IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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○二人の邂逅

「お疲れ様、大和くん。まさか本当に一人で片付けるなんて、おねーさんびっくりだわ」

 

「ありがとうございます。事を無事に片付けることが出来て何よりです」

 

「うん、こちらこそ。今回は大和くんのお陰よ」

 

「あはは……そうですかね」

 

 

 何はともあれ無事に敵勢力の鎮圧を終えて、俺たちは寮に戻ってきていた。日付はすでに変わっていて、ほとんどの学生は寝静まっていることだろう。

 

事後処理は全て更識家がやってくれるらしく、楯無さんの指示通りに更識家に仕える人間が、三人組を連行していった。

また押収したテープはその場で俺が壊した。更識家に処分してもらうのも手だけど、その場で破壊する事が手っ取り早く、処分したことを目視で確認出来るからだ。

 

 

そして連行した三人のうち二人は気絶しているため、目が覚めてから詳しい話を聞くらしい。

 

今回彼女たちが一夏の命を狙ったのは紛れもない事実であり、言い逃れ出来ない証拠も取り揃えてある。だが彼女たちに偵察を指示した女性権利団体についてはどうなるか分からないままだ。

彼女たちは頼まれたことを実行しただけで、その時の会話を録音していたわけではない。だから女性権利団体がそんなことは指示していないと言えば、その意見が正当化され、彼女たちが自分たちの判断で行動したという濡れ衣を着せられることになる。

 

ただどんな理由があっても一夏のことを狙った事実には変わりない。それ相応の刑罰が三人には与えられることだろう。

大元は何も解決していないが、被害を未然に防ぐことが出来たのは良かった。

 

 

話は変わるけど、消灯時間などとっくに過ぎているというのに、楯無さんがいるのは俺の部屋だ。ベッドに腰掛けて、我が家にいるかの如くくつろいでいる。

部屋で静かにしていれば何も言われないとはいえ、遅い時間帯に男の部屋に女性がいるのはどうなんだろう。色んな意味で不味い気がする。

 

 

「あの、楯無さん。自分の部屋に戻らないんですか?」

 

「流石にもう夜遅いからね。今から帰ると他の子を起こしちゃうかもしれないから、今日はここに泊めてもらうわ」

 

「あぁ、なるほど。他の子がいる……はい?」

 

「うん? 何か変なこと言ったかしら?」

 

 

楯無さんの浮かべたキョトンとした表情は、何でそんな顔をするのかしらとでも言いたげだった。

はじめのうちは確かになるほどと、頷ける理由を述べていたのは間違いない。日付が変わっているわけだから、寝ている子も多く、そらは楯無さんのルームメートとて例外ではない。

問題はその後、静かに部屋に戻るではなく、『このままここに泊めてもらうわ』って聞こえたような。

 

 

「えっと……楯無さん? い、今なんて……」

 

「もう夜も遅いし、ルームメートを起こすのも悪いから、ここに泊まろうかなって。聞き逃しはダメだぞ♪」

 

 

メッとばかりに、人差し指を立てて向けてくる楯無さんがイタズラな小悪魔っぽく見えて凄く可愛かった。

……じゃなくてだな。今俺の部屋に泊まるって言ったよな。わざわざ二回も聞き直したんだし、間違いは無いはずだ。

 

間違いは無くても問題はありすぎる。楯無さんが言っているのはつまりそう言うこと、恋人関係でも無いのに男女ともに同じ部屋で寝屋を共にするということで……。

 

 

「えっ!! あの、ちょっ……えぇ!?」

 

「もしかして……嫌、かな?」

 

「うっ!」

 

 

目をうるうるとさせながら、上目遣いで俺のことを見つめてくる楯無さん。例えこれがわざとだったとしても、俺にこの不安そうな表情に抗うことは出来なかった。顔を逸らそうとするのだが、何故か身体が動いてくれず、楯無さんの目から視線を逸らすことが出来ない。

 

 

「わ、分かりました。じゃあ今日だけですよ?」

 

「よろしい。素直な子はおねーさん好きよ?」

 

「……図りましたね」

 

「さぁ、何のことかしら♪」

 

 

 こっちは否が応でも縦に首を振るしかなかったというのに、楯無さんはケラケラと楽しそうに笑った。まるでイタズラが成功した子供のように。してやられたとは思いつつも、逆らえないところが上目遣いの怖いところだ。

