいそうな場所を思い浮かべてみるが、時間的にいく場所は限られてくる。

 

真っ先に思い浮かんだのは飲食店だが、到着してからのお楽しみだと言われたのに果たしてそこに行くだろうか。他にも思いつくものはあるが、やはりどれも断定が出来るものではなかった。

 

いくら聞いても返ってくる解答は同じだと判断し、大人しくついていくことにした。

 

 

 

 

 

 

―――歩くこと数分、急に目の前を歩いていたナギが足を止める。それに合わせて大和もその場に止まった。目的の場所についたのだろうかと、顔を上にあげてここがどこなのかを確認する。

 

 

「げ、ゲームセンター?」

 

 

 反応からして完全に想定外だった場所らしい。どうして最後に行きたい場所がここなのか、大和には分からなかった。しかし、よく考えてみれば最後にゲームセンターを選ぶのも十分に分かる。

 

大和がイメージするゲームセンターは、スロットやシューティングゲームなどでひたすら時間潰しする場所であって、夜遅くに二人きりで行くような場所ではない。

 

ナギも別にゲームをやるためにゲームセンターに来たわけではない。名前はゲームセンターだとしても、ゲーム以外に出来ることだってある。

 

 

「大和くん、こっち来て」

 

「え、お、おい!」

 

 

一人つかつかと先に行ってしまうナギを放っておくわけにもいかず、そのまま後をつけていく。

 

彼女にとって今日は特別な日になっていた。学生の中の思い出の一ページとして、今日のことは忘れずに取っておきたい。

 

もちろん頭の中では忘れるわけがない。だが頭の中だけではなく、形ある物として彼女は残したいと考えていた。

 

そして。

 

 

「これなんだけど……」

 

「これって……プリクラ? じゃあまさかここに来た理由って」

 

「うん。折角だから、ね?」

 

 

最後に彼女がやりたかったこと、それは今日を画像として残すこと。そこでようやく大和も気付く、何故ゲームセンターが最後に行きたい場所だったのかを。

 

上目遣いに見つめながら懇願してくる姿に、拒否が出来るはずもなく、首を縦に振るしかない。

 

女性の場合は思い出作りでプリクラを撮ることはも多い。友達と遊びに行けば毎回撮っても撮り足りないくらいだ。ナギも年頃の女の子だから、プリクラくらい何回も撮ったことはあるだろう。

 

ただ女性同士で撮ることはあっても異性と、それも二人っきりで撮る経験は一度もない。

 

恥じらいからか、直接プリクラを撮ろうと頼むことが出来なかったため、とりあえず明確な場所は伝えずに、目的の場所まで連れてきた。

 

 

のれんをくぐると独特の音声案内が流れだし、モードの選択画面が現れる。撮影機の前に立ちながら目の前のボタンでどんな感じの写真にするのかを選択していく。

 

 

「思い出にどうしても撮りたかったから……ごめんね? どこに行くか教えなくて」

 

「謝ることねーよ。ちょっとびっくりしたけど、変なところに連れていかれた訳じゃないしな」

 

「ありがと……それにこの中なら二人きりだから」

 

「え?」

 

 

 二人きりという単語に思わずドキッとしながらナギの方を見つめる。外は相変わらずの喧騒に包まれているが、中は自分と二人だけ。つまりよほどのことがない限り、誰にも邪魔はされない空間になっている。

 

今日は一日二人きりでも、密閉空間に二人きりといったシチュエーションは一度もなかった。本当の意味で距離が一番近い状態に、少しの間沈黙が続く。

 

外ではゲームの効果音や、楽しそうな話し声が聞こえて騒がしいはずなのに全く気にならない。まるで外の声や音が完全に遮断されているような気分だった。

 

聞こえるとすれば目の前にあるプリクラの音声案内だけ。先ほどまで操作をしていたナギも手を止めているため、画面は変わらずにずっと同じ音声が流れてくる。

 

同じ動作が数回ほど繰り返された後、口を開いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当はあの時のことをちゃんと聞こうと思ったの」

 

「―――っ!?」

 

ナギだった。単語の一つに聞き覚えがあったのか、驚きながら横を振り向く。が、肝心のナギは大和と顔を合わせようとせずに、下を俯いたまま言葉を続ける。

 

