IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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二人だけの時間

 

 

待ち合わせの集合時間五分前。

 

簡単に周囲の探索を済ませた俺は、待ち合わせ場所であるホテルの入口前に居た。

顔合わせが予想以上に早く終わったため、余った時間をどうしようかということで、久しぶりに二人で出掛けるのも良いんじゃないかと。

 

ちなみに俺の今回の休みに関しては病欠などでは無く、公欠として処理をされるらしい。本来であれば部活動の大会とかが登校日と重なった場合に使われるらしいが、特例中の特例措置を千冬さんの権限で発動させたそうだ。

 

気になるのは千冬さんの権限がどれほどのものなのか、というところ。特例措置を発動させられる辺り、相当高い権限を持っているのは間違いない。完全に家庭の事情だし、普通の欠席扱いになったところで特に何とも思わないが、配慮をしてもらえてありがたい限りである。

 

 

話を元に戻そう。

 

二人で何処かへ出掛けるくらいなら一緒に出てくれば良いのにと言われるかもしれないが、着替えの時間は男女で大きく乖離がある。

 

女性の方が準備する工程も多い故に、時間が掛かってしまうのはやむを得ない。多少待ち合わせに遅れることは想定しているし、そこまで急いで何処かに向かうわけでもない。

 

時間が掛かることを想定して俺も周囲の偵察を軽く済ませてきたところになる。早々問題が起きてもらっては困るものの、今のところ近くに障害となる問題は無いようだし、誰かに監視されている気配もない。

 

ひとまずは安心して出掛けることが出来そうだ。

 

 

「しかしまぁこうして二人で出掛けるのも久しぶりだよなぁ。夕飯とかの買い物除いたらいつぶりだっけ」

 

 

二人で出掛けること自体がかなり久しぶりのことになる。最後に二人で出かけたのはいつだったか、少なくとも今年に入ってからは一度も無かったような気がする。

 

うん、無かったよな。

 

初詣も仕事で行かなかったし、他のイベントでも二人で何処かに行った記憶は頭の中に残っていない。

 

そう考えると本当に久しく二人で出掛けることが無かったのだろう。二人でいる時間は長いのに、年齢を重ねるに連れて共にどこかに出掛ける機会は減少したってことになるのかもしれない。

 

……どことなく寂しい感じがしないでもない。

 

 

「あ、あの大和……お、お待たせっ!」

 

 

そうこうしている間に俺の背後から息を切らせたような声が聞こえてくる。

 

相当急いで着替えてきてくれたみたいだ。背後に居るであろう千尋姉の方を振り向きながら声を掛けようとする。

 

 

「あぁ。いや、全然待っていないよ。準備が早いのは男だから当然だし、慌てなくても一人ぼっちにはしな……」

 

 

視界に千尋姉の姿が映った瞬間に思わず言葉を失った。

 

 

「えっと……どうかしら? 普段あまりヒラヒラした服は着ないんだけど。その、ナギちゃんからたまには着てみても良いんじゃないかって言われて」

 

 

どうやら俺の知らない間に二人は連絡先を交換していたらしい。どのタイミングで交換したかは知らないけど、今ナギの名前が出てくるってことは、二人が繋がっていることは間違いないようだ。

 

さて、問題は今の千尋姉の服装についてだ。

 

学生時代や仕事の時こそスカートを着用する機会は多いものの、ここ数年だけの話をすると千尋姉のスカート姿を見る機会はめっきり減った。

 

ヒラヒラした服は似合わないというのと年甲斐もなく周囲の視線を変に引くのが嫌という理由から避けていたようで、言われてみれば外を出歩く時はスカートではなくデニムパンツ、もしくはショートパンツにタイツを重ねたようなカジュアルでボーイッシュな服を好んで着ていることが多かったように思える。

 

それでも結果的に持ち前の美貌とプロポーションのせいで人目は引く羽目になるわけだが。あそこまでどの服装でも着こなせるのは神が与えた才能だろう。世の女性が嫉妬したところで何ら不自然ではない。

 

