IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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○対峙

 

 

 

 

「な、なんだ? 何が起こって……」

 

 

 突如鳴り響いた衝撃音に何が起こったのか分からず、鈴に向けた刃を直前で止めた。少なくとも鈴の反撃ではないことくらいは分かる。そもそも今の衝撃音は鈴の衝撃砲を遥かに凌ぐ勢いを持ち合わせていた。

 

アリーナの中央からはもくもくと砂ぼこりが立ち込め、空からは透明の雨が降り注いでいる。しかしそれは雨ではなく、ガラスの破片。それもアリーナに簡単に侵入できないように、並みの攻撃では決して破壊することの出来ない強度を誇る、ISに使われるシールドと同じものが使用されている。

 

にもかかわらず、そのシールドは難なく破壊されている。空を見てみると、見るも無惨にぶち破られた穴が残っている。どれだけの威力があればこのようなことになるのか、一夏は不思議でならなかった。

 

今起きている事態を飲み込めず、混乱する一夏に鈴が語気を強めてプライベート・チャネルを飛ばしてきた。

 

 

『一夏、試合は中止よ! すぐにピットに戻って!』

 

 

鈴の叫びと共に、一夏の画面に真っ赤な画面が現れ、緊急通告が伝えられる。アリーナの中央に熱源反応あり、所属不明のISと断定したと。

あろうことかその所属不明のISにロックされている。

 

先ほど言ったように、アリーナの遮断シールドはISのシールドと全く同じ素材で作られている。競技時にISシールドが破壊される事件など聞いたこともない。あるとするならシールドエネルギーを貫通して、操縦者自身に直接ダメージを与えることくらいだ。

 

その常識を覆し、現れたISは遮断シールドを見るも無惨に破壊した。馬鹿げたような攻撃力を持つ機体がアリーナに乱入してきた上、そのISは一夏の白式をロックしている。

 

 

『一夏、早く!』

 

『お前はどうするんだよ!?』

 

 

プライベート・チャネルの使い方が分からず、オープン・チャネルを使って鈴に聞き返す。

 

遮断シールドをたった一撃で破壊するような攻撃力を持つ相手だ、もし仮に攻撃を食らうようなことがあればひとたまりもない。鈴の口ぶりから自分一人であのISと対峙をすることは、一夏にも容易に想像することが出来た。

 

 

「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!」

 

「何言ってんだよ! 女を置いておめおめと逃げることなんて出来るか!」

 

「何言ってるって、こっちの台詞よ馬鹿! アンタの方が弱いんだからしょうがないでしょうが!」

 

 

もはやプライベート・チャネル越しに喋る必要もないと鈴も判断したのか、オープン・チャネル越しにストレートな物言いで一夏に伝える。さすがに弱いと面と向かって言われたことに少々カチンと来たのか、その表情が歪んでいく。

 

 

「別に最後までやり合おうなんて思って無いわよ。どうせしばらく時間稼ぎすれば教師たちが―――」

 

「鈴! あぶねぇっ!!」

 

「え?」

 

 

駆けつけると言い切る前に、鈴の身体が宙に浮いた。元々宙には浮いているため、この場合は抱えられたと言った方が正しいか。

 

鈴の身体を抱きかかえてその場から離れると同時に、その場に一筋の光が通過する。光の正体は中央に立ち込める砂ぼこりの中から発せられたものだった。もしあのまま攻撃に気付かず、鈴がその場に立っていたとしたら、一瞬でも反応が遅れていたとしたら……そう考えると背筋がゾッとする。

 

発せられた光はそのまま空中を切り裂き、天井に開けられた穴から外に飛び出して消滅した。

 

 

「ちょっ、ちょっと馬鹿! どこ触ってんのよ! さっさと離しなさいよ!」

 

「おい、暴れ……ってちょっと待て! 殴るな馬鹿!」

 

「う、うるさいうるさいうるさいっ! 馬鹿はアンタよ!」

 

 

シールドの上からとはいえ、ISを展開した状態で殴られるのはあまり気分が良いものではない。それもこんな馬鹿げたじゃれあいをしている間にも、ほんの少しではあるが、一夏のシールドエネルギーは減っている。

