IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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中国の代表候補生、顕る

「おはよーっす」

 

「あ、霧夜くんおはよー!」

 

「おはよー!」

 

 

教室に入って、クラスメイトと挨拶を交わす。穴埋めやらパーティやら権利団体やら、色々とバタバタした次の日は幾分疲れが出るため、いつもより少しだけ遅い登校になった。俺が教室に来た時、クラスにはもう大体の生徒が登校してきており、友達との会話に花を咲かせていた。

 

だらしなく欠伸が出ないように口元を押さえながら、自分の席に向かう。一夏の席の周りには数人のクラスメイトが囲んでいて、何やら楽しそうな会話を繰り広げていた。

 

 

「おはよう、皆」

 

「おー、大和! 今日はいつもよりゆっくりなんだな」

 

「ああ、昨日少し遅くまで起きていたからな」

 

 

 いつもより遅い登校に、席に座っている一夏が真っ先に気付く。日付が変わるくらいまで起きていただろうか。お陰さまで朝起きるのが地味に辛く、ランニングも初めの内は眠気と戦いながらやっていた。

もう眠気こそ無いものの、短時間睡眠の時は少しでもゆっくりとしたくなるもの。だから寮を出るのも皆より後だった。

 

 

「おはよう霧夜くん♪」

 

「きりやんおはよー!」

 

「おはようございます、大和さん」

 

「おう、おはよう!」

 

 

一夏を取り囲むように談笑していたクラスメイトたちに挨拶を交わして、自分の席へとつく。すると隣の席にいるナギも俺が登校してきたことに気が付いたようで、笑顔で挨拶をしてきた。

 

 

「おはよう大和くん♪」

 

「おう、おはよう。ナギ」

 

 

初めこそ戸惑いや恥ずかしさはあったものの、今は普通な感じで挨拶を交わすことができる。俺たちとしては本当に何気なく、普通に挨拶を交わしたつもりだったのだが……。

 

 

「「大和くん!!?」」

 

 

 俺たちが互いに名前で呼び合うという些細な変化に、一部始終を聞いていたクラスメイトたちが反応して、ナギの元へと詰め寄っていく。俺とセシリアが名前で呼び合ったことには何も触れなかったのに、俺とナギで呼び合うことには何故そこまで反応するのか。

ここまでのリアクションをとられるとは思っていなかったから正直意外だ。……とはいってもこのクラスの反応っぷりは目を見張るところもある。ズッコケっぷりなんか○本○○劇並みだったし。

 

何で今さら食い付いてきたと言いたかったが、よくよく考えるとパーティの時に俺はナギの名前を呼ぶことが無かった。同時にナギも俺を名前で呼ぶことが無かった。つまり名前で呼び合っている事実を知っている人間はこのクラスにはいない。

 

視線を一夏たちの方へ向けてみても、一夏をはじめとしめ、身の回りにいる全員が何があったのかと言わんばかりの表情をしていた。

その中で一夏の表情は、名前で呼んだことに対する驚きではなく、何故皆が反応したのかということに対しての驚きだったと補足しておきたい。

 

 

「ちょ、何があったのナギ!?」

 

「ま、まさかもう色々されちゃったりとか!?」

 

「ねーねー! どうなのナギ?」

 

「え? えっと、その。あの……」

 

 

物凄い勢いで質問攻めをされ、どう答えたら良いのか分からずオロオロとするナギ。本人も何気なく言ったことが、ここまでの反応を引き起こすとは知らなかったみたいだ。俺と目が合うと、どことなく助けてオーラを出してくる。慌てる仕草も可愛らしいなと思いつつ、助け船を出すことに。

 

 

「はいはい、そこまで! 特に何かあったわけじゃないよ。名前で呼ぶのも本人の自由だし、ナギも困っているからさ」

 

「えー! ホントに?」

 

「本当だよ。俺を名前で呼ぶ子は、他にもいるしな」

 

「うーん、それなら……」

 

「というわけで、さぁ散った散った!」

 

「「はーい……」」

 

 

 俺の一声によって拡散していくクラスメイトたち。名前で呼びあっているのだから、何か関係が出来ているのではないかと考える子もチラチラ居たものの、俺がそれとなく否定したことに残念そうに散らばっていった。

 

完全に何もありませんと真っ向に否定すると、それはそれでナギも傷つくし、下手に誤魔化すと今度は有らぬ噂をたてられてしまう可能性もある。

 

