IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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第三章-Golden holidays-
○帰省と千尋の思い


「一ヶ月ぶりだってのに、何年も戻っていなかったような気がするな」

 

 

ゴールデンウィーク……人呼んで黄金の週。俺たちみたいな学生にとってはまさに天国。つまらない授業を受けない期間が、一週間近くもある。

 

これを天国と呼ばずに何と言うか。それぞれの趣味に没頭するのもよし、己を鍛えるために鍛練を重ねるのもよし、志望校のために勉学に励むのもよし。

 

人それぞれの過ごし方を満喫出来る数少ない長期休暇だ。

 

 

ちなみに働いている人は勘弁な、期間中休みの無い職種だってあるし、全ての休暇で会社に居ました……なんて人もいる。そう考えれば学生は楽だ。特に何かに責任も無いし、全然知らない人間から怒られることも罵倒されることもない。

 

そして休める時はきっちり休める。休みがあるというのが、一番の幸せなのかもしれない。

 

 

片手に着替えが入った小さめのボストンバックを持ち、とある門の前で仁王立ちする。

 

一ヶ月ぶりに目に入ったのは、『霧夜』と書かれた表札。洋風なシンプルな色合いの建物に、窓に備え付けられたガラスに光が反射して、何とも言えない神秘的な光景が広がっているようにも見える。

 

見慣れているはずの風景なのに、どうして神秘的などと思ってしまうのか。俺には分からなかった。

 

 

 

――― IS学園から電車に揺られること小一時間。約十年過ごした我が家にようやく戻ってきた。IS学園のような都会を思わせる場所に建っているものではないため、一瞬そのギャップに驚きつつも、懐かしさというものが徐々に込み上げてきた。

 

 

「千尋姉、元気かな? 帰ることは伝えたけど、いつ帰るかまでは言ってないから……」

 

 

正直、急に帰って驚かせるシチュエーションを見せたいのもある。何だかんだでこの家を出る時は泣きつかれた訳だし、どうしても心配にはなってしまう。

 

電話先では千尋姉の表情も見えないから、声でどんな状態なのかを判断するしかない。……が、声なんかその気になればいくらでも誤魔化せるので、全くといって良いほど参考にはならない。

 

多分千尋姉のことだから、特に心配する必要は無いとは思う。俺なんかよりも心も身体全然強い人だから。

 

 

 

実家に帰ってきただけだというのに、何故か手足が震えてくる。今まで住んでたのに何を緊張することがあるのかと、突っ込まれそうだが、現に緊張している事実は変わらないわけで。

 

楽しみ半分に、不安半分。二つの思いを乗せて、扉の取っ手に手を掛ける。

 

 

「おー……何でこんな緊張してんだろ俺」

 

 

俗に言う『俺の身体が疼きを~』とかいう病気ではない。本当に緊張しているだけだ。俺はまだそこまで末期じゃないと言い切れる。

 

……とりあえず、『自分の家に帰るくらいで何緊張してるんだよ(笑)』とか思った奴、後で覚えておけよ。

 

 

手を掛けたドアノブをゆっくりと下ろしていく。すると突っ掛かりもなくすんなりとドアノブは下がった。鍵が掛かっていたら下がらずにガタガタと音が鳴るだけ。もし鍵が掛かっていたとしたら、家には誰も居ないことになる。

 

逆に今回はすんなりとドアノブが下りたため、家の中には誰かいる。可能性だけで言えば、千尋姉以外の誰かがいるとも考えられる。

 

ま、我が家に侵入者を入れるほど、千尋姉は鈍くはない。むしろ気配の察知能力はかなり高いものがある。仮にも元霧夜家当主、一般人相手に遅れを取ることはない。まだ肉体的には全盛期さながらの動きが出来るのだから、一般人どころか熟練した手練れでも負けない。

 

 

 

 

 

とりあえず、一旦家に入ろう。まず話はそれからだ。ゆっくりと入り口のドアを手前に引いていく。ドアが擦れる音と共に、ドアが開いていく。

 

入り口にはしっかりと手入れされているであろう花瓶があった。生けられている花が四月に出てきた時とは変わっている。まだ花自体も変えられたばかりだと容易な推測が出来た。

 

 

「ただいまー!」

 

 

ドアから身を中に入れ、顔を動かしてキョロキョロと周りを見回す。結構大きな声で挨拶をしたのに返事がくる様子はない。何故だろうか、千尋姉なら余程のことが無い限りは出迎えるのに。