長く伸びた髪に隠れた横顔が、どこか寂しく見えた。

 

 

「あ、勘違いしないでね。別に誰かに言いふらそうとか考えているわけじゃないの。でもどうしても確認したかったから……」

 

 

確認したいことが何のことなのかはすぐに分かった。無人機襲撃事件の真実を知りたいのだと。もうこれ以上隠すのは限界だと悟った大和は、一つ大きくため息をつき、真剣な眼差しをナギの方へと向けた。

 

いずれ聞かれるとは思っていた。聞かれる時期が早くなっただけに過ぎない。

 

 

「あの時助けてくれたのは……」

 

「あぁ、俺だ。」

 

「やっぱりそうだったんだね」

 

「……幻滅したか? よくも騙していたなって」

 

「ううん、そんなことない。だって命を張って私のことを助けてくれたんだもん。そんなことで大和くんのことを嫌いになれるわけない」

 

「そうか」

 

 

淡々と話しながらも、内心ドキドキものだ。裏の世界に携わっている楯無に知られた時は、やっぱりバレたかくらいで済んだため、特に何かを思うことは無かった。

 

今回の場合は、裏の世界とは全く関係ない生活を送っていた普通の仲の良いクラスメートに知られたのだから必然とそうなる。

 

もしかしたらこれからずっと怖がられるのではないかと。バレたとは言っても、助けたのが自分だと知られただけで、護衛の仕事をやっていることがバレた訳でも無ければ、護衛対象が一夏だと知られたわけでもない。

 

本当にごく一部のことしか知られてはいないが、それでも大和が思うところは多い。本来なら決して知られてはならないことだったのだから。

 

冷や汗がじわりと皮膚から滲み出てくる。思わず逃げ出したくなる感情を堪えて、震えそうになる拳をぐっと握りしめて話の続きを聞いていく。

 

 

「私の知らないところで何をやっているかなんて、知ろうとは思わない。だって、それは大和くんが知られたくないことだから。……例えそれが人に話せないようなことだったとしても」

 

「……」

 

「でもね……」

 

「……!」

 

 

不意に振り向いたナギの目には涙が堪っていた。大和は何が何だか分からずに目を見開く。どうして彼女が泣く必要があるのか、一体何が彼女を泣かせる原因になっているのかと。

 

涙が溢れないように堪えている様子を見てられなくなり、目を背けようとするも、大和の身体がそれをさせなかった。

 

 

「大和くんが傷付くのだけは見たくない!」

 

「ナギ……」

 

 

ナギの本心だった。

 

ずっと心の中に潜んでいた負い目、それは大和が自分のせいで怪我をしてしまったこと。怪我とはいっても掠り傷で、そこまで大きな怪我ではない。キチンとした治療を施せば、二日三日で治る程度の軽傷だ。

 

しかし、間違えば掠り傷では済まなかった。下手をすれば大和まで命の危険にさらされていたかもしれない。それも自分を助けようとしたために。

 

無人機に襲われたトラウマは薄れていくとしても、大和まで危険にさらされた事実は一生消えることはない。彼女は無意識の内にトラウマとして抱え込んでいた。

 

 

 

本心をさらけ出すと、吸い寄せられるように大和のことを見つめる。ゆっくりと大和に近付き、そのまま大和の懐に抱きついた。

 

泣き顔を見られないように胸元に埋めて、シャツに涙のシミを作っていく。

 

突然抱き付いてきたことに戸惑うも、片手をナギの頭に乗せ、もう片方を背中側に回す。そのまま子供をあやすかのように、頭を優しく撫でた。同時に大和の中に湧いてくるのは、彼女に対する罪悪感。

 

もう少し自分が気を配って上手くアリーナから出ていれば、後を追われることもく、無人機に襲われることもなかった。命の危険にさらして、自分のことでここまで心配かけることもなかった。

 

 

「……ごめんなさい。すぐに戻るから、顔を上げたときにはいつも通りの「あの時のことを忘れろとは言わない」……ふぇ?」

 

 

大和の言葉に反射的に顔をあげてしまう。視線の先に映る姿は今まで見たどの大和の顔よりも優しくて、格好よくて、たくましく見えた。

 