あくまで、名前で呼び合う友人だということを伝えることで、穏便に事を済ますことが出来た。でも何人かはまだ納得出来ない子もいるみたいだし、そこら辺は追々ってところだ。

 

 

「あ、ありがとう。大和くん」

 

「ん。気にするな」

 

 

ちょっとした事だけど、感謝されるっていうのは悪くない気分だ。周りが静かになったところで鞄を机のフックに掛け、持ち物類を机の中に仕舞い込む。

荷物を仕舞っていると、先ほどまでの会話が再開された。それにあわせて俺も顔をあげる。

 

 

「そういえば、もうすぐクラス対抗戦だね!」

 

「クラス対抗戦?」

 

 

聞きなれない単語だったのか、一夏がクラス対抗戦という言葉に食いつく。

 

 

「クラスの対抗のIS戦だな。出場するのはクラス長、つまりお前だ一夏」

 

「お、俺ぇ!?」

 

「ああ、頑張れよ一夏。骨は拾ってやるさ」

 

「勝手に殺すな!」

 

 

 ケラケラと笑いながら一夏をからかいつつも、もうそんな時期かとしみじみ思ってしまう。

諸行無常なんてよく言うけど、時が経つのは早いもの。初めは女子の視線に四苦八苦していたのに、今では当たり前のようになってしまった。耐性……というよりこの環境に慣れてしまった自分が怖い。

 

他にあげるとするなら本職の事についてだ。入学してから今まで特に一夏の身に降りかかる脅威ってのもないし、学園が何かの危機にさらされているってこともない。比較的平和な日常生活を送れていた。

 

 

「あっ話は変わるんだけど、新しく転校生が来るみたいだよ?」

 

「へぇ~この時期にか。珍しいな」

 

「うん。隣のクラスなんだけど、中国からの転校生みたい、それに代表候補生だとか!」

 

「あら、わたくしの噂を聞き付けての転入かしら?」

 

 

いつも通り、セシリアは腰に手を当てて優雅なお決まりのポーズをとる。何回も見ていると慣れてくるな、本人も癖だから今さら直す気も更々ないだろう。

にしてもこの時期に中国から転入か、一夏のいう通り珍しいな。理由がどうなのかは知らないけど、少しだけ警戒しておくか。

 

 

「どんな奴か気になるなぁ、大和はどうだ?」

 

「確かにこの時期にっていうのも気になるし、どれ程の実力なのかも気になるな」

 

「だよな~!」

 

 

 一夏の返答に不満があるのか、その場で会話に加わっているセシリアと、自分の席から会話の一部始終を聞いている篠ノ之の眉間にシワが寄る。一夏に好意を寄せる女性からしてみれば、今の態度はちょっと面白くないのかもしれない。特に他の女性のことに興味を示すなんてことは、二人からしてみれば由々しき事態なんだと思う。

 

それに今代表候補生って言ったよな。セシリアと同じく代表候補生ってことは、間違いなく実力自体はかなり高いはずだ。機会があるのなら、一度接触してみたいところ。

 

 

「とにかく織斑くんには頑張って貰わないとね!」

 

「そうそう! 学食デザートフリーパス券のために!」

 

 

 今回のクラス対抗戦で優勝したクラスには、学食のデザートを無料で食べられるフリーパス券が半年分与えられる。一夏よりも他の子が張り切っているのには、デザートという理由があった。

当然、このフリーパス券を手に入れられるかどうかは、一夏が勝つか負けるかにかかってくる。もちろんクラスメイトたちは、優勝にしか目がいっていない。

 

 

「転校生は来たけど、二組のクラス代表は専用機持ちじゃないしね」

 

「うんうん、一年で専用機を持っているのは一組と四組だけだから、余裕だよ!」

 

 

余裕かどうかは分からないが、比較的ウチはいい条件が揃っているってのは間違いない。

専用機を持つ四組に当たらなければ、それまでは余裕で勝ち進める。何とかなるといった考え方が周囲にも伝わり始めようとした時だった。

 

 

「―――その情報、古いよ!」

 

 

クラスの入り口の方から、自信と勝ち気に満ちた声が聞こえてくる。その場で話していた……いや、クラス中の視線が一斉に入り口の方へと向く。そこに立っていたのは女性、それも制服を身にまとったIS学園の生徒だった。

黄色いリボンをつけた茶髪に、篠ノ之とは違ったきりっとした目つき。同世代と比べると小柄だが、容姿も整っていて綺麗というより、可愛いと表現した方がいいか。制服の肩の部分を切り離して、おしゃれ感覚で肩を露出させている。

