IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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乙女たちの井戸端会議

 

 

 

「……あ、あの。これは一体?」

 

 

一人の少女は困惑していた。

 

放課後、知り合いから話があると言われて快諾したまでは良かったが、今となってはどうして二つ返事でオッケーを出してしまったのかと深く後悔している。

 

雰囲気はまるでブラック企業の圧迫面接、とでもいうのだろう。自身が逃げられないように周囲を取り囲む面接官、もとい生徒たち。まだその年齢ではないものの、リアルな就活生の気分を少し早く味わえて得をした気分になる……訳はなかった。

 

 

「ふふふ……ナギ、覚悟は出来ているかしら?」

 

「えっと、な、何がかな? って鈴! 顔が近いよ!」

 

 

きらりと目を光らせて少女を、もといナギを覗き込むのは親友である凰鈴音だった。ふっふっふと悪者を彷彿とさせる笑みを浮かべながら、対岸に座るナギへと接近する。

 

場所は食堂。

 

放課後ということもあって、大半は部活動に勤しむか寮へと帰宅するかのどちらかで訪れる生徒も少ない。広大な食堂の一角で一人の生徒を取り囲む様子は側から見ると尋問しているようにしか見えなかった。

 

距離が近いと後方に逃げようとするものの、後ろは椅子の背もたれになっていて逃げることは出来ない。

 

 

「ノリノリだね鈴。でも確かに僕もちょっと気になるかなぁ」

 

 

ノリノリで問い詰める鈴に対して苦笑いを浮かべるも、話している内容は気になるというブロンズ少女はシャルロットだ。

 

空気の読める彼女の性格からして、本当に理不尽なことは真っ先に止めに入るはず。そんな彼女なら興味津々と聞き耳を立てるくらいだから、余程興味のある内容なんだろう。

 

 

「言われてみれば細かい部分を聞いたことがありませんでしたね。私も後学のためにも聞いておきたいものです」

 

 

シャルロットに続くように自分も興味があるから、とセシリアは言う。

 

 

「わ、私も聞いてみたい! 大和と一夏ではタイプも違うが、普段どんな感じにしているのか興味がある!」

 

 

最後に箒。

 

顔を赤面させながらも胸の内に潜む好奇心は隠せないらしい。彼女の言葉から察するに、話題は大和や一夏のことについてのようだ。

 

 

「え、大和くんと織斑くん? 大和くんのことなら多少は知ってるけど、織斑くんのことはあまり分からないよ?」

 

「何言ってるの、今日聞きたいのは一夏のことじゃ無いわ。あんたと大和関係についてよ!」

 

「か、関係?」

 

 

今更何をと返そうとするが、冷静に考えてみると今の今まで周囲に自分たちの付き合い始めた時の状況や普段の付き合い方を話す機会がほとんど無かったことに気付く。

 

自分のプライベート、それも大切なパートナーとの付き合い方や内容についてわざわざ話す機会が早々無いのは当然。本来なら二人の中だけの秘密として心の中に留めておくものになる。

 

唯一話したのは臨海学校の時、ナギの変化に気付いたクラスメートたちに付き合い始めたきっかけの出来事を話したくらいか。もちろん、目の前に座っている四人に話したことはない。

 

 

ただ四人も一夏に想いを寄せる身。

 

自分たちの何歩も先に行く二人の関係を少しでも聞いて、一夏を振り向かせるための肥やしにしたいと思うのは必然だった。

 

 

「関係って言われても、話せる内容と話せない内容があるし……それに勝手に話したら大和くんに何を言われるか分からないよ?」

 

「「うっ!」」

 

 

ナギの一言に、場にいた四人の顔がそうだったと引き攣る。

 

二人の中だけにしまっておきたい思い出もある。

 

もちろん話せる内容であればナギとしても話すが、話しても良いかどうか判断に悩む内容について話せば、後々話した事を大和に知られた時に何を言われるか分かったものではない。もちろん言われるのはナギではなく、聞き出そうとした四人に対してだ。

 

大和の性格からして、ナギを責めるようなことはしない。

 

