IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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圧倒

―――セシリアの発した一筋のレーザーが、無人機ボディ中心部に直撃する。

 

攻撃は早かった。一夏の指示に即座に反応し、スコープを一瞬覗いただけで敵の急所にピンポイントで当てる。これがどれだけ難しいことか、想像もつかない。少なくとも、以前のセシリアには出来なかったこと。

 

クラス対抗戦での敗北を糧に、一夏に指導をする一方で自身でも今まで以上に努力を積み重ねたのだろう。ビットはセシリアの指示通りに動くが、一直線に飛んでいくレーザーはいくら指示を送ったところで真っ直ぐにしか飛んでいかない。いかないわけではなく、現段階ではセシリアには出来ないのだ。

 

 

偏向射撃(フレキシブル)

 

真っ直ぐにしか飛ばないレーザーを自らの意思で自由自在に操る超高難易度の射撃のことで、出来るとしたら国家代表クラスにも匹敵する。

 

現段階では真っ直ぐにしか飛ばせないレーザーを、どうすればより正確に、素早く当てれるのか。そこで思い付いたのが、スコープを覗く時間を短縮し、自らの射撃能力に更なる磨きをかけること。

 

もちろん並大抵のことで取得出来るものではない。ただ一夏と大和との戦いで気付いたこと、それは接近されると全く歯が立たないことだ。

 

一夏の場合、接近されて零落白夜を叩き込まれれば終わりだが、若干大振りになる分、まだかわせる可能性はある。大和の場合、打鉄のため単発の攻撃力はそこまで高いわけではなく、一発食らったとしても決定的なダメージにはならない。

 

しかし、それを補うように大和には圧倒的なスピードと手数の多さがある。塵も積もれば山となるの言葉のように、何回も攻撃を受けていれば大ダメージを被ることになる。

 

たちが悪いことに、逃げようとしても自身の反応が全く追い付かず、離れようともその分近付かれて、何も出来なくなる。以前戦った時には、接近を許した後は何もできずに敗北。いくら接近戦には向かない機体とはいえ、代表候補生としてのプライドが許さなかった。

 

これがもし本当の戦いだったとしたら、自分はどうなっていただろうか。ましてや相手はISに数時間程度しか乗っていない素人同然の相手。だが素人同然相手に接近戦では全く相手にならなかった。

 

大和が刀の扱いに慣れている人物なのは明らかだが、それでも負けたのは自分が力不足だったから。だからセシリアは今まで以上に努力した。

 

 

 

 

 

―――しかし射撃速度を上げようにも限界はある。セシリアの射撃よりも僅かに先に、無人機のビームが伸ばした手から発射された。

 

先に走り出していた剣士の方が速いのか、それとも後に発射されたビームの方が速いのか。二つの弾丸が、一つの標的に向かっていくようにも見える。

 

そして、二つの弾丸はほぼ当時に大穴に飲み込まれた。

 

 

「くっ、アイツは!? 鏡さんは!?」

 

「分かんない……けど。多分何とかかわせたと思う」

 

 

 叩き付けられたクレーターから慌てて一夏が飛び出てくる。無人機がビームを発すのと入れ違いにセシリアのレーザーが直撃。

 

零落白夜によりシールドバリアーが破壊されているため、最大出力で放たれた一撃は難なく胸部を貫いた。貫かれた反動で宙に舞い、そのまま数メートル先の地面にまで吹き飛ばされて完全に機能停止する。

 

ただ一夏にとって問題なのは無人機が無力化されたことではない。あの二人の安否がどうなったかだった。一夏の視線からは角度的なものもあって見えない。しかし宙に浮いている鈴からすれば二人がどうなったか確認することが出来た。

 

ビームが直撃する僅か手前に身体を抱えあげて、かわすことに成功したのを鈴の両目ははっきりととらえていた。多分と言ったのは、あくまで何事もなく完全に無事かと言われればそういうわけではないからだ。

 

飛び込んだのだから、どちらかが怪我をしていたとしても不思議ではない。あくまで生命の危機に瀕しているわけではないとの意味合いを込めて、濁して一夏に伝える。

 

鈴の一言が事実だと察したのか、一夏はホッと胸をなで下ろして雪片を収納する。

 

 

「そうか。ギリギリだったけど、何とかなったな」

 

「申し訳ありません一夏さん。わたくしがもう少し早く駆けつけられたら、こんなことにはならずに済んだかもしれませんわ」

 