あくまで私的に着たくないと言っているだけで、着たら着たでまるでどこぞのモデルにしか見えない。

 

世の中って理不尽だ。

 

 

「ち、ちょっと大和。黙っていないで何か言ってよ……私だけ恥ずかしいじゃない」

 

 

無反応だった俺に対して少し拗ねたような、ただその中に恥じらいを含んだ表情で見つめてくる。自分と一回り近く年齢が離れているとはいえ、今浮かべている表情は年頃の女性と変わりはない。

 

照れてる千尋姉、アリだ。

 

もし言葉に出したら後が怖いし、自分の心の中だけに留めておこう。

 

 

「うん、似合ってる。可愛いよ千尋姉」

 

 

自分の中き浮かんできた言葉を率直に声として伝える。

 

言葉の意味を理解出来ずにキョトンとする千尋姉だが、俺の言葉を理解するとボフンと頭から湯気を出しながら俯いてしまった。

 

……俺、何か間違ったこと言ってないよな?

 

 

「か、可愛い……可愛いって、大和が私のこと可愛いって」

 

「あのー千尋姉? 大丈夫か? 何か壊れたオルゴールみたいに同じ事ばっかり言ってるけど」

 

「ふぇ……? え、う、うん。だ、大丈夫よ。少し動揺しちゃった」

 

「そ、そうか。まぁ大丈夫ならそれでいいや」

 

 

誰がどう見たって明らかに動揺しているんだが……とはいえ本人が大丈夫と言うのならこちらから変に詮索するのも違うし、これ以上聞くのは得策ではない気がする。

 

しかしこうしてみると本当に年相応の女の子にしか見えないんだよな。仕事としての面を取り除いてあげれば、周囲にいるような一般人の女の子でしかない。

 

『護衛のエキスパート』、『霧夜家元当主』という看板は持っていても、言われなかったら分からない。それは敵に対しても同じことが言える。どんなに綺麗な見た目をしていたって、どれだけ優しい雰囲気を醸し出していたとしても裏には棘がある。

 

バラと同じだ。

 

千尋姉の場合は仕事の顔と普段の顔が全く別の物だからこそ、ギャップをより強く感じる部分もある。

 

どちらにしても一言なにかいうとしたら、ナギグッジョブ! といったところだろう。自分が男だから特に強く思うんだろうけど、女性のいつもと違う服装ってグッとそそるものがあるよな。

 

異論は認めない。

 

 

「んじゃ、行こうか。全然道知らないけど、とりあえず行き当たりばったりで色んなところ出歩いてみようぜ」

 

「そ、そうね!」

 

 

千尋姉の手を取りアメリカ市街の散策、もとい初デートへと向かう。

本来なら学園に通っている時間だが、偶にしか会えないんだから今日くらいはしっかりと羽根を伸ばすとしよう。

 

 

「じゃあ大和、しっかりとエスコート頼んだわよ」

 

「あいよ」

 

 

頬を赤らめながら実に初々しい表情を浮かべてる千尋姉、実にレアだ。

 

 

「千尋姉、どこか行きたいところはある?」

 

「そうねー。長時間移動してお腹も空いちゃったし、どこか雰囲気の良さそうなレストランにでも行かない?」

 

「いいね。実は千尋姉が来る前に雰囲気の良さそうなお店見つけたんだ」

 

 

千尋姉を待っている間の探索時間で良さげな飲食店を見つけたのでそこに行こうと提案する。

 

 

「あら、いいじゃない! そこにしましょ。大和が見つけてくれたんならハズレは無いだろうし期待してるわ」

 

 

するとあっさりと千尋姉は首を縦に振ってくれた。ざっと外から見ただけだから飲食店なのは間違いないけど、いざ入って料理を食べたら残念でした、は笑えない。

 

とはいえ雰囲気からして中々に高級系のレストランだったし、そこまで味が悪くはないと勝手に推測している。これでアテが外れたら素直に謝るとしよう。

 

 

「ハードルが上がるなぁ。ま、そこそこに期待しててよ」

 

 