 

ここで突っ込むとするのなら、そんなことをしている余裕があるのかってところか。少なくとも余裕があるとは思えない。

 

 

「良いからさっさと離しなさ―――」

 

「っ! 来るぞ鈴!」

 

 

一夏の合図と共に、煙を掻き分けるように二人めがけて熱線が飛んでくる。互いに離れあうとその間をビームが通過していく。

まさに間一髪、あと一歩反応が遅ければ二人揃ってビームの餌食になっていたことだろう。

 

そして攻撃が止んだかと思うと、煙の中から攻撃を発した張本人が浮かび上がってきた。

 

 

「……」

 

 

 

―――表すのなら異様、異形。

 

あまりにと不釣り合いすぎる両手だ。人間は両手を広げた長さが身長に比例するが、目の前にいるそれは明らかに手の方が長い。

 

IS……と呼ぶには程遠く、その様相はとても人間が乗るようなものには見えない。少なくとも一夏や鈴が乗るようなISではなく、完全な全身武装で、中に乗っているであろう人間の姿さえ確認が出来ないほどだった。

 

そもそもISのほとんどが部分的な装甲で、人間が乗っている姿が露出されている。にもかかわらず二人の目の前に立つISは人が乗っているようなものには見えなかった。

 

頭部装着されている複数のセンサーレンズがより不気味さをかもし出し、腕には先ほどのビームを放ったであろうビーム発射口が四ヶ所設置されていた。

 

 

「何なんだ……お前は」

 

 

一夏の問いかけにも侵入者は答えようとしない。逆に声を発して答えたら、自分が誰なのかを暴露しているようなものだ。当然と言えば当然かもしれない。

 

 

 

―――ふと、侵入者と睨み合う一夏と鈴のもとにプライベート・チャネルが飛んでくる。

 

 

『織斑くん! 凰さん! 今すぐアリーナから脱出してください!!』

 

 

その正体は一組の副担任、山田真耶だった。いつもはおどおどとしたどことなく頼りなく見えてしまう人物が、いつもよりもずっと頼もしく感じた。

 

ハキハキとした物言いで、二人に指示を飛ばす。その内容はあくまでも無茶な交戦はせずに、その場から退避するようにとのことだった。実力はおろか、得体も全く知れない相手と戦うのはかなりリスクが高い。

 

それも今回の相手はシールドを一瞬で破壊するほどの攻撃力を持ち合わせている。下手にやり合えば、こちらが大きな打撃を受けるのは必須。ならここは一旦退避して、後から来る教師陣に任せるのが得策。

 

 

……というのが、あくまで一般論だ。

 

普通ならこの判断で間違いない。ただ相手の特性をよく考えると、この選択はかなり危険な事態を招く可能性がある。侵入してきたISはシールドを一撃で破壊できる攻撃力を持っている。

 

 今このまま一夏と鈴が避難してしまえば、侵入者を止める人間は居なくなる。よって、教師陣が準備をして駆けつけるまでの数分間は侵入者を野放しにすることとイコールになる。

ビームの威力を持ってすれば、アリーナの観客席を覆うシャッターとシールドを破壊することくらい、決して難しいことではない。

 

つまりここで退いたら、観客席の生徒たちに被害が及ばないとも限らない。

 

 

 

その可能性を一夏も鈴も十分に分かっていることだろう。

 

真耶が指示をしようとも、決して侵入者に背を向けることはせず、そして避難しようと行動を起こすこともなかった。

 

 

プライベート・チャネル越しに一夏は真耶に対して返答する。

 

 

「―――山田先生。ここは俺たちが食い止めます。鈴、準備はいいか?」

 

「だ、誰に向かって言ってるのよ。準備ぐらい、とうの昔から出来てるわよ! てか、離しなさいよ! 動けないじゃない!」

 

「そうか、ならいい」

 

 