「いや、セシリアのせいじゃないよ。むしろセシリアなら必ずやれると思っていたさ」

 

「そ、そうですの? ま、まぁ当然ですわね!」

 

「ちょ、ちょっと一夏! 何でセシリアだけ褒めてんのよ!」

 

 

一夏の横に小さく出たモニターでセシリアが顔を赤らめながらも、嬉しそうな表情で照れ隠しをするかのように横を向く。するとなぜセシリアだけなのかとプライベートチャネル越しに、鈴がキンキンと抗議をしてくる。本当に命をかけた戦いの後なのか分からなくなる雰囲気に、少し苦笑いを浮かべながらも、一夏は自分の周りを見回す。

 

土だというのに、いくつもの炎があちこちから湧き上がり、さらには地上には無残にあけられたクレーターがいくつもある。頑丈な構造で造られているはずのアリーナの壁には、爆弾で吹き飛ばしたかのような大穴があいている。如何に今回のことが激戦だったかを容易に想像することが出来る。

 

一区切りついたとはいえ、今回の戦いで一夏や鈴。そして管制室で見ている千冬や真耶も今回のことは深く考えさせられることが多い筈だ。

 

偶然に偶然が重なったのもあるが、実際に鏡ナギは命の危機にさらされた。何とか助かったからいいものの、もし剣士が異変に気付いて走りださなかったとしたら、最悪の事態も十分に想定できた。

 

ISは人命救助や宇宙進出に貢献できる便利な機械ではなく、時には人命を脅かす存在になりうる兵器だと再認識したに違いない。

 

後一つ気になるのはアリーナで戦っている一夏、鈴、セシリア以外の学園中のISが稼働しなかったこと。どうして動かなかったのか、逆に何故三人のISだけが動いたのか。解明できるものなのかも全く不明で、首をかしげるしかない。

 

 

何はともあれようやく一区切りついた。後は外にいるであろう二人に会いに行こうと、一夏は背を後ろに向けて、鈴とセシリアに会話を切りだそうとした。

 

 

 

 

―――その時だった。

 

 

「よし、じゃあ……!!?」

 

 

一夏の目に真っ先に飛び込んできたのは警告と書かれたモニター、同時に無人機の再起動を確認、ロックされているとの文字が。一度完全停止したはずのISが何故、再起動したのか。何が何だか分からず、無人機が倒れこんでいる地点に視線を向ける。

 

 

「一夏っ! まだアイツ動いてる!!」

 

 

立ち込める煙の中から機械音とともに、残った左腕が姿を現す。チャージ音が辺り一面に鳴り響き、発射口が自分に向けられているのを悟る。高エネルギー体が小さなものから、徐々に大きなものへと変わっていく。エネルギー量はおそらく、今まで発したものの中では最大級のもの。

 

仮に食らったとしたら、ISに絶対防御があったとしてもひとたまりもない。

 

 

「くそっ!!」

 

「あっ!? 一夏!!」

 

「一夏さん!」

 

「一夏ぁっ!!」

 

 

三人の悲痛な叫びと共に一夏は無人機に飛び込んでいく、ギリギリ間に合うかどうかの距離。雪片を展開して地上を駆け抜けながら、刀身を振り上げる。

 

そして二つの間合いが数メートルに縮まろうかという時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――それは起こった。

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

一瞬、何が起こったのか。全く分からずに一夏はただ呆然と立ちつくだけ。目の前に突き出されていた腕が()()()

 

何を馬鹿な、そんなことがあり得るものか。事実を知らない人間であればそう言うだろう。だが現に、目の前にあった腕が消えた。次の瞬間、地上を照らす太陽が、地面に一つの影を映し出す。

 

影に気づいた一夏は真っ先に空を見上げると、何かが浮いていることに気づいた。一体何が浮いているのか、一度浮いた何かは浮遊力を失い、重力に引っ張られながら地面へと落ちてくる。

 

地面に近付くにつれ、徐々にその物体が大きく映る。落下速度が増した何かは、一夏の横に大きな音を立てて落下した。

 

 

「……」

 

 

声で表現が出来なかった。落ちてきたのは他でもない、先ほどまで自分に向けられていた無人機の腕なのだから。

 

腕が落ちると同時に、腕のあった場所から大量のオイルが噴き出してくる。オイルの噴き出してきた場所を見ると、明らかに鋭利な何かで切り飛ばされたような形をしている。一体だれが腕を切り飛ばしたのか……少なくとも自分ではない。

 