行き先も決まったことで、俺たちは目的地に向かって歩き出す。

それから数時間に渡り、存分に市街巡りを楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、電話? こんな時間に誰だ?」

 

 

時間は進み夜。

 

お昼から夕方にかけて存分にリフレッシュした俺たちはホテルへと戻って来ていた。既にシャワーを済ませ、明日の準備をしてるところでふと携帯の着信音が鳴り響く。

 

電話が掛かってくることは何ら不思議はないものの、知り合いの大半は現在進行系で日本に在住中だ。

日本から海外への電話は国際ローミング扱いとなり、通常の電話料金よりもかなり高額な料金が掛かってしまう。

代表候補生クラスにもなれば話は別だけど、何となくこの電話は学園関係者が掛けてきているものではないような気がする。

 

 

「……」

 

 

千尋姉は絶賛お風呂に入っている最中。電話が長引くようであれば外に出たほうが良いかもしれないが、手短に済む内容であればこの場で電話を取ってさっさと用件を済ましてしまった方がよさそうだ。

 

寝床の化粧台の上に充電してある携帯電話を手に取り、発信者を確認するとそこには見知らぬ電話番号の記載があった。

 

見立て通り、俺の知り合いの電話番号ではない。

 

誰だ?

 

 

「はい、もしもし」

 

 

相手を確認するべく受話器を耳に当てると通話先の相手に声を掛ける。

 

 

「やぁ、霧夜大和くん。先日は世話になったね」

 

「!!」

 

 

声を聞いた瞬間、一瞬にしてややだらけ気味だった背筋が伸びる。

 

忘れもしないこの声色、つい先日の学園祭で話したばかりの人物。

 

 

「……ティオとか言ったっけか、一体何処でこの電話番号を探知した?」

 

 

その名前を呼ぶ。

 

亡国機業のオータムを追ってる最中に現れた正体不明の男。近いうちに何らかのアポイントがあるとは思っていたものの、まさか人の携帯電話に直接かけてくるとはな。

 

この電話番号も簡単に探知出来ないような工夫を施しているみたいなのに、篠ノ之博士があっさりと看破してしまったように以外にザルだったりするのかもしれない。だとしたら霧夜家のセキュリティに首を傾げざるを得なくなる。

 

使っている携帯電話の回線がそもそも特殊な仕様になっていて他の人間が使っていない独自回線を霧夜家としてもっているが故に、本来そんな簡単にバレるようなシステムになってないはずなんだが、一体どんな管理をしているんだと愚痴の一つもこぼしたい。

 

プライベート用のアドレスに関しては色んな人間に教えているが、自分の電話番号を伝えている人間はごくわずか。

 

早々出回るようなものではないと信じたい。

 

 

「それは残念ながら企業秘密さ。どこでこの電話番号を手に入れたかなど教えられるはずもあるまい」

 

 

案の定、といった回答が返ってくる。

 

そりゃ出処なんか明かすわけがない、もしこれで明かしたのなら明かしたところで大して影響がないか、相当な間抜けだろう。

 

あくまでティオの回答は想定内。

 

それなら逆探知でヤツの発信元を辿る方が良いかもしれない。発信元が分かればそこから何か分かるかもしれない。

 

 

ただヤツが用心深い性格だったとしたら……。

 

 

「あぁ、この電話番号を逆探知しようとしても無駄だから諦めることだ。使える電話番号などいくらでもある、君がいくら頑張って探知したところでそれは完全な別の人間の電話番号さ。一度でも電話を切れば、次に掛けたときは全く別の人間に繋がるだろう」

 

 

その期待は安易に砕かれる。

 

コイツ、第三者の別の電話番号をハッキングしてそこから遠隔で掛けてきていやがるのか。やることが用意周到でリスクヘッジが出来ている。嫌でも自分の身元は明かさないって魂胆だ。

 

 

「御託はいい。一体何の用があって電話を掛けてきやがった」

 

 

こいつのペースにさせる訳にはいかない。ただの暇つぶしで電話を掛けてきたとは考えにくいし、何かしら俺に対して用があるはず。

 