 

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの! そう簡単には優勝なんかさせないから!!」

 

「……鈴? お前鈴か!?」

 

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音! 今日は宣戦布告に来たってわけ!」

 

 

ビシッと人差し指をこちら側に向け、宣戦布告とばかりに強く言い放つ転校生。一夏は彼女のことを知っているのか、名前を呼びながらその場に立ち上がる。すると、一夏と転校生が知り合いだと気付いたセシリアと篠ノ之の二人が妙にあわて始めた。

 

 

「だ、誰ですの? 一夏さんと親しそうに……」

 

 

一夏の後方で二人の恋する乙女が慌て始める中、その様子など微塵にも気にせずに話を進めていく。

 

 

「鈴……何かっこつけているんだ? すっげー似合わないぞ!」

 

「な!? 何てこというのよアンタはぁ!!」

 

 

 小さい子供が大人っぽく振舞おうと背伸びする。同じように小さい身ちょ……失礼、小柄な体格の転校生も私は強い存在だとイメージさせるために、猫かぶりをしていたみたいだ。しかし知り合いである一夏は彼女の本当の性格や仕草を知っているために、やっていることがダサいとストレートに馬鹿にする。その一言で化けの皮がはがれたのか、小馬鹿にされたことに目を吊り上げフシャーと猫が威嚇するかのように捲くし立てる。

本人がどう思っているのか分からないが、少なくとも強キャラとしてこのクラスに定着させたかったのに、一夏のせいで台無しになったと。

 

……あれだな、せめて強キャラとして名を馳せたいのなら、今君の後ろにいるお方くらいの威圧感と存在感がないとな。

 

 

「あっ!?」

 

 

 刹那、石で殴ったのではないかと思えるほどの、拳で殴るにはおかしい音が鳴り響く。おかしい音とはいっても、実際に拳骨を作って殴っているのだから間違いはない。

うわー痛そうとか思いながらも、頭を押さえてその場でうずくまる転校生の様子を見守る。彼女自身は今誰に殴られたのか分かっていない状態だ。普通に考えていたらいきなり後ろから殴られるなんてことはない。

 

ただ良く考えてみれば、その人物が来てもおかしくない時間だと気づく。もうすでに登校時刻は過ぎている、だからいつ担任が来ても不思議ではない。そして問題なのはその担任が誰なのかだ。二組の担任が誰だか知らないけど、うちのクラスの担任は千冬さんで、SHRの時間に他のクラスの人間がこのクラスにいるのを許すはずがない。

 

先ほどまで雑談を楽しんでいた生徒があっという間に着席していくのを見れば、後ろに誰が来たのか、もう分かるはずだ。

 

 

「痛ったぁ~。急に何すんの……うっ!!」

 

 

頭を押さえながら、殴った人物に向かって強気な態度で向かっていく。しかしその殴った相手が誰なのか気付くと、その顔には明確な焦りの表情が浮かび上がってくる。

 

 

「もうSHRは始まっているぞ、いつまで油を売っている」

 

「ち、千冬さん……」

 

「織斑先生と呼べ。さっさとクラスに戻れ、邪魔だ」

 

「す、すいません……」

 

 

どうやら転校生も千冬さんの知り合いだったらしい。おぼつかない口調で千冬さんの名前を呼ぶと、その場から一歩離れて道を譲る。その様子はまるで蛇に睨まれた蛙のようだ。少しの間千冬さんの動向をオドオドしながら見守り、やがて我に返ると一夏に向かってさっきと同じように強い口調で伝言を告げた。

 

 

「また後で来るからね! 逃げないでよ一夏!」

 

 

無様なやられ役のようなセリフを吐き、その場を去っていった。

 

 

 

 

 

時は流れて昼休み。

 

勉学に励む中での数少ない小休止として訪れるこの場所は、多くの学生によって活気に満ちていた。昼までの長い時間を勉学に励めば、朝満たしたはずの胃袋もスカスカになる。特に男性という生き物は顕著で、朝腹一杯食べたとしても昼を迎える前には空腹感に襲われてしまう。早弁をすると一日四食、または五食という人間も多いのではないだろうか。

 

大きな空腹感に苛まれるが、いつも通り券売機の前に出来ている行列に並ぼうとする。程なくして列は進んでいき、いよいよ券売機の近くに来るのだが……。

 

 

「やっと来たわね! 遅いわよ一夏!!」

 

 