鈴も自分より後ろの空中で待機している。残るのはセシリアとピットにいる箒の二人だが、この短時間で相手との距離を詰めれるわけがない。

 

セシリアに至っては、今さっきまで自分とプライベートチャネル越しに会話をしていた。それにセシリアのブルー・ティアーズは遠距離射撃型のISで、遠くから狙撃した方が正確で、何よりリスクが少ない。

 

わざわざ苦手な近接に飛び込んでくる意味がない。

 

 

なら、箒か。それはセシリア以上にあり得ないこと。ピットと地上の高さは十数メートル。生身の人間が飛び降りれるような高さではない。

 

 

では、一体誰なのか。

 

 

 

何気なく、視線を下にずらすと……

 

 

「お、お前は!?」

 

 

右手が空高く突き上げられている。手の先には鋭く磨かれたサーベル。噴き出したオイルが被っている仮面に付着する様子が、まるで人肉を切って鮮血が付着しているようにも見える。

 

仮面を装着した人物、真っ先に尾も浮かんでくる人物が、目の前の人物と一致する。ナギを助けにいって外に出たはずの剣士だった。

 

 

 

 

 

振り上げたサーベルを再び構えなおし、後ろに退散しようとする無人機に一気に詰め寄り無防備な左足を右手に握ったサーベルを振り払い切断する。そして、さらに左手に握ったサーベルも右手の後を追うように振り払い、残った右足も切断する。

 

 

「……」

 

 

振り切った左手を返し、返し刃で今度は胴体に向けて薙ぎ払う。

 

 

もう無人機には飛行能力はおろか、稼働能力さえ残っていない。それでも決して剣士は手を緩めることはなかった。抱えた恨みを晴らしていくかのように、残酷な殺人鬼のように握っているサーベルを、相手の速度が追い付かないほどの手数で追い詰めていく。

 

 

「……!!」

 

 

右足、左足、胴体がそれぞれ切り裂かれ、バランスを崩した無人機はそのまま地面に向かって倒れこんでいく。

 

倒れこむ前に一気に剣士は飛び上り、左手に握ったサーベルを頭部目掛けて一閃。

 

 

 

 

 

 

サーベルがどんな造りになっているのかなど、誰も知る由はない。ただこの様子を観戦している人間が分かること。

 

 

それは生身の人間が、ISを圧倒したということだけだ。

 

 

切り裂かれた部品が無残に地面に散りばめられる。至る所からオイルがあふれ出し、それが嫌な現場感を演出していく。最後に宙に舞った頭部が落ちてくる。いくら手負いのISだからといって、ここまで圧倒できる生身の人間を誰が知っているだろうか。

 

シールドは確かに自分が破壊し、相手に直接攻撃は通るようにはなっているが、そうだとしても異常だ。

 

あまりの光景に一夏たちは完全に声を失い、ただ呆然と立ち尽くすだけ。

 

 

(強すぎる……何なんだよコイツは……)

 

(今までISの試合は何度も見て来たけど、こんなことって……)

 

(あ、あの御方は、一体何者ですの?)

 

(信じられん、生身でISを倒すだと。そんなことがあり得るのか!?)

 

 

それぞれに鬼神染みた戦いについて感情を抱きつつも、ふと一夏が何かを感じ取る。誰かが怪我をしただとか、何かあったとかではない。目の前でサーベルを構え、無残なモノに変わり果てた無人機を見下ろす剣士の姿が。

 

 

(何だ? どこかすごく悲しそうな感じが……)

 

 

一言で言うのなら悲壮感、目の前に立つ人物が何故か悲しんでいるように思えた。

 

 

「―――っ!!」

 

「あ! お、おい!! 待てよ!」

 

 

声をかけた時には既に、大穴に向かって走り出していた。素早い身のこなしで、グングンと大穴に近付き、そして一夏の視線から消える。

 

一体何者だったのか、何が目的だったのか全く分からないまま姿を消した。そこから先を考えようとするも、一夏の思考に徐々に靄が掛かりはじめる。

 

 

(あ、あれ?)