金縛りにでもあったみたいに、視線が大和から離せなくなる。こんなに近くで男性を見つめたことなんて、一度もないだろう。

 

 

「あの時、俺が真っ先に助けたのは何でだと思う?」

 

「な、何でって。危ないと思ったからじゃ……」

 

「それはもちろん。でもそれよりも先に身体が反応したんだ。絶対に怪我させてなるものかって」

 

 

確かに思うより先に身体が動いたのは事実、だがそれが何とどう関係しているのか。じっと見つめるナギに対して、大和はさらに続ける。

 

 

「つまり俺が言いたいのは……だよ」

 

「え?」

 

 

 途中から大和の声が小さくなり、肝心の部分が聞こえない。どう反応したら良いのか分からずに硬直するナギ。目の前の大和は何故か顔を赤らめながら、恥ずかしそうに顔を逸らす。

 

大和がここまで照れるのは珍しい。それにいつものハキハキとした物言いが、尻すぼみで全く聞こえない。普段の大和からはあまり想像できない姿だ。

 

 

「あの、大和くん。最後の方全然聞こえなかったんだけど」

 

「……あぁ、もう! ナギが俺にとって大切な人間だからだよ!」

 

「え……」

 

 

半ばヤケクソ気味に伝える大和の顔は既に真っ赤になっていた。発した言葉の数々は、雰囲気が雰囲気なだけに告白まがいにも聞こえる。

 

家族のことを大切な人間と言うくらいならまだしも、クラスメートで、なおかつ年頃の女の子に面と向かって大切な人だと言えば、このような反応になるのは当然。

 

 

仮に人が目の前で急に倒れたとしよう。普通の人ならまず駆け寄って大丈夫かどうかを確認しにかかり、重症なら救急対応を、AEDや人工呼吸など、その場で出来ることがあれば真っ先にするだろう。

 

今回のケースとは少し違うが、助けようと思うより先に行動する場合がほとんどで、助ける理由を考える人間は百人いたとしてもまずいない。なぜなら目の前のことに必死だからだ。

 

 

「今回だってそうだ。巻き込まれたのは偶然だけど、それでもナギが危ない目にあった事実は変わらない。俺が助けたことに理由付けをするとしたら……お前のことが大切だからだよ」

 

「大和くん……」

 

「ナギが気に病む必要なんてない。俺がそうしたくてこうなったんだ。むしろ、この傷は大切な人を守れたって勲章にもなるさ」

 

 

結局かさぶたになって消えちまうけどなと大和は微笑みながら付け足す。

 

どうしてここまで女心を燻るのか。そうじゃなくても彼は誰にでも優しく、分け隔てなく接する。以前セシリアが家族のことを侮蔑した時も初めこそ烈火の如く怒ったが、いつの間にか仲良くなっていた。

 

階段から落ちそうになった時も、怪我をするリスクを承知で盾になって受け止めてくれた。ピンチの時に必ず助けに来てくれている、女性の誰もが理想を抱くヒーロー像そのもの。自分に厳しく、他人に優しい。それが霧夜大和の人間像だった。

 

 

「だから、さ……」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

「―――お前に泣かれると、俺が困るんだよ」

 

 

右手を伸ばして下まぶたに溜まった涙を、人差指の背で優しく取り去る。

 

照れながらはっきりと伝えてくる言葉に、体内温度が一気に上昇してくるのが分かる。言葉の節々に大和が自分のことを大切に思っているのは十分に理解できた。大和から大切な人だと直接伝えられ、それだけで心臓の音がどんどん早まっていくのが分かった。

 

自分がどれだけ大和のことを意識して、大和が自分のことを『異性』として見ているのか。二人の間には友達以上のつながりが生まれていた。

 

今まで自分の中に負い目として残っていたわだかまりが消えていく。消えるとともに現れたのは恥ずかしさ。大和の身体に抱きついている上に、二人の顔の距離はキスでもするのかというほどに近い。

 

ストレートな言い方に思わずナギはその場から少し離れて、両手で胸を押さえながら大和から視線を逸らす。ドキドキが止まってくれないのもそうだが、大和の顔を直視することが出来ない。

 