ストレートに何の用かと尋ねた。

 

 

「おやおやつれないな。少しくらい雑談に付き合ってくれても良いだろう。それとも私との会話がそんなに嫌いかい?」

 

「……なら、嫌いにさせないようなトークスキルを磨いたらどうだ? 雑談目的なら俺が話すことはない。もう一度聞くぞ、一体何の用で電話を掛けてきた?」

 

「ふう、やれやれ。取り付く島もあったもんじゃないな」

 

 

誰が好き好んで天敵の話を聞こうとするのか。

 

間接的に手を下したのはコイツではないかもしれないが、同じ組織に所属しているプライドは俺の仲間を散々な目に合わせたんだ。

 

そんな奴とともに行動している人間がまともな神経を持ち合わせているとは到底思えない。あくまで天敵として情報はいくらあってもいいが、生産性の無い話であればこれ以上話す内容はない。

 

 

「まぁ待ちたまえ。折角初めて電話をしているんだ。一つ有意義な情報を伝えておくとしよう」

 

「……」

 

 

終話ボタンを押そうとしたところでようやく話が進む。この掴みどころのない感じは苦手だ。

 

 

「明日辺り楽しみにしていると良い。君にとってはいい刺激になるだろうからな」

 

「……刺激だと?」

 

「そういうことだ。では」

 

「おい! 何だよ刺激って! ……っち! くそっ!」

 

 

中途半端な情報を与えたかと思ったら電話を切りやがった。受話器からは無機質な終話を知らせる機械音しか聞こえない。

 

奴は電話を切ったらリダイアルしても意味ないと言った。掛かってきた電話番号に掛け直したところで、ティオではない別の人間に繋がる未来が容易に想像できる。

 

これでは肝心な部分が分からない。冷やかしつのつもりで電話を掛けてきたんだとしたら大概たちの悪い性格をしている。こっちをからかって楽しんでいる姿を想像すると無性に腹がたった。

 

携帯をベッドに向かって放り投げると、背後にあるソファーにどかっともたれ掛かる。短い会話ではあったものの決して無意味な情報を与えてきたわけじゃない。

 

明日辺り俺にとって刺激になるような出来事がある、ヤツは確かにそう言った。

 

 

「偶然にしちゃ出来すぎてるよな」

 

 

明日からは本格的にナターシャさんの護衛の任務に着く予定だ。ティオの言ったことに嘘偽りがないのであれば、明日の任務中に何かが起きるということになる。

 

 

「何が出来すぎてるの?」

 

「いや、わざわざ人の仕事の日を狙って……え?」

 

「仕事の日を狙ってって、今の電話は誰? もしかして前に大和が言ってた人かしら」

 

「あ、あぁ千尋姉」

 

 

問い掛けられた質問に何気なく答えたところで背後に誰かがいることに気付く。部屋の鍵は閉まっているし、この部屋の中に居る人間は俺以外に一人しかいない。シャワーを終えて長い髪をタオルで束ねた千尋姉が腕を組んだまま俺の様子を見つめていた。

 

 

「あの、千尋姉? 流石にその状態で話をすると色々とマズイ気がするんだけど……」

 

「何よ。別に私の裸なんて何回も見たことあるくせに何今更恥ずかしがってるの。大事なところはタオルで隠してるんだから良いじゃない」

 

「いや、そりゃそうだけど。雰囲気ってものがあるだろ」

 

「えー? そんなに気になるかしら」

 

 

話をしようにも今の服装が中々に際どい。

 

前ナギが家に泊まりに来た時に何となく分かったとは思うが、千尋姉は風呂上がりにすぐ脱衣所で着替えるのではなく、身体を拭いた後に大事な部分をバスタオルで隠したまま部屋に戻ってくる。バスタオルの下は当然何も付けていないだけでなく何も履いていない。

 

本人は火照った身体を少し冷ますためなんて言っているけど、自分自身の体つきをもう少し把握して欲しい。モデル涙目のセクシー・ダイナマイトボディを持っていることを忘れてはならない。

 

 