 

 

靄が掛かると同時に飛び込んできたのは空だった。何故視線を上に向けてないのに空の風景が入ってくるのか。

 

鈴の高出力の衝撃砲を直で受けているのに、ダメージが全くないわけではない。事態が事態だったため、身体がダメージを忘れているだけで、ダメージ自体は確実に身体に蓄積されている。

 

戦いに区切りがついたことを身体が察し、休息を急激に欲していた。

 

周りからいくつかの声が飛んでくるものの、倒れる身体を起き上がらせることが出来ぬまま、一夏の意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 大穴を抜けて、そのまま雑木林の中へと逃げ込んで行く。やがて一本の木の前に立つと、片手を木に押し当てて被っている仮面を取り去る。

 

仮面を取り去った表情は疲労困憊で、汗だくになった大和の顔が表れた。表情こそ疲労困憊だが、身体的にはまだ余裕があるのか、押し当てた手をどけて、両足で立っている。

 

両手に持ったサーベルを地面に突き刺し、両手で額の汗を拭う。

 

 

「くそっ!」

 

 

苛立ちを隠せずに思わず大声を上げる。普段は決して見せることの無い、怒りに満ちた表情に、知っている人間が見たら驚くことだろう。

 

どこかに怒りを晴らすかのように、力を込めた握りこぶしを木にぶつける。ミシミシと音を立てて、殴られた木が今にも折れんばかりに軋む。

 

 

「許せるかよ……あんなことされて。知り合いを……友達をっ!!」

 

 

 一人の人間として、友達として、あの無人機のナギに対する攻撃はあってはならないものだった。相手が無人機だったからといえば、それもあるかもしれない。

 

だが何の罪もない一人の生徒を、狙ったことを許せるはずがなかった。仮に今回は助けることが出来たからこそ事なきを得たが、万が一助けることが出来なかったとしたら、大和だけではなく、クラスメートや両親も心に深い傷を負うことになる。

 

何より大和は自分自身が許せなくなる。

 

しかし結局今回は相手が無人機だったからこその部分もある。ナギが襲われたと時、大和の心中は穏やかなものではなかった。ナギの前でこそ平静を装ったものの、無差別な攻撃を行った無人機を許せるわけがない。

 

 

心の中に宿るは、無人機に対する憤怒、憎悪。アリーナに戻った時、それは一気に爆発するように無人機に向けられる。

 

全てが混ざりあって、『殺意』へと変化した。

 

 

仮に今回の機体が有人機だったらどうするつもりだったのか。私情を挟むのは護衛業を行う上で、決して許されないこと。それは大和が一番分かっていた。

 

 

「大和くん……」

 

「楯無さん……」

 

 

後ろから不意に声を掛けられる。普段だったら人の気配を敏感な大和だが、今回は近付いてくる楯無の気配に全く気付いていなかった。

 

更に声を掛けられたというのに、振り向く素振りを一切見せない。自分の今の表情はどんなものなのか、きっと酷いものに違いない。自分の表情がどうなってるかは自分が一番良く分かっている。

 

楯無の前で情けない顔を晒すことだけは、大和自身が許さなかった。そんな大和の様子がおかしいと感付いたのか、楯無も心配そうな眼差しで大和のことを見つめる。

 

 

「あ、あのね、大和く―――「すいませんでした」……え!?」

 

 

思いもよらぬ回答が大和の口から返ってきた。大和の思わぬ謝罪に驚きの表情を浮かべる。

 

 

「謝って許されることじゃないのは、分かっています。相手がいくら無人機とはいえ、やり過ぎました。もし人が乗っていたら、本当に取り返しがつかないことを……」

 

「……」

 

 

 大和の謝罪に楯無は庇うことが出来ず、ただ聞き入れるしかない。庇おうにも大和の言っていることが正論だからだ。

 

今回の場合は無人機かもしれないと、一夏が仮説を立てたものの、それはあくまで仮説であって事実ではなかった。

 

もしかしたら中に人が乗っているかもしれない。それは十分にあり得たこと。

 

もちろん、確率的には人が乗っていない可能性の方が圧倒的に高かったのは間違いない。しかし、根拠が完全にあるならまだしも、完全に根拠が無い状態で無人機を無力化するだけでなく、全身バラバラにしたことに関しては、やり過ぎだと思われても仕方がない。

 

大和もその場の感情で動いてしまったことを深く反省し、楯無も大和の思いを汲み取ったからこそ何も言えなかった。

 

 

「でも―――」

 

 

更に大和は言葉を続ける。

 

 

 

 

 

「……何の罪もない人間(ナギ)に攻撃したのは、どうしても許せなかったっ!!」

 

 

 歯を食い縛りながら、心の底から沸き上がってくる怒りを必死に堪える大和。噛んだ口からは血が滴り落ち、口の中が切れるほどに強く噛んでいるのが分かる。こめかみには血管が浮き出ていて、眉間には多くのシワがよっていた。

 