大和に抱きついていたことも普段の彼女からすればかなり大胆な行動で、いざ我に返ってみると恥ずかしすぎて言葉にならない悲鳴を上げるほどだった。

 

 

 

今のナギに果たして自分の言葉が伝わるかどうかは分からないが、ひとまずこれからどうするのかを尋ねる。

 

 

「落ち着いたか?」

 

「……うん。ごめんね、折角の休みなのにこんなことになっちゃって」

 

「気にするなって。じゃ、落ち着いたところでさっさと撮って外に出るか。いつまでもここにいたら次に撮りたいって人が撮れないだろうし」

 

「そうだね。あっ、でももう設定は色々と決めてあるから後は撮るだけだよ」

 

 

マイナスの空気が取り除かれたところで、改めて思いで作りの写真撮影に入る。大和はどこかそわそわとして落ち着かない。実はプリクラを撮ることが初めてだなんて、口が裂けても言えるはずがなく、ぎこちない動きでモニターを覗く。

 

あまりのぎこちなさにナギも大和が撮り慣れてないことを理解したが、特に何も言わなかった。

 

 

「ってよく考えたら画面小さくないか?」

 

「え? そんなことないと思うけど。逆に広いデザインにしちゃったら周りスカスカになって、逆に変になると思うよ」

 

「むぅ……この類は慣れていないからよく分からん。で、この後どうすればいいんだ?」

 

「もう後はボタンを押すだけで撮れるから、画面に向かって好きなポーズをとれば良いだけだよ」

 

「好きなポーズねぇ……」

 

 

急に言われても思いつくわけもない。更にここには二人きりしかいないから、変なポーズをとればそれはそれで目立つし、不格好なものになる。相手は女の子だ、そもそも変なポーズを取ろうとする思想がおかしい。

 

 

「でも二人きりだから、自然体でいいと思うよ。ホラ! 大和くんも笑って!」

 

 

どうしようかと悩んでいる大和を尻目に、勝手に撮影ボタンを押した。アナウンスが流れて撮影のカウントダウンが始まる。

 

 

「え……ちょっ、もうボタン押したのか!? ま、待て! 心の準備が!」

 

 

いきなりカウントダウンが始まり、どんなポーズにするか考えていた大和は当然目を見開きながら慌て始める。

 

 

「もう、何言っているの! 男の子が写真一つにビクビクしない!」

 

「ちょっと待て! 何かキャラ変わってないか!?」

 

「気にしない気にしない! さ、笑って!」

 

 

ここまで来ればもう後は撮るだけ。初めこそ慌てたものの、何か特別に緊張する必要もない。出来るだけ自然な感じで微笑みながら、カウントが無くなるのを待つ。

 

 

「さん! に! いち!」

 

 

そして。

 

 

「ぜろ!」

 

 

カシャリという音と共にシャッターが切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな、最後まで送れなくて」

 

「ありがと、でも私なら大丈夫だから。大和くんも今日一日ありがとうね?」

 

「お礼を言うのはこっちの方だよ。こちらこそ」

 

 

 プリクラ撮影を終えた二人は駅の改札前に来ている。時間は既に二十時近く、会社帰りのサラリーマンや大学生の帰宅ラッシュと重なり、改札前は多くの人で溢れ返っていた。既に切符も買ったので、残るは目的の電車が来るのを待つだけ。

 

先ほど撮ったプリクラのデータはナギの携帯の中に入っており、大和には後で送ることになっている。

 

 

「しかし便利だな、携帯でプリクラが保存できるなんて」

 

「昔は写真用の用紙に印刷することしか出来なかったしね。今だと携帯に保存している人の方が多いと思うよ。もちろん普通に印刷している人もいると思うけど」

 

「なるほどな。ま、とりあえず後で送ってくれ」

 

「うん、任せて!」

 

 

ナギも普段通りの姿に戻っていた。大和のお陰で心の奥につっかえていた物が取れ、思い詰めて先程とは打って変わり、全て吹っ切れた感じの表情だ。

 

助けてくれたのは大和だと確認した以外、他のことには一切触れることはなかった。彼女自身が大和が話してくれるまで待とうと決めたのだろう。仮に話してくれなかったとしても、それ以上こちらから聞く気はないみたいだった。