 

上目遣いっていえば以前、ナギの上目遣いも食らったことがあったけど、あれもあれでかなりの威力があった。表すとしたら、肯定以外の言葉を言わせないってところか。

それに不安そうな表情や仕草が加わっただけで、もはや抵抗は出来なくなる。女の子ってズルいな。

 

楯無さんが泊まるのは決定したところで、さっさとシャワーを浴びて布団に潜るとしよう。明日も学校があることだし、あまりとろとろと行動している時間はない。

 

 

「じゃあ楯無さん。レディーファーストってことで、先にシャワーどうぞ」

 

「あら、いいの?」

 

「ええ、楯無さんの入った後に俺は入るんで」

 

「そう、それじゃお言葉に甘えさせてもらうわね」

 

 

楯無さんがシャワーに向かう前に椅子から立ち上がり、以前部屋着がごっそり盗まれた引き出しから、自分の着るジャージの上下を取り出したところでふと気が付く。楯無さんの寝間着をどうしようかと。

 

振り向き様に楯無さんのことを見るが、どこかに自分の服を持っている様子はない。このままでは制服で一夜を明かすことになる。

制服と部屋着、及び寝間着の寝心地の良さは全く違う。制服だと素材自体が硬いために、寝苦しくなることも多い。どうしようかと思考を張り巡らすが、すぐに答えは出てきた。

 

ただこれを男性が女性に言うのは、かなり抵抗がある。

 

 

「どうしたの大和くん? 私の顔を見つめて……」

 

「え? あぁ、いや。楯無さんの寝間着をどうしようかと」

 

「あぁ、そういうこと。大丈夫よ、私なら裸で「俺のジャージを貸すのでこれを着てください!!」……冗談だってば、ありがとう大和くん♪」

 

 

 どこまで人をからかえばいいのか、みるみるうちに赤くなる顔を隠しながら、上下セットのジャージを楯無さんに手渡した。サイズが楯無さんには大きいと思うが、あいにくここには女性ものの服は置いていないし、俺にそんな変わった趣味も無い。

にこやかな笑顔を浮かべながらジャージを受け取ると、そのまま洗面所に入っていく。タオルは入ってすぐの位置に置いてあるから、見付けるのは簡単なはず。

 

 

「あ、覗かないでね?」

 

「覗きませんよ!」

 

 

洗面所から顔だけを覗かせて、ニヤニヤと笑いながら俺のことをからかってくる。半場捲し立てる格好となってしまったものの、すぐに楯無さんは顔を引っ込めた。すっかりとペースを握られてしまうのが、異様に悔しく思えてくる。

 

楯無さんが入ってまもなく、シャワーが流れる音が聞こえてきた。

 

たった数分のやり取りなのに、どっと疲れが出てしまい、俺はそのままベッドに向かって倒れこんだ。

 

 

「……あれ、メール来てら」

 

 

 寝転びながら何気なく開いた携帯だが、モニターの右上にメールの受信を表す手紙のマークが出ている。

受信ボックスを開いて時間を確認すると、届いてから大体二時間くらいは経っていた。

悪いことをしてしまったと送信者の名前を確認すると、そこには見知った名前が記されている。

 

 

「ナギからだ。えっと……」

 

 

メールの文章を上から順番に目を通していく。そこに綴られていたのは、昼に約束した食事会についてのことだった。更に詳しく把握するべく、ボタンを押して画面を下に下ろしていく。

 

 

「……つまり一緒に作ろうってことだよなこれ?」

 

 

メールを最後まで読んだところで内容を把握し終える。内容はこうだ、その場のノリで企画した食事会だが、俺一人で全員分の料理を用意するのは大変だろうから、私でよければ手伝わせてもらいたいとのこと。

 

むしろ俺としても是非力を貸してほしいくらいだ。ナギは非常に家庭的な女の子だと思っている。お昼は大体自分の手作り弁当を持ってきているし、中に入っている料理もレトルトではなく、手作りのおかずがほとんど。

 

本人は凝ったものを作っている訳じゃないと謙遜するものの、誰がどう考えても弁当の中身が言っていることと比例しない。

 