どこかで聞いたことのある声。視点をやや下にずらすとその声の正体が判明した。二組にやって来た転校生、凰鈴音。

食券を買っている子が買いにくそうにしていたのは、どうやら彼女のせいらしい。

よく見ると券売機の列付近に仁王立ちし、ものの見事に食券を買う人間の邪魔をしている。

 

 

「あー……一夏を待っていたのは良いけど、そこにいると買いにくいから横に避けていてくれると助かるんだが」

 

「あ、ご、ごめんなさい」

 

「大和の言う通りだぞ鈴、それなら普通に呼びに来てくれれば良かったのに」

 

「う、うるさいわね! アンタが来るのが遅いのが悪いんでしょーが!」

 

 

 券売機に並ぶ列から少し横にずれて、来るのが遅いと騒ぎ立てる凰。すでにその手には先に買ったであろう、ラーメンどんぶりが乗ったトレーを持っている。中身は言わずもがな、中華そばだ。

食べ物を買って待っているのはよく聞くけど、ラーメンを買って待っているのはあまり聞かない。そもそも持っているラーメンは麺が伸びているんじゃないかと心配になってくる。といっても、間違いなく少なからず伸びていると思うけど。

 

 

「私は先に席を取ってるから! 一夏もさっさと来なさいよ!」

 

「お、おう」

 

 

そう言うと、ラーメンを持ちながらズカズカと、食堂の奥へと歩いて行ってしまう。

何をあんなに慌てているのかと、俺の後ろにいる一夏は首をかしげて考えている。

 

 

「……何をあんなに慌てているんだ鈴は?」

 

「さぁな。まぁ、行ってやれよ。つもる話もあるだろう?」

 

「そうだな、会うのは中学生の時以来だし…… 」

 

 

 彼女との交友はどうやら中学以前からってとこか、なのに久しぶりに会うってことは転校したからだろう。初めのうちは何かしらあるのではないかと警戒こそしたものの、どうやら俺の思い過ごしらしい。

そんなことはさておき、これで三人目かと思うとため息を吐きたくなる。さっきの態度をみる感じだと、あの子も一夏に惚れているみたいだ。

マジでどこまで女性をときめかせる術を持っているのか、底が知れないモテっぷりに終始驚くしかない。

 

とりあえず、一夏にはカマをかけてみるとしよう。

 

 

「なぁ一夏。お前中学の時とかに告白されたこととかあるか?」

 

「え? 俺なんかがあるわけないだろ。精々買い物に付き合ってくれって言われるくらいだぞ。それもかなりの回数を」

 

「……」

 

 

 買い物に付き合ってくれってところには、もう突っ込まない。間違いなくそのうちの九割以上が、女の子の方が勇気を出した告白なんだと思う。それもかなりの人数が。

付き合ってくれの意味こそ合っているものの、解釈を完全に一夏は間違っている。そもそも女の子に、一対一の状況で付き合ってくれと言われて、何故買い物に付き合ってくれという解釈になるのか。

ある意味、常識はずれといっても過言ではないかもしれない。

 

その答えに唖然とする俺だが、一夏の後ろにいるセシリアと篠ノ之は複雑そうな表情を浮かべ、さらに後ろにいるナギや谷本は苦笑いを浮かべるだけ。

二人の表情が複雑なのは、簡単に一夏が告白を了承しないと分かった反面、自分のした告白を、全く別の意味でとらえられる可能性が高いと判断したからだ。ゴールの見えないマラソンをやらされているかのように、二人の表情は浮かないまま。

それに加えて、一夏と親しい関係を持つ女性の出現。恋する乙女の悩みは深い。

 

 

「……ってそれがどうかしたのか?」

 

「いや、何でもない。お前は強く生きればいいさ」

 

「はあ?」

 

 

絶対こいつはどこかで何かをやらかす気がする。一夏の将来が少し怖くなりつつも、無事に食券を購入して窓口に渡した。

 

 

 

無事に自分の昼食を購入し、凰の元へと向かう。かと言って、さすがに二人の邪魔をするわけにもいかないため、俺たちは二人が座る横の席で様子を伺うことにした。

篠ノ之とセシリアはすぐに行動できるように、一番右端と一番左端に陣取っている。

 

俺とナギ、谷本に布仏は真ん中付近に座って、二人と会話に聞き耳をたてている。俺たちは会話こそ聞くものの、あくまで食事を中心に考えているが、篠ノ之とセシリアは二人が変な気を起こさないように鷹の目を光らせている。

二人の食べ物は、様子が監察しやすいパンと飲み物という極めて質素な組み合わせだ。

 