 

返ってくるのは自分が発した声だけで、いつものような千尋姉の返事が返ってくることはなかった。

 

まさか本当に鍵を閉め忘れたまま外出したというのか、今の今までそういった類いのポカは殆ど無かったハズ……過去のことを思い浮かべても、これといったものは無い。

 

寝ている可能性はほぼゼロに近い。一線の護衛が、誰かが入ってくる音や近づいてくる気配に気付かないハズがないからだ。

 

あまりにも不自然な反応に、思わずその場で戸惑いを隠せずに立ち尽くしてしまう。

 

 

「え、何この嫌がらせ?」

 

 

 という突っ込みすら言葉に出てきてしまう。嫌がらせでは無いと思うけど、反応が返ってこないのは寂しいものがある。にしても本当にどこにいったのか。千尋姉のことだし、誰かに絡まれたとしても、心配はしていない。むしろ絡んだ相手の方の心配はする。

 

外に出た理由として有り得るとしたら買い物か。どちらにしてもいつ帰るかの連絡はしてないため、書き置きも残っていない。

 

元々いつ帰るかをキチンと伝えていれば、万が一外出することがあっても連絡の一つも来る。だがあいにくドッキリ目当てのアポなし帰省のため、そんな連絡は来るはずがない。

 

 

 

 

この後どうしようかと考えていると、ふと後ろに何かの気配を感じた。後ろを振り向こうとするも、急に目の前が真っ暗になる。何かが覆い被さっていて、視界が完全に遮断されている形だ。これでは確認しようにも確認出来ない。

 

 

「だーれだ?」

 

 

視界が覆われた直後、俺の耳に飛び込んできたのは優しげなトーンが高めの声。一瞬呆気にとられていたものの、その声はとても聞き覚えのある声だった。

 

名前を呼ぼうと口を開こうとした瞬間、背中越しに妙な感触が伝わってくる。それも一ヶ所ではなくて二ヶ所、感触自体がゴツゴツとしたものではなく、ふんわりとした柔らかい人肌のような。

 

って、これって……。

 

 

「ち、千尋姉?」

 

 

後ろにいるであろう主の名前を呼ぶ。違う人物も想定できたが、これはもう間違えるはずが無かった。十年も共に過ごした相手の名前や仕草を忘れるはずがない。第一、声の時点ですぐに断定は出来た。逆に毎日聞いていた声を忘れる方がおかしい。

 

 

「んー正解! だけど、わざと忘れるフリとかしてくれても良かったかなー」

 

「帰ってきた弟への第一声がそれかよ。……ただいま」

 

「うん、おかえり。大和♪」

 

 

後ろの人物が千尋姉だとわかり、ようやく一安心。同時に我が家に戻ってきたという実感が湧き、同時に懐かしさもあった。

 

で、帰ってきたことに関しては良い。問題はそこでは無くて。

 

 

「でさ、凄い気になるんだけど何してんの?」

 

「ん、何って?」

 

 

もはや完全に自覚なし。俺は男性で千尋姉は女性、女性には無いものが男性にはあるし、男性には無いものが女性にはある。

 

つまり俺が言いたいのは上半身の例のアレのこと。ぺたんこなら特に意識はしないが、ある一定以上の大きさになれば意識せざるおえない。

 

まだ軽く当てられてる状況だから、特に精神的なダメージはないものの、これがちょっとでも力を入れられればそのダメージは計り知れない。男にとっては天国とはよくいったもの。

 

むしろ逆だ。理性と戦わなければならない。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「自覚が無いところがもうアレだよな。確信染みてるっていうか……」

 

「本当は嬉しいくせに♪」

 

「寝言は寝て……って急に押し付けるのはやめろぉぉおお!!」

 

「ふふん、私に勝とうと思うのが無理なのよ♪」

 

「ぐっ……何も言い返せない自分が悔しい……」

 

 

寝言は寝て言えと言おうと思った矢先にこれだ。腕に力を込められて、柔らかな二つの感触がモロに俺の背中に伝わる。正直この柔らかさには勝てる気がしない。

 

女の武器は涙なんて言うけど、これもこれで凄まじいものがある。しかもやっている本人は面白がってやっているため、千尋姉には何一つ恥じらいがない。

 

確信犯で出来るところ見ると、リアルに楯無さんが大きくなったらこうなるのかなと思う。

 