他にも料理を作れる女の子は大勢いるとは思うが、もしこのIS学園で思い浮かべる家庭的な女の子と言ったら、俺は真っ先にナギのことを思い浮かべる。それほどに料理が得意な印象が強く残っていた。

 

 

「まずったな……すぐに返信するべきだったなこれ」

 

 

メールが届いたのは約二時間前。俺がちょうど楯無さんに呼ばれた時くらいだ。あの時は学園に誰かが侵入した話を聞かされたため、その事にしか頭が回らず、メールを受信したことに気付かなかった。

 

届いてから随分と時間が経っている上に、既に時刻は十二時過ぎ。もうナギも眠ているだろうし、今からメールするのは迷惑にしかならない。

 

明日の朝会った時に直接話しておこう。

 

 

「後は……あ、もう一通来てる」

 

 

ナギのメールの他にも一件メールが来ていた。こちらの差出人も凄く見知った……いや、大切な人からのものだった。

 

 

「千尋姉……」

 

 

ポツリとその人の名前を呼ぶ。霧夜千尋、俺をここまで面倒見てくれた、たった一人の義姉。

ここまで何気なく過ごしてきてはいるものの、いざ自分の姉のことを思い浮かべると寂しくなる。何やかんやで人生の半分以上を共に過ごしているのだから。

 

少しの間過去のことを振り返りながら、届いたメールを開く。

 

 

「もうすぐゴールデンウィークか。早いな一ヶ月って」

 

 

 クラス対抗戦が終わればすぐにそこにゴールデンウィークという、学生にとっては天国のような休暇が待っている。メール内容は休みの時にこっちに戻ってくるのかを聞くものだった。

特に決めてないが、一度は実家に帰るつもりでいる。メールの送信者が実家にいる人間からだと、どうしても実家が恋しくなる。特に予定も入っている訳じゃないし、休みの半分くらいは向こうで過ごしてみても良いかもしれない。

 

 

「これも明日だな。もう千尋姉も寝てるよな、多分」

 

 

色々ツイてないな、本当に。タイミングが悪いっていうか何て言うか。

 

サイレントモードやマナーモードにしても、着信や受信した時の光で目が覚めるって子は結構いる。どんなことが起きても確実に寝ていますと言い切れるのならまだしも、その人の睡眠サイクルを知っているわけが無いので、夜遅くには極力送らないようにはしている。

特にメールの受信や電話の着信に気が付かなかった時だ。こっちの自己責任だし、相手に迷惑をかけるわけにも行かない。

 

携帯電話を閉じ、手を上に伸ばしながら腹筋を使って起き上がり、寝転がったことで少し癖付いた髪の毛を軽く直す。いつもなら直さないけど、今日は楯無さんもいる。女性のいる前でみっともない姿を見せたくはない。

 

楯無さんがシャワーを浴び始めてから、結構時間も経っている。そろそろ出てきてもいい頃だ。

 

と、同時にさっきまで聞こえていたシャワー音が止まった。

 

 

「大和くーん。ここのタオル使ってもいいわよねー?」

 

「あ、はーい! 好きな分だけ使って下さい!」

 

 

予想通り、風呂場から楯無さんの声が聞こえてくる。あがったばかりだから、今の楯無さんの身の回りを覆い隠すものは何もない状態。年相応とでもいうのか、どうしても変なことばかり頭に思い描いてしまう。

 

あまりにも想像しすぎると、生理現象的な何かでバレそうなため、頭の中の煩悩を強引に掻き消す。

 

心身的にも平常心を取り戻した頃、洗面所の扉が開いた。

 

 

「お待たせ! 次どうぞ♪」

 

「あ、分かり……まし……た」

 

 

シャワーから出てきた楯無さんの姿を見て、思わずその場に硬直する。寝間着用に俺のジャージを貸したが、それを着ていない訳でもない、むしろちゃんと上下を揃えて着ている。

 

問題はそこではない。逆に変に似合いすぎているから問題なのだ。

 

男性用のジャージということで、女性からすればかなりサイズは大きい。現に俺と楯無さんの身長差も二十センチくらいはあるし、肩幅も俺の方が全然広い。体格的に大きく違う俺のジャージを、楯無さんが着たらどうなるのか、もう想像はつくだろう。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「えへへ、大和くんってやっぱり大きいんだね♪」