 勝手に一夏と鈴で侵入者を迎え撃つ計画を立てているが、教師からすれば自分の生徒を危険に晒すわけにはいかない。一夏の返答に一瞬時間が止まったかと思えば、すぐさま返答内容を理解する。厳しい言い方をするのなら、何を考えているのかと。

 

 

『お、織斑くん!? ダメですよ! もしものことがあったら―――』

 

 

真耶が何かを呟くものの、そこから先は既に一夏の耳には届いていなかった。会話が一区切りついたと相手は判断したのか、その巨大な体を傾けて一夏に向けて突進してくる。それをしっかりと目で追い、ギリギリまで引き付けてからかわす。

 

 

「向こうもやる気は満々みたいだな」

 

「そうね……一夏、一旦休戦よ。アタシが衝撃砲で援護するから、アンタは突っ込みなさい。どうせ武器はそれしかないんでしょ?」

 

「まぁな。とにかく教師陣が来るまでの間、ここはなんとしても食い止めないとな」

 

 

負けた方が勝った方の願いを聞くことが二人の今回の目的だった。しかしこのような事態が起きてしまった以上、今は自分たちの賭けを優先している場合ではない。

 

二人の中に共通認識としてあるものは、目の前にいる敵ISを無力化するという目的。

 

 

「ええ。なら行くわよ、一夏!」

 

「おう!」

 

 

一夏と鈴、それぞれに武器を構え、ISに向かって突撃していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて、いっくんはどんな戦いを見せてくれるのかな~?」

 

 

 IS学園から遠く離れた場所のとある一室。目の前のディスプレイを見ながら、満足そうに子供のような笑顔を浮かべる女性がいた。

 

女性の周りには多くのディスプレイが展開され、キーボードを手が見えないほどのスピードで叩いている。キーボードを叩く一方で、目の前のディスプレイには、IS学園で行われているクラス対抗戦、厳密には侵入者に一夏と鈴が立ち向かう様子が映し出されていた。

 

 

頭についたウサミミカチューシャが小刻みに揺れ、着ている服はまるで不思議の国のアリスを連想させる。そして女性の象徴とも言える上半身の膨らみが、窮屈そうに服のラインをかたどっていた。

 

 そして正面から見て分かるのは、その女性の健康状態はあまりよろしくないこと。睡眠自体まともに取れていない……いや、正確には取っていない。

天才というのは様々な問題を解決する一方で、常に頭を働かせていないと気がすまないらしく、普通の人間なら脳が休まる睡眠中でさえその脳は活発に動いている。

 

どんな難しい問題にぶち当たったとしても、直ぐに解決してしまう脳を持ち合わせているため、満足感を得られない。満足感が得られないから、絶えず脳を動かし、満足感を得ようとする。故に最も大切な睡眠を取ることが出来ない。

 

整った顔立ちだというのに、目の下にはもう何日も寝ていないほどの大きなクマが出来ていた。

 

 

「今の実力だと、ちょーっときついと思うけど……勝てない相手じゃないからね~」

 

 

ケラケラと笑い飛ばす女性の正体。

 

ISを発明してこの世に広げた稀代の天才―――篠ノ之束。

 

その笑顔は年齢不相応に幼いものだった。まるで子供が我慢していた玩具をやっと与えられたかのように。いっくんというのは一夏の呼び方だろうか、言葉には親しみの気持ちが込められている。

 

無邪気な話し方で隠れてはいるが、よく考えると彼女が凄まじいことをしているのが分かる。一夏が相対しているのは深い灰色をした巨大なIS、束の口ぶりは明らかにそのISの正体を知っているような口ぶりだった。

 

 

「でも一緒にいる奴は別にどうでもいいかなー、他人なんて居なくてもいいし」

 

 

さらりと恐ろしいことを言う。彼女にとって親しい人間以外はどうでもいいのか。その冷酷な眼差しと無関心な表情、明確な拒絶に恐怖感を覚える。

 

 

「さてっと! 後はあの子かな!」

 

 

モニターを眺める束の笑みに黒みが増す。一夏の時とは少し違い、あくまで興味があるだけ……例えるなら研究対象のモルモットを見付けた研究者のような。

 