そのくせ泣き……いや、これは伏せよう。

 

 

「ま、相変わらずで安心したわ。どう? 学校には慣れた?」

 

「そこそこかな。皆も気軽に接してくれるから、居心地も良いし」

 

「そう、それなら良かった。女の子ばかりだからちょっと心配してたけど、杞憂だったみたいね」

 

「初めはキツかったかな……特に人として見られているって感じがしなかったよ」

 

 

入学して初日、どこかの大軍を思わせるほどの人数がクラスの前に押し寄せて来た時は流石に血の気が引いた。好奇の視線がいかに強烈なものなのか、まざまざと見せつけられて今の俺がいる。

 

授業が終わった後の休み時間も静かなものだ。IS学園に男性が入学したことに慣れたのだろう。ま、それでも寮とか移動中とかで一人になると大体追いかけられるのは続いているけど。

 

何回もあっていることだから、身体が慣れた。

 

 

「ふぅん。アレ? アンタ少し見ない間にちょっと身長伸びた?」

 

「え? ……実感無いけど、そうなの?」

 

「うん、何か前見たときよりも高くなっている気がする。成長期って良いわね~」

 

 

ケラケラと笑いながらその場を離れていく千尋姉。どれだけ離れていても、この余裕のある立ち振舞いは相変わらず。心配するだけ野暮だったらしい。

 

成長期……成長期か。あまり気にしてはこなかったものの、やはり男性である以上、身長は高い方が良いとは思う。最後に測ったのは、IS学園に入学するために必要な診断書を書くとき。

 

ただ、何センチだったかは忘れた。先ほど言ったように、あまり身長に関しては気にしないから。身長といえば、千尋姉も女性としてはかなり高い方だ。

 

高さ的にいえば千冬さんと同じくらいかそれ以上……そして胸の大きさに関しては千冬さんを筆頭とした、俺の知りうる女性陣の中では一番大きい。

 

鈴とかが見たら立ったまま失神しそうな気もする。あまりのボリュームに。

 

うんキモいね、俺何言っているんだろうね。

 

 

「さっ、そんなとこで固まって無いで早く上がりなさい。久し振りに『アレ』やりましょうか?」

 

「あ、うん」

 

 

靴を脱ぎ、一ヶ月ぶりの我が家へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 自宅に帰ってきた後、自分の部屋に荷物を置いて、家の裏にある小さな道場にやって来た。この家を建てたときからあるもので、主に心身を鍛えている目的で使用されているごく普通の道場。

 

普通の道場には墨で書かれた壁紙が貼り付けられているが、壁には壁紙などの類いは一切貼り付けられていない。使う人物が基本、俺と千尋姉の二人だけで、他の人物は使うことがないからだ。だから特に装飾をする必要もないし、何かの規範を誰かに示す必要もない。

 

 

ちなみにこの道場は俺が小さい時から鍛練の時に使っていたもので、よく千尋姉と手合わせをしていた思い出が深い場所でもある。

 

 

「……よし!」

 

「大和、準備は良い?」

 

「あぁ、いつでも」

 

 

互いに木刀を手に持ち、面と向かって構え合う。俺の服装はインナーにジャージと極めて私生活丸出しなもので、千尋姉も上着がタンクトップにジャージと、女性のファッションとは掛け離れたものになっている。

 

動くと邪魔になるということで、揺れないように胸回りにはサラシを巻いてある。服装としてはあくまで身軽に動けるものをチョイスしたため、特に防御特化の服も着ていない。着ていたら、重さでいつも通りの動きができずに、相手の動きにも追い付いていけない。

 

攻撃によっては防御は殆ど関係なくなる。日本刀で切られたら防具など気休めにもならない。だったら無い方がいい。ISに乗っている時と生身で戦う時は勝手が違う。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

千尋姉の目付きがいつもの優しいものから、戦闘のキリッとした厳しい目付きへと変わる。中段に構えられた木刀の先端がチリチリと動き、俺の集中力を奪おうとしてくる。

 

この空間にお喋りはいらない、向かってくる相手を倒すだけ。同じ間合いのまま畳の上を移動し、千尋姉の動向を観察していく。

 

一線を退いたとはいえ、それでもその剣捌きや相手との間合いの取り方、機敏性や洞察力は衰えていない。毎日鍛練を欠かさずに行っているために、強さをずっと維持したままだ。