 

 

別の意味に捉えられないこともない台詞を言いながら、ニコニコと話しかけてくる。思った通り、服は身の丈に合っていなかった。袖口だけではなく足や身体中の全てに関してダボダボだ。

 

ズボンに関しては、ヒップの大きさのお陰で、きっちりと止まっている。つまりはそう言うことだ。そして上着に関してもダボダボという事実は変わらないが、一ヶ所だけ適応外というか、ダボダボなのに存在感がハッキリと分かる場所も存在する。

 

つまり楯無さんのくびれよりも上……女性の象徴とも言える二つの双丘だ。

 

風呂上がりということもあって下着をつけていないのか、ジャージ越しの二つの存在感というのも、男の自分からそればかなり危ないものだったりする。

 

楯無さんのスタイルは制服越しでもハッキリと分かるほどに良い。それこそ胸元は普段着ている制服のサイズにあっていないのか、少し窮屈そうによじれている部分もある。

 

 

それと何か意図があるのか、ジャージのチャックを上まであげずに胸元ギリギリで止めている。

 

一番上まであげると色々と苦しいんだろう、まぁ何がとは言わないけど。

 

 

「大和くん、何か目付きがえっちぃわね?」

 

「そんなものは気のせいです、まやかしです、俺の目には何も見えません」

 

 

まともに相手をしてしまうとからかわれて終わりなため、必死に楯無さん、特に上半身から目をそらしつつ、自分の着替えを持って洗面所に入る。着替えをかごの中に入れようとしたところで、ぴたりと動きを止めた。

 

着替え用のかごの中に誰かの制服が綺麗に畳んで置いてあった。

 

……ってこれ―――

 

 

「それ、着てもいいわよ?」

 

「何言ってるんですか!? 俺が変態みたいな言い方しないでください!」

 

 

入り口から顔だけを覗かせて、してやったりと言わんばかりの表情を浮かべてくる。何をどうしてでも、この人は俺のことをからかいたいみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……真っ暗だった世界に一筋の光が現れる。徐々に意識がハッキリと覚醒し始め、暗闇だった周りが徐々に明るくなっていく。その暗闇が完全に晴れた時、俺の目に映ったのは白い天井だった。

 

今日はいつも以上に身体が重い、特に左手付近には何かで包み込むような圧迫感がある。鍛え方がまだ足りないのか、それとも単純に睡眠時間が足りてないだけなのか。いずれにしても起きなければならない。顔を右に向けて、現在時刻を確認する。

 

……あれ、俺の目に狂いがなければ既に時計の数字が七時を指しているような気がするんだけど。

 

まだ頭が覚醒しきって居ないのか、体勢そのままにぼんやりと視線の先に映る数字を見つめ続ける。

 

 

「七時二十分…………ってげっ!?」

 

 

 数字を声に出して読んだところで、初めて現在時刻を把握する。いつも起きるのは大体六時前、そこからランニングを始めて、戻ってくるのが大体七時。そこからシャワーや身支度を整えて食堂に向かうのが七時半、現在時刻は既に俺が普段身支度を整えている時間帯に差し掛かっていた。

 

何を思っている盛大な爆睡をしてしまったのか、慌てて枕の横にある携帯電話を手に取り、アラームが鳴ったかどうかを確認する。

 

 

「うわぁ、セットされてない……完全にやらかしたなこれ……」

 

 

 アラームが鳴って無意識に止めたのではなく、元々アラームが鳴っていなかった。毎週同じ時間になるようにセットはしているのに、その設定が解除されている。

もしかして何かの弾みで解除してしまったのか。一回でもアラームが鳴れば起きるため、セットしているアラームの数も一つだ。それが何かの拍子に解除されると、アラームが鳴ることはない。

 

とにかくこれで今日の朝のランニングは出来ない。時間も早いわけではないので、手早く身支度を済ますとしよう。

 

というわけで早速身体を起こそうとするのだが……。

 

 

「あ、あれ?」

 

 

身体が思うように動いてくれない、それどころか左腕が何かにロックされてるのか上がらないままだった。身体が疲れるっとことはあるものの、左腕が上がらないというのは初めてのこと。

 

何度か上げようとするものの、腕の周りを何かが包み込むような重みがあって結果は相変わらず。

 

