「疲れた……」
「わ、悪い大和」
グラウンドの穴埋めを始めて二時間くらいが経っただろうか、ようやく穴を埋め終えて更衣室に戻ってきた。すでに日は暮れて空は夕焼け空、その中をISスーツで穴を埋める男二人の姿は何とも異様なものだったに違いない。願うのならば二度と同じことがあってほしくないものだ。
更衣室のロッカーを開き、中からハンドタオルを取り出して顔についた汗と土埃を拭う。部屋に戻ったら一度シャワーを浴びて身体中の汗を流したいところ。ハンドタオルを鞄の中へと仕舞い、黒い半袖のインナーを取り出す。ISスーツの上着だけを脱いでインナーに着替えた後、下も学校の制服に素早く着替えた。
もう授業は終わっているし、まだ暑いから上着は羽織らないでおこう。下手に羽織って汗だくになったら嫌だし。とりあえず俺の着替えはこれで終わり、後は一夏が着替え終わるのを待つだけだった。
「うっし! 着替え終了。まだか一夏?」
「ああ、もう少しで終わるから……よし、俺も終わった」
「んじゃ、帰るか」
「おう!」
一夏が着替え終わったことを確認して、共に更衣室を出る。この更衣室を使っているのは男性である俺と一夏だけのため、それ以外の女性が近付くことはほぼ無い。
と思っていた矢先、更衣室を出た先に待っていたのは一組のクラスメイトたちの姿だった。
「織斑くん、霧夜くん!」
「あのさぁ、ちょ~っと聞きたいんだけど」
「この後暇? 放課後暇? 今日暇?」
凄いな、暇の三段活用だ。
ボケたところで本題に入ろうか、質問内容は俺たちの放課後のスケジュールを聞くものだった。はて、何か企画してくれているのか。
「俺は大丈夫だよ。一夏は?」
「俺も問題ないぞ。何かあるのか?」
「ん~と、まだ秘密♪」
笑いながら人差し指を自分の口元に添える姿が、何とも小悪魔らしい。
引き続いて夕食の後の時間を開けてほしいとのこと。何を企画してくれているのか何となく想像はつくものの、ここで口に出すのは野暮というもの。
「じゃあ、そういうことだからよろしくねー!」
「あっ、ちょっと!」
バタバタとその場から去っていく女の子たちに手を伸ばして、立ち尽くす一夏。結局彼女たちが何を聞きたいのか分からなかったらしい。一夏からすれば勿体振らずに教えてほしいみたいだが、彼女たちからすれば少しでも驚かせたいのが本音だ。
というより今の一夏の姿、端から見たらフラれた男が 女の子を未練がましく追う姿にも見える。そんな姿のまま顔だけを動かし、俺の方を向く。
「一体あれ、何だったんだ?」
「さぁな。まぁ夕食後に分かるみたいだから、いいんじゃないか?」
「うーん……そうだな、まぁいいか」
一夏があまり深く勘ぐらない性格で助かった。とにかく、どんなことをしてくれるのかマジで楽しみだ。期待に胸を膨らませつつ、帰路へつこうとするのだが、ふと一夏が何かに気になったのか、俺の手元を見ながら話しかけてきた。
「そういえば大和、お前鞄はどうするんだ? 俺は今から取りに行こうと思うんだけど……」
「俺はさっき連絡いれて回収してもらったから、このまま帰って大丈夫なんだなこれが」
「うげっ、マジかよ!?」
どうやら一夏は鞄の回収を誰にも頼んでなかったらしい。てっきり俺も一緒に取りにいくものだと思っていたのか、一夏の表情が落胆の色に染まる。俺は一夏が用具を取りに行っている間に、鞄を回収してほしいという文面の連絡をしていたから、取りにいく必要はない。
知り合いの中でも、特にしっかりしてそうなナギと鷹月に連絡したら、ものの数分で後で届けるとメールが返信されてきた。
実際文面には、後で回収するから外に出しといて欲しいと打っただけだった。ただそれじゃ誰かに持っていかれるかもしれないとのことで、二人が善意で持ち帰ってくれたわけだ。後でちゃんとお礼を言っておかないとな。
「それじゃあ、一旦別行動だな。夕食の時に落ち合うってことで」
「分かった、後手伝ってくれてありがとな!」
穴埋めを手伝ったことを感謝すると、そのまま学校の方へと一夏は走っていった。走り去る一夏の後ろ姿を見送りながら、俺も寮に向かって歩き出す。
と同時に、ポケットに仕舞ってある携帯電話が振動し始めた。振動するのはマナーモードにしているからだが、学校にいる時以外でも俺はマナーモードのままにしている。
肌身離さず持っているため、振動だけで反応が出来るからだ。逆に着信音ありにしていると、突然鳴られた時にビックリする。その時に身体がビクつくのを、他の人間には見られたくはない。
後もう一つ個人的な理由で、どっかの誰かさんからのイタズラを防ぐためだ。以前やられたときは周りに誰もいなかったから良かったものの、誰かのいる前でやられたら大恥どころでは済まない。
特にここは周りに女の子しかいないから、やられた瞬間に俺の学生生活が終わりを告げる。
ただハッキングで遠隔操作するって言ってたから、このマナーモードも気休めにしかならないだろう。マナーモードに設定する理由を話したところで、誰から連絡が来たのかを確認しようか。
携帯画面を開くと、ディスプレイの真ん中にメールが届きましたという文字が表示されている。メールアイコンをクリックし、フォルダに飛ぶとそこには布仏本音という名前が表示された。
名前の下には『今どこにいるの~?』というタイトルが書かれている。連絡が来たってことは、もしかして長時間俺のことを探しているのかもしれない。
これだけでは判断しようが無いため、俺はより深く内容を知るために、そのメール自体をクリックした。
「えーっと、何々?」
"夕食前に皆できりやんの部屋に遊びに行こうと思うんだけどいいかな?