 

 

「はぁっ!」

 

「っ!」

 

 

畳を蹴り、千尋姉に向かって一気に接近していく。踏み切った勢いのまま木刀を振り上げ、そのまま振り下ろす。何もこれで仕留められるとは思っていない、あくまでこれは牽制。

 

ガキッという音と共に、手に鈍痛が走る。攻撃が当たったのは千尋姉の身体ではなく、防御のために差し出した木刀の刀身。

 

いなし方によっては受けた方にも多大な痛みが伝わることもあるが、表情を見る限りだめらしいダメージは受けていない。

 

むしろ攻撃をした俺の手に、ビリビリと痺れが伝わって来ている。受け止め方が尋常じゃなく上手く、防御しつつも相手に少しでもダメージを与えることが出来るのは早々誰しもが出来るものではない。

 

 

「相変わらず速いわね。でも、正面からじゃ私にはダメージは与えられないわ」

 

「分かってるよ。今のは挨拶変わり……だっ!」

 

 

木刀を引き、今度は上から下の上下攻撃ではなく、槍を突き出すように攻撃を加えていく。上下の振り下ろしとは違って、剣では防ぎにくく、身体の軸をずらさなければかわすのは難しい。

 

また連続攻撃に特化しているのも突きの良いところで、攻撃後の隙が非常に少ない。逆に突きを繰り出すスピードが遅いと、相手にとっては格好の的。剣で己の身を守るためには、すぐに引き戻さなければならない。

 

つまり突きを繰り出したら、相手に攻撃する隙を与えてはいけない。隙を与えれば、たちまちこちらが劣勢に立たされることもあるからだ。

 

 

本来なら避けるだけでもやっとだというのに、突きを受けている千尋姉は、突きの一つ一つをハッキリと目で追ってかわしている。

 

いくら速度を上げようとも、攻撃が千尋姉姉に当たることは無かった。

 

 

「っ! 本当に何で一線を退いたのか分からないレベルだよ!」

 

「あら、女の子はいつまで経っても強くなくちゃ。アンタも、腕が鈍っていないようで安心した……わ!!」

 

「くっ!?」

 

 

俺の突きを持っている木刀のなぎ払いで、横へと軌道をずらし、その隙を狙って一足一刀の間合いへ踏み込んでくる。次は私の番だと言わんばかりに、縦横斜めの縦横無尽な攻撃が襲ってくる。

 

とても女性が振り回しているとは思えないほどに、一つ一つの動きが精錬されていて、全くといって良いほど無駄がない。少しでもかわすのが遅れれば、間違いなく一撃で仕留められる。

 

 

「ほらほら、避けてばかりじゃ何も出来ないわよ?」

 

「分かってるよ!」

 

 

千尋姉の表情には焦りが感じられない。木刀をまるで自分の身体の一部のように扱う姿はまさに圧巻。迫り来る斬撃を右に左に顔を動かしながら、上手く木刀でいなしていく。いくら威力は手加減されているとしても、当たれば痛い。

 

一旦距離を取るために後ろへ下がろうとするも、それを許すはずがなく、あっという間に接近された。

 

 

「だから、速い……って!!」

 

 

突きを左にかわすと思いきり畳を踏み、大きく後ろへ跳躍し距離を取る。風圧で髪の右側がフワリと揺れる。もはや鍛練というよりも、本気の戦いのようになっている。

 

千尋姉の信条は情け無用、どれだけ力量が低い相手でも決して手加減をしたことは無かった。

 

一旦距離を取り、体勢を立て直す。幸いにも、千尋姉も距離を詰めてくることはしなかった。無理に詰めてカウンターを食らっては意味がない。

 

 

「本当にどうして降りたんだかな……」

 

 

思わず自分の本音が声に出てくる、何で当主の座を退いたのかと。

 

とはいえ、そんなことを考えても意味はない。これからどう攻めるかを考えなければならない。考えている間にも、木刀を両手で構えながらジリジリと近付いてくる。

 

さて、ここからどう攻めていこうか。闇雲に突っ込んだところで、全く効果がないのは明白。

 

 

「はぁっ!」

 

 

とにかくウダウダと作戦を考えるのは俺らしくない。自然のままに行動して、その間に打開策を考える。これが俺には合っている。

畳を蹴り再び千尋姉の元へと接近していく。木刀を振り上げてこちらの接近を待ち構える姿が目に映った。どうやら打ち合う気満々といったところか、木刀を握る手にぐっと力が入るのが分かる。