逆に言えば当たり前の感情だったのかもしれない。自分の友達が目の前で命の危機にさらされて、一体どれだけの人数が堪えれるだろうか。自分の友達が、家族が、恋人が目の前で命を失う光景など想像したくもない。

 

本音を言い過ぎたと気付き、ハッとした表情を浮かべながらも徐々にいつもの冷静さを取り戻そうとする。

 

 

「俺もあのISと変わらないですね。自身の感情をコントロール出来なきゃ、護衛だけじゃなくて、人としても……」

 

 

自虐気味にも聞こえる大和の後悔の言葉の数々。

 

 

いつもより少しばかりテンションの下がった大和の反応に、楯無はそっと口を開く。

 

 

「そんなこと無いわ。確かに今回のことはやり過ぎたかもしれない。でも幸いにも人は乗っていなかった。……言い方が汚くなるけど、何事もなく済んだの」

 

「……」

 

「それにね? 大和くんが飛び込んでなかったら、ナギちゃんの命はどうなっていたか分からないわ。あの時、貴方が飛び込んだからナギちゃんは助かったの」

 

「……」

 

「もう! 男の子なんだから! しゃんとしなさいっ!!」

 

「いっつ!!?」

 

 

 近付かれて思いっきり背中を叩かれ、大和は二、三歩前によろける。叩かれた部分が衝撃で痺れだし、徐々にそれがヒリヒリとした痛みに変わっていく。

 

痛みのお陰で大和の目が覚めていく。眠い眠くないと言う意味合いではなく、やさぐれた自分から目覚めることが出来たという意味合いだ。

 

 

「楯無さん……」

 

「だからね。大和くんのお陰で助かっている人はたくさんいるってこと。今回だってナギちゃんだけじゃなくて、観戦に来た生徒もそう。それに……私も、ね?」

 

 

 もっとポジティブに考えなさいと笑顔で伝えられる。やり過ぎたのは事実、しかしそのお陰で多くの生徒のことを守れたのもまた事実。常識で考えればISに人が乗っていないのはあり得ないことだが、実際に乗っていない。無人機だと認めざるを得ない。

 

人を傷付けることなく、生徒の多くを守ったこと……それは十分に評価出来ることだった。

 

「……はい!」

 

 

楯無を見据えてはっきりと返事をする大和、瞳には先ほどまでの弱々しい感情は全くない。楯無に関する感謝の念と、二度と同じ過ちは繰り返さないという決意の籠った強い眼差しが、楯無に向けられていた。

 

 

「ん♪ 頑張れ、男の子」

 

 

ニコッとした笑顔は暗い気分を一新してくれるようなものだった。

 

 

 

雨降って地固まる。

 

そんな言い回しがこの場では適切なのかもしれない。一つの過ちを犯した人間が、同じように多くの人間を救った。そろそろアリーナの方も落ち着いて来た頃だろう。入り口前に大量に溢れ返っていた生徒たちも徐々に落ち着きを取り戻し、事態も終息に向かっているはずだ。

 

となれば、楯無はまだしも大和自身がここに留まるのは非常に不味いことでもある。

 

よく思い返してほしい、大和は周りに内緒で観客席を抜け出してきている。大和がいなくなっていることに気が付かないのは、あくまで皆が動揺状態にあったからで、平常心に戻ればいないことくらいすぐに気付く。

 

もしいないことがバレれば、どこに行っていたのかということになり、下手をすれば一夏や鈴にアリーナに現れた仮面の剣士が自分だとバレる可能性もある。むしろ今自分が居ないことに気付いている人間がいれば、可能性どころではない。

 

正直にいえば、誰も気付いていないことを祈るばかりだ。

 

 

「じゃあ大和くんも早く着替えて戻らないとね。このままここにいるのは不味いでしょ?」

 

「そうですね……これじゃ自分が敵ISを倒しました! って言ってるようなものですから。さっさと着替えてアリーナに戻ります。それに、一夏たちのことも心配ですし」

 

「そうね。本当は私からもいくつか聞きたいことはあるけど……ま、それはまた今度にするわ♪」

 

「からかう気満々じゃありません?」

 

「細かいこと気にしていたら、身が持たないぞ♪」

 

「……」

 

 

つくづくこの人には勝てないなと思いつつも、何かされても抵抗が出来ない自分に複雑な感情が湧きあがってくる。

 

何も言い返せないことに頬を掻きながら誤魔化そうとするも、この先の展開が読めてしまいどうしようかと思考を張り巡らせる。

 