周りからの監視が行われる中、一夏と凰の会話が始まった。

 

 

「しかしいつ日本に戻ってきたんだ? おばさんは元気か?」

 

「質問ばっかしないでよ。アンタこそ何IS動かしてんのよ。急にテレビに出てて驚いたわよ」

 

「ま、まぁ成り行きでな……」

 

「ふーん?」

 

「そ、それよりも、鈴が元気そうで何よりだぜ」

 

「あ、当たり前でしょ! アンタもたまには怪我か病気でもしなさいよ!」

 

 

 突っ込みがかなり過激な子だ。たまには怪我か病気でもしなさいって、どんな照れ隠しだ。ただ一夏と久しぶりに交わす会話がよほど楽しいのか、その表情には嬉しさが混じっている。久しぶりの再開に会話が弾む、彼女にとってこれほど嬉しいことはないだろう。

 

一方その頃、隣に陣取っている俺たちはというと、会話に耳を傾けながらも黙々と食事を取っていた。俺と篠ノ之、そしてセシリアを除いた三人も、一夏と凰の関係に少なからず興味があるものの、二人の会話を聞くだけに留まっている。

 

今問題なのは残った二人組だ。篠ノ之に至ってはつり目のまま眉間にシワをよせ、食い入るかのようにジッと二人の様子を監察している。同じようにセシリアもムッとした目付きのまま、マグカップに入っている紅茶を一気に飲み干していく。

紅茶のお湯はかなり熱いはずなのに、よく火傷しないなと感心するが、単に今のセシリアには多少の事を気にする暇は無いのだ。

 

 

どこまで会話が続いただろうか、ついに我慢の限界が来た篠ノ之とセシリアはバンッと机を叩きながら、ズカズカと二人の机に歩み寄っていく。

 

当然、篠ノ之とセシリアが何を思っているのか分からない二人は、ひたすら顔を見つめるのみ。

 

 

「一夏さん! そろそろ二人がどのような関係か、説明してくださいな!」

 

「そ、そうだぞ一夏! ま、まさかつ、付き合ってある訳ではあるまいな!!?」

 

「べ、べ別に私は……」

 

「そうだぞ、ただの幼馴染だ」

 

「……」

 

 

一夏の返答に、あからさまな不貞腐れた表情を浮かべる凰に対し、安堵の表情を浮かべるのは篠ノ之とセシリアペア。

まさか自分たちの知らないところで、一夏にも彼女がいたのではないかと内心ヒヤヒヤしていた二人だが、一夏の発言と凰の反応で、二人が想像していたものとは違うのが分かったようだ。

一夏がいくら鈍感だとしても、年相応の反応は見せるし、思わず見とれることもある。もしかして私たちに言わないだけで、実は彼女がいたと思ってもおかしくはない。

 

とはいえ、そこまでどストレートに言わなくてもと思ったのは、俺だけじゃないはずだ。

 

 

「な、何だ。ただの幼馴染みか……って幼馴染み!?」

 

「おう。そういえば箒はちょうど入れ違いだったな」

 

「入れ違い? まさか一夏が言ってた子って……」

 

「ああ。篠ノ之箒、俺のファースト幼馴染みだ」

 

「ふーん?」

 

 

 じっくりと観察するかのような目付きで、篠ノ之のことを見つめる。視線は上から下へ、そして一度胸の辺りでその視線が止まる。その視線がどこか羨ましげに変化したが、それもほんの一瞬で、再び表情を元に戻し、篠ノ之の顔に向き直る。

何気なく、転校生の上半身に目をやるが、篠ノ之と比べると確かにアレな気はした。そもそも篠ノ之と比べるのが間違いだったか、一組……下手をすれば全学年合わせてもトップレベルに出ているところが出ている。

篠ノ之本人がどう思っているのかは知らないが、少なくとも普通の女性からすれば、羨望の的になってもおかしくはなかった。

 

出ているところの話っていえば、千尋姉もそうだったっけ。いつもサラシを巻くときに苦しそうにしていたのを覚えている。曰く、下着をつけていても揺れると肩が凝り、うつ伏せになると苦しく、挙げ句の果てには着る服が無くなるらしい。

身長的な意味でのサイズは問題ないのだが、出ている部分のサイズに合わず、服選びに毎回苦労させられているとのこと。

 

 

「……これからよろしくね、篠ノ之さん?」

 

「ああ、こちらこそよろしくな」

 

 