 

フニフニッ

 

 

「んっ……」

 

「え?」

 

 

 絶対に有り得ない感触が左手に伝わってきたことで、初めて何かがおかしいと気付いた。左腕に何かがあると。それと同時に足元にも何か柔らかいものが絡まっている。無機質な何かではなく、まるで温かい人肌のような感触が。

 

俺はまだ夢の中にいるんじゃ無いだろうか、そんな下らない想像すら浮かんでくる始末。夢なら頬をつねれば目が覚めるはず、そう信じて俺は空いている右手で頬をやや強めにつねる。

 

ギュウウウ! と、漫画の効果音にでも使われそうな音がするほどの力でつねるが、現状は全く変わらない。つまり目覚めたまま、よってこれは現実だと分かる。

 

それと同時に顔色が青ざめていく様子が自分でも分かった。自分が寝ぼけている間に何かをしたんじゃないかと。

 

一つ気持ちを落ち着け、俺は自分のベッドなのかを確認する。昨日寝た時は俺が内側で、楯無さんが窓際だった。俺が寝ぼけて窓際のベッドに入り込んでいたとしたら色々な意味で不味い。主に俺の世間体的な意味合いで。

 

もし本当にそうだとしたら、楯無さんから一ヶ月放置した生ゴミを見るかのような目で眺められても文句は言えない。顔だけを動かし、左側にあるベッドを見る。

 

 

「居ない……」

 

 

布団には誰かが潜り込んでいる形跡は無く、完全なもぬけの殻状態にあった。よって俺が寝ぼけて布団へ入り込んだ線は無くなった。そして可能性として残るのは……。

 

 

「……」

 

 

恐る恐る身体の上に掛かっている布団に手をかけ、それを勢いよく取り払った。

 

―――すると

 

 

「ん……あら、もう朝?」

 

 

予想通り過ぎる展開がそこには待っていた。

 

 

「楯無さん! 何で俺の布団に潜り込んでるんですか!?」

 

「うーん……朝早くに目が覚めて、一回新しい制服だけ取りに戻ったのよ」

 

「寝ぼけたまま、俺の布団に入り込んだと?」

 

「かも……ね♪」

 

 

布団を引き剥がした先には、既に制服に着替えた楯無さんがいた。

確信犯だと分かったけど、もう敢えて突っ込まないでおく。制服を取りに戻ったのなら、そのまま自室の布団に潜り込めば事足りるのに、わざわざ俺の布団に戻ってきたのはそういうことだ。

 

事態が解決したところで現実に引き戻される。寝坊をしたお陰で、そこそこ良い時間にはなっていた。

 

 

「じゃあ身支度整えるので、楯無さんは洗面所に入っててもらっていいですか?」

 

「私は別に目の前で着替えられても構わないわよ?」

 

「楯無さんが良くても、俺が困るんです」

 

「はいはい、分かりましたよーだ」

 

 

残念そうに立ち上がり、楯無さんは洗面所の中に入っていく。残念なのは着替えを見れなかったからだろうが、男がパンツ一丁の姿を見られたいと思うか?

 

女性にも一糸纏わぬ姿を男に見られたくないように、男にも女性に一糸纏わぬ姿を見られたくないという思いがある。

……とはいっても、正直あの人はいつか俺の着替え中に入ってきそうだ。上半身ならまだ良いものの、下は色々と不味い。

 

洗面所入ったことを確認すると手早くジャージの上下を脱ぎ、インナーとワイシャツ着て、ズボンを履いた。着替え自体には時間はかからないものの、その僅かな間でも何が起こるか分からない。

 

そもそも、着替えごときに何でここまで警戒しないといけないのかと思いつつ、ワイシャツにシワが入っていないか確認する。

 

制服を羽織るだけの状態にまで持っていったところで、洗顔や歯磨きをするために洗面所に入る。

 

 

「楯無さん、着替え終わったんで大丈夫ですよ」

 

「え? あら、早いわね」

 

「そこまで手間も掛からないですしね。楯無さんは……」

 

 

着替えが終わり、洗面所のドアを開けると鏡を見ながら髪の毛を整えている楯無さんの姿があった。何やら外に跳ねる髪を気にしているみたいだが……。

 

 