 

勢いそのままに、踏み込んで木刀を突き出す。流れるような動きから身体を少しだけずらしてかわし、間髪入れずにもう一度避けた側に突き出すものの、完全に読んでいたかのようにひらりとかわされた。

 

 

かわした時に千尋姉と視線が合う。俺はそのまま千尋姉の元へ近寄り、木刀を握っている方の手をつかんで反転しながら背中を千尋姉の正面に押し当てると、遠心力を利用して投げ飛ばした。

 

 

「キャッ!?」

 

 

悲鳴をあげられるが、この際気にしても仕方ない。表情は全く変わらず、焦りの表情が浮かぶことはない。

 

追い込まれると思ってないのか、どこか微笑んでいるようにも見えた。

 

 

「ふっ!!」

 

 

組み手ということで、どちらかが負けを認めるまで続くものの、相手が完全に気絶するまで殴り合うこともなければ、相手を再起不能の状態に陥れることもない。

 

でも戦うのは本気と、正直色々と矛盾している部分はあるが、大ケガをすることはないと認識してもらえればいい。

 

 

そして負けを認める条件が、もし実戦だったら命は無かったという状況まで追い詰めること。今のアドバンテージは俺にある訳で、追い詰めるための条件が揃っている。油断するわけではないが、仕留めるとしたら今しかない。

 

宙に浮いた千尋姉を追いかけるように畳を蹴り、一気に千尋姉の元へ潜り込もうとする。

 

 

「ふふっ、これくらいじゃやられないわよ?」

 

 

思った通り、想像通りに行くわけが無かった。空中に浮いたまま身体を上手く反転させて、俺に向かって木刀をなぎ払ってくる。

 

こちらもスピードに乗っている手前、そうそう急に止まれるものでもない上に、もう千尋姉との距離は数メートルもない。例え強引に止まったとしても、トップスピードから完全に止まるためには身体にもかなりの負担が掛かる。

 

止まれたとしても、バランスを保つのはかなり難しい。

 

 

……なら!

 

 

「はぁっ!!」

 

 

畳に持っている木刀の切先部分を力一杯に突き立て、それを棒高跳びの棒変わりにする。柄頭に両親指のの付け根をぶれないように固定し、全体重を寮親指の付け根へとかけたまま、逆上がりをする要領で千尋姉の上へと飛び上がった。

 

薙ぎ払われた木刀が逆さまになった俺の頭部のわずか先を通り抜けていく。勢いよく飛び上がったため、遠心力で身体が千尋姉の背後に投げ出される。

 

間に合うか……。

 

 

「くっ!!」

 

「―――っ!!」

 

 

着地はほとんど同時だった。だが俺には既に木刀はなく、残された攻撃手段は己の身体による体術のみ。

 

ただ俺がさっき言ったこの組み手の勝利条件を思い出してほしい。別に相手を気絶させなくとも、反撃できない状況まで追い詰めてしまえばいい。一歩大きく踏み込み、千尋姉の首筋に当てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺の負けか」

 

「ん、どうして? 相打ちじゃない」

 

「いや、千尋姉の木刀の方が俺の手刀よりも速かったよ。それに手刀じゃ気絶させるのが精一杯、これが真剣だったら間違いなくやられているのは俺の方だった」

 

 

 一瞬俺も勝ちを確信したが、現実はそう甘いものではなかった。俺が千尋姉の首筋に手刀を当てると同時に、俺の首筋にもヒヤリと当たる感触があった。俺の手刀が首筋に当たるのとほぼ同時に感じた感触は、ひんやりと冷たい。目線だけを下にずらしてその感触が何によるものなのかを確認する。

 

言わずもがな、俺の目に飛び込んできたのは千尋姉が使っている褐色の木刀だった。

 

正面から突き出されたのであれば俺も反応出来たかもしれないが、反応されることを見越して、自分の脇の僅かな間から刀身を首筋に当ててきた。これは完全に俺にとっては予想外のことで、完全に千尋姉に裏の裏をかかれた形になる。

 

 

そもそも俺の棒高跳びも上手くいったらいいなと試したものだったため、裏をかくもへったくれもない。完全に俺の戦術ミスだ。ひらめきとしてはそこまで悪くはないと思ったけども、ぶっつけ実戦に使うには無理があったか。これから使う使わないにせよ、もう少し考えてみる必要がありそうだ。