「そりゃ気になるだろう。まさかとは思うけど他の人の前でもやっ「やるわけないじゃない。大和の前だからよ」……さいですか」

 

 

即答で答えてくる辺り今の発言は間違いないのだろう。人前でやってないことが分かったから一先ず安心した。

 

……あれ、今俺何の話しようとしてたっけか。

 

 

「当たり前でしょ。他の男性の前でなんていくらお金積まれたって嫌です。私の身体が高いとは思ってはいないけど、誰彼構わず安売りなんてしません。で、話戻るけど今の電話は誰だったの?」

 

 

あぁ、そうだったそうだった。

まぁもう服装云々は良いや、この部屋には俺しかいないし第三者が勝手に入ってくることも無いだろう。千尋姉ももし寒くなれば勝手に服を着るはずだ。

 

 

念のため宿泊の部屋に盗聴器の類が仕掛けられていないかどうかも調べたけど特にそれといった機器類は仕掛けられてはいない。誰にも聞かれていないことを確認し、改めて話を切り出す。

 

 

「千尋姉の推測通り、電話の相手は学園祭の時に会った人物だった」

 

「……そう。電話番号は教えてないのよね? まずどこから電話番号が漏れたのか気になるわ。まさかとは思うけど学園内の親しくもない人間に電話番号を教えたりしてない?」

 

「流石にそれはないと思う。本当に仲の良い人間に教えることはあるけど、それ以外には精々メールアドレスくらいだよ」

 

「と、なると何処から漏れたのかしら。プライベート用の電話番号は勿論だけど、今回掛かってきたのってどちらの番号だったの?」

 

「……まさか」

 

 

思い当たる節があった。

 

この携帯電話、実は電話番号を二つ搭載しているタイプの携帯電話で、プライベート用と完全仕事用で使い分けている。

 

普段教える方はプライベート用の電話番号のみであり、教えている人数も決して多くはない。それに対して完全仕事用の番号に関しては霧夜家の関係者しか知らない完全社外秘の電話番号になる。

 

仕事で繋がりのある更識家でさえこの電話番号は教えていない。

 

当然存在しているもののため、普通に掛けることが出来る電話番号になるが、この電話番号は登録以外の電話番号から掛けると着信拒否になるはず。つまり俺が意図的に設定を変えない限り霧夜家以外の電話から掛けることは不可能なのだ。

 

通話設定画面を開いて状態を確認する。

 

 

「設定が変えられてる。一体誰が」

 

 

通話設定の画面を開いた俺の目に飛び込んできたのは、設定が変更された画面だった。確かにこの状態であれば、あらゆる電話番号から仕事用の番号に掛けることが出来る。

そして履歴から先ほどの着信はプライベート用ではなく、俺の仕事用の番号に掛けられていたことも判明した。

 

このままではまた電話が掛かってくるとも限らないため、今一度元の設定に戻して蓋を閉じる。自らが手を加えない限り設定は変わらないはず、にも関わらずどうして設定が変更されていたのか。

 

 

「……」

 

 

一つだけ心当たりがあった。

 

それは俺がIS学園に入学する前、初めて千冬さんにあった日のこと。帰宅してから掛かってきた電話、あの時も変えた覚えのない着信音に切り替わっていた。

 

着信音を切り替えた人物は。

 

 

「篠ノ之束……」

 

 

その名をフルネームで呼ぶ。

 

そう、あの時はデフォルトの着信音を変えられている。

 

一体どのように人の携帯にハッキングを仕掛けたのかは分からないが、そこから情報を引き出すことができるのだとしたら、番号の入手など造作もないのかもしれない。仮にティオと篠ノ之博士が裏で繋がっているのだとしたら、何もかも辻褄が合う。

 

ただあくまで想定の話で証拠がない。

 

今回分かったのは仕事用の電話番号が特定されたということと、携帯電話の設定を何者かによって遠隔で変えられたということ。篠ノ之博士が絡んでいるという証拠は何処にもなく、あるのはティオが俺の仕事用の番号を探し出して電話を掛けてきた、という事実だけだ。