「あれ、髪の毛気にしてるんですか?」

 

「うーん……ちょっとね。癖が強いと伸ばしたいと思ってもなかなか伸ばせないじゃない?」

 

「あーそうかもしれませんね」

 

 

 思った通り、楯無さんが気にしていたのは自分の外に跳ねる癖毛だった。癖毛は癖毛でお洒落の一つとして捉える人もいるが、中にはコンプレックスになる場合も多い。特に天パレベルになると髪型はほとんど変わらず、中にはだらしない髪型になってしまう人もいる。

 

癖の強い人が髪の毛を伸ばすと当然、外跳ねがかなり目立つようになり、真っ直ぐ伸ばしたいと思うなら縮毛矯正やストレートパーマを掛ける必要がある。とはいっても、それは髪の毛の繊維を強引に引き伸ばす行為のため、髪の毛自体が痛んでしまう。

 

楯無さんが気にしているのに、それをやらないってことは痛むことを分かっているからだろう。

 

まぁ正直なことを言うと、楯無さんは別に普通にしてても全然綺麗な人だと思うし、特に気にする必要はないと思う。

 

 

「え……ち、ちょっと大和くん?」

 

「あ、あれ? もしかして今の口に出てました!?」

 

「う、うん……」

 

 

これは恥ずかしい、穴があるのなら入りたい気分だ。褒め言葉にしても、面と向かって普通にしてても綺麗な人だなんて、普通だったら言わない。

 

普段は余裕の表情を崩さない楯無さんも、今回ばかりは顔を赤らめたまま俯いてしまった。

 

何か最近こんなことばかりな気がする。うっかり口に出さないように気を付けよう。

 

 

「じゃ、じゃあ私は外に出ているから」

 

「あ、はい!」

 

 

洗面台にかけてある歯ブラシを手に取り、照れ隠しをするかのように歯を磨いていった。

 

 

 

 

 

 

「うーん……やっぱりメール送るの遅かったよね」

 

 

 手早く身支度を整え、黒髪ロングの美少女の鏡ナギはどこかへと急いでいた。事の発端は昨日のメール、大和に食事会の用意を手伝うとの連絡を送ったものの、如何せん夜遅い時間だったために返信が来ることはなかった。

 

心配だから……というわけではないが、興味を持っている男性のことが気になるのは女性として当たり前。メールで聞くよりも、本人の口から直接聞きたいのが彼女の本音だったりする。

 

 興味を持ち始めたのは、自分が階段から落ちそうになった時、大和が身を呈して守ってくれたからだ。些細なことだが、彼女にとって大和を意識するきっかけには十分すぎる。

 

中学校は女子校に通っていたため、男性と関わることは少なかった。彼女が男性に抱くイメージは、ちょっと怖くて話し掛けにくいというもの。

 

あまり良いイメージを持っていなかった中、このIS学園に入学してきた一夏と大和。特に大和に関しては、たまたま夕食時に知り合っただけに過ぎない。

 

しかしそんな僅かな時間でも彼と接し、彼女の中で男性のイメージが少しずつ変わってきていた。

 

 

(別に変なことはしてないよね? うん、メールの返事を聞くだけだし……。それに、よ、良かったら朝ごはんも誘ったりして……)

 

 

と本来の目的にプラスして、少しでも大和のことを知ろうと考えたりもしている。まだ明確な好意ではないが、このままいけば、恋する乙女になる可能性も十分にある。

 

その兆候があらわになったのが、初めて話した相川清香と大和が握手をした時。清香としては何気ない友好の意味を込めての握手だったが、ナギはその光景に面白くないと、ヤキモチを妬いていた。

今は彼女も大和のことを名前で呼ぶ。贔屓目に見ても、大和との距離は近いところにある。

一方で大和も、彼女のことを友人としてだけではなく、一人の女性として意識している節があった。

 

大和のことを知りたいと逸る気持ちを抑え、大和の部屋へと向かっていく。

 

 

(あ、服装大丈夫かな……うぅ、もう少しちゃんと確認すれば良かったかも……)

 

 

部屋を出てくる前に鏡の前に立ち、何度も自分の身なりを確認したものの、いざ部屋に向かい出すと、やはりどこか変なところがあるのではないかという不安に駆られる。

 