少なくともそこに一夏に向けたような感情は一切無かった。

 

 

「見せてもらうよ? キミの―――」

 

 

そこから先のボソボソとした声は機械の音にかき消されて聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑くん!? 凰さん!? 無茶はダメですよ! 聞いてくださいー!」

 

 

ところ変わって管制室、プライベート・チャネルだということを忘れて必死に叫ぶ真耶。しかしその叫びが戦っている二人に届くはずもなく、マイクからは何の反応もない。

 

それもそのはず。既に二人は応答する暇もなく、侵入者から放たれるビームをかわすことに専念しているからだ。悪く言えば、この状況で応答しているほどの時間はないと、無言で訴えているのかもしれない。

 

ただ仮にも、真耶は生徒たちを守る身分であり、一夏の副担任でもある。一人の人間として、本気で二人のことを心配しているんだろう。

 

自分の声が二人に伝わっておらず、今まで無いほどに焦りを覚えていた。いくら教師陣が飛び込もうとしても、このセキュリティを破るにはかなりの時間がかかる。侵入者の出現に伴い、アリーナの全ての扉にロックがかかってしまい、内側からはどう足掻こうとも開けることが出来ない状態にあった。

 

 

そのため、アリーナ内には全校生徒の殆どが閉じ込められている。モニターから観客席の様子を映し出すと、自動ドアの前には我先に逃げようと生徒たちが押し寄せている。当然扉はロックが掛かっているため、扉の前で扉が開くのを待つしかなかった。

 

不安や恐怖感が積み重なり、その場にすくんでしまう者、涙を流しながら必死に助けを乞う者など様々だが、このロックも管制室が施したものではない。

 

何者かによってアリーナのセキュリティがハッキングされ、意図的にロックを掛けられてしまっていた。よって何人かの教師陣がその解除に当たっているものの、パスワードを含めて多くのデータを改竄されてしまっているらしく、解除するまで時間が掛かるとのこと。

 

 

あらゆる問題が浮き彫りになっているため、真耶が焦るのも無理はなかった。そんな真耶の他に、管制室にはセシリアと箒、そして総責任者の千冬がいる。

 

 

「織斑くん! 織斑くーーん!!」

 

 

真耶の悲痛な叫びも管制室に響き渡るだけだった。端から見ればモニターに向かって大声を上げている危ない人に見られかねないが、ここにいる人間は現状を知っているため、特に問題はない。むしろ静かすぎるくらいだ。

 

すると慌てる真耶を落ち着かせるように、今の今まで黙りを決め込んでいた千冬が口を開く。

 

 

「山田先生、本人たちで何とかすると言っているんだから、任せてみたらどうだ?」

 

「お、織斑先生!? 何を呑気なことを言っているんですか!?」

 

 

とはいえ状況が状況だ、動じない方がおかしい。それでも動じること無く、焦りの表情一つ見せない千冬は流石だと言ったところか。

 

 

「落ち着け。コーヒーでも飲め。糖分が足りないからイライラするんだ」

 

 

何故この場でコーヒーが出てくるのか不思議でならないが、確かに机の上にはいついれたのか分からないコーヒーが置かれていた。試合が始まる前に誰かが入れたものだろうが、糖分が足りないといってコーヒーを勧めるのが甚だ疑問だったりする。

 

コーヒーの横にある砂糖が入っている箱を開け、スプーンで砂糖をすくい、そのままコーヒーの中に入れた。

 

 

「あの……織斑先生? それ『塩』ですけど……」

 

「―――」

 

 

真耶の一言に管制室の時間が止まる。よく見ると箱には大きく『塩』と書かれていた。箱になにもかも書かれていない状態であれば、間違って入れてしまうことも考えられるが、今回はしっかりと誰もが見える大きさで塩と書かれている。

 

もう一度言おう、誰もが見える大きさで塩と書かれている。

 

千冬にはどんな状況においても冷静さを欠かないイメージがある。それは普段の業務を見ていれば誰もが気付く。その千冬が起こした小さなミス。

 

 

「何故ここに塩があるんだ?」

 