きりやんが部屋に戻り次第行くから、折り返しよろしくね~♪"
俺のことを現在進行形で探している訳ではなく、遊びに行きたいけど部屋に戻っているか分からないから、メールを送ったってところか。
むしろメールで先に確認してくれて助かった。もし部屋に行ったけど居なくて探し回られてたら、俺としても申し訳ない気持ちになってしまう。
とりあえず折り返し連絡してくれとの事だし、早く返信するとしよう。
メールの編集画面を開き、今帰ってるところだから後二十分後くらいに来て欲しいと打ち込み、超スピードで返信した。返信すると同時に地面を蹴り、ほぼ全力に近い状態で走り出す。
ここから寮まで歩いて十分ちょっと。帰ってからシャワーを浴びて、身だしなみを整えるには何分かかるかをその場で計算していく。
……計算完了、単純計算で十分以内に寮に帰らないと厳しいということが発覚した。
「あんま待たせるわけにもいかないしな。仕方ない、ちょっと急ぐか!」
ちょっとしたトレーニングだと思えば何てことはない。そう思いつつ、走るスピードそのままに、俺は寮に向かって猛然と駆けていった。
寮に戻ってからのことを簡単に振り返っておこうと思う。
素早く行動したことが功を奏し、無事予定の時間内にやることを終えた。本当に気持ちのいいくらいのダッシュだったからな、学校から帰宅するためだけに全力ダッシュする奴は俺くらいなものだろう。
自分が思い描いたスケジュールで、事が進んだときほどの快感はない。最後に転けなければだが。
……シャワーを浴びるまでは良かったものの、何がどうしたのか替えの服が無い。どこに仕舞ったのかと探したものの、いつも置いてある引き出しの中にも無かった。
渋々ワイシャツだけ変えて、ズボンも制服のものを履いている。俺の服は本当にどこへ行ったのか、いつも同じところに置くはずなのに、引き出しを開けると完全にもぬけの殻だった。その周辺や他の場所も探したけど無いものはない。
結局俺の服は見つからないまま、布仏達が部屋に来てしまったために、探す作業を中断した。そもそも何で部屋着が一式無くなるのかという話だが、それに関しては俺も聞きたい。マジでどこに行ったんだ……。
布仏達が来たのに、いつまでもうだうだやってても仕方ないので、気分を切り替えて夕食までの時間を有意義に過ごさせてもらった。
トランプやったりだとか、くだらない世間話に花を咲かせたりだとか、いかにも学生らしい過ごし方をしているうちに、あっという間に夕食の時間となる。
そして……。
「織斑くん、クラス代表就任おめでとうー!!」
「「おめでとうー!!!」」
「へ?」
数回に渡って鳴り響くクラッカーの音と共に、それは開始された。クラッカーの中からまったカラフルな紐状の紙が俺や一夏の頭に乗っかる。
夕食のピークを過ぎているとはいえ、それでもまだまだ多くの人間がいる中、食堂の一角を陣取る一年一組の団体。その一角にはでかでかと『織斑一夏、クラス代表就任パーティ』と書かれた、横断幕まで設置されている。この短期間でよく用意できたなと、思わず女の子の行動力に圧倒されてしまう。
席のど真ん中に座っている一夏は、状況が未だに飲み込めずに呆気にとられている。おいおい、折角皆が開いてくれたのにその反応は無いんじゃないか一夏。まぁ目隠しされて連れてこられて、いきなりパーティっていってもしっくり来ないだろうけど。
机の上には数々の飲み物と料理が並べられている。それを取り囲むかのように一組のメンバーが勢揃いしている。上座ポジションに一夏が座っていて、一夏の右隣にセシリア、左隣に篠ノ之が座っている。ニコニコと隣に座れて感無量と言わんばかりのセシリアとは対称的に、篠ノ之は仏頂面をしながらストローを使ってオレンジジュースを飲んでいる。
俺はというと篠ノ之の左隣に座っている。就任パーティが始まってからずっと篠ノ之が不機嫌な状態のため、隣にいる俺もどこか気まずい。
「織斑くんおめでとう! クラス代表として、これから頑張ってね♪」
「織斑くんと霧夜くんの戦っているところ、凄くかっこよかったよ!」
「クラス対抗戦も頑張って!」
「霧夜くんに至っては勝っちゃうなんてね~、代表候補生相手に凄いよ!」
席に座っているのだから当然周りは女の子に囲まれている。右隣は篠ノ之だが、俺の左隣はナギと布仏。セシリアの隣は谷本と相川、両手に華とはまさにこの事だ。