制服が汚れている訳でもなければ、髪の毛に寝癖がついているわけでもなく、彼女の身だしなみにはこれといった問題はない。

 

部屋を出てくる前にはルームメートの夜竹さゆかにも、身なりを確認する時間の長さに、まだやっているのかと苦笑いをされている。ただ本人からすれば異性の前に顔を見せるのだから、変なところは見せられないと思うのは仕方のないこと。

 

 

慌ただしく身なりを整えているうちに、大和の自室の前までやって来た。扉の前に立ち、右手を伸ばしてノックしようとするが、なかなか勇気が出ずに手を伸ばしたり引っ込めたりを繰り返す。

 

こんな朝早くからわざわざ来られても迷惑なんじゃないか、もう部屋には居ないんじゃないか。不安要素は様々だが、いくつもの可能性が彼女の心境を不安にさせていく。

 

 

(き、来ちゃったけど……どうしよう? ここに立っているだけじゃ、邪魔になるだけだよね)

 

 

彼女の場合、自分の気持ちを全面に押し出しながらガツガツといくタイプではない。更に年相応の女性が、男性の部屋に入るのは非常に勇気がいるもの。小学生低学年のような、気軽に部屋に足を運べるような関係ではない。

 

 

(でも折角来たんだから、うだうだ考えても仕方ないよね……よし!)

 

 

 今一度軽く深呼吸をして自分に気合いを入れ直し、意を決して扉をノックする。中からバタバタと近寄ってくる足音が聞こえてくる。まだ大和は部屋にいるということが分かり、ホッと胸を撫で下ろす。

その足音が止まり、鍵を解錠した音がしたと思えば、部屋のドアが徐々に開かれていく。

 

挨拶をした後、どのような敬意で話をしようと考えながら、中から出てくるであろう大和の姿を……。

 

 

「あ、おはよう、大和く……え?」

 

「あら?」

 

 

中から出てきたのは大和とはまるで似つかない、水色髪の美少女だった。ナギからすれば、何故大和の部屋に女の子がいるのかと疑問を持つ。加えてかなりの美少女で、プロポーションも抜群なレベル。女性のナギからしても、惹かれるオーラが醸し出されていた。

 

大和の部屋から女性が出たことに戸惑いつつも、ひとまず大和がどこにいるのかを自己紹介を含めて聞こうとしていく。

 

 

「あ、あの、私鏡ナギっていいます。大和くんっていますか?」

 

「大和くんなら、今洗面所で身支度を整えているわ。良かったら部屋の中で待っている?」

 

「え、あ、はい……」

 

 

よく考えなくともおかしな会話だ。身知らずの人間が部屋にいたかと思えば、自分の部屋のように案内を始める。急な出来事のために、首を立てに振ることしか出来ず、促されるままに大和の部屋へと入っていった。

 

 

(だ、誰? もしかして大和くんの彼女? う、うぅ……気になるよー!)

 

 

男性の部屋に見知らぬ女性がいる。もしこの光景を第三者が見たとしたら、ほとんどの人間は何らかの関係を持っているのではないかと疑問を抱くだろう。

 

訳もわからぬまま部屋に通され、椅子に座って向き合うナギと楯無。

 

 

「自己紹介が遅れたわね。私の名前は更識楯無、よろしくね♪」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「そんなに緊張しなくて良いわよ。別に何かをしようとか思ってないから」

 

「は、はい……」

 

 

 楯無に言われるナギだが、彼女からすればそうも言ってられない。目の前にいる女性が何者なのか、分かっていないのだから。

分かっているといえば、目の前の人が自分より年上であるということくらい。後は大和が部屋に招き入れるくらいには親しい人物だということ。

 

 

(でも凄く綺麗な人……羨ましいなぁ)

 

 

楯無のスタイルは贔屓目無しに誰もが羨むレベル。自分のスタイルを見直すも、楯無のスタイルと比べるとため息が出てきてしまう。どこが大きい、小さいレベルではなく、全体を見た時にバランスが完璧なのだ。

 

 

「あれ、楯無さん。誰か来たんですか?」

 

 

不意に洗面所の扉が開く。洗顔したばかりなのか、前髪をカチューシャで止め、顔をタオルでぬぐいながら大和が出てきた。洗顔するために水を流していたこともあって、部屋外の音はほとんど聞こえない状況。