それにこのシチュエーションから推測すれば、四人が聞き出そうとしているのは明白。学園に戻ってきた大和の耳に入った時のことを考えると、後々の未来を想像するのは容易い。

 

うーっとひとしきり悩んだ後、何かを決心したかのように言葉を続けた。

 

 

「だ、大丈夫。大丈夫だから話してちょうだい」

 

「本当に大丈夫? 声が裏返ってるけど……」

 

「こ、虎穴に入らずんば虎子を得ずよ。時には多少冒険しなきゃいけない時があるわよね」

 

 

有名なことわざで誤魔化そうとしているが鈴の声は盛大に声が裏返っていた。とはいえ彼女たちにとって今後必要な情報であることは間違いなく、目の前にいるナギは恋愛経験値だけで言うのなら自分たちよりも何歩も先を歩いている。

 

そもそもIS学園内で彼氏持ちの生徒はそこまで多くはない。年頃の女性にとって、恋愛経験値が先を行く人物から話を聞きたいと思うのは必然だった。

 

 

「そ、そこまで言うなら……でもどこから話せば良いのかな?」

 

 

話がまとまったタイミングで口を開く。

 

 

「そ、そうね。まずあんたたちが付き合い始めた時のことを聞こうかしら」

 

「付き合い始めた時のことかぁ」

 

 

定番中の定番、どんな過程を経て付き合い始めたのか。

 

当時のことを思い返していく。

 

元々男性操縦者という肩書きを持つ一夏や大和に興味本位でアプローチを試みる生徒たちは多かった。ナギとて同じクラスになった時は一度は話をしてみたいと思ったが、自分なんかが大和と親密な関係になることなんて無いだろうし、話せればラッキーくらいに考えていた。

 

初めての会話のチャンスは意外にも早く訪れる。

 

IS学園入学初日、夕食を取ろうと食堂にやってきた大和だったが、ピーク帯と重なってしまったこともあり座席はほぼ満員御礼。空席を探す大和が偶然見つけたのは、四人掛けの席に座っているナギたちだった。

 

大和にとって初めて話すクラスメートがナギであり、ファーストコンタクトで連絡先を交換して以降二人は少しずつ、ただ確実に距離を縮めていくことになる。

 

 

(あはは。付き合い始めってわけじゃ無いけど、クラス対抗戦の後の買い物も凄く思い出深いよね)

 

 

今でもあの時を思い出すとドキドキするし、心がときめいてしまう。

 

二人の距離が急接近し、互いを異性として意識し始めたのはクラス対抗戦の後日くらいだろう。街へと繰り出してデートすることになるわけだが、二人にとって初めてのデートとなった。

 

無人機から自分を助けてくれたのが大和であることを知り、そして別れ際に手渡されたプレゼントを見てナギの心は完全に大和で埋め尽くされてしまう。中学を共学校ではなく女子校で過ごした彼女にとって、異性との付き合いなど無縁。

 

漫画やアニメやドラマの中でしか見ることが出来なかったシチュエーション。夢であり、憧れだったシーンを自分が体験している。

 

あの多幸感は表現出来るものでは無い。

 

 

「付き合い始めたのは臨海学校の少し前から……ほら、皆が織斑先生に見つかった日なんだけど」

 

「あー。何か雰囲気変わったとは思ってたけど、やっぱりあの日だったのね」

 

 

予想が当たってどことなく満足そうな反応を見せる鈴は腕を前方で組みながらうんうんと相槌をうつ。

 

すると隣にいる箒が興味深げに話題を広げていく。

 

 

「ち、ちなみに聞きたいんだが告白はどちらからだったのだ?」

 

 

興味はあるが色恋沙汰に対する耐性は無いようで、どこか緊張気味にナギへと質問を投げ掛ける。

 

箒の質問に対して少し顔を赤らめながらも、箒の目を見てしっかりと回答する。

 

 

「告白はその……大和くんからだよ」

 

 

嬉しそうに微笑むナギを見て、四人は思わず彼女の表情に見惚れてしまう。

 