 

 

「やっぱり。もしそれが本当だったとしたら大和も厄介なのに目をつけられたわね。しかもよりによって篠ノ之束だなんて……」

 

 

はぁとため息を吐きながら、どこか鬱陶しそうに千尋姉は呟く。

 

 

「彼女がその気になれば出来るでしょう。いくらセキュリティレベルが高く設定していたとしても、電話番号を探知するなんて容易いはずよ。でも彼女がやったっていう証拠がないわ。仮にそうだったとしても証拠なんて消されているだろうし」

 

 

見立ても俺と同じだった。

 

やった証拠がない上に、やったとしてもそれを特定できる証拠は予め消されているだろうという見解だ。

 

 

「だよな、とりあえず今回の件は本家にも報告しておくよ。正直プライベートならまだしも、仕事用の電話番号まで流通したら敵わないし」

 

「それがいいわ。全く……あの子まだ諦めてないのね。どうしたもんかな」

 

「? もしかして千尋姉って篠ノ之博士と会ったことあるのか?」

 

「……えぇ、少し前にちょっとね。それっきりで連絡も取るような仲じゃ無いけど」

 

 

千尋姉の表情が少し険しいものになる。

 

かつて会ったことがあるってことだけど、何かあったのだろうか。というより何もないことないっていうのが事実に違いない。

 

対面したなら多少のやり取りをしたってことなんだろうけど、あの興味対象以外に向ける態度を見たら、頭を抱えたくなるのも無理はない。

俺の場合、初めて会った時に比べれば多少マシになってはいたが、それでも一個人として未だに苦手意識は拭えない。

 

 

「話を戻しましょう。その電話をかけてきた相手は何か伝えることがあったってことかしら」

 

「それがあまりにも内容が簡潔すぎて色んな意味に捉えられるんだよな。明日を楽しみにしていると良い、君にとってはいい刺激になる、だなんて」

 

「また随分と遠回しな言い方ね。その文言をストレートに捉えるのなら明日何か起きるってことだけど……十中八九戦闘に巻き込まれる気がするわ」

 

「それは俺も思っていた」

 

 

ティオが言いたいことはそう言うことだろう、おそらく俺の居場所も割れているはずだ。そこに戦闘員を送り込まれれば、間違いなく戦闘が起きる。

 

明日は確か軍事施設に行く予定だったはず。

 

一般の場所に比べればセキュリティは固いんだろうけど、あらゆる手段を使って襲撃を仕掛けてくるとしたらそんなセキュリティなど何の役にも立たない。

 

 

「分かってると思うけど準備は万全に。私たちの役目は標的を命懸けでも守ること。失敗は絶対に許されないってことは忘れないで」

 

 

護衛対象を守れないことはイコール死を意味する。

そこまで行かなかったとしても少なくとも五体満足の状態ではない。

高額な報酬を貰う代わりに人の命を預かるわけだから失敗は絶対に許されない。自分の命に変えてでも対象を守る必要がある。今回の場合はナターシャさんをだ。

 

普段は優しい千尋姉でも、仕事の話になるといつになくその表情は真剣なものへと変わった。最前線で仕事をしていたのだから、命の重みは俺以上に良く分かっている。

 

万が一が無いように準備をすること、それは俺たち護衛業を営むものとして当然の心構えだ。

 

 

「あぁ。万が一は起こさせない、絶対に」

 

 

万が一を起こさせないために俺たちがいる。

 

いい刺激?