立っている子からも口々に賞賛を受け、苦笑いを浮かべながら受け答える俺と一夏。
「人気者だな、一夏」
「いや、これがそう見えるか?」
「ふんっ!」
一夏の返答に目もくれずに、篠ノ之はプイと横を……つまり俺の方を向く。嫉妬というのは怖いもの、これが大事にならないように祈るばかりだ。
「あ、居た居た! 織斑くーん!」
「ん?」
パーティが始まるや否や、カメラを持って、眼鏡をかけた一人の女性が輪の中へ入ってきた。他クラスから何かを聞きに来たのかと思ったがどうやら違うみたいだ。一年生が付けているリボン及びネクタイの色が青色なのに対し、その女性が付けているリボンの色は黄色だ。つまり楯無さんと同じ二年生ってことになる。
一夏の前に立つと右手に持っていた名刺を差出して、自己紹介を始めた。
「こんばんは、新聞部です! 織斑一夏くんでいいかな? 私は副部長の黛薫子です! あっ、これ名刺ね!」
「は、はぁ。どうも」
にこにこと笑顔を崩さないまま、一夏に名刺を手渡した。状況がまだイマイチ飲み込めていないのか、一夏の返事はどこかおぼつかない。
相手が体育会の先輩だったら一夏の態度は大目玉もの、はっきりしない一夏の返事にも、嫌なそぶり一つ見せない黛先輩。
新聞という単語を聞けば誰もがいい思いを持たない。俺たちが抱く新聞のイメージは新聞勧誘が大半だろうし、一度染み付いたイメージはなかなか払拭出来るものじゃない。
二人のやり取りを見ていると、振り向いた黛先輩と目があう。すると一夏にしたのと同じように、自分の名刺を差し出してきた。
「君が霧夜大和くんだよね? はじめまして、新聞部の黛薫子です! はい、これ名刺ね♪」
「あっ。ありがとうございます」
「霧夜くんが代表候補生に勝ったって噂は、特に有名だから今日は色々お願いね?」
「そうなんですか? まぁ答えれる範囲なら良いですよ」
先日セシリアに勝ったという噂はあらゆる学年の間で広まっているらしい。実際にあの時はアリーナに大勢の人が集まっているから、他学年の人間がいてもおかしくはない。昨日今日でここまで広まっている現実を知ると、改めて女の子の噂の凄さを見せつけられた気がする。
噂の凄さは良いとして、代表候補生に勝ったという単語が飛び出した瞬間に、俺の右側から物凄く不機嫌な視線が当てられる。
視線は言わずもがな、セシリアだ。何だかんだ言ってもあの時負けたことは、本人にとっては相当悔しかったらしい。ムッと口を結んで頬を膨らませて抗議してくるが、俺にはどうしようもない。あそこまで上手く行くなんて俺も思わなかったんだから。
というわけで気にしない気にしない。
「じゃっ、早速織斑くんからインタビューってことで! ズバリクラス代表になった感想をどうぞ!」
「え、えぇ!?」
テープレコーダー片手に早速一夏に質問を飛ばしていく。一方の一夏は質問をされることなど微塵も考えていなかったのか、ただただ慌てふためいている。
正直なところ、アポなしで来られて質問されても答えられないよねって話だ。黛先輩も一刻も早くインタビューしてみたいという、新聞部の血が騒いだんだろう。
冷静に考えれば、世界でたった二人しかISを動かせない男性が、二人ともこの場に居合わせているわけだし無理もない。
IS学園に入る前には、当然マスコミや新聞社が一夏の家に行ったんだろうけど、完全にシャットアウトしていたみたいだし、俺は俺で自分の住所自体を特定させなかった。
ガードが固かった操縦男性二人がすぐ近くにいて、その日常生活を追うことができる。新聞部からすれば食い付かない手はなく、むしろ全国のメディアが欲しがる情報でもある。
急な質問で悩んでいた一夏だが、途切れ途切れおぼつかない口ぶりながらも、質問に答え始めた。
「えと……まぁ、頑張ります」
「えぇ~、なにそれ!? もうちょっと良いコメントないの? 俺に触ると火傷するぜ的な!」
「自分、不器用ですから」
「うわっ、前時代的!」
最初の返答に納得がいかず、もう一捻りと質問して、再び返ってきた返答もテンプレ過ぎで、黛先輩からすると面白くないみたいだ。急に聞かれたことに対する回答としては及第点だけど、相手は新聞部の副部長。面白味のない回答に納得するはずがない。