あぁ、これが彼氏を持つ女の子なんだと。普段決して見せることがない、()()に向ける表情に鼓動が高鳴っていく。

 

 

「やっぱり大和からだったんだ。確かに側から見たらいつ付き合うんだろうって気になるくらいに近い距離だったよね。相思相愛なんて羨ましい……」

 

 

一夏は僕のことどう思っているんだろう、と付け加えるようにシャルロットは誰にも聞こえない想いを吐露する。

 

普段の距離感から互いに好意を寄せていることがよく分かる関係になっていた大和とナギ。二人の関係に羨ましさを覚える一方で、自分の想いに勘付いてくれない一夏へのもどかしさを感じ取ることが出来た。

 

一夏に対しても好意を寄せるライバルたちは多い。少なくともここに話を聞きに来た四人は一夏に対して明確な好意を抱いている。ただいずれもタイミングが悪い、素直になれない、何故か伝えた想いを勘違いして認識されるなど、不特定多数の要因に見舞われて関係値が進展しない。

 

紆余曲折はあれど想いを実らせたナギを見ていると、現状の立ち位置に思わずため息をつかずにはいられなかった。

 

 

「それで、どうなったの?」

 

「え?」

 

「そこから先よ。まさか告白して終わり……ってわけじゃないんでしょ?」

 

「え、えぇ!?」

 

 

鈴の言葉に動揺を隠せない。まさかそこまで聞かれるとは思っていなかったのだろう。

 

告白の先、それは互いにとっての初めての行為。自分らしくない積極的な行動だったわけだが、今あの光景を思い出すと恥ずかしい気持ちで一杯になる。

 

一方の鈴は既に先の展開は知っていますと言わんばかりにニヤニヤと笑みを浮かべていた。もはや確信犯である。

 

当然、その日の出来事はそれだけで終わりではない。以前クラスメートに根掘り葉掘り聞かれた時にはそこまで詳しく突っ込まれることはなかったものの、あの時の光景を思い出しながら話さないといけないのかと考えると、恥ずかしさから顔の表面温度が上がっていくのが分かった。

 

上手く言い訳をしようにも目の前の四人はキラキラも目を輝かせている。

 

 

「えっと……うん。だ、誰にも言わないでね?」

 

 

ナギの言葉に首を縦に振る四人。

 

気のせいか、先ほどまでよりも身を乗り出しているようにも思える。話せる内容ではないで話を終わらせるのも一つの方法ではあるが、律儀に応えてしまうのは性格所以の問題か。

 

誰にも口外しないことを確認すると、すぅと息を吐いて昂りかけた気持ちを一旦落ち着ける。

 

 

「その、帰り道で……あの、き、キスを……」

 

「「キスぅ!!?」」

 

「し、しー!! こ、声が大きいよ! 他の人いたら聞こえちゃう!」

 

 

四人全員の声が盛大にハモる。

 

互いがカップル同士であればスキンシップの一環として口付けを交わすことはあるだろう。ナギの話を聞く限りでは付き合い始めた初日に二人はキスを交わしたことになる。プラトニックな付き合い方をしているカップルは手を繋ぐだけでも中々時間がかかるというのに、付き合った初日で二人は既に済ましていた。

 

四人は予想こそしていたけどまさかここまで早いとは思っていなかったようで、同時にナギ自身もここまで大袈裟な反応を返されるとは思っておらず、慌てて声量を下げるように場を沈めようとする。

 

 

「な、なるほど。き、キスか。わ、私も知っているぞ。ほら、天麩羅にしたら美味しいっていう」

 

「箒、それ鱚違いで全くの別物だよ。でも物凄く動揺しているのは分かるなぁ、僕たちからすれば未知の世界だもんね」

 

 

ナギの話に顔を真っ赤にして箒はカタコトの日本語を話す。動揺を隠せないまま、全く意味合いの違う魚の『鱚』を引き合いに出してしまい、シャルロットに冷静なツッコミをされる。

 

シャルロットとしても話口調こそ落ち着いてはいるが、内心ドキドキが止まらないでいる。今までされたことがない行為であるが故に、彼女にとっても知らない世界であった。

 