 

ただ一つだけ大和が釘を刺されたことと言えば、ナギの知らないところで怪我をしないこと。

 

無茶はもう二度として欲しくないのが本心からの願いなのは言うまでもない。大和が言った『お前に泣かれると俺が困る』のオウム返しではないが、『知らないところで怪我をされると私が困る』と言いたいみたいだった。

 

見てる前で大怪我をされてもいい気分はしないし、まして見ていないところで大怪我をされれば、なおいい気分はしない。

 

 

しかし大和の仕事上、どうしても危険にさらされるケースもあり得る。今はまだ話してはいないが、これから近い将来話すことになる時が来るかもしれない。

 

大和が霧夜家の当主で、護衛の仕事上、常に生死と隣り合わせの立場にいることを。

 

あくまで仮定の話であり、実際に話さずに済むのであれば話さないに越したことはない。

 

最悪のケース……どうしても話さなければならない状況に追い詰められたときまで、この話は忘れることにしようと大和も心の内に仕舞い込んだ。

 

 

「ん……そろそろ電車の時間だな。もうホームに行かねーと」

 

「うん! じゃあまたゴールデンウィーク明けの学校で」

 

「おう、連休ボケで遅刻しないように気を付けるよ。初っぱなから織斑先生の出席簿アタックは御免だしな」

 

「あはは、そうだね。それじゃ大和くん、またね!」

 

 

くるりと背を向けて改札とは逆方向に歩き出す。その後ろ姿を何とも言えない表情で見つめている大和。

 

少しの間見つめた後、身体を反転させて改札を潜ろうとした刹那、何かを思い出したように再度ナギの方を振り返り。

 

 

「ナギ!」

 

 

彼女の名前を呼びながら、小走りで駆け寄っていく。いきなり呼ばれたことにどうしたのかと、やや驚きながらナギも振り向く。ナギ自身はもう母親に迎えを頼んでいるため、後は来てもらう場所に向かうだけだった。

 

大和の性格上、どうでもいいことで呼び止めることはまずない。それはナギもよく知っているし、彼と仲が良い一夏たちも知っている。

 

だからこそ呼び止めた理由が気になった。

 

 

「どうしたの? 忘れ物でもしたの?」

 

「いや、忘れ物じゃないんだ。ちょっと渡す物があってな」

 

「渡す物?」

 

「最後ゴタゴタしてたから、ついさっきまで完全に忘れてた。えーっと、どこに仕舞ったっけ?」

 

 

呼び止めて駆け寄ってくるや否や、持っている買い物袋をガサガサと探り始める。目の前の行動の意図が分からずに首を傾げるナギをよそに、一つ一つ袋の中を探っていく。

 

 

「あ、あの……大和くん?」

 

「悪い、もう少し……あった!」

 

 

困惑するナギの前に、ピンク色の包装紙で包まれたちょっとコジャレたプレゼント用の小さな箱が差し出される。何気なく反射的に受け取るも、一体何が入っているのか分からず混乱してしまう。

 

 

「これって?」

 

「ま、開けてからのお楽しみってやつだよ。じゃな!」

 

「あっ、ちょっと!」

 

 

ナギが受け取ったことを確認すると、大和は一言だけ残して全力で駆けていってしまった。もう追いかけようにも改札を潜ってしまっているせいで、追いかけるには入場券を買い直さないといけない。

 

それに時間的にはギリギリで、入場券を買っている間に電車が来てしまえば完全に追うのは不可能になる。大和の家を知っていれば話は別だが、もちろん大和の家が何処にあるかなんて知るはずもなく。

 

受け取った小さな箱を不思議そうに眺めるしかなかった。とりあえず母親を待たせている訳だし、まずは迎えに来ている場所まで行って、家に帰ってからゆっくり中を確認しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、どうして分かっちゃったんだろ?」

 

 

朝、家から出る時には友達と遊びに行くと伝えて出てきたのに、家に帰ってきて言われた第一声が、『相手はどんな子だったの?』だった。普段出掛ける時は特に何も言わない両親が、今日に限って何故か聞いてきた。

 