 

 

「別にいいと思うけどねー相打ちで。アンタも大概に固いわよね」

 

「そこはまぁ、俺の性分ってやつだよ」

 

「とにかく! 今回は大和が本来の型じゃないし、私の中では引き分け扱いにするわ」

 

「さいですか……」

 

 

千尋姉の基本の型は一刀流の剣術で、俺の場合は二刀流剣術。根本的な型は完全に違う上に、今回の組み手は木刀一本で行った。つまりアドバンテージ的には千尋姉にある……といっても俺としてはそこを言い訳にしたくはない。でも千尋姉としては本気の相手に勝ってこそ意味がある。故に無効だと言いたいのかもしれない。

 

もちろん戦場であれが苦手だったから、これが出来ないからという言い訳は聞くはずがない。だから俺の中では俺の負けとして扱うことにする。

 

 

 

畳に突き刺さった木刀を引き抜き、二、三回軽く振りまわしながら壁に近寄り、身体を壁に預ける。

 

持ってきたタオルでこの汗をぬぐいながら、ふと一か月前のことを思い出してみる。喫茶店に呼ばれて一夏の護衛を頼まれた時のことを。あの時は俺の任務は一夏のことを周りの脅威から守ることだと思っていた。でも実際入学してみて、楯無さんをはじめとした更識家と関わるようになって、守る対象が一夏だけではなく、学園中の生徒も加わった。

 

そして先日起こった無人機襲撃事件、結果的に大けがする生徒もいなければ、命を失った生徒もいなかったから良かったものの、一歩間違えれば間違いなく大惨事になっていった。

 

特にナギに関しては一歩間違えていれば、命を落とす状況下におかれている。

 

 

周りの親しい人間に危険が及ぶのは何としても避けたい。もう二度とあんな危険な目には会わせたくない。

 

 

 

 

 

 

―――もっと周りを守れるように、強くなりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一回本腰入れて鍛えなおさないとな。IS学園に入ってからトレーニング自体減っているし……」

 

「それは仕方ないんじゃないの? いくら当主とはいっても、学生としての生活もあるわけだし」

 

「確かに学生だけど、どうにもそんなに悠長なことを言ってられなくてね」

 

「……ちょっと、それどういうこと? 詳しく聴かせて頂戴。何かあったの?」

 

 

俺の話したことに違和感を覚えたようで、隣に座った千尋姉が俺の顔を覗き込んでくる。千尋姉も俺の任務についての内容は知っている。だが、今回起こったことや更識家に手を貸していることについては知らない。

 

知らないのも当然で、定期的に取っている連絡ではそのことについては一切触れていないからだ。ただこれから何が起こるとも限らないし、千尋姉に今どのような状況なのかを伝えておく方がいいかもしれない。

 

何より千尋姉にも変な心配をかけたくない。覗き込む千尋姉の瞳はどこか心配そうで、何があったのかをどうしても聞きたいみたいだった。

 

 

「……実はさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう。大和のクラスメートがそんなことに……」

 

「うん。正直話そうかどうしようか悩んだんだけど、念のために話しておこうと思って」

 

「本当にどこの誰かは知らないけど、酷いことするわね。人の命を何だと思っているのかしら」

 

 

一つ一つ搔い摘んで話をしていたら十数分の時間が経っていた。無人機襲撃の話を終えた後に千尋姉の口から出てきたのは、無人機を送り込んだ人間に対する明らかな侮蔑だった。

 

人の命を何だと思っているのか……俺が事態の後に湧きあがった感情と全く同じものだ。

 

表情が変わらない代わりに、その口調は冷静ながら明確な怒りが込められている。千尋姉が最も嫌うのは、命を何とも思わない行為をすることで、今回の行為が完全に当てはまっていた。

 

仮に千尋姉が現場にいたとしたら、無人機は俺がやった以上に悲惨な目に遭っていたに違いない。

 

油断は禁物、しばらく警戒を怠らないようにしないと。

 

 

「あんな光景、そう何度も見たいものじゃないし、出来ることならもう二度と見たくはないな」

 

「……」

 

「……ん、千尋姉?」

 

「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事してた。……そうね、確かに見たくないことだけど、もしかしたらのケースは常にイメージしておきなさい」

 

 

―――もしかしたらのケース。

 