とはいえ恥ずかしがりながらも話すナギの表情は幸せそのものであり、自分の想い人からされるキスが如何に多幸感に包まれるものだったかは想像に容易い。

 

尚、シャルロットが一夏と同室の際に彼の額に唇を落としたことは誰にも話していない、彼女の中だけでの秘事になる。

 

 

「か、鏡さんはだいぶ進んでおりましたのね。キス、キスですか……はっ!? わ、わたくしは一体何を?」

 

 

セシリアはセシリアでキスという単語で何かを深く考え込む。やがてセシリアの顔が紅潮したかと思うと、頬に手を当てながら別世界にトリップしかける。どうやら自分がされるイメージを想像したらしい。

 

完全にトリップをする前に現実世界へと戻ってこれたことで、気恥ずかしさから周囲にキョロキョロと視線を彷徨わせた。

 

様々なトンチの利いた反応を見せる三人に対して、鈴は大きくため息をつく。

 

 

「あんたたち何してんのよ……あぁそうだ、キスで思い出したけど、修学旅行のバスの中でキスしたって聞いた時は流石に目が点になったわよ」

 

「うぅ。そ、それは」

 

 

私その時居なかったのよね、と何の気無しに鈴は当時のことを振り返る。一人だけ他クラスである鈴は搭乗するバスが違うこともあり、該当のシーンはリアルタイムで目撃することは出来ずに、後々風の噂で聞いたものになる。

 

今更思い返すとかなり……というか相当大胆な行動だったことに気付き、ナギは少しばかり言葉をつっかえながら頬を赤らめた。

 

あの時はいきなり来たどこの誰とも分からない第三者の女性に大和をおいそれと奪われるわけには行かないと、ある意味開き直った気持ちで直情的に行動を起こしてしまったわけだが、いくら自分の恋人で見知ったクラスメートの前とは言っても大胆すぎる行動には変わりない。

 

臨海学校から帰宅した後、事情を知らないクラスメートたちに根掘り葉掘り質問されたのは想像に容易い。あの一部始終を見せられて特になんの関係も無いですと、開き直るのには無理がある。

 

当然、そこで大和と恋人関係にあることもバレてしまったわけだ。

 

もはや自業自得以外の何物でも無いが、クラスメートたちからの反応は祝福の言葉のみ。大和自身もナギの行動に対してとやかく言うことも無く、バレてしまったら仕方ないよなくらいで、特に気にする素振りを見せることは無かった。

 

とはいえ、とはいえ、だ。大胆な行動であることには変わりなく、在学中は事あるごとにネタにされるに違いない。

 

 

ただまるで恋愛ロマンスのワンシーンのような出来事に憧れを持つ人間がいるのも事実だ。

 

 

「でも憧れますわね、バスの中で恋人とキスだなんてドラマみたいですもの」

 

「確かに誰しもが一度は思い描く光景よね。ま、私たちの恋愛の参考になるかと言われると、のろけ話を聞かされているだけのような気がしないでもないけど」

 

「ちょっ、ちょっと鈴ってば!」

 

 

折角ここまで話したのに! と眉をへの字に歪めてナギは抗議をする。

 

決して本心で怒っているわけでは無いが、最終的に自分の体験談がただののろけ話として取られてしまったことに納得が行っていないようだ。

 

とはいえ、だ。

 

何歩も先を進んでいるナギの姿を見ていると、自分たちの停滞っぷりに思わず落胆のため息しか出てこなかった。

 

 

「はぁ、何かあたしたち、女としてナギに相当引き離されちゃってるわよね。いや、そもそも同じ土台に立てていないというか……」

 

 

同い年だというのに恋愛経験値がまるで違うことに鈴は落胆の色を隠せないでいる。

 

 

「うん……だって僕たち誰かと付き合っているわけでも無いし、過去に付き合った経験もないわけだから」

 

 

今まで異性と付き合ったことが無いのだから経験値もへったくれも無い。

 

シャルロットは大和とナギの関係について羨望の視線を向けた。

 

 