 

上等じゃねぇか。買ってやるよその宣戦布告(挑発)

 

 

「……いい顔をするようになったわね」

 

「え?」

 

 

真剣な眼差しから一点、少しばかり千尋姉の表情が緩んだ。

 

 

「IS学園に入ったことが原因で平和ボケしてたらどうしようって少し心配だったの。あっ! 別に大和の実力を疑っているわけじゃないのよ? ただ、それまでが仕事ばかりしてたってこともあるから反動が怖いなって」

 

 

千尋姉の言うことはごもっとも。

 

IS学園に入るまでは義務教育にも関わらず学生生活を半ば犠牲にした状態で、護衛の仕事に没頭することの方が多かった。休みの日に友達と遊ぶなんて無かったし、何なら友達と呼べる人間などほぼ皆無に等しい。

 

一夏を護衛するという目的も含めてIS学園に入学したわけだが、それ以上に楽しい学園生活を送れている。友達も増え、かけがえのない大切な存在も出来た。だからこそ平穏な日常に慣れてしまい、いざ仕事になった時に切り替えが出来るのか、そこを千尋姉は心配していたんだと思う。

 

 

「でもそれは私の杞憂だったみたい、安心した。むしろ今の方が逞しく感じるわ」

 

 

平穏な生活も多いけど、何だかんだ生死と隣り合わせの戦いも多かったからな。実際問題一回本気で死にかけているし……まぁ色んな経験を踏めたっていうのが活きているのかもしれない。

 

ただもう死にかけて皆に泣かれるのはゴメンだ。あの涙を見ることほど辛いものはない。命を懸けなければならない局面は否が応でも来るが、せめてそれ以外の日常は平穏無事に過ごしたいのが俺の率直な思いでもある。

 

さて、話を戻そう。

 

 

「どの道明日やることは変わらないさ。万全の準備をして任務に挑む、それだけだよ」

 

「うん、よろしい!」

 

 

千尋姉も俺の回答に満足そうに頷く。明日になってみないと何が起こるかなんて分かったもんじゃないけど、明日のために出来ることを準備しておく。

 

それが今俺に出来ることだ。

 

結果何もなければそれで良い。

 

 

「良し、準備完了」

 

 

明日持っていく予定の日本刀サーベルの手入れが終わった。

 

まずは切れ味を出すために刀身を研ぎ、それが終わったら鞘に戻すのだが、今度は帯刀用の特注ベルトに一本ずつ固定する作業が必要になる。今でこそ慣れたが、この一連の作業は何回やっても手間が掛かる。

 

今回持ち出す日本刀サーベルは三本。使う特注ベルトは何種類かあり、種類によって収納できる本数が決まってくる。

 

 

「それにしても大和は大変よねー。私は一本しか使わないから比較的身軽だけど」

 

「まぁ手入れは確かに大変だよな。帯刀時も軽いかと言われたら軽くはないし」

 

 

タオル一枚だった千尋姉も流石に肌寒くなってきたのだろう。ベッドに置いてある自身のパジャマに着替え始めた。

 

背を向けているとはいえ、タオルがはだけて絶妙な肉付きの下半身が主張している。見ていると危険なため、やや視線を逸らしながら話を続けた。

 

メインの戦闘スタイルが二刀流剣術になると最低二本分の刀が必要になってくる。その分身体に重荷を背負っていると考えると、動きづらいように思われるかもしれない。本数が少なくなれば負荷が軽くなる分、動きやすくなる。

 

二刀流は防御が固かったり、本数がある分相手に隙を与えずに攻撃を繰り出せるといったメリットもあるし、そこは各々のスタイルによって考え方が大きく変わってくる。

 

 

「ただこの戦い方がしっくりくるんだわ。何でかは分からないけど」

 

 

どうして二刀流剣術のスタイルにしたのかは分からない。偶々二本使ってみたらしっくり来た、二刀流になった理由はそれだけだった。

 

さぁ、準備は全部終わった。

 

後は明日に備えて身体を休めるだけだ。

 

 

「ふわぁ……いい時間だし寝るか? 準備も終わったし明日も早いからそろそろ身体を休めておきたい」

 

「そうね。フライト時間も長かったし私も疲れたわ」

 

 

既にパジャマに着替え終わった千尋姉も寝る準備は整っていた。グーッと手を伸ばしながら大きなあくびをしているところを見るともう眠たいのだろう。

 

ここに来るまで長い時間飛行機に乗っていたし、身体も疲れたに違いない。休める時はしっかりと身体を休めておくのも大切な準備の一つだ。

 