 

結論、何を言っても同じ結末にしかならない。

 

 

「と、とにかく俺は先に戻ります! この恰好じゃ皆の前に出れないですし、長々とここに居てアリーナから出てきたら、俺自身がここから出られなくなるんで!!」

 

 

 

地面に突き刺したサーベルを引き抜き、立ち去る大和の後姿を楯無はじっと見つめる。徐々に小さくなっていく後ろ姿に何を思うか。

 

学園に入学して約一ヶ月、大和と楯無が知り合ったのは入学して一週間も経っていない時のことだ。初めは楯無が何のために大和がIS学園に入学してきたのかを知るために、尾行して彼の目的を探ろうとしていた。

 

大和が入学してきた理由は、世界でISを動かせる二人目の男性だから。男性が動かせると知れば、政府や研究機関が黙っていない。彼を周りの障害から守るために、IS学園に半ば強制的に入学させたのもある。

 

 

しかし裏世界に携わる仕事をしている身として、護衛業・霧夜家の当主が入学してきたことには、他の理由があるのではないかと勘付く。もしあるのなら生徒会長として、彼のことを知っておく必要があった。

 

 

ただ尾行も、始めてからわずか数日で大和に気付かれてしまった。今まで自分の尾行は一度も気付かれることは無かったにもかかわらず、いざ蓋を開けてみれば完全に大和の術中にハマり、挙句の果てには姿まで見られることに。

 

 

顔を見られてから数日のうちは楯無も警戒心を強めて大和のことを監視していたものの、時間が経つうちに警戒心は薄くなり、そして完全に無くなった。

 

 

思い切ってクラス代表決定戦の日、マスターキーをこっそりと借りて大和の部屋に忍び込んだ。当然大和には一切連絡していない。忍び込んで程無くして大和は部屋に戻ってきた、初めてのIS実戦で疲れているのは想像がつく。

 

いきなり自分を尾行していた人物が目の前に現れたのだから、大和自身も警戒心はマックスだった。

 

 

「思えば、ずーっと追ってたのよね……」

 

 

疲れているというのに、大和は決して疲れているそぶりなど見せず、自分のことをもてなしてくれた。そして一番の問題だった学園の警護も了承してくれた。大和自身も決して暇な人間ではない、むしろ今はかなり忙しい時のはず。

 

……だというのに嫌な顔一つせず、快く引き受けてくれたことに対し、大和の優しさを一身に感じた。その時からだろうか、気がつけば彼のことを無意識に眼で追うようになったのは。

 

 

生徒会室で仕事をしている時も、彼は何をやっているんだろうかと。

 

からかえば時々で、多種多様な反応を見せて年下っぽい一面を見せることもあれば、逆に年上の自分に、いつでも自分を頼ってくださいと言い切れるような一面も持ち合わせている。今まで男性と話したことも何度かあるが、自分を頼ってくださいと言えるような男性には会わなかった。

 

場面によってコロコロと切り替わるギャップに、楯無は大和に興味を持つようになった。

 

ほとんどのことは自分で行動し、解決できた。頼ったことに対して応えてくれたのは大和が初めてだった。女尊男卑の世の中で、楯無は決して男性を卑下してきたわけではない。それでも本気で頼れる男性と認識出来たのは、大和が初めてだった。

 

 

―――無意識に早まっていく心音。

 

男性と話すだけで緊張したことは今まで一度もない。大和と話すと何故か緊張してしまう、そしてもっと彼自身のことを知りたいと思ってしまう。だからさっきも一瞬聞きたいことがあると言葉を濁した。

 

 

 

"大和くんは本当に何者なのか?"

 

 

聞きたいけど聞けるはずもない。間違いなく大和は嫌がるだろう。自分が何者かなんて言われれば、大和じゃなくてもいい気はしない。

 

とはいえ、()()現場を見てしまえば誰だって気になる。それが自分が興味を抱いている人間なら尚更。

 

でも楯無自身もすぐに分かった。この質問は決して開けることは許されない、パンドラの箱だと。

 

 

「―――ッ!」

 

 

まただ、また心臓辺りがキュゥっと締め付けられる。今までこんなことなかったのに、大和のことを深く考えるとどうしても同じ症状に見舞われる。

 

 

「意識……しているのよね」

 

 

苦笑いを浮かべながら大和が走り去った方向を見つめる。今やすでに後姿さえ見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「大和くん、私―――」

 

 

 

言葉はもう、聞こえなかった。

 


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