「そうですわね……それに想いを寄せている殿方はいても何も進展がないんですもの」

 

 

現状で満足をしているわけではないが、行動を起こしても進展しない現状に対して、セシリアはもどかしさを感じていた。

 

箒や鈴のように昔から一夏のことを知っていたわけではないものの、少なくとも周囲の生徒たちと比べれば一夏との距離感は非常に近いものがある。

 

だというのにちっとも関係が進展している様子がない。

 

 

「アイツの性格上仕方ないとはいえ、身近に理想的な関係の二人がいるからこそ尚更私たちの惨めさが目立つというか……」

 

 

幼き頃の一夏をよく知る箒。

 

かつては共に剣を交えて切磋琢磨した間柄で、この中では最も早く一夏に対して好意を寄せていたにも関わらず、一夏の絵に書いたような唐変木振りと素直になれない自身の性格が災いして、今の今まで自身の想いを伝えられないでいた。

 

 

「「はぁーー……」」

 

 

突きつけられた現実にガックシと頭を垂れる。

 

分かっていた事実とはいえ自分たちの行動がどれほど一夏に伝わっているのか、当然本人に聞くことも出来ないため、一同の内にはモヤモヤだけが残った。

 

 

「あの……皆、大丈夫?」

 

「大丈夫、大丈夫。ノミの心臓くらい大丈夫よ」

 

「そ、それって大丈夫じゃないような気がするんだけど」

 

 

あからさまに動揺しているのは誰の目に見ても明らかだが、大丈夫だとナギへと伝える鈴。ただ言っていることがよく分からず、ナギは首を傾げることしか出来ないでいた。

 

 

「ところで……もう一つ気になってることがあるんだけど」

 

「え?」

 

 

ふと、鈴が話題を変える。

 

何だろう、心なしか嫌な予感がした。まだ何も話していないものの、このまま話を聞いていたら本当の意味で根掘り葉掘り聞かれるんじゃないかと。

 

若干の冷や汗をかきながらも、答えれる範囲で答えると言ってしまった手前、逃げ出すことも出来ずに続く言葉を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「髪を切ってからどことなく一皮剥けたというか、前よりも大人びて綺麗になったような気がするんだけど。あたしの気のせいかしら」

 

 

この髪は決して自分が意図して切ったものではない。正確には切られた、と言い表す方が正しいだろう。以前は腰ほどまで伸びていたが、今は肩くらいかほんの少し長いくらいの長さに落ち着いていた。

 

時間を経れば自然と伸びるものであり、焦らずとも待っていれば髪自体は元に戻る。ただ伸ばしていた髪に未練がないか、と言われれば嘘になる。

 

無理矢理切られて気分が良いはずがない。むしろ心が折れなかっただけ彼女の心が強かったと、その一言に尽きる。

 

 

さて、本題に一旦戻るとしよう。

 

ここで鈴が聞きたいのは髪が短くなった経緯ではない。態々聞かれたくない過去を掘り返すほど彼女も子供ではないし、センシティブなことに対する分別は出来ている。

 

髪を切った後からナギが前よりも大人びて見え、かつ綺麗に見えると言っている。ふと、大和と一線を越えてしまった時の出来事を思い返してしまったナギの顔の表面温度がぐんぐんと上昇していく。

 

一線を越えると男性はより男らしく、女性はより色気を兼ね備えた大人の女性になると言われているが、その変化に気付いたようだった。

 

 

「な、何を言ってるの? そ、そんなことないよ」

 

 

咄嗟に勘違いだと訂正する。

 

が、今の一瞬の戸惑いと表情の変化を四人が見逃すはずも無かった。

 

これは何かあったなと、四人の中での疑念が確信へと変わる。

 

とはいえここから先の内容に関しては二人の間だけでの秘事になる。当然大っぴらに話せるような内容では無いし、こちら側から強引に聞けるような内容でも無い。

 

それにそんな生々しい話をされても、聞いてる側が恥ずかしくなって居ても立っても居られなくなってしまうに違いない。

 

 

「ふぅん、そう。それならそう言うことにしておくわ」

 