 何気ない言葉でも、見ているこちらからすればトゲがある。これからよろしくというような友好的なものではなく、一夏は渡さないぞという警戒心丸出しのものだった。

互いを見つめ合う視線の間に、どこか火花が散っているのを確認できる。

ファースト幼馴染みとセカンド幼馴染みによる一夏の取り合いが、昼真っ盛りの食堂にて行われている一方で、二人の間に居合わせたセシリアは置いてきぼりを食らっていた。

 

二人のように、古くから一夏と知り合いというアドバンテージがないため、会話に混ざるタイミングを完全に失っている状態だ。ぐぬぬとでも言いたげな表情を浮かべ、会話が止まったところに切り込んで行く。

 

 

「んんっ! それとわたくしのことを忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん」

 

「……誰?」

 

「なぁっ!? 何故イギリス代表のわたくしをご存じありませんの!?」

 

「だって、他の国のことなんて興味ないし」

 

 

 哀れセシリア、せっかく話しかけたのに冷たくあしらわれてしまう。セシリアとしては、「アンタがあのイギリスの……」的な切り返しを期待していたんだろうけど、思いの外返ってくる言葉が違い、目尻をつり上げて反論する。

何だろうか此のやりとり、入学初日辺りにほとんど似たやり取りを見た気がするんだが……。

 

一夏の周りを取り巻く三人が騒ぎ立てているせいで、他の席に座っている子たちも、何事かとこちらの様子を伺っている。ただあまり騒ぎ立てられるのも、食事に集中出来ないからつらい。かといって、この状況を一夏に止めろと言っても無理だろうし、下手に発言すれば火に油を注いだように、取り返しがつかなくなるかもしれない。

 

一夏も何とかして止めようと考えている顔つきをしているが、何をどう止めてやったら良いのか、分からずに切り出せない。

 

 

「織斑くん、倍率高いよねー」

 

「ねー! それに取り巻きが全員幼馴染みか専用機持ちでしょ? 話しかけずらいよー」

 

 

隣の席で口々に言い合う谷本と相川。俺も谷本や相川の立場だったら、同じことを言っているだろう。一夏に異性的な興味を持っていたとしても、この状況下では話しかけられない。

俺も俺で今は別に放っておこうと思いつつ、自分の食事を黙々と続けていた。ちなみに今日の昼食はとろろ丼と蕎麦のセットだ。セットだから少し値が張るのではないか、と思う人もいるかもしれないが、価格に関してもかなりリーズナブル。どちらとも大盛りにしてもワンコイン以内でおさまるたま、お腹も財布も非常に満足できるメニューだ。

 

ご飯にかかっているとろろは、山芋ではなくて大和芋……俺じゃなくて、芋の名前な。

しかも冬と違って、大和芋の値段も安い訳でもないのに大量にかけられている。これは嬉しいサービスだ。

 

セットメニューに舌鼓をうちつつ、昼食を進めているが、あまり食べることに夢中になりすぎるのもあれか。

 

 

「んぐっ……アレだな、あそこまでモテると天才的な才能だと思うわ」

 

「だよねー、織斑くんって家事も出来るんだよね? それに顔も性格も良いんだもん。非の打ち所がないよ……」

 

「むしろ婿じゃなくても、嫁に貰いたいくらいだもん!」

 

 

実際千冬さんがほとんど家に戻らないから、すべての家事を一夏がしていたらしいし、織斑家での一夏のポジションは主婦と言っても良いだろう。

一夏から聞いた話だが、千冬さんの家事スキルは悪い意味で凄まじいものらしい。というのも、若くから一夏を養うために働いていたため、必然的に家事をする機会が無かったそうだ。

 

そりゃ家事も上手くなる。天は二物を与えずなんて言うけど、どう考えても二物以上与えている。

 

 

「あ、でも大和くんも料理作るって言ってたよね?」

 

「おう。こっち来てからはまだ作ってないけど、家じゃ結構作ってたかな」

 

「え、何それ初耳!!」

 

「いやいや、相川! 自己紹介の時に言ったから、趣味と特技は料理だって」

 

「あれ? そうだっけ?」

 

 

 自己紹介の時に自分の趣味も特技も言ったはずなのに、完全に忘れられていたことに少々ショックを受ける。ただあの時はあの時で、色々あったしな。その色々の大半がセシリア関係のことだったのはあれだけど。そう考えると忘れてしまっても仕方ないのかもしれない。

覚えていない子もいる中で、覚えていてくれたナギはさすがと言ったところ。嬉しくて涙が出そうになる。

 