一夏の解答に不満げな表情を浮かべながら、メモ帳にものすごいスピード何かを書き込んでいく。
「じゃあ良いや、そこについては適当に捏造しておくから」
新聞って真実を伝えるために発行するのに、そんな適当でいいのかと思ったのは俺だけじゃないはず。一夏の表情も、だったら聞かなくても良かったんじゃみたいな顔になっている。
もちろんジョークをきかせた新聞を好む人もいるけど、折角聞きに来たのにわざわざ捏造するのはどうなんだろう。でも新聞を書く方としては、面白味のある新聞を書きたいみたいだな。
一ページにびっちりとメモを書き込んだ黛先輩は、ページをめくって新しいページを開き、今度はセシリアの方へと向いた。
「じゃあ、次は現役代表候補生のセシリアちゃんにも何か一言お願いしようかな!!」
「こういったコメントはわたくしあまり得意じゃありませんが……」
得意じゃないと言いつつも、何故かわざわざ腰に手を当てて優雅に立ち上がった。真面目に答える気満々だろと突っ込みたいところだが、ここはあえて見守っておく。……後、ずっと気になっているんだけどそのポーズは日常の一環になっているんだろうか?
イギリス貴族としての上品さを出したいんだろうけど、そんなことをしなくても十分に気品の高さは分かるっての。
「まずは何故、わたくしたちがクラス代表を争ったかですが……」
そこからか。セシリアのインタビューだけ何だか長くなりそうだ。
……などと思っていると。
「あ、やっぱ長くなりそうだからいいや。適当に捏造しておくから」
「ちょっ、質問したのにそれは無いでしょう!? 最後までお聞きなさい!」
黛先輩も同じことを察したのか、セシリアがクラス代表決定戦について語り始める前に、強引に話をぶった切った。無論オルコットが納得するするわけもなく、キーキーと捲し立てて、机に手を置きながら黛先輩に迫っていく。
一夏と比べると扱いが真逆なのは、代表候補生は毎年入ってくるけど男性は毎年入らないからだろう。何回もインタビューをしている経験からか、セシリアを扱う手つきも慣れたもの。
目の前で騒がれているのに、ペンを走らせる手が止まることは無かった。
「まぁまぁ。じゃあ、織斑くんに惚れたってことにしておくから」
「な!? な、ななな……」
捏造する気で言った何気ないジョークだったんだろうけど、その理由は完全に正解だと気付くのにそう時間はかからなかった。
先ほどまで騒ぎ立てていたセシリアも、言葉にならない言葉を発しながら顔を真っ赤にしていく。
何故自分が一夏に惚れたことを知っているのかと、疑問と混乱が混ざりあって黙ってしまった。当然、黛先輩はセシリアが一夏に本気で惚れていることなど知る由もない。
「何をバカなこと言っているんですか、そんな訳無いですよ」
「えー? そうかなぁ?」
「そ、そうですわ! 一夏さんに代表を譲った理由は、経験を積んでほしかったからですわ!」
さすが朴念神一夏、さらっと自分に惚れていることを否定した。
セシリアの態度の変わり様を見れば、分かりそうなものだけど……一夏だから仕方ないか 。本人に聞いても、俺なんかを好きになる子なんていないだろとか言いそうだし。でもセシリアにとっては、折角アピールするチャンスだったというのにもったいないな、肯定しとけとば一夏も気付いたかもしれないのに。
一夏とセシリアの顔を交互に見ながら、ペンを走らせる黛先輩だが、メモの書き取りが終わるとやがてターゲットを俺に定めた。
「まぁそこはいいとして……じゃあ霧夜くん! 準備は出来てるかな?」
「あ、はい」
物凄く期待を込めた黛先輩の眼差しが見つめてくる。このトリをつとめる人間が、最も期待される風潮は何なんだろうか。
一夏とセシリアにインタビューしている間に、気持ちの整理こそついたものの、何を聞かれるか分からないために何をどう答えるのかまでは考えていない。
とりあえず黛先輩に、当たり障りのないように答えることにしよう。
「まずはセシリアちゃんに勝ったのに、クラス代表を織斑くんに譲った理由について!」
「そうですね……一夏の強い意志と目標を叶えてやりたいってのが一つの理由ですかね」
「なるほど、ちなみにその織斑くんの強い意志と目標って何かな?」
「んーちょっと言いにくいですけど、男の生きざまってやつです」
「くぅ~! 男の友情っていいねぇ! 記事にする価値があるよ!」