 

今の一言で二人の関係がどこまで進んでいるのか、あわせて大人っぽくなった理由を悟った鈴はどこか満足そうに頷いた。加えて頑張りなさい、とナギへとエールを送る。

 

鈴の中には決して大和との関係を冷やかそうとする気持ちは無く、二人の関係を応援する立場であることに変わりなかった。

 

てっきり深く質問されると思っていたようで、予想外の声を掛けられたナギは目を丸くしながら鈴のことを見つめる。

 

 

「な、何よ。そんなにあたしの言ったことが意外だったかしら?」

 

「え? う、ううん。そんなことは無いんだけど……」

 

「まぁ確かに色々と情報は必要だったけど、何だかんだあたしたちもアンタたちのことは応援しているのよ。興味がないわけじゃないし聞きたいのは山々だけど、二人のその……()()に関して深く聞こうとは思わないわよ」

 

 

鈴はポリポリと頬をかき、どこか照れながら言葉を続けた。

 

ナギ自身思い返そうと思えばいくらでも思い返すことは出来る。自分の初めてを失った、最愛の人と初めて繋がったあの日のことをこれから先、決して忘れることはないだろう。

 

泣きそうになるほど痛いのに、肌越しに伝わってくる彼の温かさ、そして何事にも言い表すことができない多幸感。

 

あの感覚は体験しなければ分からない。

 

とはいえ、だ。

 

 

(()()を言うのはちょっと気が引けるかなぁ……)

 

 

物事には限度というものがある。

 

お互いの関係値は決して低いわけではないし、絶対に話したくないというわけでは無い。今いるメンバーになら多少際どいところまで踏み込んで話しても別に構わないとは思っているが、内容が如何せん形容しがたいものになる。

 

 

(凄く痛かったけど……でも、凄く嬉しかったし、幸せだった)

 

 

紛れもないそれはナギの本心だった。

 

互いにとって初めての行為だ。年相応に興味はあり、万が一の時に備えて最低限の知識は調べていたものの、いざ本番になるとイメージと現実が大きく違うことに気付いた。

 

彼を受け入れることで伴う痛みだってある。ただ痛みに表情を歪める自分を何度も気遣ってくれた大和の優しさに何度も彼女の心はトクンと跳ねた。

 

 

「はぁ、僕も頑張らないとなぁ。これじゃあ一夏に気付いてもらえないまま卒業を迎えちゃうよ」

 

 

一夏と自分たちの距離感はどれくらいなのか。

 

全員がほぼ横に並んでいる状態とはいえ、抱いている想いを一夏が気付いていないという現状を考えると、とてつもなく遠い距離のようにも思える。

 

下手をすればこのまま卒業まで気付かれないんじゃないか。リアルにあり得そうな未来で、シャルロットからするとあまり笑えないところだ。

 

 

「そうね。アイツには色々と気付いてもらわないと。付き合ってって言ったら、買い物に付き合うことと勘違いするあのバカをどう振り向かせるか……」

 

 

酷い言われようである。

 

見た目の容姿と秘めた優しさだけなら文句なしのパーフェクト人間である一夏。

 

にもかかわらず異性から向けられる好意に関しては鈍感そのものであり、どう捉えればその結論に至ったのかと思わず頭を抱えたくなるレベルの朴念仁なのだ。

 

 

「まだ学生生活が終わったわけではありません。ただ悲しきことに、一夏さんへわたくしの想いが伝わっていないのも事実ですわ」

 

 

自身が複数人から好意を向けられていることに気付いていない。それはここにいる四人も同様であり、ある意味全員のスタートラインは同じと言える。

 

 

「うむむ……」

 

 

故に幼馴染みというアドバンテージはあってないようなもの。

 

何か行動を起こさなければと、四人の脳裏には様々な想いが募っていた。

 

 

「あ、そういえば二人は普段どんな感じで接してるの? ほら、学校では今まで通りのようにも見えるんだけど、やっぱり二人きりになると違うものなのかな?」

 

 

ふと、鈴と入れ替わるようにシャルロットがナギへと質問を投げ掛ける。

 