 

「きりやんの料理も食べてみたいな~。ねーねー、いつ作ってくれるの?」

 

「そうだな、とりあえずいつでも良いぞ。ならクラス対抗戦の打ち上げみたいな感じでどうだ?」

 

「おぉ、それいいねぇ! じゃあそうしよう!」

 

「「おおー!」」

 

 

 こっちはこっちで、クラス対抗戦の打ち上げのことで盛り上がりを見せている。以前食堂で特に仲の良い三人と知り合った時に、機会があったら手料理を作るという約束をした。

具体的なプランを立てることが無かったため、結構な期間が空いてしまったが、約束自体はきっちりと覚えている。

このままずるずる行くと一度も作らずに終わりそうだし、期間を決めて作るのが、最も効率的かもしれない。自分の作ったものに喜んでくれるのなら、俺としてもこれほど嬉しいことはない。

 

賑やかに予定をたてている女子陣から目を離し、再び一夏たちの方に状況を確認するために視線を向ける。

 

 

「くうぅ! あなたなんかには絶対に負けませんわ!!」

 

「あっそ、でも戦ったらあたしが勝つわよ? だってアンタなんかより強いし」

 

「きいぃぃ!! つくづく堪に障る言い方をしますわねっ!!」

 

 

視線を戻して状況確認は終了、少なくとも先ほどよりは間違いなく、状況が悪化していた。あーいえばこーいうといった、互いに一歩も譲りませんといった状態で、むしろ取っ組み合いの喧嘩になっていないだけマシだというものか。

 

セシリアと凰はどちらもプライドが高くストレートな物言いをするが、その後の行動は対称的だ。セシリアはストレートに物言いをするが、どちらかというと言いくるめられやすいタイプ。逆に凰の方はストレートな物言いをする上に、言葉の一つ一つにトゲがあり、更に物怖じしないタイプ。相性で言ったら、間違いなくセシリアの方が分は悪い。

 

しかし凰も随分とはっきり物言いをするのな。裏表が無い分仲良くなれば長続きしそうだけど、敵を作りやすいっていうのも大方間違い。

 

いつも通りキーキーた騒ぎ立てるオルコットを無視し、凰は一夏へと話しかけていく。

 

 

「そんなことより、ねえ一夏?」

 

「ん、何だ?」

 

「アンタクラス代表なんだってね。良かったらあたしがISの操縦見てあげよっか? も、もちろん一夏が良ければだけど」

 

「え?」

 

 

 一夏に恥ずかしがりながらもISの指導役を買ってでる凰、本人からしたら少しでも一夏と二人っきりになれる時間が欲しいのか。篠ノ之とセシリアの反応を見れば、二人が一夏に好意を寄せているのは一目瞭然。

いくら誤魔化そうとも態度でバレバレだったりする。凰もその事に気付いているはず。

無論、篠ノ之とセシリアは、皆にはバレていないと思っているみたいだが、こっちからすればそんなんで隠してると思っているのかと突っ込みたくなるほど。

 

何気なく約束を取り付けようとするが、篠ノ之とセシリアが許すはずが無い。

 

 

「一夏に教えるのは私の役目だ! 一夏ともそう約束をした!」

 

「それに、あなたは二組でしょう!? 敵の施しは無用ですわ!!」

 

「あたしは一夏に言ってんの。関係ない人たちは引っ込んでてよ?」

 

 

 虎と竜、風神と雷神、表現をあげるのならキリがないが、どちらも引かない混沌とした状態が展開されている。

 

本人たちからすればかなり重要なことかもしれないが、他の食事と会話を楽しみに来ている学生からすれば、迷惑きわまりないことこの上ない。三人が騒ぎ立てているせいで、周りの学生たちは会話が聞き取りにくいし、逆に静かに食べたい子からすればただの騒音にしか聞こえない。

 

食事は楽しく喋りながらとったりするけど、周囲に迷惑をかけながらするものでもない。事態の沈静化をするべく、俺は自分の席を立ち上がる。

 

 

「え、どうしたの大和くん?」

 

「ちょっと止めとこうと思って。さすがにここまで来ると周りが……な?」

 

「あ、アハハ……確かに三人ともやりすぎかもしれないね」

 

「頑張ってね霧夜くん!」

 

 

すぐ戻ると相槌をうった後、自分の席を離れて隣の席までやってくる。本来なら席に近付く人間がいれば気付きそうなものだが、三人は全く気付かないままいがみ合っている。如何に周りが見えていない状態にあるのかがよく分かった。