備え付けのベッドに移動して掛け布団の中へと入る。比較的値段設定の高いホテルを予約しているため、IS学園のベッドと寝心地はそこまで変わらない。フカフカとした安心安定のクッションが身体を包み込んでくれた。

 

後を追うように千尋姉も布団の中へと潜り込んでくる。

 

 

「ん……はい?」

 

 

あれ、確かホテルの予約はツインで予約しているはず。ダブルで部屋の取った覚えは無いために、部屋の予約間違えたかもしれないと予約した時のことを思い出す。

 

うん、やっぱりちゃんとツインで予約している。千尋姉が潜り込んだのは自分の布団ではなく、俺の布団だった。

 

ダブルで予約を取った意味よ。

 

 

「あのさ、千尋姉」

 

「何かしら?」

 

「あの、あっちに千尋姉のベッドあるんだけど何故こっちに?」

 

「何よ、私と一緒に寝たくないってこと?」

 

「いや、そういうわけじゃないけど」

 

 

じゃあ何なの。と言わんばかりにムスッと頬を膨らませながら拗ねられる。

 

いや、決して一緒に寝たくないわけじゃないけど、あまりに自然に人の布団へ入ってくるから突っ込む暇もなかった。

 

 

「急に布団に入ってこられたら……その、照れるだろ」

 

 

照れないわけが無い。

 

数センチ前には千尋姉の顔がある上に、何か良い匂いもする。千尋姉が動く度、声を発する度に鼻腔をくすぐられてクラクラしてしまう。本人には分からないかもしれないが、想像以上に女の子の香りというのは男性にとって刺激の強いものとなる。

 

 

「ふふっ、大和ったらかわいい♪」

 

 

微笑みを浮かべながら恥ずかしがる俺の鼻をツンツンと人差し指で突っついてきた。絶世の美女に布団の中に入り込まれて照れない男が居るわけがない。

 

 

「えへへ、今日は私が大和を独り占めできるね」

 

「独り占めって……確かにここには千尋姉しかいないけどさ」

 

「いつもはナギちゃんとでしょ? 他にも仲良い女の子居るみたいだし、どれだけあなたは女性を侍らかすのよ」

 

「うぐっ、それは……」

 

 

何も言い返せない。

 

俺自身が認知している中でも、好意を向けて来ている女性はナギと千尋姉を除いて二人。

 

楯無とナターシャさんだ。ナギを除けば全員俺よりも年上になる。

 

ラウラに関しては俺のことを好いているみたいだけど、彼女の反応から察するに一男性として、ではなくあくまで家族、兄妹として好きの部類になる。第三者から見ても俺とラウラの関係は本当の兄妹そのもののようだ。

 

……ただこの状況を世の男性に知られたら俺マジで後ろから刺されるかもしれない。

 

無駄に頭を働かせていると目の前から両手が伸びてくる。優しく頭に触れたかと思うと、少し力を込めて胸元に飛び込んでくる。

 

 

「せめて二人でいる時くらい、私は大和の一番でありたいの。ダメ?」

 

 

どことなく不安げな眼差しで千尋姉は見つめてきた。

 

前にも言ったけど、俺にはナギというパートナーがいる。

 

国によっては理解があるのかもしれないが、基本的に一対一の関係にしかならない。日本では重婚も認められていないし、複数人の女性と関係を持っていることが分かれば白い目で見られて非常識だと後ろ指を指されるのは間違いない。それを覚悟の上で自分の気持ちをはっきりと伝えた。

 

俺は千尋姉のことが好きだ。それは紛れもない事実であって気持ちに嘘偽りはない。そして同じかそれ以上に千尋姉は俺のことを想ってくれていた。

 

 

「ダメじゃないよ」

 

「えへへ♪」

 

 

俺の返答に満足そうに微笑みながらまた胸元に顔を埋める。それに答えるように背中へと腕を回してしっかりとホールドした。身体越しに伝わってくる温もりが俺の疲れを極限にまで癒やしてくれる。

 

明日からはいよいよ護衛の任務に就くこととなる。それまでの限られた時間は千尋姉との関わりに充てる時間としよう。


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