言われてみればいつもより身だしなみには気を付けたのは確か。まさかそれで出掛けた相手が男の子だとバレるとは思わなかったようだ。

 

完全に相手が男の子だと知られたのが、話している最中にうっかり自分から口を滑らせてしまったからとはいえ、両親の勘の鋭さには驚いたことだろう。

 

 

もう時刻は夜の十時過ぎ。IS学園なら消灯時間で、部屋の外には出られない時間だが、実家では規則も決まりも無い。

 

風呂から上がったばかりのため、身体からは僅かに蒸気が上がっている。火照る身体をクールダウンさせるために部屋の窓を若干開けて、あまり使わなくなった勉強机の椅子に腰掛ける。

 

机の上には、帰り際に大和から貰った綺麗な包装がされた小包が置いてある。

 

 

「本当にこれ何なんだろう?」

 

 

全く身に覚えがないため、箱を手に取りながら上下左右に反転させて周りを観察する。開けてからのお楽しみとは言われても、いざ開けるとなると気が引ける。

 

中には人から貰ったものを開けずに放置し、何年かたった頃に開けたら中身が食べ物で、開けなかったことを後悔したなんて例もあるが、大和が食べ物をわざわざ包装してまで手渡すようには見えない。

 

 

「うーん……正直悩んでても仕方ないよね。開けてみよう」

 

 

小包の紐の結び目に手をかけて解いていく。紐を解き終えると、今度は包装紙を破らないように慎重に剥がしていった。やがて出てきたのは茶色く色付いた小さな箱。蓋には何やら筆記体で文字が書いてあるが読みにくい。

 

どこかのブランドだろうか?

 

 

「……あれ」

 

 

そこでナギに思い当たる節が一つあった。

 

ちょうど昼前のレゾナンスでの出来事、大和と別行動の時に眺めていたガラスケースの中にあったネックレス。テレビで有名芸能人がつけていたとかで、クラスメートの中でも結構話題になっていた。

 

比較的安く手に入る上にデザイン的にも中々お洒落なのだが、有名芸能人が安いアクセサリーを身に纏うかと言われれば甚だ疑問だ。

 

言わずもがな、ガラスケースで売っていたのは真似て作られた類似品で、全く同じものではない。

 

 

なのに何故欲しがっていたのか。実はこのネックレスには一つの噂があった。

 

 

とはいえ、中身を確認しないことには何も始まらない。中身が何かを確認すべく、箱の縁に手をかけて一気に蓋を開いた。

 

 

「これって……!」

 

 

中に入っていたのは紛れもなく、今朝ガラスケースにあったネックレスだった。買うにはちょっと値段が高く、手出しが出来ずに見送りになったはず。なのにどうしてそれがここにあるのか。

 

そもそも大和が何で持っていたのか。大和が持っているということは、大和がお金を出して買ったことになる。ならいつ買ったのか。

 

個別で服を選んだ時にはまだネックレスのことは一言も話さなかった上に、その後は常に一緒に行動をしていた。いくらなんでも目を盗んで買うことなんて……。

 

 

『……さすがに男物の下着を選ぶところを女の子に見られたくない』

 

「あっ!」

 

 

よく考えてみれば一回だけ大和と別行動になった時があったのを思い出す。理由は買うもの自体が見られたくないものとのことだったため、特に気にすることなく別行動を取った。

 

が、その時間で買いにいくことも問題なく出来たはずだ。つまり男物の下着といった他の子に見られると恥ずかしいものをわざと提案し、別行動をとっている間に下着を買いにいく振りをしてネックレスを買うことも何ら不可能ではない。

 

要は大和がナギに嘘をついたことになる。しかし自然と不快にはならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……バカ。こんなの貰ったら、もっと大和くんのこと好きになっちゃう」

 

 

 胸の中がきゅんと締め付けられると共に、心が暖かくなっていく。純粋に、自分が大和から大切な存在として認識されていることが、たまらなく嬉しかった。

 

箱に綺麗に収納されているネックレスを大切に抱えて、両手で大切に包み込みながら胸に抱き寄せる。

 

 

「本当にありがとう……大和くん♪」

 

 

この想いがいつか大和に届きますように。

 

短いようで波乱に満ちた一日は、幸せ一杯に過ぎ去っていった。


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