ハッキリと明言することは無いものの、人が命を落とす可能性はゼロではない。

 

あり得ないなんて事はあり得ない。どこかの人間のセリフを借りる訳じゃないが、こうして生活をしている中でも、世界中のどこかで命を落としている人間はいる。

 

その人間はIS学園から発生したとしてもおかしくはない。むしろ十分にあり得ることだ。本当に今回は運良く助けられたが、次同じような状況にあった時、助けられるかどうかの保証はない。

 

 

……させてたまるか、この学園で誰かの命が消えるなんて事は、俺が絶対にさせない。

 

この命に変えてでも。

 

 

「ま、暗い話はこのくらいにしておきましょうか。話していて楽しいものじゃないしね」

 

「ん、分かった」

 

 

あまり暗い話ばかりしても気分が落ち込むだけで、良いことはない。何だかんだで俺も千尋姉も暗い話ばかりを長々とするのは好きじゃない。

 

……無人機襲撃の後時の俺のことを突っ込むのはやめてくれ。割と今思い返すと黒歴史だから。

 

 

「……ところで大和。アンタいつまでここにいれるの?」

 

 

と、数日前の黒歴史に頭を抱える俺に、ふと千尋姉が質問を投げ掛けてきた。ゴールデンウィークということで、一人暮らしをしている学生の多くは帰省していると思う。

 

といってもいつまでも実家にいれるわけではなく、必ず寮へと戻らなければならない。ゴールデンウィークだから遊びたい気持ちは大きいが、スケジュールだけ見ると、実際中々に過密スケジュールだったりする。

 

 

「今日と明日かな。明後日はちょっと別の予定があるから、帰ってくるのは夜になると思う。で、明明後日にIS学園に戻る」

 

「あら、明後日は誰かと遊びに行くの?」

 

「まぁ、ちょっとね」

 

「ふぅん?」

 

 

あれ、何このデジャヴ。

 

同じシチュエーションはなかったのに、何かどこかで同じ反応をされた気がする。しかもつい最近、気のせいだろうか?

 

俺の前にいるのは心配そうな表情から一変、人をからかう気満々な小悪魔染みた表情を浮かべた千尋姉だった。完全にからかう気満々な当本人はニヤリと笑みを浮かべて、目を細めながらじりじりとこちらへ詰め寄ってきている。

 

今にも舌なめずりしそうな感じだ。

 

 

「ちょっと待て!! 今の会話のどこにそんなからかう要素があった!?」

 

「え? もう全部じゃないの? 私はそう受け取ったんだけど」

 

「は、はぁ!? ……ってちょっと待て! 人の足の間に膝を入れようとするな!」

 

 

そのドS交じりの表情はみるみる俺に近付いてくる。何故かからかう気満々な時の女性はやたら迫力が凄まじい。どこかで見たような気がして仕方がなかったが、冷静に考えてみれば同じようなシチュエーションをつい最近IS学園されたばかり。

 

そう言えば二人とも似ているよな、人たらしのところとか、人たらしのところとか。

 

 

「ふふふ……さぁ、全て洗いざらい吐きなさい!」

 

「アホか! こうなりゃ、逃げるが勝ちだ!」

 

「あ、こら! 待ちなさい!」

 

 

このままここに留まっていたら何をされるか分かったもんじゃない。勢いよく立ち上がり、慌てて道場から立ち去る。ボソボソと呼び止める声も聞こえたが、今はそれどころではない。

 

バタバタと道場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に元気そうで何よりだわ」

 

 

大和が立ち去った後、道場の中で佇む女性が一人。

 

霧夜千尋。

 

大和を育てた母親的な存在で、大和に深い愛情で接し、人に対する認識を改めさせた大和にとって最も大切な人物。すでに視線の先には大和の姿はない。たった一ヶ月しか離れていないというのに、弟の顔つきの変化に内心ただ驚くばかりだった。

 

中学生の時はどちらかといえば、人付き合いは好んでする方ではなく、周りの人間に同調して合わせる性格。仕事以外のことで自分から前に出て、皆を率いていくようなタイプではなかった。

 

それが僅か一ヶ月の間に大きく変化し、成長を遂げている。女性しかいない環境が大和を大きく成長させたのか、大元の理由は分からないものの、決してこの一ヶ月は無駄な期間ではなかったと胸を撫でおろす千尋。

 

 