 

「普段? 普段は割と普通だと思うけど……うーん、どうなんだろう?」

 

 

付き合い始めて既に三ヶ月程の月日が経つが、前提として自分たちの付き合い方はどう周囲に映っているのだろう。あくまで普通の付き合い方をしていると思っているものの、第三者から客観的に見られたイメージと乖離があることはよくある。前提として自分たちの普通の認識が、ズレている可能性もあった。

 

大々的な公言はしていないために、付き合っていることを知っているのはクラスメートと一部の知り合いのみ。

ただ明らかに二人の距離感が近いことから二人が付き合っている、もしくは友達以上の関係に発展していることを悟っている生徒も決して少なくは無い。

 

その一例が悪しき方向に捻れて起きた出来事が先日の嫌がらせだ。

 

二人の距離感から付き合っているか一定以上の関係まで進んでいることに気付き、面白くないという自分たちの私欲を満たすためだけに手を出してきた。もちろんこのような野蛮な行為に走ろうとする人間はごく一部であり、多くの人間はそうなるはずがない。

 

 

「あっ、でもお互いの良い部分も悪い部分もさらけ出すっていうのはあるかも」

 

「「さ、さらけ出す!!?」」

 

「へ、変な意味じゃないよ? その……変なところで我慢しても仕方ないし、何か思うことがあるなら遠慮なく言ってくれって大和くんが」

 

 

別の意味合いに取られたことを慌ててナギは訂正する。

 

下手な我慢をするのはやめようと、せめて二人きりの時くらいは素直になろうと改めて大和と交わした約束。大和はこれまでの生い立ちを隠し続け、ナギは先日の一件を誰にも相談せずに自己解決しようとしていたことは記憶に新しい。

 

二人が話さずに黙っていた内容もおいそれと相談出来るようなものでは無かったとはいえ、前者はナギを悲しませることになり、後者は自身の髪を失うことになってしまっている。

 

絶対に人に話すことが出来ない秘密の一つや二つはあって当然。

 

ただ、内容如何では取り返しがつかなくなるものだってある。だからこそ話せる部分、相談出来るような内容は遠慮無く言いあえる関係になっていこうと()()()に二人の間で取り決めたのだ。

 

 

(でも二人きりの時はいつも以上に甘えちゃってるかも。大和くんといると皆が知らない私を知って欲しいって思っちゃうんだよね)

 

 

大和しか知らない自分、同時に自分しか知りえない大和もいる。

 

少しでも自分のことを知って欲しい、少しでもあなたのことを知りたい。決して独占欲が強い訳では無いが、大和のことを思う気持ちは誰にも負けない自信がある。

 

例えそれが自分の悪い部分だったとしても、大和には自分のことをもっと知って欲しい。声を大にして言えるくらい、彼のことが好きなのだから。

 

 

「それって遠慮無くぶつかってきて欲しいってことだよね。何でも受け止めてくれそうな感じがして凄く憧れるよ。いいなぁ、鏡さん」

 

「そ、そうかな」

 

「うん。そっかぁ、やっぱり皆の前にいる時と、二人きりの時は全然違うんだね。一夏も僕と二人きりの時は……」

 

「え?」

 

「ううん、何でもない!」

 

 

後半に行くにつれてボソボソと聞き取りづらい声になったために、何を言ったのかと聞き直すナギだったが、顔を赤らめながら何でもないとシャルロットは反応する。

 

大方一夏と二人きりになった時のシチュエーションを想像したのだろう。ぶんぶんと顔を振って切り替えようとしていた。

 

 

「しかしまぁ聞けば聞くほど打ち出の小槌の如く出てくるわね。全部聞いてたら一日終わりそうな気がするわ」

 

 

想像以上に様々なことを聞けたことで鈴は満足そうな笑みを浮かべつつも、もうお腹はいっぱいであるとおどけて見せる。

 

このまま話していたら放課後の時間はおろか、丸一日話せる内容じゃないかとナギへと伝えると、ナギは両手を自身の胸の前で左右に揺らしながら遠慮がちに否定した。

 