俺の回答がお気に召したようで、笑顔を浮かべながらペンを走らせていく。
男の友情ってほどでもないけど、本人が強くなりたいって言うならその機会を譲ろうというのは確かにあった。後は自分がこれ以上任せられたら、一番大事なことが疎かになるっていうのも理由の半分以上を占めるけど。
俺のインタビューメモを書き終えた黛先輩は、再び俺の方を見てインタビューを続ける。
「それじゃあ一言、これからの意気込みとかお願いします!」
テープレコーダーを手に持ち、それをより俺の近くへと寄せてくる。
「意気込みですか?」
「うん! たくさん喋ってくれた方が私としては嬉しいかな!」
「そうですね……」
相変わらず黛先輩の目はキラキラしたままだった。そこまで期待されると、ハードルが上がるなぁ。
さっきまでさほど意識していなかったが、期待しているのは黛先輩だけではないことに気が付く。このパーティに参加しているクラスメイトや他の席で食事をしている子たちまで揃って耳を立てているではないか。
おいおい、マジでそこまで期待されても俺は困るんだが……。なんて言ったところで後戻りが出来ないのは事実、考え付いた文字の羅列を頭の中で並べ替えていく。
「一年一組、霧夜大和です。この学園に入った以上、学園最強を目指してやっていくつもりです。学園の皆はライバルであり友! そう思っているんでこれからよろしく頼みます」
普段のテンションから、二段階くらいぶっ飛んだテンションになったけど、これはこれで良いか。
周りが期待しているなかで当たり障りのない、平凡すぎることを言ったら、何それ的な視線を向けられるのは必須。なら勢いに任せて一気に言った方が良い。
全員が全員、俺たち男のことをよく思うのは無理かもしれないけど、言うだけならタダだ。
と、言い切ったところで改めて、黛先輩の方へ向き直る。するとテンションに身を任せて言ったのが功を奏したのか、満足そうな笑みを浮かべる黛先輩の姿があった。
「ん~もうちょっとインパクト欲しかったけど、これはこれでいっか♪ ありがとね! 早速新聞作成に取り掛からなくちゃ!」
喜んでもらえて何よりです。さて、インタビューは一通り終わったものの今度は黛先輩が持っていたカメラをこちらに向ける。
「それから最後に、三人の写真を撮らせて貰っても良いかな?」
「え、俺たちのですか?」
「うん! やっぱり写真がなきゃ記事も映えないしね~!」
「あ、あの! その写真はもちろん頂けるんですわよね!?」
「もっちろーん♪」
言われてみればカメラを持っているのに、まだ一枚も撮っていなかったな。セシリアは写真を貰えると知り、嬉々としてその場に立ち上がる。
どのような形で撮るのかを伝えられていないのに、セシリアの立ち上がるのが早いこと。嬉々としているセシリアとは違い、篠ノ之は相変わらずの面白くなさそうな表情だ。俺たちがインタビューを受けている最中も、ムスッとした表情が変わることは無かった。
「じゃ、三人とも並んで立ってもらって良いかなー? あっ、手なんか合わせてくれるとなお良いね!」
黛先輩がそう指示すると俺と一夏も立ち上がり、真ん中に向かって手を差し出す。
一番下に俺が手を置き、その上に一夏とセシリアの順に乗せていった。
俺が手を一番下にしたのは、俺なりに空気を読ませてもらったと言っておく。
準備が整ったことを確認し、再び黛先輩からの声がかかる。
「織斑くんはもっと笑って! じゃ、撮るよー! はーい!」
カメラのシャッター音と共に、俺たちの回りには多数の人だかりが現れた。それも写真を撮るほんの一瞬の隙にだ。
その人だかりとは、一組のクラスメイトたち。それぞれが笑顔やポーズを決めて写ろうとしているところを見ると、完全な確信犯だったことが伺える。
その中には篠ノ之の姿もあった、しかも覆い被さった三人の手を隠すかのように俺たちの真っ正面に。
「何故全員入ってますのー!?」
セシリアは折角のチャンスを逃したことに、邪魔されたと両手を突き上げて抗議する。セシリアからすると邪魔されたと思うかもしれないけど、俺としては記念撮影みたいで良いと思う。
「まぁまぁ、セシリアだけ抜け駆けはないでしょ♪」
「クラスの思い出になっていいじゃん♪」
「うぅ~……」
納得がいかないと抗議をするものの、まさか自分が一夏のことを好きだと言える訳もなく、結局クラスメイトたちに言いくるめられてしまう。