正直今まで大切に育ててきた自分のたった一人の弟が、IS学園に旅立った時、千尋はどう頑張っても涙をこらえることが出来なかった。大和を笑顔で見送った後も、人知れず涙を流していた。

 

 

「依存しているのはどっちよって話よね」

 

 

大和はこのまま放っておいても勝手に成長していくだろう。成長を嬉しく思う反面、いつか自分の手から離れていく時が来る。その時を思うと、妙に胸が苦しくなってしまう。傍から見れば姉と弟、それ以上でもそれ以下でもない。

 

家族の絆は非常に固いもので結ばれている。そう簡単にほどけるほど軟な結び方はしていない。その絆以上に、大和と千尋は固く結ばれている。決してほどけることが無いほどに固く、そして強く。

 

 

「ふふっ♪ 私らしくないけど、あの子の前だとどんな困難でも表に出すまいって思っちゃうのよね」

 

 

仕事上、感情を表に出さないように訓練は受けているが、やはり人間には弱みというものがついてくるもの。どうしても身近な人間に弱音を漏らしてしまう時だってある。しかし彼女は大和に弱みや弱音を漏らすことは一度たりともなかった。

 

大和が心を開いていない時にも決して挫けることはなかった。周りに大和を育てることは猛反対されていたにもかかわらず、それでも千尋が後ろに下がることはなかった。反対されていた理由が、当時護衛の最強エキスパートとして名をはせていたからだ。

 

子供を育てながら護衛の仕事が出来るのか、それが大半の見方だ。それは決して同族の人間でない一般人でも同じように言うだろう。齢十五歳の人間が子育てをしながら、護衛の任が務まるはずがないと。

 

中には血の繋がっていない人間を育てて何になるのかと、罵倒や侮辱をされることだってあった。

 

 

しかし大方の見解を覆し、彼女は大和の子育てと護衛業、そして学校生活までやり遂げた。

 

 

「血が繋がってないなんて言われてもね、私とアンタはずっと家族だから……」

 

 

 

 

 

 

"家族"

 

 

二つの文字が意味するのは本当に大切な人物、離れても離れられない称号。一度出来た"家族"という繋がりは決して外れることはない。

 

 

 

 

「だから……」

 

 

 

 

その絆を引き離そうとすることだけは許さない。別に大和が誰と付き合い、誰と結婚しようが構わない。ただ二人の間に生まれた"家族"という名の繋がりを外そうとすることだけは絶対に。

 

今回の無人機襲撃の一件について、千尋はどこか心当たりがあるところがあった。大和の前では決して見せることのない、その鋭い眼光は心当たりどころではなく、確信染みたものがあった。

 

まず千尋が目を付けたのは、侵入者がISというところ。実際に現場を見たわけではないが、大和の話を聞いていた時にふと違和感を覚えていた。

 

 

ISが人が乗ってもいないのに、勝手に動くことがあるのかと。もちろんどこかの国家が内密に無人機を開発していたと言ってしまえばそれまで。ただ千尋も裏の世界にも踏み込んでいる人間で、裏の情報や隠蔽されている情報の多くが耳に入ることも多い。

 

 

 

 

その中で、無人機の作成に成功したという話は一切聞いたことがない。精鋭が集まっているIS学園にわざわざ、無人機を一体だけで送り込むだろうか。いくら無人機が高性能とはいえ、破壊されてしまう可能性も十分に考えられる。

 

さらにISに使ったコアを解析されれば、どこの国家が送り込んだのかなどすぐに分かる。そもそも全世界でコアは四百六十七個しかない。コアの作成すら国が精力を上げても、作ることが出来ないというのに、数少ないコアをわざわざドブに捨てるような真似を果たしてするのか。

 

まるでIS学園を襲うだけではなく、誰かの戦闘力を試すために送り込まれたようにも思える。

 

 

 

今回の件には不自然な点があまりにも多すぎる。

 

大和自身は口外することを禁止されていたのに、千尋に話したということは、もしかしたら何か千尋が心当たりがあるかもしれないと思ったからだ。その通り、千尋には心当たりがあった。

 

 

だが、大和に話すことはなかった。

 

 

なぜなら、千尋には無人機を送り込んだ人物が分かってしまったからだ。

 

 

解析されても分からないコア……それがこの世界で登録されている四百六十七個以外のものだったら。そして誰も作れないコアをただ一人だけ作れる人物がいたとしたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「篠ノ之束……あなたに私の弟は渡さないわ」


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