 

「そ、そんなことないと思うけど」

 

「そんなことあるわよ。じゃあ大和の話を好きなだけ話してくれって言われたらどう?」

 

「えっと……」

 

 

好きなだけ話したらどうだろうと鈴に切り返されると、内容を整理するためにナギは考え込む。

 

どうだろう。

 

内容によっては話せないものや話してはならないものもあるし、それらの選択肢を除いた状態で大和の話をしようとすると仮定する。

 

 

「……っ」

 

 

顔の表面温度が再度上昇していくのが分かった。

 

こんな時に限って膨大な量の大和に関する情報が脳内に浮かび上がってくる。それを嬉々としながら話している自分を想像すると、否が応でも恥ずかしくなってしまう。鈴の言うとおり、話そうと思えばいくらでも話すことが出来るのは間違っていなかった。

 

おそらく好きなだけ話してほしいと言われたら、丸一日話し続ける姿が容易に想像出来る。

 

そんなナギの様子を見ながらやっぱりねとケラケラと笑う鈴に、周囲の三人も同調するかのように笑みを浮かべていた。

 

まさに予想通り、という一言に尽きる。

 

ボンッという音を立てながら耳まで真っ赤にしたナギは口をパクパクと動かし、手をもじもじとさせながら俯いてしまう。

 

 

「でもホント羨ましい限りよ。あんたの様子を見てると大和のことを大切に想ってることが分かるし、その逆も然りね。こりゃ子供の顔が見れる日も近いんじゃない?」

 

「も、もう! 鈴ってば!」

 

 

それ以上は駄目だと顔を赤くしながらナギは鈴を止めようとする。鈴の一言に想像してしまったようで、ナギの表情はどこか満更でもない様子が見て取れた。

 

大和との子供が欲しくないかと言われたらそりゃ欲しいに決まっている。将来は仲睦まじく過ごして、子供を育てる……何処にでもあるような普通の生活を送ることが出来ればそれでいい。

 

豪華な家や並外れた年収なんていらない。特別な生活なんて必要ない。

 

彼が居てくれるだけでいい、それ以外は何も望まない。

 

それが彼女の願いだった。

 

 

「さて、話もあらかた終わったしそろそろ帰らない?」

 

「そうですね、大変有意義な時間でしたわ。忙しい中、鏡さんもありがとうございます」

 

 

話が区切りを迎えたタイミングでパンパンと手を叩くと、鈴は机の下に置いてあるカバンを手に取りながら立ち上がる。

 

セシリアはセシリアで、恋人同士の深く立ち入った話を聞くことが出来て満足そうな表情を浮かべていた。感謝の気持ちを込めてナギへとお礼の言葉を伝える。

 

 

「本当にありがとね鏡さん。あっ、そうだ。折角だからこれからちょっと皆で出掛けない? 美味しいケーキ屋さんが出来たんだって」

 

 

カバンを持ちながらシャルロットは皆に出掛けないかと提案を持ちかけた。

 

性格や思考は違えど全員女性だ、流行りのスイーツの話題が上がれば反射的に食い付く。

 

 

「あぁ、その店なら私も知っているぞ。放課後出歩くこともここ最近は無かったし、たまには良いかもな。どれ、そうと決まれば早く行こう」

 

「あっ、待って! それならラウラさんにも声掛けるよ。今日は特に予定も何もないって言ってたから」

 

 

カバンから携帯電話を取り出し、ナギはラウラに電話を掛け始めた。トントン拍子で話は進み、一同は街へと繰り出すために食堂を後にする。

 

大和が居ない学園生活。

 

本来であれば入学し得なかった存在の人間。

 

だがその存在は確実に彼女たちの中でも大きなものとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(大和くん、元気にやってるかな?)

 

 

親が子を心配するかのような面持ちで海外にいる大和のことを想う。

 

でも彼なら大丈夫、来週にはきっと元気な姿を見せてくれるだろう。

 

だって彼は。

 

 

(大和くんは誰よりも強い騎士様だもんね)

 

 

そして彼女は彼のことを信じる。


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