写真を撮り終えた黛先輩は、またよろしくねと満足げに早足で食堂を去っていった。その後は無事にパーティが進み、普段あまり話さないクラスメイトと会話をしたり、写真を撮ったりして過ごした。
一夏のクラス代表就任おめでとうパーティという名目ではあったが、こうしてクラスメイトとの仲を深める機会を作ってくれたことに感謝したい。
楽しい時間は、思っている以上に早く過ぎ去ってしまうもの。
現在の時刻は二十一時、パーティが一段落し、寮の廊下を自室に向かって歩いていた。いくらどんちゃん騒ぎだったとはいえ、寮の規律は守らなくてはならない。
もし規律を破れば、寮長からキツイ説教が待っているからだ。さらにその寮長が千冬さんともあれば、誰も規律を破ろうなんて思わないだろう。消灯の時間は二十二時と決められており、それを守らなければ地獄を見ることになる。もちろん部屋にさえ入っていれば良いわけではなく、部屋に入っても騒いでいれば処罰の対象になる。
ようは消灯時間以降は、部屋で大人しくしていろということだ。一時間前にパーティが終わったのも、女の子は女の子で色々と忙しいから。風呂に入って髪の毛を乾かすだけでも、かなりの時間を費やす。
パーティが終わると、名残惜しそうな表情を浮かべる子も多かったが、楽しい時間は短いからこそ楽しめるもの。また今度何かあったときに盛大に楽しめば良い、その繰り返しだ。
さて、パーティが楽しかったことは良いとして、まだ一つ俺の中では解決していない案件がある。
「俺の服……マジでどこに行ったんだ?」
楽しさのあまりすっかり忘れるところだったが、冷静に考えてかなり重要な問題だったりする。
何故そもそも服がなくなるかという話だが、いくら考えたところで分かるものでもない。分かるのはこのままではワイシャツで一夜を過ごすことになるということだ。
仕事に疲れて布団に倒れ込むサラリーマンじゃないんだから。と突っ込みたいものの、自分がその状態になる危機に直面しているから言いたくない。
「とりあえず部屋に入ったら、もう一回確認してみるか」
気がつけば自分の部屋の前まで来ていた。考え事をしていると周りが見えなくなる上に、目的地までの距離が異様に近く感じる。
鍵を取り出して惰性のままに鍵穴に鍵を差し込み、鍵を回すのだが……。
「……って、おい。またかこれ!」
鍵を開けるつもりでシリンダーを回したのに、鍵が開く音もせずに空回りするだけだった。
つい先日同じようなことがあったために、中に溜まっている何かを我慢すること無く、思わず大声をあげてしまう。
ちょうど昨日のクラス代表決定戦が終わった後、同じように鍵を開けようとしたのにものの見事に空回り、ドアを開けると水色ヘアーの美少女がベッドに寝転がっていたわけだが。
せめて昨日と違っていてくれと願いつつ、恐る恐る自室のドアを開いていく。
違っていてくれと願った時ほど、大体はこの期待は裏切られる訳で……。
「あら、お帰りなさい」
「楯無さん……」
案の定期待を裏切られ、痛くなった頭を右手で押さえる。昨日帰る時にまた明日と書かれた扇子を見せていたし、もしかしたらと思っていたら、やっぱり俺の部屋へ来ていた。
いくら生徒会長権限だからと言って、ここまであからさまな職権乱用をされると本当にここの生徒会は大丈夫なのかと思ってしまう。
呆れ返る俺をよそに、ベッドに寝転びながらこっちを眺める楯無さん。そのマイペースな感じは変わらず、自分で持ってきたであろう雑誌を読んでいる。
鍵も開いていることだし、以前と同じようにピッキングでも使って部屋の鍵を強引にこじ開けたのだろう。あれこれ言ったところで聞いてくれなさそうだし、下手に何かをいじらない限りは見逃しておく。
寝転ぶ楯無さんを軽く無視しながら、制服の上着を備え付けのハンガーに掛け、シワを軽くのばす。
本来ならこのまま全部部屋着に着替えたいものだが、部屋着が無くなってしまったために着替えることが出来ない。ここで服を脱いだら、ただの露出狂に思われるだけだ。
上着をハンガーに掛けたところで、何気なくクローゼットに目配りをする。もしかしたら見落としただけで、実はちゃんと中に畳んでしまってあるのではないかと。淡い期待を抱きながらクローゼットを開いてみる。
「……ですよねー」