「さ、さあ? で、でも箱には大きく塩って書かれていますけど……」

 

「……」

 

「あ! やっぱり弟さんのことが心配なんですね!? だからそんなミスを―――」

 

「……」

 

 

そこまで言って真耶はようやく気付く。言い過ぎたと。

 

真耶の視線の先には、目を閉じながら顔を赤らめる千冬の姿があった。

クールな彼女が顔を紅潮させるのは確かに珍しいこと、今の彼女の姿を見れば何人かの男性は落とされていたに違いない。

 

問題なのは千冬が顔こそ赤らめているものの、見開いた目が全く笑っていなかったからだ。同時に嫌な沈黙に、真耶は話を逸らそうとする。

 

 

「あ、あの……」

 

「……さて、さっきの話の続きだったな。山田先生、コーヒーをどうぞ」

 

「へ? で、でもそれ塩―――」

 

「……どうぞ」

 

「うぅ……はい。いただきます……」

 

 

有無を言わさぬ千冬の威圧感に、渋々手渡されたコーヒーを受けとる。見た目は普通のコーヒーだが、中にはスプーン一杯分の塩が入っている。

 

スプーン一杯とはいえ、コーヒーの量もそこまで多いわけではない。当たり前だがコーヒーはひどくしょっぱいものになっている。

 

 

「熱いので一気に飲むといい」

 

 

半分涙目のままそのコーヒーを口元へ運んでいく。そして飲み口に唇が触れるか否かという時、不意に室内に携帯のバイブの音が鳴り響いた。

 

 

「……すまない、私だ。すぐ切―――」

 

 

背広の内ポケットに入っている携帯電話を取り出して、すぐさま電話を切ろうとする。

 

だが切ろうとして携帯電話に設置されている画面を見た途端、千冬の表情が目に見えて強張った。表情の変化に、その場にいた全員が思わず千冬の方へと視線を向ける。

 

何度も言うように、千冬は人前であまり表情を変えることはない。その彼女の表情が掛かってきた電話で、誰もが分かるレベルで強張ったのだから皆が気になるのも頷ける。

 

携帯電話を開き、通話ボタンを押してスピーカー部分を耳に当てる。

 

 

「………」

 

 

沈黙。

 

電話に出たら『もしもし』または『どうした?』などの何か声をかけるのが普通だ。だが、千冬は一言も声を発することなく、相手が話すのを一方的に聞くだけだった。相手はかなり大きな声で喋っているのか、僅かながらではあるものの、スピーカーから声が漏れている。

 

とはいえ、離れている人間からすれば何を喋っているのか全く分からない。分かるのは千冬が何一つ話さず、黙って電話相手の話を聞いていることだけだった。

 

 

電話に出て数十秒が経とうとした時だった。

 

 

「何だと!? おい、ちょっと待て! ……くそっ!」

 

 

急に声を荒げる千冬に、思わず一番近くにいた真耶がビクつく。携帯電話を握る手が強まり、ミシミシと軋む音が鳴り響いた。

携帯電話に当たったところで何かが変わるわけではないと悟った千冬は、忌々しげな表情を浮かべながら携帯電話を内ポケットにしまった。

 

電話先の相手が何を言ったのか分からないが、千冬が言及しようとした途端に、その通話は切れたらしい。再びかけ直そうとしないところを見ると、かけ直しても無駄だと悟ったか。

 

話の内容が何だったのか、それを知るのは千冬ただ一人だ。

 

 

「どうしたんですか、織斑先生?」

 

「すまない、少し熱くなってしまったみたいだ」

 

「先生! すぐにわたくしにIS使用許可を!」

 

 

今までモニター越しに様子をうかがっていたセシリアが、ここではじめて口を開いた。千冬ももし可能ならすぐにでもセシリアを出撃させている。

 

 

「そうしたいところだが、これを見てみろ」

 

 

しかし先ほど言ったように、このアリーナの扉には全てロックが掛かっている。セシリアを納得させるために、端末の画面を数回叩き、今アリーナがどのような事態に陥っているのかを見せていく。画面を見せられたところで、セシリアは今このアリーナが外部から遮断された陸の孤島状態にあることを知った。