 

 

「はい、そこまで! あんまりうるさくすると周りの人にも迷惑がかかるだろ?」

 

「う……き、霧夜」

 

「大和さん、確かにそうですが……」

 

「何よ! 今アンタに気にかけている暇はないの! 下がってて!!」

 

「おいおい、酷い言われようだな……」

 

 

 俺の介入によって納得がいかないながらも、押し黙った篠ノ之とセシリアだが、凰はまだ周りが見えていないのか、今度は標的を俺に変えて一気に捲し立てる。

ここで強引に黙らせるのも一つの手段と言えば手段だが、それをやってしまうと完全な威圧になるため、あまりやりたくはない。本気で敵意を向けてくる人間ならまだしも、周りが見えていない人間に対してやることでもない。

 

ここは外的に無理やり黙らせるより、穏やかに黙らせる方が相手を下手に刺激することもなく、互いに嫌な思いをしなくても済むし良いだろう。

 

 

「なぁ、一夏。一個聞きたいんだけど良いか?」

 

「お、おう。何だ?」

 

「……一夏ってやっぱ、おしとやかで落ち着いた女性の方が良いよな?」

 

「「!!?」」

 

 

 案の定、その一言で敵意むき出しだった凰は黙りこんだ。それどころか篠ノ之やセシリア、周囲の騒動に全く関係ない人たちまでこちらを向いている。一夏の好みの話だ、この学園で少しでも一夏に興味がある子なら、間違いなく食いついてくる。

それは凰も同じで、威嚇している猫のような表情は消え、今では俺の問いに対する、一夏の回答を大人しく待っている状態。

 

しかし問題はここからだ。

 

一夏が肯定をしてくれたなら、このまま穏便に事を済ますことが出来る。逆に否定をしたら凰に睨まれるのは必然的。それどころか騒動が酷くなる可能性だってある。

 

さぁ……どっちだ?

 

 

「確かにそうだな。落ち着いている女性って何もしなくてもひかれるし」

 

「おっ、一夏もそう思うよな! ……だってよ?」

 

「う……わ、分かったわよ!」

 

 

一夏の答えに付け足すように、凰へ軽くウインクを飛ばす。すると完全に興が覚めたのか、ぶー垂れながらも席に着席した。あまりこのような手を使いたくは無かったのだが、これ以外に良い案を思い付くことが出来なかった。

 

しかし想い人の効力は絶大。先ほどの雰囲気は鳴りを潜め、少しだがおしとやかにしようとしているのが分かる。でも凰がおしとやかにしているのを見ると、どうにもキャラが違う感じがする。

篠ノ之やセシリアは容姿や元の雰囲気が伴って、凄くマッチングするのがイメージ出来るのだが、どっちかと言うと天真爛漫な元気っ子タイプの凰だと、おしとやかなイメージが出来ない。

 

何気ない想像をしていると、ふと凰と目線が合う。

 

 

「な、何よ?」

 

「いや、何でもないぞ」

 

「に、似合わなくて悪かったわね!」

 

「そこまで言ってないって!」

 

 

 女の子の勘ってどうしてこうも鋭いのか、たまに怖い時がある。顔に出ていたのかもしれないが、思っていたことよりも事実を大きくされると俺としても納得はいかない。俺は凰にはおしとやかにしているイメージが湧かないと思っただけで、似合わないとは思っていない。些細なことで下らぬ問答をしていると……。

 

 

「げっ、チャイム鳴っちまった……」

 

 

 そうこうしている内に、いつの間にか昼休み終了のチャイムが鳴ってしまった。

 

 

「じゃあ一夏! 放課後空けといてよ?」

 

まるで何事も無かったかのように、凰もその場を去っていってしまう。食事をしていた生徒たちも、次々に自分の食べ終えた空の食器を片付けて、食堂から去っていく。

それは俺と共に昼食をとっていたクラスメイトたちも同じであり、すでに席に残っているのはナギだけだった。

 

すぐに戻ると言っといて、なかなか戻れなかったのに、わざわざ待っててくれたことに感謝しつつ、俺も自分の座っていた席に戻って片付けを始める。

昼食こそとれたが、いざこざに巻き込まれたせいで、休んだ感じがしない。

 

 

「ごめんな、待たせちゃって」

 

「ううん、平気だよ♪ 早く教室に戻ろう?」

 

「ん、了解」

 

 

昼休みだというのに、身体が疲れるといった貴重な体験をしつつ、俺は教室へと戻った。

 


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