クローゼットを開き、引き出しの中を見てみるものの中身は空。同じところを何度も探しているのだから、急に収納されているわけがない。
ただ何て言うか、現実って理不尽だ。
「あら、どうしたの?」
「いや、俺の部屋着が一式無くな……」
無くなっていてと言い切ろうとしたところで、それ以上話すのを止めた。
この部屋は俺一人しかいない状態だが、元々二人部屋だったため、ベッドは二つ設置されている。楯無さんが寝転がっているのは入り口側のベッドであり、窓際のベッドは空きになっていた。
……俺の気のせいだろうか、窓際のベッドに、良く見慣れたものが綺麗に畳まれて置いてあるように見える。
目が疲れて見間違えているのかもしれないと、軽く袖の部分で目を擦り、改めてベッドを見つめ直す。
「……」
目を擦ったところで、目に見える事実が変わることは無い。ベッドの上に置いてあるのは、間違いなく俺の部屋着だった。
ベッドに近付いて一つ一つ手に取り、畳んである服が自分のものかを確認していく。外出用の服、そして部屋着、何から何まで無くなったものが全て戻ってきている。置いてある服は全て、俺の服で間違いなかった。
何故無くなった服が急に戻ってきているのか、まずはそこから考えてみる。そもそも無くなったのに気付いたのは今日の放課後、俺が家に戻ってからだ。
朝に出るときには入っていたのに、帰ってきた時にはない、つまり学校に行っている間に無くなったのは事実。
ここで忘れてはならないのは、この部屋の鍵を管理できるのが寮長と部屋主だけだということ。よって俺と千冬さんだけになる。
まさか千冬さんが部屋に忍び込んで、人の服を隠すなんて小癪な真似をするわけがない。そもそも本職の教員としての仕事が残っているのだから、人の部屋に来て服を持ち去るだけの時間はない。
以上のことから千冬さんがやっていないのは明らか、そう考えると残るは俺だけだから、俺が単純に見落としていただけなのか。
……いや、待て。一人だけこの部屋の鍵を開けれる人間がいるな、しかもすぐ側に。
こういう時は本人から事実確認をした方が手っ取り早い。楯無さんから事実確認をするべく、俺はその場を振り返った。
「あの、楯無さん? 俺の部屋着を隠したのってもしかして……」
「もう、気付くのが遅いぞ♪」
「……」
部屋着を盗んだ犯人断定、思った通り楯無さんだった。いたずらっ子みたいに、ペロリと舌をだして謝ってくる姿を見てしまうと、俺としても何も言えなくなってしまう。今回は部屋着こそ隠されたけど、こうして無事に戻ってきたわけだ。
それに俺が畳んだ時よりも、綺麗に畳まれて戻ってきたのだから、無料のクリーニングに出したと思えば良い。
むしろ綺麗な人に、イタズラされるほど構って貰えていると考えれば……うん、それは程度にもよるな。
いつまでもベッドの上に置いておくわけにもいかないので、綺麗に畳まれている服を分けながら、クローゼットへと持っていく。
「ずいぶんマニアックな悪戯するんですね。まぁでも、畳み直してくれてありがとうございました」
「え?」
「はい?」
持っていくついでに、折角畳んでくれたのだから、その事については感謝しておこうと、移動するために楯無さんの横を通りすぎる時に、軽く感謝の言葉を投げかける。
するとどうして感謝されたのか分からず、ベッドに寝転がった状態のまま、上半身だけを起こして見つめてきた。
その体勢が何とも際どいというか危なっかしい。楯無さんはワイシャツのネクタイを外し、胸元を大きく開けている。よって完全に見えるわけではないが、豊満な双丘の谷間がチラチラと見えてしまう。
思春期真っ盛りの男子としては、興味を持たないはずがなく、俺も例外ではない。
視線が胸元に行かないように、必死に視線を楯無さんの目線に合わせる。
「な、何で感謝したの?」
「いや、綺麗に畳んでくれたことに感謝しただけですけど……もしかして畳んだの楯無さんじゃ無いんですか?」
「ううん、畳んだのは私だけど……」
「は、はぁ」
何でこんなに落ち着かないのか分からない、ここまで落ち着かない楯無さんを見るのもレアかもしれない。仄かに顔を赤らめながら、手をもじもじとさせて上目遣いで見つめてくる。もしかして楯無さんって、相手をからかうのは好きだけど、自分がからかわれたり褒められたりするのは弱いのか?