 

 

「っ!? 遮断シールドレベルが……あのISの仕業ですの?」

 

「そのようだな。これでは避難はおろか、救助することも出来ん」

 

 

緊急事態だというのに、千冬の口調はいつも通り冷静なまま。実の弟が危険にさらされているというのに、表情一つ変えない様子にセシリアもムッとした表情を浮かべる。

 

 

 

―――それもほんの一瞬。視線を下に向けると文句の一つも出てこなくなった。

 

千冬とて、生徒が一夏が危険にさらされているのを見て冷静でいられるはずがない。ギュッと拳を握りしめ、現状では何一つ出来ない自分に苛立ちを隠せないでいた。悔しいのは皆同じ、セシリアだけではない。

 

肝心な時に何も出来ない、歯痒い思いで無事に済んでくれと祈ることしか出来なかった。

 

 

「はぁぁ……結局待つことしか出来ないのですね……」

 

 

 結局自分が今何を言おうと、どう足掻こうとも出来ることは何もない。出来るとするなら、一夏たちが何とか侵入者を食い止めるのを祈ることくらい。モニター越しに二人の様子を見つめるものの、状況はよろしくない。

 

何とか接近して決定打を叩き込もうと試みるも、試みすべてを難なくかわす侵入者。機動力だけで見れば間違いなくISの中でもトップクラスだ。二人がかりで隙を作ったとしても、ひらりひらりと赤子をあやすかのようにかわされていく。

 

その間にも二人のシールドエネルギーの残量は刻々と減っていく。あと一人居れば何とかなるかもしれないのに、そんな思いがセシリアの中にはあった。

 

完全遠距離射撃型の自分が加われば、多少なりとも戦況が変わるのではないかと。今は加わろうにも加わることが出来ない、何か出来ないことは無いかと、キョロキョロと辺りを見回す。

 

 

「あら……篠ノ之さん?」

 

 

今までとなりにいたはずの箒の姿が無くなっていた。先ほどまで一緒にモニターを通じて試合を観戦していたのは間違いない。

いつ居なくなったのか、何処へ行ったのか、セシリア自身も知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ……」

 

「すばしっこいわね……でもこれで四回目。一夏っ、ちゃんと狙いなさいよ!」

 

「狙ってるっつーの!」

 

 

戦況は先ほどとあまり変わらない。侵入者に対してダメージらしいダメージを与えられないまま、シールドエネルギーだけが減っていた。

大きな図体をしながらも、動きだけは非常に機敏で、普通ならかわせないはずの角度と速度から攻撃をしてるものの、全ての攻撃が空を切った。至近距離に近付いたとしても、圧倒的なスラスターの出力により、逃げられてしまう。

 

鈴が遠距離から注意を逸らそうと威嚇射撃をしてくれるものの、肝心の一夏の攻撃が決まらない。どれだけ追い込んだとしても一夏の攻撃だけには機敏に反応してくるのだ。

 

まるで一夏の攻撃がバリアー無効化攻撃だと知っているように。

 

 

 

―――白式の単一仕様能力、バリアー無効化攻撃『零落白夜』

 

 

この攻撃も無限に撃てるわけではない。他の機体より攻撃特化になっている分、バリアー無効化攻撃の発動にはシールドエネルギーを消費しなければならない。

 

数えるだけで四回失敗している。その間にも攻撃が外れたことで、行き場を失ったシールドエネルギーが放出されている。

 

既に白式のエネルギー残高は三桁を切っていた。零落白夜は使えたとして一回、攻撃を受けることはおろか、おいそれと攻撃することすら出来ない。

 

使いどころが勝負の明暗を分けることになる。

 

 

「一夏っ! 退避して!」

 

「わ、分かった!!」

 

 

攻撃したら直ぐ様離れる、つまりはヒット&アウェイ。戦いをする上での基本的な動き方だ。侵入者の攻撃パターンは非常に分かりやすく、一夏や鈴の攻撃をかわした後に反撃をしてくる。