 

顔を洗い終えた後で、ようやく楯無以外の誰かが部屋に来ている事実を知った。

 

 

「ごめんなー、こんな私生活丸出しで。ちなみにどな………」

 

「お、おはよう。大和くん」

 

 

来る人物が意外だったのか、それともはたまた別の理由か。取り払ったタオルを床に落としてしまう。一瞬時が止まったような感覚に襲われる大和だが、すぐに我に返ると落としたタオルを拾い、カチューシャをとって髪の毛を整える。

 

慌てて身なりを整える大和を、意味深な笑みを浮かべながら見つめる楯無。

 

 

「お、おう。おはよう、こんな時間にどうしたんだ?」

 

「あ、えーっと……昨日のメールの事なんだけど……」

 

「ああ! そういえば返信してなかったっけ。気付いたのが日付が変わってからでさ、あまり遅くに返すのもあれだと思って」

 

「そ、そうなんだ?」

 

 

メールの返信が遅れたのはナギの思った通りだった。しかし彼女が気になっているのはそこではなく、メールの内容に対する大和の返答だ。どこかソワソワして落ち着かないが、仕草に出るのをグッとこらえてそれを待つ。

 

 

「それで、ナギがよければ俺としても是非手伝ってもらいたい。料理を作るのは良くても、他の作業がちょっとね……」

 

「ほ、ホントに?」

 

「あぁ、手伝ってもらっていいか?」

 

「う、うん! よろこんで!」

 

 

パァッと明るい表情を浮かべながら、大和を手伝えることに喜びを見せる。一方で喜ぶナギを見つめた楯無は、一つため息をついて、その場に立ち上がった。

 

 

(……この子、大和くんに惚れかけているわね。一夏くんに隠れているけど、大和くんも格好いいし)

 

「ん、あれ楯無さん、戻るんですか?」

 

「ええ、私も色々準備しないと。じゃあまた今度、ジャージありがとね♪」

 

「あ、はい。お疲れ様です」

 

 

 洗ってから返すつもりなのか、部屋にも洗濯かごにも楯無の着たジャージは置いていない。楯無の後ろ姿を二人で見守るが、二人の表情は全く異なるものだった。

騒がしい人だと、苦笑いを浮かべる大和とは逆に、どことなく面白くなさそうな表情を浮かべるナギ。

 

何故ジャージを楯無が借りたのか、彼女にとってそこが一番の問題だった。彼女も鈍い訳ではないので、何となく想像はついているのだろう。

 

 

(あ、あれ……何でこんなにイライラするんだろう。大和くんが更識さんと仲良くするなんて自由なのに……)

 

「さてと……じゃあ朝食にでも行くか?」

 

(で、でもジャージ借りたってことは泊まったってことだよね。や、やっぱり楯無さんって大和くんの彼女……?)

 

「……あれ、ナギ? どうした?」

 

「ふぁい!? な、何でもないよ?」

 

「え……そ、そうか。ならいいんだけど」

 

 

今の反応で何でもないと言い切るには無理がある。何を考えていたのか分からないにせよ、少なからず大和も、ナギか何かを考えていたのではないかといった想像をすることは出来る。

 

 

(うーん……やっぱり気にしてるのかな、楯無さんとのこと)

 

 

 そして今思い当たる節とすれば、楯無と大和の関係についてだ。特に今回は、大和の部屋に楯無が来ている状況を、たまたまではあるが見られている。

深い関係ではないと否定したとしても、ある程度心を許せる人物といった認識は変わらない。

 

 

「そ、それで、良かったらなんだけど……」

 

「うん?」

 

「あ、朝ごはん食べに行かない?」

 

「朝ごはん? あぁ、いいぞ。ちょうど今行こうとしていたところでさ」

 

 

すぐに気持ちを切り替え、大和は約束に応じる。

 

 

「じゃ、じゃあ行こ!」

 

「えっ!? ちょっ、待った!」

 

 

いつもの性格は鳴りを潜め、ズカズカと先に進んでいってしまう。

 

 

(うぅ……もう、何なのこれ?)

 

 

彼女も自分のことには鈍いのかもしれない。

 

 

大和のことが気になる異性から意中の男性に変わるのは、もう少し先のことである。

 

 


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