楯無さんがもじもじと照れている間に、様々な憶測をしながら、手早く服を仕舞い終える。すっからかんになっていた引出しが満たされ、ようやく服が戻ってきたという安心感があった。
服を仕舞い終えて、俺も隣のベッドに腰かける。
「まぁそれは良いとして、今日はどんなご用件で?」
「あ、そ、そうね。まずそっちから話しましょうか」
まだ照れていたのか……人に後ろから抱きついても顔一つ赤らめなかったのに。
「本家が掴んだ情報なんだけどね。どうも最近、女性権利団体の動向が怪しいらしいわ」
「動向……その話が今出るってことは、矛先が学園の生徒にでも向いているんですか?」
「ええ」
一旦話し始めると、楯無さんの顔から一気に照れというものが無くなっていった。本家が掴んだ情報、つまり普通の世間話ではなく、互いの本業が絡んだ話に切り替わったことが、すぐに理解できた。俺も変な感情を無くし、真摯に楯無さんの話を聞き始める。
ここで楯無さんが、女性権利団体の動向が怪しいと言う理由は、学園側にターゲットが向いているから。誰が狙われているのかは分からないにせよ、それだけ大きな団体が狙う人物は、かなり少数に絞れる。
特に女性権利団体が存在を恐れ、出来ることなら消し去りたいとターゲットにしようとする人間と言えば……。
「結論から言うと大和くんと一夏くん。貴方たち二人に矛先が向いているわ」
「……」
「あくまで私の考えだけど、ISを使える男性が現れたせいで、自分たちの立場が脅かされるって思っているんじゃ無いかしら?」
「ってことはそうなる前に、大きく出れないように圧力を…… 」
「そういうことになるわね」
女性権利団体とは読んで字の如く、女性が社会の優位に立てるように行動する団体だ。社会が女尊男卑になってしまった半分以上の原因は、この団体のせいだと言われている。
端的に言えば、男を見下して人として扱わない。奴隷のようにこき使って、死んだら死んだ時というようなかなり危ない思想を持つ人間が集まっている。私たち女性を中心に、この世界が回っていると思っているのかもしれない。
最も、俺自身は女性権利団体への関わりもないから、実際内部がどのようになっているのかは分からない。とはいえ、その日に警察に捕まった女性が、女性権利団体の主張によって、何のお咎め無しに釈放なんて事実を日常茶飯事に目の当たりにすれば、おのずとイメージは湧く。
女性権利団体がどこまでやっているのかは知らないが、楯無さんの口から出てきた以上、俺たちの身に何かが起こるかもしれないと腹を括った方が良いかもしれない。特に全世界に顔が割れてしまっている一夏は、相手からすると格好の餌食となる可能性も高いはすだ。
「IS学園とはいえ、何をしてくるか分からない。最近特にってことだから、もしかしてってことがあるかもしれないわ」
「なるほど」
いつどこで誰が聞き耳をたてているかなんて分からない。一瞬の油断が命取りになることを、今一度肝に命じておこう。
「何かあったらすぐに連絡するからよろしくね?」
「了解です」
最後の最後で、またいつもの楯無さんのテンションへと戻った。
連絡するとはいっても楯無さんのことだから、携帯じゃなくて直接部屋に来そうな気もする。何度もやられて学んだことだが、楯無さんに常識は通用しない。もちろん常識知らずという悪い意味ではなく、常識にとらわれない人という意味で。
今さらピッキングやら生徒会長権限で部屋に勝手に入る事を注意しても、普通に部屋に入ってくるだろう。変なことをするわけでもないし、あまり気にしないようにしよう。
「じゃっ、もう遅いし部屋に戻るわね。おやすみなさい♪」
「あ、はい。おやすみなさい!」
ひらひらと手を降りながら、楯無さんは部屋から出ていく。後ろ姿を見送った後、寝転がっていたベッドを見ると、楯無さんが読んでいた雑誌を忘れたことに気付く。
今から追いかけても迷惑だろうと思いつつ、雑誌を手に取ってペラペラとめくり、ページを確認していく。そこに書いてあるのは多種多様なイタズラの仕方だった。
イタズラによって得られる快感なんて分かりたくないな。自分がやっている時は楽しいかもしれないけど、自分がやられた時は屈辱だろうし。楯無さんも、これを参考に今回のイタズラを思い付いたってことか。
タイトルが正直微妙な線を行っているのが、何ともコメントしにくいところだ。
「……皆がハマるイタズラ百選って、どんな雑誌だよ」
一通りページをめくり終えて、雑誌を机の上に置く。本来ならこのままシャワーを浴び直して寝るところだが、楯無さんの言っていた女性権利団体について調べておく必要が出てきた。
持っている携帯にケーブルを繋ぎ、反対をパソコンのUSBハブに繋げる。この携帯は普段皆が使っているような回線ではなく、霧夜家が独自で使っている回線だから、外部から侵入されるのはよほどのことがない限り無い。
分かることなんてたかが知れているかもしれないが、やらないよりはマシだ。
パソコンを起動させてパスワードを打ち込み、ネットから女性権利団体の情報を集め始める。
「……女性権利団体の誰が何をやろうとしているのかは知らないけど、歯向かってくるのなら容赦はしない。霧夜家の名に懸けて、必ず未然に食い止めてみせる」
俺はそのまま日付が跨ぐまで、情報収集を続けていった。