 

長い手足を振り回しながらコマのように接近し、そこからビーム射撃を行ってくる。もちろん攻撃の後はすぐにこちらも離れるため、手痛いダメージを受けることはない。

 

 

「いい加減食らっときなさいよ!」

 

 

一夏の後退をサポートするように、鈴はヤケクソ気味に衝撃砲を放つ。一夏に対しては効果的だった衝撃砲も侵入者に対してはかなり効果が薄いものだった。

 

見えないのが最大の武器の衝撃砲だが、相手は高速回転しながら突っ込んでくるため、その際に叩き落とされてしまう。何回も同じように衝撃砲を放つものの、これといったダメージを与えられないまま、鈴も一夏と同じようにシールドエネルギーをジリジリと消費することになった。

 

逆に鈴の攻撃のお陰で、一夏は敵の射程から安全に抜け出すことが出来る。もし鈴のエネルギーが尽きたら同じ戦法は完全に使うことが出来なくなる。

 

 

「一夏っ! 早くっ!!」

 

 

刹那、鈴の甲高い声が響き渡ったかと思うと、不意にハイパーセンサーが後方に熱源を感知する。後ろを見てからでは遅い、一夏は無我夢中で軸を左側にずらした。

 

ずらすと同時にすぐ横を熱源が通りすぎていく。その熱源は一直線に飛んでいき、そのままアリーナの壁に直撃する。

 

直撃と同時に大きな衝撃音が鳴り響き、ガラガラとアリーナの外壁が崩れ落ちてくる。あらゆる衝撃に耐える構造に作ってある壁が、たった一撃で大穴が空く。その威力は今までとは違い、桁外れの威力を誇っていた。今の攻撃が自分に直撃していたらと思うと、背筋が凍りつく。

 

かろうじてかわした一夏は鈴の横へと戻り、アリーナの外壁に大きく空いた穴を見つめる。もし鈴の声かけに後ろを振り向いていたとしたら、一歩でも反応が遅れていたとしたら……。

 

 

「くそっ、洒落になんねーぞ。何だよあの威力」

 

「こっちが二人がかりでやっとなのに、アイツはたった一人で……」

 

「……鈴、エネルギーはどれくらい残ってる?」

 

「百八十ってところね、これじゃ迂闊に衝撃砲も撃てないわ」

 

 

一夏に比べればまだ幾分ましなものの、それでも二人合わせても二百ちょっと。白式の零落白夜を後一発しか撃てない以上、今の火力だけで侵入者を相手をするのには分の悪い賭けだった。

 

当たれば強力な攻撃も当たらなければ全く怖くない。さらに一夏の攻撃手段は近接攻撃だけで、侵入者との相性はまさに最悪だ。セシリアのように追尾機能のあるミサイルを積んでいるわけでも、大和のように接近戦での圧倒的な手数の多さを持っている訳でもない。

 

現段階で侵入者に勝てる可能性は低い。

 

 

「ちょっと分が悪いわね……今のままじゃ、勝てる可能性は低いかも」

 

「ま、無い訳じゃないからいいさ。まだ何とか出来る」

 

「アンタって本当に超ポジティブ思考よね。こういう時に限っては確率が低くても無茶する……もしかして馬鹿?」

 

「うるせー! 超ネガティブ思考よりましだっつーの」

 

 

劣勢に立たされている事実は変わらないものの、少なくとも何一つ諦めていない。

 

 

「まぁ良いわ。で、どうすんの?」

 

「どうするもこうするも、アレを倒すだけだ。別に無理だと思うなら、逃げても良いぞ?」

 

「なっ!! 馬鹿にしないでくれる!? アタシだって代表候補生なんだから! 敗走しましたなんて、笑えないわよ!」

 

「そっか、ならお前の背中くらいは俺が守ってみせるさ」

 

「は、はぁ!? こんな時に何言ってるのよ! は、恥ずかしいじゃない……馬鹿……」

 

「ん、何だって?」

 

「な、何でもない!!」

 

 

顔を赤くしながら捲し立てる鈴だが、何故顔を赤らめているのか、一夏は知る由もない。方向性も決まったところで、再び侵入者の方を見つめる。

 

さっきから何度か接近することに成功しているものの、結局決定打を与えることが出来ていない。何とかならないかと考えるものの、結局自分の攻撃方法では接近するしかなかった。

 

 

「とにかく、もう一度攻めてみるか!」

 

「ちょっ、一夏! ああ、もうっ!」

 

 

大きく翼を広げ、スラスターを吹かせて一気に地上の敵ISに向けて接近していく。手のひらをこちらに向けて放ってくるビームを、軸をずらして避ける。

 

雪片を振りかぶり一閃、馬鹿正直な一撃に敵ISはこれを後ろに後退してかわす。かわし際に手をつきだし、目の前にいる一夏ではなく、全然検討外れの方向にビームを放った。

 

 

「どこに撃っ―――」

 

「え!?」

 

「なっ!? 鈴!!」

 

 

初めから標的は一夏ではなく、鈴に絞られていた。距離的には全く問題なくかわせる距離にもかかわらず、反射的に一夏は目線を逸らしてしまう。

 

敵の目の前に迫った状態で目線を切る。それがどれだけ危ないことか、誰でも分かる。ただ一夏は自分よりも仲間を大切にする男で、仲間が危険にさらされてしまうとどうしてもそちらを気にしてしまう。それは悪いことではない、しかし時と場合によってはその行動が自らを窮地に追い込んでしまうこともある。

 

一回した反応は大きな隙となる。目線を敵ISに向けたときには既に、自分に向かって手をつき出していた。

 

手に備え付けられたビーム口が既に光り始めている。今からかわそうにも距離的に近すぎる。鈴も攻撃をかわしたばかりで衝撃砲を撃つ体勢が整えられていない。攻撃をキャンセルさせることも出来なければ、かわすこともままならない。

 

一言で表すのなら、絶体絶命……だ。

 

 

「一夏ぁっ!」

 

「しまっ……!!」

 

 

そして無情にも、敵ISの手からビームが放たれ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――無かった。

 

 

敵ISの顔に付けられているレンズが僅かに横を向いたかと思えば、ビームキャンセルしてその場から立ち退く。立ち退くと同時に上空から風を切り裂く音が鳴り響いた。

 

一瞬、何が起こったのか。その場いる一夏も鈴も、管制室で見ていた千冬も真耶も、セシリアも分からなかった。

 

いち早く目の前で起きた出来事に気付いたのは一夏だ。視線をそのまま下に向けると、黒光りする鉄製の棒のようなものを確認することが出来た。

 

よく見てみるとそれは棒ではなく、鋭く研がれた刃を持つ物体だということが分かる。つまりは刀だ。

 

もちろん刀が単体で動くわけがない。視線を左にずらしていくとそこには人のような……。

 

 

「だ、誰だ……?」

 

「………」

 

 

 

一夏の問い掛けにも、その人物は答えない。

 

人のようなものではなく、人がいた。身体の筋肉にピッチリとフィットした黒の半袖アンダーシャツに、ボンタンのようにだぼついたズボン。その肉付きから相当身体を鍛えているのが伺える。両手にはそれぞれ刀が握られていて、鋭く研ぎ澄まされた刀身が切れ味をより強調していた。

 

そして一番の特徴なのは、正体を隠すかのようにつけている仮面だ。仮面によって素性が分からないため、より一層不気味さを醸し出していた。

 

アンダーシャツにはベルトのようなものが巻かれ、ズボンに備え付けられたベルトにフックで固定されている。

 

背後に目をやると、三本の刀の柄を確認出来る。その柄には鍔がついており、刀というよりはサーベルの形状に似ていた。両手に握られているものも、元来の日本刀よりも長さが少し短い。

 

合わせて五本の日本刀サーベルを持つ人物、その正体が誰なのか一夏にも鈴にも分からなかった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「誰なの……?」

 

 

口から無意識に出てくるのはその人物が誰なのかと疑問に思う声だけだった。

 

 


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